機動戦艦ナデシコSS

Rebellion 〜因果を超えし叛逆者〜

 

Episode:08 宇宙に咲き誇る黒百合

 

 

 

 

 

「会長、準備は整っているの?」

「大丈夫、ちゃんと整っているよ。流石の僕も、彼の信頼を裏切るような真似はしたくないしね。」

ネルガルの月面ドックに一角にある会長専用の部屋の中で、相変わらず人を食ったような笑みを浮べるアカツキと、そんなアカツキに呆れた視線を向けるエリナがいた。

「全く...その誠意を少しは仕事の方にも向けて欲しいものだわ。」

「...さ〜て、そろそろ僕達も用意しないとねぇ〜」

「...またそうやって誤魔化す...」

アカツキのそんな態度には既に慣れっこだが、だからと言って納得できるものでも無い。心底呆れた様に溜息を付くエリナに、自分はさっさと手荷物を纏めて部屋を出ようとしているアカツキが能天気に声をかける。

「はっはっは、何の事やら?それより、君も早くきたまえ!」

「解ってるわよ!...それにしても、もう8ヶ月も経つのね...早いものだわ...。」

怒鳴り返し、直ぐに物思いにふけるように虚空を見詰めるエリナ。が、軽く頭を振って直ぐに気持ちを切り替えると。自らもその部屋を後にしたのだった

 

 

 

 

 

「ジャンプアウト。ナデシコ全システムオールグリーン。どうやら、今回も無事にジャンプ出来たみたいですね。」

「ま、こっちには自覚しているいないは別として、A級ジャンパーが3人もいるんだ。ちゃんとジャンプできない方がおかしいんだけどね。」

「あのさ、二人とも。おしゃべりするのは良いけど、皆を起こさなくて良いの?」

ナデシコのブリッジで、アキト達は会話を交わす。その周囲には、他のブリッジ要員たちが倒れこんでいる。勿論、寝ているだけだ。ラピスの指摘に、アキトは苦笑を浮べる。

「...まぁ他の皆を起こすのは良いとして、ユリカは起こさない方が良いかもな。今回も、いきなり戦闘宙域にジャンプアウトした訳だし。」

「流石に艦長を起こさない訳にもいかないでしょう。と言う訳で、取り敢えず皆さんを起こしますね。」

 

 

 

 

 

...そして、結果は言わずもがなであった。目覚めたばかりで些か錯乱気味のユリカの指示をルリが正直に実行し、発射されたグラビティブラストは容赦なく宇宙空間を薙ぎ払った。...その射線軸上にいた木連の無人兵器はおろか、一応は味方である筈の連合軍の艦隊までも。そして、全ての尻拭いをナデシコに任せてさっさと逃亡した連合軍の艦隊の代わりに、ナデシコから発進したエステバリス隊が、無人兵器の群れを相手にしている。

「だ〜!鬱陶しい!」

「何か攻撃の効果が薄いね?」

「...敵のフィールドはかなり強化されているみたいね。」

3人娘のエステが次々とバッタを撃ち落していく。が、イズミの言葉通りバッタのフィールドは強化されており、元々威力よりも速射性を優先しているラピッドライフルでは十分な効果を上げられずにいた。

「射撃が駄目なら、直接ぶんなぐりゃぁ良いんだよ!喰らえっ、ゲェェェキガンッッ!フレアァァァァァァァッッ!!!」

一方、早々と射撃による攻撃を断念したガイは、機体にディストーションフィールドを纏わせ敵陣に突撃していく。幾ら強化されているとは言え、元々の出力に差がありすぎるのだ。ディストーションフィールドを纏ったエステバリスのぶちかましより、一気にバッタの数が激減する。が、すぐさま別の群れがガイの機体を取り囲む。数に差がありすぎた。

