ガスゥ!

 

辺りに響く衝突音。

どうやら男同士が殴り合いを行っているようだ。

 

「や、やるじゃねえか…アンタ、只者じゃないな?」

「無論だ。これでも私は人の上に立つ身…この程度で弱音を吐く軟弱な身体はしておらん!」

 

殴り合い、そして言い争う2人。

片方は若者なのに対し、もう片方は見た目いい年だというのに、その動きは若者を凌駕している。

 

「だが貴様、いったい何者だ…?」

「気にするな。だいたいそんな事が今のオレ達に必要か?」

「それもそうか…決着をつけるぞ!」

「来い、見ず知らずの人!」

「私に一撃を加えてみろ、何故か降ってきた人!」

 

どうやら2人は赤の他人らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の3号機

その45

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい拳だったぞ」

「そう言ってくれるとありがたい。オッサンも中々イイ身のこなしだったな」

「譲れんこともあるのだよ」

「う〜む、その辺のからくりを教えてもらいたいもんだ」

 

翌朝、ちょっぴりボコボコな顔の2人は、座布団に座りながらお茶を飲みつつ、昨晩の死闘の事で話に花を咲かせていた。

どうやら青年は、あの後 無理矢理ここに泊まったらしい。

無論、布団は別である。

 

「それで、君の名は?」

「名前を聞く時は、まず自分の方から名乗るもんだと教育ビデオで習わなかったか?」

「そうか、それもそうだな。

 では、私の名は………あ〜すまないが、そこの名札取ってくれないか?」

「…ああ、このゲキガンガーの顔がラヴリーなやつだな?」

「そう、それだ。くれと言ってもやらんぞ? …よしっと、私はこういう者だ」

「え〜と『くさかべ・はるき』だな? …ん? はて、何処かで聞いた…………はっ!

 

青年は何かに気付いてしまったようだ。

よくよく部屋の見渡せば、何故か貼ってある数々の指名手配書。

 

「目を見開けオレ! この中からターゲットを確認し、網膜に焼き付けろ!!」

 

幾つもの手配書の中からデカデカと踊る自分の名前『テンカワ・アキト』の文字を確認する。

だが、草壁は青年が何者か理解していないようだ。

 

「…つかぬ事をお伺いする」

「何かな?」

「ココは何処の箱庭かな?」

「私の家だが?」

「いや、もっと拡大した範囲で」

「一丁目だが?」

「更に拡大してみよう」

「七戸町」

「もっと!」

「激我市」

「さあ、遠慮せずに!」

「木連」

「はい、そこだ! って、やっぱりぃ! どうすんだオレ! 由々しき事態であります隊長!!

「隊長…? まあ色々と事情があるようだが…青年、それで君の名は?」

「ウリバタケ・セイヤだ」

「なるほど、良い名だな。まあ、宜しく」

「いや、こちらこそ」

 

2人揃って礼儀正しくお辞儀をする。

何気に様になっているのが不思議だ。

 

「む? そろそろ仕事の時間だな」

「おおっ、それは大変だ。じゃあ、オレもあまり長居するほど時間が無いというか、一刻も早く逃げ出したいので、これにて失礼する」

「そうかね? だが、いったい何処へ行く気なのだ?」

「気にするな。こっちはこっちで何とかしてみせる! もうこんな日常は慣れっこさ!」

「人生いろいろだ。そう悲観的になるな青年」

「ま、世話になった。う〜ん、1つ心残りなのは、ちょっとしたあだ名でも付けて、親しみを持ちたかったがな」

「関心だな。しかし、あだ名か…昔、ベッキーと呼ばれて以来だな」

「誰だ、そんなパーフェクツなあだ名を付けた狂喜野郎は?」

「それは…」

「閣下、お時間です」

「アイツだ」

 

草壁が指差す先には、襖を開け、ズカズカと家宅侵入を果たす男。

格好からして、どうやら草壁の部下のようだ。

 

「何の話です?」

「いや、大したことではない」

「そうですか。そういえば誰かとお話をされていたようですが?」

「うむ、死別君の足の下で座布団と接吻中の人物がそうだ」

「シンジョウです。お前、人の足の下で何をしている?」

「自分から踏んだくせして……あ〜、オレは何処にでもいるフジヤマボーイだ。しかしアンタ、イイ仕事してるな!」

「閣下、結局コイツは何者です? 顔が凄いことになっているので誰か判別できないのですが…」

 

アキトの戯言を無視し、草壁に事情説明を求める男は、名をシンジョウ・アリトモという。

今、彼の額には無数に浮かぶ血管がイイ感じに蠢きまくっていた。

 

「実は…」

「ベッキー待て!」

 

バシャァァァァン!

 

草壁が何かを言うとした瞬間、アキトは凄まじい速度で口を塞ぎ、そのままの勢いで障子をつき抜け2人は池にダイブした。

しかも、いつの間にか草壁のあだ名はベッキーで決定らしい。

 

「閣下! 大丈夫ですか!?」

「安心しろ。こう見えても鯉取りは私の隠れた特技の1つだ」

 

無駄な特技を持つ草壁。

それでも、鯉を持つその姿は素晴らしく雄大だ。

 

「もういいですよ…それよりお前、突然何をするか! 閣下が風邪でもひいたらどうする気だ!?」

「その時はオレが添い寝でもして終始、暖め続けてやろう」

「「いらねえ」」

 

提案は即刻却下された。

ちなみに今日の朝ごはんは豪華、鯉料理になったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前は閣下の家に侵入をして、いったい何がしたかったんだ?」

「それを話すには、まずオレの出生の秘密から語らねばならん」

「雌雄同体君、少しゆっくり行こうか。長い話になりそうだ」

「シンジョウです。それと、お前の人生を語られるのは御免こうむる」

「はっ、そんなものこちらから願い下げですよ」

「…お前が言い出したんだろうが」

「なるほど、これは盲点だな! ちなみに全てを語りつくすには優に24分39秒ほど要する」

「短いな!? しかも微妙に中途半端だぞ!」

「ふむ…失踪君がこんなに楽しそうなのは始めてだな」

「シンジョウです。呆れてるんですよ…着きました」

 

