「君の話は聞かせてもらった」
とあるビルの中のとある一室、薄暗い闇の中から男の声がした。
野太く威圧感のある、しかし剃刀のように鋭い声は、相当な人生経験とかなりの修羅場をくぐってきたものにしか出せない声だ。
年齢は40歳後半ぐらいだろうか。重みと厚みのあるその言葉は、それを聞いた者の耳にいつまでも残るに違いない。
男はそのことを理解しているのか、更に言葉を重ねる。
「成算はあるのか?」
「はい」
男の声にまるでプレッシャーを感じていないかのように、30歳前後ほどの女の声が簡潔に応じる。
かなりの胆力の持ち主だ。言葉のどこにも、怯えや恐怖は聞き取れない。
「必ず成功させたまえ」
「もちろんです」
男の声に更に威圧感が加わったが、女は軽く受け流した。しかしその返事には、絶対の自信と強い意志が込められている。
「落としてご覧に入れましょう。地球圏最強たる、あの戦艦を・・・」
その言葉を最後に、女は一礼して部屋から出て行った。残されたのは、椅子に座ったまま動かない男一人。
「せいぜい頑張ってくれたまえ。我が野望のために・・・くっくっく・・・」
だから、男の唇が醜く歪んだこともその呟きも、知っているのはただ一人だけだった。


