島の地図を表示したウィンドウの中を、青と赤の光点が踊る。ルリは出来の悪い万華鏡のようなその光景を、普段どおりのポーカーフェイスで見詰めていた。
 歩兵部隊を示す青と赤の光点は、最初の頃に比べて大分数を減らした。それでもまだまだ飽くことなく、お互い喰らい合うようにぶつかっては消えていく。生物の体の中で異物を排除し続ける免疫機構の働き――それを簡単に映像化すればこんな感じなのだろうかと、そんな感想を何となしにルリは抱いた。
 ……実際、それと似たようなものだ。宿主を守るために異物を排除する。それが彼等の役割。
 彼等の戦い振りに申し分はない。皆よく訓練され、宇宙軍部隊も統合軍部隊もいい動きをしているが、そんな中で一つ、良くも悪くも際立った部隊がいた。
 サブロウタのスーパーエステを示す青い光点が、彼が目をつけていた『あの部隊』を示す赤い光点に襲い掛かる。既に宇宙軍の第一分隊――つまりオールウェイズ中佐の直轄部隊を相手に苦戦していた『あの部隊』はこれで万事休すといった体制になった。
「これじゃ袋叩きですよ……ちょっとかわいそうじゃないですか?」
 ルリの方に首を向けて、ハーリーが言った。
 ルリはその問いには答えず、頭の中に浮かんだ言葉を口にした。
「……『川に落ちた犬は棒で叩け』」
「はい?」
「半島に伝わる諺です」
 ハーリーは、「ああ……」と相槌を打って前に向き直った。さすがに意味を聞く勇気はないらしい。
「えっと……タカスギ機からの映像、見ますか」
 誤魔化すようにハーリーは言って来た。見せて、とルリが答えると、現れたウィンドウの中に険しい顔でこちらを見上げる統合軍の兵士が三人、映っていた。
「結構若いですね。艦長と同い年くらいじゃないですか?」
 ハーリーの言う通り、ウィンドウに移る統合軍兵士は17・8歳程度にしか見えなかった。戦争中ならともかく、今ではそうそう見かけない年頃だ。しかも陸戦隊、それも特殊部隊候補となると少々不自然な年の連中――その中の一人に、ルリは目を留めた。
 ――この人……
「ハーリー君。あの真ん中に立っている人の顔、拡大できる?」
 はい、とハーリーは答え、三人の真ん中に立つ男の顔が大写しになる。完全武装で戦場に立つよりも、机に教科書を広げて黒板に向かっているほうが似合いそうな眼鏡の男だ。その顔を見て、ルリは目を細くする。
 ――なるほど。ユキナさんが人探しを依頼してきたのはこういうわけですか。
「……あの、この人がどうかしたんですか?」
 怪訝そうな顔で聞いてくるハーリーに、ルリは、
「別に」
 そう素っ気無く答えた。



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第六話 暴力への意志 後編



「このっ、このっ……! とっとと死になさいよっ!」
 奈々美は怒声を張り上げてライアットガンを撃ち放つ。三発発砲したがまったく敵を捉えられない。「ちっ……!」と舌打ちして瓦礫の影に身を隠す。
 すぐに反撃が帰ってくる。飛んでくる弾はそう多くない。すぐ近くのビルの上から、妃都美が絶え間なく射撃を続けているおかげだ。
 奈々美の作戦は功を奏し、敵を釘付けにする事には成功した。しかし、それでも敵の反撃には隙が無い。楯身なり和也なりがいればまだ良かったかもしれないが、奈々美は反撃のタイミングを掴めないでいた。
 いや、隙はあるのかもしれない。それでも前に出られないのは、出た途端にまたやられてしまうかもしれないから――――
 ――ああ、なんてこと。
 奈々美は愕然とする。あたしは今脅えているのだ。なぜ? 敵が強いから? あたしよりも強いから?
 冗談じゃない。あたしは常に人より強くあらねばならないのだ。弱いと認めるなど、他人に脅えるなど、絶対にあってはならない。
 それは彼女にとって最大の恥辱。
 もう誰にも負けはしないと……もう誰にも媚びはしないと、あの屈辱の日々にそう誓ったのに!
「あたしは弱くなんか……恐くなんかないわよぉ――――っ!」
 奈々美は雄叫びを上げ、敵に向かって猛然と突進した――――



「しつっこいんだよあんたは! 一体僕たちに何の恨みが!」
 和也は自分たちの上で滞空する青いエステバリスに向かって、苦し紛れにそう叫んだ。
 別に返事を期待していたわけではなかった。だが意外にも外部スピーカーで返事が来た。
『別に恨みはねえが……お互い仕事だからな。悪いが死んでもらうぜ』
 余裕をたっぷりと含んだ声がして、エステバリスが銃口をこちらに向ける。銃身下のミニガンが回転し始める。
 和也は、今自分にできる唯一の行動をした。
「退避ー!」
 号令一過、一番近くにあったイーグルスマンションへ向けて走り出す。距離は五メートル。背後で虫の羽音を思わせる声音でミニガンが咆哮した。あと四メートル。和也たちを追って弾着が走ってくる。あと三メートル。すぐ近くのはずの玄関がひどく遠く感じられる。急げ、急げ、あと二メートル……!
「っ!」
 もう動かないガラスの自動ドアを体当たりでぶち破り、辛うじてキルゾーンからまろび出た。だが安心などしていられない。すぐに敵が追ってくる。
「裏へ! 走って!」
「また逃げるのかよ!?」
「戦術的撤退だよ!」
 糞、と和也は毒づく。歩兵だけでも手ごわい相手だというのに、エステバリスに空から狙われたのでは手も足も出ない。一応烈火がミサイルを持ってはいるが、あのパイロットの前には竹槍だ。
「せめて、こっちにもあいつと同じぐらいの機動兵器がいればな……」
「無い物をねだっても仕方がありませぬ。今ある戦力で何とかしましょう」
 ちくりと釘を刺してきた楯身に、和也は多少肩をすくめて「そうだね……」とだけ答えた。
 その時、裏口のほうに数人の人影が見えた。一瞬奈々美たちかと思ったが違った。奴等は和也たちの姿を認めるなりこちらに銃口を向けてきたのだ。
「敵……!? まだ居たのか!?」
 現れた敵は三人。後ろから追ってくる奴等と合わせれば六人。こちらは三人だけで明らかに形成不利。しかも挟み撃ちだ。まずい、このままじゃやられる――――
「隊長! こちらです!」
 そう言って楯身が指差したのは、上へと通じる階段。下手をすれば追い詰められる危険があるが、そこ以外に逃げ道が無いと判断した和也はそれに従った。
 こうもしてやられるとは思わなかった。この状況と敵の動きは和也達がここに逃げ込むと読んでいたかのようだ。手玉に取られている……そんな気がした。敵の隊長は結構なやり手のようだった。少なくとも、和也よりはずっと経験豊かだろう。
「経験じゃ敵わないかもしれないけど……こっちも生体兵器の能力と、長年培ってきたチームワークがある。そう簡単にやられたりしない!」
 和也は言う。虚勢かもしれない。だが虚勢であっても、隊長が弱気を見せるわけには行かなかった。
「いつまでもやられっぱなしでいられるか……!」



