警視庁科警研内に特設された、特殊機動隊用新システム試験施設。

 学校の教室よりも二周りほど広いこの空間に、青い鎧を全身にまとった男の姿があった。

『準備はいいですね。それじゃあ試験を始めます』

隣接したモニター室から声がかけられる。大きな特殊ガラスで隔てられたそこに向かって、青い鎧の男は親指を立てて見せた。

「G−3システム、試験開始」

 青い長髪の女性が、モニター室にいるメンバー全員に聞かせるように大きな声で宣言する。それを受けて、紫の髪を三つ編みにした、そばかすの目立つ少女と大人との中間にいる女性が、目の前にあるスイッチを押した。

 その次の瞬間、男の前後左右あらゆる方向から標的が射出される。その数と速度は、クレー射撃などとは比べものにならない。

 同時に男の手が右の太股にホールドされた大型の拳銃へと伸びる。大口径のマグナムよりもさらに大型のそれを、男は軽々と扱い次々に標的を撃ち落としていく。

 次第にただ撃つだけでは飽き足らなくなったのか、前方に身を投げ出したり、大きく跳躍しながらと曲芸まがいの射撃を始めた。それでも全ての標的を確実に撃ち抜いているのが、その優秀さを示している。

「運動性試験、開始します」

 青い髪の女性の声で、標的の射出が止まる。それを見て男は拳銃を太股にホールドしたが、それが終わるかどうかといったタイミングで、人の頭ほどはあろうかという鉄球が男目がけ飛来する。

 男は大きく身を投げ出してそれをかわす。すると今度は背後から同様に鉄球が飛来する。再び前方に回転してそれをかわした男に、上方からさらに大きな鉄球が落下してくる。

 かわしきれないと見るや、男は両手を掲げて鉄球を受け止めた。その重さに膝が砕けそうになるが、どうにかこらえて高々と抱え上げる。そして前方から射出された鉄球目がけ、それを投げつける。

 鈍い音が響きわたり、ぶつかり合った鉄球はどちらも粉々に砕け散った。

『お疲れさまでーす、試験は以上で終了しましたー』

 スピーカーから聞こえてきた声に、男は大きく息をつく。そして被っていたヘルメットを外すと、大きく頭を振ってにじみ出る汗を振り払った。

 暑苦しい。何はなくとも暑苦しい。

 その言葉が実によく当てはまる男だ。男はヘルメットを脇に抱えると、モニター室に向かって大声を張り上げる。

「どんなもんだ! このダイゴウジ・ガイ様の手にかかりゃ、ざっとこんなもんよ!」

 その近所迷惑になりそうな大声だけでは物足りないのか、堂々とVサインまでしてみせる。その様子にモニター室のメンバーは冷や汗が流れるのを止めることができない。そんな空気をまったく察知せず、男は次々とポーズをとり続けている。

「あはははは、ヤマダさん、相変わらずですねえ」

 青い髪の女性、G−3システム開発主任にしてG−3ユニットチーム責任者、ミスマル・ユリカが天真爛漫な笑顔で言う。

 実に陽気で何も悩みなどなさそうな、はっきり言ってしまえば実におめでたい性格の彼女ではあるが、その頭脳は天才と呼ぶに相応しい。事実あの青い鎧、G−3システムの基礎理論は、彼女が一人で作り上げたと言っても過言ではない。

「あれさえなければ、装着員として申し分ないんですけど……」

 呆れたように言うのは、紫の髪の女性。各種管制を担当するメグミ・レイナード。

 その視線の先で、G−3システム装着員ヤマダ・ジロウはまだポーズをとり続けている。

「だがG−3ユニットは、我々の期待以上の完成度を誇っている。さすがは我が最愛の娘ユリカだ! 完璧だ!」

 一人満足げに頷くのは、警視庁上層部の一人であるミスマル・コウイチロウ。その名や発言からも分かる通り、ユリカの父親である。

 幹部の娘が責任者、ともすればキナ臭い匂いすら漂いそうなシチュエーションではあるが、ユリカの実力はG−3ユニットを見れば十分に理解できる。単に馬鹿親が娘を重要なポストを与えたというわけではない。

「確かに性能は認めるわ。でもあれで実際未確認生命体に対抗できるの?」

 コウイチロウの隣に腰掛けていたマッシュルームカットの男、ムネタケが疑問を口にする。それに答えたのはユリカではなく、いままで壁に背を預けるようにして立っていた白衣を着た金髪の女性だった。

「それでは説明しましょう」

「あ、あの、イネスさん。お手柔らかにお願いしますね……」

 こめかみの辺りに冷や汗を浮かべながらユリカが言うが、イネスと呼ばれたその女性はまったく聞いちゃいない。科警研の主任研究員であるイネス・フレサンジュ女史。その頭脳が優秀であることは間違いないのだが……。

「まず未確認生命体に対抗しうる装備は存在するのか。これが最初の問題になります。これについては過去に使用された神経断裂弾が、その有効性が確認されています。次に肉弾戦で対抗しうるかと言う点ですが、これに関してはは難しいと言わざるを得ません。人間が装着することを前提としている時点で、その性能には自ずと限界が見えてきます。高層ビルから落下したと仮定して、システム自体は無事であっても、その装着員が無事で済むとは思えませんから。そしてその限界は、科警研で保存している未確認生命体第四号のデータに遠く及びません。この点から、未確認生命体に肉弾戦で挑むことは難しいことが推測されます」

 一息に喋りきったイネスだが、その表情は自らの熱弁に酔っているかのようにうっとりとしている。そして事実、その説明にも熱がこもってきていた。

「では、我々が作るべきシステムとは何か。それは未確認生命体の攻撃に曲がりなりにも耐えることができる強化服と、神経断裂弾を確実に急所に撃ち込むことができる火器。そして装着員をバックアップする各種のツールであるとの結論に達します」

 イネスの説明はそれからG−3システムの各種装備の解説から、未確認生命体それぞれに対しての対処法にまで及び、数時間は続いたという。

 ちなみにその間、ヤマダ・ジロウはずっと各種ポーズをとり続けていたという…………。

 

 

 


 

目覚めろ、その魂!!

