ユーチャリスへと戻った後再びジャンプし秘匿ドッグへ戻ったアキトとシンジ。
ユーチャリスを降りた二人はそれぞれ黒のマントとコートを身に着け無言で薄暗い通路を歩く。
アキトに用意されてる部屋の前に辿り着いたところでようやくアキトが口を開いた。
「シンジ……一人にさせてくれ」
無言でうなずくシンジを見て部屋へ入っていくアキト。
アキトの部屋の入り口を暫く見つめ再び歩き出すシンジ。
その足が不意に止まった。
「エリナさん…」
薄暗い通路の仄明るい電灯に照らされ立っているエリナ。
「お疲れ様シンジ君。…彼は…」
エリナの言葉に頭を振るシンジ。
エリナはそう、と小さく呟き哀しそうに柳眉をゆがめる。
「前も言ったけどルリちゃんが動くわ。今現在ネルガル月ドックで最終チェックを行っているナデシコCでね」
「そうですか」
シンジのそっけない返事に唇の端を歪ませ言葉を続けるエリナ。
「あら?気にならないの?あの子貴方の事……」
その言葉を遮り言うシンジ。
「ルリちゃんが好きなのは僕でなくアキトさんですよ」
「……変わらないわね貴方は。何時も人の好意を受け止められない」
エリナの言葉の途中で歩き出すシンジ。
「貴方も…僕と異なれど人への好意を剥き出しに出来ないでしょう」
嘲る言いようではなく淡々と事実のみをいうように語るシンジ。
シンジの言葉に嘲る音がない故にエリナは顔を背けた。
その横を悠々と過ぎるシンジ。
エリナが後ろに位置するようになってからまたシンジは口を開く。
「僕の言った事は間違っていません。彼女は僕に好意を寄せているかもしれないけど同様にアキトさんにも好意を寄せている」
「だから…貴方は好意を受け取らないの?」
「…僕は…二人も支えられるほど強くありません…」
そして会話は終わり通路を静かに歩き出すシンジ。
その背を見送るエリナ。
(…ルリちゃん…)
心中で密かに呟く言葉には一体どんな意味が込められているのだろうか?
●
アキトは灯りを点けることなく静かにベッドに横たわり天井を見ていた。
その脳裏を横切るのはシンジと北辰の言葉。
「俺は…選べなかった」
ユリカを気にする余り北辰に機体を潰され更にシンジを殺しかけた事を悔やむアキト。
それを思い出すたびに顔に光が走る。
「シンジ…」
そして思い出すシンジの事。
初めて出逢った時から再会し共に火星の後継者と戦う今まで。
「…すまない」
シンジがシンジ自身の願いで戦っている事は分かる。
それでもアキトは自分につき合わせていると思うと拳を握り自身に振り下ろしたくなる気持ちに襲われる。
「お前は正しい。俺は二つも選べるほどの力は…余裕は無い。だから…」
その心に飛来するかつての養女の姿。
「だから…選ぼう」
昏い笑みを浮かべるアキト。その心に飛来するのは限りない自嘲と自己嫌悪。
「北辰、喜べよ。もう迷わない…だからお前は俺に殺されろ」
眼前に現われる北辰の幻へ獰猛な笑みを向けるアキト。
コミュニケを開きシンジへとウィンドウ通信を送るアキト。
「シンジ。アカツキにやって貰いたい事がある…」
部屋に響くアキトとシンジの声。
(ルリちゃん…後は頼む…)
薄暗い部屋の中に生まれたウィンドウという光がアキトの心を表しているようだった。
●
彼は途方にくれていた。
彼が今居る場所はネルガル会長室。
そして彼はそこの主。
「…はぁ。書類が無くならないねぇ」
一つ溜息をつきながら内容を確認し判を押すアカツキ。
「やれやれテンカワ君もシンジ君ももう少し機体を丁重に扱って欲しいね。壊れるたびに僕のところの書類が増えるんだから」
二人の機体が全損した事を聞きながらも二人とも生きている事に喜んだアカツキだがそのために増えた書類には文句の一つも言いたくなる様だ。
「エリナ君はテンカワ君の所だし…やっぱり大関スケコマシには元をつける必要があるね」
