連合宇宙軍第一艦隊。今現在、連合宇宙軍が保有する唯一の実働機動部隊である。
宇宙空母2隻
戦艦8隻
巡洋艦8隻
駆逐艦16隻
地球連合総議会で宇宙軍の増強が決まったものの、まだ彼らの任務に変化はない。
無論、あと1ヶ月もすれば配置換え、新兵の訓練に追われることになるだろうが、
今のところ忙しいのは兵器の受領にあたる主計科だけだ。空母乗りは訓練をこなすのみ。
この3年間、宇宙軍は縮小の流れにあった。先の蜥蜴戦争を生き抜いた者の多くは軍を去り、
あるいは統合軍に引き抜かれた。
今なお留まる者は宇宙軍に愛着の強いベテラン兵が多い。
そのためか練度においては統合軍を凌駕すると将兵は自負している。
この傾向は2個大隊128機を数える艦載機動兵器パイロットの間で特に強い。
それは使用機種が上級パイロットに好まれるエステバリス系機動兵器で統一されていることからもうかがえる。
中でも第1大隊所属第1中隊、通称アイスメーアは精強さで知られ、
統合軍最精鋭部隊、ライオンズシックルの上をいくとも言われている。
そのアイスメーアにある命令が下った。
『新型機のテストに参加せよ』
劇場版アフターストーリー
黒き仮面
第5話
2201年9月26日
宇宙標準時 15:30
月面から1光秒ほど離れた宙域。戦略的価値など皆無といってよい。
だが月からの距離が適当かつ浮遊物が少なく、哨戒を怠りさえしなければのぞき見が困難なため
新兵器のテストに使われることが多い。
この宙域に移動命令がでただけで軍人ならば目的を察するだろう。
さほど広くはない空間に10隻近い艦艇が散らばっている。
ほとんどの艦は宙域を封鎖する駆逐艦、データ収集をおこなう巡洋艦である。
だが1隻だけ他とは明らかに異なるシルエットを持つ艦がある。もっとも良い意味で、ではない。ずんぐりとしたシルエットだ。
航続距離、搭載重量に優れるものの戦闘能力に欠如した船、輸送艦である。
「ずいぶんと待たせますね、ネルガルさんは。」
与圧された輸送艦の格納庫、そこに整然と並ぶエステバリス改。そのコクピットの1つでパイロットがつぶやいた。
「不満か、ヴァルター。」
錆びた、太い声が応じる。アイスメーア隊長ハインリヒ・ヴァイゼンベルガー大尉、
蜥蜴戦争では主に北欧戦線で名を馳せた氷海の撃墜王。
アイスメーアという通称も彼の戦歴からつけられたものだ。
「めっそうもない。」
軽い感じの声で返事を返す副隊長ヴァルター・シュック。彼も北欧戦線の生き残りだ。
「試作機だ。時間を食うのは仕方あるまい。」
「それはそうですが・・・ねぇ。」
「なんだ?」
「試作機は一機だけでしょう。その一機のためにアイスメーアが全員出張るんですか?」
「・・・おまえも試作機のお手本が何か、聞いてるだろう。」
「統合軍が弱すぎたんですよ。眉唾ものです、『黒い亡霊』なんて・・・」
「・・・ライオンズシックルがやられていてもか?」
「そりゃ、まあ・・・あの姉御の調子でも悪かったのか・・・」
「とにかくだ、データにあるスペックを頭に叩き込むように部下どもに言っておけ。いいな、ヴァルター?」
「・・・了解しました、隊長。」
崩れた敬礼とともに副長の画像が消えた。しばしの沈黙。
その後ヴァイゼンベルガーは命令書とともに送られてきたデータを開く。
「・・・『黒い亡霊』・・・こんな化け物のようなスペックを信じろというほうが無理だが・・・
わざわざこんなものを送ってくるということは・・・自信があると見るべきか。」
『こちら巡洋艦"つばき"、試作機の準備が整いました。アイスメーア、発進願います。』
「了解した。ブリッジ、聞いてのとおりだ。格納庫を開けてくれ、アイスメーア、出るぞ!」
輸送艦から次々に飛び出すスラスターの軌跡。秒針が時を刻むかのように、間隔は一定だ。
先頭の隊長機が発進してから30秒後、
機動兵器の編隊は完成した。
『アイスメーア、そのまま戦闘宙域に突入してください。テスト機も後10秒で宙域に入ります。御武運を。』
