機動戦艦ナデシコ



続・人ならざる者たちの挽歌




Case3

僕には仲間がいる。
四人の仲間がいる。
一人目は強くて頼もしい、いかにもリーダーって感じの人。
通称は”ファースト”って言うんだけど、僕たちはリーダーって呼んでる。
二人目は気が短くていつも怒ってるけど、誰よりも優しい人。
通称”セカンド”。
あまりの怒りっぷりから活火山とも呼ばれてるけど、本人に聞かれると噴火するからセカンドって呼んでる。
三人目はちょっと影が薄いけど、いつも笑っている楽しい人。
これといった特徴も無いから通称の”サード”って呼んでるんだ。
四人目はいつも冷静でクール、その実僕たちの中で一番傷つきやすいって事を皆が知っている。
”フォース”の通称で呼ばれるけど、本人はクールって呼ばれるほうがいいみたい。
ちなみに僕の通称は”フィフス”。
割と色んな事を知っていて、皆が疑問に思っていることを答える役回りになってる。
博士って呼ばれてるけど、どうも背中の辺りがくすぐったい。
そんな僕たち五人はいつも仲良し。
何があろうとも、絶対に離れることは無いと誓ったんだ。
さあ、今日はどんなことが起こるかな?




僕たちの朝は結構気まぐれ。
ご主人が起きてくれないと僕たちも起きれないんだ。
そうそう、言い忘れてたけど僕たち五人にはご主人がいる。
優しくて気前のいい、だけどちょっと思い込みの激しいご主人が。
最近は同僚の男の人にアプローチをかけてるんだけど、なかなか上手くいっていない。
僕たちはその様子にやきもきさせられてるんだ。
ご主人はこんなにいい人なのに、何であの人は振り向いてくれないんだろう。
リーダーはあの男の人が悪いって言ってるし、他の皆も大体同じ意見。
だけど僕たちには何もできることが無い。
強いてあげればご主人が上手くいくことを祈るくらいかな。
僕たちは五人共、ご主人が大好きなんだ。
誰が一番ご主人の事が好きかってもめたこともある。
結局のところ、皆が皆同じくらい好きだということを再確認しただけだった。
やっぱり僕たちは仲良しなんだということを改めて思い知らされたよ。
こういうのを、『友情の確かめ合い』っていうんだよね。
あ、ご主人が起きてきた。
眠たそうな顔で写真立てを眺めてる。
顔を赤くしたと思ったら、ゆっくりとその写真立てに口付けしちゃった。
あの写真、ご主人がアプローチをかけてる男の人のなんだけど、毎朝同じ事をしてるんだ。
たぶんおはようのキスだと思うんだけど、毎日同じ光景を見せられるこっちの身にもなってほしい。
僕は何とか慣れてきたけど、リーダーなんか最初に見た時は真っ赤に染まって気を失っちゃったんだ。
一番ひどかったのはクール。
僕たちの中で一番純情で、今でも見るたびに真っ赤になってる。
だったら見なければいいのにって思うんだけど、それでも見たいっていう気持ちのほうが強いんだってさ。
最初の頃なんか、思い出すのもかわいそうになるくらいに狼狽してた。
サードは爆笑してたんだけど、いつの間にか笑わなくなったんだ。
クールに圧殺されたって言ってたけど、怒らせると怖かったんだね。
そんなこんなでいつもの朝が来て、ご主人が着替え始める。
クールを除く四人はキスの方には慣れたけど、こっちは未だに平常心を保てない。
よく考えたらご主人の着替えを見るほうが刺激が強いはずなのに、なぜかクールは無反応。
クールって、本当に良く解らないよ。