機動戦艦ナデシコ
〜遥かなる思惑の中で〜

第一幕



「見れば見るほど、ホントにすごい船だよな・・・」
ナデシコに向かう車の後部座席でナデシコに関する書類を見ていた俺は、思わずため息交じりの呟きを漏らした。
チューリップをグラビティブラストで破壊した事に始まり、地球の最終防衛線であるビッグバリアを強引に突破、火星に向かったと思えばいきなり月の近くに出現し味方に攻撃を仕掛ける。クルスク工業地帯の超長距離砲台、通称『ナナフシ』を一体の機動兵器が破壊したとか、ナデシコの中枢コンピュータに異常が出て敵味方無差別に攻撃したとか・・・
信じられないぜ、まったく。だがこの情報がなければ、俺も馬鹿笑いしただろうな。
そう思いつつ、手元にある書類を眺める。
ここに書かれている情報は、表向きはナデシコによって隠匿されているものだ。
それはそうだろう。こんなものが公表されれば、ナデシコは正に恐怖の対象となりかねない。いや、絶対にそうなる。
それがこんなところにあるのは、俺の女上司によると、なんでもどっかの馬鹿がナデシコの情報を漏らした、ということだった。
そこでこの情報の出所を聞いたところ、
『秋にその辺の山に行けば生えてるんじゃない?』
と冗談交じりに言ってきた。
全く意味が判らず、もう一度聞き返してみると、
『まあ、強い毒をもってるのが多いから食べる時は気をつけてね』
などと返してきやがったのだ。
俺はキノコのことなんて聞いてない!なんなんだ、あの女は・・・
その時のことを思い出し、だんだん頭に血が上ってきた。
確かに仕事は出来るさ。この前も、俺たちが3人がかりで3日かかる整備を2日で仕上げたのには冗談抜きで驚いた。
上の連中にも受けはいい。仕事の出来もさることながら、妙に要領がいいのだ。
外から引っ張られてきたということだが、詳しいことは知らない。まあ、俺には関係のないことだ。
けどな・・・あの性格はどうにかならんのか!!冗談を具現化したようなあの性格は!!
今度の仕事もいきなり押し付けてきやがって。しかも人の事情も聞かずにだ。
いつか天罰が下るぞ、あいつには・・・
そんなことをぶつぶつ言いながら、書類の続きに目を通す。
「ナデシコの乗組員のデータか・・・ブリッジクルーにパイロット、それに・・・」
ぱらぱらと書類をめくっていた俺の目は、ある一人のデータに釘付けになっていた。
俺の憧れの人であり、心の師匠でもある人・・・顔写真を見ているだけで書類を持つ手が震えるのがわかる。
「整備班班長ウリバタケセイヤ・・・セイヤさんがナデシコに・・・」
声まで震えてきた。感動で気絶してしまいそうだ。
俺たち機械いじりをする者にとって、セイヤさんは正に伝説に近い人。
あまり表沙汰にはなっていないが、陰で数々の素晴らしい発明を成し遂げたのだ。
あの女も整備士だが、セイヤさんを尊敬している。いや、あれは敬愛レベルだな・・・
セイヤさんの話をするときのあの女の表情を思い出し、思わず苦笑してしまう。セイヤさんに妻子がいるのは知っているはずだが、恋する女にとってそんな事はどうでもいいらしい。
だが俺にとっちゃまたとない幸運だ。あのセイヤさんの下で働けるんだからな!
「あの〜・・・・・・」
興奮のあまり右の拳を強く握り締めていたところに、不意に運転手から声を掛けられた。
思いっきり不安そうなその声は、俺の気分を害するには少々足りなかったが、不愉快にするには充分に足るものだ。
確かヤノとかいう名前だったか。あの女直属の部下で、送迎のための運転手。
俺の意気込みを台無しにするとはいい度胸だな・・・全くあの女の部下には気の効くやつはいないのかよ?
「これから『あの』戦艦に行くんですよね・・・」
「ああ、そうだが。それが何だ?」
『あの』の部分を強調して不安げに呟くヤノに、俺は怒りを込めて返事をしてやる。