ふと見上げてみれば、そこには堂々と佇むバカデカイ屋敷。

どうやらここが草壁の仕事場のようだ。

3人は車を降り、中へと入ってゆく。

 

「で、ベッキーの仕事とは何ぞや?」

「聞いて驚くな。私は…」

「わかった! 皆まで言うな! わかってる、わかってるから!」

「…シアトル君、この場合、言った方がいいのか? 悪いのか?」

「シンジョウです。お好きに。では、本日の予定です」

「冷たいな、下着君」

「シンジョウです」

 

「ズバリ! お前の職業はラジオのDJだ!」

 

1人、会話に取り残され、更に無視されるアキト。

無論、『の』の字を書いてイジけたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お前の処分だが…」

「は!? イキナリ処分とはどういう了見だ、シから始まる人! しかもなんだそれ!? 物騒 極まりないぞ!」

 

突然、縛り上げられ、煌く刃を突きつけられるアキト。

まるで怖い人達に捕まった一般市民だ。

 

「私はシンジョウだと言っているだろうが。貴様、私をおちょくってるのか?」

「まあまあ支離滅裂君、落ち着きたまえ。彼には彼なりの事情があるのだろう。話だけでも聞いてみようじゃないか」

「おお、流石はベッキー! 話がわかるな!」

「閣下。こいつ、既に極限値まで失礼すぎると思うのですが…。

 それに閣下もいい加減に私の名前を覚えてください! 私はシンジョウです!」

「親しみを込めてくれているのだろう。あまり気にしないことだ。では…名はなんといったかな?」

「おいおい、何を今更。それはベッキーに言ったばかりじゃないか」

「閣下、ご存知で?」

「………あ〜…確か、ウコン茶君だったか?」

「で、お前の名は?」

「司会君…私を無視しないでもらおうか」

 

草壁は寂しそうにウコン茶をすすった。

 

「やれやれ仕方ない。ならば再び名乗ろう! オレの名は…」

「「名は?」」

「アオイ・ジュンだ」

「…本当か?」

 

疑いの眼差しをぶつけるシンジョウ。

もし、バレたらとんでもないことになる事は必至なので、アキトの心臓は只今凄いことになっている。

 

「くっ…やはり誤魔化せな…」

「そうか、良い名だな青年」

 

草壁は見事に誤魔化された。

 

「閣下! そんな安易に…!」

「まあ施設部隊君、落ち着きたまえ。そんなに彼が信用できないかね?」

「シンジョウです。ですが、こいつは閣下の家に侵入した不審者ですよ!? 信じられるわけがないでしょう!」

「シースルー君、人を信用出来ないようでは終わりだぞ? それに家宅侵入なら死刑囚君も毎日やっているだろう」

「そうそう、お客様は神様だぞ、シから始まる人」

「〜〜〜〜! わ、わかりましたよ! 信じればいいんでしょ、信じれば! それと私はシンジョウだ!」

 

シンジョウの血管はぶち切れ寸前。

一刻も早く鎮静剤を要求である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…また、ぶっ飛んだ女性が居たものだな」

「うむ、世の中は広い。つまり君は、自分の痴態を世間の目に晒される前にどうにかしようと孤軍奮闘しているわけか」

「ああ。だが何を間違ってか、見ず知らずの土地に来てしまった。どうしたものかと、もう吐血モンだ」

「大変だな」

「わかってくれるか」

 

あの後、草壁とどうにか落ち着いたシンジョウに、アキトは此処に来た経緯を説明した。

何も話さないと、またシンジョウが煩いので仕方なくである。

 

「納得したな? じゃあ、オレはそろそろ行くわ。流石に時間がギリギリっぽい」

「待て」

「何だ、シから始まる人」

「シンジョウだ。というより、誰が素直に帰すと言った?」

「嫉妬君の言うとおりだ。君には、私の身の回りの世話をしてもらうという大儀があるのだぞ?」

「「は?」」

 

突然の意外すぎる発言に呆然とするアキトとシンジョウ。

草壁はしたり顔だ。

 

「あの…閣下?」

「何かな? 潮時君」

「シンジョウです…って、そうじゃなくて! 何故、突然コイツがそんな役目をすることになるんですか!?

 なんですか!? 今まで苦労を共にしてきた私はお払い箱ですか!?」

「落ち着きたまえ。誰も君を地方へ左遷し、死ぬまでこき使おうとかそういう判断ではないから」

「では何故です。理由をお聞かせください!」

「簡単なことだよ! 彼がそこまで女性に苦しめられていると言うのであれば見捨てて置けようか!

 いや、そんなことが許されるわけがない!

 ならば彼を私の元に置き、時期を見てその女共々地上から抹殺してしまえばいいことではないか!

 それに、こんな純粋そうな青年を私は今まで見たことがない!」

 

どうやら草壁は、今までろくな人物にしか会ったことがないようだ。

 

「閣下…そこまで…。しかし、コイツは素性がよくわからない不信人物。

 もし、そのような者を手元に置いておく事が世間に知られたら、閣下に悪い噂が…」

「シーソー君、私はその程度のことなど全く気にせんよ。それにね、これは人として当然のことをしているとは思わないか?」

「か、閣下! 私が間違っていました!

 そうですよね! 例え不信人物だとしても、閣下の志に胸を打たれ、改心したと説明すれば誰もが納得です!

 ちなみに私はシンジョウです」

「わかってくれたか! そうだとも。我等の掲げる志は、悪にその身を置こうとも、必ず通じるはずだ!

 さあ、今日も張り切ってお仕事だよ死骸君!

