第六話 いつかお前と歌う詩
ナデシコと俺達は、無事に合流を果たし、
敵を撃退しつつナデシコは、敵の包囲網から逃げ出した。
が、依然として危機は身近にある。
今、ブリッジでは今後の作戦を全員で考えている。
こればかりは…俺にもルリちゃんにも手の出し様がない。
そして、イネスさんの『説明』が始まる。
……やはり、嬉しそうである。
「結論を先に言うと、私達はナデシコに乗る気はない。
火星を離れるつもりはない、ということよ。」
「何故です！私達は地球から皆さんを助けるために…」
ユリカが尚も言い募ろうとするのを、手を上げて押さえるイネスさん。
「それをこれから説明しましょう。
まず、私達は地球を信用していない、火星を見捨てた地球なんかね。
そして第二に…これが肝心なんだけど、今のナデシコ一隻の実力では火星を解放することは…
いえ、それどころかこの火星から逃げ出すことさえ無理ね。」
「そんな！！
そんな事は…」
先の戦闘を思い出したのか、声が尻すぼみに小さくなっていくユリカ。
周りの人間も何も言えず、押し黙る。
それも仕方が無いだろう。
今迄最強の武器であったグラビティ・ブラストは、敵のフィールドに防がれ、
逆にナデシコは、敵の集中攻撃の前に甚大な被害をだしつつ撤退するのがやっとの事であった。
現在のナデシコでは、自力で大気圏外に出ることさえ覚束無い。
静まり返ったブリッジの雰囲気など気にせず、
イネスさんの『説明』は、なおも続く。
「先程の戦闘で、木星蜥蜴もディストーション・フィールドを張れる事が解ったわよね？
ナデシコの最大にして最強の攻撃方法であるグラビティ・ブラストも、封じられたも同然よね。
さらに、今現在も敵はチューリップから増援を呼び続けている、それに引き換えナデシコは…
…さて、この現状を踏まえた上で、何処をどうしたら勝てるのかしらね？」
相変わらず、怒涛の説明だな…
しかも正論で押して、相手に逃げ道も与えないし。
イネスさんは、『説明』が出来たからか上機嫌で言葉を続けた。
「まあ、この後のことは艦長の能力に期待するとして…」
「するとして…」（ブリッジ全員）
「流石にお腹が空いたわ…
アキト君、悪いんだけど、食堂にでも連れて行ってくれないかな？」
おやおや、御指名を受けてしまった。
御指名を受けて、断るなんて事を俺がする筈もない。
「解りました、俺でよければご案内しますよ。」
「そんな他人行儀な事言わなくても良いじゃない。
私を抱き抱えて敵陣を突破した仲じゃない。」
ピキッ…
ブリッジの音が消えた。
今何か言った奴は殺される、そんな雰囲気の中、
解っているのかいないのか、メグミちゃんが追い討ちをかける。
「じゃあ、私もアキトさんに抱かれて敵陣突破した仲ですから、
もうアキトさんと、他人行儀な事をする必要はないですね！！」
パキィィィィィン！！！
音がしない筈の空間に、何かが砕け散る音を俺は確かに聞いた。
そして、その何かが砕けた後に残ったモノが、
俺の計画を台無しにしてしまう可能性があることを、俺は直ぐに悟っていた。
頑張れ俺、未来は今にかかっている！！
「まったく、メグミちゃんもイネスさんもそんなこと言って…
それじゃあ、俺はナデシコに乗っている全ての人と他人じゃなくなってしまいますよ。
だって、まずルリちゃんには敵のミサイルがどっちから来るかとか助けてもらってますし、
リョーコちゃんやガイ達なんて、背中を預け合ってますし、
ウリバタケさん達整備班がいなかったら、戦うことなんてそもそも出来ません。
ホウメイさん達がいないと、生きていけませんし、
プロスさんに拾われなければ、ナデシコ自体に乗っていませんし、
他の全ての人達に支えられて、俺は敵と戦ってるんですよ。
まあ確かに、一緒のエステに乗って戦うなんてことは普通ないですけど、
それも、これからもあるかも知れませんし…
何も特別なことではないですよ。」
一息入れて周りの反応を確かめるも、まだシーンとしている。