「了解。」
ヴァイゼンベルガー機は速度を落とさぬまま、突然旋回、だが僚機との相対距離は微動だにしない。
彼らにとってはどうということもないが、これひとつをとっても彼らの技量のほどがわかる。
15時42分13秒 アイスメーア、戦闘宙域に突入。
しかし宙域中央には直進せず、外縁部をなぞるように進む。
ヴァイゼンベルガーは何の指示も出していないが全員が目を皿にして敵を探している。
特に各小隊の4番機は武装を減らして高性能センサーを搭載している。
それでも試作機より索敵範囲は狭いだろうが、こちらには4機いる。
死角を補いながら、センサーの方位を絞って感知距離を伸ばせば、そうひけを取らないはずだ。
30秒経過
ポイントRを通過。宙域を半周した事になるが、まだ敵機は見えない。
『向こうも同じ方向に動いていたか?』
ヴァイゼンベルガーがそう思ったとき
「左10時方向にエネルギー反応!」
ヴァイゼンベルガーは即座に旋回、全機がそれに習って標的に機首を向ける。
「いつものやつでいく、ブレイク!」
命令と同時に各小隊が散開し敵機を包囲するように動く。
それでいて敵がどの小隊を狙っても他の3つが援護に入れる絶妙の距離。
士官学校の教科書に載せれるような陣形だったが、相手が悪すぎた。
「なに?」
小隊の一つに向きを変える。それはいい。だが・・・速すぎる!
既にこちらの最高速度を上回っていた機体が、さらに加速する。エステバリス改の優に二倍!
援護などとても間にあわない。すれ違いざまに4機すべてが落とされ、撃墜のしるしの白旗が圧縮空気ではためいた。
「・・・・・・・・」
部下達が息を呑む様子がスピーカーを通して伝わってくる。
高性能機による一撃離脱。・・・強い。
「隊長機より全機、フォーメーションC!スペックは本物だ、気合を入れろ!」
「「「「おう!」」」」
野太い声が重なった。
ミシミシミシ・・・
アイスメーアがテスト機と呼称する、灰色の機体、X−06。コードネーム『グレイファントム』のコクピットだ。
慣性制御が追いつかないのだろう、猛加速で無気味な音が響く。
機動兵器に多少とも造詣のあるものなら目を疑うはずだ。
パイロットという職業がGとの戦いだった時代はとうに終わった、
これが常識である。だが、無骨なパイロットスーツが何よりも雄弁に真実を物語っていた。
機体のコンピューターに登録されたパイロットの名は、イヌガミ・キョウヤ。
「・・・・・っ」
急旋回、分厚いヘルメットの奥でアキトが顔をしかめる。
『やっぱり、リミッターをかけたままだと、くるな。』
そう思いつつも、敵編隊に機体を向ける。スラスターの光が一ヶ所に集まろうとしていた。
こいつを相手に散開するのは無謀だと気づいたらしい。さすがは氷海の撃墜王、判断が早い。
『今度が本番だ。』
アキトはエンジンをレッドゾーンへ叩き込んだ。悲鳴をあげながらもさらに加速する灰色の機体。
アイスメーアも最大戦速、一丸となって突撃。見る間に距離が縮まっていく。
100,000
90,000
70,000
50,000
10,000
ババババッ・・・・
一万メートルをきった瞬間にアイスメーアから無数の火線がほどばしった。
ネルガル重工製機動兵器用レールライフル「スピットファイア」
全てまともに喰らえばこの機体のフィールドでももたない。
にもかかわらずアキトは回避運動を最小限にとどめ、速度を落とさない。
かわせる分はかわし、かわせないものはフィールドの角度の浅い部分ではじく。
ほとんどは余裕を持って対応できるが、数射だけ鋭いものがまじっている。
『ハインリヒ・ヴァイゼンベルガー』
その名に感嘆しつつも、つけいる隙を与えない。
距離5,000
ここからすれ違うまではまさに瞬く間だ。だがここからがアキトの間合い。
両のハンドカノンが宇宙空間に閃光を走らせる。
ボボムッ
4機のエステバリス改から白旗が出て行動不能となった。アキトの機体のフィールドは健在。だが、
「さすが、あの機体でよくかわす。」
