Gemini 第五話
シラサギがナデシコに着艦してからおよそ一時間。
ナデシコは着実に高度を上げていっている。
その間、前の歴史にあったような妨害はなく、あっさりと高高度に達しようとしていた。
そんな中ブリッジにサキを伴ったマモルが入ってきた。
「ホシノオペレーター、今の高度は?」
マモルはブリッジに入って開口一番に、ルリに訊いた。
「高度350キロメートルを越えました。現在までに第四から第七までの防衛ラインによる妨害は受けていません」
ルリは、すぐにマモルの問いに答えた。
マモルは、その解答に満足そうに頷く。
「連合宇宙軍が約束を守ってくれたようですね」
「そういえばマモルちゃんが交渉したんだっけ。どうやったの?」
ユリカが、マモルの言葉から、マモルが交渉を行ったことを思い出し、マモルに訊ねる。
「企業秘密です」
マモルはそうとだけ答えた。
「そういえばマモマモ、そこにいる子は?」
ミナトが、サキの姿を認めて、マモルに尋ねる。
「この子は、シラサギのパイロットです。サキ、皆さんに挨拶して」
「……アマヤマ・サキだ。一応、このアマヤマ・マモルの娘だ」
「………義理のですか?」
サキの自己紹介に、すぐさまルリが訊いた。
「いや、ちゃんと血の繋がりはあるから、本当の親子だ」
「サキサキって何歳なの?」
ミナトがサキに問う。
「呼び方が微妙に気になるが……現在十歳だ」
「で、マモマモは何歳?」
「十八です」
「じゃあ、マモマモが八歳のときの子供なの? サキサキって」
単純計算でそう算出してミナトは訊いた。
「そうなります」
「八歳でも子供って生めるものなんですか?」
今度はメグミが訊く。
「その点なら問題はありません。私は四歳七ヶ月で初潮を迎えていますので、八歳で十分子供を産めます」
初潮という言葉に、ゴートとメグミ、ユリカ、ジュンが顔を赤くする。
プロス、ムネタケ、フクベは顔を赤くすることはなかったが、顔をそらした。
ルリは、マモルの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「よ、四歳七ヶ月って、えらく早いわね」
「まぁ、いろいろありまして…………。それはともかく、サキは今後、私の仕事の補佐をしてもらうことになっていますので、皆さんよろしくお願いします」
ミナトの言葉を適当に受け流しつつ、マモルは話を切り替えた。
サキは当初、パイロットとなることを希望していたのだが、年端もいかない女の子にパイロットをやらせるのは、たとえ心がアキトのものであれ、周りが許さないことは十分に予測できた。
現状を鑑みて、サキはマモルの補佐をするということで妥協したのだ。
「サキサキに仕事をさせるの? 問題あるんじゃない?」
流石にミナトが難色を示す。
そういう時、一番に反応するのは、はやりミナトである。
ユリカはどうしていいかわからないのか、腕を組んでいるし、ルリは難しい表情をしているが、何も言ってこない。
メグミや男性陣は、事の成り行きを見守っている。
「年齢的に問題はあると思いますが……いまさら降ろすわけにも行きませんし……クルーでないものを乗せておくわけにはいきませんし……」
「まぁ、そりゃそうだと思うけど……」
「保護者が一緒ということで、納得していただけませんか?」
「………サキサキは納得してるの?」
「はい。私より断然乗り気ですよ。ね、サキ?」
「あぁ。それに、俺だってただ飯を食らってばかりいるのは、流石に心苦しいしな」
マモルに促され、サキがそう答えた。
「……だったら、良いわ。私も、親子を引き離すようなことにはなって欲しくないし」
「納得していただけたようで何よりです。ミナト操舵士」
「ちゃんとした理由があるのに反対するほど、私は頑固じゃないわよ」
ミナトは苦笑しながら言った。
その時、サキがマモルの袖を引っ張った。
マモルが、それに気づいて、サキを見ると、サキが手招きをしていた。
マモルは、その手招きに従うように、膝を曲げて頭の高さをサキと同じ位まで下げる。
「一つ訊きたいんだが……何でムネタケとジュンがいるんだ? 反乱騒ぎあったんだろ? トビウメが出てきてたんだから」
サキは、マモルのを両手で包むようにしながら、マモルに耳打ちする。
「あぁ、そのこと」
サキの言葉にそう言ってから、マモルはサキに耳打ちする。
「この世界のムネタケは敵じゃないわ。ムネタケは反乱を起こしてない。だから安心して。ジュンは……反乱騒ぎを起こしたけど、今は処分保留中なの。だから気にしなくていいわ」
「そうなのか……いや、それならいいんだ」
「どうしたの? マモマモ? サキサキ?」
「サキが『ブリッジのお姉さん達がみんな綺麗で憧れる』と言ったので、『あとで秘訣を教えてもらいなさい』って言ってあげたんですよ」
マモルはミナトの問いにデマを述べることで、ごまかした。
「まもっ……じゃなかった、母さん! なにをっ……」
言った覚えのないせりふに、サキは思わず声を上げる。
「照れない照れない。ブリッジクルーのお姉さんたちは、みんな美人なんだから」
あくまでも、自分の言葉でごまかしきろうとしているためか、マモルはサキの言葉を遮る。
「俺がいつ……」
「美人て言ってくれるのは嬉しいわね〜。でも、サキサキだってマモマモの娘なんだし、あと五年もすれば美人になるわよ」
今度サキの言葉を遮ったのは、ミナトだった。
「マモルさん綺麗ですもんね〜」
ミナトの言葉に、メグミが乗る。
「そういえばマモルさんの胸って控えめに見えるんですけど、バストどれくらいなんですか?」
思い出したようにメグミがマモルに訊いた。
「バストですか? べつに話すほど大層なものじゃありませんよ?」
「そういわれると余計聞きたくなるんですよ」
メグミは、興味津々といった感じで、さらにマモルに訊く。
メグミとしては、胸の小さい仲間が増えるのを期待していると言ったところだろうか。
しかしながら、マモルの胸が小さく見えるのは、晒しを巻いているからであり、実際のところかなり大きかったりする。
「そんなものですか。だったら答えますけど、私のバストは……」
マモルが自分のバスとを言おうとしたとき、ブリッジに警報が流れた。
「敵!? ルリちゃん!」
ユリカがとっさにルリを呼んだ。
「ナデシコ上方に機動兵器一機を確認。機体照合の結果からデルフィニウムであることが判明。直上より接近中」
ルリはすぐさま、警報の原因を告げた。
「……妙ですね」
マモルが思わず呟く。
「え? なにが?」
