突如として訪れた雪谷食堂 滅亡の危機に、悠然と立ち上がった勇者が現れた。
「さあ来やがれ! 俺の店は潰させはしねえぞ!」
その名は店主、ユキタニ・サイゾウ。
包丁を両手に持つその姿は雄大だ。
そしてサイゾウと同じく、無理矢理立ち上がらさせられたバカが1人。
その名を白鳥九十九。
「ユキナぁ! 兄が大ピンチだ! 熱い、熱い声援をくれぇ! そうすれば俺は神をも滅ぼす!!」
この男、ただのバカではなく、妹命を人生の命題にするほどのバカ。
つまり妹バカである。
「って、ユキナが居ない!? ああ、もう無理! 絶対無理! 物理的に無理だ!
ああああああ!? もう間に合わない! 降ってくる! 防ぐのも打ち返すのも切り捨てるのも無理!
うわぁぁぁ! 潰されるぅぅぅぅぅぅっ!! あああああああ!!! もうダメだぁぁぁぁぁっ!!!!
こ、こんな所で…ユキナ…すまん。不甲斐ない兄を許してくれ…!
え? そ、そんな…幾ら何でも…俺達は兄妹なんだぞ…?
お、おおおおおおおおお!!!? そ、そんな背徳的な…!
くふぅおおおおおおお!!!! 徐々に…徐々に大胆になるお前がとっても良い!!
これで『ふっ』なんて息を吹きかけられたらあんたもう…!
ムネタケ殿! ガイ君! 見ていてくれ! 不詳、白鳥九十九は、先に…先に行きます!
おめでとう、おめでとう俺! バンザイ俺!!
バァァァァァァァァァァッ!! なんか萌えてきたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
も、もぉ、目覚めていいですかぁぁぁぁぁっ!?」
九十九は混乱の極地で何かに目覚める。
そんなバカを制裁するかの如く、それは轟音と共に舞い降りた。
ズドガァァァァァン!!!!!
伝説の3号機
その44
「ウリバタケさん、調子どうです?」
「ああ、そこそこってとこだな。
でも、大丈夫なのかぁ? 幾ら兄弟艦に付ける筈だったユニットとはいえ、伝送系がまるで違うんだぜ?
下手すりゃあ、ドカーンだぞ?」
「なんとかなりますよ。とにかく、チャッチャとくっ付けちゃって下さい」
「やれやれ…しかし、ルリルリも無茶なこと考えるぜ。普通ならこんなことしようなんて考えねえぞ?」
「いえ、これは艦長の考えですよ。元々ナデシコに付けるつもりだったみたいですから」
「へっ、艦長らしいや。まぁ、こっちは任せときな。
それと目くらましだが、後どれくらい持ちそうだ?」
「後2〜3時間はいけますよ。とにかくお願いしますね」
その言葉を最後に通信を切るルリ。
ここはナデシコのブリッジなのだが、何故か居るのはルリ只1人。
そう、先日の人員整理のお陰でブリッジクルーはルリ以外全てクビになってしまったのだ。
「オモイカネ、あの人達の所在、掴めましたか?」
【バッチリ! 何時でも連絡取れるよ!】
「ありがとう。後でなでなでしてあげるね」
【………出来ればゴロゴロもセットで】
「調子に乗ると痛い目見るよ?」
【あ、新聞の集金だ。じゃあルリ、また後でね!】
「…オモイカネ、テンカワさんに似てきましたね」
アキトの毒はAIにも感染するようだ。
恐ろしい限りである。
「そうだ、そろそろ連絡を入れておきますか。
イネスさん。
イネスさーん。
おーい、イネスさーん。
…居ないんですかね。
じゃあ…すぅ〜……あ、この数式について、誰かに説明して欲しいな〜」
「いいでしょう! まず、この数式を考案したのは今から200年程前の学者…」
「あ、知ってますからもういいです」
「……………」
イネス、ホワイトボードに数式を書き込む最中に固まる。
「ルリちゃん、どういうつもりかしら?
流石のお姉さんもあんまりイタズラが過ぎるようだと考えがあるわよ?」
「いえ、イネスさんの『説明成分』がそろそろ切れそうな気がしたので試してみたんですが、まだ大丈夫そうですね」
「安心して。さっきすれ違ったクルーみんなに、コンパクトな説明を乱舞したから全然大丈夫よ」
説明を受けたクルーは大丈夫ではない。
その日、対象となった十数人のクルーは自室に閉じこもり、ブツブツと何かを言いながら放心していたとか。
「それは良かったですね。
あ、そうそう。実はイネスさんにお願いがあるんですが…」
「呼びつけたのはそれが理由ね?
いったい何かしら、内容次第では聞かないこともないわよ?」
「簡単なことです。ちょっと説明をお願いしたいんです」
「任せないさい! 何を説明するのかしら? ネルガルの歴史? 浪花のド根性? それともクソゲーの攻略法?」
「…どれでもいいですけど、私にじゃなくて別の人にして欲しいんです」
「もしかして、私はその人らの引き付け役かしら?」
「察しがいいですね。例の人達の目を数時間程度、引き付けておいてくれますか?」
「じゃあ、いよいよなのね?」
「はい、目処が立ちましたから」
「わかったわ。でも、私は置いてけぼりなのかしら?」
「大丈夫、24時間受け付けてますから乗りたい時は何時でも連絡してください。
何処まででも送り届けてみせますよ?」
「…ナデシコって、そんなサービスがあったのね」
ナデシコはルリの独断でタクシーと化すこともあるようだ。
「よーし、完成だ! 各部正常!
