火星…テラフォーミングプロジェクトによりナノマシンが輝く星。
戦女神の名に相応しくこの星は戦乱の種を産み落とした。

「そして希望と絶望も同じく…」

シンジは展望室から見える徐々に大きく見えてくる火星を見ながら呟いた。
眼下に見える星に手を伸ばせば触れられとでも言うようにシンジは手を伸ばす。
それを妨げる透明の壁。
遠くでは光が瞬いている。
いまだ戦闘中なのだ。

「ここから全てが始まり…全てが終わった…」

思い出すのは白い世界の中で北辰達と激突したあの時。
あの時に全てが終わった。
アキトの抱える因縁が終わり全ては流れるがままに過ぎた。

「全てが終わり、アキトさんがその生を終えるのを待つだけだった…」

だがこうして今はナデシコに立っている。
時を遡り今一度守る決意をその胸に秘め。

「時をも越える力を持つもの手にして…人はどこへ行く?」

決して分からない命題。

「いや…それはどうでもいいこと」

そっと目を閉じる。
まるで敬虔な信者が祈りを捧げるように。

「もし天に全てを動かす者が在るというのなら…願わくばあの人に幸せを…」

目を開き踵を返すシンジ。
人工的に植えられた芝生が音を立てる。

「あの人が幸せになれると言うのなら僕にどれほど残酷な未来が待ち受けていようと受け入れられます」

ちょうど中央でシンジは見上げるように顔を上げた。

「僕は罪人でしかありません。この手は誰よりも何よりも汚れています」

自らの手を不可思議な瞳で見る。

「そんな人間が今更なにを求められると言うのでしょうか」

手を握り締め慟哭するように言う。

「全てが死に絶えた呪われた地よりこの地に現われあの人に出逢えた…」

目を閉じ懐かしむように笑みを浮かべる。

「あの人に逢えただけで僕は充分です」

目を開き笑みる事を止める。

「僕は決して救われてはならない存在です。ですがあの人は違います」

詩を歌うように独白するシンジ。

「だからあの人には幸せを…あの人が望む世界を与えて欲しい…」

静かに手を顔に当てる。

「その後にこの身が地獄よりも醜く滅び去ろうと僕は決して後悔しない…」

それはただ一途な祈りであった。







祈りの言葉が朗々とただ一つの場所で響く中、アキトは襲い来る無人兵器相手に暇を潰していた。
リョウコたちはまだ来ていない。
だがそれほど時間が空いたとも言えないのでもうまもなく来るだろうとアキトはあたりをつけていた。

「おーい、テンカワー!!」
「お待ちどう様〜〜♪」
「ふふふふ、やっぱり無事だったようね…」

事実たいした時間を待つ事無く彼女達はこの場に現われた。
ふとガイがいない事に疑問を持つアキト。
だがシンジが本気でガイに一撃を入れていたということを思い出しベッドで唸っているのだろうと考えた。
事実それは当たっている。
シンジの一撃をまともに喰らいガイはベッドの上で悶絶している。
回復は遅い…と言えないのがガイではある。
まあ大したことではないと考えアキトは戦艦などの大物狙いで突っ込んでいく。
リョウコたちは小型の無人兵器相手に華を咲かせている。

「いっくよ〜〜〜!」

ヒカルがそう叫びディストーションフィールドを纏い雲霞の如くいる無人兵器に突っ込む。
すれ違うたびに、触れるたびに数多く四散していく無人兵器。

「おらおらおら〜!!」

リョウコもまた拳で戦うと言うべきか一撃一撃で無人兵器を落とす。
なぜか不思議な事にリョウコが一撃を喰らわせポーズをつけるようにしたところで爆発を起こしている。

「虚空の世界に広がる心持たぬ哀れな者達。一機また一機と滅ぼすほどになぜか我が心は興奮の最中に落とされる…」

イズミは…シリアスバージョンの様だ。

「なぜか…」

と言う間にも着々とそのスコアを伸ばす。
三者三様を見ながらアキトは小さく笑みを浮かべルリに戦艦等の数を確認する。
戦艦タイプが3、護衛艦タイプが30、今のアキトには余裕の数字だ。

