あれから数ヶ月、とある場所にて―――

 

「いらっしゃいませー」

「ご注文をどうぞー」

 

店内に元気の良い声が響き渡る。

声を掛けられた客は、誰もが笑顔になり食事を楽しんでいた。

 

「やっぱり看板娘が居ると客の入りが違うな」

 

うんうんと頷きながら、最近雇った2人の看板娘をバカ親のように恵比寿顔で眺める男が1人。

しかし、背後から迫る人物に声を掛けられた途端、恵比寿顔は般若へと変貌していた。

 

「ヘイ、ゾっさん! オレの自信作を食す勇気をカモォーン!!」

 

ザクゥッ!

 

包丁の一撃がお皿の頂上にヒット。見事な旗代わりになっている。

 

「アキト、オメーは皿洗いでもしとけと言っただろうが」

「残念ながら、ヤツらは既に物言わぬ破片と化した」

「ほぉ…」

 

ザグゥッ!!

 

この日も、包丁の刺さる音と男性の悲鳴が雪谷食堂から響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の3号機

エピローグ、または外伝その5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれだけ意気込んで、やっと地球に着いたのに、どーしていきなりバイトなの〜?」

「これもきっと運命。ううん、宿命」

 

ガックリとうな垂れるユキナの肩をポンポンと叩き、慰めるラピス。

どこをどうやったのかは不明だが、ヒナギクでどうにか地球まで辿りついた3人は、真っ先にこの雪谷食堂の門を叩いた。

その一番の理由は―――

 

「ぬぅ、プさんめ。給料を根こそぎ奪うとは…やってくれる。とにかく、旅に先立つものは必要。ここは我慢して、この試練を乗り越えようじゃないか」

 

そういう訳である。

 

「最初の試練が金銭関係だなんて…」

「先行き不安」

「安心しろ。オレらってこういう事に慣れてるだろ?」

「最高に慣れたくない」

「右に同じ」

 

ユキナはもう泣きそうだ。

ラピスは半分諦めているのか、それとも何かを悟っているのか、ユキナに同意しながらも、ひたすら仕事をこなしていた。

 

「ほら、遊んでねえでキリキリ働け。ユキナとラピスは中で下ごしらえを手伝ってくれ」

 

「は〜い」と半分気が抜けた返事をしながら、奥へと引っ込む2人。

アキトはそんな2人を横目で見送り、サイゾウに指示を仰いだ。

 

「ゾっさん、オレは?」

「そーいや、近所の公園がかなり荒れ果ててたな。オメーはそこで美化活動でもしてろ」

「そうか、心の平和の為にだな!」

 

アキトは色々なことを自己完結し、雪谷食堂を跳び出していった。

 

「美とかいうと、あの人が沸いてきそうだけどね」

「言うと出てくるから言わない方がいい」

 

そんな訳で、彼の出番は今回なしだ。

 

 

 

 

 

 

「…公園というよりは荒野じゃないのかコレ?」

 

目的の場所へ辿りつくと、そこにあったのは柵だけが公園の名残といわんばかりの大地が広がっていた。

 

「どこのどいつだ、こんな真似しやがったのは! 少々おイタがすぎますよ!!」

 

その各地を荒野にする原因を作った人物は、自宅で茶をすすっていたという。

見つかったら、即座に殴られることだろう。

 

「まあいい。逆境に耐えてこそ男は燃え盛るんだ。ふふふ…腕が鳴るぜ。よっしぁ、すみずみまで耕してやる!」

 

アキトはどこぞの熱血バカのようなセリフを口走りながら、クワを振り上げ、辺りを耕し始めた。どうやら畑作りと勘違いしているようだ。

 

「誰も気付かんだろうな。ここからオレの輝かしい農業王への道が開けていくことに」

 

当初の目的とは大分逸脱した考えを巡らせながら、アキトは一心不乱に畑作り続ける。

子一時間ほどして区切りをつけたのか、アキトは弁当を広げながら、うららかな午後の日差しの下で、ひなたぼっこを始めていた。

 

「…ふ、この世界の平和はオレが取り戻したんだよな」

 

激しい思い違いをしつつ、暖かな日差しを浴びアキトは眠りにつく。

だが一時の平和も、遠くから響く謎の声で撃ち破られることになる。

 

『え〜ご迷惑をお掛けしております。毎度お馴染みの〜』

 

「む…廃品回収か何か? なら、丁度いい。地中から出てきた、このガラクタやら用途不明の薬品やらを引き取ってもら…」

 

『暗殺屋でございます』

 

ズゴガシャ!

