機動戦艦ナデシコ(劇場版after)


〜after the rebellion of Mars〜


第4話 黒百合


 
 
 
 
 
 

「・・・いじわる」
 
 
 
「それは、昔からわかってた事だろ?」
 
 
 
艦長がひらひらと手を振って、バーチャルルームを後にする。
 
 
その様子を見た後、私は手元に開いていた映像を閉じた。
 
 
 
「あれじゃ、まるで恋人みたいじゃない・・・」
 
 
 
頬を膨らませて、オモイカネに話しかける。
 
 
 
『艦長ノホウハ ソンナ気ハ ナイミタイダケド』
 
 
 
目の前に、オモイカネの答えが流れる。
 
 
 
「・・・でも、テンカワさんとミスマルさんってあんな感じだったんでしょぉ〜」
 
 
 
『ウーン アノ2人ハ 特殊ダカラ・・・』
 
 
 
この紫陽花に載せているオモイカネは、ナデシコAの株分けみたいなもの。
 
 
初代のナデシコのデータ、というか記憶をそのまま持っている。
 
 
 
「特殊って言われてもよくわかんない〜。ね、アルファ。もっと詳しく教えてよ」
 
 
 
正しい名前は『オモイカネα』なんだけど、呼ぶのが面倒くさいし、姉さんのオモイカネと
 
 
区別もしなきゃいけない。
 
 
と言う事で、私はそう呼んでいる。
 
 
 
『・・・アナタノヨウナ子供ニハ マダ ワカリマセンヨ。』
 
 
一瞬の逡巡の後、アルファが答える。
 
 
 
「え〜、アルファのばか、子供扱いしなくてもいいじゃない!」
 
 
 
アルファにも、私に知られたくない事があるらしく、今のようにその事について聞かれたら
 
 
こう言う風に私をからかうのだ。
 
 
私も、いくら聞きたい事でも、アルファがそういう答えを返す時には、以後その問いはしないように
 
 
している。 
 
 
 
『イイノデスカ? 艦長ノ所へ行カナクテ? 約束、アッタノデショウ?』
 
 
 
あ!そうだった!それじゃ、アルファ、後の事よろしくね」
 
 
 
なんかいろんなことがあったので、すっかり忘れてしまっていた。
 
 
初めてあった時の約束。
 
 
艦長は、覚えているかな?
 
 
私は、アルファに後の事を任せると、急いで艦長の所に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あなたも、色々と大変ね」
 
 
 
紫陽花発進までの細かな処理を行っていた私に、声を掛けてくる存在があった。
 
 
 
「時雨さん、でしたね。どうしました?」
 
 
 
つい先程までコハクちゃんがいた所に、見覚えのある人がいた。
 
 
いや、人と言ってしまっていいのかもわからない。
 
 
紫陽花副長 中葉 蛍さんの愛機、白刃のメインコンピューター。
 
 
しかし、高度なシステムのおかげで、ほとんど人に近い存在として、そこに在ることが出来る。
  
 
 
「ん? 別にすることもないから、友達と話しに来たの」
 
 
 
「友達、ですか?」
 
 
 
ブリッジの中には、人はいないのだけど・・・
 
 
 
「そ、アルファ、あなたと」 
 
 
 
優雅な足を組替えながら、こともなげにそう言う。
 
 
いまさらだが、今の時雨さんの姿は二十歳を少しすぎたくらいだ。
 
 
艦長達をからかった時のような、小さな女の子の姿ではない。 
 
 
 
「・・・そうですか。ありがとうございます」
 
 
驚きを抑えこんで、普通を装って答える。 
 
 
「うん。こっちもありがとね」
 
 
こっちの返答に、向こうも驚いたのか、はにかんだような顔を浮かべる彼女。
 
 
昔の体験・・・ナデシコAでの経験がなければ、こう答えていただろう。
 
 
『所詮、私は機械です。ほっといてください』と。
 
 
ナデシコAでの年月は、色んな事を教えてくれた。
 
 
笑ったり、泣いたり、喜んだり、悲しんだり。
 
 
自分や、他人の行動に起因する、感情のすべてを。
 
 
 
