ユーチャリスがあるドックの一つの部屋
未だ彼らは地球にいる。
部屋の中は電灯を点けていない為闇が満ちている。
その闇の中に溶け込むように二人、アキトとシンジ。
アキトは備え付けの椅子に座りシンジはその後ろに控えるように立っている。
沈黙と闇が支配する静謐の時。
どちらからも言葉を発することなく彼らは静かにその場に居た。
双方相手の心のうちは分かっている。
だからこそ言葉を発さない。
この暗闇の中、漆黒の衣を身に纏った身体だけでなくその心も身に沈めと言わんばかりに彼らは闇と沈黙を壊さないようにしている。
その心が闇に染まるの彼らは厭わなかった……。

 

 

 

 

「失敗か」

アカツキが残念そうに言った。
雰囲気を優先しているのか薄暗い会長室。
そこでアカツキと月臣は話している。
エリナはアキト達の元へ居る。

「ああ、奴らは遺跡へのイメージを伝える手段を確保したようだ」
「テンカワ君の言うとおりになったわけか…ユリカ君が落ちたか」

無言になる二人。
彼らは考えていた。今こうしているときにも火星の後継者は動いているからどんな手を使えば有効かと。

「テンカワ君。辛いだろうね」

だがアカツキが言ったのは待ったく別のこと。
抗する手段ではなくアキトを心配する言葉。
月臣もそれに反論することなく頷く事で同意を返す。
アキトが辛い、それは分かっているのだが何も出来る事など無い。
それが二人には歯がゆく感じられる。
そして会長室に響いたのは小さな溜息。

「今嘆いていてもしょうがないさ。そうだね…ジャンプが出来ない事が向こうの最大のネックだったのだから早ければ今日きてもおかしくない」

そこで考え込むアカツキ。

「いくらジャンプが出来るといっても物量差は如何ともしがたい、となると……」
「連合の幹部を人質にして交渉…」
「だね」

絶妙な月臣の言葉に自分のセリフを取られてしまったアカツキは苦笑しながら頷き言う。

「どうするのだ?」
「……よし。総会取りやめさせようか。連中も自分の命がかかっているとなると素直に言う事聞くから」
「そうなのか?」
「そういう連中なのさ。かつて君が敵としていた連中の頭は」
「……」
「まっそれだけじゃあ面白くないからちょっとイベントを作ろう。ああ君にも動いてもらうから」
「わかった」

アカツキはいたずらを思いついた子供のような表情をしデスクの上の受話器を持ち上げるのだった。

「ああ、ミスターかい?」

 

 

 

 

変わらず暗闇の中に身を沈めている二人。
が、先ほどとは異なり今は会話が小さく聞こえている。

「連中の動きが速いな」

以前よりずっと錆付いた声を出しシンジに話し掛けるアキト。

「ジャンプが出来ればいつでもいけるという状態を保っていたんでしょう」

アキトとは異なり変わらない声で返事を返すシンジ。

「ならば今日中に動き出してもおかしくない…」
「はい。サレナ、ジュデッカ共に完全です。流石ウリバタケさんですね…ナデシコCに乗り込む前に整備を終わらせています」
「そうか」

静かに立ち上がり別の部屋に居るラピスに言葉を送るアキト。

《ラピス。いつでも出れる様にしておいてくれ》

アキトが送った言葉に静かに頷きラピスはその場からユーチャリスへのAIへ指示を送る。

「僕はユーチャリスに居ます」
「ああ、俺ももうすぐしたら行く」 「はい」

部屋を、闇を抜けて行くシンジ。
その後姿を見ながらアキトは椅子に深く沈みこみ呟いた。

「火星に始まり火星に終わる…か」

バイザーで隠したその目は一体何を見ているのだろうか?

