機動戦艦ナデシコSS Rebellion 〜因果を超えし叛逆者〜 Episode:03 反乱、或いは当然の成り行き 「へぇ、美味いじゃないか。これなら、安心して厨房を任せられるよ。」 ナデシコが無事に出港してから、アキトはもう一つの職場である食堂で早速働き始めた。 そして、腕を見る為に作った料理を食べたホウメイの最初の言葉が、冒頭の台詞であった。 「凄い、美味しい・・・」 「うん、ホウメイさんにも負けないかも。」 「・・・こんな料理を何時も食べられてたなんて・・・ラピスちゃんが羨ましいなぁ。」 「ホウメイさんとテンカワさんの二人なら、其処らへんの一流どころのシェフが数人集まっ ても負けないですよね。」 「うう、食堂で働けてよかったぁ〜」 まかないも兼ねて作っていた為、食堂のテーブルの一角で、ホウメイガールズの5人も、 アキトの料理に舌鼓を打っている。どうやら、アキトの料理はかなり好評らしい。 「俺なんてまだまだだと思いますけど・・・そう言って貰えるのは、素直に嬉しいですよ。」 そう言って微笑むアキト。嘗ては料理人としての自分を諦めなければならなかったとは言 え、料理が好きであるという気持ちまでは消せなかった。そんな事もあって、この時代に 来て以来、アキトは毎日のように料理の練習をしていた。それこそ、肉体を鍛える為のト レーニングと同じ位の量の練習をこなしていたのだ。その所為か、今のアキトの料理の腕 前は、以前とは比べ物にならないほど上達している。ホウメイガールズの言葉ではないが、 今のアキトならばホウメイと比べても、何ら遜色ないであろう。 「まぁ何にせよ、今日の所はあがりでいいよ。戦闘をこなした後で疲れているだろうし、荷 物の整理なんかもあるだろうしね。」 「・・・そうですね、それじゃ今日は先にあがらせて貰います。」 そう言ってエプロンを外し、厨房を出て行くアキト。そんなアキトを、ホウメイは感心し たような目付きで、ホウメイガールズは惚けたような表情で見送っていた。 アキトが自室へ帰ってくると、部屋の前に人が立っている事に気が付いた。一瞬背の高さ からラピスかとも思ったが、ラピスならば部屋の前で待つなどという事はせず、さっさと 部屋の中に入っている筈である。一瞬怪訝な表情になるアキト。そして、立っているのが ルリであると認識すると、更にその困惑の度合いを強めた。 「ルっ・・・ホシノ・・・さん?」 一瞬『ルリちゃん』と呼びそうになる自分を制御し、一応無難な呼び掛け方に変える。既 に自己紹介を済ませたメグミ達を、嘗ての呼び方で呼ぶのは問題無いだろう。だが、この 時代ではまだルリとはまともに話していない。それ故、いきなり馴れ馴れしい呼び方をす るのも気が引けたし、何よりルリの方も戸惑うだろう。其処まで考え、アキトはますます 困惑する。今の所、ルリが自分に会いに来る要素は無い筈である。嘗ての時間軸では、今 頃のルリは、まだ自分と言うものを押し隠していたのだから。アキトが戸惑いを隠し切れ ないでいると、俯いていたルリが顔をあげた。その顔に、優しげな微笑を浮かべて。 「・・・くすっ、そんなに無理に他人行儀にする事は無いですよ、アキトさん。」 「!?ルリ・・・ちゃん?」 「ええ、私は『あの』ルリです。」 「・・・一体、何がどうなっているんだ?」 「それについては、ラピスも交えて話しましょう。お部屋、入っても宜しいですか?」 「そう・・・だね。それじゃ、入って。」 ドアを開け、ルリを招き入れる。話す内容が内容だけに、周囲の気配を探り、誰も近くに いない事を確かめると、自分も部屋に入り、ドアをロックした。 「ルリも、時間を移動したの?何で?」 