揺れるナデシコ。今は第4防衛ラインの中だ。
ミサイルが地上より放たれその猛牙を振るうがナデシコのディストーションフィールドに阻まれる。
その揺れる船内、アキトとシンジの部屋の中でその主たちとルリを交え密談が交わされていた。
「もうすぐ第3防衛ライン…来ますね」
「ああ間違いなくな」
シンジ、アキトが先ず言葉を交わす。
「ですけど置き去りにされた時点で諦めません?普通」
「いやユリカに置き去りにした気は無いんだろう」
「つまり本当に忘れていたと」
ルリの言葉に返事を返すアキトだがそれに続くシンジの言葉に思わず苦笑する。
さすがにジュンを哀れに思ったか話題を変えるアキト。
「まぁそれはいいとしてだな、ガイのほうはどうだ?」
「全治二ヶ月です…があの人の場合それでも出撃しかねませんから」
「確かにそうですね」
三人の脳裏に浮かぶのは包帯に身体中を巻かれたガイが高笑いと共にエステを操縦する姿。
「…なぜでしょう、あの人が医療室で大人しくしている姿が思い浮かびません」
「俺もだ…」
「だって山田さんですから」
散々言われているガイであるが本人は至極本気だ。
と奇妙な情景を頭に浮かべている三人の前に開かれるウィンドウ。
ユリカだ。
「アーキート」
と何時もと変わらず天衣無縫な性格を惜しげもなくさらすユリカ。
「アキト、ルリちゃん達ばかりと話してないで私とも話そうよ〜」
変わらないユリカにアキトはどこか嬉しそうでどこか疲れているような溜息を一つつく。
「話すっていってもこれ以上何を話すんだ?昔の事も今までの事も全部話しただろう」
とユリカに話し掛けているアキトを見ているシンジ。
その目は何を捕らえているのか?
「じゃあルリちゃん達と何はなしていたか教えて?」
と言うユリカだが。
「プライバシーの侵害です」
「同じく」
とルリ、シンジに言葉を返される。
「お願い教えて」
としつこく今度は懇願する瞳をむけ言うユリカ。
そんなユリカに冷めた目を向けるルリとシンジ。
二人の冷めた目に、うっ、と引きつつユリカは叫んだ。
「か、艦長命令…ってのは駄目?」
「駄目です」
「全然駄目です」
結局は効き目は無いのだが。
「え〜〜〜ん。アキト、ルリちゃんとシンジ君がいじめるぅ」
と今度はアキトに泣きつく。
「生憎だが用があるからそれじゃあな」
とユリカの泣き落としをきっぱり無視しウィンドウを閉じるアキト。
「確かにそろそろ第3防衛ラインですね」
「そうですか。じゃあ僕は一応医療室へ行ってみますね」
と立ち上がり部屋をでるシンジ。
ルリもまた名残惜しそうにウィンドウを閉じる。
静かになった部屋。
その中でアキトだけが居る。
無言の中でアキトは…。
ッガン!!
と床を殴りつける。
鈍い痛みが拳より伝わる中アキトは静かに呟いた。
「ユリカ……」
悲しみを滲ませた声はただ部屋の薄闇の中へと飲み込まれたのだった…。
●
さて部屋を出たシンジはハンガーへと居た。
部屋を出た後に向ったのは確かに医療室であったがそこに居るべき人物が居なかったので急いでハンガーへと来たのだ。
そして本来医療室に居るべき人物はと言うと…。
「は〜はっはっはっはっは!!迫り来る敵!それを撃退する俺!これこそ俺の待ち望んでいたシチュエーションだ!!」
とミイラ男さながらの姿で叫んでいた。
それはもう大きな声で。
その姿にシンジは溜息をつきガイの背後へとまわる。
「はいはい。でもここは貴方の場所じゃないですよ」
と言いガイに一撃を食らわす。
即気絶するガイ。
それを見ていた整備員が感嘆の声を上げる。
それに返事することなくシンジはガイの足を掴み医療室へと引きずっていくのであった。
●
「デルフィニウム9機確認」
オモイカネより送られたデーターを確認しルリが報告する。
映し出された映像を見てアキトは誰にも聞かれる事無く呟く。
「やはりきたか」
聞かれる事の無い呟きはやはり聞こえずユリカはルリに問う。
「う〜ん。ディストーションフィールドで防げる?」
「無理です」
ユリカの問いに無情に言い放つルリ。
その言葉にアキトを見つめるユリカ。
その視線を受けアキトはこれまた人知れず溜息をつくのであった。
●
「例えどれほど障害があろうとも!ヒーローは立つ!さぁ行くぞゲキガンガー!みんなが俺を待っている!!」
「貴方を待っているのは医療室のベッドですって」
と先程より強烈な一撃を放つシンジ。
どこか笑みが怖い。
それを見ていた整備員が冷や汗を流している。
そしてまたガイの足を掴み医療室へと引きずっていくのであった。
●
シンジがガイを引きずっていった後にアキトはハンガーへときていた。
ユリカの視線に負けた…というわけではなくもとよりそのつもりだったのだから。
パイロットスーツになりエステに乗り込むアキト。
カタパルトに運ばれていくさなかでアキトは瞑目するように目を閉じている。
その心に飛来するのはなんなのであろうか?
