夢を見ていた…。
それは懐かしい『時』の夢。
彼には苦痛を、一抹の寂しさをもたらす夢。
だが、今回は命の危機を思わず感じてしまう夢。

ほ〜ら、シンちゃ〜ん、カレーよ。ちゃ〜んと食べてねぇ

夢だというのに、いや夢だからこそかそのおぞましい物体Xがよりおぞましく見える。

「いやだ…」

彼は言った。
食べたくないのに、手は勝手に動く。

「いやだ…」

口元に近づく『アレ』な物体。

「いやだぁああああ!!」

ガバッと起き上がるシンジ。
寝間着は汗で濡れ重たくなっている。
荒い呼気のままあたりを見渡せば驚いた表情のアキト。
薄暗い部屋の中に映し出されているゲキガンガー。

「どうしたんだ?シンジ君?」
「アキ…トさん?」
「そうだけど?」

ハァハァと荒い呼吸を無理矢理抑えシンジは小さく息をつく。

「いえ、少し悪夢を見て…」

夢の内容を思い出しブルリと震えるシンジ。
目覚めたというのにあの『物体X』を鮮やかに思い出せる。

「どうして…今になってあんなおぞましい夢を…」

とシンジが呟いた時、

ノックの音が響いた。

「なんだぁ?」

とアキトがドアの方を向き立ち上がる。
シンジは、ふと危険を感じた。
じわりと染みこんでくる様な危険な感覚。
ここに居てはいけないと、過去より培った感覚が告げる。
その感覚を信じ、慌てて着替える。
アキトが訝しげな目で見るが気づかない。

「誰ですか〜」

とドアをあけるとそこにはユリカの姿。
手に持っているのは…。

「アキトさん!!僕、少し出かけてきます!!」

頭の中で警報が最大限に鳴っている。
逃げろと身体中が告げる。

「って、シンジ君!?」

急いで部屋を出て行くシンジ。
アキトの声も聞こえていない。
走る。なにが起きるのかは分からないが危険だというのは解るから。
走る。恐怖から逃れる為に。
なにかから逃げる途中でメグミと擦れ違う。
その手には化学工場真っ青な液体。
シンジはそれを速攻で忘れた。
そうしなければ心が持たないから。
そして…

「ぐぎゃぁああああああああ!!」

アキトの絶叫が響いた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

耳を塞ぎ走るシンジ。
思わず涙が零れそうだった…。











とぼとぼと歩くシンジ。
あの後再びアキトの絶叫が聞こえ、部屋に戻るのが非常に怖くなったのだ。

「まさか…ここでもあんな…」

言葉を続けない。
もし、下手な事を言って当人達の耳に届いたら死すら生温い目に会うからだ。
そしてその選択は正しい。
特にこのナデシコでは。

「はあ…どこに行こう…」

今は日本時間で丑三つ時と呼ばれる時間。
大半のクルーは自室で寝ているかしている。

「「えっほえっほえっほ…」」

と声が聞こえ見てみると。
泡を吹いて担架で運ばれているジュンの姿。
思わず汗が一筋流れた。

「お、恐ろしい…」

なんとな〜く、なにがあったか悟るシンジ。
無論当たっている。
取り敢えずは災厄より逃れようと、シンジは再び走り出した。











シンジが走りついたところは既に明かりが落とされ暗くなっている場所。

「あっちゃあ、どこだろここ」

頭を掻きシンジは呟いた。
ナデシコは結構広い。
大抵自室に居るシンジにとって分からない場所は多い。
コミュニケを使い、オモイカネに道を教えてもらおうとシンジが思ったとき。
暗い通路の向こうに人影が見えた。
ん?とシンジが凝視すると、

「ムネタケさん…」

であった。
暗い通路を力無く、とぼとぼと歩く姿。
その姿からは普段の高慢な姿など思いつかない。

「げっ」

とシンジの姿を認めたムネタケ。
嫌な奴に逢ったと言うよりは、見られたくない姿を見られたという表情だ。
するとつい先ほどまでの力無い姿が引っ込み普段の高慢な姿が現れる。