今いるのはご主人の仕事場。
ご主人が同僚の女の子と女の人に挨拶をしながら席に座る。
髪をツインテールにまとめた女の子と、胸の大きさがご主人とは段違いの女の人も親しげに挨拶を返してきた。
僕たちはいつもご主人と一緒に行動しなきゃいけない。
ご主人と一緒にいると退屈しないし、あの男の人へのアプローチを見るのは何よりの楽しみだから、別にいいんだけどね。
仕事場に来る前も早速やってくれたし。
ご主人が部屋から出た時に、あの男の人が歩いているのを見つけたんだ。
確かご主人はアキトさんって呼んでたっけ。
アキトさんはご主人が後ろから近付いていくのに気付いていない。
そろ〜っとアキトさんの背中に寄っていって、ぎゅって抱きしめたんだ。
こう、後ろから羽交い絞めにするみたいに。
『だ〜れだ?』
とてつもなく甘い声を出すご主人に、まずクールが撃沈。
真っ赤になって行動不能に陥っちゃった。
だけど僕たち四人も別の意味で撃沈しそう。
だってご主人はアキトさんの背中にくっついているんだよ?
それこそアキトさんの背中の匂いが感じられるほどにだよ?
ご主人の体とアキトさんの背中に圧迫されるこの感触は……正に天国と地獄状態。
ちなみに抱きつかれたアキトさん、思いっきり動揺してる。
筋肉が固まっちゃってるし、時々呻き声みたいなものが聞こえてくるからね。
アキトさんもクールに負けず劣らず純情なんだ。
この前ご主人がキスを迫ったことがあったんだけど、一目散に逃げてっちゃった。
リーダーは「男の癖にだらしが無い」って怒りをあらわにしてた。
「無様だな……」とはクールの談。
セカンドなんかリーダーにも増して怒ってた。
それこそ活火山の如く、怒りで真っ赤になるぐらいに勢いよく噴火してたんだ。
ご主人とアキトさんの関係を一番応援してるのはセカンドだからなあ。
いつも笑ってるはずのサードが恐怖に顔を歪ませていたぐらいに、その時のセカンドは怖かったよ。
そういえば僕、サードが笑っていない場面なんてほとんど見たこと無いや。
そう考えると、セカンドが活火山って呼ばれる理由が良くわかる。
セカンドだけは怒らせないようにしよう…………
そんなことを思っていたら、急に圧迫感から解放された。
後に残ったのは、アキトさんが走り去る足音とアキトさんの悲鳴、そして残念そうにため息をつくご主人だ。
どうやらアキトさんがご主人の手を振り解いて逃げたみたい。
でもこれで諦めないのがご主人なんだよ。
それがご主人のいいところ。
何事にも挫折っていう言葉を知らないから、最後までやり遂げられる。
僕たちはそんなご主人が好きなんだ。



こんな経緯があったんだけど、ご主人は何事も無かったかのように仕事をしてる。
肝っ玉が強いというか、なんというか……多分アキトさんを押し倒した後でも全く動じないんだろうな。
こういうところは、僕たちも見習わなくちゃいけないと思う。
特にクール。
冷静な割にすごく純情だから、色恋沙汰ともなると普段とは別人かと思うくらいにうろたえちゃうんだ。
でもご主人が着替えるところだと全然平気なんだよね。
この前、その事についてクールを除く皆で話し合ったことがあるんだ。
といってもクールは参加しないだけでその場にいるから、あまり意味ないんだけどね。
リーダーが言うには、「クールは僕たちと何かが違う」とのこと。
キスシーンと着替えシーンで、どちらがより欲情を催すかといえば着替えシーンだ。
これについてはクール以外の全員が賛成している。
キスという行為自体はそれほどいやらしいものでもなく、むしろご主人の場合はいつまで経っても初々しいものがあるんだよ。
だから妙に可愛らしくて、欲情などは湧きあがってこない。
だけど着替えともなると話は違ってくる。
まずご主人の着替えは寝巻きの上を脱ぐことから始まるんだけど、これがかなり応えるんだ。
裾に手をかけて上に引っ張りあげるのはいいが、アゴに引っかかってなかなか脱げない。
ご主人は寝るときに下着を着けてないから、腰の上から喉の辺りまで素肌が丸見えになる。
この段階でサードが撃沈。
時々リーダーも一緒に沈むけど、大抵は耐えてるね。
何とか寝巻きを脱いで上半身裸になったところで、なぜかそのまま腹筋を50回。
着替えてからすれば良いのにと思うんだけど、一度ご主人に聞いてみたいことの一つだ。
その苦しげな、それでいて悩ましげな表情と声にリーダーとセカンドが相次いで撃沈。
どっちが先に倒れるかはその日によって違うから、いつもクールと僕で先に倒れるほうを賭けてるんだ。
リーダーかセカンドか、の二択で同時という選択肢は無し。
ちなみにこれまでの戦績は68戦3勝28敗37引き分けで僕の完敗。
引き分けはリーダーとセカンドが同時に倒れた場合で、半分以上ダブルノックダウンしてる。
で、腹筋が終わった後はそのままの状態で柔軟体操。
ご主人って体が柔らかい割に、妙に悩ましげな表情をするんだ。
仮にこの姿を健全な成年男子が見たとしたら、10人中5人は鼻血を出してその場に倒れるに違いないよ。
え、残りの5人はどうなるかって?
……………………襲うね。
これ以上の追及は勘弁して欲しい。
僕だって平気なわけじゃないんだから。
この段階で僕も撃沈するんだよ。
そのあとの記憶はあやふやだけど、体操の後は制服の上を着てから寝巻きの下を脱いで、スカートをはくはず。
この一連の過程で、僕たち四人が撃沈されなかったことは無く、クールはいまだかつて撃沈したことが無い。
着替えシーンを初めて見た時も堕ちなかったと言うから驚きだ。
堕ちなかったとはクール本人の証言だけど、彼が嘘をついたことは一度もないから信憑性は高い。
そんなクールが、おはようのキスで毎回撃沈されてる事が不思議でたまらないんだ。
セカンドやサードにも答えがわからないみたい。
かく言う博士の異名を取る僕にも、全くと言っていいほど見当がつかないでいる。
結局、話し合いは「クールはそういう奴だ」という方向で決着。
この後、僕たち四人に共通の見解が出来た。

