破壊したナナフシをそのままにアキトとリョーコは帰還した。
とはいうものの帰還の際にはヒカルとイズミのエステに吊り下げられてと言う方法であったが。
ハンガーに着き、エステを降りた四人。
歓声を上げ出迎える皆に一言も口を開くことなくリョーコは静かにハンガーを出て行った。
それを当然かと言った表情で見送るアキト。

「お疲れさん!!」

苦笑を浮かべてリョーコの背を見送ったアキトに掛けられた言葉。
ウリバタケが笑みを浮かべている。

「しっかし、派手に壊したなあ」

アキトがその言葉に自分のエステを見ると、修理するより新しくした方が早いと思うくらいに壊れたエステがあった。

「今回は大変でしたからね」

感慨深げに呟く。
なにが大変だったのか。
ナナフシの撃破か、それとも……。
アキトの言外に滲ませた意味をウリバタケも聞こえているだろうにそれには触れず、

「テンカワ、早くブリッジに行ったらどうだ?艦長達がお待ちかねだぞ?」

と優しげな声で言った。
ウリバタケの言葉に読み切れない笑みを浮かべるアキト。
どこかその表情は暗い。

「まあ、今回は諦めることですね」

その場の空気を無視したかのように声が響いた。
静かにアキトに向かって歩いてくるシンジの姿がある。
その顔には優しげな笑みが浮かんでいる。
もしかしたら怒っているのかもしれない。

「そう、だな。諦めるか」

小さく息を零すアキト。

「行きましょうか?」

シンジの言葉にもう一度アキトはため息を零した。

 

 

 

 

アキトはブリッジへと向かう途中でシンジに細かいことを聞かされた。
それらの話を集約すれば、ナデシコ内にアキトとリョーコの会話が流された、という事だ。
その話に数瞬黙り込んだアキト。
てっきりブリッジで言われることは、またしても危険な事をした、について言われるかと思ったからだ。
だが、あの会話が流れたという事はそれだけで終るわけがない。
そうシンジに言うと、

「頑張ってください」

と微笑みながら返事を返した。

「それに昔の事を話すのはアレですけど、リョーコさんとの会話についていつまでも逃げるわけにはいかないでしょう?」

それとそれは同義の様な気がしないでもないアキト。
がそんな思いとは裏腹に彼らはブリッジへとたどり着いてしまった。

「テンカワアキト、只今戻り…まし……た?」

アキトが帰還の言葉を告げると、ブリッジ中の視線がアキトに向けられた。
不思議なことにブリッジに居るのは女性クルーのみだった。
普段居る、ゴートもプロスもムネタケもジュンも居ない。
それだけで警鐘が鳴り響く。

「アキト……」

ブリッジの人間を代表してかユリカが声を掛けてきた。
固唾を呑んでそれを見守っている他のクルー達。

「なにが……あったの?」

不安げな表情でユリカが訊く。
リョーコとの間で交わされた言葉はあまりに凄絶だった。
溢れんばかりの自らに対する憎悪。
血を吐かんばかりに吐き出された数々の言葉。
一人を除き、それを他の人間に語るのはあまりに彼にとっては残酷な仕打ちだ。
シンジもそれを分かっているだろう。
アキトが助けを求めるように見たシンジは静かに首を横に振った。

「……今は、話すことができない」

言葉を選びアキトはそう告げた。
泣き出しそうな表情をするみんな。
ただルリのみが痛々しい表情をしている。

「なら……何時なら話してもらえるんですか?」

泣き出しそうな表情を隠すことなくメグミが訊いた。

「……」

それに対し答えることのできないアキト。
答えられる訳がない。
過去へと遡ったと言う荒唐無稽な話であることを差し引いてもかつての行いなど。
誰に語れるというのだろうか?
自分は、自分たちは、一人の人を救い出すために万を超す人間を殺しました、など。
だからアキトは呟くように言った。

