炎が逆巻いている。
毒々しく何もかもを飲み込むように逆巻いている。
そこら中より悲鳴が上がり阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。
少女はその中で叫んでいた。
求める者の名を叫んでいた。
だがその声はただ無為に炎に吸い込まれ消え失せていく。
赤い炎。
消えていく数々の命。
炎に混じる悲鳴。
その中の一つが少女に届いた。

「…リカ……ユリカ…」

少女の名を呼ぶ声。
少女は笑顔を浮かべ振り向く。
少女を見ている者は見てはいけないと叫ぶ。
決して届く事ないと知っていても。
そして少女は見た。
焼け爛れた己の父親の姿を。
焼け爛れた想いを寄せていた少年の姿を。

「ユリカ…どうして…」

声が唱和するように少女に届く。
泣き叫ぶ少女。
醜く焼け爛れた手が少女に触れる。
そして…

「いやあああああああああ!!」

悲鳴をあげ目を見開くとそこは見慣れた自分の部屋。
暗い部屋の中に時計の針を刻む音が響く。
ユリカはそっと自分の目元に手を動かす。
濡れた感触が伝わる。
それを機に落ちる涙。
それは止まる事を知らずに尚も落ちる。

「お父様…アキト…」

膝に顔を埋め呟くユリカ。
夢の中で焼け爛れていた者達の名。
静かに吸い込まれていく涙と慟哭の声。
朱の悲劇より十年の時が過ぎても尚もあの時の事は夢となりユリカを苛んでいた。








水の流れる音が響く。
外は既に日が昇り鳥の囀る声が聞こえる。

「酷い顔…」

鏡に映る自分の顔を見ながらユリカはそういった。
たびたび襲い来る悪夢に寝不足なのであろう目元に隈が出来ている。
だがそれももう何時ものことのようになっている。
気にしてはいけないとユリカは自分に言い聞かせシャワーのノズルを捻る。
噴出す湯が眠りと悪夢の残滓を落としていく。
滑らかな肌を水滴が落ちていく。
シャワーを適当に切り上げユリカはバスルームを出た。
バスタオルを肢体に巻き、部屋へと向う。
静かに鳴る板張りの床と長い廊下。
ユリカはこの家が好きではなかった。
余りに広すぎて、一人であることを突きつけられるから。
だがそれも今日までだ。
今日よりこれ以降はネルガルの新造戦艦に艦長として乗る事になる。
そうなればここは長い期間、主の居ない場所となる。
だが彼女は知らない。
ネルガルの新造戦艦、ナデシコが向う先が火星、彼女の様々な思い出の地である事を。
彼女は知らない。
ナデシコに乗る事によって彼女の過去に住まう者が現在へと舞い戻り再び出逢う事を。
今は亡霊と呼ばれる青年。
歴史の裏に封殺された者達の国に生ける闇に住まう者。
過去を奪われた者。過去を恐れる者。
その二人が出逢うときどんな物語が描かれるのだろうか。

「ユリカ」

部屋へと戻り早々と着替えたユリカに掛けられる声。

「ジュン君」

鏡の前で白い連合軍の制服を着たユリカが振り向き返事を返す。

「準備はできたの?」
「ええ」

と足元の大き目のトランクを持ち上げるユリカ。

「じゃあ行こうか」

静かに彼女達はその場を離れていく。
広い屋敷を出ると止まっている車。
その後部トランクに荷物を放り込みユリカは車へと乗り込んだ。
ジュンは既にエンジンを掛け待っている。

「行きましょう」
「分かった」

ユリカの声とジュンの声と共に動き出す車。
緩やかにそして徐々にスピードを上げていく。
離れていく自分の家をミラーで見ながらユリカはそっと呟いた。

「さよなら…」

と霞むような儚い声でそっと…。







暗い夜道を青年は歩いていた。
目の前は降りていく坂。
後ろはカーブを描きつつ上がっていく坂。
舞歌より聞いたネルガルの新造戦艦とやらを見物に来たところだ。
とは言ってもさすがにドック内に入れるわけも無いので外より眺めているだけだが。
だが聞いた話ではその戦艦が出港する前に無人兵器で強襲するとなっていたのでもう間も無くその姿が見られるだろう。
そのことを思い出しながら青年は良く見える場所を探していた。
そんな青年を照らそうというのか近づいてくるライト。
徐々に聞こえてくる音に車と当たりをつけた青年は少しばかり脇による。
歩く青年。近づく車。
その二者がすれ違う。
その時、夜目の利く青年が見たのは連合の制服を来た二人の男女。
男の方が車を運転し女の方は気だるげに頬杖を着きながら外を眺めているといったところだ。
青年が気にしたのは連合の制服。
頬杖を着いている女の方ではない。
同じように女の方も青年を景色の一つ程度にしか思っていない。
もし、この時青年が彼女を見ていたら?
もし、この時女性が青年を見ていたら?
この後の展開は変わったかもしれない。
だが二人とも気づく事無く車はドックへと向っていく。
一瞬でしかない邂逅。
だれも気づかなかった邂逅。
こうしてまた歯車はかみ合う事は無かった。

「連合の制服…あの連中もナデシコに乗るということか」

錆付いた声がそれを厳然と示したのであった。







「私がナデシコ艦長ミスマルユリカです」

屹然とした姿がだれの目にも凛々しく映る。
その姿を見たプロスは、うんうん、と頷いている。
余程自分のスカウトした人物が間違っていなかったことを喜んでいるのだろう。
ユリカの後ろで、なによこの小娘、とムネタケが騒いでいるがだれも目を向けるものは居ない。
マスターキーを差込、ナデシコを起動させるユリカ。
その直後であった。
船体に振動が走ったのは。

