機動戦艦ナデシコ
- the prince of darkness -

 

 

 

本編第四章 外伝	「 ホシノ博士の航海日誌 」

 

 

 外惑星系軍所属の高速巡航艦リンドウと謎の敵性航宙艦との遭遇戦は、艦載の機動兵器同士の戦闘の結果、
リンドウ側の一方的な敗北という形で終了していた。

 

 敵航宙艦内へと拉致された、サブロウタを始めとするリンドウの士官達は、一旦倉庫のような部屋に放置された後、
しばらくしてから銃に突き立てられるように廊下へと連れ出された。
 彼らの脳の中にある外惑星系軍の情報を残らず引き出すに違いない、アナライザの置かれた部屋に向かうのだろう。
 処刑の瞬間が徐々に近付いてくる感覚に誰もが言葉を失っている。

 

 通路の窓から見える風景からすると、この航宙艦は既にリンドウとの接舷を解いて宇宙空間を航行中であるらしい。
 彼らが放置されていた間にリンドウが沈められてしまった形跡は全くなかった。
 黒い強化スーツの男は約束を守ったようだ。このことだけでも、自分が死んでいく意味は充分にあるとサブロウタは思う。

 

 予想とは異なり、程なく艦長室と表示された扉の前で彼らは停止させられた。
 そのまま兵士達の手で室内へと誘導されていく。部屋には人の気配がある。敵の首魁であることはまず間違い無いだろう。

 

 「艦長、ご命令の通りリンドウの士官達をお連れしました」

 

 強化スーツの男が申告する。
 窓から宇宙空間を見つめていたらしい部屋の主人は、その声を聞くと椅子を半回転させて彼らに向き直り、
そしてゆっくりと自らを紹介した。

 

「皆さん、こんにちは。
 私がこの戦艦の艦長、宇宙海賊キャプテン・ルリです」

 

 驚いたことに、重厚な作りの艦長席に身を置いていたのは、その高名さからリンドウの士官全員が良く知る、
そして、サブロウタにとっては旧知のとても親しいと言って全く問題ないに違いない一人の若い女性だった。
 更に女性の口から出た言葉に到っては、小学生の学芸会でも使われないような怪しげなものであったりする。
 いつのまにか、単なる旧式の航宙艦も宇宙戦艦に昇格している。

 

 一瞬前まで自らの人生の終焉を出来る限り誇り高いものとするべく、悲壮な決意を漲らせていたはずの、
サブロウタ以下、リンドウの士官達は、突然の意表をついた事態の展開に呆然としてしてしまう。

 

「やると思ったんだ・・」

 

 彼らを連れて来た強化スーツの男は、ため息をつきながらバイザー越しにこめかみを押さえている。
 もはや、完全に真面目な話しが出来る状態では無くなっていた。

 

 艦長席の女性、ホシノ・ルリだけは、この台詞が言いたくてずっと待っていたらしく、とてもご機嫌な様子である。

 

「なぜ、ホシノ博士がこんなところに・・」

 

 いち早く、我に返ったサブロウタを流石だったと誉めるべきかもしれない。
 しかし、彼にしたところで、バイザーを取った男の顔を見た途端に、また意識を宇宙の果てに飛ばしてしまったのは、
この一年近くのルリの実際の近況を一切知らなかったのだから、仕方がないというべきだろう。

 

「まあ、とにかく食事にしてゆっくり話しをすることにしないかな?
 今日はみんなの歓迎のために、俺が腕を振るってご馳走を用意しておいたから・・」

 

 強化スーツの頭部を外して素顔を見せた、収まりの悪い髪の男が、気をとり直そうとして男達に話しかける。
 先程まで放たれていた恐るべき殺気は微塵も感じられない。
 自己紹介によると男の仕事は、この船のコックということだった。

 

 現実感のかけらもない展開になっているというしかない。
 人生の行き先を見失ってしまったリンドウの士官達は、互いに顔を見合わせている。

 

「あの、結局俺達はどうなるんでしょうか?」

 

 意を決して、ルリに問い掛けたのは志願者中で最年少の士官だった。

 

「貴方達は、今日、全員死んでしまいましたので、もうどこへも帰れません。
 明日からは、この私、キャプテン・ルリの元で働くことを許しましょう・・」

 

 意識的なものに違いない威厳に満ちた微笑を浮かべて、ルリがおごそかに返答する。
 どうやら、宇宙海賊で女王様という設定になっているらしかった。

 