何時でも飛べるぜ、ルリルリ…っと、今は違うな…艦長代理さんよ!」
「はい、ご苦労様です。
では…ナデシコ全クルーに連絡します。
今からナデシコは地球に向かい、心半ばに途中退場してしまったクルーを回収します。
出発の際は各自、所定の配置に付き、シートベルトを閉めてください。
なお、救命胴衣は手元にあるボタンを押せば、何処からか顔面目掛けて飛び出してきますので、頑張って受けて止めてくださいね」
『何時でも来いやぁ!』
クルーはやる気満々だ。
それがクルーの回収なのか、救命胴衣を受け止める事なのかはわからないが。
「それと食事については当分の間はお弁当になるので、そこは我慢してくださいね。
私もちょっと手伝ったんです。もし、残したりする罰当たりが存在したら、容赦なく蜂の巣ですよ。OK?」
『イエス、マム!』
男性クルーはその時、心のブラックリストにルリの名を刻んだらしい。
「やれやれ、1人ってのも大変だねぇ。まあいいけどさ」
「すみません、ホウメイさん。何せ補充のコックは、みんな軍の方ですから乗せる訳にはいかなかったんです」
「ああ、気にしなくていいよ。
アタシもその方が気楽だし、何よりあいつ等の場所は空けておきたいからね。
そんなことよりアンタの方が大変じゃないか。
大丈夫なのかい? 艦長代理なんて」
「はぁ…でも仕方ないんですよ。
ブリッジクルーで残ってるの私だけですし、何より皆さんが勝手に決めちゃったもんで。…後で仕返しですね。
でも、本当の艦長はあの人ですから。だから、私はあくまで代理です」
「そうだね。ナデシコの艦長はあの娘じゃなきゃ務まんないからねぇ」
「全くです。私にはバカばっかのクルーを面倒見るなんて離れ業、とても出来ません」
「あっはっはっは! 確かにね。まあ…無理しないように、がんばんな」
「はい…あ、そういえばホウメイさん。旦那さんに挨拶していかなくていいんですか?」
「挨拶ならしたさ。でもねぇ…」
「何か?」
「ああ、なんだか知らないけど『覚悟の証だ!』とか言ってメールを貰ったんだけどね…」
「それが?」
「中を読んだら遺書だったよ」
「…カイオウ提督って、激戦地にでも跳ばされるんですか?」
「さぁ?」
別の意味で激戦地なのは間違いない。
「じゃあ、準備も出来たようなので出発します。
オモイカネ、月基地の回線にハッキング開始。ゲート開いて」
【了解! 何時でもいけるよ!】
「ウリバタケさん、エンジン始動をお願いします」
「おう、もう暖まってるぜ! ……おっ、イイ顔してるじゃねえか」
この時のルリの表情は、今まで誰も見たことがないほどに爽やかな顔をしていた。
ウリバタケを初めとするクルーが癒しを感じるほどに。
「営業スマイルです」
「……そうか」
「お金はいりません」
「……………そりゃどうも」
やっぱりいつも通りのルリのようだ。
「まあいいか。とにかく行こうぜ、艦長代理さんよ!」
「では…機動戦艦ナデシコ、発進します」
今、月から生まれ変わったナデシコが、再び飛び立つ。
だが、それも束の間。
もう少しで地球という所で、ナデシコは1隻の艦にその進路を阻まれた。
「見ぃ〜つぅ〜けぇ〜まぁ〜しぃ〜たぁ〜わぁ〜よぉ〜」
突如、ブリッジに物凄い形相をした女が映し出された。
髪は乱れ、服はボロボロ。
オマケに目は血走っており、口はこれでもかという位に歪み、更に一騎当千の猛者を思わせるオーラを背負っている。
はっきり言って、精神衛生上よろしくない。
そう、ナデシコの前に立ちはだかったのは、コスモスを使い、過去の清算をしようとする女、カグヤ・オニキリマルである。
「「「………無念」」」
何かを呟きつつ、カグヤと同じボロボロ状態で背後に倒れ付すのは、カグヤとの一戦を交えたカグヤガールズ。
どうやら惜しくも敗れてしまったようだ。
床に倒れ付し、何故か額に『屍』の札を貼り付けているその姿は哀れ以外の何物でもない。
「カイオウ提督〜怖いですよ〜」
「お、俺だって怖いわ! でも逆らったりしたら後に残るのは心の無いお肉の塊…ナンマイダ〜ナンマイダ〜」
「なんで僕に向かって拝むんですかぁ! 歳から言ったらカイオウ提督の方が先でしょう!?」
「バ、バカを言うなハーリー! 逝く時は一緒だ! だから今のは自分とお前に拝んだのだよ! どうか2人とも天国に逝けますようにって」
「そ、そうだったんですか…僕、どこまでもカイオウ提督に付いていきます!」
「わかってくれたかハーリー…さあ、祈ろうか。俺たちが目指す旅路の果てには、お釈迦様が微笑んでるぞ」
「はい…」
そして、震えが止まらず、泣きっ面で何かの覚悟を決めているのはカイオウとハーリーだ。
ちなみにコスモスのAI『アメノホヒ』は、昨晩の内に夜逃げをしてしまったらしい。
「鬼だ! 鬼が出たぞ!」
「ちきしょう! 軍は人外生物まで雇ってやがるのか!?」
「誰か! 早く鬼退治の専門家を!!」
予期せぬ事態に、ナデシコは一気に恐慌状態に陥り、クルーは竹槍を持ち出し一斉蜂起を起こす始末。
「逃げましょう」
だが、ルリは騒ぎまくるクルーとコスモスを完全無視で、さっさと地球に向かおうとナデシコを前進させる。
無論、どんな態度を取ろうと、カグヤが見逃すはずがない。
「そこの彼女、待ちなさい」
「ウリバタケさん、呼ばれてますよ」
「明らかに俺じゃねえだろ!」
「遊んでるんじゃないわよ、こっちは真剣そのものなんですからね。
まぁ、どっちにしろナデシコは落とさせてもらうけど。
その艦にはあの時の画像データが有るはず…容赦なく、完全無欠、完膚なきまでにこの世から抹消させてもらうわ。
うふふふふふ…さぁて、殺戮ショーの始めますか…」
ナデシコを見ながら、カグヤは邪悪な笑みを浮かべ、舌なめずりさえしている。
ジリジリと痛ぶりまわすか、一気に消し飛ばすかを思案中なのだろう。
「え〜と、カグヤさん?