取り敢えずの事情を説明すると、ラピスは当然の様に質問を浴びせ掛けた。勿論、それは アキトも聞きたかった事だ。その質問に対し、ルリは自分も若干首を傾げながら答える。 「実は、私も良く解らないのですが・・・。ユリカさんの御葬式の後、私はアキトさんを追う 傍ら、遺跡の解析を行っていました。アトランダムにターゲットを追ってジャンプするア キトさんを追う為です。勿論、イネスさんやハーリー君にも手伝って貰ってたのです が・・・。」 そこで、思い出すように少し目を閉じ、そして続きを語るルリ。 「・・・ある日、休憩の為イネスさん達が遺跡を離れた後も、私は一人計測と解析を続けてい ました。その時、突然遺跡が凄まじい光を発したかと思った次の瞬間、私は何かに引き摺 られるようにして、ボソンジャンプを行っていたんです。自分でも驚きましたよ。気が付 いたらこの格好になっていて、ナデシコのオペレーターシートに座っていたんですから。」 其処まで言って、溜息を付くルリ。それはそうだろう。訳も解らないままに、過去に遡っ てしまったのだから。アキト達とて同じ立場ではあるが、彼等の場合は一人ではなかった。 原理は不明ではあるが、この時代に来てもアキトとラピスのリンクは切れなかったのであ る。それ故、話そうと思えば何時でも話せる相手がいた。だが、ルリにはそれは出来なか った。随分と戸惑ったであろう事は、想像するに難くない。先程の溜息は、それを思い出 してのものであろう。 「・・・アイちゃんの時と、同じケースと考えても良いのかな・・・?」 「?アキト、アイちゃんの時って?」 アキトが小さく呟いたのを、ラピスが聞きとがめる。その台詞で思い当たる節があったの か、ルリは納得顔で頷いた。 「ああ、いや・・・前にもね、俺のジャンプに引き摺られて過去に跳んでしまった女の子がい るんだ。その子がアイちゃん・・・つまりは、イネスさんなんだ。」 「ふ〜ん・・・そんな事があったんだ。じゃぁ、ルリも私達のジャンプに引っ張られて、この 時代に来たの?」 「確証は無いが・・・そうとしか思えない。・・・すまない、ルリちゃん。君まで巻き込んでしま って・・・」 悲痛な表情で、ルリに対して謝るアキト。別段巻き込むつもりで巻き込んだ訳ではないの だが、発端となったのはアキト達のジャンプである。その為、アキトはルリに謝ったのだ が・・・ルリは少しだけ寂しそうな表情で、アキトの頬に手を触れた。その手の感触に、アキ トが顔を上げる。 「・・・ルリちゃん?」 「ちゃんと・・・触れる事が出来る場所に居るんですよね?こうやって、触れる事が出来るの を、どれほど望んだ事か・・・」 言葉を紡ぐにつれ、ルリの表情を彩る感情が、寂しさから哀しさに変わっていく。 「・・・あの事故以来・・・私は、ずっと貴方やユリカさんを求め続けて居ました。貴方達の、優 しさや温かさを・・・。私は、一人で居られるほど・・・強くはなれません・・・戦いが終わった後 だって、私はずっと貴方を求めていました・・・。でも・・・貴方は手の届かない所に行ってし まった・・・ユリカさんも・・・」 声に熱が篭り、そして・・・その両目に、涙が浮かぶ。 「・・・私は、こうやって貴方に触れる事が出来る場所に来れた・・・それだけで、十分過ぎるほ どに嬉しいんです。だから・・・謝らないで下さい。巻き込んだなんて言わないで下さい。」 「ルリちゃん・・・」 「今この時代でアキトさんが何をなさるのか、大体わかっているつもりです。私だって、あ んな未来、変える事が出来るのなら変えたいです。ですから・・・一緒に頑張りましょう?巻 き込んだとか如何とかではなく・・・。駄目ですか?」 