カーテンの隙間より漏れ出る光
雀の鳴き声が朝を告げる。
その光に顔を照らされ眩しそうにモゾモゾと動くアキト。
その隣ではシンジが静かに寝息を立てている。
遂に耐え切れられなくなったのか目を空けるアキト。
アキトは眠たげに目をこすりながら備え付けられていた時計を見た。
時刻は九時。
やはり昨日は疲れていたのかおおよそ十二時間近く寝ていたようだ。

(そういえば何時に起きればいいのか聞いていなかった)

と昨日のサイゾウとの話を思い出しこれからどうすればいいのかと思案にくれアキト。
そして部屋の中に響く襖を叩く音。

「起きてるか?」

そう言って襖を開けて入ってくるサイゾウ。

「あ、おはようございます」
「ああ、おはよう。わりいな昨日は、何時に起きればいいのか伝えてなかったぜ」
「いえ…」
「んでだ、いまつたえるけどよ起きる時間は十時だ。そっから昼用の仕込をして十四時に一度店を閉める。それから十七時に今度は夜用の仕込をして二十一時に店を閉める…つまり働く時間は十時〜十四時、十七時〜二十一時ってな具合だ」
「分かりました」
「まぁ後一時間近くあるからなのんびりしとけや。そっちの坊主にも色々雑用程度の事をやってもらうんで時間の事、伝えといてくれ」
「はい」
「それとだ…」

言葉を切り廊下においてあった大きめな二つの紙袋を持つサイゾウ。

「お前ら着替え持ってないっていたよな?一応これ着替えだ。こっちがお前ので、こっちが坊主の…フリーサイズの奴だからサイズは大丈夫だと思う」

そう言ってアキトに袋を手渡す。

「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ」

そして部屋を出て行くサイゾウ。
この話の合間にいつの間にシンジが目覚めていた。

「おはようございます」
「うん、おはよう」
「…なんです?その袋」
「サイゾウさんが俺たちの着替えだって持ってきてくれたんだ」
「そうなんですか」
「それと起きる時間は十時だって。シンジ君にも雑用ぐらいはやってもらうって」
「わかりました。まぁ何もしないで住ませてもらうよりはいいですね」
「それは言えてる」

そしてサイゾウから貰った服に着替える二人。
それから雑談をしているといつの間にか十時直前となっている。

「それじゃ、そろそろ降りようか」
「はい」

廊下を抜け階段をおりる二人。
階下では店の厨房では既にサイゾウが準備をしている。

「ようシンジ。おはよう」
「おはようございます」

軽く頭を下げながら挨拶をするシンジ。

「そういやぁテンカワ」
「なんですか?」
「いや、昨日から気になっていたんだけどよお前…パイロットだったのか?」

アキトの手の甲にあるタトゥーを指差しながら言うサイゾウ。

「え?これは別にパイロットでなくてもつけてますけど」
「そうなのか?いや普通はそれを持ってる奴はパイロットだからよ…」
「火星じゃ何か動かすのに大抵必要だったんですけど…」
「あーまぁいい。それじゃあテンカワお前とりあえずなんか作ってみろ」
「はい!」

取り敢えずは気にすることではないと話を切り替えるサイゾウ。
作ってみろといわれ気合を入れるアキト。
それを見ながらシンジはぼうっと立っている。

「おうシンジ。お前はこれ買ってきてくれ。一応地図と住所も渡しておくからよ分からなくなったらそこら辺の奴にでも聞いてな」
「はい」

そして渡される手書きの地図とカード。

「あの、このカードは?」
「あん?お前そんなこともしらねぇのか。これ知らないでどうやって生活してんだ?」
「はぁ」

言葉に詰まるシンジを横目にカードの扱い方を説明するサイゾウ。
その説明を聞き扱いが簡単でよかったとこっそり胸をなでおろすシンジ。

「それじゃあいってきます」
「おう。気をつけてな」

ガラガラとノスタルジックな音を立てる戸を抜け外にでるシンジ。
陽光が熱いほどに肌を照らす。
シンジは思わず上を向くと壊された天蓋が見える。
何故壊れたのか多少疑問に思いながらも目的の場所への道のりを急ぐシンジ。
周囲の街並みをみてシンジは新鮮さを感じていた。
異なる街並みに対しても、座り込んでいる人の前に開かれているウィンドウに対しても新鮮さを感じていた。
だが何よりも新鮮さを感じたのは街に活気があることだ。
かつて居た場所では皆、どこか沈んだ表情をしていたがここでは戦時中だというのに活気というものが存在している。
そのことに、いや活気そのものに新鮮さを感じるシンジ。
その気分が足取りにもあらわれ普段より歩くのが早いシンジ。
そのため早くも目的の場所つく。
目的の場所は金物屋。
そこは自動ドアで雪谷食堂とは異なっていた。

(やっぱりあそこが特別なのかな?)