左右三発ずつ、計6発発射されたハンドカノン。内4発は狙いたがわず4機を落とした。
だが、先頭機に見舞った2発の弾丸は僅かにはずされた。せいぜい中破だろう。反応速度の鈍いエステバリス改でだ。
「撃墜王は伊達じゃない、か。・・・くっ」
猛烈なGにうめく。タフなテストになりそうだった。
53秒後、16個目の白旗が舞った。
これでアイスメーア全機に撃破判定が下されたわけだが、アキトの予想よりも長引いた。
彼らの戦闘能力が宇宙軍最強の名に恥じないものであった証拠だ。もっとも本人達は自信を喪失しているだろうが。
『グレイファントム、テスト終了です。帰艦してください。お疲れ様でした。』
「グレイファントム、了解だ。」
アキトは軽くスラスターを噴かしてかりそめの母艦へ向かう。視界の中で徐々に大きくなる三つのシルエット。
目的地は他の二つと明らかに形状が異なる船だ。ネルガル重工所有の調査船、「ロシナンテ」。
今回のテストに参加している唯一の民間船である。
灰色の機動兵器は速度を落としながら吸い込まれるように格納庫へ入っていく。着艦デッキなどないからだ。
見事に慣性を殺して着地。同時に格納庫の出口が閉まり、与圧がなされる。
『2番隔壁、開放』
機械的な音声が響き、正面のシャッターが上がる。そこにはつなぎの整備員と、白衣の技術者が待ち構えている。
ガコン!
小気味良い音とともに機体をリフトに固定。
「これで、終了。」
アキトは心地よい疲労感を感じながらヘルメットをはずす。
いつもならうっとうしい、汗で張りつく髪さえ気にならない。
一月前まで、このコクピットの中では憎悪しか感じていなかったというのに。
プシュッ
空気の抜ける音をさせてハッチを開く。同時に流れ込んでくる喧騒。コクピットから出れば、既に作業が始まっていた。
それを一べつし、機体をけって格納庫の一角へ飛ぶ。作業がしやすいように、この区画は無重力のままなのだ。
アキトが飛んだ方向には毎日顔を合わせている女性と、意外な人物の姿があった。
「アカツキ!何でおまえが・・・」
「一ヶ月ぶりだねぇ、テンカワ君。ネルガルの船にネルガルの会長。別におかしいことでもないだろう?」
「・・・画面ごしではできない話か。」
「とりあえず、アキト君。シャワーでも浴びてきたら?いくら忙しい会長でもそれくらいの時間はあると思うから・・・」
「きついねぇ、エリナ君。デスクワークを君に任せてたのはそれなりに理由が・・・」
「艦長に応接室を空けてもらったから、そこで待ってるわね。」
「わかった、15分でいく。」
アキトはきびすを返してロッカールームに向かう。胸騒ぎがした。
「エリナく〜ん、機嫌直してくれよ。テンカワ君といちゃつく時間がちょっと減ったからって・・・はうっ!」
「待たせた。」
愛用のコートに身を包んだアキトが応接室に現れた。15分ちょうど。
『雰囲気はだいぶ変わったのに、こういう生真面目なところは変わらないね。』
アカツキはそう思う。
「お疲れ様、テンカワ君。紅茶とコーヒーがあるけど、どっちがいい?」
「どちらでも・・・いや、紅茶にしてくれ。」
エリナがきつい目でアカツキを睨むが、アカツキなりの優しさだろう。下手に気を使われてもつらいだけだ。
優しさではなく、叱咤かもしれないが。
エリナが白いカップに紅茶を注ぐ。湯気があがり、そんなはずがないのに、紅茶の香りをかいだような気がした。
「君のおかげでブラックサレナの量産化にめどが立ちそうだよ。
性能とコストのバランス、その辺のさじ加減が難しくてね。」
アキトが操っていた灰色の機体グレイファントム、外見こそ多少の違いがあるがまぎれもなくブラックサレナである。
北辰七人衆との戦闘で破損した増加装甲の形を少しばかり変え、カラーリングを変更しただけの代物だ。
表向きは宇宙軍から渡された『黒い亡霊』のデータをもとに、ネルガルが製造したことになっている。
「一機の高性能機でも戦局を打開できるのは俺が一番知っているが・・・売れるのか?