 

ベストなタイミングで、アキトは自らが掘り当てたガラクタの山にヘッドスライディングをかましてしまう。

しかしアキトの起こした派手なズッコケ音は、野菜の種をついばむスズメの群れを追い払うという功績を見せた。

 

「殺しのエキスパートが貴方の希望通りに暗殺してみせます。刺殺、毒殺、爆殺、なんでもござれ。お気軽にお申し付け下さい。即日実行可能です」

 

「ちくしょう! なんか知らんが、激しく呼び止めたい衝動が…! ヘイ、暗殺一丁!」

 

怪しさ大爆発の限りを尽くした呼び声に、思わず声を掛けてしまうアキト。

面白半分というのもあるのだろう。

 

「はい、ありがとうございます。殺しですか? あ、諜報活動も可能ですよ? 企業の機密情報を盗み出して…む!? き、貴様はテンカワ・アキト!」

「ト、トカゲのおっさん…?」

 

久しぶりの再会を果たした2人は凄まじい違和感を撒き散らしていた。

周辺で犬の散歩していた子供が一目散で逃げ出していくほどに。

 

「ぬがああああぁぁぁぁっ!」

「ななな、なんだ突然!?」

 

突如として北辰は、引いていたリヤカーを手放し、小太刀を片手に狂気を撒き散らしながらアキトへと襲いかかった。

アキトは紙一重でその一閃を交わし、距離を取る。しかし、北辰はなおも追いすがる。

 

「…殺す!」

「おひょおおおおおぉぉぉ!?」

「避けるな! おとなしく殺されろ!」

「激しく無茶言うなぁっ! な、なんなんだ突然! アポはいつも取るようにって言ってるだろ!」

「今までの行為、忘れたとは言わせんぞ! ここで刀の錆にしてくれる!」

 

避けきれなくなったのか、アキトはクワで北辰の攻撃を必死に防ぐ。

一進一退の攻防が暫く続いたが、アキトが北辰に待ったをかけた。

 

「よっ、ようしわかった! では、1つ取引をしよう!」

「何…?」

「ここに、以前お前にやった黒飴のお徳用パックがある。これで無かったことに!」

「いいだろう」

 

すぐさま即決。北辰は刀を納め、アキトの持つ黒飴に手を伸ばす。

この時の北辰の目は、お小遣いを貰う子供の目になっていた。

 

「うむ…確かに…。よし、死ね!」

「ぬおぁぁぁっ!? ひ、卑怯だぞおおおおぉぉっ!!」

「くくく…外道にとってはこんなもの朝飯前だ」

 

わけのわかないことを呟きながら、片手に小太刀、片手に黒飴お徳用パックを持つ北辰は、再びアキトに迫った。

 

「い、いいのか!?」

「何がだ?」

「オレを倒したら、この黒飴が売っている場所がわからなくなるぞ!?」

「ひ、卑怯な…!」

 

自らの行為を棚に上げまくった言葉を発し、北辰は攻撃を中断する。

 

「ふふふ…さあどうする? この黒飴はそんじょそこらの黒飴とは訳が違うんだぞ?

 何せ使っている材料は全部本物! まじりっけ無しの純正品! しかも全部手作りだ! さぁさぁどうするどうする!?」

 

アキトは悪役みたいなセリフを吐きながら、北辰へと迫る。

攻撃できないと知るや否や態度が豹変するアキトだった。

 

「くっ……仕方ない今回だけは見逃してやる」

「わかればいいのだ。わかれば」

 

うんうん頷き、北辰の肩をフレンドリーに叩くアキト。

 

「さあ、地べたにキスして謝れ!」

 

次の瞬間、殴り合いのケンカが始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらよ」

「すまぬな…」

「それで? いったい何がどうなって、あんなことしてるんだ、お前さんは?」

 