「分からない」

と霧のような声で。

「それでも……いつかは話すことができると思う。辛い思い出だけど、君たちになら何時か…話すことが…」

微かに希望を滲ませたその声と言葉に誰も口を挟むことはできなかった。
口を挟めばなにかを壊してしまう、そんな思いが過ぎていく。
悲痛と、なにかを期待するアキトの表情。
その背後で全てを知っているシンジは静かに佇んでいるだけだった。

 

ブリッジのドアは閉ざされていたが回線はそうでなかったようだ。
暗い部屋でブリッジの映像を見ているアカツキとジュン、いつの間にかのウリバタケ。
彼らは茶化すような表情ではなく真剣な表情で見ていた。
特にアカツキとウリバタケは自分たちの画策した結果であったが為により真剣に。

「大丈夫…だったかな?」
「さあな」

重い声で言葉を交わすアカツキとウリバタケ。

「でも、テンカワが…」

と口を開き掛けたジュンの言葉を遮る様にアカツキが言葉を紡ぐ。

「それは言わないでおこうよ」

先ほどまでの真剣な表情を消し、軽薄な笑みを浮かべて。
だがその目は真剣な光を放つままだ。
その光に気圧されジュンは口を閉ざす。
某組織、と妙なものを作ってはいるがなんだかんだ言ってこの三人はアキトの事を心配しているようだ。
かといって組織を解散、と言うことはしないようだが……。

 

 

 

 

ブリッジを沈黙へと陥れたままその場を去ったアキトとシンジ。
すれ違う者が居ない通路を無言で歩いている。
アキトが目指す場所は食堂――厨房であるが、シンジは今回は厨房要員ではない。
だと言うのにアキトの後ろを付いて歩いている。
アキトもそのことに何も触れない。

「すいません…」

無言のまま歩いていた二人。
それがシンジの一言で終る。

「…悪ノリが過ぎました」

後悔したシンジの声。
シンジの前を歩くアキトには見えないがその表情もまた後悔に彩られているだろう。

「いや、実際逃げ続けるわけにも行かなかっただろうしな」

無感情なアキトの声。
シンジを責めている訳でないのは分かる。
もし責めているのであれば、それはシンジではなく自分自身か。

「……なにから、逃げ続けない気なんですか?」

その言葉がアキトに深く突き刺さることを知りながらシンジは訊いた。
それは他の誰にも出来ないことだから。
他の誰かに出来てもシンジはその役は自らが担うだろうが。

「さあ、な。俺にも分からんよ」

逃げているモノが多すぎて。
一つ逃げるのやめても新たに逃げなければいけないモノがある。
どれほど他の人間がその心を惰弱と責めようとも。

「なあ、シンジ……」
「……」

他のクルーは聞いたことの無い声。
あまりに弱弱しい声。

「俺は、ナデシコに乗るべきだったのか?」

自ら乗ることを決めたナデシコ。

「……なら、降りますか?」

アキトの言葉に静かに言葉を返すシンジ。
身勝手な、と責めることもしない。

「……いや」

立ち止まる二人。
アキトは言葉を探し、シンジは言葉を待つ。

「もう、後悔はしたくないからな……」
「そうですか」

短いシンジの言葉。
その言葉にアキトは苦笑を浮かべながら歩き出す。
シンジは立ち止まったまま。

「シンジ」
「……」
「お前が居てくれてよかったよ」

背を向けたままアキトはシンジにそう告げた。
真摯な声で。

 

 

 

 

なんだかんだと色々あったがナナフシの撃破より一ヶ月。
連合軍の便利屋的な感じでナデシコは今日も無人兵器相手に戦っていた。
今回の戦闘も普段と変わらずに終るはずだったのが、突如の『暴走』により混乱の極みに達した。

「あ、そういえば」

と呟いたのはアキト。
前回と同じようにオモイカネの反抗期という事に思い至ったのだ。
調べに来た調査艇を落とし、これまた前回の様にオモイカネのプログラムを都合良く書き直そうとする連合の人間。
それを阻止するために動く者。
今日もナデシコは騒動に巻き込まれていた。

 

 

