機動戦艦ナデシコ
〜遥かなる思惑の中で〜
第四幕「脈動」
「ここか……」
疲労感と達成感を絶妙な度合いで混じらせつつそう呟いた俺は、その部屋の入り口の上部に掛けられたプレートを睨むように見つめる。
磨き上げられた透明なアクリル板に映える『食堂』の二文字が、今の俺にはとても眩しい。思わず感動の涙で頬を濡らしてしまった。
格納庫で別れたセイヤさんを探し始めてから、もう何時間経ったのだろう。
ナデシコの停泊する港でセイヤさんと出会い、裏道を通って案内された格納庫でレイナさんとの鈍器勝負に負け、担ぎ込まれた先の医務室では説明好きのドクターから2時間ほど説明されて、セイヤさんがいるはずの食堂へ行く途中にキノコ提督から鈍器勝負を挑まれ……
「その後、戦艦内で迷子になる、か」
提督をトールハンマーの一撃で沈めた後、俺は見事に迷った。目的地の場所がわからない上に内部の案内図もないとあっては、そこに行けという方が無理だ。
ましてやそこが初めて訪れる土地ならば、迷って当然だろう。
そう、当然なんだ。
医務室に戻ること3回(そのたびにドクターが不思議そうな顔をしていた)、格納庫に出くわすのは数知れず(なんとなくエステに馬鹿にされたような感じだった)、トンネルを抜けた先が雪国だったり(記念に雪だるまと”かまくら”を作っておいた)、別のトンネルを抜けた先は知らない世界だったり(名前を奪われる前に引き返した)
こんなことがあろうが、それは当たり前なんだ!俺は方向音痴なんかではない!!
「……とりあえず入るか」
突っ込みが期待出来そうも無かったので、食堂の扉の前に立つ。扉が開くまでの間に、自分がここにいる意味を考えた。
俺に命じられた任務は二つ。
一つはナデシコに潜入し、内部組織の内乱を引き起こすこと。
二つ目にナデシコの最新情報を間断なく送ること。
俺は木星蜥蜴と何の関係もない。家族を殺された復讐でも、悪を倒すための正義のヒーローになりたかったわけでもない。上からの命令に従っているだけだ。
一介の整備士が何故こんなことをしなければならないのか、という疑問もあったが、断れば仕事がなくなる身の上だったため、選択の余地は無かった。
もちろん、ただの捨て駒という可能性も捨てきれない。現時点で地球圏最強を誇るナデシコの戦力を削ぎ、その秘密のデータを探るなんて普通では考えられないのだ。
こんな真似をして万が一にでもナデシコが落とされる事態にでもなれば、今度は自分たちの身が危なくなる。
それでもなお、この作戦を実行する意味があるというのだろうか。そしてその理由は?目的は?
「判らないことだらけだな」
考えが手詰まりになったところで深いため息をつく。そのとき初めて、いつまでたっても扉が開かない事に気が付いた。
妙だな、と思いつつ視線を左のほうへ移すと、そこに見えた物は、扉の横に取り付けられた四角形の形をした機械。
その機械の上部には液晶があり、その下に0〜10までの数字キーが、さらにその下に「OK」「CANCEL」と書かれた、数字キーの2倍ほどの大きさのキーがあった。
どうやら暗証番号式の電子ロックらしい。
「何で食堂にこんなものがあるんだ?」
当然と言えば当然の疑問が口をついて出た。
今までナデシコの中を徘徊し、いくつもの部屋の扉に同じような機械が取り付けられているのを見たが、そこは個室だからという理由で納得できた。
機械もカード挿入式で、専用のカードがなければ開かない仕組みだった。セキュリティは完璧だな、と感心したものだ。
だが、今目の前にあるのは食堂だ。俺の感覚が間違ってなければ、食堂にセキュリティを取り付ける必要は無いはずだった。