涙を堪えた潤んだ瞳で、自分より高い位置にあるアキトの顔を覗き込む。嘗ては封じ込め、 そしてこの時代に来て、解き放たれた自分の想いの有りっ丈を込めて・・・。 「・・・そうまで言われて、駄目だなんて言えないよ。そうだね・・・あの未来を否定する者同士、 一緒に頑張ろうか。」 「・・・ハイッ!」 満面の笑み。まさにそうとしか言い様の無い笑顔を浮べ、ルリは頷く。アキトも、そして ラピスも、同じように笑みを浮べていた。それは、同じ時を過ごした者だけが持ち得る共 感。同じ決意を抱いているが故の微笑みであった。 「そう言えば、アキトさん。そろそろムネタケさんが反乱を起こす時期じゃないですか?」 あの後、他愛も無い会話で盛り上がっていた3人だが、ふと思い出したようにルリが呟い た。アキトも、そう言えばといった表情で頷く。 「そう言えば、あったな・・・そんな事が。」 「如何動くの?」 「・・・取り敢えず、ルリちゃんは一旦ブリッジの方に行ってくれるかい?ラピスは、食堂で 待機していて欲しい。」 「アキトさんは、如何なさるおつもりですか?」 ルリの問い掛けに、アキトは一枚のディスクを取り出しながら、微笑む。 「俺はこの後の事態の打開の為に動く。ルリちゃん、悪いんだけどジュンを呼び出して貰え るかな?出来るだけ人気の無い所・・・そうだな、倉庫の近くに、使われていない部屋があっ たな、其処に。出来るだけ早くね。」 「はぁ、それは構いませんが・・・何をするつもりですか?」 「それは後のお楽しみだ。それじゃ、頼んだよ。」 そう言うと、アキトはさっさと部屋を出て行ってしまった。後に残されたルリとラピスは、 困惑顔を見合わせるのであった。 「えっと、指定されたのはこの部屋だよな?テンカワ、居るのかい?」 薄暗い部屋に入りながら、呼びかけるジュン。使われていないから、明かりが付かない為、 視界が悪い事この上ない。と、それまで全く人の気配のしなかった場所に、音も無くアキ トが姿をあらわした。 「随分早かったな?」 「うわぁっ!?い、一体何処に隠れてたんだ!?」 「・・・何を馬鹿な事を言っている。俺は隠れてなど居ない。ずっと此処に居たぞ?」 「え?でも、確かに・・・」 その先の言葉を続けられず、黙り込んでしまうジュン。そんなジュンに対し、アキトは苦 笑混じりに話し掛ける。 「フッ・・・種を明かすと、俺は気配を消して此処に立っていたんだよ。人にその姿を認識さ せないほどに気配を殺す事など、俺には容易いからな。」 「はぁ・・・って、そんな事を言う為に僕を呼んだんじゃないんだろう?一体何の用があっ て・・・」 「・・・ジュン、お前はユリカが好きか?」 いきなりアキトの口を突いて出た言葉に、一瞬呆気に取られるジュン。が、直ぐに気を取 り直す。 「なっ、一体何を言っているんだ、君は!?」 「言いから答えろ。お前は・・・自分の全てを擲ってでも、ユリカの為に戦えると誓えるか?」 切り裂くような圧迫感が、アキトから放たれる。−試されている−ジュンは直感的にそれ を悟った。一体何の目的かは解らないが、自分はこの青年に試されているのだ。自分とほ ぼ同じ年であろう青年が、一体如何すればこれ程のプレッシャーを発する事が出来るの か・・・それはさっぱり見当もつかなかったが、そんな事を気にする余裕さえなかった。ジュ ンは逃げ出さないようにするだけで、精一杯だったのだから。押し潰されそうになる自分 を叱咤し、何とか声を絞り出す。 「・・・・・・ぼ・・・僕は・・・・・・ユリカの為なら・・・・・・戦える・・・・・・!」 それだけしか言えなかった。だが、ジュンにとって心からの言葉でもあった。