機動戦艦ナデシコSS
Rebellion 〜因果を超えし叛逆者〜
Episode:09 インターミッション
ナデシコが地球圏に帰還してから一週間が経過した。先の戦闘で得たデータを元に、ブラックサレナの最終調整を終えたアキトは、寝る前にお茶でも飲もうと食堂に向かった。時間は地球時間で深夜の12時過ぎ。既に夜勤組以外はあらかた眠っている時間だ。
人影もまばらな食堂で一人お茶を飲みつつ休憩していると、食堂の入り口にラピスが顔をのぞかせた。
「ラピス?まだ寝てなかったのか?」
「うん。……ねぇ、アキト、フィリアさん来なかった?」
「フィリアちゃん?………いや、来てないな。彼女がどうかしたのか?」
「ん〜……別に如何したって訳じゃないんだけどね。さっき研究室の方でフィリアさんを見かけてね。まだ仕事しているみたいだったから、ちょっと気になって。……フィリアさん、夕食の時も見かけなかったよね?って事は、もしかして、ずっと研究室に篭りっぱなしなのかな……?」
心配げに呟くラピスに、アキトも少し顔を顰める。もしラピスの言う通りなら、幾らなんでも根を詰めすぎだ。
「………そうだな、後で飲み物でも差し入れがてら、ちょっと様子を見てみるとするよ。だから、ラピスは心配しないで、先に寝ているといい。」
「………ん、解った。それじゃ、アキト。お休みなさい。」
「あぁ、お休み。」
小さくてを振って立ち去っていくラピスを見送り、アキトは心配げに呟いた。
「フィリアちゃん、集中すると周りが目に入らなくなるタイプだからなぁ……無茶してなければ良いけど………」
ネルガル月面支社内にある研究施設、その一室で、フィリアがコンピュータの画面と向き合っている。
「………基本部分の設計図はこれで完了っと。フゥ、結構時間かかっちゃいましたね………」
肩の凝りを解しつつ、画面上に表示されたデータをファイルに収めていくフィリア。と、不意に部屋のインターフォンが来客を告げた。
「何方ですか?」
『俺、アキトだよ。』
「あぁ、アキトさんですか。どうぞ、ロックはかかっていませんから。」
フィリアがそう言うと、ドアが開きアキトが部屋に入ってくる。その両手には、湯気の立つコーヒーカップ。
「お疲れさん、はい。コーヒーだけど、良かったよね?」
「わざわざすみません。ありがたく頂きますね。」
アキトから手渡されたコーヒーを美味しそうに啜る。長時間のデスクワークで疲れきった体に、コーヒーの温かさが染み入る。
「如何?出来の方は」
「順調ですよ。基礎部分の設計は終わりましたし、制御システムも、基本的な部分の構築は終わっているって、さっきラピスちゃんから連絡がありましたし。」
そう言いつつ、先程専用のファイルに保存したいくつかのデータを画面に表示させる。画面に表示されたのは、機動兵器の設計図。
「設計思想がエステバリスとは全然違いますからね、最初は戸惑いましたけど………でも、何とか形に出来ました。尤も、本当に大変なのは、これからなんですけどね。」
そう言って微かに苦笑するフィリア。アキトもつられるように微かな苦笑を浮べるが、直ぐに表情を正し、問い掛ける。
「………ねぇ、フィリアちゃん。ずっと聞こうと思っていた事があるんだけど………聞いてみてもいいかな?」
「?私に答えられる事であれば、別に構いませんよ?」
「………何で、フィリアちゃんは俺に協力してくれるんだい?」
「え?」
アキトの問いに、きょとんとするフィリア。言葉が足りなかったと判断したアキトは、更に続ける。
「俺専用のエステバリスカスタムやブラックサレナの開発と整備、それに今開発中の新型機の基礎設計………そして何より、ナデシコに乗船しての前線配備。………いずれも、社命じゃない。君が自ら志願してくれた事だったよね?しかも、木連の事や、この航海の危険性も話し、理解した上で、君は協力を申し出てくれた。どうして其処までして、俺に協力してくれるのかなって、ちょっと気になったから。………あぁ、別に大した意味は無くて、ホンの好奇心だから………答えたくなかったら答えなくても良いんだけど………」