 サブロウタは独り天井を仰いでため息をついている。
 結局のところ、今日起きた総ての出来事は、最初から最後まで全部ルリの考えたお芝居だったらしいと気付いたためである。

 

 リンドウの士官達にとり、命の危険はとりあえず去ったものの、次々と彼らを襲うたちの悪い冗談から身を守るのは
かなり困難な物になりそうだった。

 

 **

 

 誰かが口喧嘩をしている?
 最初に感じたのは、その思いだった。

 

「・・全然知らなかったと言いたいのですね?」

 

「・・我々の間では、そのような事を感じさせる出来事は、今まで全くなかったものですから・・」

 

 意識がはっきりしてくるにつれ、同じ部屋の中に多分二人の男女がいて、男性の方が半ば、一方的に
女性に非難されているのであろう様子が理解されてきた。

 

「サブロウタさん、最低です。
 この女の子は、オモイカネが作成した偽データを見て貴方が死んでしまったと思って、
 後を追って死のうとするまでに貴方のことを想っていたのに、
 今まで全然気付かなかったばかりか、何もしてあげていなかったと言う事になりますね。
 サブロウタさんが鈍感だったせいで、大変なことになるところだったのですよ。
 オモイカネに聞いたら、アキトさんだってもう少しで危なかったって言うんですから・・」

 

「全くもって面目ないです」

 

 一人はタカスギ大佐で、もう一人は誰だろう。

 

 タカスギ大佐?
 貴方は死んでしまったのではなかったのですか?

 

 急いで起き上がろうとした途端に、体中に痛みが走った。
 見れば、右腕は釣られていて、左手の手首から先は固められているようだ。

 

 自分の様子に気付いたらしく、会話が止まる。
 人が近付いてくる気配がある。

 

 これだけは自由に動く首を、気配の方向に巡らせると人の姿が目に入って来た。
 一人はやっぱりタカスギ大佐で、もう一人は、土星に居るはずのホシノ博士だ。
 どういうことなのだろう。

 

「気がついたみたいですよ。サブロウタさん」

 

 ホシノ博士の言葉を受けたタカスギ大佐が顔を近づけてくる。間違いなく大佐本人のようだ。

 

「大佐、生きていらっしゃったんですか。でも、どうして・・」
「すまない。君達がリンドウのブリッジで見させられていた光景は、コンピュータの合成映像だったらしい」
「はい?」

 

「つまり、誰もブレイン・アナライザには掛けられていないし、死んでもいないんだ」
「どういうことです?」

 

「俺にも全く知らされていなかったんだが、今回の出来事は俺達を外惑星軍から引き抜くための完全な芝居だったらしい」
「襲撃の総てがですか?」

 

「誰にも怪我をさせないつもりだったのですけれど、貴方が無茶をしたせいで計画が危なくなるところだったのですよ。
 アキトさんなんて、この船に貴方を抱えて入ってきた途端に取り乱してしまって。
 イネスさんという名前の、優秀なお医者さんがいなければ命が危なかったのかもしれないのですから。
 でも、悪いのは全部サブロウタさんですから、貴方が気にする必要はないですからね」

 

 横からホシノ博士が微笑みながら口を挟む。

 

「もしかしてホシノ博士が・・」
「そう、困ったことに今回の敵の黒幕はホシノ博士なんだそうだ」
「宇宙海賊キャプテン・ルリなんです。
 サブロウタさん達と合流するという目的を達成してしまったから、もう今日で廃業なのですけれど・・
 そのうち、外惑星系軍の直接の査察があるから、土星にも一度戻らなくてはいけないですし・・」

 

 ホシノ博士が少しだけ残念そうな口調で言う。到底、海賊の親玉には見えない。

 

 扉が開き、また新しく若い男が部屋に入ってきた。湯気の立った器を載せたお盆を手にしている。
 ベッド脇に置かれたお盆の中身を覗きこむと、それはポタージュスープのようだった。

 

「イネスさんが、処置が早くてちゃんと舌の組織が接合できたおかげで、別に食事にはもう問題ないはずって言うから、
 一応食べられそうなもの持ってきたんだけど」

 

「怪我の具合どう?
 右腕折っちゃったし、左の手首も結局骨折させちゃってたみたいで本当にごめん。
 君、結構技の切れすごかったから、俺、手加減できなかったんだ」

 

 スープを運んできたエプロン姿の男が、矢継ぎ早に喋りながら両手を合わせて謝っている。
 笑顔が結構素敵だ。
 ・・って、もしかしてこの内容からすると、この少し頼りなさそうな男が、あの黒い強化スーツの戦闘リーダー?
 冗談ではなくて?

