「ねえルリ、みんな帰ってこないね」

「…」

 

ラピスはルリに疑問をぶつけるが、ルリは無言で答えた。

 

「ねえルリ、なんだか騒がしくなってきたね」

「……」

 

続けての問いにも、同様に無言で答える。そして額に浮かび上がる、怒りの十字血管。

 

「ねえルリ、もう焼き芋食べないの?」

「………」

 

差し出した焼き芋が、ルリの鼻腔をくすぐる。ルリの心境は『激怒』にレベルアップ。十字血管も1つ追加だ。

 

「ねえルリ、ぶっちゃけ戦闘開始?」

「…………」

 

無言で答え続けるルリの心境は更に向上し、『憤怒』のラインを突破。十字血管も更に追加している。

 

【のん気にも程があるよラピス…】

「そお?」

 

オモイカネのツッコミに疑問符を頭のてっぺんに浮かべるラピス。

その横で、たった1人のブリッジクルーであるルリは、必死になりながらナデシコを敵の砲撃から守っていた。

 

「……ばかばっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の3号機

その50

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここですね」

 

パカッと配管の蓋を開け、顔を出してみればヒナギクが堂々と鎮座している格納庫に到着。

だが、メグミツアー御一行様がふと周りを眺めた瞬間、ソレに引き寄せられることになる。

 

「いい!? あんた達はもうイイ年なんだから、こんなバカなこと止めてさっさと軍隊以外のマトモな職に就きなさい!」

 

ユキナが木連兵数百名の前でお叱りを垂れていた。

 

「あんな何を考えているかわかんないオッサン連中の言うこと聞きながら戦争して楽しいの!? みんな国には家族が居るんでしょう!?

 毎日の家事で疲労困憊な奥さんや、生意気盛りで思わず殴り倒したくなる子供や、保健所に連行寸前のペットなんかが!

 そこのアンタ! どうなの!? ちょっと立って身辺の事を話しなさい!」

「え? え〜っと、私は、まだその独身…」

そう、気の毒にね。そこのアンタはどうなの!?」

「一応、結婚5年目…」

「じゃあ一刻も早く帰れ、グズ!

「………一刀両断もいいとこだな」

「バッサリとな」

 

木連兵の家庭事情に付け込んだ、見事な姐御っぷりに全員腰が引けている。

 

「ユ、ユキナちゃん…?」

「ん? あ、メグミさん。お帰り」

「うん、ただいま。で、この状況は何事?」

「あ〜なんだか、この人達がこぞってヒナギクを占拠しようと根暗なこと考えてたみたいだからお説教中」

「へ、へぇ…」

「それで、みんなは無事なの? 特にアキト辺り

「え、ええ、無事って言えば無事だけど」

「そう良かった。じゃあまとめに入るけど、私みたいな若輩者でも立派な許婚が居たりします!

 あ、羨まないで! 照れるから! ぽっ…

 

『いや、何も言ってないから』

 

全員揃って、手を『パタパタ』と振りながら否定する。

ちなみにアキトはといえば、『婚約者』の発言辺りでジンマシンが発動。床を転がる姿は滑稽以外の何物でもない。

 

「とにかく、家族が大事なら帰って食って寝てリフレッシュ! いい!?」

 

『わかったよーな。わからんよーな』

 

木連兵は揃って頭を抱えてしまった。

 

「ユキナちゃん。じゃあ、お兄さんは?」

「それ、誰?」

 

ユキナの中で、九十九についての情報は既に記憶の断片すら無い。

 

「お、おいハテナ」

「あ、アキト〜!」

 

さすがに、ユキナのこれ以上の暴走は身を滅ぼしかねないという結論に至ったアキトは、自らその身を差し出した。

それが功を奏してか、ユキナは説教はさっさと切り上げ、手をブンブン振りながらアキト目掛けて駆け出してくる。

その態度の変化に、アキトは思わず表情を崩した。

 

「はっはっは、そんなに待ち焦がれたか。生意気そうに見えて中々どうして…」

「何してくれてんのアンタは」

 

 

グシャッ!

 

 

素晴らしい角度でフライングショルダーアタックをかまし、アキトをリングに沈める。

見事、アキトを倒したユキナは、この時からチャンプに認定された。

 

「まーったく! 和平会談ぶち壊してどうすんのよ! ますます地球と木連の仲がこじれちゃったじゃない!」

「でもなぁ、あの状況じゃ、あれ以外の結果は導き出せないぞ?」

『あるだろ! 盛りだくさん!』

 

勿論、このツッコミはナデシコ、木連双方からの合同だ。

そんなおちゃらけムードが漂う格納庫に、ウリバタケを筆頭としたナデシコ整備班が、スパナと風呂敷包みを持ちながら戻ってきた。

それに気付いたユリカが明るく声を掛ける。

 

「ウリバタケさ〜ん、やっほー」

「おーう艦長。ったく、予想通りの展開で笑うに笑えねえなぁ!」

 

そんなことを言いながらも、笑みを浮かべつつ手を振る当りはのん気そのもの。

ナデシコの雰囲気が漂うこの場では尚更のようだ。

 

「おう! ご苦労だなタイヤ班長! 元気か?」

 

そんな整備班に向けて、ちょっと威張り気味に労いの言葉を掛けるのは、自分に対するツッコミを全てスルーしているアキト。

勿論、先程のユキナの一撃によるダメージなど瞬時に回復。立ち直りだけは早い。

 

ピタッ

 

野郎達は突如として無言となり、一切の動作を停止した。彼等の目は常に一点集中。アキトと、その横に佇むユキナを凝視する。

そう、彼等には、この2人がラヴなフィールドを形成しつつある…ように見えた。独身貴族であるが故の悲しい性だ。

既婚者であるウリバタケも、何故か同等の禍々しいオーラを噴出していたりする。

 

「…無言で見つめあうオレ達。まさか…これが恋の予感!?