「よろしい。十八分隊は奴らを追え! 途中のブービートラップには注意しろよ。アルフォンスは先回りして奴らを仕留めろ。敵の脱出ルートは解るな!?」
 廃墟の町を走る傍ら、レイはてきぱきと指示を出す。自分の直轄の部下と“予備戦力”――敵ににやられた第十八分隊の生き残り――に指示を出す。同時進行する二つの戦闘を同時に仕切るのは彼の得意技だった。
 レイは子供の頃から運動系であったが、反面チェスが得意という変わった一面を持っていた。家にあったチェス盤に始めて触れたのは三歳の頃だったか。物心ついた時にはもう完全にチェスにのめり込み、大会で優勝するまでになった。
 結局それは趣味の域を出ることなく、職業としては軍を選んだわけだが、今や彼は目隠しでチェスが出来るほどの達人。盤面など見る必要はない。頭の中で思い描けるからだ。
 部下を動かして戦うのはそれと似ている。相手の次の手を読み、どう駒――――すなわち兵を動かすかだ。この特技のおかげで戦争で手柄を立てられ、『ヨーロッパの軍神』なるご大層な二つ名まで手に入れた。
 あの時は、彼は祖国のために戦っていた。だが今は違う。あの日、あの人に魅せられてから彼は誓った。
 命を賭してもあの人のためにのみ戦うと。
 ――統合軍風情に、あの人の邪魔はさせない……!
「エドワード! 状況知らせ!」
『現在損害なし! ですがスナイパーに妨害されて動けません!』
「ふん。その程度の頭は回るようだな。スナイパーは私が制圧する。お前たちはわれわれの到着まで現状を維持しろ!」
 了解、という返事を最後に、レイは通信を切った。



「厄介なのに出くわしましたわね……」

 目の前の”敵”と睨み合った状態で、美雪は呟いた。
“敵”は虫型機動兵器乙式――――地球ではジョロと読んでいるんだったか。アパートの屋根の上から美雪を見下ろし、二対四つのカメラアイが獲物を見つけて喜ぶかのように爛々と赤く光っていた。木星にいた頃はミサイルと同じような消耗品としか思っていなかったが、こうして敵として対峙してみるとまた妙な威圧感があるものだ。
 最初の一撃は完全に不意を突かれた。逃れられたのはひとえに運が良かった。まったく機械というのは、気配も殺気も無いのだからタチが悪い。
 ガシャガシャという機械的な足音とは裏腹に、醜悪なほど生物的な動きで這い降りてくる。美雪は数歩後ずさりして間合いを取り、腰を落とした猫背の体制で身構える。ジョロも姿勢を低くし、獲物に飛び掛らんとする猟犬のような動作で対峙した。
 ふうぅぅぅぅ、と細い吐息が口から漏れる。大丈夫だ。戦闘プログラムが地球の技術でアップグレードされていようが、こいつらの性能は良く知っている。その弱点も。
 ――睨み合うこと、数秒。
 先に動いたのはジョロだった。踏ん張っていた四肢をバネにして、鋼鉄の塊とは思えない剽悍さで飛び掛ってくる。美雪は臆せず前へ飛び出し、跳躍したジョロの下へ滑り込み攻撃を回避した。
 冷静で容赦の無いジョロの思考ルーチンは間伐入れずに追い討ちを掛けてくる。足のダッシュローラーを使い瞬時に180度転回。口部の20ミリチェーンガンが火を噴く。
「くっ……!」
 さすがに苦しげな息を漏らしつつも、美雪は両足をバネにして斜め前に向かって飛ぶ。人工筋肉を組み込んだ足は常人離れした跳躍力を発揮した。迎撃の銃弾を躱し、ジョロへ取り付き馬乗りになる。それに対して機械が慌てるはずもないが、ジョロは何とか美雪に銃を向けようと遮二無二暴れる。振り落とされそうになりながらも美雪は『暗殺者の爪』を指から伸ばし、無防備な首筋目掛けて左のそれを振るった。パシッ! と一瞬火花が散り、途端にジョロは体を激しく痙攣させ、動きを止めた。
「……ふう。基本構造は変わっていないようですわね」
 額の汗を拭い、嘆息する。
 虫型機動兵器はその構造上、アイカメラやセンサー等の電子装備が頭部に集中している。それらと胴体とを繋ぐ配線が首の部分では露出しており、それを切断すれば目や耳を完全に潰す事ができる……いわば、虫型機動兵器の急所。
 装甲と間接部の干渉の問題から発した構造上の欠陥だが、ディストーションフィールドさえあれば問題ないと放置されたのだ。狙えたのは生体兵器の能力があればこそだろう。
 虫型兵器は壊しても構わないことになっているし、配線を切っただけなら怒られはしない……はず。
 ともかく、戦闘の勘は戻りつつある。これなら敵の隊長にも勝てるかもしれない。敵の隊長を殺れればそれでよし。そうでなくとも指揮系統を叩く事は他の連中の助けにも――――
 ――ああ、また戦いの事を考えている。
 どうして私はこんな下らない戦争ごっこに付き合っているのかしら、と憤りが募る。
 ここで勝って、火星の後継者相手の実戦に出て、それで何になる? それで私に何の益がある? そんな事をしたって、もう無駄なのに……
 もうやめてしまおうか、そう思った美雪は、