俺の感覚が間違ってるのか、この戦艦が間違ってるのか……
案外核心を突いてそうな二択問題に頭を悩ませながら、ちょうど目の高さにあるその電子ロックの機械をじっと眺める。
大きさは縦が20センチほどで、横は15センチ程度。
液晶はデジタル式。よく見てみると、表面にデジタル番号の「8」が薄く書かれていた。数えてみると8個あり、最大で8桁まで入力できることがわかる。
数字キーは、キー自体が灰色。「OK」「CANCEL」キーも灰色で、数字と文字の色は黒。
決められた数字を入力し、「OK」キーを押すと扉が開くタイプの様だ。
「む〜〜…………」
顎に手を当ててしばらく考え込んだ末、何も入力せずに「OK」キーを押してみることにした。
これで開いたら大笑いだな、とか思いつつ人差し指で「OK」キーを強く押して、視線を扉に向ける。
それは一瞬だった。
まず動かないだろうと思っていた食堂の扉が、シュンッという音と共に開いたのだ。同時に食堂の内部が目に入る。
最初に視界に映ったのが、机の上に乗り、クラッカーを構えた状態で固まっているセイヤさんだった。背後にレイナさんの姿も見える。
その両脇には、同じようにクラッカーを持った整備員らしき男が、さらに別の場所では紙吹雪を両手で抱えた人もいるし、なぜか床に転がってる奴までいる。
その様子からして歓迎の体勢だったようだが、人間誰しも予想できない事態に直面すると動きが止まるものらしく、食堂にいる全員が見事に固まっていた。無論この俺も例外ではない。
どうやらお互いに扉が開くとは予想していなかったようで、しばらくの間、時間が止まっていた。
「ゴホンッ」
どれぐらいそうしていただろうか、誰かの咳払いがきっかけとなってその場の空気が停滞から活動へ移行した。
『ようこそ、ナデシコへ!!』
その場にいた俺を除く全員の声が揃い、心地よい共鳴と化して俺の耳に届く。その歓迎の言葉に混じって『そして時は動き出す…』とか聞こえたような気もするが、多分空耳だろう。
いっせいにクラッカーが鳴り響き、色とりどりの紙吹雪が視界を埋め尽くす。
食堂全体を揺らさんばかりの大音量に、俺はただ食堂入り口で呆然と立ち尽くすのみだった。
やがてクラッカーの音もやみ、紙吹雪が床を覆い隠した頃、俺の意識が活動を再開する。
「……あ〜」
前言撤回。どうやらまだ呆けているらしく、ようやく口を開いて出て来たのは間の抜けた声だった。
なんとなく恥ずかしくなり、わざとらしく頭を掻きながらゆっくりと食堂へ踏み込む。
床に彩られた紙吹雪を踏みしめながら、俺はきょろきょろと食堂の様子を観察していた。
机の数は最低5つ以上。そう推定した理由は、机の高さ分だけ盛り上がった人の山が5つあったからだ。
まあ、仮にも200人以上を収容する戦艦の食堂なんだから、20はあるだろうな。
そんなことを思いつつ天井に目を向けると、赤と白の縦縞模様をあしらった巨大なくす玉が吊られている。その視点から左右に首を振ると、壁という壁に色鮮やかな飾り付けがしてあった。
そのままだと首が痛いので視線を正面に戻し、さまざまな表情を浮かべているナデシコクルー(多分ほとんどが整備士だろう)に向き直る。
人付き合いの第一歩は挨拶から、というのが俺の持論だ。そこで今回もその例に倣う。
「これからお世話に……」
「ちょっと待った!」
気をつけの姿勢から型通りの挨拶をしようとしたが、その途中でセイヤさんが割り込んできた。
「堅っ苦しい挨拶は抜きにしようや。せっかく盛り上がってんのに、んなことされると興が冷めちまうぜ、なあ?」
「そうそう。ここでは窮屈なしきたりや挨拶は必要ないってことで、ね」