店の外に置いてある『暗殺屋』の旗が眩しいリヤカーを指差し、北辰を問いただすのは雪谷食堂店主、ユキタニ・サイゾウ。

あれから、夜が明けても戻って来ないアキトを心配したユキナとラピスが来るまで、2人は泥沼の殴り合いを続けていた。

その際、遠くからサイレンが聞こえてきた為、揃って全速力で逃げ出したのはここだけの話だ。

今、北辰と向き合っているのはサイゾウとアキトの2人のみ。

色々と込み入りそうなので、ユキナとラピスは買い物に出かけている。

 

「ああ………その前に」

「何だ? トイレか? ウチのは貸さねえぞ。5キロ先にある公園のを使え。ただし荒野だがな」

「いやそうではない…我は緑茶よりほうじ茶の方が好みなのだ。変えてくれ」

「出ていっていいぞ、今すぐ。アキト、こちらさんお帰りだ」

「へいへい。あー心配すんな、茶代は不要だぞ」

「…………………………………美味い茶だ」

 

意外に素直な北辰だった。

 

 

 

 

 

 

「実はな」

 

3杯目の茶をすすりつつ、北辰はポツリポツリと語りだした。

 

「あ、手短に頼むぞ。あんまり手間取ると包丁が飛んでくる毎日だからな」

「…どんな店だここは」

「そういう店だ。文句あっか?」

「ない」

 

北辰は何故か納得した。アキトの一瞬見せた苦悩の表情に隠れる思いを読んだのだろうか。

サイゾウはただ腕を組み、ふんぞり返るのみだ。

 

「で、いったいどうした。おっさんは確か、いつの間にか脱出して、自由を手に入れた筈だろ? 脱皮して」

「うむ……脱皮? なんのことだ? …まあいい。あれから我は、なんとか本星へと帰り着いた。

 だが、そこで待っていたのは、地球と木連の間で和平が結ばれ、平和ボケした閣下の姿。おかげで要人暗殺も不要となり、我の仕事は減る一方。

 更に最近雇った我の部下どもは、元部下共と寸分たがわぬほどの役立たずときた。これでは日々の生活もまかりならん」

「苦労してんだな…」

「終いには、我の元に解雇通知が届けられる始末。おかげで家ではタンスの肥し状態…我にはもうどうしたら良いかわからぬのだ…」

「明日は我が身か…」

「アキト、よーくわかってんじゃねえか」

 

遠い目をして天井のしみを数えるアキト。

彼の脳裏には、ユキナの懐にあるであろう貯金通帳の数字が踊っていた。

 

「ふ…貴様も我と同じ道を歩むか」

 

自嘲気味の笑いを浮かべ、北辰は4杯目のお茶をすする。

 

「はっ! て、天井の染みの中に見知った顔があると思ったらオヤジと母さんじゃねえか。 さては、アナタの知らない世界に逝きやがったな」

「…あの夫婦、相変わらずぶっ飛んでいるようだな」

 

北辰にも呆れられるテンカワ夫妻は只今諸国を漫遊中。しかも、あの世の一歩手前まで制覇しつつあった。

 

「で、話を戻すが」

「おう、さっさと話せ。奇抜な事を言ってウケたら特典が出るぞ!」

「…その特典が、どうしようもない物のような気がするのは我だけか?」

「バカを言うな! 前回の特典では、5センチも身長が伸びたと小学生からお礼の手紙が…」

「いーから話を続けろ」

 

サイゾウは暴走するアキトをスルーし、北辰と向き合った。

アキトは虚空に片手を上げながら、固まっている。

 

「とにかく、家業でもある暗殺が出来なくては、我は破産だ。何か打開策はないものか…」

「止めちまえ。そんな家業」

「確かに転職も考えたのだがな…。しかし、この仕事は木連誕生以前から続く伝統的な仕事。我の代で終わらせるなど言語道断!」

「嫌な伝統だな」

「しかも歴史があるのか…」

「信用しておらんな!? ならばその辺でチャラチャラ歩く奴を2、3人かっ裂くか?」

「「裂くな裂くな」」

 

物騒な物言いに思わずツッコミ敢行だ。

 