「だぁぁぁっ、クソ!これじゃきりがねぇ!」

「ま、確かにこれだけの数をエステだけで相手にするのは無理ってもんだよな。」

等とほざきつつ、次々とバッタを殲滅していくのはアキトのエステカスタム。あたり一面を覆い尽くさんばかりに撃ちこまれる無数のミサイルを当り前の様に避け、すかさず反撃を行う。無駄の無い射撃の腕と威力が大幅に強化されたライフルの弾丸とが相まって、バッタの群れは次々と消えていく。が、幾らなんでも数が多すぎるのか、何時ものように一気に敵陣中枢まで突っ込むような真似はしなかった。

「...さて、そろそろかな。」

アキトがそう呟いた時、まるでタイミングを合わせたかのように全員の耳に聞き慣れぬ男の声が飛び込んでくる。

『君達、其処は危険だ!下がりたまえ!』

『!?』

声は、突如現れた見慣れぬエステバリスから発せられている。突然のことに戸惑いつつ、有無を言わせぬ声に圧され、散開しつつ後退するエステ隊。それを見計らったかのように、虚空から飛来した重力の渦が、無数の無人兵器を呑み込んでいく。更に、一発目の重力波の余波が消え切らぬうちに、すぐさま第2派が飛来する。

「これ、グラビティブラスト!?」

「しかも、多連装式だよ!?」

いきなりの援護攻撃に戸惑いを隠せないパイロットの面々。その中でアキトだけが、1人懐かしそうに呟いた。

「今回も...随分と派手な登場の仕方をするもんだな、アカツキ...。」

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉ!?新型じゃねぇか!」

ナデシコの格納庫に戻ったパイロット達を出迎えたのは、むさ苦しいオッサンの喚き声だった。ウリバタケが言う新型とは、戦闘中に突然乱入してきたあの見慣れぬエステバリスの事だ。パープル系をメインにカラーリングされたその機体は、アキトのエステカスタムとも通常のエステとも違った形状をしている。

「くぅぅぅ!何時の間にこんなもんが開発されたんだ!?」

等とウリバタケが1人騒いでいる間に、パイロットの他にもユリカ達主だったクルーが格納庫に集まってくる。当然、突然の闖入者の顔を見る為だ。

「あの、アキトさん?」

そんな彼らから一歩退いた所に立っていたアキトに、些か困惑したような表情を浮べたフィリアが近付く。

「ん?」

「あれって...確か試作段階にあったスーパーエステバリスですよね?確か、今は会長用の1機だけしか製造されてない筈じゃ...」

「あぁ、そうだね。」

フィリアの問い掛けに、あっさりと頷くアキト。対するフィリアは、想像していたとは言え、いきなり此処に居る筈の無い、と言うより、こんな所に出て来る筈の無い人物の影が見えた事に困惑を隠せないでいる。

「あの、本当に会長が?」

「まぁ...見ていれば解るさ。」

アキトが視線を向けると、丁度新型エステのアサルトピットのハッチが開く所であった。そして、一部を除いた皆が固唾を飲んで見守る中、アサルトピットから姿を現した男は能天気にのたまうのであった。

「いやぁ〜、皆さんお揃いでお出迎えとは嬉しい限りだねぇ。僕の名前はアカツキ=ナガレ。ま、一つ宜しく頼むよ。」

 

 

 

 

 

「ま、そんな訳で。貴方達が火星で消息を絶ってから8ヶ月、既にネルガルは連合と和解し、こうして共同戦線を展開していた訳。」

ナデシコのブリッジで、エリナが集まったクルー達に事情を説明している。ナデシコが火星でチューリップに突入してから既に8ヶ月も経過している事、その間ネルガルは連合軍との和解交渉を成功させ、現在では共同戦線を張るに至っている事、それに併せ、ナデシコも連合軍に対し協力体制を取る手筈になっている事などなどである。

「現状はわかりましたけど...。それって、私達に軍人になれって事ですか?」

「違うわ。あくまで民間からの協力って立場になるの。ま、建前よ建前。これからは、軍からの援助も受けられるようになるし、待遇自体は今まで通り。別段悪い話じゃないと思うけど?」