「はい、閣下! だから、私はシンジョウです!!」

 

なんと、閣下だけでなく、その秘書も目が濁りまくっているようだ。

木連の未来は安泰である。

 

「無駄に熱いな2人共。つーか、オレはまだ承諾してねぇ。勝手に決めんな」

「よし、ならば君の住まい、食事、その他諸々、こちらで面倒みようじゃないか。勿論、給料も出そう」

「ぬぅ…だが、オレにもそれなりのプライドというモノが…」

「ならば、君には極力 女性を近づけないようにしよう」

「犬とお呼びください」

「プライドはどうした?」

「バカモノ! 生きるためだ! ちんけなプライドなぞドブに捨ててしまえ!」

 

そんな訳で、アキトはめでたく草壁の元で働くことになった、ある日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を言っている? その日付は数ヶ月先だぞ?」

「ホワット?」

 

ある日の午後、書類整理に明け暮れるアキトに対してのシンジョウの発言であった。

また、顔の腫れがようやく引いたアキトは、どこからか入手したプロスメガネを何故か装着し、ダンディ度アップさせている。

 

「だから、その恐怖の女が開くという『暴露必至! 生命の神秘がここに展』はまだ先の日付だと言っている」

「やだっ、なにこの人! おかしなこと言ってるわよ奥様!」

「お前、頭 大丈夫か?」

「なに! オレを無能者呼ばわりするつもりか! 転がすぞテメェ!!」

「貴様、よほど早死にしたいらしいな?」

 

何時の間にかシンジョウの手に煌くのは、やっぱりイイ感じな刃。

彼は庶民に見えても、その筋ではなかなか知られた人物らしい。

 

「さっきのノーカン! ノーカン!」

「まったく…話はここまでだ。さっさと仕事しろ…っと、そういえばお前の名はなんと言ったかな?」

「アカツキ・ナガレだ」

「気のせいか、前と変わってないか?」

「全然気のせいだ。用は済んだな? さっさと帰って寝れ、シの付く人」

「シンジョウだ。それでは定番通りに、貴様を我が刃の錆にしてから帰るとするか」

「それは何処の地域の定番なのだろうかと問いただしたいが……いえ、私が悪うございました」

「わかればいい。真面目に仕事しろよ」

 

脅すだけ脅し、言うだけ言ってシンジョウは部屋を出ていった。

後に残されるのは書類の山に溺れるアキトのみ。

 

「数ヶ月先? どういうことだこりゃ?」

 

首を傾げつつも手際良く、半分適当に仕事をこなしていくアキト。

 

「ま、どうでもいいか」

 

どうやら気にしない事にしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで幾日かが過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこれほどとは…」

「ええ、侮っていました」

「どうした、ベッキーにシの付く人」

「シンジョウだ…参りましたね…」

「むぅ…地球人め…」

 

アキトに対する問答も今日は元気が無い。

2人は茶を飲み、お外を眺めつつ眉間にシワを作り、悩んでいた。

 

「いったい何事だ? つーか、仕事しろお前ら」

「うむ、実は地球の新型戦艦が、かなりの成果を上げているとの報告を受けてな」

「そのお陰でこちらの戦力は撤退を余儀なくされている」

「ほ〜それはモダンだな。だから仕事しろ。オレはもう寝たい」

「…意味が全然わからんぞ」

 

この時、アキトの目の下には年季の入ったクマが出来ていた。

おそらくここ数日、ろくに帰れずに、ここで仕事をしているのだろう。

 

「とにかくだ、何か打開策を考えねばな…」

「ったく! 今日の書類は一際多いっつーのに! 考える前に手伝うなり、人を集めて指揮するなりしろや!」

「…指揮?」

「閣下?」

「そうだ! 壊滅的にアタマが良いオレの為に、体力は凄いが頭はどうよ? な、お前達がこんなとき頑張らないでどうする!」

「それだ!」

「どこだ!?」

「…そういうお約束なボケは止めろ」

 

辺りを見回すアキトにツッコミを入れるシンジョウ。

もはや毎度のことなので慣れっこだ。

 

「ふっ、オレのユーモアセンスが理解出来ないとは…所詮、シの付く人か」

「シンジョウだ! しかし閣下、いったい何事ですか? 何か名案でも?」

「まあ聞きたまえ。今は殆どの事を無人兵器にのみ頼ってきた。だからこそ、このような事態になったのだと思わないか?

 そこで誰か有能な人物を送りつけ、逆転劇を演じようというわけだ」

「ですが閣下。我等にはそれほど人員に余裕があるわけでは…」

「何を言う! ゲキガンガーでもそうだったように、崖っぷちに立たされても最後は勝利するではないか!

 ゲキガンガーを信じる我等には必ず勝利の女神は微笑む! そうだろ、鹿せんべい君」

「シンジョウです。確かにそうですね閣下! 我々にはゲキガンガーという聖典が…」

「馬鹿野郎! なに、二次元に逃避してんだ!!」

「「!!」」

「そんなことでどうすんだ! ゲキガンガー? 知らねえよ!!

 もう今日という今日は我慢できねぇ! お前ら、オレワールドへ来い!」

「「……」」

 

眠気ステータスMAXでメーターが振り切れ寸前のアキトはちょっとご機嫌斜め。

しかし、アキトの一言は2人の心に重く響いたようだ。

 

ドゴォッ!

 

「バカモノ! ゲキガンガーをなんと心得るか!」

「ええい! 頭が高い! この木連国旗が目に入らぬか!」

「…」

 

アキトをぶっ飛ばし、ゲキガンガーのマークをあしらった国旗を悠然と掲げる草壁。

そして、ゲキガンガーの人形を崇めるシンジョウ。

しかし、アキトはそんな2人の声など聞こえず、畳に上半身を埋もらせていた。

 

「頼むから発展しようぜボーイ達」

 

「閣下、このままでは埒が開きません。

 ここはその案を一時的に行ってみては如何でしょうか? もしかしたら上手くいくやも…」

「よし、やってみるか」

「それでは、あの方を派遣したらどうでしょうか?

