Gemini 第四話
極東方面軍及びシラサギと遭遇した日の深夜。
マモルは、執務室でいくつものウィンドウに囲まれていた。
各ウィンドウには、所狭しと書かれたデータが映っていた。
それらは、先の極東方面軍及びシラサギに関する報告書などで、マモルが管轄し、処理しているデータだった。
他にも、ユリカによってかなり適当に任命された、参謀に関する資料が映ったウィンドウもあった。
総計すれば、ウィンドウの数は百以上ある。
それでも、作業開始当初はこの十倍近くのウィンドウが展開されていたのだから、マモルの仕事の多さも推測できるというものである。
マモルが、極東方面軍に関する報告書をまとめ終えたとき、執務室に備え付けられているチャイムが鳴った。
完全防音になっているマモルの執務室は、専用のチャイムを鳴らさないと、来訪を知らせることができないのである。
マモルは、作業を一旦中断し、全てのウィンドウを閉じてから、扉まで移動して扉を開いた。
扉の前には、白い布を被せたお盆を持ったアキナが立っていた。
扉の前に立っているアキナは、どこか普段と違っているように感じた。
というのは、普段黒ずくめの格好をしているアキナが、意外なことに白いパジャマを着ていたからだ。
因みに、アキナの着ている白いパジャマは、マモルに借りたものである。
「こんな時間に私を訪ねてくるなんて、珍しいわね。しかもそんな格好で」
アキナの白いパジャマを見ながら、マモルが言った。
「風呂上りだからな。服は今洗濯してるし、また着替えるのも面倒だからな」
「そういうところは、まだ女になりきれてないわね……ま、いいわ、立ち話もなんだし、中に入って」
「そうさせてもらう。差し入れも持ってきたしな」
笑みを浮かべながら、アキナは執務室の中に入った。
アキナが入ったことを確認してから、マモルは扉を閉じてロックする。
「座って、今お茶出すから」
「熱いの頼む」
「はいはい。薄い方が良い?」
「そうだな。せっかく料理持ってきたし、薄くしておいてくれ」
「了解」
マモルは、笑みを浮かべつつ、備え付けの棚から急須を取り出し、お茶を入れる。
マモルがお茶を用意している間に、アキナはテーブルの上にお盆を置いて、ソファーに腰を下ろした。
「味覚を失ってから、初めて料理を作ってみたんだが……うまくできたかどうか聞きたくて来させてもらった。調理場に人がいなくなるのを待ってたから、遅くなっちまったが」
「じゃあ私は毒見役ってわけね」
お茶の注がれた二つの湯飲みをテーブルに置きながら、マモルは苦笑した。
「そう言うなよ。味見はしたし、久しぶりに作った割には、うまくできたと思うからさ」
「冗談よ。アキナの腕を信じてるわ」
そう言いつつ、マモルはアキナの座ったソファーの対面にあるソファーに腰を下ろした。
「そういわれると、逆に不安になるな」
「わがままね」
二人はお互いにそう言いながら、苦笑した。
「ラーメンはスープとかを作ってる時間がなかったから、今回はやめておいた」
「じゃあ、チキンライスかしら?」
「正解。さすがマモル」
アキナはそう言いつつ、お盆に被せられた白い布を取った。
お盆には、二つのスプーンとチキンライスが山盛りによそわれた二つの器が、ラップをかけられた状態で乗っていた。
「おいしそうにできてるじゃない」
「見た目はな。問題は味だ」
二人は、ほぼ同時に器に手を出し、一つずつ持つと、ラップを剥がし、スプーンを取って、一口食べた。
「味覚が戻ったばかりだから、薄味になってるのかもしれないけど、おいしいわ。もう何回か作れば完全に元に戻るわね」
「そうか。結構濃い味付けにしたつもりだったんだが……ま、こんなもんか」
「味覚が戻ったばかりだからね。まぁ、上出来じゃないかしら? そんじょそこらの飲食店には負けないと思うわよ」
それとなく、マモルはフォローを入れた。
「そういってもらえると嬉しいけどな。そういえば、マモルは料理しないのか?」
「するわよ? といっても、忙しくてやってないんだけどね」
「寝られないくらいだからな……今日も寝られそうにないのか?」
「たぶん早朝に仮眠を取れると思うわ。あと百件くらいだから、明日の朝までやれば終わるし」
「それって多くないか?」
「最初千件あったんだから、それに比べれば少ないわよ。私以外にやってくれる人いないしね」
肩を竦めながら、マモルは溜め息をついた。
「プロスは?」
「プロスも違う仕事で、ここ三日ほど寝てないはずよ。たぶん今夜も眠れないと思うわ」
「経理・調停ってそんなに忙しいのか?」
素朴な疑問をアキナは口にした。
徹夜が続く仕事など、戦闘の前後の整備班以外では聞いたことがなかったからだ。
「まぁ、忙しいことは忙しいけど、私の仕事が多いって言うのもあるわね。経理・調停以外に参謀までやらされることになったから」
「参謀ってのは、ユリカに任されたのか?」
「えぇ。最初は、その場の勢いかとは思ったんだけど、あとで確認したら永続的に頼むって言われたわ……」
マモルは苦笑した。
ユリカの我が侭は、自分がよく知っていた。
他人の忙しさなど、ユリカにわかっていようはずがない。
しかしながら、一応上官であるユリカの命令では、従わないわけにはいかなかった。
「あいつ絶対お前の忙しさをわかってねぇな……」
「いつものことよ……前の歴史で、よくわかっていることじゃない。お互いに」