「……まあ、行きますか。やらないと怒られるでしょうし……」

 そう言って武器を構え直し、渋々と戦場へ足を向けた。私はバカだ、と心底自分を罵りながら。



「はぁ……はぁ……おい楯身。これからどうする気だ?」

 息を切らせて和也は言った。この暑い中重たい防具を身につけて階段を駆け上がるのは相当な重労働だ。もう足は棒のよう。それでも止まって休むような暇はない。下からは敵が追いかけてきているはずだから。
「なんだ、バテたのか? だらしがねえな」
 烈火が軽口を叩く。軽機関銃、携行型ミサイル発射機、拳銃サイズのサブマシンガンが二挺にそれらの弾薬、etc.……まるで動く火薬庫だ。これだけの物を身に付けてこれだけの運動をして、平気な顔をしているのだから羨ましいと言うしかない。こういう時に人工筋肉のある奴は得だな、と和也は心底思った。
 いや、こいつはそれ以前に体力が有り余っているのか……
「お前と一緒にするな。……楯身。このまま登ってもそのうち屋上に着く。そうなったら逃げ道が無くなるよ」
「逃げ道でしたらあります」
 楯身は言う。
「外から見たところ、このマンションと隣のマンションとはそれほど離れていませんでした。ベランダから飛び移る事が可能です」
「だったら今すぐ飛び移ってもいいんじゃないのか? 正直、このまま登るの辛いんだけど……」
「まだ駄目です。敵には我々がただ上へ逃げていると思わせ、油断してもらわねばなりませぬ。下手に低い所で飛び移れば、先回りされる恐れがありますからな。逃げるついでに、敵が我々を追ってきた所でこれをお見舞いします」
 そう言って楯身が取り出したのは、黒い弁当箱のような物体だった。
 クレイモア対人地雷。敵の接近を感知すると爆発し、前方に数千個の鉄球を撒き散らす。この威力は折り紙つきで、20世紀から今に至るまでほぼそのままの形で使われている傑作兵器。変わったのは敵の接近を感知するセンサーがワイヤーからモーションセンサーになったことくらいか。
 そんなの持ってきていたのか、と和也は感嘆した。楯身は逃げながらも回りの地形を観察し、先の戦略を考えていたわけだ。
 和也はその場の戦術を考えるのが精一杯だ。優秀な参謀役がいて心からありがたいと思う。
「問題は、あの青いエステバリスですな……奴に狙われたら今の我々では歯が立たない」
「奴の手出しできない屋内で戦うしかないかな。消極的だけど、それが一番……」
 安全だ。
 和也がそう言いかけた時、コツン、と何かがヘルメットに当たった。何だ? と上を見上げてギョッとした。
 恐ろしい光景だった。何か、巨大な刃が階段を粉砕しながら降りてくる。まるで巨大なギロチンか何かのようだ。
 ――あれは……まさかエステバリスのイミディエット・ナイフ!?
 すぐに考えが及んだ。あの青いエステバリスが、このマンションを縦一文字に切り裂いている――――!?
 即座に最寄の階に逃げ込む。命令するまでもなく二人はそれに習った。次の瞬間、凄まじい轟音と共に階段が破壊された。無残に切り裂かれた外壁の傷口から、青いエステバリスの顔が覗き、外部スピーカーから哄笑が聞こえてきた。
『はっはっはー。見つけたぜヒヨッコくんたち。これで終わりだな』
「なんて無茶を……この島にはまだ帰郷を望む人たちがいるから極力建物を壊すなと、ブリーフィングで言われたはずだろう!? それを無視するなんて何事だ!」
 和也の叱咤に、うっ、とパイロットの唸り声が聞こえた。全く心が痛まないわけではないらしい。
「う……うるせい! 死にやがれ!」
 開き直り、ラピッドライフルの銃口が突き入れられる。
 ――拙い、ここは隠れる場所がない。部屋の中に退避するにも鍵が掛かって……いや、ドアが溶接されてる!?
「おのれ……!」
「うわ――――! もう駄目だ!」
 ここまでか……! 口惜しさに歯を噛み締める。
『――待った待った待った待った待ったあ――――っ!』
 聞き覚えのあるでかい声が聞こえ、青いエステバリスに動揺が走った。
 ビルの陰から突然一機の機動兵器が踊り出た。見間違えるはずのない、スバル・リョーコ中尉のエステバリス・カスタム。
『探したぜ、サブ!』
 とうっ! というリョーコの掛け声と共に、赤いエステバリスが飛んだ。背中の大出力重力波スラスター全開。その巨体からは想像できない身軽さで飛び上がる。マンションに突っ込んだライフルを引き抜くのに手間取った青いエステバリスは、まともに飛び蹴りを喰らった。衝撃にコクピットが大きく揺さぶられる。
『うわっ……! 熱烈な挨拶だな!』
 お返しとばかりに、肩部のミサイルポッドに残っていたミサイルを全て放つ。それは獲物を狙う八匹の蛇さながらの動きでリョーコ機を追う。
 対するリョーコも負けていなかった。スラスターを使い空中で横へ飛び、グラビティ・チャフ・ディスペンサーを放出した。
 グラビティ・チャフ・ディスペンサーは、ミサイルを欺瞞する手段として一番ポピュラーなアルミ片を空中に散布し、さらに強力な重力波を発生させる。重力波誘導のミサイルはほとんどがそれに引き寄せられて爆発した。
 ミサイルを難無く回避したリョーコの射撃が空を走る。青いエステバリスは数発応謝しながらジグザグに後退し、機体をビルの影に隠れさせた。
「スバル中尉!」
 まるで計っていたようなタイミングでの思わぬ援軍に、和也は喜びの声を上げた。
『中尉か! 今までどこ言ってたんだ? おかげでガキの相手するハメになったぜ』
『悪いねえ。俺くらいのいい女になると、ダンスのお誘いに引っ張りだこでね! こいつは任せな、ガキども!』
「ガキって言うなぁー!」
 後半の和也たちに向けられた台詞に叫ぶ。
『お手柔らかにお願いしますぜ、中尉』
『はっ、手加減無しだぜ、サブ!』
 なにやら浅からぬ関係を匂わせる二人は、これが一番の楽しみだったという風に戦闘を始める。
「よし……厄介な奴がいなくなった。行こう!」
 和也たちもまた、自分たちの闘いに戻るべく非常階段へ足を向けた。状況はまだ悪いままだが、サブとかいう青いエステバリスをリョーコが引き受けてくれたおかげで、少しは勝ち目が見えてきたと思った。



 激情と焦りに追い立てられて敵へと突っ込んだ奈々美は、着剣したライアットガンを二・三度発砲して前進。敵の銃が見えると同時に傍にあった瓦礫の影に飛び込んだ。
 敵の射撃が途切れるのをじっと待つ。ここまででかなり接近できた。近くの建物の上からは妃都美が援護射撃を続けてくれている。無謀な突撃と思ったがやれば出来るものだ。あと少し……あと少しで、敵に手が届く!
「うおりゃあああああああああああ――――――っ!」
 雄叫びを上げて突進する。恐れるものは何もない。ただひたすらに、余計な事は考えないで、一発の弾丸になって敵を射殺せ!
 敵の隠れる車を一足飛びで飛び越し、銃剣を振りかざして切り込む。狼狽する敵の一人目掛けて、奈々美は左の拳を叩き込んだ。
「がはあ!」
 肺の空気が飛び出し、敵が一メートル吹っ飛ぶ。死なない程度に手加減はした。咳き込んで悶え苦しむそいつを無視して別の敵に向き直り、既に射撃の体制に入っていた敵の銃身を引っ掴んで銃口を無理矢理に上へ逸らす。吐き出されたペイント弾が空を切る。奈々美は掴んだ銃身を強引に引っ張り、体制を崩した敵に蹴りを見舞った。
 これで二人目。あと一人――――! そう思ったその時、不意にぐいと腕を引っ張られた。右の腕を掴まれた。銃は敵の脇下に挟まれ狙えない。敵の足が持ち上がり、蹴りの体制に入る。
 ――やばい、折られる!
 あくまで訓練なのだからそこまでするはずはなかったが、本能的に奈々美は察した。こいつは本気で腕を折る気だ。
「――やらせるかあっ!」
 人工筋肉の力をフルに発揮。渾身の力で掴まれた腕を振り抜く。足が地面から離れた敵は堪らず奈々美の腕を放し、地面を転がった。
 やれる。このまま行けば勝てる! 三人ともまだ死亡判定は受けていない。体制を立て直される前に殺ってやる――――! 止めを打ち込むべく、ライアットガンを敵に向けた時だった。
『奈々美さん、危ない! 右!』
 いきなり妃都美の切迫した声が聞こえ、咄嗟に前へ飛び退く。一瞬後、小銃などとは比べ物にならない強烈な連射音と共に大量のペイント弾が飛来した。奈々美は倒れていた敵の首根っこを掴み、弾の飛んできたほうへ向ける。それにペイント弾が命中し、「ギャー!?」と悲鳴が上がった。
 卑劣にも味方を撃った闖入者は、あのパワードスーツだった。あと少しでやれたのに……邪魔してくれちゃって。
「妃都美、聞こえる!? あいつを……」
 返事代わりに聞こえたのは銃声。