「五分で潰す」

アキトの言葉にルリは笑みを以って返す。
絶大な信頼と信用がアキトの背に乗るがそれは心地よいもの。
だからこそアキトもまた笑みを浮かべ応えた。

「リョウコちゃん!ヒカルちゃん!イズミさん!サポートは任せた!!」

今この場に出ているものにはそれだけで充分とアキトは一気に速度を上げる。
それぞれが応援の言葉をアキトに投げ掛ける。

「行って来る!」

それを機に更に虚空を駆けるエステバリス。
その手に握られているのはイミディエットナイフのみ。
まるで鯨をフルーツナイフで解体するようなものだがこれで充分とアキトは突き進む。
幾条もの光がアキトの乗るエステに掠る。
だがそれは必定としているもの。
限界で避け、ほぼ一直線で敵を討つためには余計な回避行動はいらないと。
襲い来る雨のような弾雨の中アキトは自分の五感が鋭くなっていくのを感じる。
それはいつか感じたもの。
シンジと共に虚空を駆けた復讐者としての感覚。
戦いを、力を忌避しながらもこの感覚はなぜか忌避する気にはならなかった。
どれほど忌避しようとも求めているのかもしれない、とアキトは思う。
戦いではなく闘いを。
まるでタイトロープのような時を。
そう考えている間にも戦艦が四散する。
次の獲物はと動くエステ。
何よりも獰猛に何よりも猛々しく。
そしてすぐさまその近くにいた戦艦に向う。
無人兵器ではあるが未だアキトに対しての脅威を感じ取れていないのか碌に攻撃をしない。

「甘いな!」

そう叫ぶと同時に突き刺さるナイフ。
それがエンジンを破壊したのを確認しアキトは最後の戦艦を目指す。
最後の獲物は小癪にも自らの守りを徹底した。
無人兵器を集め、護衛艦を集める。
その光景に無駄だと叫びたくなるのを抑えアキトは突撃する。
アキトの行動に他のパイロットが口々に静止するがアキトには無用だ。
雨よとアキトのエステに降り注ぐ弾雨。
それを全て避けアキトは向う。
時には掠め時には危うく、それが続く。
忌避すべきもの、だが今この時だけはそれが何よりも愛しいものに思える。
求道者のように力を求めるのもこの時だけはすばらしい事と感じる。
復讐も何もかもが遠かった刹那の時。
そうこの時だけは何もかもが遠かった。
全てを越えただひたすら何者よりも強くなりたいという想いが支配した。
それゆえか笑みを浮かべるのは。
凄惨な笑みでない、純粋なまるで無邪気な笑みを。

「落ちろぉぉぉぉぉ!!」

無機質な拳が戦艦の装甲を突き抜けエンジンに達する。
放電がまるで蛇のようにのたうつ。
すぐさま爆発が起きるだろう。
アキトは拳の先に集中させているフィールドを解除し全身に纏う。
閃く爆光、それに飲み込まれるエステ。
一瞬誰もが息を呑んだが未だ続く爆発の中からアキトのエステの姿が現われ安堵の息を漏らす。

《敵戦力80%を殲滅…。通信後からの経過時間は、4分53秒。お疲れ様ですアキトさん》

アキトが言った時間と殆ど変わらず敵艦隊はその姿を無残に変えられた。

「ミッション終了…残敵の掃討に入るよ、ルリちゃん」
《はい。護衛艦の方は任せてください》

ルリとアキトの言葉に驚愕の表情を浮かべているブリッジのクルーの顔が見ものだったかもしれない。








懐かしい光景がアキトの眼前に広がる。
輝くナノマシンの集合。
いつか見た光景が広がっている。
もう戻れない時に思いを馳せる。
ただひたすらその光景を見つめるアキトの目より流れる一筋の涙。
なにを想ってか?
一つ落ちた水滴のみがアキトの涙を表し彼は邂逅より戻る。

「グラビティブラスト、スタンバイ!!
「グラビティブラスト、発射準備完了!」

忙しく火星大気圏内へと向うナデシコ、とその前にグラビティブラストを以って火星で待ち構える二陣を殲滅しようと動く。

「ルリちゃん。チューリップの位置はサーチできた?」
「完了しています。ミナトさん、この位置にナデシコを持っていってください」
「りょうか〜い」

砲口をチューリップに向ける為にナデシコが動く。
そして響くのは轟音。
チューリップよりその姿を見せていた数々の無人兵器は天空より降り注いだ重力波の一撃に飲み込まれる。
万事が全て良しと思えるが…。

「重力制御を忘れているぞ!!」

と叫ぶアキトの姿。
ナデシコの中は今、床が壁となりそこに立っているものをずり落としていく。
必死にしがみつくアキト。
そしてそのアキトにしがみつく三人娘。
アキトより離れたところでウリバタケが叫んでいる。
分かりやすい事を。