『おおよ!』
セイヤさんの後を受けたレイナさんに続いて、整備班の男たちの声が力強く肯定する。
なんか、地球圏最強の戦艦って言われてる割にはそんなに堅くないな。もっとこう、刃物のように鋭い感じを想像したんだが……
「その代わりと言っちゃあ何だが……」
「え?」
「くす玉を割ってくれねえか?それでお前さんの挨拶の代わりにする」
そう言って天井に指を向けるセイヤさん。つられて顔を上にあげると、丁度俺の頭の上にあの巨大なくす玉があった。
良く見てみると玉の底の部分から紐が垂れ下がっていて、手を伸ばせば届く位置でゆらゆらと揺れている。
「いいんですか?これ割っちゃっても」
「いいも悪いも、お前さんのために仕上げたくす玉なんだ。お前さんが割らなくてどうするよ?」
にやりと笑いながら言うセイヤさんに、俺は何だか胸が一杯になってしまった。
こんな一整備士のためにここまでしてくれるとは思わなかった。だけどこの人たちは俺の任務を知らない。俺が何のためにここにいるのかを知らない。
ナデシコを内部撹乱させ、地球圏最強戦力のデータを盗み出す……
こんなことが知れたら、この人たちはどう思うだろう。憤激するだろうか。それとも悲しむだろうか。
俺をスパイとして殺すかもしれない。いや、情報を引き出そうとして拷問にかける可能性も捨てきれない。
そこでいったん思考を中断し、セイヤさんたちの顔を見る。
「どうした?さっさと割っちまえよ」
「思い切って引っ張っちゃって!」
俺が躊躇してると見てとったのか、セイヤさんとレイナさんがくす玉を割るように促してきた。同時に整備班から『引ーけ、引ーけ』と大合唱が起こる。
みんな、いい人たちばかりだ。セイヤさんもレイナさんも、それに整備班も。心底そう思う。
こんなことのために熱中するなんて、悪い人には絶対に出来ない。ただ単にノリがいいだけかも知れないが。
そんなことを考えていたら、自然と口元が緩んでくる。
この人たちを悲しませたくない。それに悲しむ顔も見たくない。場合によっては任務を放棄したっていい……
そんな考えが頭の中をよぎった瞬間、俺は頭がおかしくなったんじゃないかと疑った。
たった今会ったばかりだというのに。任務を放棄などしたら仕事がなくなるというのに。
俺は、何故……
「くそったれ!!」
その思考を無理矢理頭の外に追い出し、近くにあった紐を、引きちぎらんばかりに力を込めて引っ張った。
何なんだ、ここは……この戦艦は一体なんだ?何でこんな気持ちになる!?
紐の抵抗が無くなり、くす玉の割れる派手な音を聞きながら俺は自問自答した。
ここにはそういう空気が流れてるのかもな。俺みたいに邪な心をもった人間も、いつの間にか心が安らいでいくんだ。全く変わった戦艦だよ、このナデシコは。
だけど悪い気分じゃない。任務放棄の件、本当に考えておこうかな……
そこまで考えたとき、俺の頭を軽い衝撃が襲った。何事かと思い上を見てみると、くす玉から落ちてきた何かが目に入る。
どうやら垂れ幕のようで、それが俺の頭を直撃したらしい。その瞬間、食堂が爆笑の渦に包まれる。
「だはははは!オイシイ奴だな、おい!」
「お、大昔のコントじゃ……ぷぷっ…無いんだからさ……あははははっ!!」
セイヤさんは俺を指差して笑ってるし、レイナさんに至っては机をバンバン叩きながらもがき苦しんでいる。
頭上要注意、か……
恥ずかしいからと痛いからという理由で頭をさすりながらその垂れ幕を見ると、太い字で何かが書いてあった。歓迎の言葉だろうと思い、正面に回って上から眺めてみる。
「え〜と……ようこそナデシコへ!整備士……Z(ゼット)様ぁ!?」
………………はい?