「そりゃそうなんだがな……アキナになってから、どうも……お前が蔑ろにされてると、いい気分がしないんだ」
「同じアキトだったもの同士だからね……まぁ、それはともかくとして、私に話したい事があるんじゃないの? アキナ」
「え?」
「こんな夜中に差し入れを持ってくるためだけに、貴方がわざわざ私のところに来るとは思えないし、何より……隠していてもそわそわしてるのが解っちゃうのよ、私には」
「適わないな、マモルには」
アキナは肩を竦めた。
「確かに、話……というより訊きたい事があってここに来た。料理の味を見てもらいたかったのも理由だけどな」
「それで、何が訊きたいの? 大抵のことには答えてあげるわ」
「訊きたいことは三つだ。お前のことだから、既に内容は予測しているかもしれないが」
「ある程度は予測してるけど、とりあえず訊いてみて。的外れな解答はしたくないし」
「わかった。……質問は三つとも先の戦闘に関してだ。一つ目に、極東方面軍の艦艇数のことをどう思うか、だ」
アキナは人差し指を立てながらマモルに一つ目の質問をする。
「戦艦四、巡洋艦五、駆逐艦七の計十六隻。前回の歴史のおよそ五倍の艦艇数を出してきたわけだけど、クロッカスとパンジーはチューリップに飲み込まれた。これは何を意味するのかってことね」
「どう思う?」
マモルの確認の言葉に、アキナは改めて意見を促す。
「確かなことは言えないから、私の個人的な意見になるけど、歴史が変わり始めてるって事だと思うわ、良いか悪いかはともかくとしてね」
「そう思うか?」
「えぇ。ただ、悲観的に考えるなら、死ぬ運命のものはどんなことをしようが死ぬ、っていう考え方もできるわね。あの場所には十六隻もの艦艇がいたにもかかわらず、飲み込まれたのは、前回と同じ、クロッカスとパンジーだけだったから」
「う〜む。どちらともいえない、ってことか?」
「そうなるわね。とはいえ、歴史自体は変わっているのは確かよ。少なくとも、私とアキナが、このナデシコに乗った時点で、既に私たちの知る歴史から、大きく外れ始めているのは事実でしょ?」
「見方一つで、変わるってことか」
「ま、今の時点では、そうとしか言いようがないわ……さて、次の質問は?」
話を打ち切りつつ、マモルが質問の続きを促す。
「極東方面軍と戦っていた白い機体とパイロットについてだ」
「シラサギのことね。訊かれると思っていたわ」
マモルは、シラサギのことをアキナが訊いてくるということを予測していた。
自分の知らない機体が目の前に現れれば、訊きたくなるのも無理からぬことだった。
「ルリちゃんから、マモルが知っていることを聞いたんでな」
「隠すほどのことでもないからね。機体の存在を知っていても、設計図は盗めないもの」
「どういうことだ?」
「シラサギの設計図は社内機密だから、手書きの設計図の冊子が一冊あるだけで、データに起こされてないの。そしてその冊子も、ネルガル本社の金庫に厳重に保管されてるから、手に入れることは、まず不可能よ。機体自体は、露見しても大して困らないんだけど」
「設計図と機体で、随分と扱いの差があるな。本来なら機体も機密にしておくべきものなんじゃないのか?」
「本来ならね。でも、シラサギは欠点だらけの欠陥兵器だもの、見られたところで痛くも痒くもないし、設計図なしでシラサギ専用の特殊部品は作れないもの。あまりにもその構造が複雑で特殊なものだから、設計図なしで複製するのはまず不可能よ」
「欠陥兵器……何でそんなものでナデシコを助けたんだ?」
「さぁ? それは私にも解りかねるけど、確実に言えるのは、シラサギのパイロットが十歳のマシンチャイルドの少女ってことだけよ。名前はサキというらしいわ」
「マシンチャイルド?」
「ネルガル社長派の研究所が非合法に実験を行なっていたらしいわ。そのサキって子の連絡がなければ、今でもおそらく研究が行われていたと思うわ。多くのマシンチャイルドの命と人生を対価にね」
「外道共が……」
アキナが奥歯を噛み締めながら、ドスをきかせた低い声で呻くように言った。
「因みに、後で調べて解ったことらしいんだけど……その研究所の所員は、全て殺されていたらしいわ。そして、研究所にいたのは、サキとマシンチャイルドの子供たちだけだった。それから、所員たちの死は、検死結果から推測するに、おそらくは木連式柔よ」
「木連式柔……まさかそのサキって子が?」
「おそらくはね。サキに関しては、もう一つ面白い話があるの」
「面白い話?」
「サキは、エステバリスを超える機動力を持った機体を要求したらしいんだけど、その対価として出してきたのが……ボソンジャンプに関しての情報だったらしいわ」
「なに!?」
アキナは、マモルのその予想外の言葉に、己の耳を疑った。
ボソンジャンプは、この時代ではまだ最高機密に属するものであり、一般人が知っているわけのないものだった。
ましてや、研究所にいたマシンチャイルドが知っているわけがない。
にもかかわらず、サキという少女は知っていた。
それは何を意味するのか。
「会ったわけじゃないからなんとも言えないけど、サキは私と似たタイプの逆行者なのかもしれないわ」
「そういえば、マモルの体も、アキトとはまったく関係のない体だったな」
