…音が響いている。
静かな動くものが殆ど見当たらない通路に静かな足音が。
そして不意に止んだ。

「…シンジか」

低いダークトーンの声。
足音を立てていた黒いマントを纏った男が目の前に立つ男に目をやる。が、その視線の動きは黒のバイザーに隠され外からは分からない。

「…次の場所は決まりましたか?」

黒のコートに身を包み男と同じように黒のバイザーをつけている青年が静かに言う。

「シラヒメだ」
「そうですか。…ラピスは既にユーチャリスで待っています。アキトさんのブラックサレナも僕のジュデッカもウリバタケさんが整備済みです」
「そうか……」

短い返事を返し再び歩き始めるアキト。シンジの横を通り過ぎたところでシンジがアキトの後ろへ続く。
眼下に見えるのは白い流線型のフォルムを持つ戦艦。

「エリナさんから連絡がありました。もし今回違ったらルリちゃんが…ナデシコが動く事になるとの事です」

その言葉に足をとめるアキト。がそれも一瞬ですぐさま足音が響き始める。

「……アキトさん。連中を潰しユリカさんが戻った後はどうします?」
「……お前の知った事ではないだろう」

それに踏み込むなといわんばかりに拒絶の意を示すアキト。
シンジは素気無く扱われたというのにただ苦笑を浮かべるだけであった。
タラップを降りユーチャリスの前へと辿り着く二人。
純白の戦艦を前になんら感慨を浮かべず無言で中に入り込む。

「シンジ」
「はい?」
「お前はいつまで此処にいる」

それは何度と聞いた言葉。何度と聞かされた言葉。
その言葉を聞くたびにシンジは微笑を浮かべながら答える。

「終わるまでです」
「…今はまだ生きている。だがこの後も生きていられる保障は無いぞ」
「死もまた終わりの一つですよアキトさん」

何時の間にか二人とも足を止め話している。

「なら俺の終わりはもう少しだな」

僅かに自嘲の混じった笑みを浮かべながら言うアキト。

「後二年程だ。俺の時間はな…」
「知っています」
「なら俺に付き合うのは無意味だと思わんのか?」
「思いません。それに分かっているでしょう?貴方と共に僕が殺した人間は数千を超えています。もちろんこのままだと万を越すでしょう。生死の狭間に身を置いた人間はもう普通ではいられません」

思い出すように僅かに目を上へと向けるシンジ。そこに見えるのは真白い天井だけだ。

「それに慣れていますから…虐殺には…」

アキトのように自嘲の笑みを浮かべるシンジ。その心に飛来するのはどんな光景だろうか?

「……」

無言で前に向き直り再び歩き出すアキトとシンジ。

「シラヒメの守備隊は僕が引き受けます。貴方は目的の場所へ真っ直ぐ向ってください」
「……分かった」

開くドア。広がるナノマシンの紋様。そこの中心部に座する少女。

「ラピス」

アキトの呼びかけに閉じていた目を見開く少女、ラピス。

「次はシラヒメだ」

静かにその細いあごを下に動かす。そして強くなるナノマシンの光。それに伴いラピスの身体にもまた紋様が輝く。

「シンジ…」

静かにうなずくシンジ。

「僕はジュデッカへ」
「ああ。俺もサレナにいく」

輝く紋様を背にオペレータールームを出て行くシンジ。その背を見送りつつアキトは強く拳を握った。

(北辰…貴様との決着必ずつけるぞ。貴様の死でな…)

拳を突き破らんとばかりに握り締めるアキト。そしてその顔には緑光が浮かぶ。
どこか哀しく、どこか儚い緑光が……。

 

 

 

 

虚空に閃光が百花繚乱と艶やかに咲く。
ターミナルコロニー『シラヒメ』それがこの花が咲く場所。
閃光の中に広がるのは目で見ることは出来ない人の命。
それゆえなのか?あの光がかくも艶やかに見えるのは。
などと取りとめも無い事を思いながらシンジは虚空に花を咲かせていく。

(アキトさんは辿り着けたかな?)