 

 

 

 

居住区を抜けユーチャリスへと向うシンジ。眼下に広がる白亜の戦艦。
そこへ至る為の通路を今シンジは歩いている。
赤闇が広がる通路の途中に人影…エリナだ。エリナがこの静寂な通路に自身も寂しそうに腕を組み壁に身体を預けている。

「どうしたんですか?」

目を寂しそうにしているエリナに話し掛けるシンジ。
エリナは近づいてくるシンジにも気づいていなかったのかハッと驚きと期待に満ちた表情を見せた。
が、相手がシンジだとわかるとまた表情は寂しげなものに変わる。

「貴方だったの…」

静かな声で言うエリナ。
シンジもエリナの待っている人間、即ち彼女の想い人を知っているので静かに口を開く。

「アキトさんはもう少ししたら来ますよ」

シンジの言葉に僅かに頬を赤く染め上げるエリナ。

「貴方はそれでいいんですか?アキトさんに何も伝えなくて」

柔らかな言葉をエリナに投げる。
その言葉を聞き更に表情を目を哀しげに寂しげにするエリナ。

「私は会長の御使いでしかないわ。それに…今更よ……」

空虚な言葉がシンジの耳朶を打つ。
それに表情も変えずシンジは尚もそこに留まる。
そしてエリナは自虐の笑みを浮かべ言葉を続ける。

「馬鹿みたい、私。彼にはもうミスマルユリカがいるのにいつまでも…」

自虐の笑みを浮かべ続けるエリナの頬を伝う一筋の涙。
それは頬を伝い落ち金属の床に小さな音を出し弾けた。

「ホント、馬鹿よ私。彼の手助けをしても無駄なのに…なのに手助けして!」

床に広がっていく思慕の後。

「もう彼は数年しか時間が無いっていうのに諦められなくって…それでも何も伝えられなくって!」

シンジのコートの襟を掴みシンジの胸元で慟哭するエリナ。
シンジは優しくエリナの背に手を廻し幼子をあやす様に撫でる。
その行為に更に涙を流すエリナ。

「どうして?どうしてよ…彼が結婚するとき決着をつけれたと思ったのにどうして今更こんな感情がでてくるの…」

より強くコートの襟を掴みシンジに問いかけて自分に問い掛けるエリナ。

「貴方が羨ましい…彼を想っている貴方が、彼の傍に居れて……」

涙で化粧が崩れた顔をシンジに向けエリナは言った。
シンジはエリナの言葉に静かに言葉を出す。

「確かに僕がアキトさんを手伝うのは僕の願いでしかありませんが僕はアキトさんに想うものはありませんよ…」
「だったらどうしてそんな目をするの!何も想っていないのならそんな目なんてしないでしょう!お願いだから止めてそんな目をするの…」

シンジに叫びそして顔をそらすエリナ。

「お願いだから……そんな目は止めて…鏡を見ているみたいだから……」

そして静かにエリナは崩れ落ち床で慟哭を上げる。
シンジもエリナの横を抜けユーチャリスへと向っていくのだった…。

 

 

 

 

ユーチャリスのブリッジでシンジは静かに立っていた。
その隣には艦長席、アキトが座る席だ。
いまブリッジのウィンドウに映し出されているのは外の光景だ。
赤闇のハンガーと先程と変わらない場所に立っているエリナが映し出されている。
もう涙は止まっている。
このウィンドウを開いたのはもう大分前になる。
だと言うのにシンジは立って見続け、エリナは途中化粧を直し涙の後を隠していたがそれ以降はずっと立って待ち続けている。
そして不意に赤暗に別の光が入り込んだ。
エリナは壁から身体を離し通路の真ん中に立つ。
硬質的な音をたてラピスを連れたアキトが歩いてくる。
アキトはエリナの前で立ち止まりエリナと二言三言、言葉を交わしている。
音声は入っていない。入れることは出来るのだがなぜかシンジは音声を入れなかった。
そしてエリナが顔を背けると同時にシンジも静かに目を伏せるのであった。

 

 

 

 

ブリッジへ来たアキトはハンガー内を映しているウィンドウに何も言わずただ静かに艦長席へと座る。

「ルリちゃんとナデシコCが合流したそうだ」
「勝ちましたね」
「ああ。これで残るは北辰だ」

北辰の名を自身が出した途端にアキトの顔に光が走る。

「いつ行きますか?」

シンジが感情を昂ぶらせているアキトに問う。

「まもなくだ……これで全てに決着がつく」
「……ようやくここまで来ましたね」

感慨深げにシンジが呟く。
アキトもまた静かに続いた。

「ああようやくここまで来た……」

目指すは火星。

 