 

 思わずタカスギ大佐の顔をみてしまうが、大佐は気にしてはだめだという顔で首を横に振っている。
 どうやら本当らしい。

 

 ホシノ博士に脇腹をつつかれて、タカスギ大佐がスープへと手をのばす。
 手づから食べさせようとしてくれているようだ。

 

 慌てて自分で出来ると言ってしまったが、大佐の視線の先にある自分の手では、スプーンどころか、
シャベルでさえ掴めないのは間違いないようだった。

 

 固まってしまった自分を微笑んで見ながら、ホシノ博士と謎のコックは部屋を出ていく。
 去り際にホシノ博士がタカスギ大佐に何か耳打ちをしたようだ。

 

 気をきかせてくれたに違いない。
 好意に甘えることにする。

 

 タカスギ大佐が掬ったスープを吹いてから、口元に近づけてくれる。
 もう大佐ではないから、これからは自分のことは名前で呼ぶようにと言ってくれている。

 

 眩暈がして倒れてしまいそうだった・・。

 

 

 

 食事の後に一時間程話しをしてから、明日また来ると言って手を振りながら、タカスギ大佐、いや、
今日からはサブロウタさんと、名前で呼ばなければいけない事になってしまった、彼女の想い人は部屋を出ていった。

 

 両腕を怪我した状態では出来ることなど何もあるはずがないので、ぼんやりと考えごとをすることにする。

 

 話しをしている途中で思い出したのだが、リンドウの個室に使い慣れた眼鏡と大切にしていた武具を置いてきてしまったようだ。
 少し残念だが、それでも自分自身を置いてこなかっただけ充分頑張ったと思って諦めることにした。

 

 替わりに先程の彼とのやり取りを思い出すことにする。自然と頬が緩んで顔が赤らんで来てしまう。
 怪我をしたのが、こんなに嬉しいのは生まれて初めてだ。
 あの収まりの悪い髪をした謎のコック?には、いつか必ず心から礼を言わなければいけないだろう。

 

 明日の朝食がとても楽しみだった。
 たった一日で、こんなに幸せになってしまっていいのだろうかと思ってしまう。

 

 単なる上官、副官の関係から、自分の想いを知ってくれている大切な男性の手によって、毎日ご飯を食べさせてもらえる
特別な立場の女の子へと、軍の手を借りずとも、彼女は一日にして既に三階級分くらいの
特進を果たしてしまっていたようだった。

 

 **

 

 波瀾に満ちた一日の最後の場面は、それでもやはり艦長個室である。

 

「ルリちゃん。何か用事かな?」

 

 ルリから手渡されているカードキーを使って、私服のアキトが部屋に入ってくる。
 先程、コミュニケでルリから、仕事ではないが部屋に来て欲しいと言われたためである。

 

 アキトの目の前には、いかにもシャワーを使ったばかりという雰囲気のルリが椅子に腰掛けている。
 いつものパジャマ姿と違って、今日はガウンを着ているようだ。
 思わず胸元に視線が行きそうになるが、とりあえず真面目にルリの顔を見ることにする。

 

「ルリちゃんではありません。ルリ様とお呼びなさい」

 

 ルリが少し怒っているかのような雰囲気で重々しく返事を返してきた。
 怪訝に思ったアキトがルリの顔を見直すと、今度は一転してお願いの表情になっている。

 

 どうやら、ルリはアキトと海賊の女王様ごっこをしたいようなのである。

 

「失礼しました、ルリ様。何かご用事でしょうか?」

 

 アキトはやれやれと思いながら、ルリの遊びに付き合うことにする。
 ルリはアキトの言葉を聞くと、とても嬉しそうな表情になり、用意していたらしい台詞を喋り始める。

 

「戦闘班長テンカワ・アキト」
「はい、なんでしょう、ルリ様」

 

「貴方は私のために死ぬ事が出来ますか?」
「はい、ルリ様のご命令とあれば・・」

 

「貴方は私の望みを叶えてくれますか?」
「はい、それがルリ様の願いならば・・」

 

「私が望めば、本当に叶えてくれるのですね?」
「はい、私に出来ることであれば必ず・・」

 