 


 

 

 

「ふんふんふんふ〜ん」

 陽気に鼻歌を歌いながら、彼は民家の庭先の家庭菜園で草むしりに精を出していた。

 髪は特に手入れはしていないようだが、ラフな感じにまとまっている。

 その容姿は男らしいと言うにはやや遠いものの、母性本能を刺激するような穏やかな感じで、まあ美形と言える。

 その身体は何かスポーツでもやっているのだろうか、筋肉質とまではいかないが、適度に筋肉がついている。

 とまあどちらかというとグラウンドで汗を流している方が似合っていそうなのだが、そんな彼がこうして汗を流しているのは、さっきも述べたとおり家庭菜園である。

 本人が実に楽しそうなのだから、他人がどうこう言う筋合いではないのだろうけれど。

「アキトさん、まだやってるんですか?」

 青年に声をかけながら、少女が家の中から窓を開けて庭に降りてくる。薄い青色の髪をツインテールにした少女だが、お世辞にも活発そうには見えない。ついでに言えば青年……アキトともまったく似てはおらず、兄妹というわけでもなさそうだ。

「ああ、ルリちゃん。ほら見てよ、このキュウリ。立派でしょう」

 本当に嬉しそうに、手にしたキュウリをルリに向かって掲げてみせるアキト。

「え、ええ、そうですね……」

 突きつけられたルリはというと、ぐにゃりと曲がってカーブを描くどころか円になってしまっているキュウリを前に、どう反応していいか戸惑ってしまう。

「確かに見てくれは良くないけどさ、その分味は絶品だよ。ほらこのイボイボなんか特にいい感じだし」

 そんなルリの様子に気がついているのかいないのか、アキトは次々にキュウリやトマトを摘み取るとカゴに入れていく。

「今夜はテンカワ特製トマトソースの冷製スパゲティに温野菜サラダにしようと思うんだけど、いいかな?」

 そう言って、ニッコリ。

 アキトの見るものの心を無防備にさせる、そんな笑みにルリは頬を赤らめて見とれてしまう。

「ルリちゃん?」

「え、は、はい! いいですよ、アキトさんの料理は何でも美味しいですから」

「うーん……そう言ってくれるのは正直嬉しいんだけどさ、リクエストとか言いたいことがあったら遠慮なく言ってよね。俺もまだまだ修行中の身だしさ」

「そんなことないです。アキトさんならすぐにでもレストラン開けちゃいます」

 少しムキになったようなルリの言葉に、アキトはまたにっこりと笑ってみせる。

「ありがとう、ルリちゃん。レストランかあ……やっぱり俺、コックを目指してたのかな?」

 ふと、アキトの手が止まり、何かを考え込むような素振りを見せる。それを見てルリの顔にも真剣なものが浮かんだ。

「やっぱり、自分の記憶、気になりますか?」

 一語一語区切るように、ルリがアキトに問いかける。

 テンカワ・アキトは全ての記憶を失っていた。その名前さえも、身につけていたペンダントに刻まれていた名前がそうだったというだけで、本当にそれが彼の名前だという保証はない。

「そりゃあ、ね」

「怖くないですか? 記憶をなくす前の自分が、どんな人間だったんだろうとか」

「そうだなあ。怖くないと言えば嘘になるかな」

 しばらく考えてから、アキトはルリの言葉に答える。でもその顔には相変わらずにこにこと笑みが浮かんでいた。言葉の内容とは違うそんな表情に、ルリは少し疑問を覚える。

 けれどアキトの言葉の続きを聞いて、ルリの疑問はすぐに解けた。

「でもさ。俺は、俺だし」

「そうですね……アキトさんは、アキトさんですものね」

 何というか、実にアキトさんらしい答えだ。

 そう思うと、知らず知らずルリの顔にも笑みが浮かんでいた。

 

 

「こりゃあ、とても人間業とは思えないよなあ」

 スーツに黒いサングラス。その長身も相まって、ヤのつく職業にしか見えないその男は、目の前に立つ木のうろを見ながらそう口にした。

 公立中学校のグランドに植えられた一本の樹。その二メートルほどの高さのところにあるうろの中から、人の手が覗いていたのである。

「どんな大男が、何人がかりでやりゃこんなことができるってんだ?」

 周囲を念入りに調べている鑑識の邪魔にならないよう注意しながら、サングラスの男は樹から離れる。

「ヤガミ警部。詳しい見識はまだですが、これまで見たところ、遺体にこれといった外傷は見当たりません」

「外傷がない? そんなはずはないだろう、たとえ死因が脳溢血や何かだったとしても、あんなところに無理矢理押し込まれれば、無傷で済むはずがない」

 報告してきた細身の部下に、男は聞き返す。

 そう、この男。ヤガミ・ナオはこのようななりをしているにも関わらず、実はれっきとした刑事だったのである。

 それも現場叩き上げの警部。

「……まあいい。ジュン、俺はガイシャの交友関係を洗ってみる。お前は親族の線を当たってみてくれ。こんな惨いやり方だ、怨恨の線が濃いと見ていいだろう。だとすれば、親類縁者が狙われないとも限らんしな」