僅かばかりに余裕を持ちながら次々と雲霞の如く押し寄せる敵機を打ち抜く。
その様に怯えてか押し寄せはするがまともに連携など取れていない。
彼らにはさぞこの姿は悪鬼羅刹のように見えているだろう。
この蒼の機体が。
青ではなく蒼。シンジがウリバタケに要求した気体の色。
海のような色ではなく氷のような澄んだ蒼。この機体の名の如く氷獄・氷牢の色。

「大罪人が在る地獄の最終・最下層。それこそ僕には相応しい」

そしてシンジは獰猛な笑みを浮かべスロットルを最大にする。
より人を狩る為に。

 

 

 

 

彼方で閃光が閃く中、アキトもまた同様に閃光を咲かせていた。
がその数はシンジと比べると格段に少ない。

(陽動は上手くいったようだな…)

ふとそんな事を思いそれを無駄にしないようにアキトは目的の場所へと急ぐ。
それでもコロニーへと近づけば攻撃は増してくる。それを避け時には相手を打ち抜きながらアキトはシンジと再開したときを思い出していた。

 

 

 

 

「アキト…さん?」

シンジが目の前の光景が信じられないのか問うような口調で聞いてくる。
当然だ。自分達と暮らしていたときと比べれば今の俺は別人のようなものだから。

「シンジか…」

それが分かっていながら再開を喜ぶような言葉が出てこないとはな。

「やぁシンジ君。悪いね君まで死んだ事にしちゃって」

アカツキがフォローでもしようというのかシンジに話し掛けた。
確かにシンジはあの時遺跡に侵食されA級ジャンパーになったからな。
それも俺やイネスさん…ユリカ達と違って後天的なジャンパーだ。
奴らもさぞ欲しがるだろう。

「アカツキさん!どういうことなんですか!アキトさんは!ユリカさんと一緒に……」

そういえばニュース等ではそう報じられていたな。
だが死んでいた方がまだましだったな。

「それはだね…」
「いいアカツキ。俺が話す」
「アキトさん」
「簡単に言う。飛行機の爆発事故は偽装だ。火星の後継者、そう名乗る連中が俺とユリカを拉致する為に引き起こした。そして拉致された俺たちは様々な実験を行われた。
俺は人が許容できるナノマシン限界とそれが齎すものを知る為の実験。ユリカは……おそらく遺跡への翻訳機、上手くいけばA級ジャンパーでなくとも正確なジャンプが可能になるからな」
「そんな……」

シンジが愕然とした表情で俺を見る。
当然かもしれないな。死んだと思っていたのにまさか碌でもないことに巻き込まれていたなんて思わんだろうしな。

「どれくらい時間が過ぎたかは解らない、が既に死にかけてた俺に何を思ったのかヤマサキという奴があるものを見せた」
「あるもの?」
「……遺跡に…融合させられたユリカだ」

今自分がどんな表情をしているかは解らない。が分かる事はやはりある。自分の顔に碌でもない実験の結果のナノマシンの光が浮かんでいる事だ。

「それを見た俺は我を忘れヤマサキに向っていった。がそれは俺たちを拉致した北辰という男に阻止された。その後何があったかはよくわからない。最後に見えたのはゴートの姿だったと思う」
「そんな…そんなことって……」
「事実だ」
「これから…どうするんですか?」

その問いに思わず意識しないうちに笑みが漏れたのを感じる。

「ユリカを取り戻す…そして北辰を、あの男を殺すだけだ」
「テンカワ君…」
「アカツキ、だから俺に力を寄越せ。あの連中を殺しきるだけの力を」
「けど君、五感が碌にないだろう?」

アカツキの言葉を聞き俺はそれに関してあの連中に感謝したいと思った。

「言っていなかったか?五感はある…ラピス」

そう言って後ろにいるラピスを前面に出す。

「この子はラピス。お前の会社が作っていたが連中に拉致されたマシンチャイルドだ」
「うちが!?」
「ああ。連中の実験の一つに遺跡を頭の中に埋め込むというのがあってな、それからだこの子と意識が繋がったのは」