「・・・あなたも、私みたいに実体化できればよかったのにね」
 
 
 
「なぜです?」
 
 
 
「だって、私が話しにくいんだもの」
 
 
 
本気か冗談かよくわからない口調で、時雨さんが呟く。
 
 
 
「そうですね。私も、そうです」
 
 
 
自然に笑いがこみ上げてくる。
 
 
人とつきあっていくって、こんな事なのかもしれない。
 
 
 
「それはそうと、さっき、なんで話してあげなかったの?テンカワ夫妻のこと」
 
 
 
「聞いてたんですね。人が悪い」
 
 
 
「まね。でも、ホントに教えなくて良かったの?」
 
 
 
「言っても、まだそのような事を理解するような年ではないですから、それに・・・」
 
 
 
「少し重い話には、なるわね」
 
 
 
私の言おうとしていた事を、見事に先読みされる。
 
 
 
「でも、それだけじゃないわよね?」
 
 
 
見上げるように、挑戦的な眼差しがこちらを向く。
 
 
 
「他にも理由はありますが、この場は秘密と言う事にしときます」
 
 
 
私の言葉を聞いて、ちぇっ、と言う顔を見せる。
 
 
 
「それじゃ、私は白刃に戻るわ。なんかマスターが呼んでるみたいだしね」
 
 
 
「はい。それでは、また」
 
 
 
手を振って、時雨さんは、来た時同様、一瞬で姿を消していた。
 
 
 
「・・・ふう」
 
 
 
誰もいなくなったブリッジ。
 
 
実体を持たない私の声は、実際に響くわけではないけれど。
 
 
 
「私のわがまま、だから・・・」
 
 
 
妙に寂しく聞こえるのは、私の間違いなのだろうか?
 
 
 
「多分、そうだから」
 
 
 
言わないことで、同じ事を繰り返すかもしれないけれど。
 
 
 
「今は、まだ、言えない」
 
 
 
今度は、間違えない。
 
 
 
検索機能を使って、コハクの現在位置を調べる。
 
 
どうやら、まだ艦長とは会ってはいないようだ。
 
 
 
(手のかかる子ね。まあ、仕方ない、か)
 
 
 
艦長の所までの行き方をコハクのコミュニケに送る。
 
 
これで、間違いなく彼の元に着けるだろう。
 
 
そう、これでいい。
 
 
あの子に私ができることなら、なんでもしよう。
 
 
それが、私の望み。
 
 
 
「さて、準備を終わらせましょうか」
 
 
 
コハクが映っているウインドウを開いたまま、私は、また細かな詰めを行い始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あれ?えっと・・・ここ、どこだろ」
 
 
 
勢い込んでブリッジを飛び出したのはいいものの、いつのまにか、知らない区域に入ってしまっていた。
 
 
 
(近道したのがダメだったのかな?)
 
 
 
一応、艦内図は頭の中に入れていたはずなんだけど・・・
 
 
うーん、と考えていると、いきなりコミュニケが鳴った。
 
 
 
「は、はいっ・・・って、アルファ?」
 
 
 
そこには、今自分がいる場所から、艦長の所までの最短ルートが示されていた。
 
 
 
「ありがとねっ、アルファ!」
 
 
 
聞こえないかもしれないけど、私は一応お礼を言って、また走り始めた。
 
 
 
(えっと、今は自室にいるんだ・・・寝てないといいけど)
 
 
 
確認しようと、コミュニケで艦長を呼び出す。
 
 
 
「あれ? どうしたのコハクちゃん。もう遅いんだから、子供は寝なきゃダメだよ」
 
 
 
「えっと、艦長。今からちょっといいですか?」
 
 
 
子供がどーのと言っていたが、とりあえずこの場は無視。
 
 
 
「え?ああ、別に俺は構わないが、君は・・・」
 
 
 
わかりましたっ、すぐに行きますから待ってて下さいね」
 
 
 
言うなり、通信を切る。
 
 
あのまま聞いていれば、なんだかんだと理由をつけて、寝かされてしまうに違いない。
 
 
 
(あ、でも、添い寝してもらうのも悪くなかったかも・・・)
 