「ははは……おう、これからよろしくな、整備士Zさんよ!」
よほどツボを突かれたのか、笑いをこらえきれない様子のセイヤさんが肩を叩く。それを皮切りに周りの整備藩たちが俺の周りに集まってきた。
「ま、仲良くやろうぜ、整備士Z!」
「ここはいいところだぜ、整備士Z。女の子は可愛いし、飯は美味いし。これで班長の怒鳴り声が無ければなあ……」
「ところでその背中のはなんだ?整備士Z」
わらわらと寄ってくる整備藩たちの悉(ことごと)くが、俺を整備士Zと呼んでくる。しかもにやにやしながらだ。
その時、自分が何かに嵌められたことをなんとなく悟り、垂れ幕を指差しながら目の前のセイヤさんを問い詰める。
「どういうことです?これ」
「あ〜、つまりだな……名前がわからなかったんだ」
視線を泳がせながら言うセイヤさんの言葉を、俺は一瞬理解できなかった。
「お前、俺と最初に会った時に自分の名前言わなかっただろ。それにレイナちゃんに聞いても知らないって言うし」
そこでふとセイヤさんとの出会いが思い出される。
『そうかそうか、お前さん、ナデシコに派遣されてきた整備士だったのか』
『はい、これからお世話になります。それにしても驚きましたよ、あんなところでセイヤさんに会えるなんて』
……そういえば名前言ってなかったな、挨拶はしたのに。多分セイヤさんに会えた感動で一杯だったんだろう。
ついでにレイナさんとの出会いも思い出す。
『見かけない顔ね……新入り?』
『ええ、今日付けでナデシコの整備班に配属された者です。あなたも整備班ですよね、これからよろしくお願いします』
『こちらこそよろしく……って言っても、私もここに来たのはついさっきだけどね。名前はレイナ……レイナ・キンジョウ・ウォンよ』
……やっぱり名前を言い忘れてたな。しかもこのあと戦闘になったし。
ここまで考えて、俺はある一つの結論に至った。
早い話が……自業自得ですか!?
「納得できたみたいだな。それじゃあ、そういう事でよろしくな、整備士Z」
やけに楽しそうなセイヤさんの声が、絶望へと手招きする悪魔の誘いにしか聞こえない。
ふらふらとそっちへ逝こうとする俺の脳裏に、二人の親友が浮かんできた。唯一無二の仲間は心配そうな表情で俺を見つめている。
『よお……お前らの知ってる「マツダキヨシ」は死んじまったぜ。あはははは……』
俺はもうマツダキヨシじゃない。整備士Zに新しく生まれ変わったんだ。エド、それにケイ……こんな俺をどう思う?
乾ききった笑いを浮かべる俺に愛想を尽かしたのか、二人はどこかへ行ってしまった。
「なんか不気味だぜ、こいつ」
「見えない誰かと会話してるみたいだな。電波でも受信してるんじゃないのか?」
二人がいなくなってようやく現世に復活した俺を待っていたのは、整備班のさまざまな陰口だった。なんと言うか、得体の知れない怒りが込み上げてくるのを感じる。
……任務放棄の件、保留しても良いよな?
歓迎会は激しく盛り上がっていた。
整備班の一人が見事な皿回しを披露すれば、他の一人が負けじと口から炎を吐く。どうやらアルコールを口に含んでライターに吹きかけたようだが、それが壁の飾りに引火して大騒ぎ。
火を吐いた奴はタコ殴りにされるわ、消火しようと持ってきた消火器の泡が俺を直撃するわ、思わずトールハンマーを抜いて薙ぎ払ったら小さな子供(何故戦艦に子供がいるのか不思議だったが)を巻き込んじまうわ……
俺はその時間が楽しくて仕方が無かった。このナデシコという戦艦には、面白い事が一杯ある。
レイナさんやキノコ提督という、予想もしなかった鈍器使いとの出会い。あの、何者をも飲み込んでしまいかねない闇色のエステバリス、ブラックサレナ。何よりも憧れのセイヤさんに会えたことは、一番の喜びだ。
もちろん判らない事も同じくらい存在する。特に、手加減したとはいえトールハンマーの一撃を受けてぴんぴんしていたあの子供はその筆頭だ。ほかにも色々あるが、今とりあえず知っておきたいことが一つある。あの電子ロックだ。
食堂の扉に取り付けられていた、何も入力しなくても作動するあの役立たずにどんな意味があったのか、俺はすごく知りたい。
「やってみれば判るだろうよ」
そう思ってセイヤさんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。そんなわけで俺は今、楽しくも騒がしい食堂を出て、再びあの電子ロックに向き直っている。
扉が閉まり、耳に届く音量が零に近くなったところで適当に数字を入力してみた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
さすがにキノコは出ないだろうな、とか思いつつ「OK」キーを押す。そして次の瞬間、俺は大音量に襲われた。
『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
人を馬鹿にしたような嘲笑が俺の鼓膜を容赦なく攻め立て、頭の中で響きわたる。耳が痛くなるほどではないものの、この癇(かん)に障るような機械音声は感情を逆なでするには十分だ。
だがこの後に続けられた言葉が、俺の感情を幾分か静めた。
『この扉は何を入力しても開くのだぁ!』
……何だそれ?いくら適当にと言っても、少し考えてしまった俺は何なんだ?