 直属の部下に向かって指示を出すナオ。それを受けて走り出そうとしたアオイ・ジュンの背中にナオはもう一度声をかけた。

「なあ、参考までに聞きたいんだが、お前の大学の同期が造ってるっていう何とかシステムだったか。そいつならこんなことは可能か?」

「G−3システムです。確かにあれを使えば殺害した人間を樹のうろに突っ込むことは可能かもしれません。でもそんなことをしたら、被害者の身体はボロボロになってますよ」

「だよな。悪い、変なことを聞いた」

「いいえ。G−3システムがどんなものであるか、その実際のところを知る人間は少ないんです。ヤガミ警部の疑問もうなずけます」

 では、と言って今度こそ走り去るジュン。ただその去り際、誰にも聞こえないような小声で、ぽつりと呟いた。

「もっとも、装着員があんな奴じゃ、どんなシステムでも意味がないでしょうがね」

 

 

「聞きました? 例の不可能犯罪」

「それって樹の中に死体が埋め込まれてたってヤツ?」

 ユリカとメグミは科警研にほど近いファミレスで遅めの昼食をとっていた。妙齢の女性が食事中にする会話としては、いささか、いやかなり色気に欠ける内容ではあるが。

 ちなみにダイゴウジ・ガイ(本名ヤマダ・ジロウ)は、G−3システムの各種装備の調整のため科警研に残っている。彼女たちももちろん残っていなければならないのだが、今のところは暇なのだ。

 まあ開発者のユリカが暇だというのもおかしい話なのだが、

「それじゃ、後はお任せしまーす」

との一言を残して、とっとと出かけてしまったわけである。まあ科警研のメンバーもユリカのこんなところにはもう慣れてしまっていた。

「そういえば榎田さん、来ていたそうですね」

「うん。やっぱり気になるのかな。未確認のときは科警研の中心になって活躍してたって話だし」

 二人の話題は科警研の名物研究員、眼鏡美人の榎田ひかりに移っていく。未確認生命体事件では文字通り科警研の先頭に立って指揮していたという。噂によると第四号の正体も知っているとのことだが、これは話半分に受け止めておいた方がいいだろう。

「何でも榎田さん、再婚も近いらしいって話だよ」

「えーっ、それ、本当ですか?」

「うん。城南大学の助教授の人だったかな。考古学者で、やっぱり未確認が縁で知り合ったんだって」

 言葉だけ聞くと、なんだか嫌な縁だな。

 軽く冷や汗を流しながら、メグミはそんなことを思う。

「さてと、そろそろ戻りますか」

「あ、はい。そうですね」

 腕時計にちらりと視線を落としてメグミも答える。

「んじゃ、ここはワリカンで」

「……ユリカさん……」

「あはは、ダメ?」

 

 

 二日後。警視庁の会議室にヤガミ・ナオ、アオイ・ジュンをはじめとした捜査一課の面々、それに幹部のお偉方、そしてG−3ユニットチームのメンバーが集まっていた。先日の不可解な事件についての捜査会議である。

「以上、今回の事件はあまりにも不可解な点が多すぎます。殺害方法も特殊であり、犯人像を推測することさえ困難です。率直な感想を言わせてもらうならば、今件の犯人が人間であるとさえ思えません」

 スライドを使ってこれまでに判明したことを説明していくジュン。その説明をジュンは先のような言葉で締めくくった。

「人間であるとは思えないと言うが、では犯人はなんだというのだね?」

 ミスマル・コウイチロウの質問に軽く咳払いをしてから、ジュンははっきりと言い切る。

「私の直感ではありますが、未確認生命体。もしくはそれに準ずる何者かではないかと」

 未確認生命体。思いも寄らなかったその単語に会議室がざわめきに包まれる。

「未確認生命体って、確かに第0号はその死亡が確認されたはずでしょう!?」

 席から立ち上がってわめくムネタケ。いかに驚きが大きいものだからといって、こうもあっさりと取り乱しては、人の上に立つものとして不適当だと宣伝しているようなものだ。他の幹部たちの冷たい視線が彼を射抜くが、ムネタケがそれに気づいた様子はなかった。

「ムネタケくんも落ち着きたまえ。なるほど、それで君がこの会議にG−3システムのメンバーの同席を求めた理由が飲み込めたよ」

「はい。推論の状況ではありますが、有事の際に速やかに出動できるようお願いいたします」

「まかせ……グハッ!」

 ガバッと席から立ち上がり、ポーズを取ろうとしたガイだったが、両隣のユリカとメグミに足を思い切り踏みつけられて未遂に終わる。

 何事かと注目を浴びたが、ユリカとメグミは愛想笑いを浮かべてその視線を受け流した。その真ん中で涙を浮かべるガイを、ジュンは他の面々とは違った鋭い視線で睨み付けていた。

 

 

 日はすでに暮れ、月も雲に隠れてしまい明かりもない闇夜の公園。少年は家への近道であるその公園を横切っていた。

 担いだ鞄が重いのは、決してその中身のせいだけではない。少年の父親が、つい先日不可解な方法で殺されたのだ。

 父は絶対に人から恨みを買うような人間ではなかったはずだ。しかし、ならばどうしてあんな惨たらしい殺され方をしたのだろうか。

 警察も何度となくそれを訊ねてきたが、少年にも、母親にも答えようがない。ただ心の闇が重くのしかかってくるばかりで。

 闇夜の公園を少年はうつむきながら歩く。

 その背後に、少年の姿にじっと視線を送り続けている、異形の存在に気がつくことなく。

 

 

「今度は息子ですか」

「ああ。手口はほぼ同じ。目撃者も無し。どうやったら樹の中に人間を突っ込むなんて真似ができるんだか、さっぱりわからねえ」

 住宅街の中央に位置する中規模の公園。ちょっとした息抜きの場所に最適だと、付近の住民はよくここを訪れている。

 だがいまこの公園をにぎわしているのは、その全てが警官だった。テープが張り巡らされ、野次馬の進入を防いでいる中で現場検証が続けられている。

 そしてその中央にあるのは、一本の樹と、そのうろに突っ込まれて腕だけが覗いている少年の遺体だった。

「まったく、こうなってみるとお前が言っていた未確認ってのも、あながち的外れじゃねえかもしれないな」

 ナオが冗談のつもりでジュンに向かって言う。だがその軽口を、ジュンは殊の外真剣に受け止めているようだった。事実、もしこれが本当に未確認生命体の仕業によるものならば、笑い事ではない。そのことに気づき、ナオは苦々しげにくわえていたタバコを離すと、それを携帯灰皿でもみ消した。