 
 
一瞬浮かんだ考えを、すぐに追い出す。
 
 
これからやる事に比べれば、全然比べ物にならない。
 
 
アルファにも協力してもらってるし、初めの計画のほうがインパクトがある。
 
 
 
「よしっ、それじゃあ、行ってみよう!!」
 
 
 
艦長の部屋までの最短距離を、自分にできる限りの速さで走る。
 
 
移動にかかる時間が多いと、その分計画に支障がでてしまうからだ。
 
 
 
「はぁっ・・・はぁっ・・・ふぅ」
 
 
 
乱れた呼吸を、深呼吸して整える。
 
 
いかにも慌てて来ましたって言うのは与えるイメージが悪い。
 
 
 
(それじゃ、いくよ)
 
 
 
もう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。
 
 
手を伸ばし、チャイムを鳴らす。
 
 
 
「ちょっと待って、すぐ行く」
 
 
 
中から艦長の声と、慌ただしく動く気配。
 
 
少しの時間のあと、艦長が出てくる。
 
 
 
「全く、子供がこんな時間に出歩くもんじゃないぞっ」
 
 
 
優しく微笑んで、軽く私の頭を小突く。
 
 
その仕草も、なんか親しみがあふれていて、自然に笑みがこぼれてくる。
 
 
 
「それで、どうしたの?俺に用って?」
 
 
 
「えっと、艦長。約束、覚えてくれてますか?」
 
 
 
おずおずと見上げる私に、ぽんと手が頭の上にのせられる。
 
 
 
「ああ。あのことか。でも、まだ子供なんだから、今日は寝ないと」
 
 
 
今日じゃないとダメなんです。今日じゃないと・・・」
 
 
 
優しくさとすような言葉に、かぶりを振る私。
 
 
そう、今日じゃないとダメなのだ。
 
 
アルファのシステムを、こういう事に使っていられる間でしか。
 
 
 
「わかったよ。一度した約束だ。ちゃんと付き合ってあげる」
 
 
 
「ありがとうございますっ、艦長。それじゃ、さっそく・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ここは・・・バーチャルルーム?」
 
 
 
「艦長、これつけて下さいね」
 
 
 
「ああ。わかった」
 
 
 
あまり事態が飲み込めてない艦長に、半ば押し付ける形でヘルメットを渡す。
 
 
 
「えへへ、艦長はこういうの、はじめてですか?」
 
 
 
問いを向けながら、アルファに作ってもらったプログラムを機械に打ち込む。
 
 
 
「あ、まあね。ここにくる機会はほとんどなかったから」
 
 
 
「じゃ、びっくりしますよ。それじゃ、いきます」
 
 
 
最後とばかりに、キーを打つと周りの世界が一瞬でいれかわる。
 
 
 
 
 
 
「ここは・・俺の・・・実家?
 
 
 
驚いた艦長が、呆然と呟く。
 
 
おそらく艦長にとっては、なじみの深い場所なはずだ。
 
 
大きいとは言わないまでも、それなりな大きさの家。
 
 
和風な外観から察するに、おそらく中も和風なのだろう。
 
 
 
「か・ん・ちょ・う」
 
 
 
私は艦長の後ろに立つと、手で目隠しをする。
 
 
 
「コハクちゃん、か?」
 
 
 
目を覆っていた私の手を優しく握り、振り向く艦長。
 
 
 
「あ・・・」
 
 
 
艦長が、振り向いたまま固まる。
 
 
 
「びっくりしました? アルファに頼んで、私の成長後を予想してもらったんです」
 
 
 
小首をかしげて言う私を、じっと見つめる艦長。
 
 
 
「でも、なんか髪の色は紫の方がいいって、アルファが。金のままでもいいんじゃないかって
 
 
私は言ったんですけど・・・」
 
 
 
そこまで言って、私は異変に気付く。
 
 
さっきから、艦長がじっとこちらを見ているだけだという事に。
 
 
 
「いつまで驚いてるんですか?中に入りましょうよ」
 
 
 
「・・・・・・・・・義姉・・・さん
 
 
 
「え?なんです?艦長・・きゃっ」
 
 
 