アキトが其処まで言うと、不意にフィリアがクスクスと笑い出す。いきなり笑われたアキトは些か憮然とした表情になるが、フィリアはそんな事お構い無しに笑い続ける。
「クスクス………ご、ゴメンナサイ………でも、そんなに大した事じゃないんですよ。」
「大した事じゃないって………命にも関わり得る問題だよ?」
「………そうかもしれませんね。でも、私には命をかけても良い理由が在りましたから。」
そう言って、少し考え込むような素振りを見せた後、フィリアはその『理由』をゆっくりと語り始めた。
「私の父が、元軍属の整備士である事は、お話しましたっけ?」
「いいや、初耳だけど………」
「じゃぁ其処から話しますね?私の父は、元軍人で、整備主任まで勤めた人でした。娘の私が言うのもなんですが、かなりの腕を持っていて、所属していた部隊の人達からは、随分と慕われていたんで。そんな父を見て育った私は、元々機械好きだった事もあって、父と同じ整備士を目指すようになっていきました。父のような、整備を担当する機のパイロットや艦のクルー達から信頼され、そしてまた自分も彼等を信頼出来る、そんな整備士になりたい、と。そして、ハイスクールを卒業して直ぐ、父のツテで軍に入隊、小さな軍事基地に所属している部隊に整備士として配備される事になりました。」
その時の事を思い出すかのように目を瞑り、一拍置いて先を続ける。
「………当時、私は同じ部隊に所属する整備士仲間の中でも、かなり冷遇されていました。年若い女に何が出来る、とかそんな感じで。でも、それでも別に構いませんでした。口でなんと言われようと、要は私自身が結果を出せばいいだけでしたし、それをするだけの自信もありました。実際、少しずつではあるけれど、他の整備士達からも認められるようになっていったんです。ですが、今度は別の問題が浮上してきたんです。」
「別の問題?」
「ええ。それは、パイロットと整備班との不和です。如何言う訳か、その基地に所属していた戦闘機のパイロット達は、整備士を見下している節がありました。そして、私が整備を担当する事になった戦闘機のパイロットも、例に漏れる事はありませんでした。寧ろ、一番酷かったかもしれませんね。身に覚えの無い事で罵声を浴びせられる事なんて、日常茶飯事だったくらいですから。でも、それでも我慢は出来たんです。あの時までは。」
其処まで言うと、フィリアは軽く息を付く。当時の事を思い出してか、若干渋面になるものの、軽く頭を振って気分を切り替える。
「あの事件が起きたのは、実戦演習が行われた日でした。その日の演習で、私が整備を担当していた戦闘機が突然バランスを崩し、地面に落下。大破するという事故がありました。幸いというべきか、パイロットは右腕の骨折と、軽い火傷で済み、命に別状はありませんでした。」
「墜落事故、か。原因は何だったの?」
「酔いが理由でのイージーミスだったらしいんです。後になって解った事ですが、その部隊に属するパイロット達は、皆その日に演習があることを忘れ、前日夜から当日の明け方近くまで、大量のお酒を飲んでいたそうです。まぁ理由はともあれ、私達整備班はそのパイロットは何らかの罰を受けるのだと思っていました。だって、演習前に行われた機体の総点検では一切の問題は発見されませんでしたし、訓練中の通信記録などからも、パイロットの操縦ミスが原因である事は、火を見るより明らかでしたから。ですが………結果は全然違うものでした。墜落事故は、私達整備班の責任であるとされたんです。」
ぎゅっと、膝の上に揃えられた手を握る力が増す。当時の悔しさを思い出しているのだろう。そんなフィリアに一瞬痛ましげな視線を向けてから、アキトは先を促した。