 そして妃都美の悲鳴だった。



 奈々美が危ないのを見た妃都美は、すぐに援護射撃を行おうとした。だが狙撃銃をそちらに振り向けようとした矢先、目と鼻の先でペイント弾が爆ぜた。
 ――いけない。狙われている。やむなく妃都美は即座に銃をそちらに向けた。奈々美には悪いが自分の身が最優先だ。
『鷹の左目』は自分と同じアカツキ狙撃ライフルを構える金髪の男を捉えた。妃都美はそこへ全力で弾を叩き込んだ。やったかと思った。
 しかし宇宙軍の狙撃兵は死んでいなかった。それどころか素早く位置を変えてこちらを再び狙ってきた。まずい、早くあの男を撃たないと、いや、まずは一旦隠れてこちらも移動しなきゃ――――その一瞬の混乱が命取りになった。
「あうっ!」
 額に激痛が走り、衝撃で妃都美は積もり重なった埃の絨毯に倒れこんだ。敵は見事に妃都美の額へ初弾を命中させていた。
「……妃都美さんっ」
「く……」
 駆け寄ってくる美佳を手で止める。美佳まで狙撃されたらどうしようもない。
 やられた。これで私は一度死んだ。せめて最後の仕事を果たすべくコミュニケの回線を仲間全員に開いた。
「和也さん、皆さん……ごめんなさい。やられちゃいました」
『なんだって! ……解った。そっちはもういい! 美佳と奈々美はそこから逃げて、なんとか僕たちと合流して!』
「……了解しました」
 和也の指示に美佳が答える。すぐに出て行こうとする美佳に、妃都美は残っている弾薬を手渡して行かせた。
「くう……」
 倒れたままの体制で呻き声を漏らす。私はもう戦えない。そう思っただけで起き上がる気力さえも萎えてしまった。
 まだ戦いたいのに、何とかして仲間を守りたいのに、私という奴は……じわりと、目尻に涙が浮かぶ。
「悔しい……っ!」



『……聞こえましたか、奈々美さん? 撤退しましょう』
 コミュニケから美佳の声が響く。
 撤退か。確かにそうするべきだろう。せっかく有利な位置から援護してくれていた妃都美がやられたのでは、これ以上ここに踏みとどまるのは危険すぎる。まして、目の前にはあの協力極まりないパワードスーツがいるのだ。
 だが、奈々美はきっぱりと答えた。
「いいえ、あたしはここで戦うわ」
『……え……ですが、私たちだけではどうにもなりません。ここは和也さん達と合流したほうが……』
「嫌だ、って言ってるでしょ。逃げたいならあんただけで逃げなさい」
『……奈々美さん……』
「うるさい!」
 叫ぶ。
「役立たずは引っ込んでなさい!」
『……っ!』
 息を呑む気配がして通信が切れる。説得は無理だと判断したのだろう。それでいい。
 もう限界だった。この期に及んで逃げるなど奈々美のプライドが許せそうにない。幸いにして今、奈々美の腕の中には有効な楯がある。これを有効に使えばまだやれる。
「ほら、こっち来なさいよデカブツ!」
 ライアットガンをパワードスーツに向けて発砲し、敵の死体を楯に後退する。いい感じにパワードスーツは追い駆けて来た。死体は手足をばたつかせて首にからみついた奈々美の腕を振りほどこうともがくが、人口筋肉の腕力がそれを押さえつけた。さすがに武器は使ってこない。死体が反撃するわけにもいかないから。
 こうなったらあのデカブツだけでもやってやる。……やれないわけがない。だって、あたしは強いんだ!



 妃都美を打ち倒したレイがビルから降りた時、パワードスーツは勝手に敵を追って走り去るところだった。
「敵、後退します。マスタングが追撃しますが……よろしいですか?」
「構わないさ。自分の不始末くらいは自分で処理してもらう。もう一人居た小さいのはどうした?」
「逃げました。おそらくは残っている連中と合流するのでしょう。遅まきながら戦力分散の愚に気が付いたと見えます」
「確かに遅いな。……逃げた奴はエドワードたちに追わせろ」
 出来れば合流される前に仕留めろ、とレイは言う。
 往生際の悪い赤毛の奴は問題ない。見たところ有効火器は持っていないようだし、一人でパワードスーツに勝てる訳がない。逃げた小柄な奴も合流前に仕留められればそれでよし。駄目なら、しぶとく逃げ回っている残りの三人もろとも、残っている兵力全てで包囲殲滅してやる。
 あと一歩だ……あと一歩でこの邪魔な連中を蹴落としてやれる。そうする事でレイは『あの人』の役に立てるのだ。こんなに嬉しい事はない。
「我々も行くぞ。残りの連中も皆殺しに――――」
 してやろう。
 そう言いかけて、レイはある事に気がついた。
 第十八分隊によれば敵は七人だ。レイが仕留めたのが一人、ここから逃げていったのが二人、そしていま別働隊が追いかけているのが三人。
 ―― 一人、足りない。
 拙い。そう思った。修羅場を潜り抜けてきたベテランの直感が危険を知らせている。一刻も早く離れるべきだと判断し、一歩足を踏み出した瞬間――――近くのビルの窓から何かが飛び出した。
 タタタタッ――――! サブマシンガンの軽快な連射音が響く。
「ぐあ!」
 傍にいた部下がもんどりうって倒れた。体には右下腹部から左肩にかけて一直線にペイント弾が着弾している。完全に死亡判定だ。戦闘が始まってから初めて、レイは表情を歪める。
 誤算だ。まさかまだ敵がいるとは思わなかった。しかも単独とは……非常識な。
 重いアカツキ狙撃銃を捨て、同時にホルスターからH&KP77S自動拳銃を引き抜きファスト・ドロウの要領で撃つ。レイが発砲したのと、敵が着地し銃口を向けてきたのとはほぼ同時だった。放たれた銃弾は敵のFN−P120サブマシンガンに当たり、その衝撃で敵は銃を取り落とした。さらに頭を狙って発砲――――しようとした時、敵は突然レイの視界から消えた。
「な……!」
 驚愕に目を見開く。三メートルは離れていたはずなのに、一瞬のうちに懐に入られた。
 とにかくレイは銃を向けようとしたが、銃を持つ手を掴まれ銃口を逸らされる。さらに相手の親指がグリップのボタンに伸び、マガジンを落とされた。敵は口の端に薄ら笑いを浮かべ、右手で訓練用プラスティックナイフを抜いて突きの体制に入る。それに対し、レイの体も反射的に動く。
「はっ!」
 気合と共に、敵の顎目掛けて渾身のハイキックが飛ぶ。まともに喰らえば顎の骨が砕ける手加減無しの一撃。
 だが敵の動きも素早かった。レイが動くか動かないうちに攻撃を中断し後ろへ飛ぶ。当てられると思った蹴りは敵の鼻先を掠め、虚しく空を切った。
 敵は空中で一度バック転し、軽やかに着地する。レイと敵はお互いに訓練用ナイフを半身で構え、間合いを開けて対峙した。少し余裕を取り戻したレイは、そこで相手の顔を見ることが出来た。
 ――女? しかも高く見積もっても高校生くらいの。その容姿はこの場においてなんとも場違いに思えた。
「……なぜ女の子がこんな所にいる? ここはガールスカウトの養成所ではないぞ」
「あら、ご挨拶ですわね。私と一つしか違わない艦長様だって、あなた方の軍にはいらっしゃるでしょうに」
 茫洋とした態度で少女は言う。やはり女の子だ。
 しかし油断のならない相手と言う事はもう充分解った。この女は良い腕だ。レイが蹴りを放ってから回避するまでのタイムラグが恐ろしく短かった。攻撃の気配に即座に体が反応している。相当に実戦経験を積んでいる証拠だ。
 何者だ……? 解らない。ただ一つ解るのは――――
「……お前たちは、やはり邪魔だな」
「奇遇ですわね。私たちにとってもあなた方は邪魔ですわ」
 ヒュッ――――という風を斬る音。
 次の瞬間、甲高い音を立て、両者のナイフが交差した――――