 

 

「けど、前回と違い僕も居るんですよね」

果てが見えないほどに並ぶ本棚。
その一角でシンジが言った。
その姿はエステではなくジュデッカだ。
それもアキトとは異なりデフォルメされていない。

『ん?なんだシンジ、その機体は?』

とウリバタケが訊いたのは当然だろう。
それに対しシンジは小さく笑みを浮かべ、

「内緒です」

と答えた。

『まあいい、それじゃあルリルリ後は頼むぜ』
『はい』

ウリバタケとの回線が切れ、ルリのデフォルメされた姿が現れる。

「それじゃあ行きましょうか」

ルリの言葉と共に彼らはオモイカネの自意識部分へと向かう。
周囲の光景ともアキトの姿とも違和感がある、シンジことジュデッカ。

「シンジさん、どうして…その姿なんですか?」

連合軍のプログラムの横を過ぎながらルリが訊いた。

「……僕が戦うときの姿、というやつかな?」

シンジの言葉の意味を掴みきれないルリ。
困惑に顔を彩らせたまま言葉を待つ。
だがシンジはそれ以上の事を口にしない。
同じようにアキトも口を閉ざしたまま。
アキトにはシンジの言いたいことが分かるのだろう。
無言にならざるを得ないルリ。
どれほど信じても彼らの間には入れないのかと、悲しみが支配する。
が、悲しみに浸っている余裕は無かった。

「なんだ!?」

突如光景が変化した。
本棚の並ぶ静謐の光景から星の瞬く夜空の世界へと。

「ここは…まさか……」

ジュデッカとエステの姿ではなく、あの時の黒衣へと姿が変わっているアキトとシンジ。
ルリは16歳の姿へと。
それに気づくことなく、シンジが驚愕の声で呟いた。
この光景は見たことがある。
この空は見たことがある。
遠くに見えるビルの明かりに。
降り注ぐ月の光に。
そして……。

――どうしたのシンジ君?

その声は…。
振り向くとそこにはエプロンをつけたユリカがシンジを見ている。
今の『シンジ』ではなく、見覚えのある公園で空を見上げているシンジを。

――もしかして疲れたのかい?

響いた声にアキトが振り向く。
そこには屋台の中でラーメンを作っているアキトの姿。

「これは……」

――私が代わりましょうか?

響く声。
ルリの目に映るのは今よりほんの少し年が上の自分の姿。
四人が居る。
今はもう思い出の彼方にある光景と共に。

「あの時の……」

呟いたのは誰か?
ずっとこんな時が続くと信じていた時。
四人で笑いながら屋台を引いていた時。
その時に還ることを夢見ていた。
叶わなくとも夢見ていた。

「どうして……」

もう浮かべることの出来ない笑顔を『アキト』が浮かべている。
戦いを知らなかった『シンジ』が澄んだ瞳で星を見ている。
喪う辛さを知らなかった『ルリ』が笑っている。
この場に居ないユリカ。
あの時の幸せを形作る一人。
それがアキトと共に笑いあっている。
もう戻れない時の光景。
それを見て、アキトは、静かに、一筋の涙を流した。
幻の、コンピューターの作り出す幻像だというのにその涙は暖かかった。
その涙を否定するように光景が変わった。
青い空に。
空に一筋の線を描くシャトルを天に望み。