「なぜだ!?なぜあいつばかりが!!」

このような状況でそんなところにまで気をまわせるのだから大したものだろう。
くうう!!と唇を噛み締め拳を握るウリバタケ。
だからだろう……落ちたのは。
悲鳴をあげながら落ちていくウリバタケを気にするものは居なかった。
至極哀れである。







グラビティブラストによる被害もさしたる事無く無事火星内へと降り立ったナデシコ。
やはりかつてのようにオリュンポス山の近くにあるネルガルの研究所へと向う事になった。

(さてどうやってユートピアコロニーに行くべきか)

そこにはイネスが居る。
これから先イネスの存在は必要不可欠だろう。
そのためにも何とかユートピアコロニーへと行きたいところである。
考えても良策は思いつかないとアキトは以前のように言った。

「あの俺にエステを一機貸して欲しいんですけど…故郷を…ユートピアコロニーを見ておきたいんです」
「なにを言い出すテンカワ!今お前とエステを手放せるわけがないだろう!」

今この時におけるともすればナデシコをも越える最大戦力を手放すのは愚策といえるだろう。
それゆえにゴートの言った事は正しいといえる。
だがアキトの言葉を聞き反応した人物が居た。
フクベだ。開戦時における英雄と呼ばれる人。
それがそれほど欺瞞に満ちていようと…。

「かまわん。行ってきたまえ」
「提督!?」
「誰にでも故郷を見る権利はある」

フクベが朗々と言葉を出す中アキトは自分の胸を握るように押さえた。
僅かに早くなっている鼓動。
あの時は、以前は分からなかった事。
ただ一人を救う為に幾千もの人たちを殺してきたゆえか分かる事。
消えない傷痕…それは罪悪と後悔に彩られている…。







陸専用のエステで火星の赤い大地を駆ける。

「うわぁ〜〜。気持ちいい〜〜」

となぜかメグミの声。

(なぜだ…何時の間に取り付いたんだ…)

とアキトが悩むがそれは永遠に分からないことの一つだろう。
時に女性は驚く事をしてくれる。
アキトは後にそう語る。
ちなみにハンガーではウリバタケが熱く熱弁を振るっていた。
アンチ・テンカワアキト同盟の発足に。

「ここからアキトさんの故郷って近いんですか?」
「ん?ああもうすぐだよ」

アキトの言葉を裏付けるようにユートピアコロニーの影が見えてくる。
寂寥とした瓦礫の山のようなコロニーの姿が。
その姿をアキトはどこか物悲しい目で見つめる。
以前も見たことがあるというのに何度見ても見慣れるものではない。
それでももう忘れるべきものだとアキトは自分に言い聞かせた。
もう必要ないから…今必要なのは振り返ることではなく前をみて歩く事だからと。

「アキトさん…」

アキトが物思いに耽っていると突然メグミに呼ばれた。
それに少々焦りながらもアキトは静かに返事を返す。

「なに?」
「どうして…アキトさんいつもそんな悲しそうな目で皆を見るんです?」
「そんなことないよ」

胸中の動揺を押し隠し答えるアキト。
だがメグミはそんな嘘を見破る。

「嘘です。アキトさんいつもみんなのこと悲しそうに見ています。アキトさんがそんな目で見ていないのはシンジ君だけ…」
「……」
「まるで自分がそこに居てはいけないような目で見ています…」

目を伏せるメグミ。

「アキトさんがなにに悩んでいるかは分かりません…でも私でよければ…いつでも相談に乗りますからね」

ようやく笑顔を見せるメグミ。
そんなメグミに微笑を向けアキトは言った。

「ありがとう……」







「う〜〜〜〜〜〜。心配…すっごく心配!」

唸りながら言っているのはユリカだ。
何時の間にかアキトに着いていったメグミに関してだ。
ブリッジのクルーは諦めているのかはたまた気にしていないのか静かだ。

「艦長、静かにしてください」

とルリが言うがそれで静かになるユリカではない。

「でもでもでも〜。ルリちゃんは心配じゃないの?」
「いいんじゃない?べつに敵さんが来るわけじゃないんだし…通信士の一人くらい居なくっても」

ルリの代わりにミナトが答えた。
そんな狂態と呼べそうな中で一人シンジが孤高を保っているかのように静かに立っている。
どこか危うげな雰囲気を纏いながら静かにウィンドウを、アキトが向ったユートピアコロニーの方向を映し出しているウィンドウを見ている。