「撃て、怯むな、撃てっ!」
「隊長! 敵三人、右方向から来ます」
「ちくしょー! もう駄目だあ!」
「諦めるな! 烈火は右に回って、敵の接近を食い止めろ!」
 悲鳴と怒号、そして銃声が幾重にも重なり合って響く。
 和也は埃と硝煙塗れになった手でアルザコンのマガジンを交換した。懐がいやに軽い。ここまで弾を使いすぎた。残っているマガジンはせいぜい一本か二本だろう。消費した弾の殆どが無駄弾というのが悔しい。
 リョーコの助けもあり、何とか和也達は窮地を脱した。
 しかし、状況は依然として劣勢には違いなかった。マンションから出た途端に敵に追い掛け回され、とうとう追い詰められた和也達は、こうして廃ビルの一角をトーチカ代わりにした持久戦を強いられているというわけだ。
「美佳に奈々美に美雪――――っ! 何やってやがんだ! 早く助けにこーい!」
 烈火は軽機関銃を乱射しながら情けない声を上げる。喧嘩好きなゴリラのくせに肝の小さい奴だと苛立たしく和也は思う。
「えーい、うるさい! 情けない声を上げるな!」
「んな事言われても、もうすぐ弾が切れるぞ!」
 言うが早いか、懸命に弾を吐き出していた軽機関銃がついに沈黙した。烈火は役に立たなくなったそれを放り出し、代わりに腰に吊っていた二挺のクリムゾンM3サブマシンガンを、得意の二挺拳銃スタイルで撃ち始めた。
「くそっ、僕ももう弾の残りが……」
「隊長、美佳です!」
 楯身の切羽詰まった声に顔を上げる。
 左方向から、和也達のほうへ懸命に走ってくる美佳の姿が遠くに見えた。その後ろに見える二人の人影は敵か。
「おい! 美佳の奴追っかけられてるじゃねえか! 誰か助けろ!」
 一方的に烈火が叫ぶ。助けたいのはやまやまだ。だが正面の敵から目を離したら、たちまち敵がなだれ込んで来る。そうなれば一巻の終わりだ。とにかく美佳に向かって大声で叫び、こちらに来るよう促すしかなかった。しかし、美佳は疲れのせいか動きが鈍い。あれではここに来る前にやられる――――くそっ!
「楯身、ここはお願い!」
「隊長!?」
 和也は楯身が止める間もなく外へ飛び出した。危険なのは承知の上だ。それでも――――
「仲間を見殺しに出来るかあっ!」
 アルザコン31をフルオート射撃。予期しない攻撃に敵は素早く身を隠し、反撃の火線を延ばしてくる。すかさず和也は煙幕弾で敵の視界を遮り、その隙に美佳の手を引っ張って立ち上がらせた。
「急いで!」
「……は、はい……」
 力ない美佳の返事。体力の消耗は予想以上のようだ。これではまともに走ることも出来そうにない。
「美佳、早く! やられるぞ!」
「……和也さん、私に……構わないでください……」
 足手まといになりたくありません、と美佳は言う。
「そんな事……ああ、もう!」
 悠長に説得などしている暇はない。和也は有無を言わさず美佳を両腕で抱え込んだ。いわゆるお姫様抱っこの体制に美佳が「ひゃ」と声を上げたが、和也には照れるような余裕などなかった。なぜか烈火の悲鳴が聞こえたような気がした。
 後ろからひゅんひゅんと弾が飛んできた。煙幕を抜けて来た敵が銃撃を始めたのだ。足もとで赤い塗料が爆ぜ、弾が顔のすぐ横を抜けていく。美佳を抱えていたのでは銃が使えず、心臓が飛び出しそうになるのを堪えて和也は走った。
「隊長、お早く!」
 楯身もまたビルから飛び出し、和也と美佳の援護射撃を始めた。正面の奴らを放置していいのかと思ったが、今はとにかく目の前の問題を優先してビルの中へ駆け込む。次いで楯身が中へ入ろうとした瞬間、目の前で赤い飛沫が散った。
「ぐあ!」
「――っ! 楯身!」
 どうっ、と被弾した楯身が倒れる。和也は青くなった。楯身は胸と頭に一発づつ弾を喰らっていたのだ。間違いなく死亡判定だ。
「あの野郎……っ!」
 美佳を放り出して再び飛び出す。
 ――二番起動!
 二つ目の補助脳を起動。敵の銃撃を無視し、残っていた最後の煙幕弾を躊躇なく使って視界を塞ぐ。そこへバヨネットを抜き放って一気に切り込む。楯身のお返しだ――――!
「やあっ!」
 煙の中にうっすらと見えた影に向かって斬り付ける。裂帛の気合と共に放ったはずの斬激は至極あっさりと躱され、逆に反撃のハイキックが飛んできた。何とか腕で防ぐ。体重の乗った重い蹴りに腕の骨が軋みを上げる。倒れそうになるところを辛うじて踏みとどまった。
「――調子に乗るな、地球人があっ!」
 前へ一歩踏み込み、和也は手加減無しに相手の顔を拳で殴った。鼻血を噴いてよろける相手に間伐入れず肘討ち、そして止めにバヨネットの柄尻を首の後ろに叩き込む。立て続けに痛打を受けた敵は地面に倒れ、昏倒して動かなくなった。やったと思い一瞬油断した和也は次の瞬間、背後に回っていたもう一人の敵に首を絞め上げられた。
 しまった、と思ったときにはもう両腕で首がガッチリとホールドされた。足が地面から離れ、物凄い力で締め付けられる。気道が圧迫され、苦しさのあまりバヨネットを取り落としてしまう。
「が……こはっ……!」
 空気を求めて喘ぐ。何とか振りほどこうと手足をばたつかせて遮二無二暴れるも、背後の敵は鉄の支柱のように微動だにしない。目の前が暗くなる。意識が遠くなる。このまま酸素欠乏で気を失ってしまえば和也は脱落する。それで充分のはずなのに、どうしてこの男はますます絞め付ける力を強くするのだ。どうして喉の奥からゴリゴリと不吉な音がするのだ。
 ――拙い、このままじゃ首を折られる。本能的にそう思った。演習だからそんなわけないと解ってはいてもそうとしか思えなかった。このままでは本当に、確実に殺される――――
 その時、ほんの一瞬絞め付ける力が弱まった気がした。その一瞬を点いて、和也は無我夢中で首を絞める腕に歯を立てていた。腕から血が噴出し、男の太い悲鳴が上がった隙に和也は拘束から抜け出した。
「こいつ――――!」
 背後に向かって渾身の回し蹴りを見舞ったのは反射的な行動だった。敵の顔面に蹴りはクリーンヒットし、男は折れ飛んだ歯と血を撒き散らして派手に倒れこんだ。
「がはっ、はあっ、はあっ……!」
 呼吸が自由になり、空気を貪り食う。
 ――こいつ……本気で僕を殺す気だったんじゃないのか。
 嫌な汗が全身を伝い下りる。思い過ごしなどではない。本気で死の恐怖を感じた――――
 見ればこの男、体に何発か被弾していた。締め付けが弱くなったのはそのせいか……仲間のいるほうを見やると、拳銃を両手で構えた美佳が荒い息をついていた。和也はそちらへ駆け戻る。
「ありがとう美佳。おかげで助かった」
「……私は……役立たずでは……ありません」
「そうだね。美佳は充分役に立ってくれてるよ」
 何気無しに言ったのだが、気のせいか無表情な筈の美佳が少し明るい顔になった気がした。
「く……申し訳ございませぬ……」
 倒れ伏したまま、悔しさに顔を歪ませて楯身が言った。この肝心な時に脱落してしまった無念さは察するに余りある。……そうさせた責任の半分は僕にあるか。そう思った和也は楯身に詫びた。
「僕こそごめん、楯身。今後はこんな事にならないようにする」
「話は済んだか!? だったら早く手伝ってくれー!」
 烈火が必死の形相で叫ぶ。彼は一人で二本の腕と二挺の銃を使い、二方向からの敵を牽制するという器用な真似をしていた。
 和也は再び前方の敵に向き直ると同時に、楯身と敵の死体から装備を引っぺがすよう美佳に指示した。
「それを使えばまだ戦える……疲れてると思うけど、二人とも頑張って!」
 まだ諦めるわけにはいかない……奈々美ではないが、こんな所で負けられない。
「いい? みんな。僕たちはこんな所でつまづいている暇は無いんだ!」
 和也は、仲間に向かって高らかに言う。
「僕たちは少しでも早く戦場に出る! そして一日でも早く火星の後継者を叩き潰す! 僕たちの木星は汚れたテロリストの星じゃない、立派な戦士の星と証明するんだ! その為に僕たちは戦って、勝たなきゃいけないんだ!」
 我等の戦いに木星の加護を! 二人が唱和する。
 それは、今はもういない仲間たちとみんなで決めた、己を奮い立たせる戦いの言葉。
「さあ……行くぞ!」