「おいアキト、コイツ、いったいどうする気だ?」

「どうするって、そんなもん…生ゴミの日は明日だったよな、ゾっさん?」

「ああ…んじゃあポリ袋持ってくるか。特大サイズでいいな?」

「そんなもんか」

「いや、それ以前に何故突然、我が生ゴミ扱いなのだ?」

「ん? ああそうか、悪い悪い」

「わかればよいのだ。まったく、最近の地球人は…」

「おーい、ゾっさぁーん、トカゲのおっさん燃えるゴミ希望だとさー」

「おーう」

「違うわ!!」

「うるせえぞ。これ以上騒ぐと本気で滅するぞテメエ? あ?」

 

サイゾウから凄まじいほどの禍々しい殺気が漂いはじめた。

何気に目が赤く輝いている辺り、キレ気味なのかもしれない。

 

「………………………………………はい」

「ゾっさんは強いぞ。いやホント」

「アキト、オメエも滅すか?」

「遠慮する」

 

店主は強しである。

 

「ったく。で、おめえは家業以外に何ができるんだ?」

「暗殺」

「…だから家業以外」

「殺人」

「一緒だ! ソッチの方向から離れろ! あ〜…しゃーねぇなぁ…ったく、こうなったらまとめて面倒見てやるか!」

 

何かを思いついたのか、サイゾウは両手をパンッと合わせ、全は急げとばかりに店の奥へと走っていく。

数分後、サイゾウは予備のエプロンを北辰に放り投げ、こう告げた。

 

「じゃあバイトさせるってことで」

 

「「何故?」」

 

なんだかウヤムヤのうちにそう決まったようだ。

どうやらサイゾウは、北辰に普通の仕事をさせて更生させようと考えているらしい。

なんとも世話好きなオッサンである。

 

 

 

 

 

開店して間もなく、ガラガラ…と戸が開き客が入ってくる。

しかしそれを出迎えたのは、看板娘でも馬鹿野郎でもなかった。

 

「よく来たな。さあ選べ。苦痛にのたうち回って死ぬか、一瞬で欠片も無くこの世から消え去るか、それとも…」

 

ガンッ!

 

「いや〜すみませんね。コイツ、ちょっと脳が沸いてて♪ アキト、客を頼むぞ」

「おう! 全力投球でお出迎えだ!」

「普通にやれ、普通に!」

 

先程の事に戸惑いつつもアキトの『本日半額』の言葉に騙され、素直に注文を取り始める客。

北辰の顔より値段の安さの方が効果抜群ということらしい。

 

「…まったく、何を考えてんだオメエはよ」

「何を言う。我の仕事は暗殺業だと言った筈だ。ならば、出会い頭にお好みのコースで死なせてやろうというのが人道というものだろう」

「うむ、激しく間違っているがなんとなくOKだ!」

「アキト、コレをOKするんなら、お前は即刻追い出す」

「みんなで作ろう世界平和!」

 

コロコロ自分の意見が変わるアキトだった。

 

「とにかくよ、こちとら客商売なんだから笑顔での接客ってのをやってもらえるか? わかったな?」

「仕方ない…ここは従おう」

 

渋々了承し、再び客が来るのを待つ北辰。

その背中はには異様なオーラがにじみ出ていた。

 

 

 

 

 

 

ガラガラ…

 

「くっくっくっく…」

「…」

 

「くっくっくっく…」

「……」

 

「くっくっくっく…」

「………」

 

バタンッ…ダダダダダダダダ…!!!

 

客は全速力で逃げ出した。

 

「なんだ、ひやかしか」

 

ガチャンッ!