『んなわけあるかぁ! アキト! テメエ、覚悟はいいな!?』

「なんのだ? ちなみにオレの特技は、飛んできたシャープペンの芯を受け止めることだ。個人的には『2B』辺りを希望」

『じゃあ、代わりにこれを受け止めやがれぇ!』

 

ギラついた目とニヤケ気味の口で、ウリバタケは特別性の『お徳用巨大スパナ』を投げ放つ。

ウリバタケに続き、整備班全員がスパナをアキト目掛けて投げつけた。その数はゆうに50を越える。勿論、ものの見事に全弾ストライクだ。

和平会談をぶち壊した上にラヴラヴを見せ付けられたものだから、彼等の怒りに誰もが口を挟む事が出来ない。

そんな光景を呆然と見ていた木連兵の1人が恐る恐るウリバタケに声を掛ける。

 

「お、おい、アレはお前達の仲間じゃなかったのか?」

「あ? それ以前にボコる対象だ。文句あんのか?」

「無い」

 

がしっ

 

互いの手を組み、不敵笑みを浮かべるウリバタケと木連兵の1人である川口少尉。

今ここに、地球と木連の間に何かの結束が生まれた。勿論、アキトの動向は木連兵全員に伝わっている。

 

「ま、待って…僕は…」

「知ったこっちゃねーな」

「やっちゃえ、やっちゃえ」

「顔はダメ。ボディ、ボディ」

「全ユニット出撃! 後に全員抜刀! 突撃開始! 総力戦だ!!」

 

「のぉ━━━━━━!?」

 

私刑の真っ只中でボコボコになる人物の悲鳴をBGMとし、合同八つ裂きフルコースが開始された。

 

「ゴメンねアキト。私には止められそうにもない」

「アキトしっかり! 艦長の務めとして、骨は拾ってあげるからねー!」

「アキトさんの場合は何事も自業自得ですからね」

「うむ。これが自然の流れというものだな」

「バカを言うな。オレはまだピンピンしてるぜ?」

「「「「へ?」」」」

 

傍観を決めていたユキナ、ユリカ、メグミ、ゴートが、その声が発せられた方向に顔を向ける。

そこにはどこから持ってきたのか、パラソルを差しながら優雅にオレンジジュースを飲みつつ寝そべるアキトの姿。

トロピカルでゴージャスな雰囲気をフル稼働だ。

 

「ア、アキト…? じゃあ、あそこでボコボコになってるのは?」

「身代わりありがとう。背丈が似たり寄ったりのアジ副長

「おわぁーっ! 待て待て! ストーップ! ストップーっ!!」

 

ゴートがナデシコ整備班と木連兵に呼びかけるが、中心に居るアキトのお面をかぶったジュンは、既に死へのリーチが掛かっている。

 

「こういう時だけは素早いよね、アキトって」

「人はそれを十八番と呼ぶな。確か」

「そうそう…む? 誰だオレの決めセリフを取りやがった愚か者は?」

「貴様が一番の愚か者であろうが!」

 

シュバッ!

 

小太刀の一閃がアキトの持っていたオレンジジュースのグラスを真っ二つに斬り裂く。

割れたグラスを踏みつけながら佇むのは、木連の暗部に属す存在である北辰。義眼を鈍く光らせながら、アキトを睨みつける。

当のアキトはといえば、ギリギリで北辰の一撃を避け、勢い任せにでんぐり返しでゴロゴロと数メートル程転がり、ポテッと倒れていた。

 

「アキト、いつからダンゴムシにジョブチェンジ?」

「はっはっは! オレの丸まりは世界を救う!」

「救われたくないわ! とにかく、我は貴様を木連の害と成す存在と見極めた。今ここで滅してくれよう…テンカワ・アキト!」

「おおお!? ち、ちょっと待てーっ!」

 

アキトの言葉を無視し、北辰はアキトとの距離を詰める。だが、アキトの呼びかけは北辰に対するものではなかった。

 

「ア、アジ副長! 試合はまだ始まったばかりだぞ! いきなり切り札を使うやつがあるか!!」

「な…にっ!?」

 

 

「くぉの…ドグサレ野郎がぁ! うおおおおお…りぃやぁぁぁぁぁっ!」

 

 

無事に私刑から脱出を遂げたジュンは、自らの攻撃目標を瞬時に見定めた。

前進から怒りのオーラをバーストさせ、特性警棒を両手に持ち破壊力倍増の構えを取る。

そこから三角跳びを繰り出し、一直線にキリモミ状で突撃を開始。

無論、狙いはアキトただ1人。しかし、その前にタイミング悪く、飛び込んでしまう1つの影があった。

 

 

ギュリュシャァッ!

 

 

まず有り得ない衝撃音がその物体から発せられ、それは彼方へとぶっ飛び、あえなく沈黙。

 

「ゼーッ…ゼーッ…や…った…よ…監督…がふっ…

「ジュンくーん!」

「副長! よくやったぞ! 見事な一発だった!」

「相手を間違えたけどな!」

 

ジュンは難題をやり遂げた表情を作り、そのまま崩れ落ちる。そんなジュンをナデシコクルーの面々は矢継ぎ早に賞賛を送り、胴上げを開始。

この瞬間、彼は間違いなくヒーローとなっていた。

また、胴上げにあぶれた連中は、どこからか持ってきた日本酒の樽をハンマーで叩き割っている。

 

「で、間違えてぶっ飛ばされたトカゲさんは?」

 

『…………うわっ』

 

哀れ、北辰はアキトの身代りとなり、真っ赤に咲き乱れてしまった。これでは、社会復帰など夢のまた夢だろう。

それを見てしまった面々は揃って目を背け、気の弱い者は倒れ付す始末。

 

「しょぼい最後だったなトカゲのおっさん。アーメン」

「アキト。祈るだけじゃなくて、線香の一本でもあげないと、トカゲも浮かばれないよ?」

 

北辰はどのみち、浮かばれそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、脱出するか!」

 

『このアホ野郎が…』が、この場に居る全員が真っ先に出したツッコミゼリフだった。ジュンのみはピクピク痙攣しているのでツッコミは出来ないが。

また、格納庫にたむろしていた木連兵の面々はというと。

 

 

【音声ガイダンスに従って『1』を押してください…】

 

 

『ぬぉぉぉぉぉっ! 離れることができぃぃぃぃぃん!』

 

 

『ウリバタケ特製・注文電話Ver2.1』のお陰で足止めを喰らっていた。

勿論、彼等が注文しようとしているのは、限定品のゲキガンガーコレクション1/100スタイルだ。

注文先がウリバタケ工房となっている辺り、流石と言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウリャァァァァッ! なめんなボケ、コラ! 今の俺はみなぎる電波ぁ!