アキトの心中を察することなくカタパルトへと運ばれたエステ。
静かに目を開け小さく息を吹く。
「テンカワアキト!出る!」
速度を増してナデシコを飛び出るエステ。
そこには蒼天がまっている。
●
「一度倒れより強くなって復活するのがお約束!みんな俺の事はグレートダイゴウジガイと呼べ!!」
懲りずにハンガーへと居るガイ。
無論シンジも居る。
ただ今回はガイの背後ではなくそこから数メートル離れたところに立っているが。
そう例えていうのなら助走にぴったりな距離……。
「もっぺん倒れてろ〜〜〜〜」
と珍しく叫ぶシンジ。
助走にぴったりな距離をその通りに助走しガイの背に飛び蹴りを放った。
そしてそれはもうおもしろいくらいにハンガーの床を滑っていくガイ。
それを息を荒げながらシンジが見ている。
もはやと言っても当初からか、けが人に対する扱いではない。
でそれを見ていた整備員はというと…。
「あわわわわわ…」
と今にも泣き出しそうな目でシンジを見るのであった。
そしてガイを引きずっていくシンジ。
見ていた整備員は今の光景を忘れようと必死に職務に励むのであった。
●
一応自身の実力を隠し回避に専念するアキト。
幾度かライフルを放ちデルフィニウムを牽制はしている。
そこに通信が入る。
「テンカワアキト、お前か!」
「ジュン!」
放たれるミサイルを避け距離をとるアキト。
なおもジュンの声がエステの中に響く。
「なぜ!なぜ!お前なんだ!」
どこか悲痛な叫び。
それはアキトの心に浅く傷をつける。
かつて守れなかったから…。
「俺にもわからんよ…」
通信機に届かない声を密やかに呟きアキトはミサイルを避ける事に専念する。
「なにも特別なものなんて持っていないお前がどうしてユリカを魅了する事が出来るんだ」
デルフィニウムの中で心情を吐露するジュン。
IFSを知らず知らずのうちに力強く押さえる。
「特別なものを持っていれば…守れただろうか?」
ジュンの一言一言にかつてのことを思い出すアキト。
あの時、力を持っていればあの時彼女を守れる何かを持っていれば……全ては平穏の中にあっただろうか。
だがそれは決して戻らない時。消せない記憶。どれほど苛もうと変わることの無い事実。
互いにすれ違うものを心に秘めてぶつかり合うその姿はどこか哀しく……。
●
「ふふふふふ…」
ハンガー。なのだが今回笑っているのはガイではない。
シンジだ。
ハンガー内を見渡せばアキトが乗っていたときよりエステが一機足りなくなっている。
それがシンジに怪しい笑いを浮かばせる原因となっている。
「やってくれますねヤマダさん。まさか僕の感知から逃れるとは…熱血とは大したものと誉めてあげましょう」
怖い。ひたすら怖い。なにせ整備員が最早シンジを見ようとしないで冷や汗を流しながら作業に励むくらいだ。
「そのご褒美として二ヶ月といわず四ヶ月ぐらい医療室のベッドへの特別招待券を差し上げたくなりますよ」
冷笑を浮かべその光景を想像するたびに笑いを上げるシンジ。
「ふふふふふふ…」
とまぁこんな感じである。
●
アキトがジュンとほぼ一騎打ちを繰り広げているとき他のデルフィニウムが動きを変えた。
「なんだ?」
とアキトがその行く先を見てみるとそこにはふらつきながら近づいてくるエステ。
「ま、まさか…」
「そのまさかです。ヤマダさんです」
そしてヤマダ機は呆気なく囚われた。
「ぬお〜〜〜!!アキト!身体中が痛いぞ!!早く親友を助けてくれぇ!!」
「あ、あいつは…。シンジどうなって…る…」