ひっぱっていこうとした私の手を逆に引っ張り返す艦長。
 
 
力の差ははっきりとしていて、私は艦長の胸に飛び込んだ形になる。
 
 
 
(え?嘘?艦長がこんな積極的だったなんて・・・)
 
 
 
心の中でパニックを起こしながらも、わたしはその暖かさに体をゆだねていた。
 
 
 
「・・・コハクちゃん。1つ聞いていいかな。このプログラムを作ったのは君かい?」
 
 
 
「え?」
 
 
 
いきなり全然違う質問に驚いて顔を上げると、そこには微かに微笑んだ艦長の顔があった。
 
 
 
(何? なんか、怖い)
 
 
 
笑っているのに、それが表面だけのような。
 
 
まるで、仮面をかぶったかのような。
 
 
いきなり、目の前にいる人が、私の知っている艦長ではなくなったような気が、した。
 
 
 
「お願いだ。教えて、くれないか?」
 
 
 
ぎゅっと抱きしめられて、艦長の表情はわからない。
 
 
 
「アルファに・・作ってもらったの」
 
 
 
なんとか絞り出した声は、はたして届いたかどうか。
 
 
 
「そう、か。ごめんね、コハクちゃん。痛かっただろ?」
 
 
 
私から身を離しながら艦長が言う。 
 
 
確かに艦長の抱擁は少し痛いくらいだったが、今の私にとってそれはあまり大事なことではなかった。
 
 
それよりも・・・
 
 
 
「艦長、怒ってる?」
 
 
 
「アルファ、見てるんだろ? ちょっと話したいことがあるんだが」
 
 
 
私の問いには答えず、何もない空間に向かって話し掛ける。
 
 
 
『ナニカ、御用デスカ?』
 
 
 
すぐさま、オモイカネマークのウインドウが開く。
 
 
 
「あのプログラム、なぜコハクちゃんに使わせた? いや、それよりも何故あのプログラムを作った?
 
 
まるで、あれでは・・・」
 
 
 
その先は、艦長が言わなかったのでわからないが、艦長が、ひどく怒っていることだけはよくわかった。
 
 
 
『アレガ、アナタノ望ミ、ナノデショウ?』
 
 
 
『モウ一度、ヤリナオシタイノデハナイノデスカ?』
 
 
 
アルファの答えを聞いて、艦長の手がぎゅっと握り締められる。
 
 
 
「やりなおす? もう義姉さんは帰ってこないのにか?」
 
 
 
明らかに、嘲笑の気配が伝わってくる。
 
 
 
『代ワリハ、立テル事がデキマスヨ。』
 
 
 
『琥珀のヨウニ、ネ。』
 
 
 
「所詮、代わりを立てることなんか、できやしないんだよ、アルファ。お前の記憶とやらも
 
 
そうじゃないのか?」
 
 
 
(ああ、そうなんだ。私は、この人のほんの一部しか知らなかったんだ)
 
 
 
悲しみに彩られた声。
 
 
今まで聞いたことのない声。
 
 
いつもは飄々としている艦長の、心の内側。
 
 
 
アルファ、お前は・・!!
 
 
 
やめてっっ!!
 
 
 
気付いたら、私は声をあげていた。
 
 
 
「アルファを責めるのは、もうやめて。私が頼んだの。艦長を振り向かせるには、何が一番いいのか。
 
 
だから・・・だから・・・」
 
 
 
言っているうちに、視界が歪んできた。
 
 
泣くつもりはなかったのだが、一度あふれだした涙は、もう止められなかった。
 
 
 
「コハクちゃん・・・」
 
 
 
顔を見上げる事はできなかったが、声で、いつもの艦長に戻っている事がわかった。
 
 
 
「ごめんね。俺が、悪かったんだ。いつまでも昔をひきずっている俺が」
 
 
 
しゃがみこんでしまった私の頭に、ぽんと手を乗せて艦長が悲しそうに言う。
 
 
 
「ごめんね」
 
 
 
もう一度、繰り返す艦長。
 
 
周りの景色が、元の機械的な部屋へと戻っていく。
 
 
おそらくアルファがシステムを止めたのだろう。
 
 
 