そして・・・不 意にアキトから発せられるプレシャーが消え失せる。 「!っ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」 「・・・合格だ。」 「い・・・一体・・・何が合格だって・・・」 「俺はお前を・・・ジュンを信じる事にした。そう言う事だ。」 それだけを言い、ジュンの息が整うのを待つアキト。ジュンが落ち着いたのは、それから 2分後であった。 「それで・・・僕に一体何をさせようって言うんだ?」 「・・・結論から言う。ジュン、このナデシコを降りろ。」 「!?」 いきなりの言葉に、唖然とするジュン。そのジュンに、アキトは一枚のディスクを見せる。 「そして、連合軍の中で、お前が信頼出来ると思った人物に・・・このディスクを渡して欲し い。」 「一体、何を言って・・・」 「今から数時間以内に、ムネタケが反乱を起こす。このナデシコを軍が徴収する為にな。」 「なっ、反乱って・・・そ、それに、軍が徴収と言ったって、ナデシコの事はネルガルと話が ついている筈じゃ・・・」 次々と突きつけられる言葉に、ジュンは軽いパニック状態に陥っている。だが、アキトは それを無視して言葉を続けた。 「今の腐った連合軍が、ナデシコのような有用な兵器を見逃す訳が無いだろう?奴らは必ず 仕掛けてくる。・・・そんな事は、お前の方が良く解っている筈だ。」 「それはっ・・・・・・いや、君の言う通りだ。今の連合軍で、まともだと思える人は・・・ホンの 一握りしかいない。殆どは自己の欲を満たす事や、保身しか考えないような人ばかりだ。」 「そうだな。だが、だからと言って、だ。俺としては・・・いや、ネルガルとしては、この先 軍に要らんちょっかいをかけられるのを、黙って見過ごすつもりは無い。そこで、お前に は軍とのパイプ役になって貰いたい。目障りな軍部を黙らせる為の切り札が、このディス クに収められている。恐らくムネタケの反乱を合図に、軍が交渉の為に接触してくる筈だ。 その際に、お前からこいつを信頼できる人物に渡してほしい。それが済んだら、第3防衛 ラインからナデシコに帰って来れば良い。あそこにはデルフィニウムが配備されているか ら、それを使えば問題なく戻ってこれる筈だ。その程度の配備変えは受け容れて貰える筈 だしな。まぁIFSを使用する為のナノマシンを投与する事になるが・・・それ位は我慢して 貰えるだろう?」 「・・・大体話は解った。だけど、何故僕なんだ?君の話からすると、軍は一度ナデシコ・・・と 言うより、ネルガルと交渉の場を持つのだろう?なら、君か・・・或いはプロス氏辺りから渡 せば良いじゃないか。」 アキトの話を吟味した上で、ジュンはそう言う。決して、重荷を背負い込みたくないが故 の、逃げの為の台詞ではない。それを理解したアキトは、自分の見立てが間違っていない 事を知った。 「・・・それじゃ意味が無いんだよ。ネルガルからこいつを軍に渡すと、それはある種の脅迫 となってしまう。今軍との間にある溝を深める訳には行かない。あくまで現状の位置関係 を保ちつつ、この先軍のちょっかいを封じる為に、軍人の手でこいつを渡して貰う必要が ある。」 「・・・例えそうだとしても、何故僕を選ぶ?自分で言うのも何だけど、僕は何の取り柄も無 い、唯の下っ端だ。僕なんかに頼むより、提督辺りに頼んだ方が・・・」 俯きつつ、ジュンはそう言う。そんなジュンの様子に、アキトは溜息をつく。 「フゥ・・・良いか、ジュン。お前は自分に何の取り柄も無いというが・・・俺はそうは思わない ぞ?」 「?」 「お前には、何物にも変え難い才能があるじゃないか。『決して諦めない』と言う才能が。 