「そういうこと。なんで、サキの体に入ったのかはわからないけれど……私の推測が正しければ、三人目の闇の王子様が来たことになるわ。木連式柔が使えてボソンジャンプの情報を持っていて、かつ逆行したとなると、未来のテンカワ・アキトくらいしかいないもの。まぁ、月臣とかの可能性がないわけじゃないけれど……月臣が逆行してくる原因が思い浮かばないから……」
「同じ人物の過去を持つ人間が三人も来るなんて、異常なんじゃないか? この世界」
眉をひそめながらアキナが言った。
「それを言うなら、私たちが存在している時点で、この世界は既に異常よ。私たちが知っている世界には、私たちはいなかったんだから」
「それもそうか……それで、サキという少女については解ったが、シラサギについてはまだ聞いてないんだが?」
「そうだったわね。『code/shirashagi』起動、『pass
word/hakuro』。表示ウィンドウは室内の人物全員の前に表示」
マモルは、執務室専用のコンピュータから一つのプログラムを起動する。
起動されたプログラムのウィンドウは、マモルとアキナの前に表示された。
「シラサギの思い出せるだけのデータを起こして、まとめたものよ。スペックとかなら、それで十分解るでしょ」
「あぁ……だが、このデータに間違いはないのか? データを信用するなら、装甲が乗用車並みに薄いことになると思うんだが……」
「その認識で間違いないわ。シラサギの装甲はその程度しかないから」
「それは……装甲と呼べるのか?」
「一応耐弾性はあるし、無茶な機動に耐えられるだけの強度はあるから、装甲と呼べないわけじゃないわ……」
マモルは、そう説明すると、いったん言葉を切ってから、説明を続けた。
「まぁ、薄いものは薄いんだけどね。それにはちゃんと理由があるのよ」
「理由?」
「……そもそも、シラサギは、機動力を徹底的に高めるために、あらゆるものを犠牲にしている機体なのよ。装甲は一番最初に犠牲にされた部分よ。だから私は、シラサギのことを『高機動棺桶』って呼んでるわ」
苦笑しながら、マモルはシラサギをそう評した。
「こ、高機動棺桶……」
「何しろ、その表現が適切な機体だからね」
「それにしても棺桶っていうのは……」
「仕方ないでしょ、そもそも欠陥だらけなんだし」
「欠陥だらけって……そんなに多いのか?」
「えぇ。とても多いわ。どんな欠陥か、一応聞いておく?」
「頼む」
「了解。まぁ、あちこちの細かい欠陥を除けば、三つくらいしかないんだけど。一つ目は、さっき言ったとおり、装甲よ」
人差し指を立てながら、マモルはそう切り出した。
「薄いんだろ?」
「えぇ。シラサギは、『エステバリスさえ作れないような技術』で『ブラックサレナを超える機動力』を持つように造られているわ。当然のことながら、シラサギが設計された当初の技術力では、ブラックサレナと同じような構造を作ることは不可能。だから、徹底した機体の軽量化が図られたの」
「なるほど。だからこんなに薄くされたわけか」
「そういうこと。もっとも、限界まで装甲を軽量化したせいで、ジョロやバッタの攻撃でも致命傷になる可能性があるのよ、困ったことに」
「そりゃなるだろ……」
アキナが思わずマモルにツッコミを入れた。
「ま、言うまでもないことだったわね……。それはともかく、二つ目の欠点は、実働時間の短さね」
「ルリちゃんから聞いたが五分から十五分なんだって?」
「えぇ。バラつきがあるのは環境によって左右されるからなんだけど、実働時間が短いのは、小型バッテリーと燃料式スラスターしか積んでないからよ。重力波アンテナと変換装置は取っ払われてるわ」
「………よく動くな、シラサギ」
アキナは妙な関心をしてしまった。
もともと、エステバリスが六メートルでありながら大出力を出せているのは重力波アンテナがあるからである。
シラサギはそれとはまったく違う構造をしている。
というより、従来の機動兵器と同じような構造なのだ。
にもかかわらずブラックサレナを超えるだけの機動力を持っている。
とてもではないが、そんな動きをすること自体、無茶がありすぎるのだ。
「戦闘機を小型化して、人型のようなものにしたのがシラサギだと思えばわかりやすいでしょ? 複雑な説明は省くけど、シラサギに搭載されているバッテリーは、コンピュータと姿勢制御を行うために必要な分しか積まれてないわ」
「一応聞くが、コックピットの重力制御は?」
「できるわけないじゃない。そんなもの積んでないんだから。Gは、もろパイロットに掛かるわよ。コックピットも必要最低限の構造だから、衝撃も直接パイロットの負担になるし」
「………死ぬだろ、あれだけの機動力なんだから」
戦闘機並みかそれ以上のスピードを出している状態で、急制動や方向転換を行うことになる以上、その衝撃を緩和する処置がとられていなければならないのだが、シラサギにはそれがない。
戦闘機に乗るより負担は大きくなるため、パイロットの負担は想像を絶するものになるのだ。
「普通は一分も乗れないわ。計算上、私でも十五分が限界。因みにシラサギの実働時間は私が運転しきれる十五分が最高にされてるの。人間に運転しきれる範囲ということで」
「マモルで十五分なら、俺じゃ十分くらいか?」
「アキナでも十五分くらいいくわよ。私の重力に対する耐性は、貴方とそう変わらないもの」
「そうなのか?」
「えぇ。貴方が私のことを強いと思っているのは、十八年分の経験の多さからくる技術でしょうね。戦闘のあるなしにかかわらず、時間というのは、相手を見極める力をつけるには十分な時間だもの」