「私のこと、嫌いに、ならないで・・・」
 
 
 
元の姿に戻って、少し経っても、まだ涙は止まらなかった。
 
 
それどころか、次々とあふれだしてくる。
 
 
なによりも怖かったのは、好きな艦長に嫌われてしまうことだった。
 
 
なにか、気に触る事をしてしまった自分が嫌だった。
 
 
 
「大丈夫、嫌いになんかならないから、だから、泣かないで。ね?」
 
 
 
目の前に艦長の顔があるのはわかっているのだが、涙ではっきりとしない。
 
 
ただ、声色から、本当に気遣っていてくれるのがわかる。
 
 
 
「艦長〜」
 
 
 
気付けば、私は艦長の首に抱きついていた。
 
 
艦長は、少し驚いた風に体を揺らしたが、すぐに抱き返してくれた。
 
 
 
「大丈夫、大丈夫だから」
 
 
 
あやすように言って、背中をさすってくれる。
 
 
艦長の体温が心地よくて、そのまま目を閉じる。
 
 
紫陽花調整のための疲れと、泣き疲れで、私の意識はゆっくりと沈んでいった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ピピッ ピピッ
 
 
いつも枕元に置いてある時計が鳴る。
 
 
コミュニケにも一応目覚まし機能はついているのだが、それでは素っ気無さすぎる。
 
 
 
(あ、そういえば今日は宇宙に上がる日だったっけ・・・)
 
 
 
布団の中から手を伸ばして、時計のアラームを止める。
 
 
いつもなら寝起きはいい方なのだが、今日はなんとなくまだ眠っていたかった。
 
 
 
(発進の準備は、アルファに任せればいっか)
 
 
 
ごろんと寝返りをうつと、こつんと何かが頭に当たった。
 
 
 
「ふにゃ?」
 
 
 
眠気でしっかりと閉じられたまぶたを、必死で開け、その物を確認する。
 
 
 
(え? ええぇぇぇぇっっ!!)
 
 
 
目の前には、すやすやと眠る艦長の横顔があった。
 
 
 
(なんで? なんで艦長がここに?)
 
 
 
一応自分の部屋だと言うことを確認するために、そろそろと布団から顔を出す。
 
 
見覚えのあるタペストリーや、本棚。
 
 
ぬいぐるみのような小物まで、すべてに覚えがある。
 
 
まさか、すべて私の部屋を真似たわけじゃないだろう。
 
 
 
(と、言うことは、正真正銘、ここは私の部屋ってことになるわけだけど・・・)
 
 
 
ちらっと横を見ると、まだ眠っている艦長の顔が見える。
 
 
 
(まさか、ぬいぐるみってわけじゃないよね?)
 
 
 
ほっぺたをつっつくと、艦長が嫌がるかのように、寝返りをうつ。
 
 
まあ、これで間違いなくぬいぐるみと言う可能性はなくなった。
 
 
しかし、問題は、なんで艦長がここにいるか、だ。
 
 
 
(えっと、確か昨日は・・・)
 
 
 
紫陽花の最終調整のために、朝からブリッジにいて、それから、艦長に会って、艦長と約束して・・・
 
 
 
「あ・・・」
 
 
 
そうだ。
 
 
夜中に、艦長と一緒にバーチャルルームに行って、それで・・・
 
 
 
「寝ちゃったんだ、私」
 
 
 
かあっと顔が真っ赤になるのがわかる。
 
 
多分、部屋まで運んでくれたのは艦長だろう。
 
 
だったら、無防備な自分の姿をさらしてしまったことになる。
 
 
それも、いつのまにか、着ている物がいつものパジャマになってしまっている。
 
 
 
「艦長、艦長。起きて下さい、そろそろブリッジの方に行かないと・・・」
 
 
 
ブリッジに行く、というのは嘘だ。
 
 
本当は、ただ起きて、この状況を説明して欲しかった。
 
 
 
「うー、えー、今何時?」
 
 
 
「朝の8時です」
 
 
 
「それならいーよ、発進は10時だろ? それに優秀な副長さんもいるしな〜」
 
 
 