量産機と言っても高い買い物に変わりはないだろう。」
「普通に売りこんだらかなり厳しいだろうけど、今回は君が派手に先例を作ってるからね。
たった一機にコロニーの防衛艦隊が蹂躙されたんじゃ、高いなんて言ってられないさ。」
沈黙。しばしカチャカチャとスプーンをまわす音だけが響いた。
「で、本題はなんだ?」
「君も知っているだろうけど、来月から宇宙軍の増強が始まる予定でね、
これで宇宙軍と統合軍はほぼ拮抗することになる。」
「・・・・・・・・」
「ここまでなら万々歳なんだけど、やっかいな法案が議会で出されるんだ。
ボゾンジャンプ規正法修正条項、ってやつがね。」
カチャン
アキトのカップが乾いた音をたてた。
「今まではCCと機材を管理することでジャンプを規制できたんだけどね。
携帯用のジャンプフィールド発生装置が実用化されたんじゃ、野放しにするわけにはいかないらしくて。
A級ジャンパーには厳重な監視がつくことになったよ。」
「俺の、せいか・・・」
うめくようなアキトの声。
「・・・僕は気休めは言わないよ。引き金は君のコロニー襲撃と、ナデシコCだ。
だが、遅かれ早かれこうなっていたはずさ。
むしろ今まで野放しにしていたのがおかしかったと、僕は思うけどね。」
アカツキは一口紅茶を含む。そしてアキトの心が落ち着くのを待ってから口を開いた。
「ただ、これだけなら僕がここに来ることはない。問題なのはクリムゾンのことなんだ。」
「・・・このところおとなしいと聞いているが?」
「おとなしすぎる。こうも大敗を喫しておいて引き下がる男じゃないんだよ、ロバート・クリムゾンは。
そう思っていたところにこの法案というわけさ。」
「・・・監視要員に自分の手のものを送り込む、か・・・」
「そう、生存しているA級ジャンパーは2名ともこちらのサイド。通常戦力が肩を並べようとするときに相手の強み、
いや前回の敗北要因を放っておくわけがない。二人のまわり、戦場になるよ。」
「ナデシコCも、だな。」
「御名答。ユリカ君、イネス君。ルリ君にマキビ・ハリ君。ラピス君。
よほど腕利きで、信頼できる人間を護衛につけないと。今度はクリムゾンも黒子のままじゃいないだろうし。
ただね〜、そういう人材はうちでもなかなかいなくて・・・」
「・・・俺なら好きに使え。わがままが言える状況じゃない。」
「すまない。だけどテンカワ君をいれても月臣君、高杉君、ゴート君の4人だけだ。
他は腕が足りないか信頼を置けないか。
プロス君も駆け回ってくれてるけど、どれだけそろうか・・・」
滅多に見せることのない、アカツキの沈痛な表情だった。もともとネルガルは裏の戦力でクリムゾンに劣っている。
加えて火星の後継者との暗闘で少なからぬ損害をこうむっていた。
後3年早く会長の座についていれば、とアカツキは悔やまずにいられない。
「護衛なら・・・一人、心当たりがある。」
「アキト君、まさか!」
驚愕するエリナに、アキトはただ頷いた。
「そんな、無茶よ。だって彼は・・・」
「ちょっと待ってくれよ。二人で話を進めてないで、僕にもわかるように言ってくれないか。」
「ああ。一ヶ月ほど前だ、その男と俺が会ったのは。そして、叩きのめされた。」
「! 君がか?・・・君の腕前は月臣君から聞いているけど・・・」
『テンカワはまだ自分より劣る、いずれ追い越されるだろうが。だが今のテンカワでも二人いれば自分では勝てない。』
月臣の言葉を思い出しながらアカツキが言った。アキトは黙って頷き話を続ける。
「そいつの腕は、少なくとも格闘戦に限れば、月臣よりも上だろう。」
「・・・能力の方はわかったけど、信頼できるのかい?」
「おまえにはまだ報告がいっていないだろうが、
そいつ、ムクロ、というんだが今はイネスさんのところで治療を受けているんだ。」
「確かに彼女は優秀な医師だけど、何でわざわざ・・・」
言外に曰く。『なんであんな危ない医者のところに?』
「やつの病、治す見込みがあるのはイネスさんだけだからだ。