「ただ、知っていて欲しいのは、
俺はナデシコに乗っている全ての人の事を、もう他人だと思っていないという事です。
もちろん、ナデシコの中には、好きな人や嫌いな人、まだ話しをした事がない人等もいます。
でも、そんな人達も含めて、俺は、ナデシコに乗っている人達は家族の一員だと考えています。
…言葉遣いは、俺の癖みたいなもので、フランクには出来ませんけど……」
俺は話し終わると、顔を伏せて、皆の反応を待つ。
話し終わり暫く待っても、誰も何も言わない。
これは、失敗したかなと、観念した。
さよなら、明るい未来。こんにちは、囚われの未来。
「うううっっ、テンカワ。
お前がそんなふうに俺達の事を思っていてくれたなんて…」
あれ、ウリバタケさん？
「ぼ、僕は！君の事を誤解していた！！
テンカワ！！これからは、一緒に頑張ろう！！」
いや、ジュン、どうしたのさ？
「アキト〜〜〜（涙）！！アキト、アキト、アキト！！！」
「アキトさん」「テンカワさん」「アキトくん」「テンカワ」「テンカワさん」
いきなり俺の前には、無数のウィンドウが一斉に開かれ、
時には泣きながら、時には真面目な顔で、それぞれ何か言っている。
何時の間にかナデシコに乗っている人全員が、俺の話を聞いていたらしい。
これは、俺の話に感動したのか？
俺は勝ったのか？……いや、これは、勝ったに違いない。
そう、俺は勝ったのだ！！
ビバッ！！薔薇色の人生！！！
「センサーに反応…間違いありません、護衛艦クロッカスです。」
「そんな、信じられない！！
クロッカスは、地球でチューリップに吸い込まれた筈なのに…」
ブリッジに入ったとたん、ユリカとルリちゃんの声が聞こえてきた。
「そう！！そこで私の仮説が成り立つ訳なのよ。
木星蜥蜴が使うチューリップ…あれは一種のワープホールだと、私は考えているわ。」
俺と一緒に入ってきたのに、何故もう会話に入れる？
というか、話の流れをどうして知っていたんだ？
イネスさん、『説明』の為なら、サイエンスの後にFが付いても気にしないんですね。
「そんな…チューリップが一種のワープ装置だ、と言うんですか？」
「そうよ…そう考えれば、木星蜥蜴が何故あれほどの軍隊を、瞬時に動かせるか説明がつくわ。」
ユリカとイネスさんの討論は続いている…
しかしユリカよ、あのイネスさんと討論できるなんて、伊達に主席卒業してないな。
「さて、アキト君…貴方はどうしてこの提督の下で戦っているの？」
突然、イネスさんが俺に話しかけてきた。
「この提督が火星戦役で、ユートピア・コロニーにし『そこまでにしてもらいましょうか』」
「俺とて火星の住人だ…しかし、もう昔の事です。
時間は戻りません…それに、俺はナデシコに乗ってから提督の事、見てきましたしね。」
なかなか上手い言い回しが出来ただろう、自画自賛してもいいくらいに。
「そう…見かけより大人なのね、そんな考え方ができるなんて。」
そう言うとイネスさんは、プロスさんとの話に向かった。
俺はその後の会議を横目に、ルリちゃんに近付く…
「ルリちゃん…やっぱりクロッカスに生体反応はない？」
「ええ、反応ありません。」
「そっか……」
「…アキトさん、何でも自分でやってしまおうなんて思わないで下さい。
私もいます、ラピスだっています。
一人で抱え込みすぎないで下さい。」
「…ありがと、ルリちゃん。」
過去と同じくネルガルの研究施設に向かうこととなり、
そのパイロットに俺、リョーコちゃん、ヒカリちゃんの三人が選ばれた。
イズミさんとガイは万が一のため、ナデシコで待機ということになった。
先行偵察中、俺は先頭で氷の大地を走っていた。
リョーコちゃんとヒカリちゃんは、俺の後ろで会話を楽しんでいた…緊張感の欠片もない…
「だから砲戦フレームなんて嫌いなんだ。
重くって仕方がないぜ！」
「ぼやかない、ぼやかない！」
敵がいないからって、一応は作戦行動中なんだけどな…