 

 

 

「身体の方は大丈夫か?」

機器を操りながらウリバタケがイネスに聞く。

「ええ、流石に戦艦一隻火星に飛ばすのは堪えたわね」

シートに身を沈めながらイネスは言った。
そして呟く。

「新たなる秩序か…」

視線を上にずらしイネスは呟く。
広いドームの中に霞んでいく声。
そんなイネスを見ながらウリバタケは聞き辛そうに途切れ途切れの言葉をかける。

「あーなんだ、その……アキトの身体…なんだけどよ…」

ウリバタケの言葉にイネスは哀しそうに首を振る。

「持って後数年…それ以降にアキト君は…」
「そうか…」

ウリバタケも表情を暗くし静かに言った。
アキトで思い出した事。かつてのナデシコの事。
最前線にありながらあそこには笑いがあった。
色々あったがそれでも皆は笑っていた。
その笑いの中心にアキトは常に居た。
何時もコックになりたいと言ってパイロットを嫌がっていたのに結局は戦っていた。
そして最後に遺跡を飛ばし皆がこれで終わったと思っていた。
アキトとユリカの結婚式。
爆発する飛行機。
そして変わり果てたアキト。
ウリバタケもまた変わり果てたアキトに出会ったとき驚愕した。
まだまだ子供だったシンジと凄絶な鬼気を放つアキトがアカツキと共に並んで機体を受け取りにきた時。
その機体を使いコロニーをシンジと共に落としたとき。
アレが本当にアキトか?シンジか?とウリバタケは何度も自問した。
それでもウリバタケは機体を整備し時には修理した。
自分が整備する機体は何千もの人を殺すと知りながらそれでもウリバタケは機体を直した。
ニュースで報じられた全コロニーでの死者は万を越す。
時には疑問を持ちもしたがウリバタケはどれほど変わり果てようとアキトとシンジの為に動いた。

(なんでだろうな…)

機器を動かす手を止めウリバタケはそう思った。
コスト度外視で物が造れるから?違う。
アキトとシンジを死なせない為に?それはあるがそれだけじゃない。
かつてのナデシコの姿を思い出しているから?……。

(かもしれねぇな…結局俺もあの時のナデシコを忘れられねぇんだ)

ウリバタケの心に浮かぶ幾つもの顔。
自分の部下に他のクルー。リョウコ、ヒカル、イズミ、メグミ、ミナト、プロス、ゴート、ホウメイとホウメイガールず、ジュン、アカツキにエリナそしてルリ、アキト、シンジ、ユリカ……。
忘れる事などできるわけが無い。
あの時のことなど。
どれほど時が流れようと色褪せない思い出の時。
もう戻れない時。
それでもウリバタケは思う。
どれほど戻れなくとも夢見てしまう事があるのだと。
だから機体を造った。戻れないと分かっているのに夢見てしまうから。
アキトとシンジが再びユリカと共に現われナデシコのメンバーを巻き込んで大騒ぎをしてそれを見て笑っている皆を夢見てしまうから。

(結局夢は夢って事かね…)

寂しげに微笑むウリバタケ。
イネスより聞いている。アキトの命があと僅かと言うことを。今も聞いた。
あと僅かの命でもより生きていて欲しい。だからウリバタケは言った。
今はもう決着をつけに行ったアキトとそれに付き添うシンジに。

「アキト、シンジ…お前らにゃ待ってる奴らが居るんだぜ」

聞こえる事の無い言葉であった……。

 

 

 

 

火星の雪原にジャンプアウトしたユーチャリス。
その先端に立つブラックサレナとその後ろに控えるシンジ。
真白く光を反射する雪原を挟み彼らは対峙していた。
対峙するは北辰と忠実なる六振りの剣達。
アキトの顔に走る光。
未だ双方動かず。
サレナとジュデッカの内部に響くのは北辰の声。
鋭い眼差しで夜天光を見続けるアキト、シンジ。