マモルの呟きが聞こえたユリカが、マモルに訊く。
「……ここにいるデルフィニウムなら、十中八九第三防衛ラインの有人宇宙ステーションから発進した宇宙戦闘部隊のものでしょう。もし、複数で来たのならば、宇宙軍が手の平を返したと考えることもできますが……」
「確かに、単機で来るのは不自然ですね。連合宇宙軍がナデシコをデルフィニウム一機で落とせると思うほど、過小評価しているとは思えませんし」
マモルの言葉に最初に納得したのは、ユリカではなくルリだった。
「ですから、妙だと思ったのです……嫌な予感もしますし」
「嫌な予感、ですか?」
怪訝そうな表情でルリが訊く。
「えぇ、何故か寒気がするんです……気のせいだとは思うのですけど」
「気のせいだと良いですね」
「まったくです。それはともかく、ミスマル艦長」
「なに?」
「参謀として、パイロット達にいつでも出撃できるよう準備させることを提案します」
「提案を受託します。ルリちゃん、アキト以外に通達出して」
「わかりました。ですが何故テンカワさんだけ?」
「アキトには私が通達するの♪」
「…………勝手にしてください」
ルリは疲れたようにそう言ってから、自分の仕事をこなした。
「そういえば、今回の戦闘から、ヤマダさんが戦線に復帰なさるそうです」
ルリが作業を終えてから、ついでのように報告した。
「ヤマダ?」
ユリカが、聞き覚えのない名前に首をかしげる。
「ナデシコのパイロットの一人です。骨折で入院中だったのですが、昨日退院したそうなので」
ルリが丁寧に説明する。
「へぇ〜。アキトくんとアキアキ以外にパイロットいたんだね〜」
「いたんですよ、一応。役立たずですが」
ミナトの言葉にルリはどこか棘のある言葉で答える。
ミナトは、ルリの棘のある言葉に思わず顔を引きつらせてしまった。
そんな時、ナデシコに通信が入った。
「デルフィニウムから通信。どうしますか? 艦長」
メグミがユリカに訊ねる。
「どうしようかマモルちゃん?」
「……それぐらい自分で判断してください」
「でもマモルちゃん参謀だし」
「何でもかんでも参謀で済ます気ですか?」
「だって参謀だし」
「…………はぁ〜………通信を求めているなら繋げるべきでしょう。相手の出方を見なければ、何も言えません」
マモルはため息混じりに、妥当な答えを述べた。
「そうだね。じゃあメグミちゃん、つなげて」
「わかりました」
メグミはすぐに、デルフィニウムとの通信をつなげた。
『マモルちゃああああぁぁぁぁぁ〜んっ!!!!!』
通信を繋げたとたん、耳を劈く大音量がブリッジに響いた。
「こ、この声は……」
あまりの大音量に耳を押さえつつ、マモルはデルフィニウムのパイロットが映ったウィンドウを見た。
そこには、マモルと瓜二つの女性が映っていた。
『マモルちゃああああぁぁんっ! お姉ちゃんが迎えに来たよぉおおおおおっ!! いっしょにかえろぉぉおおおおおっ!!』
「「「お姉ちゃん?」」」
女性の言葉に、ルリとサキ、そしてユリカが、同時に同じ言葉を口にした。
そして、マモルのほうへと視線を移す。
「……アユミ………」
マモルは、ウィンドウに映る女性を見ながら、そう呟いた。
その呟きを聞いたユリカが、マモルに訊ねる。
「マモルちゃん。この人って、あのアユミちゃんだよね?」
「はい……あのアユミです」
「知り合いなんですか? マモルさん、艦長?」
「うん。火星に住んでるときのお隣さんで、マモルちゃんの双子のお姉さんなんだよ」
にこやかな表情でユリカがユリの質問に答えた。
「正確には、『元』姉です」
「元って?」
マモルの訂正に、メグミが訊き帰す。
「現在の私の親権は、ネルガルに帰属しています。アマヤマ・アユミの親権を持っているアマヤマ・ミサの元に私の親権は存在しませんので、公的には、私には娘を除けば、姉どころか家族自体いないことになっています」
「マモマモの親権を、何でネルガルが持ってるの?」
「一身上の都合です。お気になさらず」
ミナトの問いに簡潔に答えると、マモルはウィンドウに映る女性改めアユミへと視線を向けた。
「……何しに来たの?」
マモルが、冷たく言い放った。
『さっきも言ったじゃない。マモルちゃんを連れ戻しにきたのよ』
いささか落ち着きを取り戻したのか、アユミは普通の音量の声で答えた。
「帰りなさい」
マモルは、冷たく一蹴した。
『やだ! マモルちゃんも一緒じゃなきゃ帰らない!!』
「帰りなさい。こっちには仕事があるの」
『やだ!』
「帰りなさい」
『やだったらやだ!』
「帰りなさい」
『ぜぇ〜ったいにやだ!』
「帰れりなさい。消えなさい。失せなさい」
感情的に拒否し続けるアユミに、マモルはあくまでも冷たく言い放つ。
「暇人に付き合っている暇はありません。ミスマル艦長、無視して突っ切ってください」
マモルは、きちんとアユミとユリカに対する口調を使い分けて、アユミとユリカに言った。
「いいのかな……」
「何か問題でも?」
「問題ってわけじゃないんだけど……」
『こらぁっ! 私を無視するなぁ〜っ!』
「この状況で無視しても無意味じゃないかな?」
「そうでしょうか?」
アユミの言葉を、おもいっきり無視するユリカとマモル。
「無視してもついてきそうだし……」
「……私もそう思いますが、構うとつけあがりますし……」
『無視するなってばぁ〜っ!』
「あ〜うるさいわね。いい加減に帰ったらどう? しつこい奴は嫌いなんだけど……」
『だいじょーぶ! マモルちゃんは私のこと嫌いになったりしないもん!!』
マモルの言葉に対して、アユミは論点のずれた言葉で返してくる。
「……どこかの誰かに似てませんか?」
「………言わないで」
ルリの指摘に、思わずマモルは頭を抱えた。
「嫌いになるかどうかはともかく。帰らなければ、実力で排除するけど?」
『やれるものならやってみなよっ! マモルちゃんが一緒に帰るまで帰らないよ! ナデシコを攻撃してでも止めてやるんだから!!』
「………ミスマル艦長。アユミの行動は、当艦に対する敵対行動です。機動兵器を迎撃に出すことを提案します」
「いいの? アユミちゃんに怪我をさせることになるかもしれないけど」
「構いません。ですが、アキナを出撃させる程の敵ではないと思いますので、ブラックサレナの出撃は必要ないと判断いたします」
「マモルちゃんがそこまで言うなら……ルリちゃん、エステバリスを出撃させて」
「了解」
ルリは、ユリカの命令に、すぐさま作業を行う。
「最後の勧告よ。帰りなさい。さもなければ攻撃します」