 

北辰の後ろ頭にお皿の一撃がヒット。辺りに破片が飛び散り、粉塵が綺麗だった。

 

「…な、何をするか! 我がいったい何をした!?」

「やかましい! 何だ今の不気味な笑い声は!? 客が逃げちまっただろうが!!」

「何を言う。貴様が笑顔で接客しろというから、我なりのアレンジで接客を試みたのだ。文句があるのか?」

「文句どころの騒ぎじゃねえ! だいたい、どうアレンジしたらあんな風になるんだ!? あれじゃあ、誰でも逃げるだろうが!!」

「そうか? 我は春先の心地よい草原の中で、死体のハラワタを引きずり出しながら光悦の表情をするキチガイを想像したのだが…」

「根本的に間違ってる! しかも怖いぞ!」

「そうか…」

「しかもなんで残念そうなんだ!?」

「ゾっさん、ヤツには何を言っても無駄だ。あんな風にサイコチックなことをやられた日には、こっちとしてはなす術もない」

「アキト、何気に降伏宣言すんな。いーから、オメーは奥でジャガイモでも磨いてろ」

 

アキトはタワシ片手に即退場。その顔は物凄く悲しげだった。

 

「それで、どこが間違っているのだ?」

「間違いだらけだ! だいたい誰が好き好んで殺され方を選んだり、不気味な笑い声で接客する店に入りたがると思う!?」

「バカを言うな。突然背後からプスリでは味気も何も無い上に、本人はそんな殺り方を好まんかもしれんではないか。

 ならば事前に要望を聞き出し、希望通りに殺ってやるのが暗殺者としての最低限の礼儀だろう。

 それに店に入った瞬間、柱の陰から低く含み笑いをすれば『ああ、ここで死ねるのか』と死に場所を探しているヤツにとっては天国も同然だろうが」

「おい誰か、頭の治療で有名な病院にコイツを連れて行け」

「そうだな、一番思い出に残っている殺しは10年以上前か。アレはまだ我が1人で暗殺をしていた頃だ…」

「聞いてない上に過去話始めやがった…」

 

もはや止まらない北辰。サイゾウは平常心を保とうと、震える腕でお茶を飲みつつ、耳を傾けた。何気に客も注目だ。

 

「その頃の我は任務成功率100%、巷では『イチコロ忍者』と呼ばれる程だった」

『微妙なあだ名』

「まずい! ヤツの株価がオレの中で急上昇している!」

「アキト、ジャガイモの皮むき」

 

アキトは泣きそうな顔で台所に引っ込んだ。

 

「ある日、我に1つの任務が入った。それは要人の娘を拉致すること。単純な仕事だ」

 

そう言いながら、どこからともなくロウソクを取り出し火を灯す。

辺りは何故か暗がりになっていた。

 

「どうせストー○ーのように、後をつけまわしたんだろ?」

「貴様、察しがいいな」

「当たっちまったよ…」

「褒美に飴をやろう」

 

サイゾウの受け取った飴は、勿論黒飴だ。

 

「そもそも、堂々と標的の前に現れるなぞ愚の骨頂。顔見知りが激しい我への冒涜と見なすぞ」

「あーそうかい」

「流すな」

 

既に飽きはじめているサイゾウ。しかし、北辰はそんなことに気付かず、話を進めた。

 

「ある日、好機が訪れた。物陰で男同士で抱き合っていたSPらしきモノを切り捨て、標的が1人になったところを見計らい、我はこう告げた。

 『拉致の方法だが、

 1.そのまま連れ去る。

 2.トランクに詰めて持ち去る。

 3.両足を切り落として逃げ出せないようにし連れ去る。

 4.依頼者にもう死んでいたと告げる。のどれが好みだ?』と、問い掛けたら悲鳴を上げられてな」

『当然だ!』

「良い心意気に拍手」

 

いつの間にか戻ってきているアキトは、変な所で律儀な北辰(職業:暗殺者)へ、一番前の席で大いに頷きながら拍手を送った。

客も釣られて拍手を送っている。しかし、その中でサイゾウだけは何も動作せず、眉間に指を当て、何かに耐えていた。

 

「あーもー………おい北辰、昔話はその辺にして…そうだな、料理は出来るか?」

「くくく…任せろ。『斬る』、『焼く』、その分野は得意中の得意だ」

「ちょっ、待て! 字が違うぞ! そっちはアブねえキルだ! それに焼くの意味わかってるか!? 決して人とか建物に向けんなよ!!」

「承知している。任せろ…くくく」

 

不気味な笑いを浮かべ、北辰は厨房へと消えた。

その姿をサイゾウを始めとする客たちは、背後に縦線を入れながら眺めている。

 

「まずい! 奴に独占される前に…!」

「アキト、オメエは床掃除でもしてろ」

「容赦を! ご容赦を店主!」

「うーるーせーえ」

 