まあ、お通夜みたいなのも勘弁して欲しいが。
「！！二人とも止まれ！！」
俺は二人に急停止を指示する。
「ど、どうしたんだ、テンカワ？」
「敵でもでたのぉ？
レーダーには反応はないけどぉ？」
確かにレーダーには敵機影はない。
しかし、戦闘時の俺の直感にはずれはない。
そのおかげで、俺は今も生きてこうしているのだから。
……いた！！
「リョーコちゃん、右の足元だ！！」
「何！？」
ドゴォォォン！
氷の地面の下から無人兵器が奇襲をかける。
「うわぁぁぁ！！」
砲戦フレームの為、動きが鈍いリョーコちゃんを目標に選んだそいつは、
エステバリスのコクピットにへばり付き、今まさにドリルのような物を発射せんとしていた。
「おい！ちょっ、ちょっと待て！！…テ、テンカワ〜〜！！助けて〜！」
もちろん俺が、リョーコちゃんにアピールできるチャンスを逃すわけもなく、
「了解！」
俺はエステバリスで、蜥蜴に体当たりをしてリョーコから弾き飛ばす。
そしてそのままの勢いで蜥蜴を追いかけ、止めをさす。
「…助かったぜ、テンカワ。」
リョーコちゃんが珍しく素直にお礼を言ってくる。
「どういたしまして。」
俺の笑顔がどれだけの破壊力があるかを知っているうえで、あえてここで使う。
会心の一撃クラスのダメージを与える事が出来たはずだ。
「…………ポー」
「どうしたの、リョーコちゃん？」
「い、いや、何でもない。」
声が裏返りそうになりながらも、一応平静を装っているリョーコちゃん。
作戦は成功を収めたといっていいだろう。
「ふ〜うん、アキト君だったらリョーコの白馬の王子様も勤まるねぇ〜。」
いきなり会話に割り込んでくるヒカリちゃん。
しかし、前回もそうだが本当にリョーコちゃんをからかうのが好きだよな。
「ば、ばっきゃろ〜！急に何言い出すんだよヒカリ！」
「だって、リョーコは自分より強い男としか付き合わないってぇ〜。」
「だからって！！テンカワとは！！」
「照れない、照れない…」
実際、リョーコももはや自分の気持ちに気付いていた。
さっきの笑顔が脳裏にこびりついて離れない、まさに止めを刺されたのがわかった。
「研究所の周りに、チューリップが五個ですか。
どうします艦長？」
「私は…これ以上クルーを危険にさらす事は、できません。」
「確かに、ナデシコが完全な状態でもちょっと無理がありますからな。」
ブリッジは水を打ったような静けさになってしまった。
皆わかっているのだ、前回同様ディストーション・フィールドが強化された戦艦が出てきたら
勝てない事を。
「………よし、アレを使おう」
フクベ提督が昔通りの作戦を提案した。
「アキトさん。」
「仕方がないんだよ、ルリちゃん…
今の俺達には、これ以外に火星から脱出する手段がないのだから、
それに、提督とはまた会えるさ。」
未来を変えようとしている人間の言う台詞ではないが、
今は、そう信じるしかないだろう。
そう言う俺にルリちゃんが手に持っていた物を渡してくれた。
「これ…先程完成しました。」
「ジャンプ・フィールド発生装置、出来たのか。
これで、今後の展開には、有利に働くな。」
「済みません…ラピスからデータ転送を受けてから、オモイカネと頑張ったのですが…」
申し訳なさそうに言うルリちゃんを抱き寄せる
「ルリちゃんは、十分頑張ってくれてるよ。
あんまり、無理しないでね、ルリちゃん。」
そういいながら、ルリちゃんのおでこにキスをして、
「それじゃあ、動作テストも兼ねてラピスに会いに行ってくるよ。」
「は、い、アキトさん。
作戦は三時間後に決行ですからね。」
「ああ、解ってるよ…」
そして、俺はジャンプ・フィールドを展開し、地球にジャンプした。
（ラピス。）
（アキト！！どうしたの？）
「いや、ラピスに会いたいと思ってね。」
（え！？）
「…久しぶりだね、ラピス。」
「アキト？……アキトだ！！」
俺に体当たりするかのような勢いで、抱きついてくるラピス……