 どうやら例の指名手配犯に並々ならぬ感情を持っている様子。

 しかもそいつ等は都合よく、目標の戦艦に乗艦しております」

「なるほど…確かにあいつなら見事に任務を遂行するだろうな。シーチキン君、後は任せたぞ」

「ハッ! では早速、準備に取り掛かります。それと、私はシンジョウですってば。

 しかし付き人B、お前のお陰でなんとかなりそうだ。後でゲキガンガー試写会に招待してやろう。どうだ、嬉しいだろう?」

 

「…いっそ折れてしまえ、お前らは」

 

ちなみに付き人Aは何を隠そう、シンジョウその人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、北辰が地球に飛ばされたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこのような事態になろうとは…」

「ええ、北辰殿でも奴らには敵いませんか…」

 

またも頭を抱える2人。

そこに、最近お茶汲み2級に昇格したアキトが入ってきた。

 

「また悩んでんのか? だから仕事しようぜ」

「ああ。閣下の案を実行し、有能な人材を現地に送ったのだが、思わぬところで邪魔が入ったらしくてな」

「ふ〜ん、で、どうすんの? というより、そのもっさりと積まれている書類に判子を貰わないと、今日も帰れないんだけど?」

「それを悩んでいるのだ。なにか強力な兵器でもあれば…」

「しかし、まだアレは実用段階ではありませんし、他の兵器では…」

「聞けよお前ら。とにかく早く判子押してくれよ! じゃないとヒートアップしたオヤッさんの罵詈雑言の嵐がオレに浴びせられるんだよ!

 材料はその場でなんとかなっても、承認がないとどうしようもねえんだ!

 わかってんのか? わかったら返事せい、小僧どもっ!

「なるほど!」

 

 

ドガァ!

 

 

アキトは何処からともなく飛んできたゲキガンパンチにぶっ飛ばされ、お星様になった。

 

「現地調達…その手があったか。地球の兵器を流用すれば何とかなるかもしれんな」

 

草壁は謎のボタンを押しながら『してやったり』な顔を浮かべた。

 

「いえ閣下。どうせならアレを使わせてみては?」

「アレ? ああ…だが使えるのか?」

「その点はお任せください。では、早速準備に取り掛かります」

「うむ、頼んだぞ。しかし、また君に助けられそうだな」

 

アキトにお礼の言葉をかける草壁。

だが、アキトは返事が出来ない。

どうやら早退したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、山崎が地球に飛ばされ、北辰は主バッタとナナフシを使いナデシコに戦いを挑んだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ…」

「これは…」

「まぁ〜た悩んでんのか? ほれ、茶だ」

 

今日は草壁の家で仕事をする2人。

最近、家事全般を任されるようになったアキトは割烹着姿で登場だ。

 

「先日の案、確かに敵の戦艦を落とすところまでは良かったのだが、その後がな…」

「現場に送りつけたやつって、本当に大丈夫なのか?」

「実力は確かなのだが、どうにも詰めが甘い…」

「なんだかトカゲのおっさんを思い出すな」

 

それが当人だとは気付きもしないアキトだった。

 

「まあ、あんたらだけで精々いい案出してくれ。オレは今日のオフを満喫するために下僕どもを招待した。

 見よ! 我が隊の精鋭達を! …って、お前ら何をする!?

 おおお!? なんだその泥としか認識出来ない丸い物体は!?

 まさか食えと!? それを食えと!? なにか! オレは実験台か!?

 ちきしょう! その小悪魔な笑みが憎らしくて仕方ねえよ!!」

 

アキトに群がる近所のお子様方。

どうやらお友達らしいが、相手はアキトをオモチャとしか認識していないようだ。

 

「実験…か。まてよ…確か…」

「閣下?」

「…そうか、なるほど。よし、死因君! 至急、試してもらいたい事があるのだが」

「シンジョウです。ですが、いったい何を…?」

 

シンジョウに耳打ちする草壁。

その横ではアキトに鞭打ちするお子様方。

とってもシュールな光景だ。

 

「なるほど、いけるかもしれませんね。では、すぐに山崎博士に連絡します」

「ああ、頼んだぞ四苦八苦君!」

「シンジョウです」

 

「そこは駄目だ! そんな一気になんて無謀すぎるぞ!

 聞いてんのか!? オイ!!

 無理だって! このままだとオレのハートが壊れちゃうー!」

 

数分後、アキトの心にポッカリと穴が開いたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、ちょっとパワーアップした主バッタがナデシコへハッキングを行ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

「…む〜」

「同じパターンは飽きられるぞ?」

 

毎度の如く、悩みに頭を抱える草壁とシンジョウ。

本日は趣向を変えて戦艦の中でお仕事だ。

ちなみにアキトは、食堂係として活躍し、特性の『焼きおにぎり』は至高の一品で、気絶するほど美味いと評判である。

お陰で戦艦の運航が出来なくなるのは1度や2度ではないらしい。

 

「んで、どうしたよ?」

「やはり一時的に撤退した方が良いのかもしれんな…」

「しかし閣下、何の成果も上げられずに撤退したのでは負けを認めることになります」

「だが…」

「まあ勝手にどうぞ。さぁーてと、今頃オレが居なくて悲しみに沈んでいるガキんちょどもに、土産でも用意してやるか。

 え〜と、その辺のものを適当に見繕って『偉い人の私物』とでも銘打って渡すか。

 ふっ、レアグッズ探しに余念がないオレって、とってもチャレンジャー♪」

「ガキ…? 子供…そういえば」

「閣下、何か?」

「うむ、確か指名手配犯の中に子供が居たな?」

「ええ、2人ほど」

「少々卑怯かもしれんが、そこから手をつけてみるか。上手くいけば、芋づる式にどうにかなるかもしれん」

「なるほど…やってみる価値はありそうですね。では早速…」

 

「むぅ!? これはまさか、あの一部で有名なアレか!?

 なんでこんなものがここにあるのか疑問が止まらないな!!

 ちぃっ、イイ感じにオレの脳天にジャストミートだぜ! 間違いない、こいつはプロの仕事!