書類を捌きながら独り言を言い続けるアカツキ。
少しばかり不気味な姿だ。
「いや、元はつけないでテンカワ君に横綱スケコマシと言う称号を……」
そこで言葉を切るアカツキ。
目の前に現われた光の乱舞。ボソンの光芒。
それを見たアカツキは咄嗟に緊急用のボタンを押す
途端に会長室の戸が開き流れ込む保安部そして……月臣元一朗の姿。
光が収まり現われるシンジ。
それを確認しアカツキは保安部を下がらせる。
残る月臣。
「いやぁシンジ君。残念だったね。失敗したんだって」
「ええ、残念ながら」
「それでどうしたんだい?もしかしてエリナ君とテンカワ君にあてられて避難してきたとか?」
「違います」
アカツキの言葉にご丁寧に返事をするシンジ。
「アキトさんがやってもらいたいことがあるそうです」
「機体に関してはウリバタケ君とドクターが頑張っているけど?」
「別の事です。今ルリちゃんが地球に居ますよね?」
「ああ。まだ月には行ってないよ」
「今ちょうどイネスさんの三回忌です。だから彼女は墓参りに行くでしょう」
「ドクターは実は生きてますってね」
シンジの話に茶々を入れるアカツキを無視し話を続けるシンジ。
「その時北辰たちを動かします。アキトさんも行くと言う情報を故意に漏らして」
「それで?」
「ネルガルのSSを動かしてください。奴らを網に追い込む為に」
「テンカワは選んだのか」
そこで初めて月臣が口を開いた。
シンジは月臣の方を向き静かに頷く。
「もう既にルリちゃんは巻き込まれていますから…アキトさんはルリちゃんに後を任せるようです」
「おやおやどうせなら皆で幸せにっていう考えは浮かばないのかな?」
「アキトさんに残る時間は少ない…だからでしょう」
哀しそうに表情をゆがめるシンジ。
「…話を続けます。この作戦は時間が勝負だそうです。『火星の後継者』がユリカさんをおとすまでに連中を殺せなければジャンプで逃げられてしまうから」
「そう簡単にあの艦長がおちるとは思えないけど」
「僕もそう思いますがアキトさんは『火星の後継者』にヤマサキという男がいるためそれほど時間はかからないと言っていました」
「なるほどね」
「なにか質問は?」
「いや特に無いよ。あとでそちらにルリ君の予定表を送るから準備しといて」
「わかりました」
シンジがジャンプし戻ろうと思ったその時。
「シンジ」
月臣が静かにシンジを呼ぶ。
ジャンプフィールドを解除し月臣に向き直るシンジ。
「なにか?」
「俺も行こう。連中を追い込みに」
「かまいませんが何故?」
「俺がかつて木連であった為、奴らが木連の影であるため。我々の暗部、それは我々もまたそれを滅ぼすために動くべきだからだ」
「……分かりました。ですが北辰はアキトさんに殺させます。それを守れなければ僕が貴方を殺します」
「テンカワの因縁はテンカワに任せる。これでいいか?」
「はい」
「そういうわけだ。会長問題はあるか?」
「いやないね。君が出てくれるとこちらも被害が少なくすむしね」
「そうか」
「それではアカツキさん、後はお願いします」
今度こそジャンプしその姿を消すシンジ。
「いやぁシンジ君も尽くすねぇ。彼が女性だったら僕はテンカワ君に嫉妬しちゃうよ」
「会長……」
疲れた表情をする月臣。
それは本当に疲れた表情だった。
●
ドッグへ戻ったシンジはアカツキより送られたルリの行動表を持ちアキトの部屋へと向った。
インターホンを押すと返事の代りにロックがはずされる。
部屋の中に入るシンジ。
「アキトさん。アカツキさんは了承しました」
「そうか」
横になったまま返事を返すアキト
「シンジ…お前は何も聞かないんだな」
「……僕はアキトさんの剣です。例えアキトさんが木蓮も地球連合も滅ぼそうとしても僕はそれに従います。…それがさしずめ僕の『私らしく』だから」