「決着をつけよう」

笑みを浮かべる北辰。
その笑みに込めたものは一体?
風が……そよぐ。





一斉に飛ぶサレナ、ジュデッカ、夜天光、六連!
アキトは夜天光に。
シンジは六連達に。
そして互いに撃ちあう。
夜天光がミサイルを放ちそれを幾つかは縦横によけまた幾つかはフィールドに当たる。
アキトがレールガンを撃ち北辰もまた縦横に避ける。
時には近接で打ち合い時には遠距離で撃ち合う。そんな戦いを繰り広げるアキト、北辰。
演武(舞)のような華やかさも美しさも無いただひたすら相手を打ち倒すだけの戦い。

「っあああああああぁぁぁぁぁああああ!!」

アキトが吼える。
それを北辰が冷笑を以って受ける。
一撃二撃と放つがフィールドに阻まれ届かない。
打ち合い撃ちあい離れ近づきそれを繰り返すアキト、北辰。
そしてシンジもまた。

 

 

 

 

アキトと北辰、サレナと夜天光がぶつかり合う戦場とはまた別に戦いを繰り広げているシンジ。
幾度か負荷のためフィールドを突き破られ損傷を負っているジュデッカ。
が、同様に六連のうちの幾つかもまた損傷を負っている。

「隊長の邪魔はさせんぞテンカワアキトの剣よ」

通信が入る同時に衝撃が走る。
衝撃を気にした風も無くシンジは撃つ。

「邪魔?する気は無いさ、アキトさんが北辰を落とすからね」
「ぬかせ!」

後方より近づく六連が錫杖を振るう。
それを回避しその六連に一撃を見舞うシンジ。
至近距離でまともに喰らった六連が黒煙を上げる。
それにとどめをと動くジュデッカを遮るべく動く他の六連。
が、その攻撃を避けシンジは黒煙を上げる六連に一撃を見舞った。

「む、無念!」

その一言と共に落ちていく六連。その途中で爆発を起こす。

「これで、一機!さぁ来い!北辰の剣達!!」


不敵に笑みを浮かべるシンジ。
残る5機が動く。

 

 

 

 

「すげぇ…」

ナデシコのハンガーでエステに乗っているリョウコが呟いた。
リョウコ自身見ていて分かる。
夜天光にしろ六連にしろその実力の高さが。
もし自分が夜天光を相手にしたらもう落ちているだろうということ。
もし自分が六連を相手にしたら一機二機ならともかくあの数ではもう落ちているだろうということ。
どちらを相手にするにせよ他のメンバーと連携しなければ相手にならないと言う事。
が、それなのにアキトはシンジは同等に戦っている。
あの化け物達を相手に。
だからリョウコは呟く。

「すげぇ…」

と……。
リョウコと同じようにヒカルもまたその戦いを見ている。
かつてナデシコに乗っていた頃の自分より強くなっている彼らを見ている。

「アキト君シンジ君…本当に強くなったね。だけど…凄く哀しいよその強さ…」

ヒカルもリョウコも大体の事はルリから聞いている。
だからこそ思う。その強さを得るのは哀しい事だと。
他の手段は無かったのかと聞きたくなる二人の強さ。
復讐の為に得た力。
だからヒカルは呟く。

「凄く…哀しいよ…」

と……。
そしてイズミもその戦いを見ている。
かつてナデシコに乗っていた頃の自分より強くなっている彼らを見ている。

「復讐を成す為の力。それは諸刃の刃。アキト君、貴方はこの戦いが終わった後どうするの」

イズミは聞かずとも分かる気がする。
もうアキトもシンジも戻ってくる気は無いのだろう。
復讐の為にその手を万を超える人々の血で汚したアキトは帰る気は無いのだろうと。
そのアキトに静かに付き添うシンジは同じようにアキトに着いて行くのだろうと。
最早あの頃には戻れないのだから…。
だからイズミは呟く。

「罪を背負うべきは誰か…罰を受けるべきは誰か…私にはわからない」

と……。
ルリは見ている。その哀しい戦いを。
そして墓地であった彼らの決意を思い出している。
思い出すたびに心が痛む。

(この戦いが終われば貴方達は行ってしまう)

そうそれは凄く心が痛い。
泣きたくなるほど切なくなる。
叫びたくなる彼らに。
行かないでくださいと。
外聞も無く泣き叫んで引き止めたくなる。
それでも彼らは行くだろう。
ルリが望んでいない事を分かっていても彼らは行くだろう。
そしてルリに害を成さんとするものを屠り続けるだろう。

(必要ないですそんな事!私は貴方達が傍に居てくれないと駄目なんです!嫌なんです!)