マモルは、肩を竦めつつため息をついた。
「ようは戦い方がせこくなったと?」
「元も子もない言い方をするわね……まぁ、その通りなんだけど」
「せこさは兎も角、十八年分の訓練の量の差で圧倒的な力の差ができていると思うんだが?」
「確かに十八年かけて力をつけたけど、十八年ずっと訓練ができたわけじゃないから、今から猛特訓すれば、すぐに私を追い抜けるわよ。アキナなら」
「買いかぶりだと思うがな……それはともかく、シラサギの残りの欠点はなんだ?」
「シラサギの三つ目の欠点は、兵器としては最大の欠点よ」
マモルは三本の指を立てながら言った。
「シラサギの三つ目の欠点は……火力の弱さ。両腕に低出力の旧型ビーム兵器しか搭載できないという火力の弱さが、シラサギ三つ目の欠点よ」
「火力か……確かにそれは欠点だな」
「根本的に言ってしまえば、シラサギの火力ではディストーションフィールドを張っている敵に対しては無力よ。木連の戦艦やチューリップ、ジン、それから一部のジョロやバッタにはまったく歯が立たないわ」
「殆ど戦えないのと同じだな……ジョロやバッタを倒すだけなら、シラサギほどの機動力は必要ないし」
「だから欠陥兵器なのよ。使い道がないから……。連合軍みたいにディストーションフィールドを張っていない戦艦が相手でもなければね」
基本的に、ディストーションフィールドには、光学兵器の攻撃が効かない。
しかも、シラサギに搭載されているビーム兵器は、旧型の上に低出力であり、機動兵器に搭載出来るものの中でも最弱の部類に入るものである。
シラサギの持つ火力では、ディストーションフィールドの影響をもろに受けてしまうのだ。
ディストーションフィールドを張っている木連の兵器が相手では、威力の弱い光学兵器では、ダメージを与えることは難しい。
シラサギは、その構造と設計理念上、それ以上に威力の強い兵器を搭載できないため、木連の兵器に対して、まったく無意味といえるのである。
「シラサギについては大体解った」
「それはよかったわ。で、三つ目の質問は?」
「ミスマル提督が、何故十六隻もの艦艇を出してナデシコをとめようとしたのか……それを聞きたい。ルリちゃんの話では、お前が何か知っているようだ、ということだったが?」
「ミスマル提督が、ナデシコを脅威だと思ったから。それだけよ」
マモルはアキナの質問にマモルは白々しく答えた。
「嘘を聞きたくてここに来たわけじゃない。本当のことを話せ……」
「……何故嘘だと?」
「ルリちゃんの話では、ミスマル提督には『本当の目的』とやらがあったといっていた。つまり、今の説明では嘘ということになる」
「アキナは、私よりルリちゃんを信じるのね……」
少々目を伏せながら、マモルは言った。
「お前、俺に隠し事ばかりしていて、そういうこというか?」
呆れ顔になりつつ、アキナが返す。
「そうね……確かに私は貴方に隠し事をいっぱいしているものね、信じてもらえなくて、当然ね……」
「別に俺はお前を信じていないわけでも、信頼していないわけでもない。ただ、お前が俺に真実を話していないと思っただけだ」
「どう違うのか少々疑問なところだけれど……嘘をついていたことは認めるわ。確かに、私は嘘をついた」
「認めたなら話してくれるな? 本当の目的とやらを」
「それは駄目。貴方には話せない」
マモルははっきりと、話すことを拒否した。
「……何でだよ?」
「これは、軍上層部だけじゃなく、ネルガルをはじめとした財界や政界の中でも、最高レベルに属する機密だからよ。その機密性は木連の存在のそれを越えるわ」
「木連以上の機密だと……?」
「そうよ。だからこれ以上は話せない。話せば、私は、この機密に携わる全てのものを裏切ることになる」
「俺が信じられないのか……俺が誰かに話すとでも思っているのか!?」
アキナはマモルの言葉に怒声を上げた。
「思っていないわ。けれど、それとこれとは話が別よ。秘密というのは、話してしまった時点で秘密ではなくなる。たとえ、他の誰にばれることがなくても」
「ふざけるなっ!」
怒鳴りながら、マモルの胸倉を掴んだ。
「それは結局俺を仲間だと思っていないってことだろうが!」
「仲間だと思っていなければ、貴方に私の正体を話すような真似はしないわ」
「なら話せ! 俺を仲間だと思っているのなら!」
「公私を混同しないで。アキナと私の関係は、プライベートなものであってそれ以上のものではないわ」
「っ……!」
「私達はお互いに同じ目的を持っているし、同じような過去を送ってきた、そして同じ人物だった……。だからといって、機密を話していいということにはならないわ」
「…………くそっ!」
アキナは、マモルの胸倉から乱暴に手を離すと、そのまま執務室を後にしてしまった。
「ごめんね……アキナ……」
一人残されたマモルは、その一言だけ口にすると、執務机に戻って仕事を再開した。
心は沈んでいたが、マモルの作業スピードが落ちるということはなかった。
翌朝十時。
ユリカに、急な呼び出しを受けて、マモルはブリッジに赴いていた。
因みに、仕事を終えて眠りについたのはこの日の朝六時である。
とてもではないが、睡眠が足りていない。
本来なら、もっと寝ているべきなのだ。
「それでミスマル艦長。私を呼び出した理由は何でしょう? 久しぶりのまとまった睡眠を邪魔するくらい重要なことなんですか?」