いったいどうしたんですか?
変なモノでも拾い喰いしました?
それとも熱が40度超えました?
まさか新しい自分に目覚めちゃいました?
明らかに人類のテリトリーを逸脱してません? 春はまだ先ですよ?」
「いいでしょう。とりあえずその目障りなYユニットとやらを壊してあげるわね」
「…人の話、全然聞いていませんね」
コスモスの砲身がナデシコに固定される。
今ここに、ナデシコVSコスモスの一戦が始まろうとしていた。
「うふふふ…行くわよ…グラビティ・ブラスト発射! ………………あら?」
カグヤが意気揚々と声を張り上げるが、コスモスは微動だにしない。
オペレーター、武器管制、操舵、その他諸々を1人でこなすのは無理というものである。
「あなた達、そんな所で寝ていないでさっさと起きなさい。ナデシコを落とすわよ?」
「「「………」」」
だが、屍と化したカグヤガールズは動く事ができない。
復活には、しばしの時間が必要だ。
「全くだらしない…」
溜息をしつつ、さり気に今度のボーナス査定を下げるカグヤ。
カグヤガールズは心の中で『そりゃないぜベイビー』と呟いたとか。
「…仕方ありませんわね。ハーリー君、ちょっとこっちに来なさい」
「ハーリー、ご指名だ! 行ってこい!」
「ええ!? そ、そんなぁ…」
「ぐずぐずしない!」
「はぃぃぃ…」
「じゃあ宜しく」
「…へ?」
カグヤの一言に固まってしまったハーリー。
さすがに理解出来なかったのだろう。
「何を呆けてるの。さっさとナデシコに向けて攻撃を開始しなさい」
「えええええ!? ぼ、僕がですかぁ!?」
「他に誰が居るの? さあ殺りなさい」
「で、でも…」
「殺れ」
「はいぃぃぃぃっ!」
「ハーリー…陰ながら見守るぞ」
「そうそう、カイオウ提督も操舵を宜しくお願いしますね」
「お、俺が!?」
「何かご不満でも?」
猛禽類のような目でカイオウを睨み付けるカグヤ。
今のカグヤは『暴れん坊将軍』を遥かに超え、『悪魔の女帝』といったところだろう。
「さあハーリー、張り切っていこうかぁ!」
「…目、潤んでますよ」
「心が泣いてんだよ」
カッコ良さげなことを行っても膝が震えているカイオウだった。
バシュゥゥゥゥゥゥッ!
黒い光が束となりナデシコを襲う。
唯一のブリッジクルーであるルリは、その光景をポテトチップス片手に眺めていた。
「…ん〜、どうしましょうかウリバタケさん」
「どうしましょうって…ルリルリよぉ、確かにナデシコはYユニットのお陰でそれなりの攻撃じゃなきゃ全く効かねえけどよ、
このままって訳にもいかねえだろうが。どうするってのは、こっちが聞きてえよ」
「でも、コスモスを攻撃する訳にいきませんし」
「そりゃあそうだが…だいたい、あのお嬢さんは何をしたいんだ?」
「さぁ? 軍の命令でナデシコを捕縛しに来た、という訳ではないようですし…さっぱりですね。
もしかして食後の運動ってやつでしょうか?」
「食後の運動で戦艦を動かして砲撃しまくるなよ…」
「ま、なんとかなりますよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
緊張感が全く無い。
アキトやユリカが居ても居なくてもこの雰囲気は変わらないらしい。
だがその時、死神の申し子と化したコスモスに迫る影があった。
ガシャァッ!
「んな!? 何事…?」
「わ、わかりません! 突然真横から衝撃が…」
「おお!? か、舵が効かん!」
「なんですって…………え?」
突然の事に我を取り戻す面々。
そしてカグヤは、ブリッジにかかる影を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
『………』
その光景はナデシコでも当然、確認している。
こちらもソレを見た瞬間、クルーは沈黙してしまう。
「主バッタ…?」
唯一、冷静だったルリが辛うじて声を紡ぎ出した次の瞬間、コスモスは爆炎に包まれていた。
「な…!」
「お、おい…」
「コスモスが…」
一瞬の出来事に呆然とし、目の前の光景をただ見つめる事しかできないナデシコクルー。
そんな事はお構いなしに、次の標的に目を付ける主バッタ。
間違いなく本気と書いてマジの目である。
「間違いないです。アレを操っているのは、例のお間抜けトカゲさんではありませんね」
「ああ、確かにあのトカゲには出来ない芸当だ」
「だねぇ。でも、あのトカゲ以外にアレを操れるヤツなんて居るのかい?」
口々にトカゲ呼ばわりされる北辰。
そして、その噂の的である北辰に対して元部下達も、口々に北辰の噂で盛り上がっていた。
「そうだよなぁ〜隊長は何処か抜けてるところがあるからな」
「うむ。この前も小太刀でリンゴの皮を剥いている時に指を切ってたからな」
「その程度か? 確か先日、買い物の最中にサイフを落としてしまい、せかせかと一晩中探し回ったが結局見つからず、
しょんぼりしつつ、家路に着いて玄関で編み笠を外したら、その中にサイフを仕込んであったという逸話が…」
「これも先日の話だが、目覚めてすぐに新聞受けに新聞を取りに行き、よくよく読んでみれば日付が明日になっている。
どうやら一日中寝ていたようで曜日感覚がズレていたらしい。当然、その日は遅刻だ」
「そういえばこの前、習字に精を出している最中に墨が無くなり、買い置きがないか物置に入ったら、突然戸が閉まり開かなくなったとか。
自分の家が仕掛けだらけだったことを忘れていたんだと。
ちなみに翌日の朝、牛乳配達に来た兄ちゃんに発見されるまで閉じ込められていたらしいぞ」
「我が知っているのは剣術の稽古時に、木刀を誤ってお向かいの家にぶん投げてしまい、その家の爺さんにこっぴどく叱られて、
破いた障子をどうにか張り替えて、やっと家に帰ったが肝心の木刀を忘れてきてしまい、取りに行ったら見つからない。
なんと、壊した障子の柄の部分に木刀を使ってしまったらしい」
「…間抜けだ」
『うむ』
元部下にも間抜け呼ばわりされる北辰。
その当人はというと。
ゴロゴロゴロ…
「北辰さ〜ん、待ちなさ〜い。まだ改造途中ですよ〜」
ゴロゴロ転がって山崎の魔の手から逃げていた。
手足を手錠で繋がれてしまった北辰の逃げる手段は、転がるのみなのだ。
「北辰さん、いい加減に諦めて改造されましょうよ。
きっとエクスタシィーな気分になれますよ?」
バタバタバタ!