「シンジさん…」

そんな誰もが近寄りがたい話し掛けがたいシンジに静かに声を掛けるルリ。
そんなルリに微笑を浮かべ、なに?、と聞くシンジ。

「どうしたんですか?」

そうシンジに問うルリに視線をウィンドウに再び戻したシンジは言った。

「いや、アキトさん上手くやっているかな、と思ってね」
「上手くやってちゃダメ〜〜〜!!」

と叫んだのはユリカだ。
シンジにしてみればイネスを見つけれたかという意味で言ったのだがこの場ではルリぐらいしかそれを知るものは居ない。
のでユリカはシンジの言葉をメグミと上手くやっているかという風に取ったのだろう。
そんなユリカにシンジ、ルリ共々溜息を零す。

「う〜〜〜〜。ルリちゃん、お願い」
「ダメです」

唸りながらナデシコをユートピアコロニーへと持っていくことをルリに懇願するユリカ。
だがルリはにべも無くそれを却下する。
実際持っていては以前の繰り返しになりかねない。
ディストーションフィールドで火星の人々を圧殺したあの時を。

「!」

溜息交じりでシンジがユリカを見ていたと思ったら、ハッ、と振り返りウィンドウに目を戻した。
そこは先ほどと異なるものは映っていない。
変わらず荒涼とした赤い大地が映し出されているだけだ。

「シンジさん?」

ルリが様子の変わったシンジに話し掛ける。
だがシンジはそれには答えず静かにウィンドウを見ている。
そして目を細め、

「来る…」

と呟いた。 
途端にオモイカネが警告を発する。

「前方のチューリップより敵、出現!」
「ルリちゃん!グラビティブラスト発射準備!!」

気と顔を引き締めユリカが言う。
それに僅かのタイムラグをもってルリが答えた。

「グラビティブラスト…発射準備完了!」
「発射!!」

放たれる重力波の牙。
今まではそれを以っていかなる敵も殲滅してきたが…、

「敵、小型機は殲滅するものの戦艦タイプは以前健在」
「ええ〜〜!…ディストーションフィールドを張って後退!……ってアキトが戻ってきてな〜い!」

とユリカが叫んだところでちょうど良くアキトから入る通信。

《ユリカ!!今から敵陣を強行突破してナデシコに合流する!!》

ブリッジのウィンドウに映し出されたアキト。
だけだったら良かったのだが…。

「アキト…」

呆然とした顔でユリカがアキトの名を呟く。

「アキトさん…」

ルリが冷たい目でアキトを見据える。

《?どうした、これから俺とメグミちゃんとイネスさんって人が合流するからな》

いまだ状況に気づいていないアキトが訝しげな顔をしながら続ける。

「さすがアキトさん…またですか」

シンジが苦笑しているような呆れているようなそんな表情で言う。

「アキトくん…あなた…」

ミナトが冷たい目でアキトを見る。
さすがに四人からも視線を受けアキトが焦り始めたとき。

「「「そんなの信じられません!!」」」

と叫び声が響く。

「なによ!アキトその格好!」

ユリカが目を吊り上げ頬を膨らませ言う。
目に入っているのはアキトに密着する二人の姿。

「どうしてメグミさんを、膝に抱っこされてるんですか?」

ルリが絶対零度もかくやといわん目でアキトを見る。
その目はアキトの膝に居る至福の表情をしたメグミに行っている。

「その右手に抱いている女性は誰なの、アキト君?」

ミナトが汚らわしいものを見るような目でアキトを見る。
ついでにその目はアキトの右手に抱かれていどこかなぜか嬉しそうにしている白衣の女性に注がれる。
そんな三人の目に、あうあう…、と奇妙な声を漏らしながらアキトは…諦めた。

「後で釈明させていただきます」

がくりと頭を垂れるアキト。
とても鬼人の如き戦いをする人物には見えない。
取り敢えずはこの怒りを目の前の無人兵器にぶつけようと決めアキトは突撃した。

「俺の怒りの一撃を〜〜〜〜!!」

なんて叫びながら。







ハンガーへと辿り着きメグミやイネスを降ろす為に抱きつかれる形で手伝ったアキト。
それを見ていたウリバタケと整備員達が新たな組織を作り上げた。

「君達が愛する女性達はなぜアキトに転んだ!!」

ハンドスピーカー片手に演説するウリバタケ。
どこかでなぜか、坊やだからさ、と幻聴が聞こえた気がする。

「漢達よ立て!!立てよ漢達!!」

その熱意は果てる事無く続くのであった。

「俺が一体なにをした〜〜〜〜〜!!」

自覚のない男はこれだから、であった。





 

 

 

代理人の感想

 

何を言うか!

美人で気立てのいい嫁さんから逃げてきた男が

何を言うのか!

 

と、お約束を果たしましたが・・・・・アキトもシンジに言われちゃ浮かばれまい(爆)。