「では、貴方の言葉の証として私の足の甲に口付けをしてください・・」
「・・はい?」

 

 いきなりの展開という奴であろう。

 

「どうしたのです。貴方は私の願いを叶えてくれるのでしょう?
 さあ、跪いて私の甲に口付けをしてください・・」

 

 ルリがあらぬ方を向きながら言葉を続ける。顔が真っ赤になっている。
 要するに、女王様になってアキトとこういう事をしてみたかったようなのだった。

 

 予想外の展開に半ば呆然としながらも、一応アキトはルリの前に跪く。
 さすがに、ルリの足をとってキスをするのは恥ずかしい気がして躊躇してしまう。

 

「遠慮しなくてもよいのですよ・・」

 

 緊張しているのか、少しかすれた声でルリが囁く。
 組んでいた足を解いて、アキトの前に躊躇いがちに差し出してくる。

 

 ルリの足の白さがいつにもまして意識されてしまう。
 微かに感じられる石鹸の香りが悩ましい。

 

 ルリが足を差し出したせいで少しはだけてしまったガウンからこぼれた、
 細くしなやかな足先から続く柔らかな印象を与えるルリの肢体がアキトの理性に霞みをかける。

 

 アキトは魅入られたかのように、ルリのかかとを両手で抱えるとゆっくりと甲に顔を近づけていく。
 ルリは少しだけ恥ずかしそうな喜びの表情で、自らの足に口付けるアキトの姿を見つめている。

 

 顔を上げたアキトに対して、ルリは今度は片手を差し伸べる。
 アキトは今度はためらうことなく、その手をとり甲に口付けを行っていく。

 

「私を抱いて、ベッドまで連れて行きなさい・・」

 

 ルリが小さな声でアキトに命令する。
 命じられるままに、アキトは椅子からルリを抱き上げベッドへと連れていく。

 

 もはや、アキトはルリの意のままである。
 ルリにまた魔法を掛けられてしまったのだから、彼にとっては仕方がない事に違いなかった。

 

 部屋には、ルリがアキトに何かを微かに命じる声だけが聞こえている。
 アキトにとって、叶えてあげなければいけないルリの願いが次々と出来てしまっているようだった・・

 

 

 いつの間にか、ルリが囁くようにアキトの名前を何度も呼んでいる。

 

「・・アキトさん・・ ・・アキト・・さん・・」

 

 呼び方が元に戻っているところを見ると、お芝居は無事終わりになったようである。
 後は、いつもの恋人達の時間なのだろう。

 

 この夜の出来事に関して、アキトがどのような感想を抱いたのかは知る術はないのだが、
女王様としてのルリの振る舞いは、その姿とも相まってなかなか似合っていたと言うべきだろう。

 

 ルリはもともとピースランドの王女様だったのだから、
成長すれば、女王様になるのは全く不思議なことではないのだった。

 

 余談ではあるが、王女様には騎士がつきものなのだが、女王様には下僕がつきものであることに
アキトが気付いていたかどうかは定かではない。

 

 イネスでも、この違いに関して説明する気にはあまりならないだろう。

 

 こうして、アキトを跪かせて足に口付けをしてもらうという、個人的には画期的な一大イベントも含めた、
キャプテン・ルリの総てのミッションは終了した。

 

 先程、サブロウタに艦長の仕事を押し付けてしまったので、明日からはアキト専属の新妻ルリに戻って、
土星につくまで、アキトと二人で厨房を占領して新メニューの開発に専念する予定なのである。

 

 しかしルリにとっては残念なことに、新妻というのは自称でしかない。
 自己紹介をする時に、テンカワ姓を名乗りたいのだが、それはいくらルリでも無理というものだった。

 

 彼女の恋人は、無敵なくせに戸籍一つ持たない甲斐性無しなのである。
 テンカワ・ルリは当分魂の名前にしておく他ないようだった・・

 

 

本編第四章 外伝	「 ホシノ博士の航海日誌 - ・・って本当にまだ大丈夫なんですか? - 」	了

 

 

 

管理人の感想

 

 

しんくさんから投稿です!!

あはははは・・・

ルリちゃんも結構壊れてますね〜(笑)

唯々諾々と命令に従うアキト君もアキト君だけど。

しかし・・・甲斐性なしとは、また(苦笑)

言いえて妙ですな〜

そう言えば、プロスさんとかハーリーはどうなってんだろう?

 

それでは、しんくさん投稿有難うございました!!

 

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