『ぜぇ〜〜〜〜ったいにいや!』
「………勧告はしたからね」
マモルは、最後にそういうと、自分のコミュニケでアキトを呼び出す。
「テンカワさん。アマヤマです」
『マモルちゃん? どうしたの?』
「もう出撃しましたか?」
『今出るところだけど?』
「そうですか……でしたら、一つだけ手短にお話します」
『なに?』
「これからテンカワさんたちが迎撃する敵は……アユミです」
『アユミって……マモルちゃんのお姉ちゃんの、アユミちゃん?』
「そのアユミです」
『何でアユミちゃんが……』
アキトは思案顔で呟く。
「軍に在籍しているのをいいことに、機動兵器で私を連れ戻しに来たようなんです」
『連れ戻す?』
「一応言っておきますが、私に連れ戻される理由は何もありません。私はネルガルの社員ですし、今回の火星行きは私も承諾していますので」
マモルは、公的にはネルガルに所属している一社員である。
十八歳といえど、会社に就職し、労働している人間の行動を一方的に止めることはできない。
アユミの行動は、完全な我が侭である。
ましてや、今のアユミは戸籍上、マモルの姉ですらない。
『じゃあ何でアユミちゃんが?』
「『いつもの』我が侭です」
『あぁ、なるほど』
アキトはすぐに納得した。
「話がそれましたが。相手がアユミであっても、遠慮なく戦ってください」
マモルは、簡潔に言い切った。
もはや、実の姉であっても容赦はない。
『え?』
「私は連れ戻されるわけにはいきません。たとえ、アユミを敵に回すことになってもです」
『マモルちゃん……』
「今回の出撃は私事です。テンカワさんを出撃させる羽目になってしまったことについては、謝罪のしようもありません」
『そんな……マモルちゃんが謝ることじゃないよ』
「ですが……」
『気にしないでよ、マモルちゃん。俺だってパイロットなんだ。やるべきことはやるよ……それに』
アキトは、いったんそこで言葉を切ってから、続けた。
『俺はできるだけ、マモルちゃんの望むようにしてあげたいから。だから俺……ちゃんと戦ってくるよ……』
「テンカワさん……」
「だめぇっ! アキトとイチャイチャしちゃだめぇっ!!」
アキトとマモルが、どことなくいい雰囲気になったのを悟ったのか、ユリカがアキトの映っているウィンドウとマモルの間に入りながら、二人の会話を遮った。
「どうやらお話はここまでのようですね。それでは、ご武運を」
マモルは、ユリカ越しに、苦笑しながら言った。
『ありがとう。行ってくるね』
精一杯の笑顔をユリカ越しにマモルに送りながら、アキトが返答した。
「アキト〜がんばってねぇ〜!」
『わかってる』
ユリカの問いには、ぞんざいに返答して、アキトは通信を切った。
ウィンドウが閉じたのを確認すると、ユリカは定位置へと戻った。
「随分こっちのアキトになつかれてるな」
会話の様子を見ていたらしいサキが、マモルに言った。
「こっちのアキトとは、幼馴染同士だからね」
「さっきの様子を見る限り、それだけじゃない気もするが?」
「アキトがどう思っていようと、今の私には関係ないわ。誰かと一緒になるつもりなんてないからね」
マモルが、キッパリと宣言した。
マモルの言葉を聞き、サキは眉を顰める。
「一生一人身のつもりか?」
「そのつもりよ。母と娘で生活するのも、悪くないと思わない?」
「女としての人生を楽しむんじゃなかったのか?」
「楽しんでるわ。でも、これは別問題なのよ……」
マモルはそういうと、それ以上口を開かなかった。
答えるつもりがないという意思表示だった。
サキもそれを察したのか、それ以上は訊かなかった。
ナデシコの艦外では、ちょうどエステバリス二機が、デルフィニウムと接触するところだった。
前回の歴史とは違って1−Bタイプとの合体をうまく済ませたヤマダ・ジロウの機体と、普通にライフルを装備したアキトの機体は、デルフィニウムと対峙していた。
数秒後、その状態からいち早く脱したのが、ヤマダの機体だった。
『いいか新入り! お前はそこで見てろよ! 今回は俺が戦うんだからな!!』
アキトに忠告しつつ、ヤマダはデルフィニウムへと突っ込んでいく。
「わかったから戦いに集中しろよ、ヤマダ」
『ちっがああぁぁぁう! 俺の名前はダイゴウジ・ガイだ! ヤマダではない!』
「わかったから戦いに集中しろ、ヤマダ!」
『ダイゴウジだ!』
そうこうしているうちに、デルフィニウムがマイクロミサイルを撃ってくる。
アキトとヤマダことガイは、それを紙一重で交わす。
「どうでも良いから早く行け!」
『後でちゃんと話をつけるからな!』
ガイは、デルフィニウムのレーザーガンをよけながら、怒鳴ると、デルフィニウムに向かっていく。
ガイの機体の、グレネードランチャーとミサイルランチャーが、同時に放たれる。
しかし、デルフィニウムはそのことごとくをかわしながら、ガイの機体へと接近し、レーザーガンを至近距離で放つ。
ガイは回避行動をとるが、間に合わず、右足に被弾してしまった。
『ぐわぁっ!』
「ヤマダ!」
『ガイだ!』
「そんなこと言ってる場合か! ナデシコへ戻れ!!」
『くそっ!』
ガイは、奥歯を噛み締めながら吐き捨てると、その場は引き下がった。
ガイが退いたのを確認したアキトは、デルフィニウムに通信を繋げた。
「アユミちゃん! 俺だ、火星で隣に住んでたアキトだ!」
『アキト? って、お隣さんのあっちゃん?』
アユミは、アキトの名前を聞いて、すぐにアキトのことを思い出したようだった。
「そうだ。幼馴染だった、テンカワ・アキトだ」
『ほんとにあっちゃんなんだよね? ひさしぶりぃ! 元気だった? こんなところで会うなんて、偶然ね!!』
街中で偶然会ったようなノリで、アユミがアキトに言った。
「そうだね……って、そんな話をしてる場合じゃなかった。アユミちゃん、頼みがあるんだ!」
『頼み?』
「今すぐ退いてくれ! 退いてくれないと、俺は君と戦わなくちゃいけなくなる」
『あっちゃんの頼みなら、聞いてあげたいけど……こればかりは聞くわけにはいかないの。マモルちゃんを連れ戻すために』
「マモルちゃんは火星に行きたいって言ってる! そして俺は、マモルちゃんのしたいようにしてあげたいんだ!」
『私はマモルちゃんに帰ってきて欲しいの! もう十年以上一緒に暮らしてなくて、ずっと探してたの。今回ようやくマモルちゃんの居場所を突き止めたから、こうしてここにきたの! お母さんと私とマモルちゃんで、また暮らしたいから!』