「………そうなった理由は解りませんが、兎に角私達は抗議しました。当り前です。明らかな濡れ衣を着せられて尚我慢できるほど、私達は人間出来てませんから。そして、その時に………その事故を起こした張本人が言い放ったんです。『お前達は戦闘機というものを構成する部品の一つに過ぎない。たかが部品の一つに過ぎないやつ等が、一丁前にパイロット様に口答えするな。』ってね。それを聞いた瞬間、私の中で何かが弾けました。………気が付いたら、その相手を思いっきり引っ叩いてましたよ♪」
愉快そうに、或いは悪戯っぽい表情で言うフィリアに、アキトは唖然とした表情を返した。今目の前にいる少女が大の男を引っ叩いた光景が、全然想像できなかった。アキトが知る限り、フィリアは怒りを顕にする所か、大声を出す事さえ滅多にしない、とても穏やかな性格の少女だったからだ。意外な一面を見たような気になる。
「まぁそれが原因で、私は軍を辞める事になり、その後、時をおかずしてネルガルにスカウトされ、今度はエステバリスの開発研究部に所属する傍ら、整備士としても仕事をする事になったんですが………そこも、当時はあまり良い環境とはいえなかったんです。」
「………昔のネルガル、か。」
「当時のネルガルでは、前にいた基地のように、エステバリスのパイロットが整備士を見下す、何て事はありませんでしたが、何と言うか………酷く機械的だったんです。効率のよさと結果だけを求められ、人間的な感情の入り込む余地は一切無し。企業と言うものの体質を考えれば、それは仕方の無い事だったのかもしれませんが………私は、前にいた場所とは違う意味で、打ちのめされました。父から聞かされ、自らの理想としていた事と、現実とのあまりのギャップに、ね。」
「………それで?」
「暫くそんな職場で働く内、私は何もかもが如何でも良くなっていきました。他の人たちのように、ただ淡々と仕事をこなして、一日を終える。そんな味気の無い日々を送るようになっていったんです。………そんな時でした。私に、一つの仕事が舞い込んで来ました。新型エステ開発の為のデータ取り、と言う、内容です。」
「あぁ、もしかして...俺が君と初めて会った時の事だね?」
ポンっと軽く手を打ち鳴らすアキトに、フィリアも微笑を浮かべて頷く。
「ええ、そうです。あの時、エリナさんからアキトさんを紹介された時、私は何も期待してませんでした。『どうせこの人も、唯淡々と仕事をこなして帰っていくだけなんだ』って、勝手に思い込んで。………ですから、シミュレーターを使ったデータ収集が終わった後、アキトさんが『お疲れ様』って言って話し掛けてくれたとき、私は本当に驚いたんですよ?まさか声をかけられるなんて思ってもいませんでしたから。」
「あぁ、それであの時、妙に驚いたような顔をしていたんだね。」
「えぇ、そうです。それから、お仕事や、それ以外の時にもアキトさんとお話するようになって………アキトさんと交わす何気ない遣り取りが、私には何よりも嬉しかった。そして、同時にアキトさんに感謝するようにもなりました。アキトさんと一緒に仕事をするうちに、自分でも忘れかけていた理想を取り戻す事が出来ましたから。」
「う〜ん………感謝されるのは嬉しいけど、特別何かをしたつもりは無いんだけどなぁ………」
「それでいいんですよ。人間って、日常の何気ない行動に、良くも悪くも影響される生き物ですから。………まぁ、それは兎も角。そんなこんなで、現実に打ちのめされていた私を救ってくれたアキトさんに、何か恩返しがしたいと思うようになりました。それで、アキトさんが人手を欲している事を知って、自分から立候補したんです。その後、今回の戦争の事とか、アキトさんの大まかな目的とかを聞いて、その思いはより強くなっていったんです。………それが、自分から進んでアキトさんに協力する理由です。納得していただけました?」
そう締め括ったフィリアに、アキトは微妙な表情を向ける。どうにも、納得しきれないとでも言わんばかりだ。