 次々と眼前に晒らされる魅惑の数々にオレのハートはもうギリギリだ! 文明開化とは正にこのこと!!

 ああ、人間ってちっぽけだなぁ…って、意味なく浸ってる場合じゃねえな!

 よし、誰かっ! 早く風呂敷とボストンバック持ってきて! 後、宅配部隊の緊急出動を要請しますっ!

 いや、違う! なんで見知った制服を来たナイスガイが来るの!?

 ちょっと待って、オレはそんなんじゃない! 盗むとかそんなんじゃなくて…ええ!? 嘘!?

 …お世話になります旦那

 

その日、草壁の下にアキトから休暇の書類が届けられた。

数日後、アキトは何故かカツ丼に恐怖を覚えるようになったとか。

 



 

 

 

 

 

 

 

後日、北辰がラピスの拉致に成功したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

コンコン

 

「入ってません」

「邪魔するぞ」

「お、横暴だ! 令状の提示を求める!!」

 

お約束をかますアキトを無視しつつ、またも堂々と進入してくるシンジョウ。


「付き人B、閣下がお呼びだ」

「なに? さてはオレの豊満な…」

「それはない。さっさと来い」

「最後まで言わせろよ…」

 

最近、アキトの扱いに慣れてきたシンジョウだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて…」

「閣下がまたも名前を忘れたみたいだ。教えてやれ」

「…敷金礼金君、何気に皮肉が入ってないかね?」

「シンジョウです。きっとそれは空耳でしょう」

「やれやれ、困ったベッキーだな。じゃあ何回目になるかわからんが名前を言っておこうか。

 オレの名は『ヤマダ・ジロウ』だ。わかったか?」

「うむ、わかったぞ」

「…なあ付き人B。気のせいか、以前と名前が変わってないか?」

「記憶違いだ。今すぐ頭のお医者さんに見てもらえ」

 

勿論、アキトがぶっ飛ばされたことは言うまでもない。

 

 

 

「さて、君を呼んだのは他でもない」

「じゃあ他以外はあるんだな?」

「いや、他以外もない」

「紛らわしいこと言うな! 混乱しちゃうだろ!!」

「お前が混乱の原因だ」

 

アキトにタンコブが増えた。

でも本人はまだまだ元気だ。

 

「君が来てからはや数ヶ月、色々と助けられたな」

「オレが全て面倒見たんだから当然だ!」

「威張るな、そして閣下の机に足を乗せるな」

 

タンコブが3つに増えた。

 

「とにかく、君のお陰でこちらの体制も大分整った。まあ幾つか予想外の事態も発生したが、まだ範囲内だ」

「悪の組織の象徴たる地球の相転移炉式戦艦も、山崎博士と北辰殿のお陰で2隻まで沈めることに成功した」

「だが、まだ本来の目的である『ナデシコ』が残っている。君にはまだまだ協力してもらうことになるだろう。宜しく頼むぞ」

「ふ〜ん、ナデシコねぇ………ナデシコだぁ!?

「どうした?」

「いや、ちょっと血の宿命を感じているところだ」

 

今、アキトの脳内では大々的な対策会議が開かれていた。

議論は朝方まで続きそうだ。

 

「さて、話は変わるが数ヶ月前のことを覚えているかね?」

「なぬ…? もしかしてあれか? 道端で労働に汗を流すオレを、汚い物でも見るかのような目蹴り飛ばした…」

「あの時は虫の居所が悪くてな。いや、すまんすまん」

「閣下! 頼みますからコイツにペースを乱されないでください!」

「あ〜…どうにも彼には、何かを引き寄せられる気がしてな」

「バカを言うな。オレに引き寄せられるだと? それで貴様は興奮したわけだな!? この破廉恥野郎!」

「そうなのか? 失禁君、なかなか下劣街道をまっしぐらだな。まあ、安心したまえ。

 健全な一般男子なら、誰だっていつも考えてることだからな」

「何故に私ですか!? それより、いい加減に話を進めてください!」

 

シンジョウは朝からお疲れだ。

これでは、とても夜までもたないだろう。

 

「君が言っていたあの件、当事者は君だから当然わかるな?」

「ん〜…?」

「ほら、これを見ろ」

 

シンジョウが渡したのは手のひらサイズのカレンダー。

草壁の顔がとっても渋いのが印象的だ。

 

「……はっ! 気が付けば明日はXデー!」

「そう、お前が言っていたアリジゴクのような女が行う、展示会の日だ」

「それでどうするかね? 他ならぬ君の為だ。要望があればすぐにでもこの世から抹消するが?」

「いや、その辺は大丈夫。今日から部屋に閉じこもって、プルプル震えながら事が収まるのを待つから」

「うむ、何気に前向きだな」

「そうですか? 限りなく後ろ向きのような…」


ガラガラガラガラ…!

「閣下ぁーっ!」

 

「ん?」

「なんだ? 新手のキャッチセールスか?」

「そんなわけあるか…って、閣下! 納得しないでキャッチセールス予防の本なんて引っ張り出さないでください!

 いや、待てよ? 確かこの声は…まさか!」

 

シンジョウが何かを察したその時、それは現れた。

そう、悲劇とは突如として舞い降りるものである。

 

「お待ちでーす!」

 

どがしゃぁぁぁぁん!