静かに語るシンジ。
「そうか…」
「これからどうしますか?」
「…餌を撒く。今地球に居るのは北辰を除いた連中だけだ」
「どのように?」
「恐らく連中の何人かはルリちゃんに張り付いているだろうからルリちゃんに近づく」
「ルリちゃんに会うんですか?」
「……今回は近づくだけだ」
「分かりました。それとこれがルリちゃんの行動表です」
ディスクをアキトに渡すシンジ。
それをスロットに入れデーターを映し出すアキト。
「ナデシコのメンバーを集めているところか」
「懐かしのメンバー…勢ぞろいですか」
笑みを浮かべながら言うシンジ。
「……。とりあえず地球に跳ぶ。北辰がいないなら連中は見ているだけしか出来ない」
「ラピスは?」
「…いっしょに連れて行く」
「分かりました。それじゃあ僕はラピスを連れてきますね」
「ああ」
そして部屋を出るシンジ。
「…全てを滅ぼすか。望んでいるのかもしれんな俺は…」
●
「ラピス、これから地球に向うよ」
シンジの言葉に頷くラピス。
「じゃあ行こうか」
歩き出すシンジ。
その後ろに続くラピス。
向うはアキトの部屋。
「地球に跳んだ後ネルガルに向う」
部屋へ入ったシンジとラピスに唐突に言うアキト。
「その後ルリちゃんに近づく」
立ち上がるアキト。
「行くぞ」
「はい」
静かに三人は部屋を出てユーチャリスへ向う。
そしてドッグに光が満ちユーチャリスはその姿を消した。
●
突然現われた戦艦に驚く整備員を無視し地球の秘匿ドッグを後にする三人。
建物内から出ずにいくつか空いている部屋に入る。
「シンジ今日はもう休むぞ。明日、ルリちゃんに近づく」
「分かりました」
部屋を出るシンジ。
それを見送るアキト。シンジが部屋を出て自身も休もうと思ったときラピスがアキトへ話し掛けてくる。
「アキト、ルリッテダレ?」
「ルリちゃんか?あの子は俺がナデシコに乗ってたときのオペレーターだった子だ。その後和平が結ばれた後養女として引き取った」
「ルリガイレバワタシハヒツヨウナイ?」
懇願する表情をしてアキトを見るラピス。
その言葉に苦笑しラピスの頭を撫でながらアキトは言った。
「そんなことないさ。俺はラピスがいてくれてよかったと思っている。リンクしているしてない関係無くな」
アキトの言葉を聞き安心したラピスは静かにベッドへもぐりこむ。
アキトもまたマントを脱ぎ戦闘服姿になり傍らにある椅子に座る。
そしてマントから銃を取り出し整備を始める。
「アキトオヤスミ」
「ああおやすみ」
そして彼らの一日は過ぎていった。
●
隣の部屋へ入ったシンジはコートと戦闘服を脱ぎシャワ-ルームへと向う。
少し熱めのお湯を浴びながらシンジは今までのことを考えていた。
アキトとの出逢いから今にいたるまで。
それを思い出しながら想うのは自身の決意。
どれほどアキトが変わろうと自分は傍にいようという決意。
アキトに言った言葉に偽りは無い。
例えアキトが全てを滅ぼそうと動いても付いていく。それに変わりは無い。
(でもアキトさん。ユリカさんがいなくても貴方はいいんですか?)
遺跡よりユリカを救出した際、最悪のことを考えるとユリカが生きていないこともありうる。
(そうユリカさんが生きているとは限らない。それでも貴方の傍には貴方と共に生きようと願う人がいる。その人たちを置いて貴方は逝く)
拳を血が滲むほどに握り締めシンジはアキトに残された時間を考える。
「アキトさん。貴方が皆を置いていこうとも僕は貴方についていきます。貴方を一人にはしません…その命が終えるその時まで」
しなやかな筋肉質の身体を打つお湯。身体を打つシャワーを止めシンジはシャワールームを後にする。
バスタオルで身体を拭き戦闘服を身に付ける。
シンジもまたコートより銃を取り出し整備を始める。