『世の中、平等に出来てるんだな』



色々あってご主人の今日のお勤めが終わり、同僚達は部屋へと戻っていく。
かなり疲れた様子のご主人も部屋へ戻るのかと思ったんだけど、いつもと違う道を辿って着いたのは別の部屋。
ここって確か、バーチャルルームのはずだよね。
ご主人が前に使ったことあるから覚えてる。
でもこんなところに何の用があるんだろう。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、バーチャルルームに設置された機械を手馴れた様子で操作していくご主人。
その時、ご主人の手が一瞬止まる。
手順を間違えたのかと心配する間もなく、ご主人の指が一つのボタンを押した。
それと同時に空中に現れる女の人。
ご主人の同僚で大人っぽい女の人がいたんだけど、この人はその人よりも大人っぽい、より成熟味を増した感じだ。
年齢は30を超えるか超えないかぐらいの完熟な女性で、白衣を身に着けている。

『説明しましょう』
プチッ

その女性がそこまで言ったところでご主人が再びボタンを押し、女性は虚空に消えた。
何事も無かったかのように操作を続けるご主人。
さっきのはなんだったんだろうか。
僕はそう疑問に思わざるをえない。
ひょっとしたらあれは、この部屋を使うための儀式なんだろうか。
それともご主人がなんとなくボタンを押しただけなのか。
あるいは単に間違えただけなのか。
今度みんなで話し合う機会があったら、この話題を持ちかけよう。
きっと盛り上がるに違いない。
そう心に決めていたらご主人の前に画面が現れ、とある景色を映し出した。
夕焼けに照らされた断崖絶壁。
その絶壁に抱きつくようにして、波しぶきが激しく岩肌にぶつかっていく。
波間からは切り立った岩が突き出て、絶壁から落ちてくるものを全て狩りとらんと待ち構えていた。
赤い空に天高く舞う鳥達は、大きく旋回しながら自分達の巣へと帰っていく。
その風景の中でご主人がいつの間にか断崖絶壁の端に立ち、水平線に沈んでいく夕日を眺めていた。
いつもより大きく見える太陽はゆらゆらと揺らめきながら、徐々にその姿を隠してしまう。
海風がご主人の髪をたなびかせ、夕日が顔を朱に染める。
何をするんだろうかと見ていたら、ご主人の叫び声が聞こえた。
『アキトさーーーーーん、好きでーーーーーーす!!』
『貴方の笑顔が、声が、仕草が、忘れられませーーーーーん!!!』
『艦長なんかには、絶対に負けませーーーーーん!!!!』
この部屋、防音設備って整ってたかなあ、と思わず心配してしまったほどの大音量。
さすが、通信士という仕事に就いてるだけのことはある。
妙なところで感心していると不意に画面が消えた。
『ふう、発声練習終わり!』
……発声練習だったみたい。
実に満足気なご主人の声が聞こえた。
『これならいざって言う時の予行演習にもなるし、気分も出るし。一石三鳥よね』
仕事の疲れはどこへやら、元気満々といった感じでバーチャルルームを後にするご主人。
この部屋、ストレス解消にぴったりだなあ。
ご主人の部屋へ帰る途中、そんなことを思ったよ。