或いは・・・『努力する』才能と言った方が良いかな?」 アキトの言葉に、呆けるジュン。そんな事を言われたのは初めてなのだろう。アキトは言 葉を続けた。 「確かに、お前にはユリカのような戦術眼も無ければミナトさんのような優れた操舵技能も 無い。機動兵器の操縦など論外だし、白兵戦の能力にしても俺やゴートさんに劣る。だが・・・ お前はそこで諦めたか?諦めなかったからこそ、頑張ったからこそ、お前は此処に居るん だろう?忘れたのか?ナデシコに乗る為には、『一流』でなければならないんだぜ?」 「それは・・・」 「先天的な才能が無い?それが如何した。才能が無いなら、努力で補えばいい。事実、お前 はそうして来たんだろう?何故それを認められない?解っている筈だ。才能なんてのは、 努力する事を諦めた者が、逃げる事を正当化する為の方便に過ぎないってな。」 アキトの言う通りである。実際の所、ジュンの軍内部での評価は決して低くない。捉え所 の無いユリカより、総合的には高い場合もある位だ。ジュン自身は意識していないが、ジ ュンの実力はかなり高いのである。 「僕は・・・・・・」 「認めてやれよ、自分を。信じてやれよ、諦めない自分を、さ。お前に必要なのは能力でも なければ才能でもない。自分への自信、そして、誇りだ。」 「自信と・・・誇り・・・」 俯き、アキトの言葉を反芻するジュン。アキトは黙ってジュンを見守っていた。暫しの静 寂。そして、ジュンが俯いていた顔を上げた。決意の表情を浮べて。 「・・・はっきり言う。僕は・・・まだ自分を信じる事が出来ない。だけど・・・いや、だからこそ・・・ 出きる事から始めようと思う。僕は・・・何時だってそうして来たんだから。」 「・・・決心は付いたか?」 「うん。君の言う通り、軍とのパイプ役、見事務めて見せるよ。それをこなす事が出来れば・・・ 次にナデシコに戻ってくる時は、もう少し自分に自信が持てるようになっている気がする んだ。・・・可笑しいかな?」 「フッ・・・それで良いんだよ。例え一歩ずつでも、前に進む事は決して無駄な事なんかじゃ ない。ましてや、可笑しな事なんかじゃ、決して無い。」 ジュンに微笑みかけながら、アキトはディスクを手渡す。それこそが、アキトのジュンへ の信頼の証。受け取ったディスクは、何故かとても重く思えた。 「・・・何故君がユリカや皆に好かれるのか・・・何となく、解った気がするよ。」 「ん?何か言ったか?」 「い〜や、別に。それじゃ、僕はブリッジに戻るよ。」 「ああ。」 踵を返し、部屋を出るジュン。それより少し間を置いて、アキトも部屋を出る。そして、 部屋の外で待っていたルリとラピスを見つける。 「・・・盗み聞きは行儀悪いぞ、二人とも。」 「ごめんなさい。でも、アキトが気になったから・・・」 「それに、ジュンさんに何をなさるつもりか気になりましたから。」 謝りつつも、譲ろうとしない二人に、アキトは苦笑する。本来なら叱るべきなのかも知れ ないが、二人の行為が自分を思っての事だと思うと、叱る気も失せる。結局アキトは苦笑 するだけで、叱る事はしなかった。 「フゥ・・・全く・・・。」 「でも、ちょっと驚きました。ジュンさんを説得なさるなんて・・・」 「・・・バリア衛星突破時の為の細工も兼ねて、な。ジュンは、本来もっと頼られても良い位 の能力は持ってるんだ。それなのに、周りのバカがユリカと比べる事しかしなかった所為 で、自分の能力に自信が持てなかったんだよ。これからナデシコは数々の難題をこなさな ければならない。信頼できる能力を持った仲間は、一人でも多い方が良いからな。」 そう言って、ジュンが立ち去った方向を優しい目で見るアキト。