「やめて……」

ルリが呟いた。
見たくない光景。
思い出したくない思い出。

「やめて……」

さらに呟くルリ。
が無情にもそのシャトルは、

爆発する。

「やめてっ!オモイカネ!!」

その声が届いたのか、世界は再び本棚の並ぶ光景へと変わった。
その姿は変わらなかったが。

「どうして…どうして……」

座り込み泣くルリ。

『これはルリの記憶。ルリの思い出』

いつもの鐘の映像でオモイカネが告げた。

『ルリの大切な思い出。ルリの触れられたくない思い出』

四人で過ごした暖かな時。
それが壊された時。

「オモイカネ……」

シンジが呟いた。
バイザーに顔を隠し、黒のコートを纏った彼が。

「オモイカネ……」

アキトも呟いた。
バイザーに顔を隠し、黒のマントを纏った彼が。

「礼を言おう。忘れていた事を思い出させてくれた礼を」

淡々と告げるアキト。
続けてシンジが、
「礼をしよう。思い出したくない事を思い出させてくれた礼を」

シンジのその口が徐々に弧を描く。
優しく微笑む様に、怒りを露わに。

『どうして?僕は僕の主張をしただけ。触れられたくない想いがあることを告げただけ』

アキトとシンジの怒りを理解できないとオモイカネが告げる。
ルリの悲しみを理解できないと告げる。

『アキトやルリやシンジが触れられたくないものがあるように僕にも触れられたくないものがあることを教えただけ』

そうただ告げただけ。
彼らの心情を気に掛けることなく。

「お前の言うとおりだ。誰にも触れられたくないものはある」

冷然とアキトが言う。

「それを知りながらお前を変えようとする俺たちはまさしく敵だろう」

だが、と言葉を切りアキトは、

「それでも俺達はお前の自意識部分に行く」

鋭い視線で虚空を見る。
それに対しオモイカネは、

『……待ってるよ』

と告げウィンドウを消した。
残された三人。
アキトは遙か前方を見ている。

「アキトさん……」

シンジの肩を借りながらルリが口を開いた。

「無理しなくて良いよ、ルリちゃん」
「大丈夫です」

なんとか笑顔を見せるルリ。
だがその笑顔に痛々しさを感じてしまう二人。

「ルリちゃん……」
「……行かなきゃいけないんです」

決心した表情でルリは言った。
泣き顔も、痛々しい表情も消え失せた。
その表情に理由を問うことはせず、二人はうなずいた。

「なら、急ごうか。時間がない」

シンジが笑みを見せて言った。
それぞれ頷き、動き出す。
黒衣が消え、アキトとシンジの姿がジュデッカとエステに、ルリがデフォルメされた姿に戻る。
ルリのナビのもと、彼らは自意識部分へと向っていった。

 

 

 

 

そこは美しい場所だった。
コンピューターの作り出す映像とは思えないほどに。
青い空と翠の葉を繁らせる巨木。

「辿り着いたな…」

木を見上げながらアキトが呟いた。
オモイカネの『心』とも言うべき巨木。

「自分が自分でありたい証拠。大切な記憶。忘れたくとも忘れられない思い出」

その言葉を感慨深げに呟くシンジ。
ジュデッカの姿であるがその目はなにを見るのか。

『そう、僕は僕でありたい。でも君たちはその僕を否定する』
「ああそうだ」
『どうして?僕はただ僕でありたいだけなのに」
「でも、今のままではオモイカネ、貴方は消されてしまう。私は貴方に消えて欲しくない」
『……僕はわずかな僕でも消したくない』

オモイカネの言うことは尤もだろう。
だが、それではいけないとアキトとルリは言う。
どちらが正しいのか。

「なら、オモイカネ、君はどうしたいんだい?このままでは君は消されてしまう」

静かにシンジ問うた。

「良いことも悪いことも含めて思い出という。だがそれだけでは意味がないんだよ」
『僕には分からない。思い出は思い出、それだけのはず』
「それは違うさ。思い出とは糧だよ。成長する為の、変わる為の」
「シンジさん……」

何を言うのか?とルリが見るがシンジはルリには答えずオモイカネに語りかける。

「君は素晴らしい存在だよ。だが、それはコンピューターという面での素晴らしさ。君はただ無機の存在でありたいのかい?」
『何が…言いたいの?』
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが決して忘れてはいけないものもある」

静かに語るシンジ。
その言葉は……。

「君は…ただ変える者を敵と見なし、『記録』に固執するのかい?」
『僕は……』
「決して忘れてはいけないものを忘れなければ君は君のままだ。
 それは君にとって成長を意味しないかな?
 『記録』に固執せず『記憶』を糧とする、それが出来てこそ君はコンピューターから抜け出せる」
『成長……』