「う〜ん………納得いったと言うか………自分では特別なことした覚えが無いから、どうもしっくりこない…かな。」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、それで良いんだと思いますよ。私とアキトさんは、違う人間なんですから。私にとっては大した事でも、アキトさんにとっては取るに足らないことだった………ただ、それだけの事です。」
「………そうだね。全く同じ価値観の人間なんて居るわけ無いし………。」
「納得していただけたみたいですね?………さて、っと、荷物を纏めなきゃなりませんし、私はそろそろ部屋に戻りますね。」
「ん?…げ、もうこんな時間!出発は何時だっけ?」
「地球時間で早朝の五時に、小型のシャトルで此処を出る事になっています。私には、ボソンジャンプは出来ませんからね。一足先に、ナデシコに戻ります。」
ディスクや書類などの身の回りのものを纏め、部屋を出ようとしたところで、不意に振り返る。
「………そう言えば、今開発中のこの機体、確かまだ名称は決まってませんでしたよね?」
「え?あぁ、まだ未定だけど………」
「なら、『ストレリチア』なんて如何ですか?」
「『ストレリチア』?」
何処かで聞いたような気がする言葉に、アキトの表情が顰められる。
「花の名前です。花自体は、別に機体のイメージに合う訳じゃないんですが………その花言葉が、アキトさんが乗る機体に相応しいんじゃないかと思いまして。」
「花言葉………ストレリチア、か………」
「あ、これは単なる思い付きですから。そんなに深く考えないで下さいね?それじゃ、お休みなさい。」
「あぁ、お休み。地球までの道中、気を付けて。」
「ふふ、それはシャトルのパイロットさんに言ってくださいな」
悪戯っぽい笑みを残して部屋を出て行くフィリア。それを見送った後、アキトは自分の記憶を只管に引き出していた。勿論、キーワードは『ストレリチア』。数分後、俯きながらストレリチア、ストレリチア、とブツブツ呟いていたアキトは、不意にハッと顔をあげた。
「………思い出した。この名前、あの時の………」
アキトの脳裏に浮かんだ記憶。それは、この時代に跳んで来る以前の事。復讐を終え救い出したユリカと、以前のように共に暮らす事を望んだルリ、そしてラピス。家族4人で暮らした、幸せな、だが同時に哀しい日々の記憶。
「確か……10月も半ばくらいだったか………」
ゆっくりと、アキトの脳裏に当時の情景が描かれていく。やがて、その意識は全て過去の情景へと向けられていった。
――――ただいま〜――――
――――あぁ、お帰り。………ん?どうしたんだ?その切花――――
――――これ?えへへぇ〜、近所のお花屋さんで買っちゃった♪――――
――――買っちゃったって……まぁ別に構わないが。なんて言う花なんだ?――――
――――『ストレリチア』って言うんだって。確か…バショウ科の常緑多年草で、和名が『極楽鳥花』、とか言ってたかな?綺麗な花でしょう?――――
――――綺麗と言うか……派手だな――――
――――あ、あはは………確かに、ちょっと派手かも。でも、綺麗だよ――――
――――まぁそれは認めるが………でも、如何したんだ?急に花なんて………――――
――――店頭に並んでるお花を眺めてたら、話し掛けてきたお店の人と意気投合しちゃってね。それで、『私、新婚なんです』って言ったら、丁度いい花があるって言って、これを見せてくれたの――――
――――丁度いい…って、何がだ?――――
――――花言葉。お店の人が教えてくれたんだけど、ストレリチアの花言葉は『輝かしい未来』って言うんだって――――
――――『輝かしい未来』?――――
――――うん♪私ね、その言葉を聞いた時、直ぐにこの花が気に入っちゃったんだ。これから家族皆で幸せに暮らす私達に、とっても相応しいと思わない?――――
――――………あぁ、そう……だな………――――
「あの時……俺はユリカのように、素直にその言葉に笑顔を浮べる事なんて出来なかったっけ………」