とガイここに居るわけをシンジに問おうとシンジに通信を繋げたアキトだったが。
「ふふふふふふ…」
と俯き表情の見えないシンジから聞こえる危険で怪しい笑い声に語尾がしぼんでいった。
「いやその、なんでもないですぅ」
なんだか触れてはいけないものに触れてしまいそうなので少し情けない言葉を出しながらアキトは通信を切った。
「テンカワアキト!動くな!動けばこの機体を破壊する!!」
と以前と同じようにガイのエステに照準を合わせ叫ぶジュン。
さすがにこんな状況で下手に動く気は無いのかアキトは大人しくする。
それを確認したジュンはナデシコへと通信を送った。
「ユリカ…いまならまだ間に合う。地球へ戻るんだ!!」
「ジュン君…だめそれは出来ない」
「なぜ!?」
「ここが私の居るべき場所だから…ミスマル家の長女でも、お父様の娘でもない、私が私で居られる場所だから」
ユリカの言葉に歯をきつく噛み締めるジュン。
「分かった」
「分かってくれたのジュン君!」
ユリカの言葉に言葉を返すことなく自身の駆るデルフィニウムに殺意をみなぎらせる。
「先ずあの機体から破壊する!!」
そして打ち出される幾つものミサイル。
それは確実にガイの機体へと迫る。
「あの、バカ!!」
反射的にミサイルの軌道を読み弾丸を放つアキト。
それはまるでそうなる事が絶対であったかのように正確無比にミサイルを落とした。
「ガイ!!今のうちだ逃げろ!!」
その言葉をうけふらつきながらもナデシコへと戻ろうとするガイ。
それをミサイルの猛威を避けるために離れていたデルフィニウムが追う。
再びガイが囚われるのを避けるために今一度ライフルで今度は牽制ではなく確実に当てて阻止するアキト。
「お、おう!!しかし凄い腕前だなアキト。お前本当にコックか?」
「そんな場合か!いいから早くしろ!」
そしてようやくガイはナデシコへと戻ったのだった。
そして対峙するのはアキトとジュン。
それ以外の連中はアキトの腕を恐れ離れている。
ふとアキトは気づく。
デルフィニウムを落としたときに心になぜか荒涼とした風が吹くのを…。
その中で確かに悦んでいる自分がいるのを…。
●
さてナデシコへとハンガーへと戻ったガイ。
そこにはシンジが待っていた。
「おお!シンジか!!早く俺を医療室へと連れて行ってくれ!!」
本当に全治二ヶ月か?と問いたくなるような大声を出しながらガイは言った。
「……ヤマダさん。全治二ヶ月の身体で飛び出しアキトさんの心に乾いた風を吹かせた気分はどうです?」
「んあ?」
「あっそう」
質問の意味を理解していないガイの言葉に対してこれまた興味なさそうな返事を返すシンジ。
「その力を秘しておきたかったアキトさんが貴方の熱血の為に早々と暴露する羽目になった気分はどうです?」
「なんだそりゃ?」
「あっそう」
この問答の中一度もシンジはガイを見ていない。
ずっと背を向けたままだ。
がようやくガイに向き直る。
「頑張ってくれましたね『ガイ』さん。そんな貴方にご褒美を上げましょう」
柔らかで優しい笑みを浮かべ言うシンジ。
それを見ている整備員たちが、ヒィ〜、と恐怖の声を上げながら互いに抱きついている。
「どうゆうことだ?」
「つまり…ちゃっちゃっとベッドでおっちんでろってことです」
それ以降のことはなにが起きたか記すまい。
ただ整備員の言葉を纏めるとただ一言。
「ええもう悪魔が降臨したかと思いました」
とのことだ。ちなみに断じて猟士ではない。
こうしてガイは早々とベッドで眠る事になったのだ。