「マモルちゃん寝てたの? 駄目だよ? 寝坊しちゃ」
マモルの言葉に、それらしく注意するユリカ。
マモルの忙しさをまったく理解していないらしい。
「………………寝たのが今朝の六時なのですが?」
「駄目だよマモルちゃん、夜更かししちゃ。ちゃんと寝ないと」
「………………………………………………………仕事でおきてたのですが?」
「仕事溜めちゃ駄目だよ?」
「………………………………………………………………溜めてません。昨日の分だけです」
「お仕事大変だね〜」
「………もういいです。それより何の用事ですか? すぐ終わることでしたら、さっさと終わらせて寝たいのですが」
「すぐ終わるかどうかは解らないけど。ルリちゃん」
「はい」
ユリカの言葉に返事を返しつつ、ルリはブリッジの中央に一つのウィンドウを表示させる。
表示されたウィンドウには、昨日見たシラサギが映し出されていた。
「ナデシコの後方約千二百付近の映像です。あと一分もたたずにこちらに追いつきます」
「………それでミスマル艦長、私にどうしろと?」
「どうしたら良いと思う?」
「何で私に訊くのですか?」
「だって参謀でしょ?」
「…………相手からの接触はどうなっていますか?」
ユリカの相手をまともにしたところで無意味だと判断したマモルは、さっさと先に進めることにしたようだ。
「着艦許可を求めていますが。それ以外の接触はありません」
ルリがすぐに答える。
「……だったら着艦許可を出しましょう」
「マモルちゃんが良いって言うなら大丈夫だと思うけど。問題ないの?」
「問題ありません。レイナード通信士」
ユリカの問いに答えつつ、マモルはメグミを呼んだ。
「なんでしょう?」
「シラサギに着艦許可と電文を送ってください。『デッキにて待っています』と」
「はい。解りました……って、マモルさんが待ってるんですか?」
一度返事をしたメグミだったが、電文の内容を聞いて、思わずマモルを見る。
メグミだけではない。
ブリッジにいる、ユリカ、ルリ、ゴート、プロス、フクベ、ムネタケも思わずマモルを見た。
「なんでマモルちゃんが?」
思わずユリカが訊ねる。
「さて、何ででしょうね?」
マモルは、不敵な笑みを浮かべつつ、それだけ言うと、さっさとブリッジを出て行ってしまった。
残されたブリッジクルーは、意味が解らず、呆然とするしかなかった。
マモルがデッキに着いたとき、既にシラサギは着艦していた。
足が固定式スラスターになっているというシラサギの構造上、立ったままの着艦はできないため、仰向けに寝た状態で着艦していた。
マモルは、少しはなれたところで立ち止まり、シラサギを眺めた。
全体を白く塗装したシラサギの機体は、遠くから見るだけで、芸術的にみえた。
シラサギをじっと眺めているマモルに、デッキで作業を行っていたらしいアキトとアキナが近づいてきた。
「アキナ、テンカワさん。おはようございます」
「…………………おはよう、マモル」
マモルの挨拶に、アキナはばつが悪そうに返事を返した。
昨日のことを引きずっているようだった。
「おはよう、マモルちゃん」
アキナとは対照的に、笑顔で挨拶するアキト。
「……マモル、昨日は………昨日のことは忘れてくれ。……本当にすまなかった」
アキナがマモルの、謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。
「ううん。悪いのはこっちだから、気にしないで。こっちのほうこそごめんね……もっと言い方があったのに、あんな言い方して……」
「謝らなくていい、悪いのは俺なんだからな………。ところで……シラサギを着艦させるなんて、なに考えてるんだ?」
お互いの謝罪がすんだので、アキナのほうから話を切り出した。
「俺もそれ訊こうと思ってたんだ。あれって、宇宙軍の戦艦を倒しちゃったやつだろ? 乗せちゃっていいの?」
アキナの質問に、アキトも便乗して訊く。
「乗せることに関しては、艦長に既に許可を貰ってます。それと、シラサギのパイロットには、一度会っておかなければならない理由がありますので」
「会わなくちゃいけない理由?」
「すぐにわかりますよ」
アキナの疑問に、そう答えつつ、マモルはシラサギへと近づいていく。
ちょうどその時、シラサギから一人の少女がデッキへ降り立った。
年のころは十歳前後。
腰ほどまである白髪に琥珀色の瞳、通った鼻筋、整った眉、薄紅色の小さな唇。白いワンピースで包まれた、未発達で殆ど肉のついていない四肢。
全体として、現実感のない、どこかおぼろげにさえ見える容姿をしていた。
その少女は、辺りを見回してから、マモルに向かって歩き始めた。
二人の距離が縮まり、一メートルを切ったところで、お互い同時に立ち止まった。
アキナとアキトは、マモルの後ろについてきている。
「よくきてくれました。礼を言います……ありがとう、サキ」
軽く微笑みながら、マモルは少女に言った。
「礼には及ばない。俺の方もここに来るつもりだったからな……アマヤマ・マモル。あんたに会いに」
少女改めサキは、憮然とした表情をマモルに向けながら返す。
「………初めて会ったから仕方ありませんけど、やはり『お母さん』とは呼んでくれませんか……」
「「お母さんっ!?」」
アキナとアキトが、同時に素っ頓狂な声を上げた。
マモルの口から出たその言葉は、まったく予想外の言葉だったからだ。