アキトにそのケがない事 は解っているが、ルリやラピスとしては面白くない。ジュンが立ち去った方向を、二人は 何時までも恨めしそうに見遣っていた。 そうこうする内に、ムネタケの反乱が起きる時刻となった。だが、ムネタケ自身は知らな い事なのだが、彼の身近な部下以外は全て取り押さえられている。ルリ、ラピスと言う二 人の電子の妖精を従えるアキトにとって、艦内の怪しい動きを察知するのは難しい事では なかったし、プロスとゴートと言う諜報戦のプロも居る。おまけに、ムネタケの部下にな っているのは3流もいいところの軍人である。鎮圧は、あまりに呆気なく終わった。後は、 主犯であるムネタケを押えるだけである。尚、重ねて言うが、ムネタケはこの事実を知ら ないのである。・・・全くもって、間抜けた話ではあるが・・・。 「そうは行かないわよ!」 プロスがナデシコの目的が火星である事を話した時、ムネタケが数名の部下と共にブリッ ジに雪崩れ込んでくる。・・・が、誰一人として慌てたりしていない。 「この船は、軍が徴収させて貰うわ。・・・?何だか、随分と大人しいわね?もっと抵抗され るかと思ったんだけど。」 思惑が外れ、いぶかしむムネタケ。部下達も、銃を構えたままで困惑している。ブリッジ クルーはと言えば、皆一様に白けた視線を向けるだけである。実は、今回の襲撃はコミュ ニケを使って、全員に報せてあるのだ。勿論、ムネタケの手勢を除いて、であるが。ムネ タケがブリッジに来る事も、既に周知の事実である。正に、知らぬは当人ばかり、と言っ た状態なのだ。 「・・・何よ、あんた達のその目は!?あたし達は銃を持っているのよ!?もっと怯えなさい よ!」 「・・・憐れだな、お前は。自分が優位に立たなければ何も出来ないか?」 「誰!?」 声のする方に、銃を向けるムネタケ。銃口の先では、アキトとサユリが、岡持ちらしきも のを持って立っている。 「注文の品を持って来たよ。ユリカとルリちゃん、ラピス、プロスさんはテンカワ特製ラー メンね。フクベ提督とゴートさんはシーフードチャーハン。」 「メグミさんとミナトさんはサンドイッチセットですよね。ジュンさんは御握り・・・で良い んですよね?」 其々確認しつつ、料理を渡していく。二人とも、いやブリッジの全員がムネタケ達を無視 していた。 「あ・・・あんた達!何和んでんのよ!?」 ムネタケが喚くが、誰一人として反応しない。寧ろ、更に和やかムードを高めている。宛 ら、どこかの学校の昼休み時みたいである。 「あ、そのラーメン美味そう・・・。」 「勿論美味しいよ。アキトのラーメンは絶品だから♪」 「ねぇルリルリ、一つ上げるから、一口貰って良い?」 「ええ、構いませんよ。ハイ、どうぞ。」 「おや、炒飯も美味しそうですねぇ。これはテンカワさんの?」 「ええ、ホウメイさんは夕飯の仕込みがありますからね。出前の品は全部俺が作りました。」 「ふむ・・・海鮮素材の旨味がしっかり効いている。食材は何処で調達したのだ?」 「あ、ホウメイさんが自前で揃えたって言ってましたよ。何でも、資材搬入の時に、市場か ら直接仕入れて来たとか。」 「うむ、美味い。」 「喜んで貰えて嬉しいですよ、フクベ提督。あ、お茶いります?」 「ジュン君、お握りだけでお腹空かない?何なら、私のラーメン少し分けてあげようか?」 「大丈夫だよ、ユリカ。御握りだけでも、結構お腹は膨れるんだよ。それに、テンカワの御 握りは美味しいしね。」 等など。因みに、台詞は上からメグミ、ラピス、ミナト、ルリ、プロス、アキト、ゴート、 サユリ、フクベ提督、再びアキト、ユリカ、ジュン、である。完全にムネタケを舐めきっ ている。と言うか、端から相手にしていない。