「十年以上って……どうして……」
アキトが、そう口にしたときだった。
アキトの機体に緊急通信が入った。
『テンカワさん! 今すぐナデシコへ戻ってください!』
緊急通信を入れてきたのは、マモルだった。
「なにかあったの?」
『説明は後です! 早く戻ってください! そこにいたら殺されます!!』
マモルにしては珍しく、切羽詰った声で、その声音には、有無を言わせない力がこもっていた。。
「こ、殺されるって……なんで!?」
『説明は後です! 早く!!』
「で、でも、アユミちゃんを放ってはいけないよ!」
『ナデシコにつれてきても良いですから! 早く戻ってください!』
「りょ、了解!」
アキトは、そう返答を返すと、すぐさまアユミに話しかける。
「アユミちゃん! 今の話聞いてた?」
『う、うん。聞いてたけど……』
「マモルちゃんのことは後回しにして、とりあえずナデシコに一緒に来てくれ! マモルちゃんがあれだけ急いでるってことは、何かあると思うから!!」
『………わかった。先導してくれる?』
一瞬考えてから、アユミはそう返答を返した。
なんだかんだ言っても、マモルを信頼しているのだ。
「もちろん。ついてきて!」
アキトは、そういうと、すぐさまデッキへ向かって移動を開始する。
アユミのデルフィニウムも、それに続いた。
時間は、ガイとアユミが戦闘を開始するあたりのブリッジまで戻る。
「艦長、ナデシコの直下より正体不明の機動兵器が接近中です」
オモイカネからの報告を、ルリがユリカに報告する。
「また正体不明?」
「少なくとも、オモイカネのデータにはありません」
「う〜ん……ルリちゃん、その正体不明機の映像は出せる?」
少し悩んでから、ユリカがルリに訊ねた。
「はい」
「じゃあ、ちょっと出してくれる?」
「了解」
短く返事を返したルリは、すぐにブリッジ中央にウィンドウを出現させる。
そこには、真紅に塗装された人型の機体が映し出された。
その映像を見て、マモルが目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「ス、スカーレット・ウォーター!?」
マモルが、大きな声で言った。
「マモルちゃん、またまた知ってるの?」
突然、大きな声を出したマモルに、ユリカが訊く。
「ね、ネルガルの試作機動兵器の一つです」
「じゃあ、シラサギとおんなじ?」
「まったく違います!」
ユリカの問いに、マモルは怒鳴った。
「あれは、シラサギどころかエステバリスより新しい機体で、エステバリスの改良型の一つなんです!!」
「それってすごいの?」
「スカーレット・ウォーター、通称『SW』は、エステバリス改良計画で開発された試作機で、完全近接戦闘用に作られています。標準装備では銃火器は一切つけられていませんが、接近戦に限定すれば、その戦闘能力はエステバリスを軽くしのぎます」
いささか落ち着きを取り戻したのか、声を普通の大きさに戻しながら、マモルは説明を続ける。
「それって……」
「パイロットによりますが、素人のテンカワさんが太刀打ちできる機体ではありません」
「で、でもそれって敵ならってことでしょ?」
「味方ではないと思います……」
ユリカの言葉に答えたのは、マモルではなくメグミだった。
「ど、どうして?」
「今あの機体から、通信で文章が送られてきました。ウィンドウに出します」
メグミがそう言って操作すると、ウィンドウが出現し、短い文章を表示した。
『復讐人よ……首を洗って待っておれ。すぐに地獄へ送ってやる』
これだけの文章だったが、悪意は十分に感じられた。
そしてサキとマモルは、この文章を見た瞬間、体が一瞬硬直した。
しかし、硬直自体は一瞬で、次の瞬間、サキはブリッジから走って出て行こうとする。
しかし、マモルがサキの手を掴んで、止めた。
「どこに行くつもり! サキ!!」
「どこも何もない! もしあいつだったら、俺が出なければ、アキトが殺される!!」
「奴だったら、今の貴方とシラサギが出ても殺されるだけでしょうが! 冷静になりなさい!」
「だが……!」
「ここは……私に任せなさい! いいわね?」
「………わかった」
サキをなんとか止めると、マモルはユリカに向き直る。
「ミスマル艦長」
「な、なに?」
サキとのやり取りであっけにとられていたユリカが、辛うじて反応した。
「テンカワさんの収容とアキナの出撃を許可してください」
「え?」
「SWには、危険な人物が搭乗している可能性があります。下手をすれば、テンカワさんが殺される可能性があります」
「えぇっ!?」
「一刻の猶予もありません。許可をお願いします」
「う、うん。許可します」
「感謝します」
マモルは、ユリカにそういうと、すぐさま行動に移った。
時間は再び戻り、アキト達がナデシコへ帰還した頃。
アキナの乗るブラックサレナが、ナデシコから出撃する。
ナデシコの直下から迫ってきたSWがブラックサレナと対峙するまで、それほど時間を要さなかった。
『くっくっく。久しいな、復讐人よ』
SWからブラックサレナに通信が入り、小さなウィンドウが、コックピットに出現した。
そこに映し出されたのは、サキとよく似た顔立ちのショートカットの少女だった。
ただし、サキとは違い、どことなくいやな笑みを浮かべてはいたが。
「…………………………その口調……あんまり考えたくないが、北辰か?」
マモルからある程度の説明を受けていたアキナは、最初の一言で、相手が北辰であることを確信した。
『もしかしなくとも北辰だ。見て解らんか?』
少女改め北辰が、口の端を吊り上げながら言った。
「わかるかっ。大体、性別からなにから話し方以外みんな変わってるじゃねぇか!」
『細かいことを気にするな』
「細かくねぇ……」
『……そんなことはどうでもいい』
「ごまかしやがったな……」
逆行した影響で、北辰の精神は、多少なりとも変化したようだった。
少々いい加減な性格になっている。
『細かい話など無用。我等には、戦いあるのみよ!』
北辰がそういうと、SWが標準装備している二本の刀を抜いた。
「上等だ!」
アキナの言葉が終わるか終わらないかといったところで、戦闘が開始された。
ブラックサレナのハンドカノンによる攻撃を、SWは、全て紙一重で除け切り、ブラックサレナに迫る。
だが、ブラックサレナも安易に接近を許さず、SWから離れつつ、胸部バルカンで牽制を行い、接近を許さない。
暫く、その状態が続いたが、SWが一直線にブラックサレナに突っ込んできたことで、その状態は終わった。