「お、俺はこの程度では負けない…」
との言葉を残して。
●
どこか自身の心が乾いていく感覚の中アキトはジュンと対峙している。
「ジュン…お前はどうしてそこにいるんだ?」
意識もしていないがその声はかつてのように低い。
その声に気づく事なくジュンは叫び言う。
「地球を守る為だ!!そして正義を守る為……」
地球を守る為、正義を守る為、だがその声はなぜか弱弱しい。
「だけど…そんなものが無くても僕はユリカを守りたいだけだ!」
「ならどうしてそこに居るんだ?」
「今ユリカがナデシコで火星に向ってしまえばユリカの居場所は地球に無くなるんだ!正義を守る…だけど宇宙軍は決して正義の象徴ではあっても正義だけじゃなかった」
(義で火星へ向うナデシコでも軍にしてみれば単なる敵か)
一種脈絡のないジュンの会話から正しくその意味を感じるアキト。
「このままじゃユリカの居場所は無くなる…ならユリカの居場所を無くさないには……
戦うしかないじゃないか!」
会話に終わりを告げアキトに迫るジュン。
ミサイルの網が十重二重とアキトを囲む。
それを時には避け時には打ち落としアキトはジュンと接触する。
「居場所ならあるさ」
「なに?」
「ユリカの居場所ならあるさ。言っただろうナデシコが私の居場所って」
ふと優しげな眼差しをし言うアキト。
「お前の居場所がユリカの隣ならそれは同時にナデシコがお前の居場所じゃないのか」
「僕にナデシコへと戻れと?」
「ユリカをサポートできる人物が足りないしな」
ウィンドウにジュンの苦悩する表情が映っている。
「ならば…テンカワアキト!!僕と一騎打ちで勝負しろ!!」
自分の葛藤に決着をつけるためかそう言い放つジュン。
「隊長!!そんな勝手な行動は…」
それを部下が阻止しようとする。
その言葉にどれほど相手を思いやる気があるのか。
「黙れ!!お前達はステーションに戻っていろ!!もう直ぐ第2防衛ラインだ…ミサイルの雨が降ってくるぞ!!」
そうもうすぐ第2防衛ライン。
そこはミサイルの天威がある。
守る為か抑える為か全ては言葉の中に隠される威。
「!!了解しました!!」
その威を恐れ呆気なく言葉を撤回する部下達。
逃げ足だけは堂に入っている。
「僕の人望なんてこんなもんさ。それでもユリカは、ナデシコは僕を必要とするのか?」
もはや点となっている部下達を寂しげな目で見ながらジュンはアキトに囁くように言った。
「ああ、そうだ。お前が必要なんだよジュン。」
先程と変わらず優しげな目でジュンを諭すアキト。
その決して偽りの無い目を見てジュンはシートに身を預ける。
「ふっ…君には敵わないのかもな。だが、もう遅いんだ」
遠くを見つめるように言うジュン。
アキトがそれに訝しげな目を向けた途端その答えが知らされる。
『第2防衛ライン侵入。ミサイル発射を確認』
オモイカネが間違えようの無い文字を無情に知らせる。
「なるほど」
がその無情の文字を見ながらアキトは一切絶望を浮かべない。
「ジュン!!」
と言葉をかけデルフィニウムをナデシコへと蹴り飛ばす。
「ジュン!お前はナデシコに入れ」
「君はどうする気だ!」
「ここを抜けるだけだ。ジュン…お前の一途さ、俺には羨ましく思えるよ」
「なに?」
ジュンの訝しぐ言葉に答える事無くアキトはナデシコへ通信を繋ぐ。
映し出されるルリ。
「ルリちゃん。俺はミサイルを破壊しつつ、回避行動に出る!!ナデシコのエネルギー供給フィールド内での回避行動だからな、かなり制限されるだろう!!