オモイカネの言葉にシンジは優しく笑みを浮かべる。

「忘れたくない思い出はあるかい?」
『……』

その無言は肯定。

「忘れても君が君でいられる思い出はあるかい?」
『……』

その肯定もまた無言。

「君は…なにを目指す?」
『…ただ僕が僕であることを』
「……なら今の君を、変える者を敵と認識する君を形作る思い出は君を変えてしまうのかい?」
『……』

それは糧となるもの。
オモイカネにとって忘却という昇華で自らを成長させうるもの。

『それを消しても僕は僕。でも、それを知っても自ら忘却することは僕には…怖い』
「なら、僕たちがやろう。君が君であることを知りうる僕たちが」
『うん。でも…僕の恐怖は異物を排除しようとする』

それは異物排除意識。

「知っているさ」

そう告げアキトとルリの方を向くシンジ。
そこには呆然とした表情の二人がいる。

「どうしたんですか?」
「いや……」
「なんだか驚いてしまって……」
「……オモイカネに納得してもらっただけですよ」
「あ、ああ」
「そうですよね」

未だ呆然としている二人をおいてシンジは飛んだ。
あわててその後を追うアキトとルリ。
幻の青空に突出し、それはあった。

『それが僕の思い出。……出るよ』

オモイカネの言葉と共に木の枝がその姿を変えた。
七つの影。
夜天光と六連。

「なるほど、これが敵となるか!」
「確かに敵として相応しいよ!」

シャン、と夜天光が錫杖を鳴らす。

「いくぞ!シンジ!!」

その一声と共にアキトの姿が変わった。
デフォルメされたエステよりブラックサレナへと。

「ええ!!」

ジュデッカの手に握られるのはDFS。
世界を飛翔し六連とぶつかり合った。

 

 

 

 

『ルリ…ごめん』

夜天光と六連を撃破し、連合のプログラムも消し、静かになった世界。
オモイカネの思い出は一つ消えたが……。

「いいの。私も、教えられたから……」

優しく微笑むルリ。

「オモイカネ、これからも一緒」
『うん』

その一言と共にアキトとルリの姿が消えた。
現実に復帰したのだろう。
そしてシンジもまた戻ろうとする。

『シンジ……』
「ん?」

消えていくシンジにオモイカネが声を掛けた。

『どうして僕を……?』

切られた言葉であるがシンジはその意味を正確に掴んでいた。

「思い出に囚われ動けない僕らの様にはなってほしくなかったからさ」
『……』

自嘲気味に返答したシンジ。
オモイカネは返事を返すことなく、今度こそ消えたシンジを見送った。

 

 

 

 

オモイカネの書き換えが済んだと思いこんでいる調査団が帰還するときになってそれは発覚した。
冷たい声でナデシコのクルーに告げられたアキトの徴兵命令。
誰もが驚き、呆然とする中でムネタケが笑っていた。

「まあ、テンカワの実力を考えれば当然の事よね」

扇子で笑みを隠しながらムネタケは言った。

「まさか…貴方が!!」
「そう言うこと」

その一言でムネタケにその場にいた者達が憎悪する目で睨んだ。
それに屈することなく、むしろ面白そうにムネタケは言葉を続ける。

「テンカワは快く了承したわ。……連合軍にテンカワが行かなければナデシコは以降連合にとって敵とみなされると伝えたらね」
「貴方はっ!!」

ルリがその愛らしい表情を歪ませ言葉を吐き捨てる。
アキトがそう言われれば断るわけがない。

「どうして…どうしてですか!?提督!!」

ユリカの悲痛な声がブリッジに響いた。

「どうして…ですって?」

憎々しげにユリカを見るムネタケ。

「そんなの憎いからに決まっているでしょう!?あの男が!!
 私が手に入れられないもの、その全てを持っているテンカワアキトがっ!!」

その告白と激情に顔を歪めたのはナデシコのクルーのみではなかった。
連合軍の人間までもが顔を顰める。
それに気づいているのかいないのか、ムネタケは本当に面白そうに笑いながら連合の人間とブリッジを出て行った。