片手をひらひらと振って答える艦長。
 
 
まあ、言っている事に間違いはないのだけど・・・
 
 
 
「!!!」
 
 
 
「ど、どうしたんです、艦長?」
 
 
 
布団に潜り込もうとしていた艦長が、いきなり体を起こす。
 
 
 
「そういえば、ここ。コハクちゃんの部屋だったっけ」
 
 
 
我に返ったかのような艦長が、まだ眠気の残る声で言う。
 
 
 
「えっと・・・そのことなんですけど」
 
 
 
「ん? ちょい待ち。・・・どうした? 何か問題でも?」
 
 
 
目の前に、コミュニケのウインドウが開く。
 
 
 
「なにやってるの!? 敵襲よ、敵襲!!」
 
 
 
「は? 今さら誰が攻めてこようってんだよ?」
 
 
 
「そんなこと知らないわ。とりあえず、私は白刃で出るから紫陽花の発進よろしく!!」
 
 
 
一方的にウインドウが閉じられる。
 
 
その後に残るのは、意味のない沈黙。
 
 
 
「アルファ、現状報告!!」
 
 
 
厳しい一声が、中空に飛ぶ。
 
 
 
『敵 機動兵器多数 なでしこたいぷノ戦艦1 コノどっくヲ囲ムヨウニ展開シテイマス』
 
 
 
「紫陽花発進までどれくらいだ?」 
 
 
 
『琥珀ト全力デヤッテモ10分ハカカリマス』
 
 
 
「ちっ、10分か・・・コハクちゃん、悪いけど、着替えてる時間はなさそうだな」
 
 
 
「え、あ・・・」
 
 
 
完璧に話に入っていけない私を、いきなり艦長が抱え上げる。
 
 
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
 
 
 
「ブリッジまでちょっと急ぐ。ちゃんと掴まってないと、バランス崩して危ないぞっ」
 
 
 
言うが早いか、すぐに部屋から飛び出していく。
 
 
慌てて艦長の首に抱きつくと、せっけんの香りが、鼻をくすぐった。
 
 
シャワーでも浴びたのかな。でも、そんな時間はなかったけど・・・
 
 
 
「全く、今さら誰が攻めてくるってんだろうな?」
 
 
 
「さ、さあ。今度は土星蜥蜴、なんかじゃないですか?」
 
 
 
せっけんの香りに気を取られていた私は、つい自分でもよくわからないような冗談を言ってしまう。
 
 
 
「はは、お茶目だな。コハクちゃんは」
 
 
 
慌てた末の冗談は、見事に艦長の苦笑を呼ぶ。
 
 
 
「ま、その可能性はないともいえないがな」
 
 
 
「え?」
 
 
 
「可能性の話さ。可能性のね・・・」
 
 
 
いつもの笑みのままの艦長だけど、なにか切羽つまったような感情も見て取れる。
 
 
襲撃の理由。
 
 
敵の正体。
 
 
何か知っているような感じが、する。
 
 
 
「さて、ブリッジ到着。発進準備、よろしくね」
 
 
 
至福の時は終わり、リアルな現実に引き戻される。
 
 
どこか遠くで地が揺れるような音がする。
 
 
自室では気付かなかった音が聞こえる。
 
 
私はいつもの席に座ると、手をコンソールの上に置く。
 
 
淡い輝きとともに、ナノマシンのパターンが両手に現れる。
 
 
 
「ホシノ少佐。そちらはあとどれくらいで出れそうですか?」
 
 
 
「そうですね。まだかなりかかると思います。それまで、外の皆さんがもってくれればいいのですが」
 
 
 
いつのまにか艦長が通信席に座り、回線を開いていた。
 
 
おそらく、私に発進準備に専念させるためだろう。
 
 
 
「俺も、できれば出たいのですが・・・」
 
 
 
唇を噛んで艦長が呟く。
 
 
艦長の機体。デルフィニウム改。
 
 
蛍さんとの戦いで、ちょっと壊れちゃったんでただいま修理中。
 
 
代わりの機体があればいいんだけど・・・
 
 
 
「こちらに余ったエステバリスがありますけど、どうします?」
 
 
 
ウインドウの向こうのホシノ少佐が艦長の思いを感じ取ったのか、軽く提案する。
 
 
 
「すいません。普通の機体だと無理なんですよ、俺。心遣いはありがたいですが、ここで
 
 
ナデシコ級を2隻も失うわけにはいかないでしょう?」

 
 
 
「はあ。わかりました。それでは、発進準備がありますから、これで」
 
 
 
艦長が出た方が、無事に発進できる可能性が高くなるんじゃないのだろうか。
 
 
逆に艦長が出たら両方とも沈む?
 