メグミが不満をぶつけてみるが、エリナに軽くいなされてしまう。実際、エリナの言う通り、軍との協力する事はそれ程悪い事ではない。寧ろ、利点の方が多いだろう。今まで以上に軍の干渉を受ける事になるかも知れないが、それは然程問題にはならない。とは言え、感情的には納得いかないのも事実だ。そして、彼等が納得いかない最大の原因が口を開いた。

「兎に角!あんた達はあたしの指示に従ってりゃいいのよ!これからは『あたしの』ナデシコとして、『あたしの』為に頑張って貰うわよ!」

...そう、言わずと知れたムネタケである。この男は、恥も外聞も無しに再びナデシコに乗り込んできたのだ。代わりに、フクベ提督がナデシコを降りる事になっている。表向きは老体を労わって...と言う事になるのだが、実際は違う。軍隊と言う組織の中で、上層部が思い通りに動かす事の出来ないフクベ提督は邪魔なのだ。故に、フクベ提督はナデシコを降りると同時に、軍を退職する事になっている。当の本人が『自分を見詰め直すいい機会だ』と言って納得していた事だけが、救いと言えば救いだろうが。

「...取り敢えず、決まってしまった事は仕方ありません。ですが!このミスマル=ユリカ、艦長としてナデシコのクルーを敢えて危機に晒すような無茶な命令には従いません!それだけは念頭において置いてください!」

「ふふん、戦うだけの駒にはならないって訳ね。まぁ良いわ。取り敢えず戦果さえ残してくれればね。...それで、あの男は何処に行った訳?」

微妙に顔を青褪めさせながら、ムネタケが尋ねる。勿論、あの男等と言う言い方で伝わる訳が無い。ユリカは当然の如く聞き返した。

「?誰ですか、あの男って?」

「決まってんでしょ!テンカワ=アキトよ!」

ヒステッリクに叫ぶムネタケに流石のユリカも顔を顰めつつ、ふと周りをキョロキョロと見回す。

「...あれ?そう言えばアキトさっきから見ないね。メグちゃん、アキトが何処に行ったか知ってる?」

「アキトさんなら、先程自室に戻りましたよ。多分、休憩中だと思います。...艦長?アキトさんが自室にいる時は、抜け駆け無しって言うのがルールでしたよね?」

メグミの返事を全て聞き終わる前にブリッジを抜け出そうとしたユリカに、メグミの微妙に迫力の篭った声が制する。何時の間にやらアキトに関するルールが取り決められているらしい。ユリカもルールの事を持ち出されて、流石に大人しく席に戻った。因みに、ムネタケはアキトがブリッジにいない事に、露骨に安堵の溜息を付くのであった。

 

 

 

 

 

「結局、私の取り越し苦労だったね。」

アキトの部屋のベッドに寝転がりながら、ラピスが言う。彼女の言う取り越し苦労とは、火星でフクベを説き伏せた時、アキトが普段からは考えられない程の苛烈さを見せた事で、皆がアキトを恐れるようになるのでは、と心配していた事だ。だが、彼らの態度は何一つ変わらなかった。それこそ、拍子抜けするくらいに。

「そうだな。まぁ良いんじゃないか?余計な波風が立たなかったのならそれに越した事は無い。」

「ん〜〜そう言われてみれば、そだね。」

和む二人。と、アキトがふと思い出したように立ち上がった。

「あれ、如何したの?」

「いや、今の内にブラックサレナを受け取っておこうと思ってね。それと、この後一回月面の研究所に行く事になるから、ラピスもコスモスまで一緒に来てくれ。」

「月に行くの?...もしかして、『アレ』に関する事?」

「ま、そう言う事。それじゃ、行こうか。」

 

 

 

 

 