テーブルのスタンドのみを光源とし部屋に金属質の音を響かせる。
そして彼の一日は過ぎていく。
●
朝となりネルガルへ向う三人。
ドッグより車を借り殆どすれ違う事の無い道を走る。その途中、アカツキに連絡をいれこれから向う事を伝える。
ネルガル本社へと辿り着き重役用の駐車場へと車を入れエレベータに乗り込む。
静かに上昇を続けるエレベーターの中を無言で立ち続ける三人。
チン、と音がしドアが開く。
華美な装飾が施された通路を歩き重厚な戸を抜ける。
広い部屋の中に待ち受けているアカツキ。
「やぁテンカワ君。元気だったかい?」
「挨拶は無用だ。それより準備は?」
「終わっているよ。既に人員も墓地内における配置も考え済み、明日人を配置する。まっ後は待つだけだね」
「わかった」
「今日はどうするんだい?」
「ルリちゃんの元へ向う。連中に対する餌をばら撒いて置こうと思ってな」
「大丈夫なのかい?」
「北辰がいなければ連中は動かんよ」
せせら笑うアキトをみてそれならばと腰を椅子に深く沈める。
「一応人を寄越すよ」
「分かった。それと……」
「ルリ君の居場所かい?」
そう言ってディスクを出すアカツキ。
「これがあればルリ君のコミュニケを追える」
ディスクを受け取るアキト。
用はそれだけだと言わんばかりに会長室を後にする三人。
人がいなくなり静かになった部屋でアカツキは一言呟いた。
「ルリ君も報われないねぇ」
苦笑を浮かべ言うアカツキ。
その言葉は広い室内に消えていくのだった。
●
ドッグに戻った三人はそれぞれ鍛錬・整備などで時間を潰し頃合をみて集まった。
「いくか」
「はい」
短い言葉のやり取りで動き始める三人。
そして彼らはまたドッグを後にする。
コミュニケを確認しながら車を走らせるシンジ。
「…どうやら駅に向っているようですね」
「ちょうどいい。そこで近づくぞ」
「わかりました」
アクセルを踏み込むシンジ。
車は速度を上げ、目的地へと急いだ。
夜も遅い為か駅は人が少ない。
が、それでも人はいる。彼らはアキト達をみて顔を引きつらせ道を空ける。
周囲を全く気にしないで進むアキト達に近づいてくる。
スーツ姿の男。
見た感じは普通のサラリーマンと言った所だ。
「ネルガルの者です。あなた方をガードするように言われています」
ネルガルのIDカードを見せながらそう言った。
そして去っていくガードの人間。
それを見送ることなくアキト達はホームへ向う。
「同じ電車ですか?」
「…言ったはずだ。近づきはするが、接触はしない」
「では別の電車ですね」
それを確認し何かデーターを調べるシンジ。
「ルリちゃんの乗る線はこれです。これとすれ違うのは……この線ですね」
映し出したデーターを見せホームの場所を変えるアキト達。
離れたホームに見えるルリとハーリーの姿。
二人はこちらに気づいていないようだ。
数年ぶりに見た姿にアキト、シンジ共に表情が柔らかくなる。
「ルリちゃん…大きくなりましたね」
「ああ」
「…火星の後継者。奴らの存在が無ければ彼女との再会、嬉しかったですけど」
「もう遅い。ルリちゃんは既にこの戦争を終わらせる重要な要因となっている」
「電子の妖精……か」
シンジの呟きと共に入り込んでくる列車に乗り込む三人。
動き出す列車。乗り込んだ車両にいた人間で驚いているものはいない。
この車両全てがネルガルの人間なのだろう。
そして動き出す列車。
最初は緩やかにそして速度が上がっていく。
外を見るとルリの乗り込んだ列車が見える。
いくつか向こうの車両を過ぎると見えた。
殆ど人のいない車両。ルリの肩に寄りかかるハーリー。
ルリの視線がアキト達の方を向く。
目が驚愕に見開かれるのが分かる。
アキトとシンジは思わず笑みを浮かべる。
それは自嘲かはたまた再び会えたことを喜んだ笑みか?