山崎の発言に対し北辰は、手をフリフリし、ブロックサインで何かを訴えかけていた。
無論、ゴロゴロ転がりながらなのだが、喋らないのは、口にお約束の如く猿轡があるせいだ。
「ふんふん…なるほど!
『あなたの日課を教えてください』ですね?
僕の日課は北辰さんの枕元で『素敵体験』を囁くことです。夢見抜群でしょう?」
バタバタバタッ!!
先程より激しく手をフリフリする北辰。
恐らく聞き捨てならない言葉があったのだろう。
「え〜と、『ちなみに昨日の夢は何故かキムチ鍋の具になっていた』ですか。
それは貴重な体験でしたね〜普通は出来ませんよ?」
その頃、地球の某所にて。
「は! 今、誰かが鍋の話を!?」
「イツキ君、何か受信でもした?」
「反応がイネスさんっぽいね、イツキさん」
地球でのことはさて置き、北辰は相変わらずブロックサインで何かを伝えようとしていた。
バタバタバタッ!!!
「なになに? 『どうせ改造をするならもっとファンシーでラヴリーで乙女真っ盛りにして下さい』ですか。
なるほど、これは盲点でした。そこまで言われちゃったら黙っていられませんね!
腕によりをかけて最高の改造を施してあげましょう!」
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ!!!!!!!
ひたすら手だけではなく、足までフリフリする北辰。
どうやら山崎の解釈は少々違う点があるらしい。
「やれやれ、北ぴんは一応 木連でそれなりの実力者なんだから、もう少し威厳を…」
「おい、お前。今、隊長の事をなんと言った?」
「ん? 北ぴんのことか?」
「なんだ…その『北ぴん』というのは?」
「ああ、我が考えた隊長の相性だ。隊長では厳つい感じが出て、どうにも接しにくいだろ?
だから相性を付けてみた。いいだろ?」
「なるほど、言われてみればそうかもしれんな」
「うむ、盲点だ。これからは隊長をそう呼ぶか」
「結構いいかもな」
『北ぴんか…』
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「おおっ? どうしました北辰さん? 突然、奇声を上げて暴れるなんて。まだ改造前ですよ?」
猿轡を噛み千切り、北辰は何故か暴れだした。
『北ぴ〜ん、ガンバ〜』
「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「北辰さん、ほらコレを見てください。
気持ちが安らぐでしょ〜?
僕とっておきの臓物写真集、いいでしょ?」
「…うぷっ」
思わず口を押さえる北辰。
山崎の趣味は範囲が広い。
『大変だ! はい北ぴん、ビニール袋♪』
「滅っさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!」
「もう、さっきからうるさいですよ」
プスッ
「おうっ…」
「まったく…いったい何だったんでしょうかね?」
それは一生わからないだろう。
ちなみに謎の注射器を喰らった北辰は、ピクピク痙攣中。
きっと夢心地に違いない。
「さぁてと、お望み通りにバージョンアップしてあげますか♪」
山崎は、北辰の裸体を眺めながらドリルを片手に満面の笑みを浮かべていたとか。
そして場面は再び、ナデシコに戻る。
こちらはひたすら緊迫した空気が流れていた。
【ルリ! 来るよ!】
「オモイカネ、迎撃」
【了解!】
オモイカネの警告と共に猛スピードで突っ込んでくる主バッタ。
地球での間抜けっぷりが嘘のような動きで、ナデシコから放たれるミサイルを避け、更に加速する。
「おいおい! ちょっくらヤバくねえか!?」
「ちょっくらどころじゃなくて激ヤバですね。
パイロットが全然居ない上に、ブリッジが私1人ではどうしようもありません。これこそ大ピンチってやつです」
「冷静に言うなぁ!」
「性分なので。さてと…オモイカネ、出来るだけ華麗に的確に見切って素早く避けて」
【無理!】
「我侭はいけませんよ?」
【ルリぃ〜…】
オモイカネは嘆きながらも必死にナデシコを操り、主バッタの猛攻をどうにか避け続ける。
だが、主バッタの放つ特大ミサイルはさすがに避けきれず、船体が大きく揺らめく。
Yユニットによってフィールドは強化されているが、それでも衝撃は抑えきれない。
そして、追い討ちをかけるように、主バッタは再び体当たりの構えをとっていた。
「まずいですね…」
ピピッ
「ん? メール? こんな時に誰が…?」
【ルリ? どうしたの?】
「…オモイカネ、急用が出来ました。私は先に地球へ下ります」
【え?】
「お、おいルリルリ?」
「ウリバタケさん、艦長代理の代理宜しく」
「は?」
「オモイカネ、ウリバタケさんの面倒宜しく」
【へ?】
「あ、ホウメイさん、お弁当の余りあります?」
「え? ああ…はいよ」
「ありがとうございます。では皆さん、グッドラックです」
シュタッと手を挙げ、さっさとヒナギクに乗り込み、一足先に地球を目指すルリ。
ちなみにこのヒナギクは、ウリバタケの改造で大気圏突入もへっちゃらな仕様になっている。
『………』
後に残されるのは、やっぱり呆然とするナデシコクルー。
「どうすんだよ〜〜〜〜!!!」
【ルリの薄情者〜〜〜〜!!!】
悲痛な叫びを上げるウリバタケとオモイカネ。
主バッタは既に目の前だ。
「だぁーっ! もうこうなったらナデシコ最終形態、ナデシコロボに変形…!」
「待ちなさい、バカ」
ウリバタケが何かをしようと声を張り上げたその時、突っ込んでくる主バッタを蹴り飛ばし、悠然と佇む影が現れた。
「誰がバカだ! 俺は技術屋だ!」
【ウリバタケさん、そうじゃない…というか、さっき聞き捨てならないセリフ吐かなかった?】
「気にすんな。それよりあれは…エステバリスか?」
「ナデシコ! ここは私に任せて地球へ行きなさい!」
突如、ブリッジ中央にデカデカと映し出される見知った顔。
それは先日までナデシコのイヤミ提督としてその名を轟かせていたが、ある日突然、熱血提督に変貌してしまった人物。
ムネタケ・サダアキその人だ。
「て、提督じゃねえか!」
【潜りこんでたんだね】
「あら、ウリバタケがなんでブリッジに居るのかしら? 他のはどうしたの?」
「居ねえよ。たった1人残ってたルリルリも、用事が出来たとかで先に行っちまったしな」
「用事? ああ、アレね」
「何か知ってんのかアンタ?