「とにかく、これで残るは一人……か。しばらく張り込むぞ」

「はい。分かってます」

 最初の被害者の家族は妻と子供が一人。怨恨にしろ何にしろ、続けて家族が殺されたとなれば、最後の一人も狙われる可能性は高い。

「で、例の何たらシステムだっけ。あれは当てにできそうなのか」

「G−3システムです。システムそのものは優秀です。ですから、期待したいのですがね」

 

 

 警視庁の特殊車両専用の駐車場に止められた一台の大型トレーラー。その後部コンテナに作られたオペレーションルームで、ユリカとメグミの二人が紅茶を飲んでいた。

「今日からしばらくGトレーラーに泊まり込みですか」

「まあ仕方ないよね。いつ出動要請が入るかわからないんだし」

 例の同一犯によると思われる殺人事件、その捜査本部から正式にG−3システムチームに要請が入った。犯人が未確認生命体である可能性を考慮し、警戒体制に入るようにとのことである。

 何処まで本気で犯人が未確認生命体だと考えているかは分からないが、言われたのだからこうやって待機していなければならない。しかし女性二人に男性一人という構成のチームである。ガイ(本名ヤマダ・ジロウ)がどこに追いやられてしまったか、察してほしい。

 

「冷え込むなあ、おい」

 護衛対象の住む家の近く車を止め、その車中でナオとジュンは張り込みを続けていた。他にも二台、同じように張り込んでいる車がある。三日と空けずに犯行を重ねた犯人だけに、すぐにまた犯行に及ぶ可能性がある。しばらくはこうして張り込みを続けなければなるまい。

「そう言えば鑑識から奇妙な報告が上がってきました。被害者の死因ですが、二人とも窒息死だそうです」

「窒息死? 首を絞められて殺された後、突っ込まれたっていうのか」

「いえ、首には絞められたような後は残っていません。あえて言うなら、溺死に近いと」

「溺死? わざわざ水に顔突っ込ませて溺れさせたっていうのか」

「違います。近いと言うだけで、溺死ではないそうです。これは鑑識官が冗談混じりに言っていたんですが、生きたまま樹の中に埋め込まれて、息ができなくなったのではないかと」

 それまではシートに背を預けながら、どこか皮肉混じりに声を返していたナオだったが、そのジュンの言葉にはさすがに顔を青くして跳ね起きる。

 鑑識官の冗談がもし真実だとすれば、そんなことができるのは一体何者だ?

「あれ? ヤガミ警部、対象が外出するようです」

「なに?」

 ジュンが指さす方向を見ると、確かに家から出てきた護衛対象の女性が、周囲を気にしながらどこかに出かけようとしていた。

「行くぞ」

 すぐに二人も車を降りて後を追う。女性はどうやら例の公園に向かっているようだった。

「墓参りのつもりでしょうかね」

「さあな。だが正直、不用心としか言えないな」

 息子が殺された場所に膝を突き、女性は手を合わせていた。その様子を離れたところから見ているナオとジュン。その二人の視界に、自らの常識を疑うような存在が飛び込んでくる。

「な!?」

 ジャリ。ジャリ。ジャリ。

 公園の地面を踏みしめながら、ソイツはゆっくりと女性に近づいていく。足音に気がついて振り返った女性は、目の前に迫ったソイツの姿に絶叫した。

 その絶叫をきっかけにしたかのように、ナオとジュンが物陰から飛び出す。ジュンが女性に駆け寄りその身柄を確保すると共に、ナオがそれを庇うように立ち取り出した拳銃をソイツに向ける。

 そう、拳銃を抜くことを躊躇うことさえできなかった。

 ソイツは、豹の姿をした異形の存在だった。

「くっ!」

 縫いぐるみなどではない、それを察知してナオは迷わずに引き金を引く。くぐもった破裂音と共に、銃口から鉛玉が豹男目がけて飛んでいく。

 しかし弾丸は豹男に届くことはなかった。その寸前で、見えない何かに受け止められたかのように空中で止まっている。

「う、嘘だろおい!」

 叫びながら弾倉が空になるまで引き金を引き続ける。ただ事ではないことを察知したジュンも、拳銃を抜いてナオの隣で引き金を引く。

 しかしいくら撃ち続けても結果は同じだった。弾丸は全て豹男の目前で宙に浮いている。

 ニヤリ。

 豹男は確かに口元を歪めると右手を胸の前にかざし、その甲で揃えた左手の人差し指と中指でアルファベットのZにも似た記号を描いた。

 

 

「はっ!?」

 洗い物をしていたアキトの脳裏に、不思議な映像が浮かび上がった。豹の頭の化け物がコートを着た青年に襲いかかっている映像だ。

 全身の筋肉が細かく震え出す。記憶を失っているはずなのに、自分はあの怪物を知っている。

 いま自分が何をしなければならないかを知っている。

 手に持っていた食器とスポンジを置くと、アキトは一直線に駆け出していた。

「アキトさん?」

 リビングからアキトを呼びにきたルリが見たのは、水が出しっぱなしのシンクと放り出された洗い物の山。

 不思議に思いながらも水を止めたルリの耳に、アキトのバイクのエンジン音が聞こえてくる。

「アキトさん!」

 慌てて外に出たルリだったが、すでにアキトは走り出した後だった。すぐに見えなくなってしまったその背中に、何処か不安めいたものが頭の中をよぎっていく。

「アキトさん……」

 

 

 Gトレーラーのコンテナにサイレンが響く。すぐにメグミがヘッドセットを付けて通信機のスイッチを入れる。

「G−3システム、出動要請です!」

「了解! ヤマダさん!」

「おっしゃああああああっ!!」

 ユリカのその声で、簀巻きにされて床に転がされていたダイゴウジ・ガイ(本名ヤマダ・ジロウ)が、その全てのロープを引きちぎって飛び起きる!