真実は彼らの心の内に静かに仕舞われているのであった。
●
ルリはその夜寝付けずにいた。
その隣ではハーリーが寝息を立てている。
ルリの脳裏によぎる列車での束の間の再会。
せめてもう一度だけでも会いたいと願っていた人たちとの再会。
(アキトさん、シンジさん……生きていた)
窓の傍に立つアキト。傍らにいる少女。その後ろに控えるかのように立つシンジ。
死んだと思った彼らとの再会。
自分の心が強く揺さぶられるのがルリにわかる。
(生きていた……)
静かにルリの頬を涙が伝う。
それは枕を静かに濡らしていくのだった…。
●
光が虚空に飛び交う。
ターミナルコロニー『サクヤ』。
そこで行われる攻防戦。
統合軍は少ない被害だが火星の後継者はかなりの被害を受けている。
統合軍の士官が降伏勧告を送ろうとしたその時。
戦艦に振動が走る。
戦艦の外では光が幾つも現われる。
ボソンの光。戦争の勝敗を分ける剣。
何隻も戦艦が沈み爆発を起こす。
その映像が極冠遺跡に陣取る火星の後継者に届けられる。
わきあがる歓声。
ウィンドウに現われるヤマサキ。
その顔には笑顔が見える。
それはアキト達が危惧した遺跡の支配、すなわちユリカが落とされた事を示していた。
秩父山中。そこを支配する夜闇の中に煌くボソンの光。
集う北辰とその部下。
そして役者は揃う。
●
蝉の鳴き声が煩いくらいに響いている。
が、それ以外に聞こえるものはないある意味静かなそして穏やかな場所。
既に人員が配置されている墓地にて静かに来訪者を待つアキトとシンジ。
目の前にあるのは偽りの墓標。
偽りの事故で死んだ事にしている為このようなものが必要になっている。
無論シンジの墓標もある。
イネスの墓標の隣に同じデザインで作られたシンジの墓標。
アキトはイネスの墓の前に立ち、シンジはその自分の墓標に腰掛けていた。
本来シンジにこの世界での戸籍は存在していなかった。
が遺跡を巡って争っている際にシンジが遺跡の影響でA級ジャンパーとなった際ネルガルがシンジの戸籍を用意したのだ。
尤もネルガルが用意しなかった場合ルリが役所にハッキングしてデーターを改竄していただろうが。
「来たようですね」
シンジが呟く。
遠方の階段の方より見えるルリとミナトの姿。
二人がイネスの墓へ向ってくる途中でシンジとアキトに連絡が入った。
それは目標が来たと言う連絡。北辰達が姿をあらわしたと言う連絡。
アキトの顔に光が走る。
「アキトさん。まだです」
「ああ」
シンジの言葉に自制するアキト。
光が収まり僅かな時が過ぎたときに音がなった。
ミナトが桶を落とした音だ。
「シンジ君にアキト…君?」
問い掛けるようなミナトの言葉にただ無言でいる二人。静かに時は流れる。
●
花が添えられた墓の前で手を合わせているルリとミナト。
アキトは立ったままシンジは腰掛けたままだ。
「もっと早く気づくべきでした。あの時死んだり行方不明になっていたのはアキトさんやシンジさんそれにイネスさんや艦長だけじゃなかった」
ルリが手を合わせたまま語り始める。
「みんな、火星の後継者に攫われてたんですね」
「ええ!!」
ルリの言葉に衝撃を受けるミナト。そんなミナトを横目にルリは言葉を続ける。
「この二年間アキトさんに何があったかは分かりません」
「…知らない方がいい…」
それは人の暗黒面を見せ付けられた時。
何故人を、人はここまで?と問い掛けたくなるような日々。
それは決して知らない方が幸せな世界。
「私も知りたくありません」
ルリもそれが分かっているのか聞こうとしない。
「でもどうして…どうして教えてくれなかったんですか?生きてるって…」
ルリの言葉を聞き顔に出さないながらも罪悪感に教われるシンジとアキト。
教えれば巻き込むから、決して巻き込みたくなかったから。
けれどその心は伝えないように。
「…必要なかったから…」
アキトが沈む声で告げる。
「そうですか」
ルリの声に混じる傷ついた響き。
ミナトはそれを聞き思わずアキトに平手を見舞っていた。
「なんてこと言うのあんた!!よくそんなんであの時この子の事引き取るなんて言えたわね!いい、この子本当はアキト君の事……」
銃口をミナトに向けミナトの言葉を遮るアキト。
シンジもまた立ち上がり銃を抜いている。
が、銃口が向けられているさきはミナトではない。
そしてアキトも銃口をずらしていく。
その先に立っているのは北辰だ。