 

ズドバァァァァァン!

 

謎の電波を散乱させ、無人兵器が停止、あるいは同士討ちし、あるいは酔いどれ状態となり大混乱。

それを見逃さず、リョーコは一斉射撃で次々と撃墜数を増やしていく。勿論、電波指数も着実に増えていく。

間違いなくこの一帯だけ、他とはまるで違う別世界が広がっていた。

また、この時のリョーコの目は限りなく渦巻いていたが、本人はそれに気付くことはない。

 

 

 

「ふっふっふ…見よ! これぞ私が昨晩徹夜で仕上げた、天空ケンの総受け本だーっ!

 

ズドガァァァァァン!

 

謎の本をモニターに掲げ次々とページをめくる。

ソレを目にした無人兵器達は何故かプルプル震えだし、機器に限界が生じたのか揃って自爆してしまう。

だが、ヒカルは手を休めることなく、次々とページをめくっていく。何故か背景には薔薇が咲き乱れていた。

 

 

 

ポロン♪

「突然ですが、ガスマスク常時着用でお願いします」

『…』

 

ポロロン♪

「風の噂で聞いたわ。

 無人兵器の今後の運用について、『ネットアイドルとしてデビュー』と『一族に古くから伝わる象徴としてデビュー』の意見が出ているようね」

『……』

 

ポロロロン♪

「でも私には、それに負けない位とっておきの案がある。聞きたい?」

『………』

 

この時、イズミの目には無人兵器達が頷いたように見えた。イズミは満足そうに目を細め、再びウクレレを弾き鳴らす。

 

ペロン♪

「私の案。それは…恵まれない子供達の為に『今日から私があなた達のお母さんよ』と言って幸せな家庭を築く。で、どう?」

 

無人兵器達はダッシュで明日へと旅だった。

 

 

 

「…エステの戦いじゃないですね」

 

イツキはただ1人、普通に戦い、普通に敵を倒し、普通に被弾していた。

 

「なんだかなぁ…」

 

少し哀愁も漂わせているようだ。オプションで溜息も出ている。

 

 

 

 

 

「ねえルリ。気のせいかもしれないけど、あの人達だけで全滅できちゃう気がしない?」

「なるべくなら、人の領域を越えないでもらいたいものですね」

「数字で見えるスペックなんて、現場じゃアテにならないってことだね。あ、ヒナギク帰ってきた」

 

大量に現れていた無人兵器達は徐々に数が少なくなり、攻撃の手も緩んできた。

お陰でルリにも多少の余裕が出来たのか、ツッコミ役に戻っている。

 

 

 

 

 

「お土産買ってきたぞ〜」

 

大手を振って帰ってきたアキトの両手にはゲキガンガー印の饅頭が盛り沢山。

どこかの食いしん坊みたいなキャラをかもし出しつつ、満面の笑みを浮かべながらソレを勢いよくルリの前に差し出した。

だがその数秒後。ルリの問答無用の銃乱射により、饅頭達は無残にも砕け散ってしまう。

ついでにアキトも標的となったが、見事に凶弾を全てかわす事に成功。

思わず拍手を送ってしまうナデシコクルーだったが、その中で約1名、銃を乱射した当人は舌打ちをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやっている! たかだか一隻の艦と少数の人型兵器だぞ!」

「し、しかし相手は予測不可能な攻撃をしてくるゆえ…」

「言い訳などするな! 栄えある木連男児が、この程度で弱音を吐くとは…」

「むぅ…ここは…?」

 

ガスッ!

 

ブツブツと文句を言い続けていたシンジョウは、謎の声が聞こえた瞬間、何かを蹴飛ばした。

そして何事も無かったかのように、あさっての方向を遠い目で見つめる。その何かは、再び沈黙の回廊に迷い込んだ。

 

「まったく、今日の為に炊こうと決めていた赤飯もこれでは無しか」

「あの…今、閣下が目を…」

「気のせいだ」

「でも確かに…」

「気のせいだ」

「でも…」

「お前の血でご飯を赤く染めるか?」

「なんでもありませんでした!」

 

名も無き木連兵は泣きっ面で業務に復帰した。

 

 

 

 

 

 

 

一方のナデシコ。

最初は前線したエステ隊だったが、多勢に無勢。続々と出現する敵に押され、後退を余儀なくされている。

 

「ルリちゃん! フィールドは持ちそう!?」

「ダメっぽいですけどオモイカネを引っ叩いても何とかします。死ぬのはまっぴらご免ですから」

「ミナトさん、撤退準備!」

「ゴメン、疲れちゃった。限りなく眠い。お陰で、みんな騒いでるけど、私の中では気分が急激に盛り下がってる。それでも頑張ってみるわ〜」

「メグちゃん、エステ隊には帰還するよう伝えて!」

「それならとっくに逃げかえってますよ? なんだか3名ほど、やたらと満ち足りた表情をしてますが」

「なんで?」

「さあ?」

 

イマイチ緊張感が欠けているブリッジクルーの面々。それでも敵は待ってくれず、砲撃に乗じて次々と無人兵器が飛び掛ってくる。

それを見つていたアキトは、真剣な表情をしながら口を開いた。片手には謎の用紙が握られている。

 

「あなたが思っているような、いかがわしい物ではありません。中には入会半年で給金が倍以上になった方もいます!」

「アキト、絶大に怪しい上に誰も聞いてないよ」

「何故だ!? これで相手の心をがっちりキャッチ出来れば、もしかしたら上手く脱出できるやもしれんだろう!?」

「あきとおにーちゃん。それで、内容が嘘ってバレたりしたら、切腹モノだよ?」

「そうか…期間的に無理があるか…」

「「いや、そうじゃなくて」」

 

この3人に限っては緊張感のカケラも無い。だが、その時。凄まじいまでの砲撃が嘘のように止んだ。

思わず、無言になってしまうナデシコクルー。

 

「入会希望か?」

『それはない』

 

しかし心のどこかでは、アキトの言葉が通じたのではないかと思ってしまっている自分が居ることに、戸惑いを隠せない面々だった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした! 何故止まる!?」

「報告します! かぐらづきの動力が異常をきたしています!」

「なにぃーっ!?」

 