ハンドカノンや胸部バルカンで接近を防ごうとするが、多少の被弾を覚悟した北辰には通じなかった。
ブラックサレナの直前まで迫ると、両手の刀で、ブラックサレナの両肩を切り落とし、さらに、両足を切り落とした。
ブラックサレナの機動力を支える、両肩と両足を切り落とされたブラックサレナの機動力は大幅に下がったが、アキナはそれでやられはしなかった。
両手のハンドカノンをSWに突きつけ、発砲。
SWも右腕と左側の推進用バーニアを失う。
双方の機体が大きなダメージを負った状態で、双方の動きは止まった。
「そんななりでよくやるな。北辰」
『貴様こそ、な』
アキナと北辰は、口の端を少し上げ、笑った。
双方の機体の機動力が、大きく落ちたため、少しずつ、ブラックサレナとSWはナデシコから離されていく。
「貴様のせいで、俺まで死ぬことになったようだな……どうしてくれる」
『ふん。所詮我と貴様は元から亡霊のようなものであろう? 今更死んだからといって、どうということはあるまい?』
「……ふん」
北辰の言葉に納得したわけではないのだろうが、アキナは、これから死ぬことになるというのに、落ち着いていた。
『おいこらっ! 勝手に死ぬことを確定させてるんじゃない!!』
アキナと北辰が死を覚悟したとき、突然ブラックサレナとSWのコックピットにサキの顔の映ったウィンドウが展開された。
いつの間にか、ナデシコからのびたワイヤーを持ったエステバリス(アキト機)が、二機に接近してきていた。
「お前は……」
『……だれだ……?』
アキナと北辰が、交互に言った。
『俺は、アマヤマ・サキ。アマヤマ・マモルの娘で……トキモリ・アキナ、あんたと同じ、テンカワ・アキトだったものだ』
「やはり三人目のテンカワ・アキトだったのか……」
『解りやすく言えばそうなるな。正確に言えば若干違うが……って、そんな話をしている場合じゃなかった。今からお前らの機体を牽引用のワイヤーで固定してナデシコまで引っ張るから、動くなよ』
サキがそういうと、エステバリスが、二機をナデシコから引っ張ってきたワイヤーで固定し始める。
「お前らって……北辰まで助ける気か!?」
『お前らの機体接近しすぎてるからな。それに……母さんが、北辰も助けるようにって言ってるから、助けないわけにいかないだろ』
「マモルが?」
『そうだ。まぁ、母さんにしてみれば……自分の娘を助けるだけのことなんだけどな』
「娘、だと?」
『そうだ。その北辰の精神が入ってる体は、俺と同じ母さんの娘の体だ』
『ほう……すると、貴様と我は姉妹であり、あの船には我の体の母が乗っているということか』
サキの話を聞いていた北辰が、話をそうまとめた。
『お前と姉妹というのはあまり認めたくないが……そうなる』
嫌そうな顔をしつつも、サキは北辰の言葉を肯定した。
「精神が北辰でも、娘は娘か……」
『それを言うなら、俺だってそうだろう?』
「そりゃそうだが……相手は北辰なんだぞ? 言ってしまえば、俺たちの仇敵のはずだ」
『俺もそう思ってるけどな。母さんは、そう考えてないみたいだぞ?』
「マモルはなに考えてるんだ……」
『それは母さんに直接訊いてくれ。それから……北辰』
『なんだ?』
『ナデシコのみんなや母さんに妙な真似したら……俺がお前を殺すからな』
『……心しておこう』
北辰は、サキの言葉におとなしく従った。
この状況では、他に選択肢がないのだから、そういうしかなかったのかもしれないが。
そうこうしているうちにワイヤーが引っ張られ始める。
それに伴ってブラックサレナとSWがナデシコへと引き寄せられる。
エステバリスもそれに合わせて、少しずつナデシコに近づく。
十分もせず、三機はナデシコのできに回収された。
大気圏を突破したナデシコのデッキは、回収した機体でごちゃごちゃしていた。
中破しているブラックサレナとSW、エステバリス(ガイ機)。
無傷のデルフィニウムとシラサギ、エステバリス(アキト機)。
計六機がデッキに寝そべっている状態だった。
その前にウリバタケとマモルが立っていた。
「ひでぇな、こりゃ……」
「中破三機ですからね……」
ウリバタケの呟きに、マモルが苦笑しながら言った。
「三機はメーカー送りにしたいところだが……三機とも送れないな。そもそも、エステの場合はフレームを交換しちまえば良いから送る必要もねぇし」
「そうですね……」
エステバリスはともかく、ブラックサレナもSWも既製品ではないため、メーカーに送るに送れないのだ。
「いっそのこと、ブラックサレナとSWの部品を使って、新しく一機造ってくれませんか? シラサギの部品も使って良いですから」
「まぁ、できない相談じゃねぇとは思うけどよ……時間掛かるぜ?」
「どれくらい掛かりますか?」
「そうだな……まず一度分解して、部品を見て、設計して、組み立てて……三・四ヶ月は掛かるな」
「その程度ならかまいません。造ってください」
「わかった。マモルちゃんの頼みじゃ断れないからな。できるだけ早く、すげぇの造るよ」
「感謝します。ウリバタケ整備班長」
「いいってことよ。……ところで、あれどうにかならねぇかな?」
マモルの礼に答えてから、ウリバタケが指した方向には、アキナとサキ、そしてサキそっくりの少女、北辰がいた。
三人は、どっやら口論しているようで、整備班員たちが遠巻きのその様子を眺めていた。
「暇なときなら別にいくら口論してもらってもかまわねぇんだけどよ……この有様だからなぁ」
ウリバタケは、そういいながらデッキにある六機を見る。
「すぐにどうにかしますので、ウリバタケ整備班長は作業を開始してください」
「おう。そっちは任せたぜ、マモルちゃん」
ウリバタケとマモルは、その会話を最後に、お互いの作業を行うべく移動する。
マモルはアキナたちのところに移動すると、二回手を叩いた。
「はい、そこまで。周りの人に迷惑が掛かるから、その辺で仕舞いにしなさい」
「そうは言うがな、マモル。北辰が目の前にいる状態で、平然としていることなんてできないぞ?」
口論をとめたマモルに、アキナが反論した。
「乗せてしまった以上、どうすることもできないでしょう?」
「あの時助けなければよかっただろう!?」
マモルの答えに、マモルの肩を掴みながら、アキナは怒鳴った。
相当強く掴まれたためか、マモルは顔を歪めた。
「北辰の体は、私の娘のものよ。助けるのは、当然じゃない」
痛さをこらえ、できるだけ平然と反論する。
「心は違うだろうが!」