ナデシコ級戦艦コスモス。ドック艦としての機能も持つこの艦で、ナデシコは補給を受けていた。

「ユリカ、サツキミドリから脱出して来た人達の引渡しは終わったよ。」

「あ、ジュン君。お疲れ様。」

火星に行く前に拾ったサツキミドリから脱出して来た人達のコスモスへの引渡しを監督していたジュンがブリッジに戻ってくると、ユリカがその労を労った。

「これで、後は船体各所の調整作業と物資の積み込みが終わったら出発ですね。でも...如何してネルガルはこんなにナデシコを優遇するんでしょうね?」

今の所手持ち無沙汰なメグミが、同じく暇そうにしているミナトに話し掛ける。ミナトは少し考える素振りを見せてから、あからさまに適当な答えを返した。

「う〜ん...大人の事情って奴じゃない?」

「大人の事情ですか。エリナさんは社長秘書なんですよね?何かご存知ですか?」

「ん?まぁ...ナデシコは、ネルガルにとっても地球にとっても重要なものだから。優先的に支援するのは、ある意味当然じゃないかしら。」

「はぁ...そういうものなんですか。」

適当にお茶を濁すエリナの答えに、あまり納得が行かないような顔になるメグミ。とは言え、彼女に会社の経営の事など解る筈も無く、そのまま引き下がった。そして、再びミナト相手に雑談に興じ始める。エリナもユリカ相手に何か話しており、暫しブリッジに平穏な空気が流れる。が、そんな平穏を打ち破るけたたましい機械音が、突如鳴り響いた。

「え、何!?」

「艦長、敵です。ナデシコの正面に、無人兵器を多数感知。数は多すぎて計測不能です。」

「くっ、ナデシコ緊急発進!」

「駄目です。」

「ふぇ、何で?」

ルリの報告に勢い良く発進を指示するユリカだが、ルリの冷静な静止に思わず聞き返す。

「...今現在ナデシコは物資の補給と併せて細部の調整を受けています。現状では通常時の半分以下の出力しか出せませんし、虎の子のディストーションフィールドも展開できませんから。」

「余裕があるうちに、と思って調整をさせてたんだけど、却って裏目に出ちゃったわね...。艦長、如何するの?調整が終わるまで、どんなに急いでも20分はかかるわよ。」

まるでユリカを試すかのように、鋭い視線を向けるエリナ。一瞬その視線の鋭さにたじろぐユリカだが、すぐさま指示を飛ばす。

「...仕方ありません。エステバリス隊は緊急出撃、これを殲滅してください。」

『了解!といいたい所だけどよ、幾らなんでも数が多すぎるぜ?』

通信機の向こうで、リョーコが苦い声で返す。アキトが新型機の受け取りの為にコスモスに出向いているのは知っている。その為、今動けるのはリョーコ達3人とガイ、アカツキの5機のみ。幾ら対木星蜥蜴用に開発されたエステバリスとは言え、多勢に無勢だ。

「解っています。ですが、他に方法がありません。決して深追いせず、時間を稼ぐ事を第一に考えて戦闘を行ってください。ナデシコが動けるようになるまで...いえ、せめてアキトが出るまで時間を稼げれば、此方の勝ちです。」

指示内容の説明をするユリカ。妙に自信満々に言い切るユリカに一瞬気圧されるリョーコだが、直ぐにどこか悪戯っぽい笑みを浮べる。

『...へっ、上等だぜ!テンカワの奴が出るまでの時間と言わず、ナデシコが動けるようになるまで、きっちり守り抜いて見せるぜ!』

「...お願いします」

僅かながらに苦渋の色を滲ませながら、ユリカが言う。その気は無いとはいえ、大多数を助ける為にエステ隊を捨て駒にするようなものだ。そのことが、ユリカの表情を歪ませる。
そんな彼女の姿を見遣り、エリナがポツリと呟いた。

「まぁ...合格...かしらね。」

「艦長は貴方の目に適いましたかな?」

「あら、プロス。別に能力的には何の心配もしてないわよ。あのアキト君のお墨付きだもの。」

話し掛けてきたプロスに、悪戯っぽい笑みを向けるエリナ。

「私が合格って言ったのは、ライバルとして...よ。あまりに相手が情けなくて、あっさりと勝負がついてしまうようじゃ面白くないでしょう?」

「おやおや、会長秘書ともあろう方が、職場で色恋沙汰ですかな?」

「ふふ...そうね、以前の私なら、考えられない事よね。でも、私は今の自分が嫌いじゃないもの。...おかしいかしら?」

「いえいえ、とても魅力的だと思いますよ。」

そう言って笑うプロス。実際、元々持っていた大人っぽい雰囲気と、アキトと出会って以来身に着いた柔らかい雰囲気とが混ざり合っている今のエリナは、同性から見ても『いい女』と思わせるほど魅力的だ。同性から見てもそうなのだから、異性から見れば如何かは、言わずもがなであろう。...尤も、当の本人からすれば、他人に如何思われようと関係無いのであろうが。唯1人、アキトの気を惹く事さえ出来れば。