『正直、ちょっと考え込んだだろ?』
ニヒルな感じで、なおかつからかっているような口調で問い掛けてくる電子ロック。こいつに口があれば、多分ニヤリと笑ったに違いない。
怒りなど完全にどこかに行ってしまっていた。機械にからかわれたという事実に、怒りよりも苦笑が浮かんでくる。
そして開く食堂の扉。出て来たのはあのダルマの着ぐるみを着たセイヤさんだった。歓迎会の余興だろうか、ダルマの腹にダーツの的のような円が書かれており、何本かのダーツが刺さっている。
「どうだ、整備士Z。俺様の自慢の一品は?」
自慢げに、そして誇らしげに言うセイヤさん。これで胸を張れば様になるのだろうが、ダルマの格好をした人に言われても今ひとつ感心できない。
ああ、俺の中のセイヤさん像が崩れていく……
それはそうと、いつの間にか自分が整備士Zと呼ばれる事に違和感を感じなくなってしまった。これは何かの前兆なんだろうか?
「本当だったら、それを聞いたお前があっけに取られている時にクラッカーを鳴らす予定だったんだけどな」
「それは良いですけど、何を思ってこんなものを作ったんです?」
最近、やたらと精神的な疲労が蓄積している気がする俺は、ダルマの腹にあるダーツの矢を2、3本抜きながらどことなく諦めたような口調で呟く。
「面白かっただろ?」
「面白いというより、どう反応して良いのかわからなかったですよ」
即答で返してきたセイヤさんに、思ったことをそのまま言う。ついでにダーツを1本ダルマの的に向かって投げるが、中心から大分外れてしまった。さらに続けて2本目も投げてみるが、1本目と大差ないところに刺さる。
セイヤさんとは会って間もないが、なんとなくその性格がつかめてきた。見た目とは裏腹に退屈が苦手な人で、面白そうな事に努力を惜しまない人。俺はなんとなくそう感じていた。
一整備士相手にわざわざこんな仕掛けを用意する事から考えて、楽しいことや笑いの取れることを貪欲に追い求めるタイプだ。
しかもその手段は大胆かつ豪快。それは外の集団を追い散らすために木星蜥蜴の兵器を持ち出したことからも推測できる。
そのうえメカに関する知識、技術力がずば抜けて高いから、敵の兵器を自由に改造してしまえるのだ。
「まあ、たしかに面白い機械ではありますけどね、この電子ロックは」
「そうだろうそうだろう。何せこの俺様が作ったんだからな。面白くないはずが無い!」
少し背を反らし、親指を自分に突きつけながらセイヤさんが啖呵を切る。その反動で重心がずれたのか、いきなりゴロンと後ろに倒れてしまった。予想外の事態に慌てて両手をばたつかせるが、ダルマの着ぐるみから伸びる短い手は何も掴めない。勢いをつけて何とか起き上がろうとするも、ゴロゴロ転がるだけでなかなか元に戻れないでいる。
正に『ひっくり返った亀』状態。
「おーい、Z。ちょっと手を貸してくれ」
「でもセイヤさん、そのダルマの中身って綿なんじゃないんですか?」
すごく困った口調で助けを求めるセイヤさんに、俺はふと疑問を持つ。
確か海底チューブからナデシコに入るときに見たダルマは、梯子に当たって変形していた。だが、今目の前で転がっているダルマは、変形したり潰れたりしている様子は無い。
「こいつは綿のダルマじゃねえんだ。あれはバッタに乗るときのために作ったパイロットスーツみたいなもんだ」
その言葉でちょっと想像してみる。ダルマの着ぐるみをパイロットスーツ代わりにして、短い両手に苦心しながら窮屈そうにコクピットに乗り込むパイロットの姿を。
わ、笑えねえ……