突然の事態に固まってしまうシンジョウを初めとする、木連兵の面々。

そんな事はお構いなしに、各所で起こる数々の被害が送り込まれてくる。

 

「大変です! 関係各所から抗議の電話が鳴り止みません!」

「防火シャッターが異常を検知し、誤作動しています!」

「食堂の火も点きません! 今日はご飯抜きだそうです!」

「トイレの水が止まりました! 当分我慢してください!」

「電気の供給もままなりません! ゲキガンガー上映は当面中止です…」

 

『くっ…』

 

最後の報告を耳した途端、揃って涙する木連の民。彼等にとって聖典でもあるゲキガンガーは、日々のサイクルに欠かせない代物だ。

 

「原因を調べろ! 最優先だ!」

「特定できました!」

「早いな!」

「ハッ! 自分は原因となった箇所に居ましたから!」

「ならば何故復旧作業をせずここに来た!?」

「無理だからです!」

「何? なにがだ?」

「修理は不可能ということです。何故ならば、エンジン周りの部品がごっそり無くなっているからです」

「なんじゃそりゃーっ!?」

 

悲痛な叫びが司令室内に木霊した。思わず耳を両手で押さえる木連兵達。

 

「あ、後 各部屋にあったファンシー系のグッズと秘蔵っぽい何かも無くなっていると報告が入っています」

 

その場に居た野郎達は、一目散に自室に舞い戻った。勿論、シンジョウも例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばウリバタケさん。あの山のように積んできたガラクタは何? お陰でヒナギクがかなり重たかったよ?」

「あーちょっとナデシコの修理パーツを補充した。ま、土産代わりにな」

「あ、私も色々と持ってきた」

「ミナトさんもですか? 私もお土産いっぱい貰ってきました」

「でも、ちょっと欲張っちゃったかしらね、メグちゃん」

「まあ、大丈夫じゃないですか?」

「ふ〜ん。いいなぁ…」

 

羨みながら持ってきたというお土産を物色するユキナ。その持ってきたモノが、何かも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか工作員を忍び込ませてあったとは…さすがはナデシコと言うべきか」

 

自室にあった筈の秘蔵品が無くなっている事に愕然とし、真っ青な顔で司令室に戻ってきたシンジョウは気力と体力回復の為に輸血を開始。

血の巡りが良くなったところで、冷静に分析を開始した。

 

「こうなれば…優人部隊を出せ! ジンを使い一気にケリをつける!」

「ハッ…ん? これは…シ、シン…」

「どうした?」

「あの、失礼ですが、名前なんでしたっけ?」

「貴様もかあ! 後で私の名前を書き取り百回! ええい、それよりなんだ!?」

「そ、それが…」

「ここは任せて貰おうか、シ…え〜と…シ…シ……司令官殿?」

「シンジョウだっての!」

 

誰かの声がシンジョウの耳に届いたと同時に複数の重力波がナデシコを襲う。

辛うじて全てを防ぎきったが、フィールドの出力は幾分か弱まったように見受けられる。

 

「あの艦は…まさか、南雲中佐か!? 生きていたのだな!」

「ああ。月攻略に出かける朝に寝過ごしてな、九死に一生を得た」

「帰って息子と戯れてろ」

「大丈夫。もう十分戯れた」

「そうじゃなくて」

 

漫才を繰り返す2人を傍目に、南雲が連れてきた艦隊の砲撃で、再びナデシコが押され始めた。

フィールドの出力も弱まり、ナデシコクルーの誰もが絶望という言葉を頭に思い浮かべる。

 

「これは…?」

「ルリちゃん、どうかした? あまりの事態に血管がぶち切れて、医務室に運ばれたプロスさんが心停止でもした?」

「いえ、心電図は相変わらずイイ感じにカクカクしてます。で、私が反応したのはボソン反応の方です」

「ボソン反応? も、もしかしてゲキガンタイプでも出てきた?」

「見たほうが早いですよ」

「え?」

 

ユリカが正面モニターに映し出されている七色の光に目を細める。

次の瞬間、そこから現れたモノが一筋の黒く巨大な帯を発射し、膨大な数の無人兵器を飲み込み、破壊した。

 

 

「やあ、みんな久しぶり」

 

 

聞き覚えのある男の声がナデシコ各所に響き渡る。その声に、ナデシコクルーの面々は。

 

 

 

『帰れ』

 

 

 

一蹴した。こんな状況に立たされても、恨みの方が優先してしまうらしい。

 

「みなさん、過去の過ちはこの際 水に流し、共に手と手を取り合い、この場を切り抜けようではありませんか」

 

もう1つ、ナデシコクルーの耳に届く聞きなれた声。だが、クルーは揃って戸惑いを隠しきれない表情をしている。

その訳は、その聞き覚えのある声の主が誰もが記憶している声の主と同一人物だからだ。

 

「…はーい、みなさんいいですかー? 今 聞こえた声に関して聞いたことあるなーと思った人、挙手をお願いしまーす」

 

バッ!

 

アキトの問いに、クルー全員がピーンと真っ直ぐに手を上げる。

 

「では、次の質問でーす。この声の主は過去に暴れていましたかー?」

 

ババッ!

 

先程よりも尚真っ直ぐ、天まで届けと言わんばかりに手を上げるクルーの面々。

 

「あの、そのような事をされている暇があれば、こちらが敵を叩いている間に逃げた方が良いかと思われるのですが…」

「あー待って待って。まだ、最後の質問が…」

「アキト様、悠長な事を言っていると今度は本当に命を落としかねませんよ?」

「………最後の質問です。アレは元コスモス艦長、カグヤ・オニキリマルですか?」

 

スッ…

 

かなり控え目に、挙手をするナデシコクルー。それを不思議そうな目と穏やかな顔で見つめるカグヤ・オニキリマル。

 

 

『なにがあった、カグヤ・オニキリマル…』

 

 

この場に居る全員がそう発言してしまったのは言うまでも無い。

 

「なにって…私はただ、毎夜毎夜マイポエムを枕元で延々と囁きながら、幸せそうに眠りこける顔を睨みつけてただけです」

「私は気を落ち着かせるために毎晩、枕元で般若信教を唱えてあげたんだけど…効果テキメンだね、仏様♪」

「…私はただ世界名作劇場を涙ながらに語り続けただけです。でも、さすがは名作。人の心なんてあっという間に澄み切ります」

 