って、んなことより、なんでアンタがエステなんぞに乗ってるんだ?」
「どうでもいいでしょそんなこと。とにかく、ここは私に任せてさっさとお逃げなさい。
あの下品な物体は私が葬ってあげるわ。
それと、コスモスのクルーならアタシがさっき回収しておいたから後の処理はそっちに任せるわね」
「何時の間に…だが、アイツは今までの間抜けとは訳が違うぞ?」
「安心しなさい。幾ら敵が強かろうと、やりようによってはどうとでもなるものよ」
「そうか。じゃあ任せた」
「あっさりね」
ムネタケに全てを託し、ナデシコは地球へ向かって飛び立つ。
逃げたとも言う。
「さてと…覚悟決めなきゃいけないのかしらね」
「おいムネタケ!」
「…ガイ? アンタも潜り込んでたの?」
「へっ、こんなことじゃねえかと思って、スタンバっておいたんだよ。
ったくよぉ、1人でカッコつけてんじゃねえよ!
仲間の行く手を阻む敵を、自ら身体を張って止める! 最高のシチュエーションじゃねえか! だから俺も混ぜろ!」
「まったく、アンタはホントに熱血バカね…いいわ。最後まで付き合いなさい」
「そうこなくっちゃなぁ! ようし、行くぜゲキガンソードぉ!」
「ガイ、ちょっと待ちなさい。ここは男らしく、相手を道連れに自爆でしょう?」
「それは最後の手段だろうが!
いいか? 使うんだったらこういう場面でだ…
激戦の末、ボロボロになった2体のエステバリス。
当然、俺達自身も満身創痍だ。
『ちっ…もうエネルギーがねえぜ』
『こっちもよ…どうするのガイ?』
『仕方ねえ、これだけはやりたくなかったが…』
『まさか、ガイ! それは…!』
『いいんだ。ムネタケ、アンタは逃げな。死ぬのは俺1人で十分だ』
『何を言うのよガイ、私達は仲間じゃない! 何処までも付き合うわよ!』
『へへっ、嬉しいこと言ってくれるぜ。よっしゃぁ! 俺達2人の絆、見せ付けてやろうぜ!』
『ええ! 2体のパワーを1つに! これで決めるわよ、ガイ!』
『おう! 行くぜ、これが最後の拳だーっ!』
『『くらえ、魂の慟哭を! ダブル・ゲキガンフレアー!!』』
ってな! で、ラストは2人の熱き魂が轟くと共に、散り行くわけだ」
「最高よガイ! 燃えるわ!」
「いい加減、暑っ苦しいのよ!」
「あ?」
「なに?」
ガイとムネタケの熱い語らいに、どこからか割り込んだ声。
2人は思わず動きを止めてしまった。
「この声は確か…!」
「まさか…!」
何かに気付き、驚愕の表情を浮かべる2人。
だが、全てのセリフを吐き出す前に、動きが止まったエステバリス目掛け、主バッタはその巨体を突撃させる。
「「げっ…!」」
ガイの妄想通り、次の瞬間その空域は赤い閃光に包まれた。
「とまあ、そんな事があってな」
「ほ〜…それで大気圏突入時に操舵をミスって、ナデシコごとここに落下したと」
「おう!」
ウリバタケは胸を張り、得意げだ。
辺りに舞う粉塵を傘で防ぎつつ、ウリバタケを初めとするクルーがここに来た経緯を聞くアキト達。
だが、ウリバタケとまともに話を出来るのは、何故かアキトのみ。
他の面々はナデシコ落下の衝撃でぶっ飛ばされ、大なり小なりの怪我を負い、包帯だらけの有様。
そこらじゅうから聞こえてくる亡者のような唸り声が、ウリバタケの背中に突き刺さる。
そして何気に無事なアキトは、なんと土壇場で火事場のバカ力を発揮させ、命辛々逃げ出したのだ。
しかもアキトは逃げる際、力が有り余っていたのか、ウルトラCをかます芸当を逃げ惑う人々に見せつけた。
間近で目撃してしまったユキナ、ミナト、カズマ、ミコト、メイは、思わず10.00の札を取り出したとか。
お陰で逃げ遅れたのだが。
そして、その背後では―――
【速報です。今日未明、サセボシティ東部に位置する商店街に、戦艦が突き刺さるという悲劇的な事故が発生…】
「うああああああああああ!? お、俺の店がぁぁぁぁっ!!!」
サイゾウはラジオから流れるニュースをバックに、ナデシコが突き刺さった雪谷食堂の前で嘆いていた。
九十九と一緒に吹っ飛ばされた筈なのに、異様なほど元気。
そして、その手の中には、顔色がイイ感じの色に変色した九十九が、プラプラと揺らされている。
もうすぐお迎えが来る事は必至だ。
また、雪谷食堂だけではなく、周辺のお店は全て原型を留めず瓦礫の山。
戦艦が落ちてきたのだから当然のことだろう。
「それで、アクアさんはいつまでアキトにおぶさってる気?」
「ああ…持病の筋肉痛が未だにピリピリと…」
「なんでもいいから降りろやお前は」
アクアは頬染めながらアキトに寄りかかり、至福の時を過ごしていた。
その姿は一見 恋する乙女。
無論、無傷である。
「アクのお嬢よ…」
「はい、なんでしょうか?」
「お前、絶対射ったり吸ったりしてるだろ?」
「え? 私を眩し過ぎて直視出来ない? もうアキトさんったら…さあ、もっと私を見てください! 目が焼きつくまで!」
「張り倒すぞてめえ!」
「いいから離れて!」
どんな状況でも元気な3人だった。
「でもウリバタケさん、話は大体わかったけど、こんなの持ってきて大丈夫なの?