聞こえなくとも叫びたくなる。
ナノマシンが輝く身体を抱きしめルリは涙を流すことなく声を出すことなく泣く。
彼らへの恋慕の念を心に秘めながら……。

 

 

 

 

外部装甲が弾け雪原に黒の雪を降らす。
ぶつかり合うアキトと北辰。
夜天光より離れライフルを撃つアキトだがその全てがフィールドに弾かれる。
そして急速に接近してきた北辰に幾度となく拳撃を打たれる。
通信に入ってくる北辰の言葉。

「怖かろう。悔しかろう。どれほど鎧を纏おうとも…心の弱さまでは守れやしないのだ!」

その言葉一つ一つがアキトの脳裏にある姿を思い出させる。

ユリカの姿。
思い出すのはその笑顔。
そして遺跡に取り込まされた無機の表情。
それが思い出される度に顔の光が強くなる。

「ああああああああああああ!!」

そしてアキトは吼えた。
頭部を夜天光に向け突き進む。
弾ける装甲。干渉するフィールド。
堪らず夜天光がサレナに蹴りを放つ。
離れる双方。
サレナは下方に、夜天光は上方に。
そして彼らは雪原へと降り立った。

 

 

 

 

アキトと北辰が雪原に降りたのを確認し決着が近い事を知るシンジ。
自身の機体も限界に近い残る六連は二機。
普段であれば多少手間取るが倒せる相手だ。
がシンジ自身の疲労、機体の限界が強敵としている。
無論六連も損傷はある。がシンジのジュデッカ程ではなく更に二機残っている為ジュデッカを落とす事は可能だ。
先に動いたのは六連だった。
縦横に動きシンジを撹乱せんとする。
がその動きはシンジには無駄だった。
既に機体限界が近い事もあり今まで以上に集中している。
生と死の瀬戸際、それが強い集中力をシンジに与えていた。
迫る錫杖を紙一重で避け一撃を見舞っていくシンジ。
一撃、また一撃。がそれも避けられる。
シンジの一撃を避けた六連の一機がシンジの後方より錫杖を振るった。
避けるまもなくシンジは咄嗟に右腕を盾代わりに使う。
拉げ潰れる右腕。が同時に六連の動きも止まるそこをすかさず狙い左腕で一撃を見舞う。
六連の丸い胴体に陥没が出来る。そして急激に力を失い落ちていく六連。
そして爆発が起きる。
残るは一機。
残った一機は腕が潰れた為動かせない右側より執拗に攻撃を仕掛ける。
シンジも必死に左腕の間合いに引き込もうとするのだが六連もそれを分かっている為決して誘いには乗ってこない。

「ハァハァ…。構っていられないんだよ!貴様なんかに!!」

息を荒げシンジが叫ぶ。
まだ生きている通信より声が響く。

「草壁閣下の目指す新たな秩序への道は閉ざされた!だが!汝らを生かしておくは草壁閣下に続く者たちへの障害となる!この身が滅びようと汝らは滅してくれよう!」

恐るべき信念。恐るべき忠誠。
だがシンジにはそんな事など関係ない。

「だったら滅びろ!貴様の言うとおりにな!!」

機体をとめるシンジ。

「相打ちを狙うか。良かろう我と共に汝も黄泉の旅路へ!」


それでも油断しないように決して左腕の間合いには入らない六連。
そして錫杖が……ジュデッカを貫く!