「なにやってんのよあんた?」

扇子を口元に当て訊くムネタケ。
だがその表情には僅かに焦りが見て取れる。
シンジは気づいているのかいないのか、

「ええと、道に迷って…」

と言った。
シンジの言葉に眉宇を歪め笑みを浮かべるムネタケ。

「なにやってるんだか。オモイカネにでも訊く事ね」

笑いながら言うムネタケ。
そんなムネタケに怒りを覚える事無くシンジは、

「ええ」

と微笑みながら言った。

「……」

無言になるムネタケ。
シンジが訝しげな目を向けるがムネタケはシンジを見たまま動かない。

「ムネタケさん?」

とシンジが声を掛けるとようやくムネタケが、はっ、と気づく。
困惑が滲むその表情。
シンジに何を感じたのか自嘲の笑みを浮かべている。

「なんでもないわよ」

と自嘲の笑みをそのままに歩き始める。
シンジも暫しその背を見送り歩き始めようとしたとき…、

「あんた、暇…かしら?」

と声が掛けられた。
振り向くと歩き去ったと思ったムネタケが立ち止まりシンジを見ている。

「ええ、暇ですけど…」

それがシンジの返事であった。











テニシアン島…赤道直下に有るその島は珊瑚礁などが美しい島だ。
今回はその島に落ちたチューリップの調査もしくは撃破が目的だ。
…目的のはずだ。

「ルリルリ〜。あんた肌白いからちゃんとケアしないとだめよ」

とサンオイルを手渡すミナト。
もうまもなく着水である。
なのだが皆、調査をするような格好ではない。
水着にパーカー。
ブリッジの隅に置かれている『色々な物』
はっきり言って遊びに行くとしか思えない。
そして、着水。





「パラソル部隊!急げぇ!!」

ナデシコより降りすぐさま駆け出す皆。
一応砂浜にはエステが置かれている。
だがそんなもの等、調査などどうでもいいと言わんばかりに走る。
パラソルを立てネットを張りこの上なく元気に遊びだす。

「…いいのかなあ?」

とそんなみんなを見て呟いたのはシンジ。
とは言っても彼も水着姿だ。
シンジは離れた所でアキトと共に居る。
体調の悪そうなアキトと首をかしげているシンジ。
奇妙な二人だった。

「シンジ君。俺はいいから遊んできなよ」
「けど……」

とシンジが心配気にアキトを見る。
アキトは、あの『物体X』のダメージがいまだ抜けていないのだ。
顔は青ざめ、今にも倒れそうなその姿。
シンジでなくとも気を使うだろう。

「はあ…それじゃあちょっと歩こうか?」
「…なんだか、酔い覚ましな感じですね」

シンジの言葉に苦笑するアキト。
確かに『アレ』に酔わされたと言えない事も無いかもしれない。
立ち上がるアキト。
鬱蒼と繁る木々の中へ二人の姿は飲み込まれていった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

と二人を呼ぶエリナの声も聞こえずに。

「ん、もう!」

これまた水着姿で腰に手をやり頬を膨らませるエリナ。

「あの二人も仲が良いわね」

突如ぬうっとあらわれたイネス。

「きゃっ!」

とエリナが可愛らしい声を上げる。

「ちょっと、ドクター!驚かさないでよ!!」
「あら?ごめんなさい」

と謝りはしたが全然すまなく思ってなさそうなイネス。
エリナのほうを見もしないでアキトとシンジが消えていった方を見ている。

「不思議な子よね。シンジ君って…」
「はあ?」

突然現われ、突然喋りだすイネスに訝しげな目を向けるエリナ。
イネスは構わず喋り続ける。

「歳相応に思える時もあれば、まるで生きるのに疲れた老人のような時もある」
「まあ、確かに…」
「彼の時々言う言葉は彼の年齢に似つかわしくない程の重みがあって…」

顎に指をやり思案するイネス。
火星からこれまでのシンジのことを思い出しているのだ。

「なによりアキト君との関係」
「ちょっと…ドクター、貴方まで下世話な話をするつもりなの?」
「あら?そんな話じゃないわ。ただ、彼らを見ていると『友人』というには不思議なものがあるのよ」

フフ、と小さく微笑み言う。
イネスの微笑みに、げぇ、と言う表情で応えるエリナ。

「もちろん、くだらない噂の『恋人』とかいったものとも違ってね?」
「なら、なによ?」
「さあ?」
「あ・の・ね!」
「仕方がないでしょう?私は『彼』じゃないんだから。…けど本当に不思議な関係よ…」