追憶を終えたアキトは、どこか自嘲気味に呟く。僅か1年。僅か1年以内に確実に終わりが訪れる幸福。その事実を知って、それでも輝かしい未来など、当時のアキトには想像も出来なかった。だが、今なら………――――
「………俺が望む未来の為に………その未来を築く為の剣には、確かに相応しい名称かもしれないな………。今度こそ掴み取って見せるさ……俺にとっての、『輝かしい未来』を、な………」
アキト達が月面で談話していたその頃、アキト達のいないナデシコでは………。
「………まさか、大使が白熊だったとはねぇ?」
ナデシコのブリッジで、嫌味ったらしい口調でそう言うのは、エリナだ。その視線は、ムネタケに向けられている。エリナだけではない、今現在ブリッジにいるほぼ全てのクルーが、ムネタケに視線を向けている。………視線で人を殺せたら、と言わんばかりのきつい視線を。
「な、何よ!?良いじゃないの、別に大使が白熊だって!問題無いでしょ!!」
複数の視線にさらされたムネタケが、居直ってそう叫ぶや否や、向けられる視線が更にきついものになる。その視線に気圧されたムネタケは、逃げるようにブリッジを出て行った。
「ハァ………それにしても、何だって白熊なんでしょうね?」
「まぁ………こう言う場所だからじゃない?」
「何か、色んな意味で間違ってるような気がします………」
メグミとミナトの遣り取りは、ナデシコ全クルーの共通の思いであろう。幾らユリカ達の作戦が効を奏し、戦闘行為などが無かったとは言え、態々こんな辺鄙な所に白熊の救助に来させられたとあっては、苛立ちもするものである。
「それじゃ、大使も無事に救出出来た訳ですし。一旦佐世保に戻りましょうか。アキトも待たなきゃならないし。」
「そうね。今の所軍の方から指令は来てないし、ネルガルの方でも別にナデシコに依頼するような事は無いしね。」
「じゃぁミナトさん、進路を佐世保に向けて下さい。」
「オッケェ〜。」
気を取り直し、指示を出すユリカ。それを受けて、ミナトも自分の仕事を始める。ムネタケの所為で一時ブリッジが険呑な雰囲気に包まれたが、それも今は払拭され、皆普段通りに戻っている。ただ1人、先程からディスプレイと睨めっこを続けるルリを除いて。
「………」
「…ねぇ、ルリルリ?」
「………え?あ、はい、何ですか?」
「なんだか随分と熱心に見ているけど………何を見ているの?」
普段から何かとルリを気にかけているミナトが、優しく尋ねる。ルリは一瞬躊躇いを見せるが、直ぐに自分が見ているものをミナトにも見せる。
「?………これって、連合軍の戦績?」
「そうです。此処数ヶ月の連合軍の対木星蜥蜴の戦績を見ているのですが………」
そう言って溜息を付くルリ。ミナトも、その気持ちは解らないでも無い。彼女達が見ている戦績表を見る限り、連合軍はかなり負け越している。要所要所では勝ちを収めているものの、それだって辛勝も辛勝、大量の戦力を投入し、その上で多大な被害を出した上での勝利なのだ。
「最近になって漸くGブラストやDフィールド搭載艦が前線にも配備されるようになったとは言え、その絶対数は少ないですからなぁ。しかも、最前線には未だにエステバリスのような機動兵器すら配備されていないところもあるわけですし。」
「連合軍上層部には、どうも木星蜥蜴をなめている節があるのも問題だよね。これだけの痛手を被っても、まだ楽勝ムードが払拭されてないんだから。」
二人の会話を聞きつけたプロスとジュンも、話に加わる。
「ジュン君、よく軍上層部のことなんて解るわね?」
「えぇ。火星から戻って以来、極東方面軍司令のミスマル提督と、時折情報交換をしているんですよ。僕達は軍の情報を、ミスマル提督たちには前線の情報を、と言う感じにね。」
「へぇ、そうなんだ。」
「………ジュンさん、それなら軍全体の様子とか、そんな事も解りますか?」
「え?うん、まぁ…多少なら。」
突然のルリの質問に若干首を傾げつつジュンは内容を整理しながら話し始めた。