 ふーっ……ふーっ……

 自分の息遣いがやけに耳障りだ。手や足の震えが鬱陶しくてたまらない。落ち着きなさいあたし、と奈々美は半ば倒れかけた電信柱の影で念じた。
 ズシズシと重苦しい足音が徐々に迫ってくる。足音の間隔から全く警戒しないで走り寄ってきているらしい。そのくらいは奈々美にも解る。
 こちらが有効火器を持っていないと知って、完全に舐められている。顔に余裕の笑みを浮かべるパワードスーツの搭乗者を想像した奈々美は見てなさい、と内心に呟き、足音が間近に迫った瞬間に思いっきり肩に力を込めた。
「ふんっ!」
 気合を入れる。
 戦争の影響でか半分折れかけていた電信柱は奈々美の力に抗いきれず根元近くからへし折れ、重力の虜となって電線を引きちぎりながら倒れる。まさにその瞬間曲がり角から姿を現したパワードスーツは巨大な棍棒と化した電信柱の下にその身を晒すこととなった。どしんと重い衝撃が伝わる。一瞬、勝ったと思った。
「……!」
 勝利の余韻はすぐに萎んだ。パワードスーツはコンクリート製の電信柱が倒れてきたその衝撃を、片腕で受け止めていたのだ。
「くそっ!」
 有効だと思った策があっさりと凌ぎきられた。奈々美は敵の死体を楯にしながら後退し、ライアットガンを討ち放つ。散弾は確かに命中し、パワードスーツの迷彩色の装甲に赤い花を咲かせた。
 だがパワードスーツは、そんなものは蚊に指されたほどにも感じていないとばかりに平然とした足取りで迫り、手にした巨大なライフルを構えた。
 14・5ミリ口径のライフル弾が降り注ぐ。放たれたペイント弾は尽くが楯にしている敵の死体に当たり、その死体は「やめてくれー!」と悲鳴を上げた。今はこの死体だけが、奈々美をパワードスーツの圧倒的な力から守ってくれている。
「頼む……放してくれ……」
「うるさい。死人に口無しよ!」
 半泣きで懇願する死体の後頭部を、奈々美は無慈悲に散弾銃のストックで殴る。ぐ、と鈍い声がして死体は昏倒した。
「ったく……パワードスーツ相手に散弾銃じゃ、像に豆鉄砲ね……」
 唸り、無駄と知りつつも牽制に散弾銃を撃ちつつ後退する。パワードスーツも頭に血が上っているのか、それとももう死んでいる奴の事など気に留めていないのか、お構いなしに銃を乱射してくる。それで意識が戻ったか、また死体が悲鳴を上げた。
 とにかく考えろ。どうやったら手持ちの手段で奴を倒せるか考えろ。考えろ考えろ考えろ。
 負けるのは嫌だ。勝つためにどうすればいいか考えろ――――!
 必死に勝つための知恵を絞る奈々美の頭上を、二機のエステバリスが通り過ぎていった。だが奈々美がそれに気付く事はなかった。



 サブロウタの見ている前で、リョーコの狩る赤いエステバリス・カスタムが廃墟の町を駆けていく。それに対しサブロウタは上空からありったけの火力を叩き付けた。ラピッドライフル。連射式キャノン。雨のような射撃をリョーコ機に浴びせる。
 しかしリョーコは見事なフットワークでこちらの攻撃を避けつつ、的確に射撃を返してくる。上手いと思った。ピーキーな機体を完璧に操り、乱立するビルとビルの間を縫うように駆け抜けるテクは惚れ惚れするほどだ。
「それでこそ俺の女だぜ中尉!」
『バカヤロー! いつ俺がおめえの女になった!』
 半分本気のサブロウタの言葉に、音声だけで否定の返事が返ってきた。だが今ごろリョーコの顔はあのエステバリスより真っ赤になっているのだろう。男勝りの女性だが、そういうところがこの上なく可愛く思えるのだ。
『テメー……もう勘弁しねえからな。覚悟しろよ!』
 さっとビルの陰にリョーコ機が隠れる。恐らく後を追っていると思った場所に銃を向けた時には、もう後ろに周り込まれている。最初に自分が使ったのと同じような戦法かとサブロウタは判断した。なら対処は簡単。反対側から回り込んで、背後を取ろうとする相手の頭を抑える。
「もらったぜ、中尉!」
 一本取った。確信してサブロウタは銃を向けた。
 だが、予想に反してリョーコ機の姿は無かった。と同時にスーパーエステの頭上に影が落ち、サブロウタは自分の計算ミスを悟った。
「上か!」
『もらったぜ、サブ!』
 さっきのセリフをそのまま返してやるとばかりに、ペイント弾が雨あられと降り注ぐ。
 スラスターを利用してビルの頂上へ素早く上がり、敵の頭上から攻撃するトップアタック戦法。もしこの場を『草薙の剣』の美佳が見ていれば、彼女が警告を発する間もなく攻撃を受けたあの戦法だと気が付いたはずだ。
 サブロウタもスラスター出力全開。最大速度で弾の雨を抜ける。何とかキルゾーンから逃れられたと思ったのも束の間、弾の次はイミディエッド・ナイフを振りかぶったエステバリスそのものが降ってきた。これは避けきれず、空中で衝突した二機は急速に地上へ落下し始めた。
「うわっとと……! 荒っぽい愛情表現だな!」
『黙れ、こんちくしょー!』
 リョーコ機の腕を掴み、スーパーエステの文字通り目と鼻の先でナイフを止める。そのままもつれ合いながら両者スラスターを再噴射し、地上すれすれの所を滑空する。『キャーっ!』と悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだろうと勝手に結論付ける。
 再び上昇を開始する二機。だがその時、突然スーパーエステのコクピットに耳障りな電子音が鳴り響き、『バッテリー残量、残り僅か』というウィンドウが現れた。やばい、戦闘に気を取られているうちに……! サブロウタは急いでハーリーに通信を入れる。
「ハーリー! 電源補給!」
『そこから南約一キロの地点です!』
 最低限の会話で要点を伝え合う。小型相転移エンジンと重力波ビーム照射機を積んだ専用電源車両――通称『エスカルゴ』がいる一番近い場所。そこが南約一キロの地点。いささか遠い。間に合うか?
「了解! うおりゃ―っ!」
 間に合わせる。残り少ないエネルギーを使ってスラスターを吹かし南へ強引に機体を振り向ける。曲がりきれずにビルに激突し、重力波アンテナが一本へし折れたが方向転換には成功した。パワーが低下し、ナイフを押さえる手が徐々に力を失い始める。早く来い、早く……!
「っと来たあ!」
 重力波ビームの受信距離に入った。残った二つのアンテナがビームを受け取り、スーパーエステに力が蘇る。サブロウタは即座にフルパワーでリョーコ機を機体から引き剥がし、再び射撃戦の構えに入る。
「まだまだ、これからだぜ中尉!」
『へっ! 望むところだ!』
 まだまだ、勝負が付く風情は無い。