一応、ナデシコって軍に所属してるんでしょ? お尋ね者になったりしないの?」
「いや、普通に考えたら今頃、軍に囲まれててもおかしくねえんだがな」
「オイオイ、んなこと普通に考えても仕方ねえだろ?
もうちょっと柔軟になれ…何時の間にかアフロになっている緑医者」
「ふっ、いいだろ?」
「ああ、マリモみたいで素敵だ」
「とーちゃん、マリモやって」
「…?」
「………マリモ…水の中で浮遊する緑の丸がイカス!」
「はいはい、話ずれてるわよ。それに、サイゾウさんも元気出して」
「ゾっさん…またも食堂を無くすとは不憫な。ある意味、素晴らしい」
「アキトさん、そこまでサイゾウさんを思っているなんて…そうですわ! 商店街のことなら私に任せて下さい」
何故か地面を掘り返し、先祖の宝を見つけ出そうとしてたサイゾウは、その言葉に我を取り戻した。
その目には希望の二文字が浮かんでいる。
「本当か? 放火魔で妄想壁でエセ病人なお嬢さん」
「なんだか凄く引っ掛かる言い方ですが、まあいいでしょう。
ではサイゾウさんを初め、商店街の皆さ〜ん、右手をご覧下さ〜い」
アクアがバスガイドよろしく右手を差し出すと、その先には町並みが伺える。
「なんだ? あんなとこに建物なんて無かった筈だが?」
「アクのお嬢よ、アレは何なんだ? 新しいテーマパークか? それとも千年前に消えた都市が復活したのか?」
「あれはですね、こんな時の為に作っておいた、もう一つ商店街です」
『なぬ?』
アクアの言葉に思わず聞き返してしまう商店街の人々。
勿論、アキト達も驚きの表情だ。
「ですから、商店街をもう一個作ってみました」
「マジか!? 金持ちの力って計り知れねえ!!」
「凄い…でも、アクアさんってお家を勘当状態なんじゃ…」
「ご心配なく。ある経路を辿って資金調達していますから♪」
「…逞しいね」
さすがのユキナも、この辺の事に関してはアクアに敵わない。
「何はともあれ、良かったなゾっさん。言うならば『復活の雪谷食堂 第3章』だな」
「第3章じゃねえ! 3回とも元々はお前らが原因じゃねえか!!」
「うるさいぞゾっさん。元に戻ったんだからいいじゃないか」
「ほほほ、アキトさんが望むことならば、私が何度でもお店を復活させますわ。むしろ事あるごとに豪華絢爛に」
「む…やるな、アクのお嬢…って、ゾっさん。何故オレの手を握る」
「アキト…俺は最初からお前を信じてたぜ」
サイゾウは今できる最高の顔をアキトに向けた。
何気に歯も光り輝いている。
「ゾっさん…さっきの言動とまるっきり逆のセリフをありがとう。だから豆腐の角に頭ぶつけて脳髄噴出しやがれ」
アキトも最高の笑顔でサイゾウの手を握り返す。
2人の間に渦巻く空気は穏やかそのものだ。
「やれやれ…でもアクアさんの言い方だと、ここら一帯が潰される事を知ってたみたいな言い方よね」
「そうそう、何か知ってるの?」
「ええ、ナデシコがちゃんとここへピンポイントで来るように、誘導を出しておいたの私ですし♪」
『あんたが原因かーっ!!』
何時でもトラブルメーカーなアクアであった。
「まったく……でさ、結局ナデシコはどうするのウリバタケさん?」
「んなこと言われても、ナデシコの事はルリルリに任せっきりだったからな…とりあえず当分は修理か。やれやれ…」
「でも、肝心のルリ自身が途中退場しちゃったんじゃない」
「それはそうなんだけどな」
「そういえば、ルリルリが受けたメールってなんだったの? それのせいで先に地球へ下りたんでしょ?」
「あ、メールの事でしたら私が大体知ってますわよ?」
「またお前かアクのお嬢…で、メールの内容はどんな戯言が記載されてるんだ?」
「ええ、実はとある場所でイベントがあるので、そこへ特別ゲストとして参加してもらおうかと私が送りました」
「当事者かい。だが…イベントだと?
要塞建造記念際か?
それとも万国博覧会・大人の部か?
まさか、大地のパワーを吸収する為の決起集会か?」
「いえ、実は元々この事を伝えに遠路はるばるここまでやってきたんです。
で、肝心のイベント内容ですが、最近やっと整理出来た私のコレクションの中から、
アキトさんのプライベート生写真展を開こうと思い立ちまして、それの許可を頂こうかなと」
「待てぇい! 血迷った事してんじゃねえ!」
アキトは魂の叫びを上げた。
無理もない。
「場所は何処だ!? 今すぐ吐け! そんなイベント、即刻世界から消し去ってやる!
それ以前に、許可もなにも既に開こうとしてんじゃねえか! 許可貰うとかそういう次元の問題じゃねえだろ!!