「この! ダイゴウジ・ガイ様の出番がやってきたぜぇー!! 相手はキョアック星人か?」

「Gトレーラー、発進お願いします」

 ガイの叫びを完璧に無視して、ユリカはトレーラー運転席に乗り込んだスタッフに声をかける。メグミも同じようにガイのことなど無視して入ってくる情報を整理している。

 だがそんなことはガイには一向に関係ない。喜色満面でG−3システムを身につけていく。足、腕、ベルト、胴体、肩。そして最後に青いマスクに手をかける。

 未確認生命体第四号をモデルにして造られたそのマスクのデザインは、どこか昆虫を思わせる。さすがに神妙な面持ちで、ガイはそのマスクを被る。

「レッツ、ゲキガイン!!」

 ……前言撤回、ただ喜びに打ち震えていただけのようだ。ともかく、シュッという音と共に後頭部のロックがかかる。

「G−3システム、アクティブ」

 メグミの操作する端末に、G−3システムの各部の状態がモニターされる。コンディションは全て良好、オールグリーンだ。

「ヤマ「ダイゴウジ・ガイだ!」ダさん、ガードチェイサーに」

 相変わらずガイの叫びは無視され続ける。とうとう言葉に詰まってしまうが、それでもめげずに車体後部にマウントされた大型バイクの隣に立つ。

 ガードチェイサー。G−3システムの専用装備として開発された、高性能バイクだ。第四号の手に渡ったトライチェイサー、ビートチェイサーのようなオフロードバイクではないために軽快な走りは期待できないものの、高速走行時の安定性や積載量ははるかに上回る。

「よっしゃあ、ようやくゲキガンガー3の出番だぜ!」

 ガードチェイサーに乗るや否や大声で叫ぶ。

「ゲキガンガー?」

「G−3システムのGは、『Generation』なのに……」

 そんなガイの様子をユリカもメグミもやはりジト目で見ていたが、そんなもの何処吹く風だ。意気揚々とガードチェイサーにまたがったG−3=ガイは、握り拳を作ってオペレーションルームの二人に合図を送る。

「準備OKだ! 出してくれ、博士!」

「誰が博士なのよ、本当にもう。プンプン!」

 年齢を疑ってしまいそうな発言をしながらも、ユリカは手元のキーボードを操作する。ディスプレイにガードチェイサーの発進システムが線画で描き出されると、コンテナの後部が開いた。

 一般道に出ていたGトレーラーがサイレンを鳴らし周囲を走る車に離れるよう呼びかける。周囲が開けるとユリカはエンターキーを勢いよく叩く。するとガードチェイサーの乗ったステップが後ろにスライドし、コンテナの外に出る。そのままスロープになると今度はガードチェイサーを留めていたフックが放された。

 アスファルトをその二つの足でしっかりと捉えたガードチェイサーは、派手に足跡、タイヤマークを残すと一気に加速してGトレーラーを追い抜いていった。

 

「ど、どうなってんだ、銃が効かないなんて!?」

 豹男から必死に逃げながら、ナオとジュンは自分たちの置かれている現状に毒づく。

 未確認生命体かもしれないとは言っていた。言っていたが、こうして正体不明の存在に出くわすと、その理不尽さに訳もなく腹が立つ。

 ひとまず女性は逃がしたが、こいつをここに留めておかなければすぐに追いかけることだろう。

 しかしどうやってこんな化け物を食い止めればいいのだ?

 効かないと分かっている銃を撃ち続けながら、ナオとジュンは死に物狂いになって豹男の行く手を塞ぎ続ける。

「うわっ!」

 だがとうとうジュンが豹男に捕まってしまう。頭を鷲掴みにされ、高々と抱え上げられる。成人男子にしては細身のジュンとはいえ、それを片手でこともなげに扱うこの化け物にナオは正直震えていた。

 そのまま豹男がジュンを近くにあった樹に叩きつける。衝撃に一瞬息が詰まったジュンだったが、すぐに異変に気づいた。

「……!?」

 自分の身体が、樹の中に沈み込んでいるのだ。それこそこの樹が水になってしまったかのように。

(被害者たちもこうして!?)

 それが分かっても、いまは意味がない。このままでは自分が新たな犠牲者になってしまう。だが頭を掴むこの太い腕はジュン程度の力ではびくともしない。

「う、うわあああぁぁぁっ!!」

 目前に死を意識し、ジュンの中の何かが壊れた。大声で叫び四肢を暴れさせ必死にもがく。だがそれもこの化け物にとってはなんの障害でもないらしく、口元を微かに歪ませて腕に力を込める。

「ガァッ!? ガアアァツ!?」

 どこかから聞こえてきたエンジン音。続けて何かがぶつかる鈍い音。それと共に頭を締め付けていたものが取り払われたが、ジュンの頭は痛みと恐怖とで認識力が著しく鈍っていた。

「生きてはいるな。おいオッサン、こいつのことは頼んだぜ!」

 聞こえてくるのは誰の声か。それを思い出す前に声の主は何処かへ行ってしまう。

「おい、ジュン! 大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄ったナオの声に応えることも出来ず、ジュンはそのまま意識を失った。

 

 

「研究所、こちらガイ。現在ターゲットを追跡中。未確認生命体かは確認できなかったが、同じぐらいヤバイ奴だって事は確かだ」

 入ってきた連絡と映像に、ユリカは形のいい眉を寄せて考え込む。

 確かに映像を見る限り未確認生命体とは断言できない。だが見るからに普通じゃない。未確認と同等か、もしくはそれ以上にヤバイかもしれない。

「ヤマダさんはそのまま追跡を続けてください。絶対に逃がさないでくださいよ!」

「了解! このガイ様にまかせとけ!」

 通信を終えると、ガイはガードチェイサーのアクセルを開けてスピードを上げる。ヘッドライトは豹男の背をずっと捉え続けている。スピードメーターは百キロを優に超えているというのに、呆れた足の速さだ。