「心は、これから私の娘になってもらえばいいことよ」
「できるものか!」
「できなければ……この私の手で、北辰を殺すだけよ。娘の始末は、母親がつける……いいわね?」
マモルは、睨みつけるような視線をアキナに向けながら、低い声で言った。
マモルからは、微かに殺気が滲み出ていた。
「マモル……」
アキナは、複雑な表情をしながら、マモルの肩から手を離した。
「……我は、おぬしの娘になればよいのか?」
マモルとアキナの話を聞いていた北辰が、マモルに訊いた。
「そうよ。貴方は、確かに多くの罪を、前の歴史で犯してしまった……でも今は、私の娘の体に入って、第二の人生をはじめたわけだから、新しい人生を改めて生きて欲しいのよ、その体のためにも、私の娘として、ね」
「………おぬしも、テンカワ・アキトであったと聞いたが……我が憎くはないのか?」
複雑な表情で、北辰が訊いた。
「こちらに来たばかりの頃なら、そう思ったかもしれないわ……でも、今は憎いと思っていない。私は、テンカワ・アキトではなく、アマヤマ・マモルだから……」
「だが……」
「貴方は、変われない? 昔の北辰から、変わることはできない?」
マモルは、母親が子供に訊くように、優しく訊ねた。
「……我はただ、テンカワ・アキトと決着をつけたかっただけよ。それ以上は望んでおらぬ。そのためだけに、ここに来たのだ……それさえできれば、よかったのだ」
「今でも決着をつけたい?」
「いや……よもや、決着はどうでもよくなった。我が決着に執着したのは、木連と火星の後継者を失い、それしか残されていなかったが故のこと………母ができ、母と共に生きられるというのなら、我には新たな生きがいができたも同じ……決着をつけるなど、無意味なことよ……」
「それじゃあ、私の娘になってくれる?」
「お主さえよければ、我は、おぬしの娘となろう。過去の全てを捨て去り、おぬしの娘となることを誓おう」
真っ直ぐにマモルの目を見つめながら、北辰はマモルに言い切った。
「そう。それじゃあ、今日から貴方は、私の娘よ。名前は、アマヤマ・ユキ」
「ユキ?」
北辰がマモルの言った名前を聞き返した。
「そ、ユキ。こっちの世界にも、おそらく北辰はいるでしょう? 万が一にでも出てきたとき、ややこしい事態になると思うし、女の子なんだから可愛い名前にしたいじゃない?」
「まぁ、そういうことなら構わぬが……」
「じゃあ決まりね。アキナとサキも良いわね? 特にサキは、妹ができたんだからかしっかりしないとね」
「「わかったよ……」」
アキナとサキは同時に答えた。
不承不承という感じではあったが、話術と理論でマモルに勝つことはまずできない。
格闘で勝つのも難しい。
この場は一応でも納得しておくしかなかった。
「一応名目上ナデシコに乗っているために、ユキにもサキと同じようにナデシコのクルーになってもらうけど、いいわね?」
「承知」
北辰改めユキは、短い返事を返した。
それに対して、マモルは、ユキの頭を軽く撫でた。
ユキは、余り表情を変えなかったが、若干顔を朱に染めた。
中身は北辰でも、嬉しかったようだ。
「そういえば、何でさっき口論してたの?」
マモルが、騒ぎとなっていた口論について率直に訊いた。
「あぁ、あれか、あれはだな……」
「アキナがホク……ユキに『虜囚なんだから大人しくしてろよ』っていったら、『貴様に捕まったわけではない』ってユキが言い返したもんだから、アキナがムキになってさらに言い返したからユキもムキになって……」
言葉を濁すアキナに代わって、サキが説明した。
「それで口論になったと?」
呆れた声でマモルが言った。
「そういうこと」
サキが肯定した。
「ガキねぇ……」
「ふんっ。俺の倍近く生きてるマモルにとっちゃ、俺はガキだろうさ」
そっぽを向きながらアキナが言う。
「それを抜きにしてもガキよ」
マモルは苦笑しながら言った。
そのときだった。
マモルの背後から、地響きが聞こえてきた。
といっても、ナデシコは高高度にいるのだから、地響きという表現は正しくはない。
しかし、床から響いてくる強い振動があるのは確かだった。
そして、その振動に続いて大声が聞こえてきた。
「まもるちゃあああぁぁぁぁぁん!!」
その声にマモルは振り返る。
振り返った先には、アユミが物凄い勢いで走ってくるのが見えた。
アユミは、マモルのすぐ傍まで走ってくると、そのまま跳躍して、マモルに突っ込んできた。
マモルは、それを体を半回転させることで避けた。
アユミは、跳躍していたため、止まることができず、そのまま顔面から床に激突し、気を失う。
「さて、私は執務室に戻るわ。ユキはアキナたちと一緒にブリッジに顔を出してから、執務室に来て頂戴。それまでに必要書類を揃えておくわ」
マモルは、それだけを言い残してその場を後にした。
その直後、早くもアユミが復活する。
「ま、まもるちゃん! どこ!?」
「マモルなら執務室に行ったが……」
身を起こしたアユミに、アキナが教えてやる。
「マモルちゃああああああん!」
アユミが、アキナの言葉に、叫びながら、走ってその場から消えた。
「………なぁ、サキ。なんでマモルはあんなにあいつを嫌ってるんだ?」
アキナがサキに訊く。
「俺に訊かれてもな……母さんが自分の親父を嫌ってるんなら、理由はわからんでもないが、姉のほうだと理由が思い浮かばない」
「親父の方は何故なのだ?」
ユキが訊いた。
「……母さんの親父は、母さんを実験体にしていたらしい」
「なんだと!?」
「……」
サキが顔をしかめながら言うと、アキナは思わず怒声を発し、ユキは眉を顰めた。
「何の実験かは知らないが、俺やユキが作られたのは、母さんの予備用としてだ。つまり、俺やユキの存在が、母さんが実験体だったことの証明となっているんだ」
「実の娘を実験体にするとは、外道な奴もいたものだな……」
「人のこといえないだろ、北辰」
「我の名はユキだ。間違えるな」
眉を顰めて、ユキが訂正する。
早くも、北辰の名を捨て、ユキになりきっている。
「俺にとってはまだ北辰だ」
「心の狭い男……いや、女だな……母上のような広い心を持てぬのか?」
「なんだと!?」
「やめろ、アキナ、ユキ。母さんがいないからって、こんなところで喧嘩するな」
米神を押さえながらサキがとめる。
「口開くたびに口論してるようじゃ、先が思いやられるな」
「別にいいだろ。こいつと仲良くするつもりはない」
「我とて同じだ。母上や姉上はともかく、こやつと仲良くするつもりは毛頭ない」