『お前らかー…!』

 

エマ・ホウショウ、カオル・ムラサメ、リサコ・タカチホら、カグヤガールズの行動に総ツッコミを入れる一同。

カグヤガールズの背後では、カイオウとハーリーが、カグヤがこのまま永遠に元に戻らないよう必死にお祈りをしている。

 

「まあ、この際カグヤちゃんの事は置いといて、疑問が1つだけ。どうしてここがわかったんですか、アカツキさん」

「艦長、その疑問には私が答えましょう…」

「………あの、イネスさん。滅茶苦茶顔色悪いんですけど、大丈夫なんですか…?」

 

床を這いずりながら登場のイネス。顔に縦線が入り、唇は限りなく紫色。半死人もイイところの姿に、ユリカだけでなく、クルー全員が引いている。

 

「ふふふ…説明の為なら、山と川をいくつでも越える覚悟を心に秘めているわ」

「いいから、アンタは休んでなさい。さっきのジャンプでかなりの体力使ったんでしょ?」

 

横から出てきたエリナにホワイトボードを取り上げられ、成す術の無いイネスは少々涙目だ。

 

「か〜え〜し〜て〜…私は…私はコレに命を掛けているの。邪魔をしないで…!」

「アンタの決意なんて聞いてないわよ」

「今なら大増量キャンペーン実施中よ。在庫切れの心配も無いし、多くの悩める子羊達に満足頂ける説明を用意してみせるわ!」

「…もう、勝手にしなさい。なんだか元気になったみたいだしね」

 

説明の為ならば、自らの体力さえ回復させる女、イネス・フレサンジュ。彼女の目は、今 真っ赤に燃えている。

そしてエリナはというと、さっさと脱兎の如く逃げ出した。説明を聞く気はさらさら無いらしい。

 

「それでは改めまして…説明しましょう! 何故この場所が特定出来たのか。

 それはネルガル技術部が独自に開発したスペシャルな発信機を私がアキト君の身体に埋め込んだから。

 その発信源を元に、このナデシコ級3番艦カキツバタごとCCを使いここにジャンプをしてきたという訳。

 ジャンプに関する理論は割愛するけど、その発信機のお陰で私達はここに居るわけね。

 ちなみに位置特定をする装置は私が常に持ち歩いているわ。どう? コンパクトでわかりやすい説明だったでしょ? 」

『う〜ん、まあまあ』

「チッガウヨ! ソウジャナイヨ!」

 

首を傾げながら、どうにかイネスの説明に納得する一同。

それを傍目にアキトは聞き捨てならない言葉を認識し、言動がおかしくなりながらもツッコミを入れる。

 

「インフレ姉さん! テメエ、何時の間にそんなことしやがった!? これじゃあ、オレの居場所がモロわかりになっちまうだろうが!

 さては恋をするたびに綺麗になってゆくオレを、それで一部始終 見てやがったな!?

 しかも、いかがわしい妄想を脳内で膨らましたんだろ!? きっと、ジャンプなんて奇跡体験の最中もそんなこと考えてたんだな!

 チクショウ、なんて破廉恥な! 幾らオレが社会の底辺だからってバカにしやがって!」

 

スカッ

 

「で?」

「やる気! 元気! 根気! 特に思いやり! 必要だと思いませんか!?」

「もういいわ」

 

空間を渡り歩いてきた特性メスが、アキトの僅か数ミリ位置でキラメキながらグッサリ刺さっていた。

ちょっとご機嫌が斜めると、イネスは無理にでもメスを標的目掛けて投げ跳ばすようだ。

 

「ねえねえイネスさん。ちなみに、ソレっていつから取り付け完了?」

「生まれた時からよユキナちゃん」

「悲しきかな、監視人生!!」

 

嘆くアキトに思わず同情してしまうナデシコクルー。ユキナとラピスはアキトの肩に手を置き、ただただ頷いた。

 

「もう、なんでもいいから逃げましょうよ」

「ユリカさん、それでは今までの前フリが台無しよ?」

 

ナデシコとカキツバタがスタコラさっさと逃げ出したのは、更なる増援が到着する数分前のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日の時が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞け! 木連の民、諸君っ!! あろうことか地球人はこちらの歩みを拒絶した!

 しかも憎っくき地球人は、我らが友、白鳥九十九とその妹の仲を…いや家族の絆を引き裂いた!

 見よ、今の彼の姿を! 背中が煤けているとかそういう次元ではない! 白い! 限りなく白い! 漂白剤も真っ青ならぬ真っ白だ!

 絶望の渕に立たされた彼に、今は掛ける言葉さえ見つからない。これを哀れと言わずして何と言おうか!」

 

草壁はマイク片手に素敵なターンで、ナデシコクルーに置いてけぼりを喰らい、真っ白に燃え尽きた九十九を観衆の前に晒した。

その姿を目の当たりにした途端、目頭を抑える木連の民。女子の中には身体を寄せ合わせ、泣き崩れる者も居る。

 

ナデシコとカキツバタの連携により、多大な被害を受けた『かぐらづき』。

補給と修理の為に一旦木連本土に撤退を余儀なくされたものの、そのような事を微塵も感じさせない雰囲気が内部では広がっていた。

大規模な演説が行われているその中心には、軍部において最高権力を持つ草壁が、高々と声を張り上げ、先の件を切なに訴えている。

 

「このような悲劇を許せるか諸君! 今こそ我々は、友であり仲間である白鳥九十九の為に立ち上がろうではないか!

 そう、彼と彼の妹、いやキングオブ妹、白鳥ユキナ嬢の為に! 我等の心は常に妹と共にあり!

 彼女を取り戻し、萌え暴走狂気乱舞する白鳥少佐が舞い降りれば、ゲキガンガーと妹に祝福されし我等に、もはや敵無し!

 我々は白鳥兄妹を不幸のどん底に叩き落とした地球人に徹底叫弾の構えを取る!

 これは聖戦である! 我々は危険を省みず、愛する者の為に命をかけ、例えこの身が滅びようとも妹を勝ち取る!

 我等の想いは誰にも滅することなど出来ない! ゲキガンガーと妹は我が命、我が全て!

 妹との永遠の愛を誓う漢・白鳥九十九は必ず復活する! そう、妹萌えである白鳥九十九にとって妹という存在は永遠に通じるからだ!