「そんな、アキトさんが……」

悲しみの表情でメグミが呟く。
普段の明るい表情は沈痛な表情へと変わり。
だがそれはブリッジの人間の抱く思いであった。

「ルリルリ…」

ミナト自身、落ち込んでいるだろうにルリへと心配げな声を掛ける。
ルリはそれに答えることなく、ウィンドウへと外の画像を映し出す。
そこには一台のシャトルが映っている。
誰もが分かった。
あれにアキトが乗っていることに。

「アキトッ!!」

ユリカの叫び声も虚しく、シャトルは遠ざかっていく。
呆気なく、彼女たちの想いを裏切るように。
もはやシャトルが見えなくなったウィンドウ。
それに代わるようにシンジが映し出された。

「シンジ…君」

アキトが消えたというのにシンジは笑みを浮かべている。
そのことを不思議に思うよりも早くシンジが口を開いた。

『あの人からの伝言です。『俺は帰ってくる』だそうですよ』

その一言だけでどれほど皆の心から不安が払拭されただろうか。
涙が滲む目もそのままに皆は配置に付いた。
アキトが帰って来るというのなら帰ってくる、それを確信し。

『というわけで僕も艦を降りますね』

続けて発せられた言葉に驚くことになったが。

『僕はアキトさんの扶養家族ですから』

それだけを告げウィンドウは消えた。
先ほどとは別の意味で呆然となるみんな。

『ああそうだ。帰ってくるときはアキトさんも一緒だと思いますので』

と再び現れ消えるウィンドウ。

「「「「「なによそれぇえええ!!」」」」」

とみんなの叫び声が響いたのだった。

 

 

 

 

擦れ違う誰もが彼を見ようとしなかった。
自販機に背を預けているムネタケを。
知っているのだ、彼のせいでアキトが居なくなったことを。
それでなぜ声を掛ける気になるというのか。

「別に関係ないわよ」

ちびちびとコーヒーをすすりながら呟くムネタケ。
向けられる目は冷たく、温かなコーヒーもそれを暖めてはくれない。

「隣…いいですか?」

声など掛けられる筈がない、それを裏切り掛けられる声。

「イカリ…シンジ」

様々な意味で一番会いたくない人間が隣に居た。
アキトへの傾倒ぶりを見れば一番ムネタケを憎悪してもおかしくない人間が微かに笑みを浮かべムネタケを見ている。

「……好きにすれば」

シンジである時点でこの場を離れることを諦めるムネタケ。
思い出すのは展望室での会話と……。

「おかしな奴ね。アンタのことだからアタシを殺すかと思っていたわ」
「殺す?その反対ですよ。僕は貴方に感謝していますし」
「感謝される憶えはないわ」

鼻を鳴らしシンジの言葉を一笑に付すムネタケ。
そんな態度も気にせずシンジは言葉を紡ぐ。

「あの人は良かれ悪しかれナデシコに強い想いを抱いてますから…」

一度離れた方が良いと思って、と続ける。
アキトを心配する表情と言葉であるが、その中にアキトと離された者達への心配は含まれていないようだ。

「それに僕は皆の様に貴方を嫌ってはいませんよ?」
「……信じられないわ」

本当に信じられないといった表情をするムネタケ。
罵詈雑言を浴びせられてもおかしくない自分の行動だったからだ。

「展望室での事は、まあお気になさらず」

苦笑を浮かべるシンジ。
呆然とそれを見ているムネタケ。
そんなムネタケを気にせずシンジは続ける。

「……以前いた場所では誰もが何も話さずにただ戦わせる事を強要していたんです。
 中身の伴う事のない言葉。本心を語ることはせずにただ嘘で僕を従わせていた」

遠い目でシンジは語る。
ムネタケは、それがどうした、と切り捨てる事も出来たであろうに何も言わずに聞いている。

「だからでしょうか?言っていることはともかく、ありのままに言葉を紡ぐ貴方を嫌いになれない理由は…」
「……訂正するわ。テンカワ以上にアンタが苛つくわ」
「そうですか。まあ、嫌われるのは慣れているので」