「………遺伝子上は、確かに親子だが……初めて会ったからな……正直戸惑ってるし、すんなりと呼べない理由もある……」
「………後ろめたいことがあるからですか?」
「……なぜそう思うんだ?」
「母ですから」
マモルの試すような質問に、少々驚いた表情を浮かべたサキに対して、マモルは笑みを浮かべながら答えた。
「立ち話もなんですから、場所を変えませんか?」
「………それはかまわないが、後ろの二人はほうっておいて良いのか?」
サキの言葉に、マモルは振り返った。
「マモルに子供………相手は? ………いや、それよりもいくつのときの子だ………? アカツキの子供なんてことはないよな……」
「マモルちゃんに子供? 相手は? 結婚してたの? あれ? でもマモルちゃん俺と同い年だし……」
そこには、ぶつぶつと独り言をもらしながら、自分の世界に入り込んでいる、アキナとアキトがいた。
流石にテンカワ・アキトとテンカワ・アキトであったものだけあって、口に出している内容は、似たり寄ったりだった。
「ほうっておいて大丈夫ですよ。そのうち勝手に立ち直りますから」
「……冷たくないか?」
「一々構ってられませんから。こっちも暇ではないので」
それだけ言うと、マモルはデッキの出口へと歩き始めた。
サキは、アキナとアキトにもう一度だけ視線を向けたものの、そのままマモルについていく。
結果、ぶつぶつと呟く、怪しげな二人だけがその場に残されることになった。
因みに、しばらくの間、整備班はこの二人をどう扱ってよいのかわからず、整備班の仕事が一時的の滞ったのだが、それはまた別の話である。
マモルは、サキをブリッジへは連れて行かず、自分の執務室へと連れてきていた。
サキをソファーに座らせ、お茶を出してから、マモルはサキの対面のソファーに座った。
「まず、来ていただいたことに感謝を。プロスから伝言は聞きましたか?」
「聞いたから急いでナデシコに来たんだ。無茶な時間で燃料補給を済ませてな。本来なら大気圏突破後に合流するつもりだった」
「急がせて申し訳ありません。しかしながら、こちらにも予定というものがありますので」
「間に合ったから、別にいいんだけどな。シラサギを低速モードの長距離・省エネ運転できたから燃料もそこまで減ってないし」
シラサギは、何も短時間の高機動運転しかできないわけではない。
低速で、長距離を移動することも可能なのだ。ただし、燃料や構造の都合上、長距離移動は、やはり他の機動兵器のそれより劣ってしまう。
「そう言っていただけるとたすかります」
「それより、わざわざ個室に連れてきたんだ、何か話があるんじゃないのか?」
「察していただけたようで助かります。確かにお話があって、こちらへ連れてきました」
マモルは、サキの言葉をあっさりと肯定した。
「……その前に、敬語をやめてくれないか? 堅苦しい」
「その方が話しやすいですか?」
「あぁ。少なくとも敬語で話されるよりかはな」
「わかりました。いえ、わかったわ」
マモルは、素直に話し方を変えた。
「さて、では改めて。貴方の情報については、既にプロスからデータを得ているから、あえて確認しないけど、一つだけ確認しておくわ」
「なんだ?」
「……アマヤマ・ケイジという男を知っている?」
目を細めて、感情を押し殺した声で、マモルが訊いた。
「名前だけは、自分の生い立ちを知る上で見かけたが……それがどうかしたのか?」
「貴方をこの世に生み出した人物で、貴方の祖父に当たる人物よ。五年ほど前に死んだけど」
「自分の父親だというのに、随分と淡白に説明するもんだな?」
「娘を実験体にするような男を、父親だと思うのは無理だと思うわ」
何かを卑下する様な表情を浮かべつつ、マモルは吐き捨てるように言った。
「実験体?」
「そうよ? 貴方と同じで、私は父親によって実験体にされてたの。貴方が造られた理由は、私が死んだ場合の予備として、よ」
「あんたの卵子を使用して作られた実験体だってのは、資料で見て知ってる。あんたが実験体だったてのは知らなかったけど」
「そこら辺の経歴を含めて、私の情報は、殆ど抹消したからね。今じゃ、知ってる人間は数少なくなったわ」
「なるほど」
「因みに、こちらの調査では、貴方を含めて私の予備として作られたのは八年五ヶ月で五十二人。現在生きているのが確認されているのは、貴方を含めて八人だけらしいわ」
「貴重な生き残りってわけだ」
サキは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「そうなるわ。因みに、貴方以外の七人は、ネルガルで保護してるらしいわ……生きている子がいるのを、私が知ったのは、昨日なんだけどね」
「昨日?」
「プロスとアカツキが隠してたのよ。シラサギが現れなかったら、もうしばらく知らなかったでしょうね」
昨日プロスを締め上げたときのことを思い出しながら言う。
「それは、役に立てたのか? 余計なことをしたのか?」
「役に立ったわ。おかげでアカツキとプロスに釘をさせたから」
「それはなによりだ。だが、一つ気になることがある」
「何かしら?」
「俺の調べた限りじゃ、あんたはプロスの部下。当然アカツキよりも下の地位にいるはずだよな? なのに呼び捨てにしてるのは何でだ?」
サキがマモルの矛盾点を指摘した。
「あぁ。そのこと。それは貴方と同じ理由からよ」
「は?」