バーチャルルームを出たご主人は、晩御飯を食べに機嫌の良いまま食堂に寄った。
食堂は相当人が集まっていて、たくさんある椅子のほとんどが人で埋められている。
入り口で食券を買ったご主人は厨房で料理と交換して、その辺の空いている席に座った。
ご主人のお気に入りは値段も手ごろな火星丼セット。
火星丼っていうのは大きなソーセージがのったハヤシライスのことで、サラダと温かいコーンスープがセットメニューとしてついてくる。
実はこの食堂、アキトさんが勤務してるんだ。
ご主人がここにくると機嫌が良くなるんだけど、アキトさんが居るからだったりする。
アキトさんの料理はすごく美味しいらしいんだけど、ご主人が食べるとより美味しく感じるんだろうな。
「恋心は最高の調味料」とは誰の台詞だったか。
僕も恋をして、その人の料理を食べてみたい…………
そんな感じでご主人が至福の時を味わっていると、誰かがご主人の前の席に腰掛けた。
『あ、メグミちゃん。奇遇だねえ』
『あ、艦長。艦長もお食事ですか?』
お互い和やかに声を掛けるけど、僕達はその内側に含まれる剣呑な響きを感じ取ってしまう。
リーダーやセカンドはぶるぶる震えてるし、サードに至っては心神喪失状態。
クールはさすがに平静のようだけど、小刻みに痙攣してる。
僕だって気を抜いたら気絶してしまいそうなほど、二人の間には見えない何かが充満していた。
ご主人の前に座った艦長という人も、アキトさんの事が好きなんだ。
聞いたところによると、アキトさんの幼馴染で結婚を約束した仲なんだって。
本当かどうかはわからないけど、ご主人の強力なライバルということは確かだ。
ふと周りを見ると、あれだけいた人がいつの間にかいなくなっている。
どうやら僕達と同じものを感じたみたい。
だけど僕達は危険を察知できても、他の人たちのように逃げることが出来ないんだ。
これが僕達の宿命。
ご主人と共に行動し、決して離れることは無い。
権利でもなく個人の意志でもなく、全ては決められたこと。
僕達がこの世に生を受けた瞬間に定められた、絶対たる真理。
逆らうことは許されず、また逆らう術も持たない。
こんなことは普段ならどうって事は無いけど、こういう状況に置かれるとその真理が憎らしくなってくる。
いつもの事とはいえ、なんとなく理不尽な気分にさせられるんだ。
ああ、早く終わらないかな。



ご主人がご飯を食べ終わったのが約30分後。
僕達にとって拷問と変わりないその時間は、非常に長く感じられた。
クールは何とか耐えたらしいんだけど、僕も含めた他の四人は気絶しちゃったんだ。
気がつくとそこはご主人の部屋。
仕事の疲れが出たのか、ご主人はベッドですやすやと眠っている。
いつもなら僕達も寝るんだけど、今日はこれから大切なことが始まるんだ。
実は、今日は年に一度の『配置換え』の日。
僕達は、序列に従って通称が与えられている。
リーダーは”ファースト”だから一番上。
二番目が活火山こと”セカンド”で、真ん中が”サード”。
四番目は”フォース”のクールで、一番下が”フィフス”の僕だ。
その順番は年に一度入れ替えられ、その節目が今日なんだ。
何でこんなことをするのかは解らない。
特にしなくちゃいけないことでもないと思うんだけど、これも決まりなんだ。
というわけで早速配置換えをする。
どういう基準で決まるとかそういうのは別に無く、好き勝手に自分の好きな場所に収まるだけ。
ただ、サードは常に三番目にいなきゃいけない。
なぜかというと、他に呼び名がないから場所を変えると混乱しちゃうんだ。
これもまた一つの決まり……涙を誘うけどね。
皆がそれぞれの場所についた結果、一番上にクールが来て二番目はリーダー、四番目は僕で一番下が活火山だ。
これでみんなの通称が変わり、クールが”ファースト”でリーダーが”セカンド”、僕が”フォース”になって活火山が”フィフス”となる。
ややっこしいことこの上ないけど、これで年に一度の儀式は終わった。
さあ、明日に備えてもう寝よう。
この次に目が覚めるときは、新しい気分で朝を迎えられそうだ。





僕には仲間がいる。
四人の仲間がいる。



これからも、ずっと――――








ちょっと余談になるんだけど、この配置換えの後しばらくして、セカンド……いや、活火山が呟いた一言があるんだ。

「前と大して感触は変わらない」

活火山の前の位置は上から二番目、丁度ご主人の胸の位置に当たる。
今の位置は前に僕がいた場所、おへその下辺りだ。
でもさ、活火山。
それは言っちゃいけないことだと思うよ。



ご主人の胸の出っ張りがお腹と同じぐらいだなんて。






僕もそう思ってたけどさ!


ー了ー



=あとがき=
どうも、ソル=ブラッサムです。
いや、我ながら妙な一人称になってしまいました。
ちなみに「メグミちゃんのナデシコの制服のボタン」だったりします。
ナデシコの女性用の制服にボタンがあったどうか確証がありませんが、もしなかったらすみません。
前回のスタミナドリンクに引き続いてメグミちゃんの登場と相成りましたが、いかがだったでしょうか。
代理人様にオチが弱いと言われ自分なりに何とかしてみたつもりですが、フォントを大きくするしか思いつきませんでした。
ちなみに最後の余談の部分。
これが書きたくて、主役をメグミちゃんのボタンにしました。
メグミファンの皆様、特にメグミ親衛隊の方々。
突っ込みはいくらでも受け付けますので、よろしく(爆)
それでは、また

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

メグミの制服ってボタンなのかなぁ・・・といっちゃいけないツッコミをかましつつこんばんわ(爆)。

後、やはりちょっと落ちが弱いですかねぇ。

「タメ」がありませんので。