 

「おわぁぁぁ!?」

 

シンジョウは窓からダイブを慣行。

ちなみにここは20階建ての最上階だ。

 

「シの付く人、イイ飛びっぷりだ!」

 

 

ポテッ…コロコロコロ…ぽふっ

 

 

うんうん頷くアキトの目の前に何かが転がってきた。

勿論のこと、スモウレスラーのぶちかましをくらうような覚悟でそれを受け止める。

髪の長さ、服装から女の子と推測し、アキトは騎士道大原則にのっとり、お姫様抱っこを実行した。

 

「まったく、いったいなんだ………お? どこかで見たような髪だ…な?」

「ん〜…」

 

その女の子が身じろぎした次の瞬間、アキトは地獄を見ることになる。

 

 

かぷっ

 

 

「もふもふもふ……」

「キャー! 食べられる――っ!! 誰か―――――――――っ!!!」

 

無論、助ける者など誰もいない。

 

 

 

 

「ふぅー危ない危ない。危うく人を轢くところだった」

「いや、もう轢いてるぞ」

「なんですと!? まずい! すぐに隠ぺい工作を!」

 

どこからともなくコンクリートを取り出し、コネ始める謎の人物。

固める気は満々のようだ。

 

「ん? 誰かと思えばナっちゃんではないか」

「こ、これは閣下! 何時の間に?」

「人に無視されるのも私の特技の1つだ」

 

草壁の無駄な特技、またも炸裂である。

 

「それはそうとナっちゃん、今帰りかね?」

「ハッ! 私、南雲善政を始め、乗組員全員、無事帰還です」

「無事とは言うが、その歯型だらけの顔はどうした?」

「これは男の勲章です」

「ほぉ…それは素晴らしい限りだな」

 

関心する草壁と胸を張る南雲、そしてアキトは何者かに食され中のいかにもな光景が広がる草壁の部屋。

知らない人が見れば間違いなく、獰猛な檻に入れられた哀れな人達と思うことだろう。

そこにようやく復活したシンジョウが、息も絶え絶えで戻ってきた。

 

「な、南雲中佐!」

「おお、シンジョウ殿。元気ですか?」

「至近距離君なら大丈夫だろう。ほら、おもいっきり頭から滝のように流れているのがその証拠だ」

「全然大丈夫じゃないです! それより南雲中佐! 突然、何をしてくれますか!

 もしかしてまたですか!? またなんですか!? 性懲りもなく、また自分の息子自慢ですか!? 

 以前の『息子が生まれましたよアタック』とか、

 『息子と一緒に休日を過ごしましたスパーク』とか、

 『息子が始めてお父さんと呼んでくれたぜタイフーン』とか、

 『息子が幼稚園に入っちゃったストライク』とか

 『息子と一緒に運動会で一等賞取ってしまったウェーブ』もそうでしたが、今度は何ですか!?

 まさか、『息子にお土産買ってきたら凄く喜んでもらえたよクラッシャア』とかじゃないでしょうね!?

 帰っておとなしくキャッチボールでもしてろよ親バカ!

 それと閣下、私はシンジョウだと何回言ったらわかるんですか!?」

「死後処分君、うるさいぞ」

「シンジョウ殿、少し落ち着かれた方が良いかと思います。

 そうそう、忘れるところでした。閣下、お喜びください! 以前お話されていた例の少女、捕縛に成功しました!」

「本当か!? でかしたナっちゃん!」

「見てください! これを!」

 

南雲が指差す先には扉をぶち破った元凶でもある、乳母車が佇んでいた。

何気に光り輝いているその姿は頼もしい限りである。

 

「この乳母車がどうした? また子供でも生まれたのか?」

「いえ! 息子は今日も可愛いです!」

「なるほど。それで目的の少女は何処に行ったのだ?」

「先程、家に立ち寄りこの乳母車を奪取してきましたが…いや〜懐かしさがこみ上げてきましたよ!

 あの頃の剣一はまだハイハイがやっとで…気が付けば今年で5歳、ますます男らしくなって、親としては嬉しさ爆発…」

「話がかみ合っていませんよ! それに閣下! いきなり当たり前のように壁の補強を始めないでください!」

「失墜君、そうは言うが自分の部屋くらい自分でだな…」

「シンジョウです。そんなこと部下にやれせればいいじゃないですか! おい付き人B、女の子と戯れていないで部屋を片付けないか!」

「違う! どこをどう見たらそうなるんだ!? 明らかにオレがえらいことになってるじゃないか!!」

「「「…よしっ」」」

「なんだお前ら、その『まったくもって異常なし』な表情は? さては助ける気がまったく無いな? そうなんだな?」

「それでナっちゃん、肝心の少女はどうした?」

「ああ、あの子なら寝ぼすけで噛み付くのですぐにわかりますよ」

「わかりやすいような、わかりにくいような…」

「なるほど、顔の歯型はその少女のせいか」

「無視かよ! ちきしょう、平等社会の理念は死んじまったよ道ゆく人々!」

 

草壁の部屋の前はちょっとしたイベント会場なみに混みあっている。

何気に売り子が居るのは逞しい限りだ。

 

「まてよ…噛み付く? ナっちゃん、もしかしてそれは…アレのことか?」

「ええ、アレです」

「南雲中佐、本当にアレが目的の少女なのか?」

「間違いありません。指名手配書通りの背格好…おや?」

 

何かに気付いたのか、意外そうな表情をする南雲。

3人の目線の先にはピンク色の髪した少女がアキトの首筋に噛み付いていた。

そう、この少女は一度眠りに落ちれば食人鬼と化す恐怖の存在、ラピス・ラズリである。

 

「もういい加減に目ぇ覚ませラピU! このままじゃオレの魂が永遠にさ迷い続けちゃうぞ!?」

「む〜……もぐもぐもぐ」

「なあラピUよ。気のせいか、人外と呼ばれる領域に片足突っ込んでないか?」

「君、こんなところで何をしているんだい?」

「なぬ? おお、誰かと思えば、つい最近までご近所だった…」

「久しぶりだね。元気かい?」

「勿論、死にそうだ」

「それはなにより」

 

只今アキトの顔は暗黒面にまっしぐら。

早くなんとかしないと、吸血鬼に襲われたと勘違いされそうだ。

 

「アンタがラピUを連れてきたのか?」

「ああ、ちょっと月近くまで散歩してたら、たまたま救難信号を発している物体を見つけてな。

 拾ってみたらビックリ仰天、ラピスちゃんだったんだよ」

 

豪快な散歩だった。

 