 今、私の中にあるのは揺るぎない勝利のみ! 無論、我が心は皆と共にあり!

 さあ、木連の兵士…いや、正義と妹に目覚めた同志諸君! 今こそ一致団結し、非道なる地球人に対し正義の鉄槌を下そうではないか!」

 

草壁の宣言と共に、大地を揺るがしかねない雄叫びのような声が会場中から発せられた。

そんな歓声を一手に受ける草壁の横では、カンペ片手に持つ男が1人。

 

「…何をしている」

 

そいつの頭をわしっと掴み、シンジョウは首を自分の方へひん曲げる。

首が変な方向へ曲がってしまった元一朗は、気まずい表情を作りだしつつ、手に持っている用紙をシンジョウに向けた。

ちなみにシンジョウの頭は包帯でグルグル巻きになっている。

草壁が目を覚ましてしまった途端、手の平を返したかのように、ヘッドバッドで床を砕く勢いで土下座を敢行したのだから当然だ。

それでも草壁は許してくれず、向こう半年間、『本名禁止』の計に処せられた。無論、シンジョウが嘆きまくったとか。

 

「いえ、カンペを」

「カンペはいい。だが、何故途中から内容が変わる? しかも、あの自称、木連で一番妹に萌えれる男の願望そのもののような」

「なんでも、閣下に同族の気を感じたとか」

「不吉な事を言うな」

 

シンジョウは本気で嫌な顔をした。

 

「開演前にコレを渡されまして。『親友ならやってくれるよな!』と言われては流石に断ることも出来ず…何か間違いでも?」

「間違いしか見受けられないぞ。内容を少しは考えろ…」

 

頭を抱えてしまうシンジョウ。そんな彼を見かねてか、草壁が興奮冷めやらぬ会場を離れ近づいてくる。

 

「どうした、失楽園君。何か言いたそうだな…む、そうか。さては白鳥少佐の妹妄想に対する幸せのおこぼれを狙っているな?

 まったく、愛を知らぬハイエナは悲しいものだな。まあ、君もいつかはイイ感じに萌えれるだろう。そう気を落とすな」

「そんな事で落ち込んでたら生きていけませんよ」

「そうか、期待する」

「何に?」

 

シンジョウに殴られた衝撃で、何かに目覚めた草壁は、自らこの舞台を立案した。だが、シナリオ、脚本、演出は九十九がやっていたりする。

お陰で、少々ズレた演説となったが、結果は大好評の内に終幕となった。ちなみに月臣は終始、ADを勤めた。

 

「それと心神喪失君。都市の所在は掴めたのか?」

「ハッ、その点に関しては問題ありません。しかし、私はいつから判断や行動の制御ができない人間になったんですか?」

「そうか…そうそう、話は変わるが、私の机の上に和平文書の原案があったのだが、アレは2枚作ったのか?

 それに夕食の献立リクエスト用紙が無くなったようだが、どこに行ったかしらないか?」

「知りません」

 

口が裂けても『同じ形の封筒に入っていたせいで間違えて渡しました』とは言えない、シンジョウだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより大したことなかったですね」

「「「絶対嘘だ」」」

 

山崎の診断結果に異論を唱える三郎太、源八郎、そしてレンナ。

『かんなづき』の医務室に担ぎこまれたレンナは、直ぐに山崎の治療を受け、どうにか一命を取り留めた。

念の為、精密検査を行った山崎の第一声がこれである。

 

「あれだけ血がドバドバ出ていて無事な訳ないでしょう! 真面目にやってくださいよ山崎博士!」

「うむ。どう軽く見積もっても全治3ヶ月は無いと納得できんな」

「何言ってるの秋山さん! 私は純情可憐な美少女なんだから、半年くらいは見てよ!」

「そうか。それもそうだな。いやぁ、まだまだ私も修行不足か」

「まったく、艦長は仕方ありませんね」

「「「あっはっはっは」」」

「…少女?」

「何?」

「いえ、別に。死ぬ程元気じゃないですか…全治一週間に訂正っと

 

半ミイラ状態でも、いつものテンションを維持するレンナに少し関心してしまう山崎だった。

 

 

 

「さて、これからどうする?」

「我々の本来の立場ならば、閣下の艦隊と合流するのが適当かと思われますが…」

「合流したいか?」

「いいえ」

「俺もそうだ。レンナ殿の事を考えたら余計だな」

「2人共、そんなに気を使わなくてもいいよ。これは私自身の問題だし」

「そうですねぇ。余計なことはせず、耐えて見守るのも男ってもんですよ」

「いや、アンタは関われ。全力で」

 

結局、なんやかんや言いながら、レンナは山崎を強制的に動向させた。今まで散々遊ばれた仕返しと言わんばかりに労働させるつもりらしい。

だが、山崎は何故か嬉しそうに同意した。

 

「いいですよ。レンナさんと関わっていると色々と楽しいことが沸いてきそうですしね」

「そうポコポコと、アンタにとっての楽しい事が沸いてきたら、たまったもんじゃないわよ…」

 

山崎の楽しいという基準が人とかなり外れている事を理解しているレンナは、想像しただけで身震いした。

もし、考えを人に見せることが出来たなら、お子様は間違いなくグレることだろう。

 

「さて、三郎太。お前はどうしたい? このまま本土に帰るか? それとも…」

「言わせないでくださよ。それに艦長も考えていることは同じでしょう?」

「そうだな」

「あのさ2人共、考えていることはなんとなくわかるけど…」

「皆まで言うなレンナ殿」

「私達は好きでレンナさんと同行するのです。これは『かんなづき』乗組員の意思でもありますから無理にでも着いて行きますよ?」

「でも…!」

「私達はアナタが好きなんです。力になりたいんです」

「そうそう。特に三郎太は思い入れが人一倍だがな」

「艦長!」

「はっはっは、まったく純情だな。その純情さに免じて、あの夜の事はお互い忘れようではないか」

「か、艦長!? アンタ、何言ってるんですか!? 早いところその喋りを止めないと、俺自らアンタの息の根を止めますよ!?」

「照れるな照れるな」

「誰が照れてるんですか! ああ!? レ、レンナさん違うんです! これには複雑な事情が!」

「イキがよかったな」

「何がーっ!? もうダメだこの人! オラ、こげなオドゴに振り回されで、頭が破裂しそうだなも!」

 

三郎太は混乱して地方の人に変化した。その横で源八郎はどこか遠くを見つめている。

 

「ま、まあ、とにかく。2人共、ありがとう。嬉しいよ」

「うう…イイ話ですねぇ。過去に何があったかは知りませんが、こういう言葉を知っていますか?