今更何を言ってるんだこいつは・・・自分の仕事の内容も理解できないほどの馬鹿なのか?
いや、それはないだろうな。あの女は性格はアレだが馬鹿な部下を持つ奴じゃない。とすると・・・
「地球圏最強といわれる機動戦艦ナデシコ・・・あの『漆黒の戦神』が乗る船・・・」
ヤノの言葉には、いつのまにか恐怖が入り混じっていた。後部座席から見ていても、体に走る緊張が見てとれるほどだ。
こいつも裏情報を知ってるのか。漆黒の戦神自体、表向きには存在していない事になっているはずだからな・・・
「その船に行くのに、あなたのその格好はちょっと・・・」
と、俺のほうを振り返りながら遠慮深げに呟く。その表情には、かすかに俺を軽蔑するようなものがあった。
「俺のその格好?どの格好だ?」
そんな疑問を浮かべつつ自分の服装をチェックする。
整備の時にはいつも着ている灰色の整備服に、多少大きめのジャンバーを羽織っているだけだぞ。
まあ、ジャンバーの色が黒だけに整備服との色合いが変かもしれないが、それ以外は特におかしいところは無いはず。
短めの髪も一応セットしてきたし、慰み程度の髭も剃った。これでおかしいところがあるんなら、遠慮なく言ってみろ!
「いや、その・・・あなたが背中に背負ってるものはどうかと・・・」
「背中に背負ってるもの?・・・ああ、こいつのことか」
俺の右肩辺りを見てそんなことを言うヤノに、背中に背負っているハンマーをなでながら納得する。
・・・それはいいがとりあえず前を向け、ヤノ。こんなところで事故でも起こしたらあの女に一生笑われるぞ。
「こいつは俺の大切な相棒だ。持っていかないわけにはいかんだろ」
「はぁ・・・・・・・・・」
俺の言葉を聞いたヤノは、すぐに呆れ顔になって前を向く。時々ため息が聞こえるのは、諦めの意思表示か。
全く心外だ、こいつをおかしいと言いやがって。所詮あの女の部下か・・・
そう思いつつ背中のハンマーを外し、前に持って眺める。
愛鈍器『雷神の槌(トールハンマー)』・・・俺の大切な、そして最高の相棒。
柄の長さ1メートルジャスト、槌の部分は直径20センチ、高さ50センチの円柱。総重量は実に50キロ!
素材はエステの装甲にも使われている合金を使用した、正に理想の鈍器だ。
鈍器といえば通常は槌の部分にとげなどの付属品をつける。そうする事によって殺傷力を上げているが俺のトールハンマーにはそんなものはない。
叩き潰すことこそ鈍器の真髄!!とげなんかをつけるのは邪道中の邪道だと俺は思っている。
そうさ!俺はこのトールハンマーに誇りを持っているんだ!
「まあ、なんでもいいですけど」
「何だ?まだ何か文句があるのか」
ちょっと悦に入りかけていた俺は、疲れきったヤノの声で我に帰る。気分が乗っていたところを邪魔された分、少々機嫌が悪い。
・・・なんか怒ってばっかだな、俺。それもこれもこいつがあの女の部下なせいだ。そういうことにしとこう。
「調子に乗って車を叩き潰さないで下さいよ?この車、結構な貴重品なんですから」
「お前・・・俺を何だと・・・」
「おっと、ナデシコが見えてきましたよ」
その言葉に前を見ると、走っている車の前方に、真っ白い巨大な戦艦が姿をあらわした。その悠然とした姿は、正に地球圏最強の名を冠するに相応しい存在だ。
ちっ、運のいい奴め。おかげで俺の怒りの行き場がなくなっちまった。
・・・ストレスたまりっぱなしだな。今度ゆっくり休むとしよう・・・
「あれがナデシコか。そして俺の今度の職場・・・」
「頑張ってくださいね。影ながら応援してますから」
お前に応援されちゃ、頑張れるものも頑張れんさ。ま、せいぜい死なない程度に頑張るとしますか。
・・・いつから俺はこんなに考えが暗くなっちまったんだろう・・・
そんなことを考えつつも、車はナデシコへと走っていった。
そういえば書類、全然見てなかったな・・・まあ、なんとかなるだろ。