「いや〜本当に驚いたぞ。息子の剣一と仲の良かったラピスちゃんが、あんなところで遊覧しているんだからな」

「ラピUはそういうところがあるからな。まあそのおかげでオレの足はいつもがっくがくだけど!」

「やれやれ、アキト君は変わらないね」

「そういうアンタこそ…」

「ちょっと待ったぁ!!」

 

突然2人の話に割り込んだシンジョウは、目がヤバイくらいに血走っていた。

親の仇でも見つけたかのようである。

 

「シンジョウ殿、流血の度合いが増していますが?」

「告白なら後にしてくれ、シの付く人。今、大事な話の最中なんだ」

「誰が告白なんぞするか! それより、1つ確認しておきたい。お前、名前は?」

「ゴート・ホーリー」

「…南雲中佐、彼の名は?」

「テンカワ・アキトだが?」

「「「…」」」

 

痛い沈黙が下りる。

 

「ふっ、バレたのなら仕方ない」

 

サッとプロスメガネを取り、髪をかき上げ、そこら辺の椅子に片足を乗せ、ハードボイルドに決めるアキト。

だが、噛み付いているラピスを背負っているので格好は良くない。

 

「お、お前は指名手配中のテンカワ・アキト!」

「なんと見事な変装術! 全然わからなかったぞ! 流石は南雲中佐! その眼力、只者ではないな!!」

「お褒めに預かり光栄です」

「素敵すぎるぜあんたら!」

「…かぷかぷ」

 

草壁達に賛辞を送りつつ、後ずさりするアキト。

無論、ラピスを肩車し、逃げる体制は万全だ。

 

「とまあ、そういうわけで…テンカワ・アキト! 社会秩序の敵め! 今ここで貴様を血祭りに…って、いない!?

「逃げたな」

「逃げられましたね。さすがはアキト君、逃げ足は天下一品」

「だぁーっ! 落ち着いて解説してる場合ですか! すぐに手配を…だから閣下! 瓦礫の後始末は他の者にお任せください!」

「ナっちゃん。最近、死球君がうるさくて仕方ないのだが」

「きっと、財布でも落とされたのでしょう。気の毒に…」

「うむ、愛いやつよ」

「うがぁぁぁっ!! 私はシンジョウだぁぁぁぁっ!!! …はぅ

「ようやく倒れたか。おーい、誰か救護班を呼んでくれ」

「シンジョウ殿、いい男っぷりでした」

 

草壁の部屋は真っ赤に染まっていたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてラピU、さっさと起きろ。はっきり言ってリアルにピンチな状況だ」

「むぐむぐ…」

「そんなに腹減ってるのか…? なあ、形だけでも再会を喜びあおうぜ?

 いい加減にしないと、兄は生きることを諦めてしまうかもしれないぞ?」

 

ぶつくさ言いながらも、ラピスを米袋のように抱えつつ、全力疾走で逃げ出すアキト。

その姿を見かけた兵士は『トイレか…』と勘違いしたらしい。

 

「さてと、退路も無くなりつつあるし…脱出は二の次にして、乙女の神秘について考えてみるか」

「この馬鹿弟子がぁ!!」

 

どげっ!

 

「師匠ーっ!?」

 

ドガシャァァン!

 

お約束どおり、資材に突っ込むアキト。

無論、怪我などはない。

 

「突然、なにしやがる!」

「ノリじゃ」

「ノリか。ならば仕方ないな」

 

全てはノリで収まるようだ。

 

「ほっほっほ、久しぶりじゃなアキト。それと今のワシは師匠ではなく『黒いおじーさま』じゃ。そこの所を間違えるなよ?」

「…黒いおじーさま? ベン師匠じゃないのか?」

「まあ、どっちでも可じゃ」

 

もはや正体なんてとうでもいいらしい。

 

「それで黒いおじーさまなベン師匠は何故こんなところに?」

「うむ、さすがにこれ以上の乱暴狼藉にはイエローカードを出せねばならんと思ってな」

「流石はベン師匠。訳がわからん所に磨きがかかっている。で、本当の目的は?」

「実はラピス君をある所から脱出させたのはいいが、運悪く木連の戦艦に拾われてしまっての。

 仕方ないからワシ1人でラピス君を助けにきたのじゃ。

 しかしのぅ…さすがに敵勢力のど真ん中で救難信号を出すのは無謀だったか?」

「いつか山中に連れていくぞボケジジイ」

 

げしっ

 

蹴られるには十分過ぎる言葉の暴力だった。

 

「まったく、本当にお前の親父といい勝負じゃ。それより2人共、脱出するんじゃろ? だったらアレに乗り込むがよい」

「…アレ?」

 

フクベが指差す先にはゲキガンガーそっくりなロボット、テツジンが何故か仁王立ちをしながら佇んでいた。

 

「アレに乗れと?」

「うむ」

「叫びながら?」

「当然」

「ラピUと2人で?」

「勿論」

「景品扱い?」

「ハイカラじゃのぅ」

「…かみかみ」

 

ラピスには噛み付くしか道がないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、乗り込んだな?」

「おう!」

「…むぎゅむぎゅ」

 

テツジンに乗り込んだアキトとラピス。

無論、ラピスは未だお食事中だ。

 

「だが、ベン師匠。これに乗ったからって脱出できるとは…」

「大丈夫じゃ。ワシはお前を信じる」

「さり気に線香を足元に置きつつ、んなこと言うな。説得力 皆無もいいところだぞ」

「む? 焼香の方が良かったか?」

「そういう問題じゃねえ。つーか、どう考えても使うのはアンタが先だろうが。いっそ今すぐ永眠してしまえ

「さっさと去れ」

「ぬあ!? いきなり適当になりやがった!」

「さあ、ゴーじゃぁっ!」

「ゴーじゃぁっ、じゃねえっ!!」

 

そんなやりとりをするアキト達。

だが無駄に時間を使ったせいか、格納庫に警備兵がなだれ込んできた。

 

「貴様等そこを動くな!」

「おとなしくしろ! 抵抗しなければ危害は加えん!」

「この顔見かけたら、是非ご一報ください!」

 

それぞれ銃を持ち、アキト達を威嚇する。

少しでも動こうものなら、ミンチは確実だろう。

 

「アキト! ここはワシに任せてお前らは逃げろ!」

「うおお!? ベン師匠、アンタ正気か!? なんて生意気なセリフ吐きやがる!」

 

そんなアキトのセリフを全然気にしないフクベ。

なんと、杖1つで銃弾の嵐の中をかい潜り、次々と兵士をノックダウンしていく。

無論、直撃弾を何個喰らったかわからないが、何故か無傷だ。

 

「うそ!? マジで!? なんか初めて師匠が普通に凄いことしてる!