ハイカラなドア…ではなく戸を思い出しながらシンジは中に入った。
意外とこざっぱりとしている店内。
物珍しそうに見回すシンジに話し掛けてくる店主。

「何を探している?」

後ろに回りこまれて話し掛けられたシンジは思わず飛び上がりそうなほどに驚く。
急いで後ろを振り向くと立っているのは目つきの悪い壮年の男。
どう見ても日の光の下を歩いているようには見えない

「あの!えーと!これを・・・探してるんですけど…」

そう言ってサイゾウより手渡されたメモを渡す。
それを読んでいく怪しい店主。
その光景をちょっとびくびくしながら見ているシンジ。

「…ちょっと待ってろ」

のそのそと店の奥に消えていく店主。

「こ、こわい…」

漫画であれば顔に縦線が入りそうな瞬間だ。
数分ほどで戻ってくる店主。なにやら手に箱を持っている。

「これを持っていけ」

その箱を手渡されるシンジ。

(どうして包丁を入れるのにこんな頑丈そうな箱なんだろう?)

確かに見ただけだがその箱は異常に頑丈そうだ。
木箱等ではなく金属製の箱。シンジも持った瞬間、ずしりと腕に加重がかかった。

「ど、どうも」

とりあえずこの場に長居したくない為重いのも気にしないで急いで店を出るシンジ。
店主はその背を見ながらフッと小さく笑うのであった。

 

 

 

 

急いで店に戻ったシンジ。
ガラガラと戸を鳴らし店に戻ったシンジ。

「ただいまかえりました」

シンジが箱をテーブルの一つに置き厨房へと向う。
厨房に入るとサイゾウとアキトが立っている。

「どうしたんですか?」

二人とも何かをしているようには見えない。
よく見てみるとアキトが荒い息をつきサイゾウがそれを遠巻きに見ている。

「アキトさん?サイゾウさん、どうしたんですか?」
「いやそれがよくわからねぇんだ。こいつ爆発音を聞いた後途端にこうなりやがったんだ」
「爆発音?」

と聞きシンジは帰ってくるまでのことを思い出してみる。
確かにあの店主に怯え急いで戻って来る途中でそんな音を聞いたような気がしないでもないシンジ。

「どうしたんですか?アキトさん?」

こうしていても話が進まないとおもいシンジはアキトに話し掛ける。
それが切っ掛けとなったのかアキトは突如叫びだした。

「うわぁぁああああぁぁぁあああ!!」
「アキトさん!!」

強くアキトに呼びかけるシンジ。
その呼びかけが届いたのか今だ息が荒いながらもシンジの方を向くアキト。

「シンジ…君」
「アキトさん、大丈夫ですか?」

シンジはアキトの顔を心配そうな表情しながら覗き込む。

「テンカワお前どうしたってんだ?」

サイゾウが聞いてくる。アキトは翳りのある表情をしながらぽつぽつと語り始めた。

「……怖いんです、あいつ等が…木星蜥蜴が。火星に居た時守れなかったんです…女の子。守ろうと思ったのに……」

そして口を閉ざすアキト。その話を聞きサイゾウは頭を掻きながら言った。

「しかたがねぇな。シンジ、テンカワを二階に連れてってくれ。とりあえず今日は仕事は無しだ。お前はアキトに付いてろ」
「わかりました。アキトさん…大丈夫ですか?」
「ごめんシンジ君。すんませんサイゾウさん…」
「今日だけだぞ!!」

そしてサイゾウは準備に向う。
危うい足取りではあるが一人で階段を上るアキト。
その後ろを着いていくシンジ。
呼吸はもう既に落ち着いているが顔色は明らかに悪い。
部屋に戻った二人、シンジがアキトを休める為に布団を敷く。

「アキトさん。布団敷きましたけど」
「ありがとうシンジ君…少しだけ休ませて……」

そう言って布団に倒れこむように横になり目を閉じるアキト。
シンジは電灯を消しカーテンを閉める。
静かな薄闇に包まれる部屋の中では時計の音が微かに響いているのであった。

 

 

 

 

まどろみの中アキトは微かな音を聞いた。
それは静かなそしてどこか安らぐメロディ。

「シンジ君?」

まだ眠気が残る頭を振りかぶりメロディが聞こえた方を見るアキト。
そこに見えたのは薄闇の中でクラシック、Airを口笛で紡ぐシンジ。

「アキトさん…ごめんなさい起こしちゃいました?」

申し訳なさそうな顔をしながら言うシンジ。

「いや、大丈夫だよ」

そこでふとアキトは思った。
シンジはいつから居たのだろうかと。

「あのさ、シンジ君もしかしてずっとここにいたの?」

アキトの言葉に苦笑しながら返事を返すシンジ。

「他にいる場所、無いですから僕」

「ごめんね。迷惑、かけた…」
「そ、そんなこと無いですよ!僕はここにいるだけでよかったですから」

謝ったアキトに必死に否定するシンジ。
それを様子を見てアキトは知らないうちに笑みがこぼれるの感じた。

「うん。ありがとう」
「いえ」
「あのアキトさん。これサイゾウさんが食べろって」

そう言って盆を差し出すシンジ。
盆に載っているのは日本的な食事だ。

「そうなんだ。そういえばお腹すいてるや」

アキトの言葉に小さく微笑みどうぞと盆を渡すシンジ。
アキトはそれを受け取り零さないように気をつけながら布団の上に置く
「シンジ君はもう食べたのかい?」
「ええ。僕はもう食べました」