あー! どうやってそんな写真を集めたのかと突っ込むゆとりもねえよまったく!!」
「あらら…アキトさんなら一発OKかと思っていましたのに…残念ですわ。
まあ、そういうことなら仕方ありませんね。開催の場所ですか? 確か、ピースランドの…」
「ピースランドだな!? いいな!」
「なにがですか?」
「わからん!」
「わかりました」
「どんな会話してんのよ2人共…」
いい加減に付き合うのが疲れたのか、軽めなツッコミを入れるユキナ。
事態はアキトオンリーで緊迫していた。
「さて、お遊びはこの辺にして出発準備だ!」
「そういうことなら仕方ないね。アクアさん、ちなみに開催は何時から?」
「明日です」
「早っ! 今からじゃ間に合わないんじゃないの?」
「くっ、間に合わせるには音速の壁を超えるしかねえか!? だったらソニックブームで会場ぶち壊しちゃる!!」
「…アキトって生身で音速超えられるの?」
「無理に決まってんだろ! 言ってみただけだ! 悪いかよ、こんちくしょう!!」
「アキト、号泣しながら迫らないでよ…気持ちはわかるからさ」
「ブラザー、人生長いんだ。だからここは落ち着いて妹の名言集でも朗読しようじゃないか」
「妹…ですか?」
突然、割り込んだ九十九の言葉にアクアが反応した。
どうやら、妹という単語が気になったようだ。
「ええ、妹の素晴らしさを世に訴えようと、マイブラザーと活動の真っ最中なのです。ですから邪魔しないで頂きたい」
「なるほど。それなら私も妹ですよ?」
「…なんですと?」
「私も姉が居るので世間一般で言う『妹』ですね」
「………さてはブラザー、俺に内緒で妹道を極めようとしているな?
実の可愛い妹が1人、許婚の俺の極上の妹が1人、更に愛人の他人の危険な妹が1人…と」
「む? …まあ、そうだな。だが、何時からオレはそんな怪しげな活動に参加していたんだ?」
「あら、そういえばそうね」
「気がつかなかったね。アキトの周りに居るの、全部『妹』だ」
「どういうことだブラザー! なんなんだこの布陣は!? はっきり言って羨ましすぎるぞ!!
代われ! 代わってくれ! というか全部くれ!」
血の涙を流しながら切なに訴える九十九。
義兄弟に裏切られたその心は、見事に打ち抜かれていた。
「死んでろ、バカ兄」
ガゴッ!
「ユキナちゃん、いい鉄筋アタックね」
「お〜い、生きとるか〜? それとも死んどるんか〜?」
「…ツンツン」
「…『妹 第2幕 〜成長は喜びと悲しみの螺旋階段〜』………げふっ」
「一応、生きてるみたいやな」
「…コク」
九十九、ユキナのドツキに撃沈。
でも、吹っ飛んだ時の彼の顔は異様に嬉しそうだったらしい。
「まあ、妹バカはこのまま埋葬するとして、実はピースランドに行くにあたって最も重要な事がある」
「重要な事?」
「うむ、残念ながらそこに行くまでの旅費が無い」
「甲斐性なし」
「…何も言えん自分が素敵だ」
言葉では強がっていても、さめざめと泣くアキトの背中は哀愁が漂っていた。
「ぐすん…もうダメだ。明日になればオレの痴態が世間様に晒され、もう表を歩けなくなるんだ。
グッバイ、オレのロック魂」
「アキトさんはどうしても写真展を阻止したいのですか?」
「当たり前だ! というかお前が原因だ!!」
「なるほど、確かにそうですね。では、お詫びも兼ねて、一瞬で目的地まで移動できる手段をお教えしますわ」
「それは真かジイ!」
「おい…今、俺を見てジイって言わなかったか?」
「気にすんな! 慣れろ!」
「これから俺はずっとジイなのか!?」
マリモの幻想からようやく復活したカズマは、たまたま目線が合ってしまった為にジイの称号を得た。
「まあまあ。それじゃあ…え〜と、カズマさん、アレ持ってます?」
「アレ? ああ、有るには有るが…本当に使わせる気か?」
「ええ、勿論。ではアキトさん、これを」
「なんだ? 詫びの金一封でもくれるのか?」
しかし、アキトが受け取ったものは金が入った封筒ではなく、小さな石ころ。
何を思ったのか、アキトはその石を握り締め、アクアに背を向ける。
「よし…アクのお嬢、よーく見ておけ」
「はい?」
「へりゃ!」
突如、アキトは水平投げを実行し、謎の石は数回水の上を跳ねると、その姿を川の中へ消していった。
青空が写る川に広がる斑紋は、幼き頃を思い出させる。
「で、さっきのはいったい何だ?」
『捨ててから言うなぁ!!』
「いや、遊んでからだ」
『同じだ!!!』
「予備にもう1個用意しておいて正解でしたね」
アクア、アキトの行動を先読みする。
用意周到なアクアに、『流石だ』と言わんばかりの拍手を送る面々だった。
「アクアさん、結局この石、なに?」
「これはCCと呼ばれるものだ」
ユキナの疑問に答えたのはアクアではなく、ジイと化したカズマ。
表情は真剣そのものだが、緑色のアフロと相まって、その存在感は異様そのものだ。
「CC?」
「そうCC、チューリップ・クリスタルの略称だ。なあテンカワ、お前はこれを見たことがないのか?」
「何? ……………………………1つ疑問があるのだが、広辞苑と鉄板入りの鞄はどっちが破壊力が上かな?」
「誤魔化すな。…ったく、いいか? これはなボソンジャンプをするために必要な石なんだよ」
「ボソンジャンプ!?」
「ようやく事の重大さを理解したな…」
「それって何だっけ!?」
「知らねえでビックリしたのか!?」
「当然だ!」
「威張るな! バカかおめえは!!」
「アキトだしね」
『うむ』
「ほほほ…」
ユキナの一言に頷いてしまう面々。
何気に商店街の方々も含まれているが、そこはご愛嬌だろう。
「とにかく、簡単に言うとボソンジャンプとは、イメージした場所へ一瞬で移動出来る方法だ。
お前は以前、主バッタと共にジャンプし、月に行く事が出来たらしいな。
これは凄い事なんだぞ? なにせ普通の人間はジャンプに耐えらないって聞いてるからな。
まあ、ある人から教えてもらった話なんで、どこまでが真実なんだかよく知らんが…。
とにかく試しに跳んでみろ。上手くいけば儲けもんだろう?」
「OK、全然わからんけどやってみるわ。いくぜ! セットオン!」
ビシッと額にCCを貼り付けるアキト。
もはやアキトの行動にいちいち突っ込むのも疲れるので、傍で見ている面々はただ見守るのみだ。
「よし、目的地のイメージだ!」
「おう! 目指すのはこれからジハードを起こす予定の会場! 行った事ねえから、どうなるかわからんけど!」
滅茶苦茶、不安気なセリフだが、やっぱり誰も突っ込まない。
「いいぞ! もっと力入れろ! こう、エクスタシーな気分で!!」
「むぅぅ…見えた!」
「そうか!」
「ああ! 次にお前が出すのは『グー』だ!」
「当たりだこの野郎!」
ベキャッ!