アキトは舞台に立つ事さえ許されない。

そして、いくばかの後、北辰は1つの皿を片手にその姿を現した。

 

「こんなモノでよいか?」

「ん? おお、肉じゃがか。なかなか美味そうじゃねえか」

「肉じゃが!? お嫁さんにしたい女性ランクで、コレが作れるのは上位に食い込むという、あの肉じゃが!?」

「あ〜そういや、そーいう奴多いな。ま、どっちにしろ好感触度アップか?」

「………言っておくが、貴様のにはならんぞ」

「こっちこそお断りだ、バカヤロウ」

「じゃあ、ゾっさん。ここは1つオレで手を打つということで…」

「張り合うなアキト! 妙な対抗意識燃やしてんじゃねえ!

 だいたいオメエは連れが居るだろうが。アイツらに聞かれたら抹殺されるぞアホ。第一…男を嫁に貰うか!!」

「「それもそうか」」

 

2人は息ピッタリにボケた納得をした。サイゾウはただ、溜息を漏らすばかりだ。

 

「ったく、さてと…」

「待て」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「いや、ソレを食うのか?」

「あ? 当たり前だろ。食わなきゃ味がわかんねえだろうが」

「いや、そんな暇は無いと思うぞ」

「は?」

「ソレには致死性の高い毒が混入してある。食せば、僅か数秒であの世行きの優れものだ」

「アホかー! なんなんだそりゃ!? 見た目食い物で中身毒とはどういう了見だテメエ!」

「だから我の得意分野だと…。伊達に『冷酷無比』、『残虐非道』という言葉を心の中で反復させてはおらんぞ」

「黙れ! ぐぉぉ…胃がぁ…」

 

もうサイゾウの血管は破裂寸前。しかも胃に穴が開いたのか、ガックリと膝を付いてしまう。

 

「ゾっさん、ほら、この草を煎じて飲めば…」

「お、なんだ、薬草かなんかか? 気が利くじゃねえかアキト」

「腹を壊すこと請け合い」

「ただの雑草じゃねえか!!」

 

ベシッと謎の草を床に叩き付ける。

やっぱり我慢は身体によくないと、サイゾウはこの時、改めて悟った。

 

「わかった。もういい。お前らまとめて出入り禁止」

『は?』

「そして、北辰。お前は今ここで自害しろ。大丈夫、ちゃーんと、俺が介錯してやる」

「なに!? 我は至極真面目に働いたのだぞ!? さっきの話も拍手喝采ではないか!」

 

抗議の声を上げる北辰。だが、サイゾウの怒りはもう収まりそうにもなかった。

 

「安心しろ。出刃包丁は奇麗に研いである」

「出刃!? それで斬首するつもりか貴様!?」

「出刃は嫌いか? 贅沢なやつだな…じゃあ、柳刃で」

「同じだ!!」

 

サイゾウは懐から取り出した、二振りの銀色に輝く刃を一舐めし、北辰を見据える。

北辰は思わず、腰に差していた小太刀を取り出したが、即座に弾かれてしまった。

 

「な、何者だ貴様は!」

「あーもーうるせえ。んなことより…おら、白装束だ。これ着れ」

「白装束!? 何故、そんなものが普通の飯屋にある!?」

「う〜む、準備万端だな。さすがはゾっさん」

「関心してどうする!」

 

そうは言いながらも、北辰は白装束を素直に受け取り、鏡の前でポーズを取りながら服を広げた。

 

「待て! これは割烹着ではないか! 白い所しか合ってないぞ!」

「ここは飯屋だから当然だ」

「らしいな」

「開き直りか! それにテンカワ・アキト! 貴様も関心ばかりしていないで、コイツをなんとかしろ!」

「生きるか死ぬかの選択に、オレなんかの意見はまかり通らんよ」

「そんな問題か!」

「裏にはお前の為の墓穴も掘ってある」

「用意周到にもほどがあるぞ! いったいなんなんだここは!?」

「あー北辰が終わったら、次はアキトだからな」

「え!? オレって2号さん!?」

「ソレは意味が違うわボケ」

 