 『思い出は美化されるもの』ですよ? うんうん、心に響くイイ言葉ですね」

「「「アンタのせいで思い出と共に場の雰囲気が劣化したわ」」」

 

感動のシーンも山崎のマイペースで台無しだ。元々、源八郎の暴走で劣化してはいたが。

話が進まないので、山崎は部屋の隅で口ガムテープ&正座の刑と処せられた。

 

「レンナさん、アナタはあいつ…テンカワ・アキトとの決着に専念してください。私達が出来る限りサポートしますから」

「ま、聞いた限りではあるが、彼の行動はさすがに私も少々怒りを覚えた。筋肉もピクついて言う事をきかん」

「筋肉は横に置いといて…レンナさん、協力させてくれますね?」

「…わかったわ」

「で、では!」

「ええ。お願いしてもいい?」

「は、はい! 勿論です!」

「私は…アキトを倒して自分を取り戻すわ!」

 

声も高らかに拳を繰り出し、宣言をするレンナ。その拍子に三郎太がぶっ飛ばされたが、それはご愛嬌だろう。

 

「よし、聞いていたなお前ら! 我々はこれから独自の行動に移る。おそらくこれは我等にとって最後の戦いとなる。

 もし決心の揺らぐようなことがあれば、即退艦せよ!」

 

艦内に向けて乗組員に決意の程を確かめる源八郎。だが、誰1人として、持ち場を離れる者はいない。

ただジッと源八郎の声に耳を傾けている。

 

「艦長。全員の意思なら既に確認済じゃないですか。誰も降りませんよ」

「そうだな…よし、出発の準備を始めろ!」

『ハッ!』

「この戦い負けられんぞ! いいな!」

『おーっ!』

 

今までの静寂が嘘のように艦内はざわめき始める。そのざわめきを耳にしながら、レンナの心は既に彼方へと向けられていた。

 

「待っていなさいよ…」

 

レンナの呟きはアキトに対してなのか、別のものに対してなのか。その視線の先に映るものは、レンナ自身にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もごもご……(で、僕はいつまで正座してればいいんですかね…?)」

 

すっかり存在を忘れられた山崎。

ガムテープのせいで喋れない為、誰もその存在に気付くことなく、5時間後にたまたま部屋の掃除に訪れたバッタに救出されことになる。

また、長時間正座をした為、暫くの間地獄の苦しみを味わったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、こっちに来てくれるかな艦長……………と、ついでにテンカワ君」

「OK。その間と言い草がなんとも言えないぜっ」

「アキト、すっかり開き直ってるね」

 

常に監視されている身としては、もはやどうでもいいのだろう。

そんなこんなでアカツキの呼びかけにより、ナデシコクルー数名と共にユリカとアキトはカキツバタに赴いた。

だがアキトはただ1人、厳戒態勢の構えを取っている。

 

「スカ、覚えておけ。ナイフで刺した後、手首を回転させると、うまく相手の臓器を破壊できるんだぞ」

「そんな豆知識はいらないよアキト」

「ほら、いざって時に役立つだろ?」

「その知識が使われるような『いざ』なんてこなくていいよ。それにしてもカキツバタって、ナデシコとは全然違うんだね」

「そうよ。このカキツバタはナデシコとは別の思想で造られた艦なんだから」

「あ、エリナさん」

「おー南京錠、久しぶり。さて、早速で悪いが例の残虐ファイターはいずこに?」

「それはもしかしてワタクシの事ですか、アキト様」

 

びっくぅっ!

 

声を掛けられた瞬間、アキトの全細胞は一斉にアラームを鳴らしだした。

脳内では『逃げろ!』という見知らぬ声が常に語りかけてくる。

 

「カグヤちゃん」

「あら、ユリカさん。お久しぶりですね。お父様はお元気?」

「うん、けったいな位元気だよ。でも…カグヤちゃん、なんだよね?」

「ほほほ、何を言っているの。誰がどう見てもカグヤ・オニキリマルそのものではないですか。ご冗談がお好きね、ユリカさんは」

「あは、あははは。そうかなぁ」

 

心が徐々に乾いていく感覚に戸惑いながら、愛想笑いをするユリカ。

そのユリカをチョイチョイとアキトが呼び寄せる。

 

「どうしたのアキト。こんな片隅で…ハッ! ま、まさかこんなところで愛のランデブー? そんな…まだ全然準備できてないのに」

「いや、それはオレが性転換する位に有り得ないから」

 

グリグリグリ…

 

「アキト、もう一回言って? ユリカ、ちょっと聞こえなかった♪」

「痛い! 地味に、地味に痛い! 足踏んでる! しかも巻いてる巻いてる! オレが悪かった! だからそのヒネリを今すぐストップ!」

 

グリグリグリ…

 

「アキト様、女性に対して少しくらい優しい態度を取られてもバチは当たりませんよ?」

「いや、待ておむすび山! 何故お前も便乗して踏む!? しかもコネルな! オレの両足が床に埋まっちゃうから!」

「さて、何故でしょう? 何故か無意識の内にこうした衝動が…」

 

ギリギリギリ…

 

「イダダダダダダ! ヲヲヲヲヲ!? オレの足がとんでもないことにぃ! 性格変わっても本質変わってないよオッカサン!!