遠い目をするイネス。
見ているのはシンジかアキトか?
今は、エリナすら目に入らずイネスは囁くように、

「まるでジョバンニとカムパネルラみたい…彼は『どこへでもいける切符』を持っているのかしら…」

生も死も超えて、走る幽幻の列車の切符。
不思議な物語の『彼ら』の様に、『彼ら』の様な、彼ら。
だけど、最後は消えてゆく物語でもある…。











そよ風が優しく入り込み柔らかくカーテンを揺らす。
シンジとアキトは森の中で出逢った少女に連れられ白く綺麗な別荘へと赴いていた。

「おお〜」

と感嘆の声を上げたのはアキト。
目の前のテーブルに並べられた絢爛な料理に向けたのだ。
だがシンジは知っている。
その声を上げさせたのが、とある二人の『物体X』で酷い目にあったが故により感動したのだと。
それゆえ、シンジは苦笑いを浮かべながらアキトを見るのであった。

「さあ、召し上がれ」

と少女――アクアが言った。

「うん!」

と頷き食べ始めるアキト。
勢い良く食べるアキトとは対照的に静かに食べるシンジ。

「ん!?」
「へぇ」

とそれぞれ声を漏らす。
誰ぞの『物体X』とは比較に――比較するのは余りに失礼だが――ならないほどの美味。
それぞれが感嘆するほどのものだ。
少しばかり自尊心が傷つく…などということはないアキト。
今彼は目の前の料理に夢中だ。

「うまい!うまいよ!アクア!」
「まあ…」

テーブルに肘をつき微笑むアクア。
その微笑に顔を赤くするアキト。
そんなアキトにちらりと目を向け嘆息するシンジ。
もちろん、彼女達の事を思い出しているのだ。

(アキトさん…知りませんよ?)

もし彼女達に知られたら、と思いシンジは身震いをするが取り敢えずは目の前の料理を片付ける。
災厄は近い。











食事も済み、テラスで穏やかに言葉を交わす三人。
彼ら、いや、アキトの中から既にテニシアン島に来た目的は消え失せているようだ。

「…そうなんだ。こんな所に一人で…」
「ええ…」
「寂しく、ないの?」

とアキトは訊いた。
大丈夫、とアクアは言ったがその表情をみれば大丈夫ではないのが一目瞭然だ。

「アクア…」
「大丈夫…。だって…」

アクアがアキトとシンジを見ながら言う。
頬を染めるアキト。
その横でシンジが首をかしげている。
アクアの言葉を疑っているわけではない。
ただ、なんだか妙に危険を感じるのだ。
危険を感じる能力に関して彼に勝るものはそうそう居ないだろう。
ただ感じる時が『とある時』限定なのであまり役に立ちそうにないが。

「アキトさん!!」
「アキト!!」

と響いた声。

「げえ!?」

と同じようにアキトも声を響かせる。
そしてシンジが顔に手をやり天を仰ぐ。
恐れていた事態が発生したからだ。

「ちょっと!アキトさんから離れなさいよ!!」

メグミが叫ぶ。
その隣でユリカが負けじと叫んでいる。

「ここまでのようね」

鋭い眼差しでユリカとメグミを見ながら呟くアクア。
アキトは気づいていない。
シンジは気づいた。

「うわ、なんか最悪な予感…」

その言葉を肯定するようにアクアはブローチを、いやブローチ型のボタンを押す。
この場に居るアクアを除いた4人は気づかないが遠くでチューリップを囲んでいたバリアが消えたのだった。

「この娘は俺にとっての…アクアマリンなんだぁああ!!」
「アキトさぁん…そんな、火に油を注ぐような事言わないでください」

熱く叫ぶアキトの横でシンジが情けなく言うが勿論届かない。
はぁ?という表情でアキトを見るユリカとメグミ。
その時、遠くはなれた場所よりビッグジョロが放った流れミサイルが落ち、爆発が起こる。