「すごい人だかりですね・・・」
ヤノの言葉通り、ナデシコが停泊している港の周囲は人で埋め尽くされていた。
『漆黒の戦神万歳』とか『木星蜥蜴を倒せ!』などと書かれた横断幕を持った集団が、文字通り熱狂の渦を生み出しているのだ。
「これじゃあ、中に入るのは難しそうですね」
「そうだな・・・さすがの俺もあの中に入っていくのは御免だ」
正に人の海と化しているナデシコの周りから少し離れた場所に車を止めた俺たちは、とりあえず車から出てナデシコの様子を観察する。
冬特有の強い風が横断幕をたなびかせ、波を荒々しくかき混ぜているが、そんな自然の音も人だかりのざわめきには勝てないようだ。
それにしても妙だな・・・漆黒の戦神については、世間には何も知らされていないはず。なのにどうして漆黒の戦神なんて言葉が出て来るんだ?
「どうしてだと思います?」
『漆黒の戦神万歳』と書かれた横断幕に見入っていた俺は、まるで心を読んだかのようなヤノの言葉にドキッとした。
「な、何がだ、ヤノ?」
「どうして私やあの集団が漆黒の戦神について知っていると思います?」
まるでいたずらっ子のような笑みを浮かべて車に寄りかかっているヤノの質問に、俺は考えることしか出来なかった。
ヤノは裏情報から知ったとして・・・あの集団はどうやって漆黒の戦神を知ったんだ?
テレビや新聞といった情報機関にも漆黒の戦神の話題は出ていなかったはずだ。
となると他に大衆の情報源といえば・・・風の噂か?人の口に門は立てられないというしな。
「答えはこれですよ」
ぶつぶつと考えをめぐらせていると、痺れを切らしたのかそれとも最初から教える気だったのか、ヤノが車から一冊の雑誌を取り出して俺に手渡してくる。
『漆黒の戦神・その軌跡』と金色の文字で書かれたその雑誌には、西欧での漆黒の戦神について書かれていた。
「ベストセラーなんですよ、その本。知らなかったんですか?」
そう言うヤノの言葉を聞きながら、俺は『漆黒の戦神・その軌跡』を読みすすめていった。
こんな本が出ていたとはな・・・もう少し時代の流れに敏感になるべきか?
「それにしても・・・」
雑誌を閉じてヤノに返し、ふと思った事を聞いてみる。
「お前、いつこんなものを仕入れたんだ?」
「これですか?今朝、売店で買ってきたんですけど」
「そうか・・・」
まあ、どうでもいい・・・さて、当面の問題は、あの集団をどうやって抜けるかだが・・・
そんなことを思ってナデシコのほうに目を向けた俺は、妙なものを見つけた。
人だかりの更に奥、完成して間もないような新しい倉庫の陰に何かうごめく物体があったのだ。
なにやら落ち着かない様子でいる『それ』は、ガチャンガチャンと音を立てながらゆっくりと出てくる。
「おい、あれ・・・」
「え、なんです?」
脇にいたヤノを小突いて注意を促しつつも、俺はその物体の動きから目を離さなかった。
「木星蜥蜴!!」
その瞬間、俺は倉庫に向かってダッシュした。港近くの集団を避け、強い海風にさらされながら背中のトールハンマーを抜く。
バッタのような頭、そして節足動物を思わせる足・・・木星蜥蜴の無人兵器、バッタに間違いない!
ナデシコの停泊中を狙ってきたのか・・・なかなか頭がいいじゃないか。
そんな妙なことを考えながら、バッタに向かって突進をかける。どうやら人だかりはバッタに気付いていないらしい。
気付いたら気付いたでパニックになるだけ・・・だったら今のうちに撃破する!
ずっしりと重いトールハンマーを『火の型』に構えなおし、精神を集中させる。走りながらでは完璧にとは言いがたいが、何とか目の前のバッタに集中できた。
俺の習った武術・・・ハンマーやモーニングスターを使う鈍器術にはいくつかの『型』がある。特に俺の使うハンマーには4つの構えが存在するのだ。
『火の型』はそのうちの1つ。柄の先の部分で両手を重ね、遠心力をつけやすくすることで破壊力を最大限に発揮する、最も攻撃力の高い型だ。
無人兵器などの固い奴には、まともな攻撃は効かない。だが俺の修めた柊流鈍器術は、師範代クラスでもバッタやジョロを粉砕できる。
師範クラスになるとエステバリスさえ破壊できるというから驚きだ。実際に俺はその様子を目の当たりにしたことがある。
俺はバッタを破壊するレベルにすら達していない。鈍器でバッタやジョロを破壊するのは魅力的だが、実力的にまだまだなのだ。
だが今はそんなことを言っている時じゃない。今この場でバッタをどうにかできるのは俺だけだ。
「それにしてもナデシコは何をやっているんだ。こんな近くに木星蜥蜴が出たって言うのに、何の反応もなしかよ!」
次の仕事先に向かって愚痴をこぼしていると、向こうも俺に気付いたか顔のセンサーを赤く光らせて威嚇してきた。
バッタとの距離は約5メートル。あと4歩で俺の間合いだ!
トールハンマーをぎゅっと握り締め、力をこめる。
あと3歩!
バッタの巨体は既に半分ほど倉庫からはみ出し、冬の風にさらされていた。眼の部分にあるセンサーが絶え間なく動き、俺を牽制している。
・・・怖い!勢いで飛び出しちまったものの、俺は一体何をやっているんだ?ミサイルを撃たれたらそれで終わりじゃないか!
あと2歩!
バッタとの間合いが近づき、更に恐怖が倍加する。バッタは攻撃行動には入っていなかったが、俺はそんなことにも気付かなかった。
あと1歩!
目の前にバッタが迫り、改めてその巨体の恐ろしさを実感する。恐怖で腕が震えているのが自分でもはっきりとわかった。
もうこうなったらヤケだ!俺の全力を叩き込んでやる!!まだ死にたくないんだ!!
「うおおおおおおおお!!」
バッタの前で思いっきり叫び、恐怖を打ち払う。そうしなければ足が前に進んでくれないと思ったからだ。
怖い、怖い、怖い・・・だけど、やらなくちゃいけないんだ・・・この俺が!
「柊流鈍器術、『火下り(ひくだり)』!!」
相変わらずセンサーを動かしているバッタの手前でジャンプして勢いよくトールハンマーを振り上げ、重力と遠心力を味方につけたトールハンマーをバッタの頭めがけて打ち下ろす!!
ゴウン、という轟音と共に火花が散り、トールハンマーに重い手ごたえが返ってきた。
「やったか・・・?」
バッタの頭からはぶすぶすと白い煙が上がり、眼の赤い光もだんだんと薄れていく。そして・・・
「なにしやがんだ!てめえ!!」
すさまじい男の絶叫がバッタの影から飛んできた。その叫びは、男というより漢のシャウトだ。
人がいたのか。何でこんなバッタの近くに・・・一体どこのどいつだ!?
「こいつがどんだけ貴重かわかってんのか・・・って、なに、人の顔を指差してんだよ!?」
俺は驚きのあまり、その声と共に「バッタの中」から這い出してきた人物・・・セイヤさんを指差して固まってしまった。
「この木星蜥蜴はなあ、前の戦闘で命がけで捕獲した貴重なサンプルなんだ!大切な実験材料なんだよ!おい、聞いてんのか!!」
「あ・・・ああ・・・・・・あの・・・」
明らかに怒っている様子のセイヤさんに対して、俺は緊張して何も言えなかった。ついさっき実戦で初勝利を上げたトールハンマーをしまうのも忘れ、ただかすれた声で言葉にならない言葉を呟くだけだ。
何でセイヤさんがこんなところに・・・何でバッタから出てきたんだ・・・いや、それよりなにより・・・
なんで・・・『ダルマの着ぐるみ』なんか着てんだ・・・?
疑問や突っ込みたい部分がいっぱいあったものの、俺はしばらくの間、ナデシコの停泊している騒がしい港の片隅でセイヤさんの怒鳴り声を聞きながら呆然と立ち尽くしていた。