「...ま、それが一番難しいんだけどね...」

自分でも聞き取れ無い程の小さな声で呟き、エリナは1人嘆息するのであった。

 

 

 

 

 

「さ〜て、おっぱじめるか!」

リョーコが自らに気合を入れなおし、無数のバッタの群れに向き直る。今までも大概数に於いて劣っていたが、今回はその極みだ。見渡す限り、バッタしか見えない。

「いいか、絶対に前に出すぎんなよ!孤立したら潰されるからな!」

「お任せ!」

「了解してるわ」

「ま、僕にとってはこれが皆との最初の戦闘になるからね、宜しく頼むよ!」

「へっ、この俺様がそんなへまをするかよ!!」

リョーコの激に其々が答え、機体を散開させる。津波のように押し寄せるバッタの群れを、効率良く撃破していく。接近戦を得意とするリョーコが前に出、射撃を得意とするイズミ、ヒカル、アカツキがそれをサポートする。リョーコ達3人娘は兎も角、アカツキは今回が始めての共同戦闘とは思えない程、綺麗なコンビネーションを展開している。だが、1人だけコンビネーションもフォーメーションも気にせず、勝手に戦っている者もいた。

「オラオラァッ、喰らいやがれ!!」

ディストーションフィールドを纏った拳の一撃でバッタを撃破しつつ、戦場を飛び回るガイ。リョーコ達が決して深追いしないよう気を付けているのに対し、ガイは只管前に突っ込んでいっている。当然、他の機体より突出しているガイの機体は、敵からすれば格好の餌食である。ガイも十分一流と呼ぶに相応しい腕前を持ってはいるが、如何せん数が多すぎる。何時までも無数の無人兵器の攻撃を避け続けられるモノでは無い。

「だぁぁぁっ、鬱陶しい!」

苛立ちで動きが単調になったその一瞬、間近に接近したバッタが、至近距離で大量のミサイルをばら撒く。幾らフィールドで守られているとは言え、これだけのミサイルを喰らえば一溜まりも無い。

「しまっ...!?」

あわや直撃と言う瞬間、オレンジ色に染め抜かれたエステが、横合いから飛び込んできて、勢いそのままにガイのエステを引っ掴んでいく。目標を見失ったミサイルは、進行方向にいた多数のバッタを巻き込んで爆散した。そんな光景をレーダーの端に捉えつつ、ガイは自分を助けてくれた相手−ヒカルに礼を言う。

「わ...悪い、助かった...」

「ハァ...まぁ良いけどね。ヤマダ君、あまり無理しちゃ駄目だよ?」

流石にバツが悪そうにするガイに、ヒカルはあまり強く言う事はしなかった。

「二人とも、直ぐに下がって!敵はまだ沢山いるのよ!」

「お、おう!」

「わっ、ゴメンイズミ!」

イズミの叱責に、慌てて後退しつつ、バッタを撃ち落していくガイとヒカル。イズミの言う通り、敵はまだまだ数が残っている。既に結構な数を撃墜した筈だが、一向に数が減っている気配が無かった。チューリップが近場にいない所為でこれ以上増える事は無いであろうが、既に無尽蔵とも思えるほど大量の無人兵器が展開している。最早十分過ぎるほどに脅威であった。