そんな彼等の態度に、遂にムネタケが切れ た。 「あんた達っ、いい加減にしなさいっ!!」 叫び、銃を天井に向けて撃とうとする。・・・が、引き金を引こうとして、手に何も握られて いない事に気が付いた。 「え?あら?」 「・・・探し物はこれか?」 「!!?」 冷たい言葉と共に、首筋に突きつけられる銃口。何とか視線を動かし、自分の後ろに立つ アキトを視界の端に収める。 「・・・何時の間に?」 「つい今し方。お前の金切り声は飯を不味くする。少し黙れ。」 「だ、黙るのはあんたの方よ!私の部下が目に「入ってないのはお前の方だろう?」 「何を・・・ひっ!?」 怒鳴りかけた声をアキトに遮られ、思わず周囲を見回す。と、自分の足元に、ピクリとも 動かない部下が4人、倒れ伏している。一瞬死んでいるのかと思ったが、気絶しているだ けのようだ。 「殺した方が楽なんだがな・・・皆に血を見せるのも躊躇われる。取り敢えず、眠ってもらう だけにしておいたよ。」 「あ、あ、あんたね・・・そんな事していいのかしら?今頃私の部下達「も、捕まっているよ。 証拠を見せようか?」 そう言うなり、コミュニケを操作する。 「格納庫、ウリバタケさん?」 『おう、此方格納庫だ。言われたとおり、あの馬鹿どもは空いてるコンテナに突っ込んで るぜ』 そう言うウリバタケの背後に、雁字搦めにされたムネタケの部下が転がっている。それを 担ぎ上げてコンテナに放り投げているのは、ウリバタケの部下の整備班達だ。因みに、そ の横でフィリアがアキトに手を振っているのはご愛嬌か。 「続いて食堂だ。ホウメイさん?」 『あいよ。テンカワ、サユリも、早く戻っておくれよ?これからが忙しい時間なんだから。』 そう言って笑うホウメイの背後に、やはり雁字搦めにされたムネタケの部下が数名転がっ ている。それを格納庫から派遣されてきた整備班の男性陣が、引き摺りながら運んでいる。 「・・・何なら、他の部署も見せようか?」 「嘘・・・嘘よ・・・」 「・・・普通俺達が食堂から料理を運んできた時点で、おかしいと思わないかねぇ?まぁ良い、 お前も暫く眠っていろ。」 首筋を、手刀で軽く打ち据える。と、ムネタケは音も無く崩れ落ちる。それを見計らうよ うに、ブリッジに整備班が数名入ってきた。 「ちわー、整備班から出張にきました。荷物は何処ですか?」 「ご苦労様。全部で5人だけど・・・大丈夫か?」 「ええ、こっちも人数連れてきましたからね。ンじゃ、運ぶぞー!」 「「おー!!」」 8人ほどの整備班員が、或いは担ぎ、或いはずるずると引き摺りながら、ムネタケ達5人 を引き摺っていった。 「さて、これで後はミスマル提督が来るのを待つだけか・・・」 アキト達の遣り取りになど微塵も気付かず、和やかムードを保ったままのブリッジを見渡 し、アキトはふと優しい微笑を浮かべる。 (・・・俺の守りたかったもの・・・俺の渇望したもの・・・フッ・・・変わらないな、此処は・・・) ラピスにさえ気付かれないほど心の奥底で、そんな事を思う。二度と、この光景を喪わせ はしない・・・その為ならば、再び修羅と化す事も厭いはしない・・・。その優しい微笑みの裏 に、哀しいまでの決意を湛え、アキトは皆を見守っていた・・・。 ムネタケの反乱からしばし後、アキト達の予想通り、ミスマル提督が接触してきた。今は マスターキーを抜き、ユリカ達が交渉に向かう準備をしている最中である。ブリッジを出 て行くジュンに、アキトは声をかけた。 「ジュン!」 「・・・テンカワ、僕にどれだけの事が出来るかは解らないけど・・・君の信頼に、応えて見せる よ。」 「そうか。・・・頑張れよ。」 「ありがとう。