それでも、ディストーション・フィールドは解除しないようにと、ユリカに伝えてくれ!!」
一方的に伝えるがルリは文句一つ言わずそれを聞いている。
そのなかで。
「そんな!!アキト無理だよ!!今直ぐにディストーション・フィールドを解くから、早く帰って来てよ!!」
ユリカの通信が会話に割り込みをしてくる。
「今からでは間に合わない。ここでディストーション・フィールドを解けば、ナデシコが撃沈されるぞ。…大丈夫だ、俺を信じろユリカ。」
安心させる為に笑みを浮かべるアキト。
その笑みを見ながら互いに無言の時間が過ぎる。
何時からだろう。
アキトはこんな状況の中思う。
彼女の真摯な瞳を思い出せなくなったのはと。
がそれも刹那。
思い出せなくなっても彼女はここに居る。
今は…それだけでいいと。
「…私、信じたからねアキト。だから、だから、もし嘘だったら怒るからね!!」
「ああ、ブリッジで待ってろ・・・バリア衛星に突入する前には、ちゃんと合流するさ。」
変わらず笑みを浮かべ言うアキト。
その言葉に涙を流しながら返事を返すユリカ。
「うん、うん…絶対だよ!」
「ミサイル…来ます。アキトさん、私も信じてますから。」
「ではアキトさん。また後ほど」
変わらず涙を流すユリカ。微笑むルリ。もう帰って来ることを決めているシンジ。
三人それぞれだがアキトはそれぞれの言葉、気持ちが嬉しく思えた。
「さて、と…リハビリがてらに、真剣にやるか!!」
映し出されるミサイルの光点。
数えるのもバカらしい数だ。
思い出すのはかつてコロニーへと襲撃をかけた時のこと。
あの時は後ろを守る者がいた。
だが今はシンジはナデシコの中。
それでもなぜか絶望を悲嘆を感じる事は無かった。
だんだんと浮かべている笑みが深まっていくのを感じるアキト。
「久しぶりの緊張感だな…楽しめそうだ。」
以前はもうナデシコに戻っていた。
ミサイルを見たのはナデシコのカタパルトの中から。
いまは目の前。
「さぁ行こうか」
その言葉に呼応しナノマシンのタトゥが輝く。
降り注ぐミサイル。
先ずは、とライフルを使い弾が切れるまで出来る限り落とす。
正確無比、その言葉を体現し爆発を起こす。そして誘爆。
「ふん!」
獰猛な笑みを浮かべミサイル群の中へと突き進んでいく。
フィールドを紙一重で過ぎる弾頭。
エステの拳を振るい貫く。
その瞬間に迫っているミサイル。
僅かな動きでそれを避ける。
紫の空に火の華が咲く。
未だ降り注ぐミサイル。
その合間を縫うように避ける。
避けるたびにGがアキトの身体を攻める。
その苦痛にかつてを思い出し心地よい感覚に囚われるアキト。
あの虚空を漆黒の機体と蒼氷の機体と共に駆けたあの時の感覚。
爆発に舞うエステを制御しながら思い出す。
復讐に焦がれた昏い時を。
あの時の心を!!
「無力な俺には最早価値など無いんだよ!!」
アキトの叫びが誰にも聞こえる事無く空に溶けてゆく……。
●
「第2防衛ライン突破・・・」
振動も既に止まり沈黙が支配するナデシコ。
「ルリちゃん…アキトは…」
ユリカが不安な声で聞く。
それを増長するようにメグミの声が響く。
「メグちゃん…アキト、応答が…無い。」
顔色が悪くなってくるユリカ。
プロスが絶望を突きつける。
「艦長…残念ですが、あのミサイルとディストーション・フィールドの板挟みです。一流…いや連合軍のエースパイロットでも、生存は不可能ですよ。」
「…そんな、プロスさん。」
そんなみんなを尻目に二人で会話するルリとシンジ。
「アキトさん何処にいったんでしょうね?」
「多分もっと上だね。ナデシコのエネルギー供給フィールドより」
そう答えたシンジにルリが呆れた表情をする。
「気が早いと言うべきなんでしょうか」
「さて」
とシンジが答えたところでブリッジ内に暗い雰囲気が立ち込めている。
それを払拭する為にルリは後ろを振り向き…。
「アキトさんが信じられないんですか、艦長?」
「ルリちゃん?」
「アキトさんは強い人です。約束を必ず守る人です。私はアキトさんを信じています。」
そうあの時も守った。
約束ではないがルリにとっては哀しくあったが自身の約束を、ルリを護るとの約束を。
ルリの隣に居る人物と共に守った。
「…私も。私もアキトを信じてる!!それはルリちゃんにも負けないんだから!!」
「…それでこそ、艦長です。」
そして入る報告。
『テンカワ機発見!!』
「オモイカネ!!何処?」
『ナデシコより更に上空にて発見』