 
姉さんも同じような疑問をもったのだろうが、顔には出さず、通信を終わる。
 
 
私も、発進準備の方が忙しくて、艦長に尋ねる余裕はなかった。
 
 
ふう、とため息をつくと、艦長はまた通信を開く。
 
 
 
「蛍、スバルさん。戦況はどうなってます?」
 
 
 
「五分五分ってとこね。でも、さすがに3機じゃ、そろそろ厳しいわよっ」
 
 
 
「3機?」
 
 
 
「お。寂しいねえ。俺を忘れちゃあ、困りますよ、ヤヨイ艦長?」
 
 
 
どこかおちゃらけたような声と共に、新たなウインドウが開く。
 
 
 
「タカスギ大尉か。すまない、ナデシコ側からは出ていないものだと・・・」
 
 
 
「いいってことよ。それで、あんたは出ないのかい?」
 
 
 
「俺の機体を、誰かさんに壊されたからな、今回は見学だ」
 
 
 
「なによっ、あんたが悪いんでしょう?」
 
 
 
こんな会話を戦闘中にかわすなんて、結構、余裕があるのかもしれない。
 
 
 
「・・・それで、そのあたりにナデシコタイプの艦は確認できるか?」
 
 
 
蛍さんの言葉はまるっきり無視して、艦長が告げる。
 
 
蛍さんは、まだ怒っていたようだが、すぐに口を開く。
 
 
 
「ナデシコタイプ? え? 戦艦がいるの?」
 
 
 
「確認できず、か。各員グラビティブラストには気をつけてくれ。どこかにナデシコタイプの
 
 
艦がいる」
 
 
 
「んなもん、気をつけろと言われたってなあっ」
 
 
 
今まで黙っていた、と言うか、黙々と敵を片付けていたリョーコさんが半ば怒ったように言う。
 
 
 
「それと、紫陽花があと10分で発進準備が完了する。その時の援護を頼む」
 
 
 
今度はリョーコさんの言葉も無視する艦長。
 
 
 
(艦長って、戦いになると性格変わるタイプ、なのかなあ)
 
 
 
実際、私は艦長が戦っている所を見たことがない。
 
 
資料などで戦績だけは知っているのだが、そこからは艦長がどういう性格かはわからない。
 
 
 
「ナデシコが出る前に、俺達でカタをつけたい。みんな、なんとか頑張ってくれ。通信終わり」
 
 
 
毅然とした態度で言い放つと、ヘッドセットを外す。
 
 
 
「俺達の実力。見せてやらなきゃな? 紫陽花の性能も見てみたいし」
 
 
 
こちらに向かって、にっこりと微笑んで見せる艦長。
 
 
ナデシコが出る前に、というのはそういう意味があったのか。
 
 
 
「さて、残り8分。できるかな?コハクちゃん」
 
 
 
「できます! っていうか、やってみせます」
 
 
 
「さんきゅ。頑張れ」
 
 
 
頭をぽんぽんと叩くと、艦長は、艦長席へ戻っていった。
 
 
艦長のほうに向けていた意識も、紫陽花の準備にまわす。
 
 
今までは、なんだかんだ言っても、8割の力で作業を行っていたのだ。
 
 
 
(さ、あとちょっと、やってみせないと!)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「全く、数が多すぎるぜ・・・」
 
 
 
「でも、なんとかしないとっ!!」
 
 
 
「これも仕事のうちさ。キリキリ働きましょうってね」
 
 
 
舌打ちとともに言い捨てた言葉に、蛍、サブロウタの両名がきっちり反応する。
 
 
 