草壁配下の科学者達でもできるだろうが、堀の中だからな。」
「イネス君と火星の後継者・・・話が見えないんだけど・・・」
「俺に使われたナノマシンの原型・・・これでわかるだろう。」
遺伝性神経伝達不全症候群、別名『メデューサの呪い』。
筋肉に脳の命令を伝える神経が徐々に機能を失い、筋肉が硬化、
ついには心臓まで冒されて死に至る奇病。前世紀まで不治の病と呼ばれたキンジストロフィーと症状は似ているものの
その実態はまったくの別物。発病率が5億人に一人と少ないこともあり、未だ原因となる遺伝子すら特定されていない。
だが10年程前から遺伝子治療ではなく、ナノマシンを用いて人工的に神経回路を作りあげる研究がはじめられた。
その研究をベースに製造されたのが"イメアラダカン"。俺の体に打ち込まれたナノマシンだ。
「だがあれは・・・生存率10%未満と聞いているよ。
僕のところに報告がきていないということは改良は進んでないはず・・・」
「ああ、分の悪い賭けだったが・・・」
「だった?」
「ナノマシンの投与は1週間前に終わった。3日たっても生きていたようだ、成功したんだろう。」
「・・・テンカワ君、うちの最高機密を勝手に使われちゃ困るよ。エリナ君がついていながら・・・」
「通信を入れようとはしたんですけどね、私に仕事を押し付けて逃げ回っていたのは会長の方じゃないかしら?」
「・・・・・・・・(汗)」
「それはともかく、死ぬ見込みのほうが高かったんだ。成功してからでも遅くないだろう。で、実物、見るか?」
「うん、そうさせてもらうよ。」
会長職について4年、エリナ、プロスをはじめとする有能な人材を幾人も見出したアカツキ。その人物眼には定評がある。
エリナが遠距離通信用のコミュニケを操作して月とつなぐ。
「投与後1週間というと・・・」
「激痛がおさまってリハビリをはじめる頃だ。」
「イネスにつながったわよ。」
電子音とともに画像が開き、金髪の女医が顔を見せた。うしろに月臣の姿も見える。
護衛についているのだろうが、なぜか顔色が悪い。
「あら、おそろいね。どうかしたの?」
心なしか、イネスはご機嫌のようだ。疑問に思いつつもアキトは用件を切り出した。
「ムクロと話がしたいんだが、できるか?」
「そうね、少しぐらいなら・・「ギャ――――――――――ス!」
絶叫が響きわたった。断末魔を思わせる、絶望の声。
「「クリムゾンの襲撃!?」」
アカツキとエリナの声が重なった。だが、
「・・・イネスさん、今の声、ムクロのようだが・・・」
「そういわれてみれば・・・」
エリナも遅まきながら気がついた。しかし、あの男が悲鳴をあげるなど・・・
「そうよ。リハビリの最中なんだけど、大げさで困っちゃうわ。」
口では困るなどといっているが、瞳はきらきらと輝き、文末にハートマークでもつきそうな口調だ。
『ただ今お楽しみ中』であることは一目瞭然だった。
「なんだ、驚かさないでくれよ。」
「いつものことね。」
そう、これだけならば彼らが驚くことは何一つなかった。
イネス・フレサンジュの患者になるということは、つまりこういうことなのだから。
だが、イネスの歩みとともにスパンした映像を見て、彼らは驚愕した。
「アキトいじめた。」
ぐに
「うっぎゃーーーーーーーーーーーー!」
病人をいたぶる桃色の髪の少女。特殊な趣味を持つ人間にとっては国宝ものの映像であろう。
少女がナースの制服のためなおさらである。
「・・・・・・・・・・」
思わず絶句するアキト。以前ならばいざ知らず、今や彼の思考が追いつかない状況など稀だ。
ヒソヒソ(「エリナ君もひどいことするね〜、ラピス君を使ってアキト君を殴ったお返しをするなんて。」)
ヒソヒソ(「会長、私じゃありません!」)
ヒソヒソ(「えっ、そうなの?いかにもエリナ君好みの報復だと思ったんだけど。」)
ヒソヒソ(「・・・会長、どういう意味です(怒)」)
「い・ぬ・が・み、は・かっ・た・・・」
おそらくは『イヌガミ、はかったな!』と言いたかったのだろうが、ムクロ担当の看護婦は甘くない。