「くそっ、ヤマダじゃねえぇが鬱陶し過ぎるぜ!」

「確かに鬱陶しいわね...けど...」

「イズミ?何か気になることでも?」

「...どうも、ね。今までと戦い方が変わっているような気がする。」

イズミはそう言うと、目の前に展開するバッタの群れを睨み据える。数にあかせて突っ込んできては迎撃されている。かと思えば、急激に此方から距離を取り、遠距離からミサイルを発射してくる。或いは、此方の近くを、何もせずにただ飛び回るといった行動を取るものもいる。どうにも意図が見えない。今までは、機械制御であるが故の明確な意図が感じられていた。『最も近くの敵を倒す』、或いは『兎に角突っ込む』等といった具合に。だが、今はそれが感じられない。前に出ては退き、また前に出ては退き、を繰り返す。圧倒的に数で優っているのだ、今までのように数で押し潰せば良い。なのにそれをせず、妙に消極的な攻撃を繰り返している。

「...まるで誘い込まれているみたい......誘われている?...まさかね...」

自分の疑念を振り払うように、軽く頭を振る。だが、彼女の懸念は直ぐに実現する事となる。

 

 

 

 

 

リョーコ達が出撃した後、ブリッジでは主機関の調整が終わるのを今か今かと待ち構えていた。

「...リョーコさん達、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫よぉ、皆一流のパイロットだもの。無茶な事しなきゃ、やられたりなんてしないわよ。」

不安そうに呟くメグミを、ミナトが元気付ける。そんな光景を視界の端に収めながら、ユリカがふと声を漏らす。

「そう言えば、アキトはまだ戻ってこないの?」

ユリカが声にした『アキト』の名前に約一名、過敏な反応を示した者がいたが、当然黙殺。ユリカの問いにはプロスが答える。

「恐らく、もうそろそろ出撃可能になるはずですよ。」

「あ、そうですか。でも、どうして新型機の受け取りだけで、こんなに時間かかるんですか?それに、フィリアさんは兎も角、どうしてラピスちゃんまで一緒にコスモスまで行ってるんです?」

「それはですねぇ「艦長、敵です。」

「敵?って...今エステバリス隊が戦っている相手のことでしょ?」

説明しかけたプロスの言葉を遮り、ルリが短く告げる。ユリカの問い掛けに小さく首を振って否定すると、正面モニターに映像を回す。

「先の敵とはナデシコを挟んで丁度真逆の位置に敵影。数は戦艦十二、無人兵器無数。更にその後方にチューリップを確認。」

「ってことは、今皆が戦っている無人兵器は囮...!コスモスに通信を繋いで下さい!アキトの出撃を急がせて!それから、機関部!ナデシコの調整は後どれ位で終わりますか!?」

『駄目だ!ナデシコは如何少なく見積もっても、後5分はかかる!』

「ルリちゃん、敵が有効射程にナデシコを捕らえるまでの時間は?」

「......最短で2分程。希望的観測で言えば、大体4分って所です。」

冷静に告げるルリ。ユリカは既に思考状態に入っている。こうなれば、最早他のクルーはする事が無い。どう足掻いた所で、戦略的な思考が出来るのはユリカとジュンくらいしかいない。そして、ジュンは今調整作業の監督に出ている。となれば、最早ユリカに頼るしかないのだ。...一人馬鹿みたいに騒いでいるのがいるが、当然皆黙殺。

「...ナデシコは如何足掻いても間に合わない、となればコスモスは...駄目か、どちらにしろ、ナデシコが動かなければ、コスモスも戦闘行動は取れない...エステバリス隊は囮のバッタ相手で手一杯...アキトが間に合ってくれなければ、ジ.エンド...」

天才的な戦略眼を持つユリカでも、手持ちの駒が無ければどうしようもない。ブリッジが絶望的な雰囲気に包まれた時、一人冷静なルリが静かに告げた。

「...大丈夫ですよ。」

「?ルリルリ?」

「...あの人は、何時だって私達を守ってくれるんです。こんな、どうしようもない状況でも、あの人は私達を守ってくれます。...だから、大丈夫ですよ。絶対に間に合います。」