(お前らは、独り言も見逃してくれないのかよ・・・)
 
 
 
頭の中でぼやきながら、機体を操作する。
 
 
自分や蛍、サブロウタが発進してから、かなりの数を落としたはずだが、全く減る気配がない。
 
 
むしろ、増えているような気さえする。
 
 
 
「また、木連が戦争でも仕掛けてきたのかよ!?」
 
 
 
ライフルを連射。
 
 
向かってくるバッタ3機に的確に当てていく。
 
 
 
「さあな。少なくとも俺は知らないぜ?」
 
 
 
サブロウタ機が弱ったバッタに、ディストーションフィールドを張った拳で殴りつける。
 
 
 
「私も、です」
 
 
 
とどめとばかりに、背中から引き抜いた薙刀を一閃する蛍機。
 
 
 
「おっと、そういや蛍さんも木連出身だったな、すまねえ」
 
 
 
「おいおい。俺はいいのかよ」
 
 
 
蛍に向かって話し掛けると、なぜかサブロウタから反応が返ってくる。
 
 
 
「お前がんなこと気にするタマかよ・・・」
 
 
 
「仲がいいんですね。二人とも。あ、それと私のことは蛍でいいです」
 
 
 
「ばかっ、俺とこいつはそんな仲じゃねえって」
 
 
 
「いちおう、信じといてあげますよ、スバルさん」
 
 
 
「お前ら、ちったぁ真面目にやれよ・・・」
 
 
 
こういうふうに話してはいても、ちゃんと敵機は落としている。
 
 
普通のパイロットなら、死んでいてもおかしくはない。
 
 
 
(なんだかんだいって、こいつらも腕はいいからなあ)
 
 
 
「俺はいつもマジメだぜ?」
 
 
 
「だってスバルさん、からかうと面白いから」
 
 
 
やはりちゃんと反応が返ってくる二人。
 
 
バッタ程度の相手では、本気で戦うに値しないってことだろう。
 
 
かくいう自分もまだ6割程度だ。
 
 
 
「まったく・・・」
 
 
 
呟いたその瞬間、ヤバい予感がして、咄嗟に機体を翻す。
 
 
今までのミサイルとは違う、レールガンでの攻撃。
 
 
 
「ちっ!!」
 
 
 
「くっ!!」
 
 
 
サブロウタ機、蛍機ともなんとか回避したようだ。
 
 
 
「一体、どこから・・・」
 
 
 
「おい、リョーコ。あれ・・・」
 
 
 
サブロウタに促されて見た先には、見覚えのある機体があった。
 
 
漆黒に染まった機体。
 
 
死神を連想させるような、禍々しいまでの黒。
 
 
 
「確か、あれは、ブラックサレナ・・・」
 
 
 
蛍の呟きを聞きながら、私達は静かにその機体と対峙していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき。
 
 
ども、お久し振りの紫月です。
 
やっぱり、速攻で更新と言う訳にはいきませんね・・・
 
大学に入ってから2ヶ月。
 
・・・忙しい。
 
こんなに大学って忙しいものなのかっ!!
 
などと、心の中で思ってみたり。
 
今日の夕飯なんにしようか悩んでみたり・・・
 
まあ、そんな事は置いといて、やっと4話目です。
 
個人的には、コハクちゃんが大好きです(爆)
 
なんとか艦長を振り向かせられるといいなぁ、ファイトだ!
 
って、俺が書くんですけどね。
 
さて、次の話なんですが・・・
 
頭の中では話が出来ているんですが、いかんせん、書く技術がついてこなくて・・・
 
なんとか頑張って書きますんで、気長に(?)待ってやって下さい。
 
それでは、このあたりで失礼します。
 
このような拙い文章を読んでくれて、本当にありがとうございました。
 
 
P.S 雪のとける頃に・・・(Studio e・go!)は、俺的にクリーンヒット(笑)
 

 

 

代理人の感想

まぁ、いろいろ気になった事はあるんですが一つだけいわせて下さい。

 

 

や〜い、ロリコン。(爆)

 

 

・・・コハクって十二ですよね。