「この先は廃工場だったな……へっ、戦うには都合がいい場所だぜ」

 そのガイの呟き通り、豹男は閉鎖されて久しい廃工場へとその姿を消す。ガイもガードチェイサーを止めるとホルダーから拳銃を取り出した。

「GM−01、アクティブ」

 Gトレーラーのメグミの端末に、G−3が専用拳銃GM−01を手に取ったことを示すデータが表示される。

「G−3システム、ミッションスタート」

 ユリカの宣言と共に、ガイはゆっくりと廃工場の中へと足を踏み入れた。

 真夜中の廃工場の中は、G−3システムの暗視カメラでも細部を捉えるのは難しかった。それでもガイは中の様子を窺いながら、前に進んでいく。

「ガァッ!」

「出やがったか! んなっ!?」

 振り返ったガイの首筋を締め上げる太い腕。喉を鷲掴みにした豹男は、そのままガイを壁に力任せに叩きつける。そのまま今度は大きく腕を振るって、放置された資材の中に放り投げた。

 派手な音を立ててガイは資材の中に突っ込んでいった。それを追いかけて歩き出す豹男。

「この野郎が!」

 上に乗っている資材をまき散らしながらガイは立ち上がる。そしてほとんど抜き撃ちでGM−01のトリガーを引いた。

「お、おいおい!?」

 しかしその弾丸は空中で止まっていた。直也ジュンの撃った弾がそうであったように、GM−01の弾丸も豹男には届いていない。

 それでもめげずにトリガーを引き続ける。だが弾丸は一発も届かない。GM−01に装填されているのは全て神経断裂弾だ。命中さえすれば未確認生命体なら一撃で、そうでなくてもかなりの効果はあるはずなのだが……。

 豹男がガイの腕からGM−01を叩き落とす。返す刀で側頭部に裏拳が叩き込まれる。手首のスナップだけで放たれたそれだったが、ガイの身体は軽々と宙を舞い数メートルの距離を飛ばされてしまう。

「ダメージがレッドゾーンに突入しました! このままでは危険です!」

 表示されるデータに、報告するメグミの声も裏返ってしまう。

 圧倒的だ。あまりにも力の差がありすぎる。

「ヤマダさん、離脱してください! ヤマダさん!」

 

 

 豹男とG−3が入っていった廃工場。その入り口に一台のバイクが止まった。

 シートから降りてヘルメットを外した青年。それは間違いなくアキトだった。

 廃工場の中へと駆け出そうとしたアキトだったが、何者かの気配を感じて止まる。暗闇に目を凝らすと、こちらに歩いてくる影が見えた。

 ゆっくりと近づいてくる影。それはG−3が追ってきたのと同じ豹の頭を持った化け物だった。だがG−3が追ってきたのは黄色い身体だったが、こいつは黒かった。

 黒豹男はアキトの姿を認めると、豹男が取ったのと同じように右手の甲の上で左手でZを描く。その仕草を見た瞬間、アキトの身体は反射的に動き出していた。

 左の腰で両腕を重ね、続けて左右に広げる。古武術の構えにも似たその動作とともに、アキトの腰が鈍く光る。

 光はすぐにはっきりとした形となる。アキトの腰を覆うそれはベルトのように見えた。

「変身!」

 かけ声と共にベルトの左右の腰の部分を両手で叩く。次の瞬間ベルトのバックルが金色に輝き、続けてアキトの身体も光り出した。

 かと思うと全身が黒いスーツで包まれ、瞳が大きなバイザーで隠される。そしてまた次の瞬間には、上半身が金色のアーマーで、顔が甲虫の角のような飾りの付いたマスクで覆われていた。

「……アキト!」

 アキトの変身を目にし、黒豹男の動きが止まる。だがそれは単純に驚いたというよりも、捜していたものを見つけだした喜びで止まったように見えた。

 黒豹男が右腕をかざす。その手の中に虚空から刃が三つ又に分かれた矛が現れる。取り出した矛を構え、黒豹男はまっすぐにアキトに向かって突っ込んできた。

 繰り出される突きを両腕で外に払う。やはり古武術に通ずるものがある動きでアキトは黒豹男の攻撃に対処していた。

 だが武器による圧倒的なリーチの差は、アキトに攻撃に転じる暇を与えない。懐に飛び込めればまだしも、黒豹男もそれを心得ているらしくなかなかアキトの接近を許さない。

「はっ」

 突き出された矛を右の脇に抱え込んで動きを抑える。そのまま空いている左手でベルトの左腰の部分を叩く。

 バックルが青く輝き始め、同時にその中から一メートルほどはある棒のようなものが飛び出してくる。それを左手に持つと、アキトは抱え込んでいた矛を放して、左手の棒で大きく上に払い上げた。

 アキトと黒豹男との間合いが開く。二人がにらみ合う中、アキトが手にする棒が伸び、さらに両端が変形してハルバードに姿を変えた。それと共に金色の鎧も青くその色を変え、また左の肩当てが一回り大きくなる。

 両腕でハルバードを回転させる。巻き起こる風が竜巻のようにアキトを包み込んでいく。

 慎重に間合いを測っていた黒豹男だったが、やがて意を決したのか、大地を蹴って一気にアキトに向かって踏み込んでいった。

 神速。

 まさにその言葉が相応しい、すさまじい踏み込みだった。だがアキトは突き出された矛を払い落とし、そのままの勢いで胴を薙ぐ。

「ガッ!」

 ただそのうめき声だけを残し、黒豹男はアキトの目前で爆発、四散した。

 黒豹男を倒し緊張を解くアキト。だがその視線が宙へと向けられる。

 黒豹男の爆発の煙に隠れ、次なる敵が襲いかかってきたのだ。掲げたハルバードが刃を受け止める。それに続けて次々と振るわれる刃。その全てをアキトは受け止めていたが、ハルバードの長さが災いして、反撃に移ることが出来ない。