「貴方は、何でプロスとアカツキを呼び捨てにしてるの?」
「それは……」
サキは口ごもる。
どう答えていいか、とっさには思い浮かばなかったようだ。
「悩むことはないでしょ? 昔そう呼んでいたから。違う?」
「……どういう意味だ?」
「解りにくかったなら言い換えるわ。ナデシコクルー時代からプリンス・オブ・ダークネス時代までそう呼んでいたから、と言ったほうがわかりやすいかしら?」
「!?」
「まさかって顔をしてるわね。アキナと似た反応ね。まぁ、アキナはブラスターを突きつけてきたけど」
アキナと二人で話したときのことを思い出しながら、マモルは苦笑した。
「ま、まさか、あんた……あんたも……」
「貴方の考えている通りよ。私もかつて、テンカワ・アキトという男だった。正確には、その精神だけだけど」
「……あんたがアキトだったっていうのは、なんとなく話の内容でわかった。だが、何で俺がテンカワ・アキトだったとわかった?」
「……………本気で言ってる?」
眉根を寄せて、マモルが訊く。
「至って真面目だが?」
「……じゃあ説明するけど、シラサギを手に入れる代償としてボソンジャンプの情報を渡したでしょ?」
「あ」
ようやく気づいたのか、間の抜けた声を上げるサキ。
「それから、研究所の所員を木連式柔で片付けたでしょ?」
「そういえば……」
「木連式柔を使えて、ボソンジャンプの情報を持っている人間が、そうそういるわけないでしょ?」
実際、ボソンジャンプに関わっていた人間で、木連式柔を使える人間は限られてくる。
ランダムジャンプで逆行してきたとなると、さらにその幅は狭まってくる。
その中の誰かに当てはめるだけで、大体誰か想像はつく。
「参った。そういわれると、言い返せないよ」
「でしょ? とはいえ、私も、実際に会うまで確信はなかったんだけどね。月臣とかじゃないかって」
「どこで確信した?」
「言動よ。記憶に残ってる月臣とは、随分とかけ離れてたからね」
「わるかったな」
「悪いなんていってないわよ。それもまた個性だし」
フォローを入れるマモル。
「あ、そうそう、言い忘れるところだったけど、私と貴方のほかに、もう一人テンカワ・アキトが逆行してきてるわ」
「デッキににいた黒ずくめの奴か?」
「そうよ。今の名前はトキモリ・アキナ。二週間くらい前に逆行してきたらしいわ」
「アキナってことは、女か?」
「女よ。正真正銘のね。というより、スカート穿いてたでしょう?」
「スカート穿いてたかどうかまで確認してないからな………それにしても、テンカワ・アキトが三人も逆行してきているのに、ことごとく全員女ってのはどういうことだ?」
サキは思わず素朴な疑問を口にした。
その疑問は、至極まっとうなものだろう。
「さぁ? そればかりは私にも解らないわ。ルリちゃんは、一応昔の体に逆行しただけみたいだけど」
「ルリちゃんも逆行してきてたのか……」
「多分、アキナの世界のルリちゃんだけどね」
「まぁ、俺が逆行したときルリちゃんは一緒じゃなかったからな。一緒に来てるとしたら、北辰だろう」
「北辰?」
「そうだ。俺は北辰との戦いの最中に逆行したからな、下手をすれば、北辰も逆行してきている可能性がある」
「……だったら、逆行していると仮定して行動した方が良いわね」
「どうするつもりだ?」
「簡単よ。逆行してきてるなら、どこかしらに情報があるはず。それを調べるのよ。ついてきて」
マモルはそういうと、席を立った。
サキもそれに合わせて席を立ち、マモルを追う。
マモルは、執務室を出ると、すぐ隣の自室へと移動した。
「ここは?」
「私の自室よ。私の執務室は通信関係の端末が一切使えないようにできてるから、そういう関係のはこっちに備えられてるのよ」
マモルは、サキの質問に答えつつ、部屋に備え付けられた端末を起動し、操作する。
「サキが逆行してきたのは正確にはいつ?」
「十六日前だ」
「そう。じゃあ、その前後の情報を洗い出すわね」
マモルは、必要な情報を打ち込むと、起動させたシステムを実行する。
マモルの端末には、途端に数百もの情報が集まってきた。
集まった情報から、さらに絞込み、百程度にまで減らし、さらにその情報を目で流し見て、必要のない情報を切り捨てていく。
最終的に、十余りの情報が残った。
その情報をすぐにまとめて、結果を出す。
「………おまえ、本当にテンカワ・アキトだったのか?」
「なんで?」
「情報の処理能力が異常に高い。俺にはできない芸当だ」
「私は十八年前にこの世界に来たの。これぐらいの芸当を身につける時間ぐらいあったわ」
「なるほど……」
サキは一応納得したようで、その場は引き下がった。
「北辰という確証はないけど、一応それらしい情報は手に入ったわ」
「どんなのだ?」
「十五日前に貴方がいた研究所とは別の研究所で惨殺事件が起こってる。所内の人間は全員死亡。いずれも素手で殺されたものだと断定されているわ」
端末のウィンドウをサキに見せながら、マモルは説明する。
「そんな芸当ができるのは、そう多くないな……」
「それからその研究所から被検体の少女が一人いなくなってる。それも、貴方の妹よ」
「妹?」
「アマヤマ・ケイジに作られた私の予備研究体の一人よ。貴方より一年後に造られてるわ」
「確認されていた生き残りのうちの一人か?」
「それとは別よ。生きてるかどうか解らないし」
サキの言葉を否定しつつ、マモルは説明を続ける。