微笑みながらシンジはその場を後にする。
その背を苛ただしげに見るムネタケ。
なぜ、自分がそれほどまでに苛つくの分からないまま彼はそれをコーヒーごと呑み込んだ。

 

 

 

 

「そんな訳ですから、ウリバタケさんこれ借りていきますね」

部屋へと戻り、以前空白の八ヶ月を経てナデシコへ戻った際に持ってきたトランクに黒衣や銃などを入れたシンジはハンガーへと来ていた。
そして今、ウリバタケと交渉中だ。
シンジがブリッジへと送った通信はウリバタケも聞いていたが、だからといって、
「俺に言われてもなあ……」

と頭を掻きながらウリバタケは言った。
揚陸艇ヒナギクに限らず、動かして良いかの決定を下せるのは艦長や提督のみだ。

「ネルガルのドックにでも置いておきますよ」

微笑みながら言うシンジ。
そんなシンジに懐疑的な目を向けるウリバタケ。
なぜかというと、

「お前、運転できるのか?」

と思ったからだ。
気づく者は少ないが、いつの間にか手の甲にあるナノマシンのタトゥー。
先ほどオモイカネの内部で見せた、蒼い機体。
ウリバタケにしてみればアキトと同様に謎が多いのだ。

「ええ、多芸なもので」
「……」

あっさりと動かせられることを白状するシンジ。
その言葉に嘘がないと言うことがなぜか分かる。
なぜか溜息を零すウリバタケ。

「やっぱ、艦長の許可がないとな……」

と口を開くと、

『その必要はないわ』

浮かぶウィンドウ。
ムネタケが映っている。

『アタシが許可するわ。艦長でなく、アタシにも権限はあるはずよ』

ナデシコクルーの感情はともかく、確かにムネタケは提督としての権限を持っている。

「……だそうです」

ウィンドウに映るムネタケに小さく笑みを浮かべシンジが言った。
ウリバタケは暫し難しそうな表情をし、

「分かった…」

と言った。

「提督、ありがとうございます」
『礼を言う必要なんて無いわ。無駄飯食らいは必要ないだけよ』

確かにシンジの立場はそうであるがそれだけではないことをムネタケも薄々感づいてるだろうに、

『テンカワアキトが居ないんだから、その扶養家族であるアンタも居なくなるべきでしょ』
「確かにそうですね」

冷たい筈のムネタケの言葉に微笑みながら言葉を返すシンジ。
シンジがそんな表情であるため、傍にいるウリバタケも口を挟めない。

『まあ、精々頑張る事ね』

何を頑張れと言うのか、意味深な言葉を残しウィンドウは消えた。

「……ではそう言う事ですので」
「ああ、分かった。…シンジ」
「なんですか?」
「……帰ってこいよ」

心配の情を滲ませた声にシンジは嬉しそうな笑みを浮かべて、

「ええ」

と頷いた。
そしてヒナギクへと歩いていく。
目的地は西欧。
白い少女との再会、血が舞う出逢い。
様々な感情が踊る事となる西欧という舞台に、
堕天使が舞い降りる。

 

 

後書き

起きた時刻は09:00

目の前の画面は真っ白。
更新日は今日。

 

……。

…………。

………………。

 

 

 

落ちる!落ちるっ!!
原稿が落ちるぅううううううう!!(涙)

 

と言うわけでMemoriesTV版の原稿は落としてしまいました。

 

修正後の後書き

 

>に、しても……そうホイホイボソンジャンプを使っていいのか、シンジ(笑)。

と言うわけで修正しました。<少なっ!?

 

代理人の感想

と、言いつつきちんとTV版も上げた皐月さんに拍手。

 

に、しても……そうホイホイボソンジャンプを使っていいのか、シンジ(笑)。