「もう姉上って呼んでるし……まぁ、それはいいが。いい加減にしておけ、お前らの仲が悪いのは百も承知だが、お前らが喧嘩ばかりしてれば、母さんが悲しむし、母さんの疲労にも繋がる。俺はそれを心配してるんだよ」
ユキの言葉に若干顔を引きつらせつつも、サキは二人に向かって言った。
二人はサキの言葉に、反論できなくなる。
「うぐっ……」
「ぬぅ……」
「別にお前たちが喧嘩しようが、何をしようが知ったことじゃないが、母さんを悲しませたり失望させるような真似をしてみろ……この手でお前らを殺してやる……」
サキは、そういうと同時に、その小さな体から殺気を膨れ上がらせた。
さしものアキナとユキも、その殺気に冷や汗が出る。
「……いいな?」
「わ、わかった」
「う、うむ」
押し殺したサキの声に、とっさに二人は頷いた。
この時点で、マモルをはじめとする逆行者の上下関係の原型が出来上がっていた。
ルリを除外して考えれば、お互いの実力はともかく、マモルは当然一番上、その次にサキが続き、ユキとアキナは同等で、サキの下といったところだろうか。
サキがユキとアキナより上というのは、先ほど見せ付けた圧倒的な殺気からだ。
意識してかせずかは、ともかく、サキの殺気は、外道の頂点だったといっても過言ではないユキや、サキと同様の人生を送ったアキナをびびらせるのに十分過ぎる効果を挙げたのだ。
二人が、本能的にサキに逆らわないようにしようと思っても、無理からぬことだった。
「さて、飯にしないか?」
サキが二人に提案した。
二人は、ちょうど空腹だったこともあり、その提案を、すぐに受け入れた。
執務室へ向かう廊下のど真ん中で、アユミとマモルが言い争っていた。
執務室へ向かう途中、マモルがアユミに追いつかれたために、このような状況になったのだ。
他に人はなく、その場に二人しかいなかったことが、ある意味で、幸運だったかもしれない。
「いい加減にしなさい、アユミ……私は貴方たちのところに行くつもりは無いと言っているの」
「マモルちゃんこそ、いい加減帰ってきてよ! もう十年以上一緒に暮らしてないんだよ? 一緒に暮らしたいって当然の願いじゃない!!」
「ふざけないで。とっくの昔に貴方たちとは縁を切ってるのよ。戸籍上ももう他人になっているわ。貴方たちのところへ帰る必要なんてないでしょ?」
「一方的に戸籍をはずしたって言われても、納得できるわけないじゃない!」
「一方的? 納得? 面白いギャグね」
マモルは嘲笑を浮かべた。
「じゃあ訊くけどね……私の人権、人としての尊厳、人として女として与えられるはずだったあらゆる喜び、代わりに与えられた苦痛、恥辱、侮蔑……私に一方的に、納得なんてするわけもなく奪われ与えられたそれらは、なんだっていうの?」
「……どういうこと?」
「加害者は、都合のいいことは忘れてしまうものね……どれだけ私が…………………いえ、やっぱり、なんでもないわ、忘れて……。とにかく、私は帰るつもりなんてないわ。貴方こそとっとと帰って頂戴」
「嫌って言ってるでしょ!」
アユミはとっさにマモルの肩を掴む。
「……いい加減にしろ」
マモルは、アユミを睨み付ける。
「『俺』が大人しく聞き流しているうちにさっさと帰れ………殺すぞ………」
普段使わないような言葉使いでそう言い放ちつつ、マモルがその体から殺気を解き放つ。
アユミは、その殺気を感じたのか、足をがたがた振るわせ、マモルの肩から手を離し、床にへたり込んでしまった。
マモルは、それを見て、すぐさまアユミに背を向けて、歩み去った。
その場には、呆然としたアユミだけが残された。
マモルとアユミが言い争っていた頃、サキ、ユキ、アキナの三人は、食堂で食事をとっていた。
三人のいるテーブルには、エプロンを着けたアキトが同席していた。
仕事が終わったところにちょうど三人が来て、アキトを誘ったため、アキトも同席することになったのだ。
「へぇ。それじゃあ、ユキちゃんもマモルちゃんの娘なんだ?」
「うむ」
「すごいなぁ。俺と同い年なのに、二人も子供がいるなんてさ」
アキトは、少々複雑な気持ちでありながらも、素直に感心した。
そこへ、サキが訂正を入れる。
「いや。正確には九人だ」
「「「九人!?」」」
ユキ・アキナ・アキトが、同時に声を上げた。
十八歳の、『少女』とも言える年齢の女性が、九児の母であれば、流石に驚きもする。
もっとも、生存している子供が九名なのであって、死亡している子供を合わせれば、五十二人いることになるのだが、サキはあえてそこは伏せていた。
「そ、そんなに子供がいたんだ……それにしても、マモルちゃんの旦那さんて、どんな人なの?」
「それは俺も気になるな。お前らの父親が誰なのか、非常に気になる」
アキトとアキナが、交互に言った。
だが、その言葉にサキは眉を顰める。
「親父か……それは俺も知らん」
「え? それじゃあ、サキちゃんはお父さんを知らないの?」
「知るも知らんも……記録で見て母さんの存在を知ったのが二週間程前で、会ったのは今日が初めてなんだ。母さんは記録に残ってたからいいが、記録にさえ残っていない親父のことなんて、解るわけがない」
「因みに、我が母上のことを知ったのは、先の戦闘の後だ」
「つまり、揃いも揃って、親父のことは知らないわけか」
アキナの言葉に、サキとユキが頷いた。
「母さんなら多分知ってると思うが……話してくれるとは思えん。なにしろ、記録を消したのは母さん自身だからな」
「マモルちゃんが?」
「母さんは自分に関する情報をほぼ全て抹消してる。俺が知ってるのは、その残滓だけだ」
「何でそんなことを……」
「さあな……よっぽど知られたくない過去があるのかもしれないな………なんにせよ、俺たちがどうこうできる話じゃないことは確かだ」
「そうだな。それに、下手に詮索すれば、マモルに嫌われかねんし、この話題にはできるだけ触れないようにした方がいいだろう」
サキの言葉をアキナが肯定した。
「さて、この話題はこれで終わりとしてだ……。アキト」
「なんです?」
「お前に戦闘訓練を施す件だが、今夜からはじめるぞ」
「わかりました。シミュレータルームでいいんですか?」
「トレーニングルームだ。動きやすい格好しておけ」
「え、でも、エステの訓練ですよね?」
「何言ってる。最初は基礎体力作りだ。その後に戦闘訓練でエステの訓練はその後だ」
さも当然のことのようにアキナは言った。
「俺、エステのパイロットなんですけど……」
