暗い部屋。凝闇が支配する部屋の中に彼は居た。

「ルリちゃ〜ん。僕が悪かったから出してくれないか〜い?」

シンジだ。サツキミドリの攻防時にルリの逆鱗に触れて何処とも知れない場所に何時の間にか連れて来られていた。
余談であるがこの後にこの部屋は”おしおき部屋”と呼ばれる場所となる。
どちらの、かは不明だが。
それは良いとしてシンジの声が届いたのか暗闇のみが支配する部屋の中に現われる光。
ウィンドウの光だ。
当然のごとくそれにはルリが映し出されている。

《シンジさん…反省しました?》
「勿論さ。ルリちゃん」

優しい笑顔を浮かべ言うシンジ。

「大丈夫ルリちゃんも後五年もすれば…五年もすれば…」

優しい笑顔を浮かべている…固まっているだけとも言うが。
シンジは知っている。ルリの五年後の、十六歳の姿を。
汗が、一筋流れた。

《……もう少しそこに居てください》
「そ、そんなルリちゃん!?」

焦るシンジの声をきっぱり無視しウィンドウは消えた。
残されたシンジ。
嘘が下手なのも考え物だ。
さすがに彼も最早呆然とするしかなかった…。







以前とは異なりサツキミドリの陥落による死者の大量発生と言うものがないので葬式を行っていないナデシコ。
なのでのんびりとした空気が流れている。
シンジに無慈悲に宣告したルリは一つ溜息をつき自分の胸を見下ろした。

(そんなに小さくないです)

といっても今は十一歳なのだが。

「ねえ、ルリちゃん」
「なんですか?艦長」
「アキトと何処で知り合ったの?」

問いてくるユリカの質問になんと答えたものかと考えルリは。

「昔一緒に住んでいました」

と爆弾発言をした。

(嘘ではないですよ)

確かにルリの言うとおり嘘ではない。
一緒にシンジもいたし、ユリカも居た。
ただそれらの名前を出さなかっただけであると同時にルリにしてみれば”昔”と呼べることだ。
はたしてそれに対するブリッジに居る人間の反応は?
……全員こけた。

「ルリルリそれホントなの!?」
「そんな…アキトさんが…」
「むう、そんな事実があったとは…」

それぞれ自分の中で物語を構築している。
とはいったものの大体似たようなものであるが。

「あれ?艦長は?」

今いるブリッジのメンバーの中で大きなリアクションをとると思われていたユリカが居ない。
何時の間にか艦長の定位置であるブリッジ上部よりその姿が消えている。

「艦長だったらルリルリの話聞いて飛び出して行っちゃたわよ」
「で、ルリちゃん。勿論冗談だよね!」

メグミが怖い顔でルリに詰め寄る。
一瞬冗談じゃないですといってみようかと思ったルリだがさすがにそれは止めておいた。

「はい冗談です」
「そうよね!アキトさんがロリコンなわけないわよね!!」

ほっとした表情で言うメグミ。

「そう言えばルリルリ?」
「なんですか?」

なにかまだ話があったかとミナトの方を見るルリ。

「ルリルリはアキト君とシンジ君…どっちが好きなの?」
「な!なにを突然!!」
「あ、私も興味あるな」

メグミまでもが参戦する。

「シンジ君ってあれよね。なんだかとても十六歳には見えないと言うか何と言うか…」
「そうそうなんだか凄く落ち着いてるって言うか」
「「で、そんな彼とアキト君、どっちが好きなの?」」
「も、黙秘です」