 それでもどうにか間合いを離し、体勢を立て直す。距離が空くと相手もただ突っ込んでいくのは無謀だと悟っているのか、慎重にアキトの動きに目を配っているようだった。

 今度アキトと対峙しているのは、白い豹男だった。その手に持つのは長い直刀。重さで叩き斬るタイプの剣だ。

 相手の持つ武器がなにかを悟ると、アキトは今度はベルトの右腰の部分を叩いた。

 バックルが赤く光り輝くと、左手のハルバードが消え、鎧も青から赤に変わる。そして今度は右の肩当てが一回り大きくなっていた。

 バックルから今度は曲刀が飛び出してくる。アキトの角を模したような柄のその剣を右手に持つと、アキトは体勢を低くして身構えた。

 アキトと白豹男、二人が同時に飛び出す。右かと思えば左、上と思わせて下。繰り出す剣がことごとく互いの一撃を受け止める。

 つばぜり合いの体勢になり、お互いに体重を乗せて押し合う。そのままいつまでも続くのかと思われたが、不意にアキトが身体を引いた。

 いきなりのことに白豹男が体勢を崩す。その腹部に強烈な横蹴りが決まる。たまらずに吹っ飛んでいく白豹男。よろよろと立ち上がるその相手を見やりながら、アキトは剣を構えて体勢を低くする。

「グルゥ……グァァァッ!」

 アキトの攻撃にキレたのか、白豹男は低く唸ると手にした剣を高く掲げたまま突進する。それに合わせてアキトもまた駆け出す。

「はあっ!」

 二人が交錯するその刹那、柄の角が左右に展開する。白豹男が振り下ろした剣を下から大きくはね上げ、返す刀で袈裟切りに切り捨てる。ビクッと一度大きく痙攣すると、白豹男は前方に倒れ込み爆発した。

 

 

「ヤマダさん! 離脱してください!」

 しきりに聞こえてくる声を、敢えてガイは無視していた。

 まったく、こんなところで逃げ出したらヒーロー失格だ。引き立て役にだってなれやしないぜ?

 それに、ここから逆転して見せてこそヒーローの真骨頂ってもんだろうが!

「まだまだくたばんねえぜ、この俺はよ!」

 無造作に歩み寄ってきた豹男の腹に渾身の前蹴りを叩き込む。衝撃で体勢を低くしたところに、両手を組んでハンマーを落とす。

 まともに後頭部に喰らってはさすがに効いたと見えて、豹男は地面に這いつくばるように叩きつけられた。

 その隙にガイは痛む身体にむち打って、GM−01を拾いながら止めてあるガードチェイサーまで走る。たどり着いて豹男がまだ追いついていないことを確認して、車体後部のボックスのキーを解除する。

「GG−02、ロックが解除されます!」

「うそっ!? ヤマダさん、早く離脱してください!!」

「へっ、冗談はやめてくれよ博士。まだ俺は負けてないぜ」

「でも、GM−01が通用しないんですよ!? ここは一度態勢を立て直して……」

「だからGG−02を使うんだろうが! 行くぜ、GG−02、アクティブ!!」

 ボックスから取り出したパーツを組み上げ、GM−01に装着しグレネードランチャーを作る。

 これがG−3システムが使用する最強の火器、強化型グレネードランチャーGG−02である。速射性や命中性などはGM−01に大きく劣るが、その分破壊力は桁違いだ。

「きたなバケモン! こいつをお見舞いしてやるぜ!」

 後を追って姿を見せた豹男に向かってGG−02の銃口を向ける。豹男もガイが構える武器の存在を見ていないわけではないだろうが、気にした様子もなく真っ正面から向かってくる。

「吹っ飛べ! ゲキガンシュート!」

 トリガーが引かれる。発射された弾丸は炎の矢となって豹男に向かっていく。そしてその肉体を吹き飛ば……すその直前でまた止まった。

「んなぁ!?」

 さすがにこれにはガイも顔色を変えた。驚愕し硬直するガイの目前まで豹男はやってくると、その一撃でGG−02を叩き落とす。そしてまた首根っこを掴み上げると、高々と持ち上げた。

 そのまま軽々と放り投げられる。ろくに受け身も取れずに地面に叩きつけられるガイ。ディスプレイに表示されるG−3システムのコンディションは、すべてレッドゾーンに突入していた。

「ヤマダさん!」

 ユリカの叫びがGトレーラーの中に響く。だがガイは立ち上がるのがやっとという状態であり、反撃はおろか逃げ出すことも難しい。

「まだ、まだだぜ……とっておきのヤツ、いくぜ! ガァァイ! スゥゥゥパァァァァ、アッパァァァァァァッ!!」

 限界はとっくに超えているにも関わらず、ガイは猛然と豹男に向かってダッシュする。その目前で深く身を沈め、両膝のバネにため込んだ力を一気に解放する。狙うは標的の顎、その一点のみ!!

 バシィッ!

 だが、ガイの拳が命中したのは豹男の手の平の中だった。ガイの最後の力を振り絞っての一撃を苦もなく受け止めた豹男は、容赦ない膝蹴りを叩き込む。そしてぐったりとしたガイを再び大きく投げ飛ばした。

「が、はぁっ……」

 背中から激突し、肺の中の空気が無理矢理吐き出させられる。今度こそガイは一歩も動くことが出来ず、その場に転がったままになっていた。

 ゆっくりと、無慈悲なまでに同じリズムで、砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。豹男が、自分にとどめを刺そうと向かってきているのだ。

 だがさすがに身体のあちこちにガタがきてしまっていて、指一本動かすだけでも全力を振り絞らなければならない。これではとうてい逃げ切ることなど出来ないだろう。

(まずったかな、こりゃ……?)