抗議の声を上げまくる北辰とアキト。騒然とする雪谷食堂へ、1人の客が訪れた。

 

「こんにちはー」

 

その声を聞いた瞬間、北辰は全身の活動を停止させた。人によっては金縛りとも言う。

声の主は北辰の姿を確認すると、ニコニコと笑みを浮かべながら近づき、声を掛けた。

 

「やっと見つけましたよ、北辰さん」

「うっ、や、山崎…」

 

金縛りから脱出を果たした北辰は、思わず後ずさってしまう。しかし、山崎は北辰の態度など意にも介さず、手を差し伸べた。

 

「さ、帰りますよ」

「ま、待て。我にはまだやれねばならぬ事が…な、なんだその白衣に忍ばせてある改造道具一式は!? 貴様、また…!」

「も〜逃げちゃ駄目ですよ。で、次の案ですが…」

「なんだそのぶ厚いレポート用紙の束は! しかも決定案が『のり弁当』!? 意味がわからんぞ!」

「安くて美味しいお得なお弁当を卑下にするなんて、北辰さんもまだまだですね。じゃあ、皆さんお世話様でした」

 

ペコリッと頭を下げ、北辰の襟首を捕まえながら出て行こうとする山崎。

だが、何かを思いついたのか、振り返りアキトを見据える。

 

「あ、テンカワさん」

「なんじゃい」

「ご結婚おめでとう。はい、香典

「さり気に真逆の事をするとは…いつのまにこんなテクを! つーか、オレまだ結婚してねぇよおい!」

 

アキトの呼びかけを完全に無視し、山崎は帰っていった。北辰という手土産を片手にして。

その姿を見送り、客達は満足したのか次々と雪谷食堂を後にした。

残ったのはサイゾウとアキトの2人きり。

 

「やれやれ。おうゾっさん、今日はもう店じまいにするか…?」

 

アキトが振り向くその先には、未だ怒りが冷めやらぬ男が1人いた。

 

「ギシャァァァァァァ!!」

 

「うぉ!? なんかこの光景、前にもどこかで見たことあるような気がする!」

 

両手の包丁をぶんぶか振り回し、辺りのモノを次々と両断していく。

サイゾウの持つ、出刃包丁と柳刃包丁は並大抵の切れ味ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん、諸国漫遊の旅ね〜」

「そうや、なかなか楽しいで? どーせ、もうやる事なんて無いし」

「……」(コク)

 

頭の後ろで手を組みながら、ぶっきらぼうに言うのはメイ。

そして無言で同意するのは弟のミコト。

 

「シブい趣味」

「そういえば、あんた達のお父さんは?」

「なんか、新境地を見出したとか言って、今頃はネパール辺りでボチボチやっとるはずや」

「新しい宗教でも見出さないことを祈るよ」

 

雑談を交わしながら歩くのは、買い物に出かけていたユキナとラピス。

アイスクリームをなめなめしながら、仲良しグループの雰囲気をかもし出している。

 

「は〜気ままでいいね〜」

「ま、放任主義万歳やね。それに、あんた等も似たようなもんやろ」

「……」(コク)

「でも、お金が無くて身動きとれない」

「大変やね〜。よーわからんけど、がんばりや〜」

「……」

 

同情の眼差しを受け、ユキナはちょっと遠い目をしてしまった。

 

「おや? ユキナさんとラピスさん、それにメイさんとミコトさん…でしたか?」

「山崎…?」

「おや、ホンマに山崎博士やん。どうした? うち等と同じく諸国漫遊か?」

「いや〜探していたモルモットをやっと捕獲できましてね。これから研究所に戻るところなんですよ」

 

グイッと肩に担いだ麻袋をポンポンと叩く。

麻袋がジタバタと動くたびに蹴りの一発を入れているが、ユキナ達が見ないふりをした。

 

「へ〜良かったね」

「ご苦労さま」

「ありがとう。あ、そうそうユキナさん、それにラピスさん」

「「なに?」」

「またお会いしましょうね」

「「イヤ」」

「そうですね…テンカワ君とご結婚でもしたら、顔を出させていただきますよ」

「「結構」」

「じゃあ、僕は急ぐので」

 

ユキナとラピスの否定の言葉など、どこ吹く風。山崎は手を振りながらどこかへと歩いていった。

ユキナ達は首を傾げつつも、雪谷食堂へと向かう。だが、もう少しで到着というところで物凄い音が辺りに響き渡った。

 

ズガシャァァァァン!!