 奈々美は肝を冷やした。二機のエステバリスが全速で突っ込んでくる!? 奈々美も、パワードスーツもそれを避けようと横へ飛び退く。すぐ傍を二機のエステバリスが嵐のように通過し、思わず「キャーっ!」と悲鳴を上げてしまった。
 思わぬ邪魔に憤慨しながらも立ち上がった時、奈々美ははっとした。楯にしていた死体がいつのまにか遠くにいる――――
「ちょっと! 死体が逃げるんじゃないわよ!」
「俺は不死身だ!」
 意味不明な事を口走りながら、死体は遠くへ走り去ってしまった。
 ……なんてこと。と奈々美は愕然とした。あれが無くなったらもう身を守る物が無い……
「畜生……! なんであいつらはあたしの邪魔をするのよ!」
 怒り心頭の形相で奈々美は吐き捨てる。だがそれで状況が良くなるわけも無い。裸同然になった奈々美に、容赦無くパワードスーツの銃口が向けられる。奈々美はこの場で取れる唯一の選択――――逃げに入った。
「くそっ、くそっ……!」
 もはや無我夢中で散弾銃を乱射する。意味が無いと知っていながら撃ち続け、やがて弾の尽きたそれを放り投げた。
 パワードスーツは落ち着いた動作で銃を操作し、無反動砲に弾を込める。拙い、奈々美はとにかく走って、逃げた。背後で無反動砲が火を噴く。死神の笛の音が迫ってくる――――!
「ひっ――――」
 引きつった声が漏れ、乗り捨ててあった車の裏へ転げ込むようにして隠れる。至近で砲弾が炸裂し、爆風で一瞬体が持ち上がった気がした。何とか逃げようとしたが、再び始まった掃射に出るに出られない。
 なんて無様な格好よ……結局、また逃げ回ってるだけじゃない……!
 ラピッドライフルの連射音が聞こえる。上空を赤と青のエステバリスが飛び去っていった。あの赤いのはスバル・リョーコのエステバリス・カスタム。
 速い……あれがエースの戦いかと思った。あの女は、自分たちをいいように追いまわしたあの青いのと互角以上に渡り合っていた。悔しいがケタが違う……そう認めざるを得なかった。
 糞だ。負けたくないと意地を張った、その結果がこれでは世話は無い。
 また負けるのか? あたしは……あいつらより弱いのか?
 嫌だ。
 そんなのは嫌だ。
 他人に負けるなんて嫌だ。
 あたしは強いはずなのに負けるなんて嫌だ。
 人より弱いと認めるなんて嫌だ。
 人に恐怖するなんて嫌だ。
 またあんな屈辱を味わうなんて嫌だ……!
「ん……?」
 不意にコミュニケが鳴った。「誰?」と応じた声は自分でも落胆するほど弱々しかった。
『よう。ヒヨッコちゃん。元気かい?』
「その声は……スバル中尉……」
 予想だにしない相手からの通信に、奈々美は少し驚いた。この女、今も戦っている真っ最中のはずなのに。
『リョーコでいいよ。しかしまぁ、その様子だとだいぶ苦労してるみてえだな』
「……なによ。あたしを嘲笑わらうためにわざわざ通信したわけ?」
 強い奴はいいわね。と奈々美は言った。いつもそうだ。強い者は弱い者を見下し……虐げる。そうされないためには、結局強い者の側に入るしかない。世の中なんてそんなものだ。
『おやおや、あたしは強いから負けやしないなんて言ってた人が、随分と甘ったれた事を言うもんだ』
「……!」
 かっ、と頭に血が上った。
「何よ! あたしだってちゃんとした武器さえあれば、あんな奴……!」
『へえ、勝てないのは武器が無いせいだってか。つまり武器が無いと、お前は弱いんだな』
「そんな事……! あたしは強いわよ!」
『なら勝ってみせな。武器が無いなら知恵を絞れ。何も出てこないかも知れねえけどな。はっははは!』
 一方的に通信が切れる。
「ちっくしょう……! 好き放題言ってくれちゃって!」
 あんな奴に負けたくない。敵にも、リョーコにも負けたくない……!
 どうする? パワードスーツに勝つ方法。武器じゃなくて何か……何か他に方法は……
「……武器?」
 ふと、自分の両手を凝視する。
 いままで奈々美は、元々不得手な射撃戦ばかりに終始していた。敵の銃撃が的確すぎて、とても接近戦なんて出来なかったから。
 でもあの時――――奈々美一人でベテラン兵士三人を相手取った、あの戦い方はなんだった?
 ……肝心な事を忘れていた。
 隠れていた車の下に手を入れ、ぐっと力を込める。そう。あたしは腕力強化型の生体兵器。あたしの一番の武器はこれだった……!
「この力が、あたしの武器よ!」
 奈々美の腕に組み込まれた人口筋肉は、演習開始以来初めてその力をフルに発揮した。車が壁のように立ち上がり、奈々美を守る楯となる。
 カンカンと車にペイント弾の爆ぜる音がするが、もう恐怖など空の彼方へ吹き飛んだ。大きく足を踏み出し、車を押して前進する。パワードスーツは狂ったように撃ってくるが、車が全て受け止めた。脅えるな、進め、進め、進め――――行け!
 ガン! と硬い音がして、パワードスーツと車が衝突した。奈々美は車の後ろから飛び出し、無防備になったパワードスーツの胴へ力任せに拳を叩き込んだ。巨体が僅かに傾ぐ。続けてもう一発、さらにもう一発。連続して拳を叩き込み、それは徐々に速さを増していく。
「倒れろっ、倒れろっ、倒れろぉ――――――!」
 一撃ごとに鋼鉄の巨体が傾ぎ、圧倒的な力を振るっていたパワードスーツが後退する。その威力は奈々美にも跳ね返り、拳の皮が破けて血が噴き出し、骨が悲鳴を上げる。それでも奈々美は拳打を止めない。
「うあああああああああ―――――――っ!」
 咆え、血塗れになった拳を渾身の力で叩きつける。パワードスーツの巨体が大きく傾き、重力に引っ張られたそれは地響きを立てて倒れた。度重なる衝撃は中の人間を気絶させ、その時点で勝負が決まった。
 ――勝った……
 力無くへたり込み、奈々美は呆然と呟いた。両手はもうボロボロ。皮は戦闘服の手袋もろとも完全に破けて赤い肉が見えていたし、たぶん骨も何箇所か骨折している。これでは直さなければ使い物にならない……
 まあ、この程度で済めばまだましと思うことにした。補強された腕だからこそ、この程度で済んだのであって、普通の腕なら切断を余儀なくされるほどのダメージだったはずだ。
 もう戦う気力も体力もなかった。もういいやと仰向けに倒れこむ。上空ではリョーコの赤いエステバリスとあの青いエステバリスとが尚も空戦を続けていた。
「なんか結局、あの女に助けられたって感じね……」
 ふん、と面白く無さそうに鼻を鳴らす。リョーコが尻を叩いてくれなければ、奈々美は勝てなかったろう。そう認めるしかない。それが面白くない。
「……礼は言わないわよ」