顔を真っ赤に染め上げそのまま謎にしておくルリ。
暫くブリッジには和気藹々とした雰囲気が流れるのであった。







「疲れました…」

布団に寝転がるシンジ。
つい先ほどあの部屋から開放されたのだ。

「…なにがあったんだシンジ?」
「実は…止めておきます」

この上アキトに話したら今度はルリになにをされるか分からないとシンジは思い口を噤んだ。

「そ、そうか」

アキトもそれ以上聞こうとしない。
なぜか自分も危険だと言う気がしたのだ。

《アキトさん》

何処となく虚しい雰囲気を二人が醸し出しているところにルリから通信が入った。

「ルリちゃん…」

それを苦笑いで迎えるアキトとシンジ。

アキトは突然のユリカの襲撃に対して、シンジは直前までの暗い部屋に対して。

《すいません。ちょっとユリカさんをからかうつもりだったんですけど…》
「まあ、いいけど」

そのことを伝えるだけであったなら通信はこれで終わりだ。
だが未だ消えないウィンドウにアキトが聞く。

「どうかしたのかい?ルリちゃん」
「いえ、ただもう少し話をしたいなと思いまして…」

アキトとシンジ、その二人ともがルリの目の翳り見て取った。

「あの時のことを思い出しているのかい?」

と聞いたのはシンジ。

《……はい》

僅かな沈黙の後にルリは答えた。
アキトもその答えに少し顔を曇らせる。

《墓地でお二人と再会した後、お二人とも私を避けていましたから》

だから…またこの通信を切ればあえなくなるような気がして…。

「あの後もう誰にも会うつもりはなかったから…」

シンジが言う。
乾いた声で。

「俺たちの手は血に汚れすぎている、誰かに触れる事を躊躇うほどに…」

アキトもまた乾いた声で言う。
乾きすぎた二人の声。
思い出すのは墓地で決別した後の事。
墓地で再会する前の事。
怨嗟の声を上げ消えていくコロニーに居た者たちのこと。
それは彼等にとって過去の事。