 しかも息1つ乱さないとは…ベン師匠、アンタ普段、何食って生きてるんですか?」

「アキト! 皇太子殿下級の眼差しで見守っとる場合か! 早く行けい! 妹を守りきるのがお前の役目じゃろう!」

「ベン師匠! 既に手遅れです!」

「なに!?」

「ラピUがオレに噛み付くせいで守りきる気力が全然沸きません!」

「根性でなんとかせい!」

「それを無駄な努力と先人は言いました!」

「納得していいか!?」

「OKです!」

「…かぷかぷ」

 

おバカな漫才をしている内に、続々と集まる警備兵。

ようやく復活したのか、兵士達の先頭に立つシンジョウは得意げな表情でメガホンを取り出した。

 

「あーあー、犯人に告ぐ。おとなしく武装解除し投降せよ。5分以内に投降しない場合、実力行使もあり得る。

 …というかな……さっさと出て来いやオラァ!

 貴様等なんぞ魔女裁判にかけて、火あぶりにしてやるわ!!

 ぐははははははははははは!!!

 

頭に包帯を巻き輸血する姿は、頼もしい限りだ。

無論、兵士達は腰が引けまくっている。

 

「あきとおにーちゃん、どうするの?」

「んお!? ラピU、突然目覚めやがったな!?」

「で、ここどこ?」

「それを知る必要ない。知ったらきっと後悔する」

「わかった。あきとおにーちゃんが、また何かしでかしたんだね?」

「物分りが良くて助かる。オレはもっと頭の弱い子だと思っていたぞ」

「そうかも。あきとおにーちゃんの妹だし

「くっ、説得力のあるセリフを吐きおって!」

 

自覚はあるようだ。

 

「おぬし等! さっきからラブってコメっちゃってる場合か! ラピスが目覚めたのならもう大丈夫じゃろ! 早く逃げい!!」

「アホか! どこに目ぇ付いてんのかアンタは!」

「顔に決まっとるだろうが! とにかくお前はボソンジャンプ出来るんじゃろ!?

 その機体にはCCを何個かセットしてあるし、行き先もプログラムしてある。さっさと跳べい!」

「なぬ!? なんでベン師匠がそんなこと知ってるんだ!?」

「何でもいいから行け! 跳べば本来の目的地に跳ぶはずじゃ! アキト、後な…レンのこと、宜しく頼むぞ」

嫌だ。会ったら絶対に殺られるような気がする」

「おぬし、いったい何をしおった?」

「さてな!」

「あきとおにーちゃん…」

 

冷汗を掻きまくるアキトをジト目で睨みつけるフクベ。

安易に想像が出来てしまうのだろう。

そして今の状況が不安になったのか、ラピスはアキトの服をギュッと握り締めた。

 

「ラピU、それはオレに背面飛びをかませという無言の訴えか?」

「違う」

「わかった! じゃあ行くぞラピU! しっかり捕まってろ!!

 本日は当機をご利用いただき、まことにありがとうございます!

 我々はこれより未知の力に全てを委ね、すっ跳びまぁす!

 ちなみに今なら無料で乗り込み可!! 特典にラピUがペチペチしてくれます!!!」

「…ペチペチってなに?」

「おぬし等、なにキレイにまとめに入っておる! 最後まで話を聞かぬか!!」

 

アキトが気合を入れて、本当に背面飛びをかました瞬間、テツジンはその姿をかき消した。

勿論、フクベの話など無視して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですって!? アイツは、跳躍法で閣下の家に来たんですか!? なんなんですかあの男は!?」

「うむ。話そうとは思っていたが今の今まで忘れていた」

「忘れてたら話せないじゃないですか!」

「そう褒めるな」

「褒めてません!」

 

あの後、アキト達を取り逃がしてしまったシンジョウは再び貧血でぶっ倒れた。

数日後、どうにか再起動を果たすことに成功し、どうにか職務に復帰。

そして草壁に先日の報告をしたところ、アキトがここに来た経緯を聞いてしまい、またも血管がイイ感じに蠢いているという訳だ。

 

「しかし単独での跳躍か…まてよ? 死に物狂い君、良い考えが浮かんだぞ」

「シンジョウです。なんだか本名より長くなっていますよ」

 

 

この草壁の思い付きが、アキト達を苦しめることになるのだが、それはまだ先のお話。

 

 

また、アキトが今まで連ねた偽名が、新たに指名手配の中に登録されていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキト…とラピス、の運命はどっちだ!? 続くような続かないような思わなくも無きにしも非ず。

 

あとがきです。

こんにちは、彼の狽ナす。

すみません、少女話のはずがオヤジ話になってしまいました。

まあ、ラピスが出たので許してください。

 

今回の話で一番悩んだのは、ズバリあだ名でございます(笑)

草壁がベッキー(爆)

南雲がナっちゃん(連爆)

そしてシンジョウが色々とシの付く人…。

 

本当は『しーぽ○』にでもしようかと思いましたが殴られそうなので止めました(爆死)

…いや、もう十分か?

 

そんな訳で次回は…やっとこです(何)

ではっ

 

 

管理人の感想

彼のΣさんからの投稿です。

そうか、ナデシコ攻略の裏にはアキトの影があったのか。

しかし、眼鏡一つの変装で何ヶ月も騙される奴等も奴等だな(苦笑)

これで木連のお偉いさんに、顔と名前が売れたなアキトw