さらに想像は飛躍し、宇宙服の代わりにダルマの着ぐるみを身につけた誰かが宇宙で彷徨っている姿を頭に思い描いた。その光景はさながら、漆黒の宇宙で寂しそうに仲間を探し求めている一体のダルマ……
そこまで考えたところで自分の発想の馬鹿さ加減に嫌気がさし、自己嫌悪気味に深いため息をつく。
「いつから俺はこうなっちまったんだろうなあ……」
「おい、こら!ぶつぶつ言ってねえで、早く起こしやがれ!」
あやふやな記憶を頼りに自分がこうなった時期を過去に探し求めていた俺は、セイヤさんの怒声で現在に引き戻される。
目の前には、相変わらずゴロゴロ転がっているダルマと、怒りの表情をこっちに向けているセイヤさん。そして食堂から顔を覗かせたレイナさんがいた。
「どうしたの、これ?」
と、自分の足元を指差して言うレイナさん。その先にはダルマのセイヤさんがいる。
「お、レイナちゃんか。済まんがちょっと助けてくれねえか?Zの野郎が薄情でよ」
「少し考え事をしていただけですよ。すぐに起こしますから」
薄情とは心外な、と心の中で思いつつ転がったままのセイヤさんに手を貸す。レイナさんも反対の手を持って引っ張ってくれた。
ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!
直立姿勢を90度とした場合で45度ぐらいの位置までセイヤさんを引き上げた時、唐突にすさまじい音がナデシコに響き渡る。
警報か!?
あまりの大音量に、俺は思わず掴んでいた手を離してしまった。隣を見るとレイナさんも同様に手を離し、何事かと辺りを見回している。
「てめえら、何しやがる!!」
「いや、その、いきなりでびっくりして……」
「ほら、いきなり大きな音がすると、体が硬直するって言うじゃない」
セイヤさんのことを忘れていたのを隠すために必死で言い訳する俺とレイナさんだが、けたたましく鳴り渡る警報に混じって流れた放送に、黙らざるを得なかった。
『艦内戦闘態勢!艦内戦闘態勢!市街地に正体不明の機動兵器出現!!さらに二個のチューリップを確認!!』
正体不明の機動兵器!?それにチューリップだと?木星蜥蜴か!!
警報と放送が繰り返し流れる中で、俺はこれからはじまるであろう戦闘に、えも知れない恐怖を感じていた。
「始まりましたね、最初の宴が……」
そう呟くのは、整備士Zの監視の任務を受けたヤノである。頭を押さえて辛そうに廊下を歩いているが、アルコールをかいだ後遺症がまだ残っているようだ。
二日酔いの頭に緊急警報の大音量は、間違いなく最悪の組み合わせだ。ヤノはそう評価した。
この仕事が終わったら、警報の音量を下げる運動を起こそう。まずは運動員を集めて、ストライキでもしますか。
ぐらぐら揺れる頭は、正常な判断力と思考力を低下させる。それでもなお、身を隠そうと手近の空き部屋に入ったのは早計だったと言うしかない。なぜならその部屋には、ヤノが極度に苦手とする『あるもの』が充満していたからだ。
「何ですか、この部屋は……!」
所々薄汚れた壁や天井、整理されているとは言いがたいベッドの上の布団、そして散乱している酒瓶。そこはナデシコ提督、ムネタケサダアキの部屋だった。
咄嗟に口元を押さえるが、鼻と口からわずかに入ったアルコールが速やかにヤノの意識を奪う。
さあ、どう出ますか?漆黒の戦神殿……
視界がブラックアウトする寸前そう呟いたヤノは、どこか嬉しそうにしていた。
代理人の個人的感想
これ、ギャグじゃなかったの?(爆)。
まぁそこらへんは次回の展開次第ですか。
>ヤノ
落語じゃあるまいし匂いをかぐだけで二日酔とは(笑)。