嘲りの笑みを浮かべ静かに声を発する。
「迂闊なりテンカワアキトとその剣。我等と一緒にきてもらおう」
アキトとシンジが同時に引き金を引いた。
撃ち出される弾丸。その全てが北辰に触れる前に弾かれる。
アキト、シンジ共に弾が尽き素早く弾丸を入れ替える。
戻されるシリンダー。再び二人は銃を北辰に向ける。
「あんた達は関係無い。とっとと逃げろ!」
アキトの言葉に冷静に反論するルリと同調するミナト。
「重ねて言う。一緒に来い。手足の一本はかまわん、斬!」
抜かれる短刀。陽光がまぶしく反射する。
「女は?」
「殺せ」
「小娘は?」
「あやつは捕らえよ。ラピスと同じか。金色なる瞳。人の手により産み出されし白き妖精。ほとほと地球の人間は遺伝子細工が好きと見える」
笑みを深める北辰。
「汝は我等が結社のラボにて栄光ある研究の礎となってもらう」
その言葉を聞いたルリの中で繋がる線。
「貴方達ですね!地球でA級ジャンパーを攫っていた実行部隊は」
「そう我等は火星の後継者の陰。人にして人の道を外れたる外道」
「「「「「「全ては新たなる秩序の為」」」」」」
一斉に唱和される言葉。そして唐突に響き渡る笑い。
「新たなる秩序、笑止なり」
凛と墓地の道に立つ月臣。
風が白い服を揺らす。
「久しぶりだな月臣源一朗」
北辰が貴様こそ笑止といわん口調で言葉を投げる。
「確かに破壊と混沌の果てに新たなる秩序はある。されど草壁に徳無し」
「木星を売った男が何を言う」
北辰が月臣に向き直り侮蔑を響かせた返事をする。
「そう友を裏切り、木連を裏切り今はネルガルの…犬」
そして四方八方をより姿をあらわすSSの面々。
その手に銃から刀と武器を持ち北辰達との距離を縮めていく。
「え?え?ええ?」
速い展開についていけないミナトが狼狽している。
その横で墓石が突如浮かび上がる。
一体その巨体をどうやって隠していたのかゴートが頭に恐らく偽装したものだろうが墓石を載せている。
「久しぶりだなミナト」
決して油断することなくミナトの言葉をかけるゴート。
「ええそうね…」
最早どうにでもなれと言うのか顔を引き攣らせながら返事をするミナト。
その間にも着々と距離を詰めていくSS。
「隊長!」
「慌てるな」
部下とは違い一切慌てた様子を見せない北辰。
その豪胆さに僅かに見事さを感じながら月臣は言った。
「ここは死者が眠る穏やかなるべき場所。大人しく投降しろ」
「しない場合は」
「地獄へ行く」
「そうかな。烈風!」
「応!!ちぇあああああああ…!!」
北辰の言葉と共に駆け出す烈風。
月臣へと向い一閃しようとしたその瞬間!
爆音と言えるような凄まじい音が墓地に響く。
すれ違うような体勢で烈風の顔に手を押し付けている月臣。
烈風の抜き放たれた刀は月臣の後ろで刃の光を輝かせている。
「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず…」
手をゆっくり動かすと共に聞こえる頚骨が折れる音。
そしてなおも続かんとする殺意。今度は二人駆けようとする。
そして飛ばされてきた烈風の骸。
それに押しつぶされる二人。
「うっそぉ!?」
ミナトが今見た光景が本当のものなのかと声を上げる。
「木連式…柔」
響くアキトの声。続くシンジの声。
「流石…と言うべきですかね」
僅かに笑みを浮かべ言うシンジ。
「邪に成りし剣、我が柔の敵ではない。北辰!投降しろ!!」
「フハ、フハハハハハ!跳躍!」
北辰を中心に広がるジャンプフィールド。
「なに!?ボソンジャンプ!!」
ゴートが驚きの声を上げる。
未だ哄笑を上げる北辰。
「テンカワアキトとその剣…また会おう」
余韻の残る声を響かせ北辰達はその姿を消したのであった。
●
後方でSSに指示を下しているゴート。
それらとは切り離された場所のようにアキト達は話をしていた。
「奴らはユリカを落とした」
「ユリカさんを?」
「草壁の大攻勢も近い…だから君に渡しておきたいものがある」
「渡しておきたいもの…」
頷きアキトは静かに歩き出した。
その後ろを着いていく面々。
順番はミナト、月臣、ゴートそしてルリ、シンジが隣り合っている。
ただルリとシンジは皆より多少離れた距離を歩いている。
「どうして教えてくれなかったんですか。生きてるって」
ルリが隣に並ぶシンジに問う。
「アキトさんも言っただろう。教える必要が無かったと」