昔であれば、ここまで感情を顕にはしなかった筈だ。
順調に女の子として成長している事をうかがわせる。
それにしても、ラピスはまだ六歳。
そんな年齢の時から、研究室に閉じ込められているとは！
俺は改めて、ネルガルの非人間的な一面を思い知った。
「ジャンプ・フィールドが完成したんだね。」
「ああ、これからは何時でもラピスに会えるよ。
ただ、これからナデシコは八ヶ月間音信不通になるけど……」
「火星でのジャンプの所為だね。」
「そうだ…済まないが我慢してくれラピス。」
「仕方ないよね…
今は他に方法がないんだし…」
ラピスは、結構簡単に納得してくれた。
できた娘をもってお父さんは幸せだよ。
「悪いな、ラピス。」
「アキトが悪いんじゃない…
それについては納得するけど、あの時アキトは何をしてたの？」
やはり聞かれてしまった。
あの時というのは、メグミちゃんにキスをしようとした時の事だろう。
「……ラピス。
大人には大人の付き合いがあるんだ。
俺みたいに多くの女性にモテル男は特に。」
「…言っている事が良く解んないよ、アキト。」
当然だろうな、俺も良く解っていないんだから。
「簡単に言うと、
俺が多くの女性とああいう事をするのは義務である、と言う事だ。」
「嘘吐き。
私だってこっち来てから色々勉強したんだからね。」
むむ、せっかくの紫の上化計画が…
これもハーリー君の所為に違いない。
「ラピス、俺が信じられないのか？
俺はこれからも多くの女性にああいう事をしていくだろう。
それを見てられないと言うなら、ナデシコに乗る事はできないな。」
支離滅裂な論理を振り翳し、
ラピスに責任転嫁する俺。
「う〜〜ん。
じゃあ、私にもキスして、そうしたら納得する。」
「ラピス。
ラピスはまだ六歳。
幾らなんでも速いよ、せめて十一歳は過ぎないと…」
そんな会話をラピスとしてから、俺はナデシコに戻った。
今、俺とフクベ提督、そしてイネスさんは、護衛艦クロッカスに向かっている。
提督は手の上で、イネスさんは俺とコクピットの中。
前回もそうだったが、イネスさんとは密着する運命みたいなものがあるのかな？
とても嬉しいが。
「クロッカスより通信。」
『…アキト君
私は君の言葉に救われたよ。
確かに私がいくら謝罪した所で、ユートピア・コロニーの人達は生き返らない。
今、行っている事も私のエゴかもしれん…
だが、君達若い者を生かす為なら、コロニーの人達もこの我侭は許してくれるだろう。
君達が何を悩み、何を考え、何を求めているかはわからん！！
だが、その人生は…まだ…始まった…ば…』
最後までは聞けなかったが、
大丈夫、また会えるさ。
ナデシコはチューリップに吸い込まれていき、
俺達の意識は、白い光に飲み込まれていった……
後書き
今回のアキトによる皆への、またラピスへの説得について突っ込むのは、ご勘弁を。
私自身、無理があるのを承知の上なので。（どうせ私に書けるのはあの程度が限界ですよ。）
説得のシーンを入れたのは、コンプリートする為には某同盟があると難しいと思ったからです。
それに、某同盟を立ち上げるのは簡単ですし…
ラピスの所をどうしようかで大変時間を取ってしまった。
それでもこの程度ですが…
呆れずに読んでいただけたら、幸いです。
代理人の「ちょっと待ていアキト！」のコーナー（笑）
タテマエとホンネを器用に使い分ける・・・・。
着実に熟練（堕落とも言う）してきていますな、アキトくん。
ほら、一部の例外（クリさんとか(^^;）を除き、
「黒でないアキト」って女性には判で押したように奥手で不器用じゃないですか？
こう言う器用なアキトって言うのがえらく新鮮に感じますねぇ（笑）。
で、今回もツッコミどころは色々ありますが「ちょっと待てアキト！」を選ぶならココ！
幾らなんでも早いよ、せめて十一歳は過ぎないと…
一般的には十一歳でも充分ダメだと思うぞ、私は。
だいたい基準はどこにあるんだ、どこに（笑）。