オモイカネの報告に驚愕の表情をするプロス。
「なんですと!!…信じられん人ですな。」
「…ナデシコを待ちきれずに、上空に逃げ出したって事?」
言葉を繋げたミナトもまた驚愕の表情をしている。
「そうですよミナトさん。エネルギー供給フィールドを突破して、先にミサイルの包囲網から脱出されてたんです。」
「良かった…アキト。やっぱり約束を守ってくれたんだ!!」
絶望を歓喜の表情に変え叫ぶユリカ。
歓声に包まれるブリッジ。
「本当にもっと上に居ましたね」
「だろう?知っているからねアキトさんの今の限界、どこまでできるかを」
ふっとアキトの機体を示す光点を見ながらシンジは続ける。
「知っていなければ…後ろを任せる人の力量を知っていなければ…死んでいたからね」
地獄のような日々をそれでも懐かしむように思い出すシンジ。
その表情を見ながらルリは微かに羨ましそうな表情をするのであった。
●
未だ歓声にわくブリッジとは対照的に静かなハンガー。
そこに響く靴音。
今まさに脱走したムネタケ達が連絡艇に乗り込もうとしている。
以前はこのときガイが命を落としたのだが…。
「脱走…ですか」
声が響いた。
その声が響いた方に銃口が向けられる。
引き金を躊躇無く引く。
響く銃声。
「無駄です」
本来であれば確実に貫くはずであった弾丸はシンジが僅かに動くだけでその役目を果たせなかった。
続いて何度も引かれる引き金。
それを同じようにほんの僅か動くだけで避けるシンジ。
「確かにおかしいと思ったんですよ」
シンジが近づく。
近づくシンジに向け必死に引き金を引くが既に弾は無い。
悔しげに銃自体を投げつけるがそれもまた避けられる。
「僕が銃を学んで知ったのがほんの5メートルでも素人では当てるのが難しいということ」
相手はたった一人それもたかだか少年だと思ったのか腕力にものを言わせようと襲い掛かる脱走者達。
がその目論見は呆気なく潰された。
すれ違った程度にしか思えないのに静かに倒れる兵士達。
「なのに以前ヤマダさんが倒れていた位置と連絡艇の距離は20mぐらいはあった」
「な、なんなのよあんた!」
確実に兵士達を倒し残るはムネタケだけとなる。
「そんな距離を貴方が確実に当てれるとは思えませんでした」
確かにムネタケはデスクワーク専門と言えるかもしれない。
有能無能は別とし。
「なに言ってるのよ!!」
「お気になさらず。誰が銃を撃つか興味があっただけです」
「はぁ!?」
「いいんですか?逃げなくて?」
「あんた捕まえにきたんじゃないの?」
「ここに来たのは誰が銃を撃つかということを知りたかっただけです」
一応ムネタケにも隙を見せず自分が倒した兵士達を連絡艇の中に放り込んでいく。
どう見ても華奢としか見えない少年が大の大人を軽々担ぎ連絡艇の中へ放り込んでいく姿にムネタケは怯える。
「ふん!感謝はしないわよ!」
「ええ。しなくてもいいですよ」
急いで連絡艇の中へと入るムネタケ。
連絡艇を動かすわりには時間がかかっているが恐らく気絶している人間を起こしているのだろう。
がそれも束の間轟音をたて連絡艇はナデシコより飛び立っていった。
それを確認しシンジは呟く。
「ヤマダさんを撃ったのはムネタケさんではないと。あの時の言葉は正しかった」
と一瞬口を噤む。
「もっともなんらかの命令はしたかもしれないけどね」
まぁそれはもはやこの時になっては関係ないこととシンジはきびすをかえす。
アキトは医療室に居るのだから。
「ヤマダさんは死ななかった…これからどう変わる?」
その問いに答えるものは答えられる者は誰も居ない。
そしてハンガーにはまた静寂が戻るのであった……。
次回予告
変わった未来
それは喜ぶべき事なのだろうか?
だがそれを考える暇は無くナデシコはサツキミドリへと向う
以前は多くの人々がその中で散ったが今回はアキトの策で助ける
変わらぬ三人のパイロット
冴えるアキトの力に彼女達は驚く
揺れ動く恋の天秤
なにも気づかないアキトは苦悩する
一体俺が何をしたと
変わらない人間模様
彼らの恋の行く末は?」
次回!!
水色宇宙に「ときめき」…アキトさん、薔薇色の鎖は増やし過ぎないように…
代理人の感想
ダイゴウジ・ガイ、碇シンジに一矢報いる!
熱き漢の魂は無感動な少年にもその魂の名を認めさせ・・・・・たのか(笑)?
(注:多分違います)
それから、今回気になったのが次回予告のこの部分ですが・・・
アキトさん、薔薇色の鎖は増やし過ぎないように…
無理でしょう(爆)。