「今でも…聞こえるんだよ」

あの時のことを思い出さなくとも。
鬼哭の声が。
死者の怨めしいと哭く声が。
ドロリとまるでコールタールのように纏わりつく。

「時を越えようと…それは無くならない」
《だから…居なくなるんですか?…今回も…》

ルリの哀願するような声。
そんな声を出すルリにアキトは微笑み言った。

「大丈夫。何処にも行かないさ。今度こそユリカを…みんなを守るさ!」

アキトの言葉に安堵しルリは笑みを浮かべる。

《それを聞いて安心しました。それじゃあ私は業務に戻りますね》
「ああ、頑張って」
《はい》

そして消えるウィンドウ。
その消えるか否かの刹那に漏れたアキトの声。

「幸せになれるさ…俺が消えれば…」

霞み消えていく言葉。

「アキトさん…」
「いいんだ…これで…」

悲壮な思いを胸に秘めるアキトにシンジが言葉をかける。
アキトはそれに短く答えた。
哀しそうに。もう戻れない戻らない何かを惜しむように。

「…幸せになる…けどアキトさんが居なければ誰も幸せになれません…」
「みんなの中でアキトさんは大きな存在なんですよ…」

優しく諭すようにいうシンジ。
だがアキトは…

「だから…なんだ!結局は俺が招いた!あの時、力があればと狂いそうなほどに思った!」

顔を手で覆い激昂するアキト。

「だが…結果は力があっても何一つ出来なかった…ユリカを俺が救い出す事も!ルリちゃんを巻き込まないようにする事も!」
「何一つだ…」

血が流れそうなほどに指を顔に食い込ませるアキト。
その代わりかその手に隠された目より涙が流れる。

「疫病神でしかないんだよ…俺は…」

落ちる涙。虚しく哀しく響く声。
それは薄闇に吸い込まれアキトとシンジの二人以外に届く事はなかった…。







シンジは展望室に居た。
流れる様に見える星を眺めながら。

「あれ?シンジ君」

死と静寂の支配する世界を隔てる透明の壁にユリカの姿が映る。

「ユリカさん」

そう答えるシンジ。
そしてユリカはシンジの隣へと立つ。
僅かにその顔には憂いが見える。

「シンジ君…」
「なんですか?」
「シンジ君はアキトと一緒に住んでいたんだよね」
「ええ」

言いにくそうに口を開くユリカ。
グッと口元を引き締め意を決し聞く。

「アキト…私のこと嫌いなのかな?」

そう聞いてくるユリカに、

「…それは僕に聞くべきことではないでしょう」

と答えた。

「そう…だけど…」

気まずげに顔を逸らすユリカ。
その表情をみてシンジはユリカに聞こえないように溜息を漏らす。

「……貴方がアキトさんの傍に居たいと言うなら…強くならなくては駄目です」
「え?」
「失う事を恐れるアキトさんを支えられる程に強くならなくては…」

今まで流れる星を見ていたシンジがここで初めてユリカの方を見た。

「あの人の心を支えられる程に強くなくては…あの人の傍に居る資格なんてありません」

そしてシンジは踵を返す。
おもむろに歩き始め出口へと向う。

「もう…守れずに泣くあの人を僕は見たくありませんよ…」

そしてその姿はドアの向こうへと消えた。

「シンジ…君」

そして入れ替わるようにアキトがその姿を現す。
その目は前ではなくシンジの消えたドアを見ている。

「…ユリカなにしてるんだ?こんな所で」







そして皆が暇を持て余す中かつてのように叛乱がおきた。
同じように恋愛事項に関してだ。

「よくあんなことで団結できますね」
「まあそれだけあの人たちには重要な事なんだろうね」

ブリッジを占拠する者達を見ながらルリとシンジは言う。

(けど…私も他人事じゃないですね)

ちらりと隣に居るシンジと離れたところに立っているアキトを見るルリ。

(シンジさんとアキトさん…私もアキトさんのこと言えませんね)

胸中で溜息をつくルリ。
そうこうしてるうちにスポットライトを浴びてプロスの登場。

「それは!!契約書にサインなされた方が悪いのです!!」

高々と契約書を掲げ言うプロス。
どうにも演技過剰だ。

「なんだと!誰がこんな細かい項目まで目を通すってんだ!」
「あ、私は読みましたよ」
「同じく僕も読みましたが」

反論するウリバタケにきつく一撃を与えるルリとシンジ。

「ふっ。これでウリバタケさんの論拠は崩れましたね」

プロスが嬉しそうに言う。

「シンジさん、契約書なんてあったんですか?」
「……以前の恨みを返しておこうと思ってね」
「……」


以前の…今回は浮かび上がっていないアキト×シンジ話ではあるがシンジは忘れていなかったようだ。
小さく楽しがる笑みを浮かべるシンジにルリは先ほどとは別の意味で溜息を漏らした。

「さて、アキトさんもハンガーに向ったし、僕も部屋に戻るよ」
「ええ、それじゃあ」
いまだ騒がしいブリッジを後にするシンジ。
シンジの姿が消えた直後に船体に走る振動。

(来ましたね)

以前もちょうどこのタイミングで襲撃があった。
そのためにアキトは早々にこの場から離れハンガーで待機している。
ユリカの言葉に持ち場に戻り暫くした後にアキトより通信が入る。
そして映し出されるアキトのエステが虚空を駆ける姿。
その姿を見ながらルリは呟く。

「小さな幸せ…それすらも、自分には許せないのですか、アキトさん?」

静かにルリは未来に思いを馳せるのであった。





次回予告

ようやく火星に着いたナデシコ

火星に煌くナノマシンの奔流をみながらシンジは思いに馳せる

そして蠢く女性陣…と男性陣

結成されるテンカワアキト抹殺組合

響く”説明”の声

こんなので本当に大丈夫か?ナデシコ

加熱する恋愛模様に頭を痛めながらもアキトは動く

生か死か?

火星に生きる人々の運命は?

次回!!

「運命の選択」みたいな…選ぶのは貴方です…





 

 

代理人の感想

 

あ、早速(笑)。

まぁ、本当の事を言われると人は怒る物ですから(核爆)。

シンジ君もこれで少しは学習するでしょう・・・

「学習機能があるならそもそもこんな事は起こらないんじゃないか」と言う突っ込みは置いといて(笑)。