人前に出て僅かに怯えているラピスの頭を撫でてやりながら俺は言った。

「もう良いだろう、アカツキ。俺に力を寄越せ」

一際きつい目をしながらアカツキに言ってやる。

「……わかった。だけど僕が用意できるのは戦艦と機体だけ。それを上手く扱えるかは君しだいだ」
「望むところだ」

所詮このままでも俺の命は後五年ほど。なら連中を死出の道添いにしてやるさ。

「……アカツキさん。」
「なんだいシンジ君?」
「僕の機体も作ってもらえますか」

唐突に何を言い出すんだ。

「シンジ、なんのつもりだ」
「手伝うだけです。アキトさんを」
「何を考えている!お前には関係のないことだ!!」
「そうですね。だからこれは僕の勝手な願いです。だけど大事な人達が傷つけられたというのに見ているだけというのは嫌です」
「お前は!!」
「たいした事をする気はありません。精々ユリカさんを助けるのと北辰という男を殺すまでの露払いと言ったところです」
「奴らはコロニーを隠れ蓑にしている。連中を探し出すのに何人も殺す事になるぞ。お前はその罪悪に耐えられるというのか!!」
「大丈夫ですよ。殺すといっても精々五桁。僕のスコアには届きません」

時々思う。一体こいつはどんな過去を送ってきたのかと。

「だから見知らぬ人間が何人死のうと僕には大したことでは無くなっているんです」
「…勝手にしろ」
「だそうですのでアカツキさん、お願いしますね」
「お願いしますってねぇ、うちそんなにお金ないよ」
「嘘ばっかり。知ってるんですよ僕。アカツキさんが僕のヒトゲノムのデーターで一儲けした事」
「あらら。ばれてたの」
「イネスさんが教えてくれました」
「やれやれ。分かったよそれじゃテンカワ君の分とシンジ君の分しっかり作っておくよ。だから君たちもちゃんと扱えるようになってくれよ」
「分かりました」
「ああ」

アカツキの奴。シンジのデーターで何をしたんだ?

 

 

 

 

ディストーション・フィールドのグラフが減っている頃に気づきずいぶんと回想に耽っていた事に気づくアキト。
気を引き締め敵機を撃墜していく。

(この三年随分とシンジも成長したな)

回想に気を囚われ過ぎないように心の片隅で思うアキト。
思い出すのは月臣との再会。
それから始まった苦難の日々。

(二人して血反吐を吐いて転げ周り、耐G訓練で死にかけたりと色々あったがそれでも誰かが一緒にいるのは心地よかった。シンジ……それは決して無駄にしない!!)

そしてアキトもまたスロットルを全開にし急ぐ。
漆黒の機体が虚空に線を引く。

「北辰!!三年だ!ここまで来るのに三年待ったぞ!今度こそ貴様の首を刈り取ってやる!!」

緑光を浮かばせながら笑みを浮かべるアキト。
目指す男はすぐ近くに……。

 

 

 

 

男の前方に広がる血の海。
遠くでは爆音が響いている。

「復讐人とその剣か。未熟な。既に我等は動いている。汝らの行為は無駄と知れ」

そして幾つもの隔壁を破り突き進む漆黒の機体。

「滅!!」

その言葉と共に様々な場所で爆発を起こすコロニー。
そして辿り着いたアキトが見たものはボソンの残光。

「っつおおおおおおおおおお!!ほくしーーーん!!」

コクピットに拳を打ちつけ爆発を繰り返すコロニーの中で憤怒の表情を浮かべるアキト。
歯を軋ませながら自身もまたその場を去っていく。
その残光もまた火の中へと消えていくのであった……。

 

 

 

 

「シラヒメ!シラヒメ!!応答してください!シラヒメ!!」

ブリッジに虚しく響き渡る声。
モニターに映し出される炎上するコロニー。
それを見ながらジュンは焦りながらも指示を下す。

「コロニーの救助を最優先!急げ」
「前方にボソン反応!!」
「何!?」

ノイズが走るモニターに映し出される何か。
上手く確認できないモニターに苛立ちながらモニターを切り替えるように言う。
そして映し出されたのは。

「何だアレは?一体アレは……」

サーモグラフィックのように色分けされた武骨なシルエット。
どこか見ていて恐怖を覚えるそれをジュンはただ見ているだけしかなかった。




 

 

代理人の感想

 

わお、いきなり二本同時新連載ですか?

しかも話には繋がりがあるようですし。

まあ、何も言わずに続きを楽しみにしてましょうか。