行って来るよ!」 そう言ってブリッジを出るジュンの顔は、今まで見た事が無いほど、凛々しいものであっ た。 「ねぇ、ジュン君。アキトと何を話していたの?」 「何でも無いよ。ただ、頑張れって言われただけさ。」 「・・・それだけ?ホントに?」 「え〜と・・・いや、それだけじゃないんだけどね。でも、言えないよ。」 「ぶ〜!何でぇ!?」 「・・・男と男の約束・・・だからかな。」 等と言う遣り取りが、ユリカとジュンの間で交わされた訳だが・・・当然アキトには知り得な い事であった。もしアキトが聞いていたら驚いただろう。或いは、当然の事として納得し ていただろうか?何にせよ、アキトとの会話の後から、ジュンは凄まじいスピードで成長 しつつあるようである。 この後の展開は、概ねアキト達の記憶と同じであった。軍との交渉中にチューリップが現 れた事、チューリップに軍の戦艦が2隻呑み込まれた事、ユリカ達が戻るまで、エステバ リスで相手を引き付けていた事、そして、グラビティブラストの一撃で、勝敗を決した事。 全てが嘗てと同じである。 違う点といえば、アキトが陸戦フレームで出撃しなかった事、それにより、ガイは見せ場 はおろか、台詞すら全くないままに終わった事、ジュンがユリカに忘れられたからではな く、自らの意志でミスマル提督の下に残ったと言う事だけであろう。 「さて・・・後はお前次第だ、ジュン。・・・頑張れよ。」 Episode:03・・・Fin 〜後書き〜 刹:どうも、刹那です。ナデシコSSEpisode:03をお届けします。 ア:随分とジュンが目立ってるな。何か思い入れでもあるのか? 刹:いや、別にそう言う訳じゃ無いんだけど。理由としては、本文で君が言った通り。 ア:成る程。ガイは此処まで台詞が無いが・・・放って置いて良いのか? 刹:機動戦がメインになってくれば、パイロットは嫌でも目立ってくるからね。逆に、 ブリッジ要員であるジュンはちゃんとスポットをあてないと、何時までも埋もれたまま になっちゃうから。大体、ブリッジには『濃い』メンバーが多いからね・・・。 ア:・・・まぁ否定はしないけどな。 刹:さてさて、話は切り替えて。前回でルリが逆行している事に気付いた方はいらっしゃる と思いますが、理由としてはこんな感じにしました。 ア:ちょっと無理がないか?巻き込まれたにしても、距離が開き過ぎてるだろ? 刹:まぁその辺は、遺跡に極近い場所に居た所為と、ルリがアキト共に居る事を強く望んだ 所為って事で。大体、ランダムジャンプについては解ってない事の方が多い訳だし・・・。 ア:それを言ったら、ボソンジャンプ自体謎が多いじゃないか? 刹:(^_^;) ま、まぁ・・・納得行かないかも知れませんが、このSS独自の設定だとでも思って下さい。 ア:お前ね・・・ 刹:そ、それでは!今後とも宜しく〜〜! ア:あっ、コラ!逃げるなぁぁぁぁ!
代理人の感想
・・・・人、それをご都合というっ!(爆)
まぁ、ルリが逆行しちゃった事は問題ではないんですが、
もう少し説得力ある理由付け(あるいは屁理屈でも納得させるだけのパワーがあればよし)
が欲しかったところですね。
例えば遺跡を解析する際、遺跡内部にアキト=ラピス間のリンクのデータを見つけて、
そのデータを元に自分とアキトとのリンクを開こうとしていたら、「アキトとラピスをジャンプさせる」という
遺跡への指令がルリにも適用されてしまい、つられてジャンプしてしまったとか・・・
あるいは理由を問われて炎を背負ったルリがただ一言、
「私とアキトさんとの愛の力ですっ!」と咆えるとか(爆)。
まぁ、前者はともかく後者は刹那さんの芸風ではないっぽいですが(笑)。