「手前の体が動かないでエステを動かせるか。エステはIFSを使ってるんだ、エステの技術向上させたいなら、まず基礎戦闘技術を身に着けろ。全てはそこからだ」
「……わかりました」
しぶしぶといった感じではあったが、アキトは頷いた。
「なに。ちゃんとエステの訓練もしてやるから安心しろ。まず死なない程度にしておかないと、マモルに申し訳が立たないからな」
アキトの様子に、アキナは苦笑しながら言った。
アキトは、その言葉に顔を明るくする。
「よろしくお願いします!」
「まったく、現金なやつだ」
アキナは、もう一度苦笑しながら、肩を竦めた。
ナデシコがビックバリアに邪魔されることなく、大気圏を離脱してから数時間。
クルーの多くが寝静まった時間帯に、マモルの執務室に二人の人物がいた。
一人は、執務室の主であるマモル、もう一人は副提督のムネタケだった。
二人は、向かい合うようにソファーに座っている。
「話というのはなんでございましょう、御前」
「次の寄港地で下船して」
マモルは用件だけを率直に伝えた。
「……なにか、宇宙軍内で動きでも?」
「流石に鋭いわね……そうよ。今回は嫌がらせ程度だったけど、確実に動いてるわ」
苦笑しながら、マモルが言った。
「アマヤマ・アユミの件ですか?」
「えぇ……今まで、ネルガルや我々が隠してきた、私のナデシコへの乗船の情報……その情報をアユミが知っていたということは、リークした人物が、確実にいるということでしょ?」
「ミスマル提督でしょう。ほぼ確実に」
ムネタケは即座に断言した。
「まぁ、そうだとは思うけどね。ミスマル以外に、アユミにリークするなんて嫌がらせしてくる奴なんて、アカツキぐらいだもの。そのアカツキには釘をさしておいたから、十中八九ミスマルと思っていいわ」
「厄介なお人です」
「まったくね。その上権力まで持ってるから、余計に厄介ね」
「やること一つ一つが洒落になりませんね」
「わざわざ艦隊まで動かしたからね、あのヒゲ親父……それはともかく。下船してくれるわね? やることは、あえて言わないけど、わかってるわね?」
「解っております。ですが、一つ気がかりなことが……」
「なに?」
「次の寄港地はネルガル保有のサツキミドリ2号であったはず。軍関連の施設に行くにあたり、足がないと流石にきついのですが……」
「あぁ、そのこと。それなら問題ないわ。だって、寄港するのは月だから。そっちならいくらでも足を用意できるでしょ」
さも当然のようにマモルは言った。
しかし、言われたムネタケのほうは、その言葉を理解するのに、しばし時間が掛かった。
「……なぜサツキミドリ2号に行かないのです? ゼロG戦フレームと補充パイロットをサツキミドリ2号で搬入する予定だったはずですが……」
「元々、サツキミドリ2号に行きたくはなかったんだけどね、私は。ただ、私的な感情抜きで、行けない理由ができちゃったから、完全にいけなくなっちゃったのよ。これを見なさい」
そう言いつつ、マモルは、一つのウィンドウをムネタケの前に映し出した。
サツキミドリ2号を中心として、赤い線が囲んでいる。
「十分前にサツキミドリ2号から届いた、サツキミドリ2号近辺の宙域図よ」
「……サツキミドリ2号を囲んでいる、この赤い線はなんでしょうか?」
「連合宇宙軍」
「………えらく展開が早いですね」
「ミスマルだけじゃないってことよ。私を嫌ってるのはね。表向き大気圏を離脱させたりとか協力的に振舞っていながら、裏ではナデシコを捕らえる用意をしていたってところかしら」
「この期に及んで……御前に逆らったところで何の意味もないというのに……」
「納得できないんでしょうよ、私みたいな、『汚らわしいミュータント』の下につくことにね」
マモルは、自嘲的な笑顔を浮かべた。
「御前……」
「慰めは不要よ。生まれてから……そう、生まれてから十八年、ずっと『そういう』扱いをされてきたのだから。今更そんなことでいちいち落ち込まないわ」
「しかし……」
「貴方の仕事は、私を慰めることじゃない。貴方には貴方の仕事がある。それを真っ当なさい」
「………わかりました」
しぶしぶといった感じではあったが、ムネタケは引き下がった。
「それからもう一つ言っておくことがあったわ。月でアオイ・ジュンを貴方と一緒に下船させるわ」
「アオイ副長を?」
「えぇ。彼にもやってもらうことがあるし……彼は、私の手ごまに必要な人材だと、判断したわ」
「まさか……アオイ副長を我々の仲間に……? 彼で務まるでしょうか?」
「『城壁の守護』の一人なら、十分彼でもこなせるはず。いきなり貴方と同じ『城内の守人』なんかにはしないわよ」
「それならば、方々から異論は出ないと思いますが……何故アオイ副長なのですか? 他にも人材はいるでしょうに。御前お気に入りのテンカワやトキモリなどが」
「あの二人には他に役目があるの。それに、アオイにやってもらわないといけない事があるのよ」
「やってもらわねばならないこと、ですか?」
「そうよ。それが、月に寄港する理由でもあるの」
マモルは、足を組み、軽く腕を組んだ。
「いったい、それは……」
「それは、アオイがきてから話すわ」
「アオイ副長を呼んでいるのですか?」
「えぇ。もうそろそろ来るはずよ」
マモルは、時計を見ながら言った。
そして、それから少しの間をおいて、執務室のチャイムが鳴らされた。
マモルは、自ら扉まで移動し、鍵を開けて相手を迎える。
相手は、まぎれもなく、ジュンだった。
「ようこそ、アオイ・ジュン。我が新たなる同士よ」
マモルは、満面の笑みでジュンを迎えた。
それが、ジュンが新たに歩み始める、新たな道の入り口だった。
Gemini 六話へ続く
あとがき
第五話目どうだったでしょうか?
さて、今回またオリジナルキャラが増えてしまいました……。
北辰の逆行者ユキとマモルの双子の姉アユミ。
いい加減これ以上増やすのはどうかと思いつつも、また増やしてしまいました。
ただ、今回は比較的、ナデシコのキャラクターが出てきた方かと。
まぁ、今までのお話と比べれば、なのですが。
また、最後の最後でジュンの話題も出てきました。
目立たないのは相変わらずですが、ジュンの今後にも期待していただきたいと思います。
それでは、書くことも尽きましたので、この辺で失礼いたします。
それでは、また、次の話で。
代理人の感想
あー、ついに出たか「過去の悲劇を免罪符にして傍若無人」。
無意味に悪人を作らなくても話は作れると思うんですけどねぇ・・・。
後、北辰の心がわりについてはスルーってことで。