「そうかそうか、お前さん、ナデシコに派遣されてきた整備士だったのか」
「はい、これからお世話になります。それにしても驚きましたよ、あんなところでセイヤさんに会えるなんて」
柔らかな表情でそう言うセイヤさんに、俺は苦笑しながら正直な感想を述べる。
俺としては、セイヤさんとの出会いはもうちょっと普通のものだと思っていたんだがな・・・
ナデシコの格納庫か整備場で整備をしているセイヤさんに、俺が遠慮がちに声を掛ける。そうすると油まみれの顔をこっちに向け、『おう、見ない顔だな。新入りか?』と返事をしてくるのだ。
そんな普通の出会いを期待していたのだが、世間はそんなに上手くいかないらしい。
第一印象が最悪な出会いをした俺がフリーズ状態から立ち直った後、セイヤさんの案内で今はあの倉庫からナデシコに通じているというチューブの中を歩いている。
港があんな状態で外に出るのは難しいからこんな通路を作ったというのだ。
海の中というからちょっと不安だったが、バッタを引きずっていても特にチューブの中に変化は無いから気密に関しては大丈夫だろう。
「いや、実はよう、外にいる連中を追っ払おうと思ってな」
「外の・・・?ああ、あの人だかりをですか」
「おうよ。あいつら全員テンカワに一目会いたいとか思ってんだ。しかもほとんどが女ときやがる。これ以上むかつくことはないぜ、なあ」
「はあ・・・」
とりあえず相槌を打っておくが、俺は今確かに『テンカワ』という言葉を聞いた。
テンカワアキト。書類によれば、ナデシコのクルーにして、地球圏最強のエステバリスライダー。特記事項・・・『稀代の女たらし』
そういえばあの人だかり、女性ばっかだったな・・・12歳ぐらいの子供から、50歳ぐらいのおばさんまで色々いたっけ。
バッタに向かって走っていった時、チラッと看護婦とベッドを見かけた。誰かが寝ていたようだったが・・・
それとベビーカーがぽつんと置いてあったような気もするし・・・何だったんだ、あれ?
「ところでお前さんの背負ってるそのハンマー、一体なんだ?この俺様の強化したバッタのセンサーを一撃で駄目にしちまいやがったが・・・」
腕組みをしながらベッドとベビーカーの意味について考えていると、不意にセイヤさんから声を掛けられた。
まあ、普通は不思議に思うよな。ハンマー背負ってる整備士なんて、ほとんどいないだろうし・・・
「ああ、俺の習っている武術で使う武器ですよ。柊流鈍器術って言うんですけど・・・」
「鈍器術?初めて聞く名前だな」
「マイナーな武術ですから・・・」
重いバッタをダルマのセイヤさんと引きずりながらしばらく鈍器術について話していると、進行方向にはしごが見えてきた。どうやらこの上がナデシコのようだ。
はしごの手前で上を見上げると、高さ10メートルほどのところに入り口らしきものがある。ハンドルがついた重そうな鉄の扉だ。
それにしてもこのバッタ、どうやって降りてきたんだろうか?
「さあ、この上がナデシコだ。新入り整備士さんよ、歓迎するぜ」
そう言ってダルマの巨体を揺らしながらセイヤさんがはしごを上っていく。ダルマの腹の部分がはしごに押されて変形しているところを見ると、中に綿でも入っているらしい。
俺も後に続いて登るが、上が見えないというのはどうも不安だ。ダルマの尻が視界を完全にふさいでいて、精神的にもかなり厳しい。
「ちょっと待ってろよ・・・よっと」
セイヤさんの声と一緒に上からギギギ・・・と鈍い音が聞こえる。ハンドルを回しているのだろうが、やはり様子は判らない。
しばらくしてダルマが上に進み、扉がなくなった丸い入り口に姿を消した。
さて、やっとナデシコに入れるな。憧れのセイヤさんにも会えたことだし、張り切って行ってみようかあ!!
・・・・・・そういえば、ヤノはどうしたっけ。