静かな時が過ぎる。
聞こえるのは時計とアキトの食事を食べる音。
食事の合間合間に談笑する二人。
二人とも表情が柔らかい。

「ごちそうさま」

箸を置くアキト。
シンジが傍らにおいてあったポットより急須にお湯を注ぎこむ。
湯飲みにお茶を注ぎアキトに手渡す。
受け取ったアキトは静かに一口啜り、ふぅと息を零す。
そしてまた時計の音が部屋の中に響く。
どちらも言葉を発さない。
静かだけど穏やかな時が流れる。
どれほど時間が過ぎたのか唐突にアキトが口を開いた。

「守れなかったんだ……女の子。助けたかったのに守れなかった…」

そんなアキトの言葉を静かに聞いている表情。
シンジは理解したから。他人のことは解らないという事を、そしてそれでも全てでなくとも言葉で解り合える事を。

「あの時シェルターに居た俺は一人の女の子に会ったんだ。その子は上で戦闘が行われてるというのに明るくてさ見ていた俺もなんだか救われるような気持ちになったからかなその子に蜜柑をあげたりしたんだ。
 その時さ突然バッタだったかな?そいつが現われてさ俺たちに向ってきたんだ。あの子が危ない!って思って近くにあったリフトに乗ってそいつを壁に押し付けてやったんだ。これであの子は助かると思った。
 だけど駄目だった。…空いたと思った出口の外には連中が待ち受けてたんだ。それで爆発が起きてあの子もみんなも居なくなった途端に怖くなってきた。目の前じゃ押し付けたバッタが足を動かして後ろにも横にも連中が迫ってきていて…。
 怖く…なったんだ。俺は結局、守れなかったんだと思って、俺もこのまま死ぬんだと思って……その後何があったかは分からない。気づいたら地球にいてシンジ君と出逢った」

長いアキトの話がひとまず終わった。
その話を聞き終えたシンジは何も言わず柔らかな笑みを浮かべながらアキトを見ている。

「情けないよな俺。シンジ君を助けたいって偉そうな事言ったくせに結局俺はその子を助けられなくて、俺だけ助かってるんだから」

自嘲の笑みを浮かべながら言うアキト。

「ホント情けないよ…」

顔を手で覆いながらもう一度呟くアキト。
シンジはそんなアキトを見ながら静かに言葉を紡いだ。

「そんな事無いです…」
「えっ?」
「そんな事無いです。アキトさんはもう僕を助けてくれました。出逢ったばかりの僕に優しくしてくれました。サイゾウさんと話しているとき自分自身が危ないかもしれなかったのに僕を見捨てなかった…僕はそれだけでアキトさんに助けられているんです。
 それに情けなくなんかないです。僕は今まで流されてばかりだったんです。でもアキトさんは自分で動いている…結果その子が助けられなくてもアキトさんはやれる事をやっていたんです。だから…情けなくなんか無いです」
「シンジ君……」
「アキトさんが自分だけ助かったからって自分を責めても、自分を情けないって言っても…それでも僕はアキトさんに逢えて嬉しいです
「シンジ…君」

シンジの言葉を聞き静かに嗚咽を漏らすアキト。
シンジはそれを優しく見ている。
部屋の中に響く嗚咽。
その時かもしれない二人の間に本当に哀しいけど本当に絆が出来たのは…。





薄闇が支配する廊下。
そこに静かに立っているサイゾウ。
その耳に聞こえるのは微かな嗚咽。

「心配なかったなこりゃ」

微苦笑を漏らすサイゾウは微かな嗚咽の聞こえる部屋の入り口を背にし邪魔する事が無いように階段を下りていく。

「まっ、明日からがんばってもらわなきゃなんねぇし…」

自分の余計ではあったが行動に照れているのか一言呟きながら下りて行くサイゾウ。
結局は心配しているのがまる分かりではあったが……。

 

 

 

 

次回予告

二人が出逢い一年の時が流れた。

戦闘が有る度に怯えるアキトに遂に宣告される解雇。

それならばと一緒に辞めるシンジ。

月明かりの照らす道を歩く二人に襲い掛かるトランク。

そして彼は彼女と再会した。

両親の死んだ理由を知っているかもと彼女を追うアキトとそれに続くシンジ。

そしてなんだかんだで乗り込んだ戦艦でアキトは再び恐怖と対面する。

未だ癒えない傷を持つアキトは恐怖を乗り越えられるか?


次回!!

「怖いけど…それでも助けたいと思ったから」





 

 

代理人の感想

 

むー、上手い。

アキトとシンジという二人のキャラクターをキッチリつかんだ上で書いてますね。

簡単な様でなかなかできることではありません。いやはやまったく。