「うるさい。」
「がぁっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「えぐいね、一番敏感な指先だけを狙って・・・」
「黒幕が誰か良くわかったわ。発案者ラピス・ラズリ、脚本、演出、衣装イネス・フレサンジュ。」
「リンクしているラピス君に隠し事はできないから・・・あきらめてもらうしかないね。」
「・・・ムクロ。」
ようやく我に返ったアキト。よほどショックだったのか、声に張りがない。
「悪いが、耐えてくれ。」
「は?」
ブツン
音を立ててウィンドウが消えた。2匹の悪魔に差し出された男の前で。
「さ、続きをしましょうね。」
「アキトのお返し、あと10発分。」
顔を引きつらせながらも、ムクロは抵抗をあきらめなかった。
「ド、ドクターも、ラピス君も。人違いだ。俺は「アキト」なんて知らないって・・・」
金髪の女性と桃色の髪の少女は顔を見合わせる。その様子は哀れな男に一縷の希望を抱かせた。
「おかしいわね。記憶の方に障害が出るはずはないんだけど。さっそく調べないと。」
こくり
少女は手早く作業に取り掛かる。10秒後、絶叫を聞きながら月臣は思った。
『早いうちにクリムゾンの工作員を捕虜にせんと・・・明日はわが身、ゴートと相談せねば(汗)』
「賢明だよ、テンカワ君。イネス君のお楽しみを邪魔したら後が怖いからね〜。」
人間誰しも自分の身が可愛い。アキトとて例外ではなかった。厳密に言えばこのときの彼は、
時に自殺衝動にかられるような精神状態だったのだが、あれだけは御免だった。
それはともかくとして3年前よりも上達したのが戦闘術だけでないのは確かである。
『抜け目なくなったね〜(わね)』
同席者2人の偽らざる感想だ。
「会長、結局、彼とは何も話せませんでしたが・・・」
「まあ、テンカワ君が見込んだ人材だから、大丈夫じゃないの。カンだけで判断したわけじゃないんだろう?」
「理由、聞くか?」
「・・・今度にするよ。君が納得したのなら僕もそうだろうし。今日はもう時間がないんでね。
それより護衛の件、頼むよ。」
アキトは黙って頷く。念を押されるまでもなかった。
「じゃあ、僕は先に帰るよ。残業よろしく。」
「お気をつけて。会長もお仕事たまっていると思いますが。」
エリナの言葉に苦笑しながらアカツキは部屋を出た。待機していたゴートとシークレットサービスが即座に配置につく。
彼らの機敏な動きを見ながら彼が考えていたのはネルガルでも、ましてやクリムゾンのことでもない。
だが、彼の思考は先ほど別れた二人と合致していた。
『ラピス(君)、将来が心配だ(わ)(ね〜)。』
少女の人格に不安を感じる三人であった。
第5話 了
<あとがき>
ども、獅子丸です。黒き仮面第5話、いかがだったでしょうか。
感想を聞かせてもらえれば幸いです。次のお話に生かしますので。
今回のお話ですが、ブラックサレナの実験台になった機動兵器中隊と、隊長の名前、
第2次大戦のどこかの空軍から持ってきています。最近獅子丸が読んだ本のジャンルがしれますね。
今回は今までよりお笑いのシーンが多かったんですが、キレがいまいち・・・
やっぱり女性キャラが少ないのが原因でしょうか。早く修羅場を書いてみたいものです・・・
それでは第6話のあとがきでお会いしましょう。
管理人の感想
獅子丸さんからの投稿です!!
いや〜、強いですねアキト君!!
それにしても、クリムゾンのお爺さんは元気に働いておられるようで・・・
さて、前回渋いところを全部独り占めしていたムクロさん。
・・・哀れだな(ぼそっ)
まあ、イネスさんとラピスちゃんが相手だからまだいいじゃないか!!
これで山崎が執刀していたら、死んでも死にきれないだろう(爆笑)
では獅子丸さん、投稿有り難う御座いました!!
次の投稿を楽しみに待ってますね!!
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