 

「な、なに!?」

「まさか、バッタでも降ってきた?」

「いんやぁ、どーやらあそこから聞こえてくるみたいやで」

「…」

「「雪谷食堂…」」

 

ユキナとラピスは、呟いたと同時に駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

「アキトぉ…てめえの血は何色だー!」

「お、落ち着けゾっさん! ヘモグロビンの沸騰具合が、ただ事ではない状態になってるぞ!!」

 

ガシャァァァァン!

 

散乱する食器や家具。日常的に繰り広げられる光景だが、今日のは一段と激しい。

 

「な、なんだか修羅場っぽいね…」

「と言うより、ほぼ地獄」

「あーあ。こりゃあご飯食べれんな〜」

「…」

 

呆れるユキナとラピスに、少々残念そうな表情を作るメイとミコト。

そんなことはお構いなしにアキトとサイゾウの攻防は続く…かに見えた。

 

「ちぃ、このままでは我が方は消耗するばかり…! 仕方ない、戦略的撤退!」

 

アキトはサイゾウに背を向けたかと思うと、全力疾走で逃げ出した。

しかし、それをみすみす見逃すサイゾウではない。鬼のような形相で後を追いかけ始める。

そして、その先では呆然とする4人組の姿があった。

 

「わ、わ、わわわわわわわ!」

「こっち来る」

「ミコト」

「…」(コク)

 

メイとミコトは数歩ほど横へと移動。

その直後、元の場所に取り残されていたユキナとラピスはアキトの両脇に挟まれ、手荷物と化した。

 

「ちょ、ちょっとアキト! いったい何事!?」

「なんだか、一昔前にも同じ事があったような…」

「やかましい! 今は逃げる。それだけだ!」

 

アキトは更に逃げる速度をアップさせた。背後から迫る鬼に追い着かれないように。

 

 

 

「逃がすかぁぁぁぁぁっ! アキトぉぉぉぉぉぉっ!

 テメエのを吸わせろぉぉぉぉぉぉぉっ!

 そうでもしねえと、腹の虫が治まらねぇーっ!」

 

 

 

サイゾウは見る影もなく変貌していた。

 

 

「ダ、ダルメシアーン!」

「誰よダルメシアンって!」

「オレの愛用してた茶碗」

「そんなモン呼んでどうすんの!」

「気分だ!」

「あきとおにーちゃん…結構混乱してる?」

「チキショー! ドサクサ紛れで言ってやるよ! プさんのバカヤロー!」

「やっぱり混乱してる」

 

どうしたらよいかわからないユキナ。

呆れながら、冷静にツッコミを入れるラピス。

そして、錯乱しながらも100メートルを10秒切る速度で疾走するアキト。

3人は、土埃を上げながら彼方へと去っていった。勿論、サイゾウが後を追っていったのは言うまでもない。

また、翌日から雪谷食堂は謎の開店休業状態が続いたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハッ! な、なんや! ウチら放置か!?」

「…」(コク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにて終了。

 

最後のあとがき

最後のこんにちは、彼の煤iかのしぐま)です。

おまけ感覚で書いた、『エピローグ、または外伝その5』。なんだか主役がすっかり北辰です(笑)

これで良かったのか、悪かったのか…。

 

なにはともあれ…もうこれ以上、ネタが浮かばないー!

も、もうダメ! スカスカ! スッカラカーン!!

 

…すみません、暴走しました(爆)

とにかく、これで最後です。今までお世話さまでした。

では〜

 

 

代理人の感想

ど、どうやって脱出した北辰!(笑)

まぁ、結局元の木阿弥でしたが。

 

しかしアキトはユキナに捕まり、北辰はヤマサキに捕まる。

凄まじく嫌な構図ですが、これはこれで綺麗に収まっているような気がしないでもないのがこの作品の怖いところw

 

おまけというにはあれで、大団円というにはそれですが・・・・まぁ、いいか(爆)