 チクショウ! 奴が現れた瞬間、海賊と間違えて宇宙の塵にするという緻密な計画が漏洩したか!?」

「オホホホホ。アキト様って面白いですわねぇ」

 

ギュゥリギュゥリ…

 

「はぎゃぁぁぁぁっ! 真に受けんなってっば! オレの足が崖っぷち、正に崖っぷち! 大ピンチ、オレの足!」

「カグヤちゃんも好きだねぇ」

「そう言いながらテメエもイイ感じに踏んでるじゃねえか! 味方は!? 増援はないのか!? このままでは轟沈してしまうー!!」

 

笑い合う幼馴染の女性2人と足が限界に達している野郎が1人。

広がる超空間に誰も近づく事が出来ず、遠巻きにギャラリーが増えていく中で歩み寄る人物が居た。

 

「ん〜楽しそう」

「「あ、ユキナちゃん」」

「…カグヤさんに『ちゃん』付けで呼ばれるのってすごーく新鮮だ」

「いや、そんな事はどうでもいいから! とにかく、よく来たハテナ! さあ、今こそラヴパワーで、ずっしりしすぎなこの状況を助けておくれ!」

 

アキトの悲痛な叫びに対し、ユキナは満面の笑みで人差し指を出しながら『チッチッチッ…』といかにもなクサイ演技をする。

 

「ほら、やっぱり浮気は男の甲斐性とか言うし」

「関係ないだろ! そんな伝説は伝説であるべきだとオレは思うぞ!」

「いや、あながち間違いでもないですよ」

「うんうん。男はそれくらいでないと、その男を選んだ女としては自分の見る目を疑っちゃうのよね」

「まあ、そのまま逃げられたら本末転倒ですけど」

 

何故か始まる井戸端会議。勿論、集まった女性達は見知った顔ぶれだ。

 

「出やがったなトライアングル姉さんズ」

「「「ハロー♪」」」

「何だか、無闇やたらに明るいなオイ。揃いも揃って、憑き物が落ちたような顔しやがって」

「「「そんなことないよ〜♪」」」

 

至上の笑顔で否定するカグヤガールズだった

 

 

 

 

「ちなみに俺はホウメイ一筋だ」

「誰も聞いてませんし、その話題は一歩遅れてますよカイオウ提督」

 

出遅れたカイオウとハーリーは隅っこで漫才を繰り広げるが、観客は誰もいない。

 

 

 

 

「え〜っと、そろそろいいかしら?」

「あ、すみませんエリナさん。つい、夢中になって話しこんじゃいました」

「おほほほ。淑女として、らしからぬ事をしてしまいましたわね」

「…まあ、いいけど。で、テンカワ君は………大丈夫ね」

「根拠は!? そこに至った根拠は!?」

 

エリナはアキトの足が床に埋もれているのを無視し、さっさと用件を話し始めた。

勿論、アキトの抗議など右から左だ。

 

「…という訳で、2人共協力してね」

「「はぁ?」」

 

思わずハモリで変なリアクションを取ってしまったアキトとユリカ。

エリナの語った内容に頭がついていかなかったのが大半の要因だ。

 

「え〜2人だけ〜? 私はぁ? 勿論、アキトの世話役としては必要不可欠よね?」

「ノーサンキュー」

「ガーン!」

「ユキナ、ショック?」

「口で言う程ショックなんでしょ」

 

古典的なリアクションを表すユキナに、ショックの程を確かめるのは、お約束の如く居るラピス。エリナはただそれに同意した。

そんなラピスとエリナを横に置いて、ユキナはショックを隠しきれず、アキトに潤んだ瞳を見せ付ける。無論、乙女の最終兵器というやつだ。

 

「アキトぉ〜私って役立たず?」

「そうだな」

「ラピス」

「金棒〜」

 

パギョッ!

 

「ぐぼばぁ!?」

 

アキトはちょっと前に肉片と化したトカゲと同等の状態となった。

 

「ひどい! アキトってば、幾ら私が可愛いからって意地悪するなんて! それじゃあ大人気ない近所の悪ガキと一緒だよ!」

「ユキナ、悪ガキは子供。大人気ないのは当たり前」

 

ラピスのツッコミを全く無視し、もはやピクリとも動かないアキトに説教を始めた。

 

「あ〜艦長。テンカワ君、あんなになっちゃったから、1人で頑張ってくれる?」

「はぁ…」

 

アカツキの発言になんとなく頷くユリカ。アキトは未だ肉片のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、各々の思惑がある一点に向けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「都市の確保。これが決めてとなる」

「ハッ! 閣下、全艦隊、準備整いました!」

「よし、出撃! 目的地…」

 

 

 

 

 

 

 

「ユキナ、待ってろよ…」

「九十九。いい加減、妹から離れろ」

「うるさい! 二次元に逃避する貴様よりはマシだ!」

「ぬぁ! き、貴様…ナナコさんを愚弄するか!?」

「いいから行くぞ。ユキナの待つ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ君、ご苦労さん」

「それで、アレの所在は掴めた?」

「上々ですよ」

「ふふふ、いよいよですね」

「ああ。これで最後だ。行こうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋山殿」

「アララギか。首尾は?」

「抜かりなく」

「そうか。よし、行くか…」

 

 

 

 

 

 

 

「過去…いえ、未来の清算かしら」

「レンナさん…?」

「いえ、なんでもないわ。行きましょう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん。もう、あんまり待ってられへんで」

「………」

「まだ、間に合う。姉ちゃん…はようしてや…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、始めよう」

「CC散布! イメージ開始! さあ、思い浮かべて。アナタの故郷を。思い出の地を」

「これは…この光は…これが…」

「ユリカさん…綺麗…」

「さあ、行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『火星へ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん…そうそう上手くいくと思うな…近いうちに総力を結集し叩き潰してやる。

 それまで束の間の休息を味わっておくがいいわ! どわっはっはっはっは!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ユキナ、どうしたの?」

「別に〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキト…とナデシコ組、木連組、そしてレンナ組の運命はどっちだ!? 続くような続かないような思わなくも無きにしも非ず。

 

あとがきです。

こんにちは、彼の狽ナす。

やぁーっとここまで来ました。次回はイマイチ目立てないヒロインであるユキナも、少しくらいは活躍できるかと思います。

ラピスが目立ちすぎというか、オイシイとこ持っていくとか、そういうのが多すぎるのも問題なのかもしれませんが(汗)

まあ、それ以前に…

 

アキト北辰肉片と化しましたが、なんとかなるかと……たぶん、なんとか…ええ(爆)

 

いよいよ次回は再びの火星。最終決戦でございます。

うまく落とさないければと脅迫概念が渦巻いてますがなんとか書きます。

それでは、この辺で。

 

 

 

 

代理人の感想

お赤飯は人の血で赤いのね〜 のね〜♪

 

それはさておき、ひとつ質問。

 

この話って本当に終わるの?

あ、ねぇ、顔を逸らさないで!(爆)