カズマのグーパンにぶっ飛ぶアキト。
だが、その拍子にCCが煌きだした。
「な、何事だ!? オレのハートはまだトップギアに入ってないぞ!?」
「もうなんでもいいから気合だ気合!」
「ジイや、それはいくらなんでも無理ってもんですよ」
「大丈夫、信じるものはパラダイスだ」
「パラダイスなのかっ!?」
「ただし緑限定な」
「諸事情によりお断りする」
どうやらアキトは、緑があまり好きではないらしい。
「アキト君、私達はナデシコの修理が終わったら、すぐに後から追いかけるから。それとルリルリを宜しくね」
「ハトさんよ、その前に自分の身体を治した方がいいと思うぞ。ミイラの集団で来られたら焼却してしまいそうだ」
「ブラザー! 健闘を祈る! その間、ユキナの面倒は任せろ!」
「お前に任せたら、ハテナの身に危険が及ぶ可能性が大なので半径500m以内に近づくな」
「アキト、もう二度と顔見せんなよ」
「ありがとうゾっさん、また来てやるよ。遠慮すんな」
「まあ行ってこいや。ナデシコは俺らに任せな」
「タイヤ班長、変形機能を除去しないとプさんのソロバンが唸るぞ?」
大体の事情を理解したのか、泣くやつ、祈るやつ、石を投げるやつ様々だが、口々に声援を送る面々。
そんなアキトの元へトコトコと小さな影が近づいた。
「兄ちゃん、コレ受け取ってや」
「あ〜ラブレターか? すまんがオレにはソッチ系の趣味はない。だからそういうのは同世代のヤングメンに渡してやってくれ」
「寝言ほざくなボケ。これはそんなんとちゃう。とにかく後で読みぃ」
「読まないとダメなのか?」
「読まんと退場やで?」
「マジか!?」
「…?」
ビクビクしながらもメイの手紙を受け取るアキト。
読まないと退場させられるかもしれないので、確実に穴が開くほど読みふけることだろう。
その辺のことは、ミコトにはわからないようだが。
「アキト、しっかりね…あ、そういえばアクアさん。
アキトのプライベート写真だけど、どんなのが写ってるの?」
「ふふふ、それは…ごにょごにょ…」
「………………………アキト、ちょっとの尊敬と共に散弾銃でも喰らわせてみたくなったよ」
「アクのお嬢! 貴様いったい何を言いやがった! それに何を撮った!?」
「アキトさんの幸運を祈ります」
「話を逸らすな! 正面向いて喋れ!!」
「あ、言い忘れてましたけど、もしジャンプに失敗したら即バッドエンディングなので気をつけてくださいね」
「待てや、おい! 今とんでもねぇこと言わなかったか!?
ちきしょう! 無事着いたら全て追憶の彼方にぶっ飛ばしてやるわ!! 行くぜ、ジュワァーッチ!」
やる気のある声を張り上げ、天を仰ぐ。
途端、CCから発せられた光がアキトの全身を包み込む。
「お、そういえばピースランドって何処にあるんだ?」
『今頃 聞くなぁ!』
全員のツッコミを受けた瞬間、アキトはその姿をかき消した。
無事、跳ぶ事に成功したようだ。
跳ぶだけ跳んで、どこに行くかはわからないが。
『おおー』
「ホントに消えたぞ」
「その辺に落っこちてんじゃねえのか?」
「いや〜長生きするもんだねぇ」
口々に賞賛を浴びるユキナ達。
投げ込まれるおひねりを拾いつつ、その心は遥か遠く、ピースランドに向けている。
こうして、とある町に再び平和が訪れたと共に、新たな地で騒ぎが起ころうとしていた。
―――――その頃、某所
「だから、決して新しいものがイイという考え方はそもそも間違いで、古いものにもそれに勝る部分もあり、更に詳しく説明すると…」
「…エリナ君、今日の予定、全部キャンセルしておいて」
「ダメ。今日の仕事こなさないと、軍事裁判にかけるわよ?」
「裁判!? いったい罪は何!?」
「わかりました! そこも踏まえて説明しましょう!!」
「ぐお!? ヤブヘビだった…」
「頑張ってね」
「何言ってるの、エリナも一緒よ」
「え゛」
なお、アカツキ達がナデシコの逃亡、そしてコスモスの撃沈を知ったのは翌日のことになる。
その時、エリナが虚ろな目で銃を乱射し、暴れまくったことも追記しておく。
アキト…とルリの運命はどっちだ!? 続くような続かないような思わなくも無きにしも非ず。
あとがきです。
こんにちは、彼の狽ナす。
え〜…
北辰萌えの方、満足ですか?
いや、それだけです(爆)
不条理な現実に対する代理人の感想っぽいもの
萌えるのかよ!
とそれはさておくとして。
気になるのはガイの夢をかなえた(おい)謎の声ですね。
色々な推測は立ちますが、私は
善人になったムネタケが自分の中から追放した悪の心
に一票(爆死)。
むろん、そんなことは絶対にないと信じていますが!