 カチカチッ、と虚しい音を立てて和也のアルザコンが沈黙した。懐を探り、求めた物が何も無いのを知って役立たずになったアルザコンを捨てた。
「くそっ! 弾が切れた。二人とも弾はあと何発ある?」
「俺はもうこれで最後だ!」
「……私も、もう弾薬が尽きます」
 美佳も烈火も芳しくない。この場に居ない奈々美と美雪は行方が知れない。これ以上抵抗しても無駄か。
「もうこれまで……かな。やられる前に投降するか?」
「本当は嫌だが……しょうがないんでねえの?」
 なげやりな態度で、烈火。
「……私たちは、もう充分に良く戦ったと思います」
 いつも通りの抑揚のない口調で美佳が言う。
 悔しいがここが限界だ。一応緒戦で四人仕留め、ここでも最低三人倒した。少なくとも点数の上ではそれなりの評価はもらえるだろう……そう考えた和也はここで投降する事にした。戦死よりはましだ。
「しかし、結局こっちも二人死んだか……」
 オオイソで火星の後継者と戦った時は、生体兵器の能力さえあれば何とかなると思ったが……これでは、先が思いやられる。
「俺達はまだ弱ええ。もっと強くならなきゃな」
 そう、烈火。
「そうだね。僕たちの目的のため……そして、みんなで生き残るために……」
「和也さん。攻撃がなくなって敵が接近してきています。投降するなら早く」
 美佳に言われ、おっといけない、と和也は敵に手を振り、投降の意思を伝えようとした。
 その時、何の前触れもなく突き上げるような衝撃が和也達を襲った。突然の揺れに思わず手をつく。
「うわっ!? な、何だ!?」
「じ、地震か?」
「……そんなはずはありません。ここは海の上に浮いている島です……」
 そうしている間にも衝撃は断続的に襲ってくる。和也達の周りでミシミシと不吉な音がし、地震の事など考えなくて良かったはずの支柱に亀裂が入る。――――まずい、このままじゃビルが倒壊する!
「危険だ、外へ!」
 衝撃に足を取られながらも外へ飛び出す。弾は飛んでこなかった。宇宙軍部隊も突然の事態にそれどころではない。次の瞬間、轟音を立てて和也達の隠れていたビルの一階部分が押し潰された。
 崩壊はそれだけに留まらなかった。倒壊したビルを中心として道路に亀裂が走り、まるで巨大なシーソーのように道路が立ち上がった。
「う、うわわわわわ……!」
 のたうつ道路に足を取られる。崩壊した道路や建物は地の底へ落ち込んでいく。このままでは命が危ない。
「えいや!」
 無我夢中でジャンプする。それによって和也はなんとか無事な道路に掴まる事が出来たが、飛ぶタイミングを逸した烈火と美佳はそのまま崩壊の中に飲み込まれていった。

「美佳! 烈火――――っ!」

 和也はあらん限りの声で叫んだ。
 しかしその叫びは崩壊の轟音にかき消され、他の誰にも、届く事はなかった。










あとがき

 演習での戦闘はこれで終了。そして緊急事態発生でした。

 前中後編と、計100KB以上を費やしてようやく奈々美の話が終わりました。本当はもっとスパッと短く終わる予定だったのですが、戦闘を二つも三つも同時進行させた結果こんなに時間と行数が……しかもそのせいで肝心の奈々美の描写が少ない気もするし……まだ精進が必要ですね。

 奈々美はとにかく意地と根性でパワードスーツに勝ちましたが、『草薙の剣』は隊としては負けです。特殊能力を持つ新兵対普通のベテラン兵士ではこんなものかと。まあ彼らもそれなりに奮闘して五人程度の戦果を挙げましたので、痛み分けと言った所でしょうか。

 今回は「承」を経て「転」の始まりまでといったところです。次回で「転」から「結」へ至ります。「転」がまた伸びる可能性もありますが。

 それでは、また次回お会いしましょう。



圧縮教授のSS的愛情




・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も活きのいいチェーンガンSSが入っての、今検分しておるところじゃ。


さて、今回で『草薙の剣』成長のための敗北編ひとまず終了、と言ったところかのう。

各々が手痛い《負け》から何を学んだのか、それは今後語られて行くのじゃろう。

逆切れパワーで辛勝した奈々美のその後にも注目じゃな。特にこの娘の場合、本人の解釈次第でどうとでも転ぶ『糧』であるからして。



閑話休題、今回の構成について少々語らせて貰おうかの?

ハッキリ言わせてもらえば、分散してからの和也組の描写は今回不要じゃったな。

奈々美側にサブとリョーコを乱入させる上で必要じゃったのじゃろうが、その辺の事情説明は後回しでも然程問題にはならないぞ。

どうしても触れて置きたければ、例えば以下のようなやり取りを挿入するのも一手じゃ。


「ヒュ〜ゥ。やっぱガキ共追い回してるより中尉とデートしてる方が断然いいねぇ。てか、さっき邪魔したのって実はじぇらしー?」
「うるせぇ黙れ真面目にやれ!!」


この場では何のことか解らなくても、後から和也側を描写した時に「ああ、あの時の台詞」と思わせられれば、ちょっとした伏線になるぞ。

どうじゃな? 今回のように分散した場面同士の相互影響が薄い時には、思い切って話を分割してしまうのもテクニックの一つじゃ。

何もかも同時に行うことは難しい。捨てる勇気があればベストじゃが、踏ん切りが付かない時は「後回し」と自分を納得させるのも良い。

迷って筆が止まってしまうより、折り合いをつけて少しずつ上を目指して行く方が正しいと、儂は思うよ。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。