「それからその研究所の壁に、所員の血を使った血文字が残されてるわ」
「血文字?」
「内容は『復讐人よ、すぐに決着を付けにゆく、待っておれ』らしいわ」
「……明らかに北辰のような気がするんだが」
「私もそう思うわ。それから、直接的に関係があるかどうかはわからないけど、十四日前にネルガルの試作機動兵器一機と小型のシャトルが強奪される事件が起こってるわ」
「北辰がやったとすると……この上なく厄介だな」
「いると決まったわけじゃないけど、いないという確証もないから、最悪の事態を予測して行動した方が良いわね」
マモルは、そう言いつつ、既に最悪のシナリオを頭の中に書き上げていた。
そしてそれに対抗する策を考える。
勿論、使わなくて済むのが一番ではあるが。
「あ、そういえば、サキ?」
マモルが、何かを思い出したのか、サキに声を掛けた。
「なんだ?」
「貴方の戸籍、まだ存在してないって知ってた?」
重要な事柄をさらっと告知する。
「そうなのか?」
「貴方は一応、公的には存在していない人間だから、まだ戸籍がない状態なのよ」
「まぁ、非合法に作られた体だからな」
「そこでものは相談なんだけど、法的にも私の娘にならない?」
「は?」
マモルの突拍子もない提案に、サキは咄嗟に返答することがでず、間の抜けた声を上げてしまった。
「私が直接妊娠して生んだわけじゃないとはいえ、遺伝子的には私の娘なのだし、私は貴方の過去を理解できる数少ない人間でしょ?」
「まぁな」
「どんなに頑張ったところで、貴方の体はまだ十歳。保護者が必要な年齢でしょ? 私が最適だと思うんだけど?」
「まぁ、血縁関係があるから、問題はないと思うが……十八で十歳の子供がいるのは、不自然じゃないか?」
計算上八歳でサキを生んだことになる。
勿論、前例がないわけではない。
嘘か真か、五歳で子供を生んだという話があるほどだ。八歳で子供を生むことは、不可能ではない。
無論、どちらにしても非合法ではあるが。
「多少不自然でも仕方ないでしょ? だいたい、他の養父母の子供としてすごせる? あの過去を隠して……」
「それを言われると辛いな……あの過去を隠して誰かの子供になるのは、流石に、気が引けるな……」
「だから、私で手を打たない? って言ってるのよ。勿論、無理強いはしないけど」
「いや、そちらがよければ、俺はそれで構わない。むしろ、そうしてくれるとありがたい。でも、そちらに何のメリットもないような気がするんだが?」
「お腹を痛めて生んだわけじゃないけど、やっぱり娘は娘なのよ。ちょっとは、母親らしいことをしてみたいのよ」
「十八年女やってると、心まで女になるもんなのか?」
「数年で十分よ。ようは慣れと思い込みだから」
「俺もいずれそうなるのか……」
サキは思わず暗い顔になった。
「それは貴方しだいよ。でも、女になった以上は、それを楽しんだ方が、得ではあると思うわよ。せっかく女になったんだしね」
マモルは、苦笑しながらサキを慰める。
「そんなもんか?」
「そんなもんよ。ところで……今後私のこと『母さん』って、呼んでくれない?」
「………なんで?」
「親子になるんだから、それくらいしてくれてもいいじゃない?」
「そうかもしれないが………恥ずかしいぞ」
「そう?」
「心は二十を幾つも過ぎた男なんだぞ? 恥ずかしいに決まってるだろうが」
二十を幾つも過ぎると、面と向かってそう呼ぶのは、確かに恥ずかしいかもしれない。
もっとも、それも人によるとは思うが。
サキの場合、アキトとしてもサキとしても母親がいなかったため、余計にそう感じるのかもしれない。
「どうしても、だめかしら?」
「別にそういうわけじゃ……」
「だったら、呼んでくれない?」
少々目を潤ませながら、マモルはサキに頼む。
「……わかった」
折れたのはサキだった。
「ありがとう、サキ」
満面の笑顔で、マモルは先に礼を言った。
「ただし! 俺はいっぱい迷惑をかけるからな! 覚悟しろよ!!」
サキは、照れ隠しに、顔を真っ赤にしてそう宣言した。
その姿だけなら、歳相応の女の子に見えた。
「それもまた、母親の楽しみよ」
「……………ふんっ」
楽しそうに言うマモルに、鼻を鳴らしながら、サキは赤くした顔をそらした。
「本当に、迷惑かけるからな………か、母さん」
「覚悟してるわ。サキ」
マモルは、微笑みながらサキを抱きしめた。
優しく、それでいて強く、まさしく母親の包容力で。
サキはそれを甘んじて受けた。
幼い頃失った、母の抱擁を思い出しながら……。
第五話へ続く
あとがき
読者様方、お久しぶりです。
神帝院示現です。
前回の投稿から、また結構な日数あいてしまいました。
申し訳ありません。
さて、今回はサキがどんな存在かが明らかになりました。
三人目のテンカワ・アキトの逆行者、遺伝子上のマモルの娘という、二つの面を持つ存在です。
今後、アキナやアキトとの絡みも出てくると思います。
ただ、サキが出てきたことで、もともとのナデシコキャラが目立たなくなるかもしれません……。
ですので、次回は出来るだけブリッジクルーを出そうかと思っています。
それでは、そろそろ書く内容がなくなってきたので、今回はこれで終わらせていただきます。
それでは、また、次の話で。
代理人の感想
いや、サキが出てきたからもなにも、最初から全く目立ってませんが(爆)>原作キャラ
にしても、後何人増えるんだ逆行アキト。