「敵襲です」

ルリが透き通るような声で告げた。
ウィンドウに映される敵機の姿。
それを認めたユリカは即座に現状の把握に努める。
そして、

「ナデシコが海底のゲートを抜けた後にグラビティブラストで敵を殲滅…といったところですね」
「しかし敵は広がっているぞ」

ユリカの策にゴートが問題点を上げる。

「囮を使います。パイロットに連絡を」
「駄目です。パイロットのヤマダさん、骨折しちゃってます」

ルリが静かに告げる。

「骨折?他にパイロットは?」
「いません。エステバリスを扱うにはIFSを使用できる人物でないと無理です」

その言葉を聞き考え込むユリカ。

「プロスペクターさん、パイロットの契約には死亡時に関する条項はありますか?」
「え、ええ。死亡時には一切こちらに対して訴訟などを起こさないようにと…」
「そうですか…」

そこで表情が消えるユリカ。

「パイロットに連絡。エステバリスを用いて囮となるように伝えて」
「けどヤマダさんは…!!」

ユリカの言葉に異論を唱えたのはメグミだ。
ルリはユリカの言葉に従い既にガイに通信を入れている。

「囮を用いての殲滅…これが最も被害が出ない策です」
「ヤマダさん骨折してるんですよ!?どうして…」

それでもと言うメグミを無視しユリカはウィンドウに出るガイに作戦の概要を伝える。
メグミが反論していたが当の本人は骨折しているのが嘘のようにはしゃいでいる。

「では作戦を開始します!」

エレベーターで地上に運ばれていくエステ。
そのエステの中で暢気にゲキガンガーの歌を歌っているガイ。
メグミはそれを見ながらなんだか自分が心配したのがバカみたいだと痛む頭を押さえた。

「ハルカさん」
「はいは〜い」
「ナデシコのゲートを抜け出る時間、早めてください」
「りょーかい!」

ユリカの言葉に不敵な笑みを浮かべ答えるハルカ。

「機動戦艦ナデシコ。発進!!」

ユリカの声が大きくブリッジに響いた。







佐世保のドックより離れた場所で青年は観察していた。
その目に見えるのは炎上したドック。
暗闇の中に動くのは無人兵器のみだ。
もう夜の闇が徐々に削り取られて行く。
東の空より黄金の日が見える。

「沈んだか…」

呟く青年。
炎上しながらも一切の動きが見えないドックに向けた言葉だ。
だがその言葉を裏切り現われる機動兵器の姿。
それは囮とユリカに言われたガイの機体である。
囮…であったのだがそんな言葉など知らんと言うように一気に無人兵器の群れに突っ込んでいく。

「馬鹿か」

その光景を鼻で笑う青年。
自分や隊長、ないしは北斗であればあの程度ものの数ではないが向っていく者の動きを見ればそのレベルに達していない事が良く分かる。
実際ガイの機体は面白いように被弾している。
幾つか落としては居るもののあの数では焼け石に水、としか言いようが無い。
その光景を確かめ青年はその場を離れようと動く。
すぐにでも落ちるであろう機動兵器と杜撰な策を立てるしか能の無い戦艦ならばこれ以上見るものは無いと言わんばかりに。
数歩ほど歩いたその時であった。
突如爆発音が響いたのは。
ん?と振り向く青年の目に入ったのは。
白亜の戦艦が雄雄しくある姿。
直前まで虫型と呼ばれるように蠢いていた無人兵器の姿は無い。
上り行く朝日にその白は輝くように在った。

「機動戦艦…ナデシコ」

白亜の戦艦を面白がるように見つめ、青年は今度こそ静かにその場を去る。

「これから面白くなりそうだ」

と言葉を残して…。







青年、ここにおいては亡霊と呼ばれる者がナデシコを見ていたとき木連では…。

「隊長。例のネルガルの戦艦ですが…」
「沈めたか?」

北辰とその部下が歩いている。
さすがに笠を被ってはいないがそのまるで迷彩色のような外套は身に纏っている。

「いえ。無人兵器が全滅したとの事です」
「ほう…」

少し、本当に少しだけ北辰は感心したように言葉を漏らす。

「ようやく地球の輩も我々に技術を近づけたと言う訳か」

そう北辰が漏らしたその時。

「おっはよ〜〜ございま〜〜す!!北辰さん!相変わらず爬虫類な顔してますね!」

と木連の北辰を知るものであれば一度は言ってみたいと思っている言葉が響いた。
その言葉を発したものはそのまま北辰の横を通り過ぎていく。

「隊長…」
「放っておけ」

と部下を押さえる北辰。
その目は緑の髪をした目の前の女性に向けられている。

「各務千沙…ついに東舞歌に壊されたか…」

これこそ奇跡と言えたかも知れない。
あの北辰がその声に憐れむ音を乗せていたのだから。
が、その声は届く事無く千沙は陽気な声を上げながら歩いている。

「二十四時間はたらけますか〜♪あはははは!!もっと働けますよ〜舞歌さま〜〜!」
「哀れな……」

本当に珍しい事だった。





 

 

代理人の感想

 

白い鉄さんの寿千沙に続き、壊れ千沙降臨。

今、時代は千沙なのか!?

 

 

それはともかく、これからファントム君(笑)とユリカはどう関わって行くんでしょうか?

火星で?それとも潜入?

チョイと気になる所ではアリマス。