「・・・はい。はい・・・・・・了解しました。それでは」
神妙な声でそう呟いたヤノは、車にすえつけられた通信機の電源を切った。誰かに傍受される危険があるためだが、何より先ほど受けた指令を果たさなければいけないのだ。
通信していた相手はヤノの直属の女上司。そしてその指令の内容は単純明快。『新入りの整備士を監視せよ』とのことだった。
「全く、勝手に行っちゃうんだからあの人は・・・」
呆れたように言うヤノは荷物を持って、いまだ人の海に囲まれているナデシコに向かう。単純ならざる心境と複雑ならざる意志を胸に秘めて。
冬の海風は、まだ冷たい・・・

ー続くー




=あとがき=
初めまして、ソルと言います。
・・・やっぱり難しいですね、それに設定がめちゃくちゃです。
『時ナデ』の再構成とか逆行ものは数多くあるのに、『時ナデ』の途中からですからねえ・・・(汗)
こんなのでいいのか、と心配しています。
それと、初めてHTML化をしてみましたが・・・上手くいくか全く自信がないです(汗)
そして最後に、『漆黒の戦神・その軌跡』の設定使用に快く了承してくださった黒貴宝さん、ありがとうございました
こんな駄作を読んでくれた皆さん、ありがとうです。

管理人さんの連絡なしに投稿してしまった事に少々鬱な今日この頃・・・

 

 

 

 

代理人の感想

トールハンマーって(爆)。

まぁ、大金槌を持ち歩く方もなんですが

人だかりを追い散らす為にバッタを出してくる方もどうかとは思います(笑)。

 

ちなみに神話などのトール(ソー)のハンマーは両手持ちではなく、柄の短い片手持ちであると言います。

 

 

>鬱だ

ん〜、時ナデの二次使用はフリーと言うのが暗黙の了解みたいなものですから

まぁお気になさる事はないのではないかと。