そう告げるルリの表情は、いつも以上に大人びていて...そして、どこか哀しげですらあった。

「...そうですよね?アキトさん...」

そして、間近に迫ったバッタの群れを...闇色の閃光が呑み込んだ――――

 

 

 

 

 

「調整は完璧か...」

ブラックサレナのアサルトピットの中で、アキトは一人ごちる。先程バッタの群れを薙ぎ払ったのは、ブラックサレナの両肩のショルダーバインダーに内蔵された、グラビティランチャーの一撃。嘗ての世界のブラックサレナには無かった武器。ブラックサレナの火力の低さを補う為、アキトが考案した新武装の一つである。

「さて、囮の方はアカツキ達に任せるとして...?」

不意に、通信が来ている事に気付く。どうやら、通信機能がオフになっていたようである。何を言われるのやら、とかすかに苦笑しつつ、通信をオンにする。

『アキト!?その機体が新型機?』

「ユリカか。詳しい説明は、イネスさんにでもして貰え。イネスさんなら、この機体の事調べてあるだろうからな。それと...出られるようになったら、こっちはいいからアカツキ達の方を優先してくれ。ンじゃ」

『え?あ、ちょっと、アキ』

一方的に捲し立てると、通信を切る。と、すぐさま別の通信が繋がる。相手はコスモスにいるフィリアだった。

『アキトさん、フィリアです。機体の実戦データを取りたいんで、出来る限り戦闘を長引かせてください。...頼めますか?』

「ああ、了解。」

フィリアの頼みに小さく頷いて答え、改めて敵の群れに向き直った。

「稚拙な手...って俺も使った手だからあまり大きなことは言えないが...この時点でこんな細かい作戦行動は取れていなかった筈...やはり歴史は変わり始めている、か...。まぁ良い、今は目の前の敵を滅ぼすのみ......行くぞ!!」

 

 

 

 


「...何なんですか、あれは...」

ブラックサレナの驚異的な戦闘力を目の当たりにしたナデシコのクルーたちは、呆れて物が言えない状態であった。ディストーションフィールドを纏った状態での突撃や、テールバインダーに内蔵されたカノン砲での攻撃で、バッタの群れは瞬殺された。その後に控えていた戦艦も、至近距離から放たれるテールカノンの連射や、グラビティランチャーの一撃の前に、あまりに呆気なく沈んでいく。そして圧巻は、手にした筒のようなモノから伸びた漆黒の刃の一撃。2〜300メートルほどの長さのソレは、唯の一振りでチューリップを切り裂いてのけた。あまりに呆気ない幕切れ。今ブラックサレナは、エステ隊の援護に向かっている。

「ブラックサレナ...」

「ルリルリ、知ってるの?」

「...アキトさんの愛機、宇宙に咲く黒百合...あまりいい思い出のある機体ではありませんが...」

「ルリルリ?」

どこか哀しげな表情を浮べるルリを心配して話し掛けるミナトだが、ルリは小さく「何でもありません」と返しただけだった。

「...何でホシノ=ルリが知っているのかは言及しないけれど、貴方の言う通り。アレはブラックサレナ。エステバリス用外部追加装甲パーツ「サレナ」シリーズの先行試作機でもあり、同時にアキト君専用にカスタマイズされたものでもあるわ。」

エリナが説明すると、皆は解ったんだか解っていないんだか、微妙な表情を浮べている。まだショックが抜けきっていないようだ。

『機体名は解ったけどよ、あの剣みたいなのは何なんだ?』

帰艦しつつ、リョーコが通信を繋げて来る。ヒカル達も聞きたそうだ。

「そっちは私が説明するわ。」

と言いつつブリッジに来たのは、「説明お姉さん」ことイネスだ。

「...あれ?イネスさん髪型変えたんですか?」

何かに気付いたユリカがそう尋ねる。確かに、前は纏めていた髪を今は下ろしている。

「あぁ、これ?元々私は髪を下ろしている方が好きなのよ。楽だから。でも、こうやって下ろしていると、フードを被ったりする時に邪魔でしょう?だから火星では纏めていたのよ。で、その必要もなくなったから、髪型を元に戻したって訳。...あぁ、因みに。アキト君もこの髪型の方が似合うって言ってくれたわよ。」