「………まず愕然としたのが、上層部の想像以上の腐敗振りだね。それなりの立場にいる人達の大半が、保身と我欲を満たす事しか考えていない。まともに軍人としての責務を果たしている人なんて、数えるほどしかいないんだ。それに………」
「それに?」
「そんな将校達に影響されたか、軍全体の雰囲気が澱んでいるらしいんだよ。警戒態勢下にあるにもかかわらず、飲酒や賭博に耽ったり、出撃命令をボイコットしたり。それに、民間人への謂れ無き暴力も、場所によっては日常茶飯事になっているらしいしね。正直、僕はナデシコに配属になってホッとしているよ。もしあのまま軍にいたとして、僕自身軍内部に漂う毒に冒されないでいられる自信がないからね………」
そう言って、自嘲気味に苦笑するジュン。連合軍の予想以上の腐敗振りに、話を聞いていたルリ達は二の句が告げなかった。
「救いなのは、前線なんかにはまだまともな人達が配備されている事だね。………尤も、中枢にいてもおかしくないような、そんなまともな人達が、まともであるが故に、危険な前線に追い遣られざるを得ない現状を嘆くべきなのかも知れないけれど。」
「酷い有様ねぇ………そんなんで、ホントに木星蜥蜴をやっつけられるの?」
「今はまだ大丈夫だと思いますよ。前線にいる人達が頑張っていますから。問題はこの戦争が更に長期化した場合ですね。戦争が長期化すれば、戦死者は当然増える。それも、前線にいる有能な人物から死んでいくんです。そして、後に残るのは腐った連中ばかり。もしそうなったら、地球は間違い無く木星蜥蜴に蹂躙されるでしょうね。」
ジュンの語る未来予想図は、決して荒唐無稽な話ではない。現状のままでずるずると戦争が長引けば、間違い無くジュンのいうような状態になってしまうのは疑い様の無い事実なのだ。
「………これは、根底から変えていかなければならないようですなぁ?」
「ですね。まがりなりにも地球を代表する連合軍がこの有様では、木連との和平など夢のまた夢ですから。」
溜息混じりに、小声で会話を交わすプロスとルリ。その表情は、精神的な疲労の所為か、暗く沈んでいる。
「………アキトさん、前途は私達が予測していた以上に、大変かもしれませんよ………?」
今此処にはいないアキトに向けて呟かれた自分の言葉に、ルリは暗澹たる気持ちを更に強めるのであった。
Episode:09...Fin
〜後書き〜
刹:どうも、刹那です。Episode:09、ようやく上がりました。
ア:今回はフィリアちゃんの話だな。
刹:そ。彼女がどうしてアキトに協力するに至ったか、その理由ですね。本当は火星に着く前にこの話をいれようと思ってたんだけど、どうも上手くはめられなくてね。で、丁度火星編が一段落したので、次の話の前に持ってきた、って訳。
ア:なるほどね。後、俺が次に乗る機体の名称も決まったな。
刹:構想段階からアキトに3機目の乗機を設定してはいたんだけど、その乗機の名前が決まるまでが、結構難産だったんだよ。候補が幾つかあったからね。ローダンセ(永遠の愛)とか、エリンギウム(光を求める)とか、ホーリー(永遠の輝き)とか。最初はホーリーにしようかと思ったんだけど、似たような名前があるから止めました。
ア:……ゴートさんか。
刹:まぁそう言う事。ややこしくなるからね。で、第2候補のストレリチアに決定した訳。何となく、名前の響きが気に入っていたしね。
ア:ふ〜ん……。
刹:では、そろそろ締めに入ろうか。後書きが長くなっても仕方ないしね。
刹&ア:それでは、Episode:10でお会いしましょう。
代理人の感想
インターミッションと言うか、半ばフィリアちゃん独演会(笑)。
旧日本軍でも、パイロットの整備班に対する態度にはしばしばかなり酷いものがあったそうですが、
やはり特権意識とか階級意識と言った物は根性が歪む原因になるのでしょうか。
それやジュン情報(笑)も含めて、実は今回は「話の裏側」の描写が主のようで。
・・・・・しかしある意味では本当に絶望的な状況ですな(苦笑)。