ほんの僅かほんの僅かなところでコクピットではなくシンジを外す錫杖。
そしてシンジは残った左腕を動かす。
六連を破壊できるほどの出力は無い。だが掴む事は出来る。
そうすれば数秒であれ動きを止められる。
シンジにはその数秒だけでよかった。
最早ジュデッカでジャンプフィールドを形成する事は出来ない。
だからシンジはCCを使いフィールドを形成し跳んだ。
飛ぶ先はユーチャリス。
ブリッジに跳んだシンジ。映し出されるウィンドウにはジュデッカの爆発に巻き込まれ同じように爆発する最後の六連。
その映像を見ながらシンジは言った。

「伊達じゃないんだよ。A級ジャンパーは」

それが戦争の寵児たる由縁であった。

 

 

 

 

雪原で相対しているアキトと北辰。

「よくぞここまで…。人の執念見せてもらった」

北辰の言葉を聞きながらアキトはサレナの腕を沈める。

「抜き打ちか。笑止」

北辰もまた夜天光の手を回転させる。
静かに時が過ぎていく。
風が二機の間を過ぎていく。
上空で爆発が起きる。
それでも二人は動かない。
そして上空で一際大きな爆発が起きる。
サレナ、夜天光共に同時に駆ける!
ちょうど中間その位置で夜天光の一撃がサレナに突き刺さるように入る。
サレナの一撃は一時はフィールドに阻まれながらも夜天光を陥没させた。
夜天光の中、北辰が血を吐く。
自身の半身を潰す装甲に血が落ち流れていく。
薄れゆく意識の中北辰は鉄の意志を持ってアキトに最後の言葉を送る。

「見事だ…」

狂おしい程に憎悪しその存在を滅ぼす事だけを願ったアキトの業敵は最後の最後にアキトの執念を誉め逝ったのだった……。

 

 

 

 

北辰の一撃が与えた損害は決して軽いものではなかった。
強制的に解除される装甲。
その下より現われるエステバリス。
そのアイカメラ部分より溢れるオイル。
こぼれるオイルがまるで血のようであった……。

 

 

 

 

サレナごとジャンプしユーチャリスに戻ったアキト。
ラピスに発進するように言いアキトは艦長席に身を預けた。
その後ろにシンジが居る。
シンジにも一切言葉をかけずアキトは椅子に身を預ける。
シンジもまたなにも言わない。
ブリッジの天井を見ているアキトその心境は。 なにも…心に浮かぶものは何も無い。
ただただ空虚な思いがアキトを支配する。
達成感なんて何も無かった。喜びもなにも無い。
復讐の果てに手に入れたものは虚無感。残されたものは僅かな命。

「シンジ…俺は何を手に入れた?」

変わらず天井を見上げているアキトがシンジに聞く。

「ユリカを捨ててまで北辰を殺す事を願って今その願いがかなった…だが俺は何を手に入れた?」

シンジの返事を待つことなく言葉を続けるアキト。

「何も無い。俺は何も手に入れてない。手に入れたといえるのはこの心を支配する虚ろな感情だけだ!!」

顔を押さえアキトが叫ぶ。

「アキトさんは…何かを手に入れたかったんですか?」

シンジがアキトの背を見ながら言う。

「何かを手に入れるために北辰を追ったんですか?」

アキトは答えられない。

「何も手に入れられなかった…反対に無くしたものばかり…それで…良いじゃないですか」

シンジがシンジの方に向き直ったアキトの目を見ながら言う。

「アキトさんは確かに沢山のものを無くしました。でも…時を戻す事は出来ません。だから納得するしかないですこれで良いと」

涙が伝う目を拭いもせずアキトに語りかけるシンジ。

「代わりに復讐をする為に得た力があります。沢山のものを無くしてしまったからもう無くさないようにしていくしかありません」

ブリッジの床に落ちる水滴。

「ルリちゃんを守る為に、ユリカさんを守る為に戦う。アキトさんが選んだ全ての選択肢の果てに残るのは、残されたのはこれなんでしょう」

拳を握りシンジは言う。

「だったら戦いましょう。そしていろんな何かを無くしたアキトさんですが僕は無くなったりしません」

流れる涙。優しい目。柔らかな笑顔。

「僕がアキトさんと居ます。誰の代わりにもなれませんけど僕がアキトさんと居ます」

静かにアキトの手を握るシンジ。






「僕にはアキトさんしかないから」






「アキトさんの時が尽きるその時まで僕はアキトさんと居ます」










「それが僕のたった一つの……願いです……」

 

 

 

 

代理人の感想

 

ん、劇場版のあるべきラストってこんな感じだったのかなと言う気もします。

ほかには言うべきことも言えることも、ありません。