『!!?』

ユリカの質問に答えつつ、さらりと爆弾を投げ込むイネス。余程破壊力があったのか、ユリカ達のみならず、何事か思い詰めていたルリまでもが、敵対心を顕にイネスを睨みつけた。当のイネスはそんな視線を尽く無視し、説明を始めた。

「さて、本題に戻るわね。アキト君が最後に使ったあの剣は、『ディストーションブレード』と言うの。まぁ名前から想像つくと思うけど、ディストーションフィールドを剣の形に収束したものよ。データを見て判断する限り、このDブレードならば、戦艦はおろかチューリップでさえ一撃の下に切り裂く事が可能ね。...って、実際のチューリップを切り裂いているのだから、わざわざ言うまでも無いだろうけど。」

『ディストーションフィールドを収束って...機体の防御は如何するの?』

「それは問題無いわ。このDブレードは、通常機体を覆っているフィールドとは別個に、もう一つフィールドを発生させ、それを収束させているから。尤も、その所為で制御は恐ろしく難しくなり、且つ消費するエネルギーも尋常ではなくなってしまっているんだけど。」

「実質、アキト君専用って訳ね。ネルガルに所属するエステバリスライダー達に試してもらったんだけど、誰一人として使いこなす事はおろか、刃を形成させる事さえ出来なかったわ。」

イネスとエリナの説明が、アキトの能力の高さを物語る。自然、皆の視線はゆっくりと帰艦してくるブラックサレナへと向けられていた。と、そのブラックサレナから通信が繋がる。

『ナデシコ、聞こえるか?』

「アキト?帰艦しないの?」

『ああ、ちょっと野暮用でな。俺はコスモスの方に帰艦して、用事を済ませてくる。因みに、ラピスとフィリアちゃんも一緒だから、そのつもりで居てくれ。』

「えぇ!?」

驚愕の声を上げるユリカ。メグミやルリも驚く。彼女達だけでなく、殆どのクルーが驚いていた。この後ナデシコは地球に戻る事になっているのだが、当然アキトも一緒に来るものとばかり思っていたのだ。

『...別にそんなに驚く事じゃないだろう。用事が済んだら、直ぐに合流する。地球で待っていてくれ。』

「あ、ちょっとアキト...!」

慌てて制止するユリカに最後まで言わせず、アキトはさっさと通信を切ってしまう。ブリッジを、何ともいえない沈黙が包み込んだ。重苦しさとは違う、一種異様な雰囲気の中で...

「...アキトの...バカ...」

拗ねたようなユリカの呟きだけが、静かに響き、消えていった。

 

 

 

 

 

Episode:08...Fin

〜後書き〜
刹:Episode:08、ブラックサレナとアカツキ、エリナの登場です。

ア:...また結構時期が開いたな?

刹:うぐっ...いや、まぁ...大学のレポートが思いのほか時間かかってね...

ア:ふん、まぁいい。アカツキ達は兎も角として、ブラックサレナ、大分様変わりしてるな?

刹:外見的には殆ど変わってないけどね。取り敢えず、小型の相転移エンジン装備にジャンプフィールド発生装置完備、全体的に火力の向上、スラスター類の増設...などが主な変更点かな。

ア:ま、劇場版だと、見た目の格好よさとかは別にして、武装類が主役機にしては寂しい感じだったしな。

刹:そう言う事。結構勝手に弄くってますんで、厳しいツッコミはご勘弁を。

ア:で、次は?何か俺たち別行動するみたいだけど。

刹:その辺は、読んでからのお楽しみ、と言う事で。

ア:...楽しみにする程のモノなのか?

刹:...それは言わないで...。

刹&ア:それでは、Episode:09でお会いしましょう。

 

 

 

代理人の感想

まぁ、二次創作のお約束ですから重武装してることに突っ込みはしませんが……

テールバインダーにカノン砲ってのはさすがにちょっとバランスが(爆)