シンジもまたアキトと同じ答えを返す。
その言葉を聞き哀しそうにシンジを見上げるルリ。
だがその表情はバイザーで隠され解らない。
「巻き込みたくなかった…からですか?私に話せば否が応でも巻き込んでしまうから。だから教えてくれなかったんですか?」
「……」
沈黙するシンジ。
それをみてルリはその通りだと感じた。
「私は良かったんです。巻き込んでくれても…貴方やアキトさんの為なら私は良かったんです」
「……僕もアキトさんもそんな事望んではいない。奴らを炙り出すのに僕らは万を超える人々を殺している。君を決してそんな地獄に巻き込むわけには行かない」
ようやく心の内を吐露し始めたシンジに安堵しシンジの言葉に耳を傾ける。
「だがそれも失敗した。君は軍に入りそしてアマテラスへ来てしまった。この後はナデシコCに乗り火星へと向う…もはや僕らのすべき事は北辰達を殺すだけだ」
バイザーの奥で目を細めるシンジ。
そしてシンジはバイザーを外しルリを見た。
ルリに向けられる先ほどとは正反対の優しい眼差し。
「今更資格は無いだろうがルリちゃんこれだけは言わせてくれ…あの人も僕も君を守りたいと言う事だけは本当なんだ…特にアキトさんはユリカさんを守れなかったから尚更守ると誓っているんだ」
「はい…」
その言葉だけで充分と、ルリは柔らかな表情で語った。
話をしている間に墓地を抜け小高い丘に出たアキト達。
それに少し遅れ現われたシンジ達。
アキトは丘を先へ進み、ミナト、ゴート、月臣は木々を後ろに佇んでいる。
遅れて現われたシンジ達、シンジがルリの背を押すようにさぁと声を掛けルリをアキトの元へと進める。
なぜか哀しそうな表情をしているシンジに後ろ髪を引かれながらもアキトの元へ向うルリ。
そしてシンジもまたミナト達と同じ場所で佇むのだった。
●
アキトの元へと来たルリにアキトは無言で折りたたまれた紙を差し出す。
それが何なのか中を見るまでも無く察するルリ。
だから彼女は拒否した。
「これは受け取れません!それはアキトさんがユリカさんを取り戻した後に必要なものです!」
「君の知っているテンカワアキトは死んだ。彼の生きた証として受け取って欲しい」
「それ、かっこつけてます!」
ルリの言葉を聞き幾分声を和らげるアキト。
「違うんだよ、ルリちゃん。奴らの実験でさ頭の中掻きまわされてそれからなんだよ…」
静かにバイザーを外すアキト。
光が走っている顔を明かす。
ルリがそれを見て息を呑む。
「特に味覚がね駄目なんだ。感情が昂ぶると光りだすんだ。まるで漫画だろう?」
最後はおどけて言うアキト。それがルリにはどれほど辛い響きに聞こえるのだろうか。
「もう君にラーメンを作ってあげる事は出来ない」
「アキトさん…」
どんな言葉を返せばいいのか?ルリには浮かんでこない。
コックを目指していたアキト。味覚が失われていると言う事はそれは無理だと厳然に宣告しているようなものだ。
「それにシンジから聞いただろう。俺たちは万を超える人を殺している。理由はどうあれそれは事実だから…ユリカを取り戻しても戻る事は出来ない」
「別にいいじゃないですか!私は…私は……」
声がくぐもってきたルリ。金の瞳から涙が溢れている。
「ルリちゃん…勝手な願いだが、ユリカを頼む」
「終わったら…全部終わったらどうするんですか?」
「シンジと共に全ての憂いを断つ。火星の後継者…その残党全てを狩る。シンジが言っただろう、ルリちゃんを守りたいと言うのは本当だから…だからこの後システム掌握に恐怖を覚える事になる奴らを全て狩り君を狙うものを無くす」
「どうして…貴方達は…」
途切れ途切れの涙声でルリはその場で膝をついた。
「すまない。泣かせるつもりは無かったんだが…」
そしてアキトはシンジの方を向き頷く。
シンジもまた頷きコートを翻し来た道を戻っていく。
アキトもまたシンジに続く。その途中で立ち止まりミナトに後は任せると一言言ってそして木々の中へ姿を消したのだった。
残されたルリを慰めるミナト。
閑静な丘でルリの泣き声ただ哀しく響きわたっていた……。
代理人の感想
う〜む、つくす系シンジ(苦笑)。
まぁ、もともとつくす系、というか他人に求められる事を喜びとする人間だから
そう言う意味では自分の為にアキトに尽くしているのだと思いますが。
まあ、これも愛の(愛で語弊があるなら友情の)一つの形、ではあります。