「「きゃああああ!!」」
「「うわぁああああ!!」」

破片が飛び、爆風に吹き飛ばされる。
叫び、倒れる五人。

「シンジ君!?」
「っつ…。アキトさん大丈夫ですか!?」

埃を払いながら互いの無事を確認しあう二人。
続けてアキトがアクアの無事を確かめるが…、

「嬉しい…」

頬を染め、恍惚とした表情で呟いたアクア。

「……」
「……」
「ア、アクア…君は何を…?」

歪んだ表情で訊くアキト。
だがアクアは陶酔した表情で一人言葉を紡ぐ。

「シ、シンジ君…」

助けを求めアキトはシンジの方を向くが…。

「……」

滝の様に涙を流し、ふるふると首を振る。
そんなシンジを見て同じように泣きたくなるアキト。

「戦火に巻き込まれ散る…ああ、なんて美しい死に方なの」

ポーズを着け言うアクア。
ちなみにアキトを吹っ飛ばしたのは気にしていないようだ。

「フフフ。一人でいいと思ったけど二人…。私を巡り会う親友。悲しく引き裂かれる友情」

顔を赤くし言うアクア。

「早く逃げましょう」
「そうだな」

とこっそり動こうとするが…

「あ、あれ?」
「か、からだが…」

動かない。

「フフフ、食事に入れた痺れ薬が効いてきたようね」

アキトとシンジを見下ろし言うアクア。
倒れ、動けない二人の傍によりジョロを待つアクア。

「さあ、もう少しよ。神様の使いが来るわ…」

その瞬間、ドン!と突き立つビッグジョロの脚部。
その機械眼がアクア達の方を見る。

「…情けない死に方だなあ…」
「シンジく〜〜ん」

虚ろな表情で言うシンジと、情けない声のアキト。

「アキト!!」
「アキトさん!!」

叫ぶ二人。
シンジのことは心配しない辺り女性は怖い。

「ああ最後の時が訪れるわ…」

脚部が…振り下ろされ…なかった。

『このぉおおおお!!』

今まさに脚を振り下ろさんとしたジョロの頭部にナイフを突き立てるリョウコ。

『アキト!無事か!?』

と言い、アキトを見ると、

『てんめぇ…アキト!なにやってやがる!!』

と叫んだ。
無論叫んだだけでなくエステが持つライフルを向けている。

「一難去ってまた一難…アキトさん…自粛しましょ〜よ〜」

ははは、と笑うシンジ。
虚ろであったが。

「おおお!!リョーコちゃん後ろぉ!」

アキト達の方にライフルを向け、背後に注意を向けていないリョウコの後ろで動き出すジョロ。

『うるせぇええええ!!』

振り向きざまアッパーカットを食らわせ殴りまくるリョウコ。
その光景を見ながら…。

「そうよ!もっとやれぇ!!」
「ぶっ殺してください!!」
『うらららららら!!…しゃあ!』


と言うメグミとユリカ、叫ぶリョウコ。

「……」
「……」

男性陣は誰も口を挟めない。
殴りまくり、止めに殺しつくすように弾を浴びせる彼女。
その光景を見て物騒な言葉を躊躇うどころかはっきり言う彼女達。
男性で口を挟められるものが居るだろうか?いや居ない。
徹底的に粉砕されたジョロをバックにここでの任務は終わりを告げた。
……任務は、だ。











「あの娘の料理は食べられて私の料理は食べられないんですか!」
「アキト、ちゃんと食べてね!」
「いや…その…」

アキトが冷や汗を流し、言う。
ちなみに既にシンジは逃げている。
この光景を予想していたからだ。

「ア・キ・ト。あのさ、料理作ってきたんだけど…」

ユリカとメグミ同様その手に料理、いや『物体X』を持ち頬を染めたリョウコが部屋を訪れた。
この時点でアキトは覚悟を決めた。
当然、逃げる覚悟だ。

「誰か助けてくれぇええええ!!」
「ちょっとアキト!!」
「アキトさん!!」
「おい!アキト!!」

追いかける三人。

「俺は悲劇の主人公だぁああああ!!」

アキトの声が悲しくナデシコの中に響く。

「自業自得ですよ、アキトさん」

五目そばをすすりシンジは呟くのであった。
全く以ってその通りだ。





俺ってやつぁあ!!





台蒲鉾とか噐(えろ)蒲鉾とかエロシードギアスとか蒲鉾忠夫とか…。

最近涙が流れそうな名前が付けられました。



ので、慰めてくれる女性を募集。










んな事書くからこう呼ばれるって分かってるのに…!!
俺って奴はよぉおおおおお!!!!

 

 

 

 

管理人の感想

 

・・・やっぱりトラウマになってるんだ、ミ○トカレーは(笑)

シンジの心の奥底に刻み込まれているわけだな。

その傷が、同じ物体の存在を感じ取った、と?

ニュータイプか、貴様は(苦笑)

でもその割にはアクアの毒料理に引っ掛かっていたしな?

もしかして、食べて美味しかった場合には通用しない『閃き』なのかよ(笑)

 

 

> 最近涙が流れそうな名前が付けられました。

 

・・・だから、いい加減観念しなさいってば。