 ここでようやくガイも自らの失敗を悟る。しかしその授業料が己の命では、反省を次回に生かすことも出来やしない。

 だが、これまで規則的なリズムを刻んできた足音が不意に止んだ。

「グルルルルル……」

 低い唸り声が聞こえてくる。まるで何かを威嚇しているかのような……。

「なんだってんだ……?」

 どうにか転がってうつ伏せになる。そしてこちらに背を向けている豹男の視線を追う。

「あれは……」

 こちらに向かって歩いてくる人影。それもまた人間ではない。だがこの豹男のような異形の化け物ではない。むしろその姿はG−3に近い。

「まさか……第四号?」

 モニターを通してそれはGトレーラーにも伝わっていた。

 映し出される姿にメグミが思わず口元を抑えて呟く。そこに立つ影は、確かに第四号の姿を彷彿とさせる。

「ううん、違う。第四号じゃ、クウガじゃない……」

 G−3システムの参考にするために第四号の資料を片っ端から漁ったことのあるユリカは、この人影が第四号、一部の間でクウガと呼ばれていた存在ではないことを悟っていた。

 ではいったい何者なのだ?

 結論が出せないまま、その人影と豹男はその距離を詰めていく。

 

 

 間に合った。

 まだ残っていた波動を追ってきてみたが、ギリギリのところだったようだ。

 しかしあれはなんだろう。こいつと戦っていたらしいが、あんなものは記憶にはない。

 アキトが思考の海に潜り始めたのと前後して、豹男が間合いを一気に詰める。アキトも素早く反応して構えを取った。

 雄叫びと共に振るってくる拳を、腕を回して外に払う。アキトの古武術のような体術は、互いに徒手空拳となってその強さが際だっていた。豹男が次々に繰り出してくる攻撃を、アキトはことごとく受け流している。

「はあっ!」

 体を旋回させながら、無防備な背中に掌底を叩き込む。大きく体勢を崩したところに、続けて横蹴りが繰り出される。それは振り返った豹男の顔面を完璧に捉え、その身体を宙に舞わせる。

「フゥゥゥゥ……ハァァァァァ……」

 軽く足を開き、両腕を開きながら体勢を低くする。そのまま左手を腰の横に固定すると、ゆっくりと右手をその上に重ねるように添えつつ、体重を前に掛けていく。それはまるで居合い抜きの構えのようでもあった。

「グァァァァァァッ!!!」

 起き上がった豹男が怒りからだろうか、大きく肩を震わせながらアキトに向かって突進する。その姿をアキトはその両眼ではっきりと捉えていた。

 額の角が左右に展開する。アキトが立つ大地に、光の紋章が浮かび上がる。その紋章は竜の顔のようにも見えた。

「はああぁっ!!」

 大地を強く蹴って、高々と宙に舞う。両足を引きつけ、溜めた力を右の足一点に集中させて蹴り出す。

 瞬間、アキトの身体は残像を残して豹男の胸板に強烈な跳び蹴りを喰らわせていた。

 反動を利して後方に宙返りするアキト。キリモミをきめて着地したその背後で、豹男は一撃を食らった胸を押さえてもがき苦しんでいた。

 頭の上に光の円盤が浮かび上がる。その円盤が一際強く輝き、そして消え去った瞬間、豹男の肉体は爆発した。

「ま……待て……」

 立ち上る火柱に背を向けてアキトは歩き出す。

 その去っていくアキトに向かってガイが手を伸ばす。だが声は音にはならず、伸ばした手も震えただけで一センチも動いてはいない。

 それでもなお、必死にもがくガイの視界からその姿が完全に消えたとき、ガイの意識もまた暗い闇に閉ざされた。

 

 

(俺は……いったい……)

 自らのバイクを駆りながら、アキトはついさっきまでの自分の身体に恐怖を禁じ得なかった。あの化け物も化け物なら、それをことごとくうち破った自分。自分はいったい何者なのだろうか……。

 だがその答えは、あの化け物たちが握っているような気がしてならない。だとすれば、この力はあの化け物たちと戦うために与えられたのだろうか。

「ダメだ、いくら考えても分からない……」

 だが、一つだけ確実に言えることがあった。

 もしまたあのような化け物が現れたなら、きっと自分は戦うだろう。

 仮面ライダーアキトこと、テンカワ・アキト。

 人々を救うため、自らの記憶を取り戻すため。彼の戦いは始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

< あとがき >

 

一発ネタです。続きません。

 

 アギトの主題歌を口ずさんでたとき、ついつい「アギト」を「アキト」と間違えたのが運の尽き。立て続けに電波が飛んできました。

 まあナデシコ系ページを隅から隅まで探せばどっかに同じネタがあるような気がしないでもないですが……あったらあったでそのときですかな(開き直り)。

 最初に書いたとおり、一発ネタなんで続きません。つーか続けられません。伏線ばっかで謎が全然明かされないんだもんよ、あの番組。

 

 いまのところ、とあるゲームをナデキャラ(と言うより時の流れにのキャラ)でやってみようかと企んでますが、流動的です。

 それでは、皆さんの行く先に茜と山査子の棘がありますように……(果たしてこれでどれだけの人が分かるでしょうかね?)

 

 

 

 

 

代理人の感想

 

続かないのかっ(ガビーン)!?

 

まぁ、伏線が全然明かされないという点においては全くその通りで、納得するしかないんですが(苦笑)

 

ちなみに、アクションオフ会の馬鹿話(きっかけは教授の替え歌)でネタになった事がありましたが・・・・

やっぱり氷川くんはガイで北条はジュンでした(笑)