第十一話 忘れえぬ日々
破壊されたナナフシを残して、俺はリョーコちゃんとナデシコへ帰った。
そこで見たものは、色々な軍服を着たブリッジクルー…
確かに、ナデシコらしいと言えなくもないが、
死ぬ気で戦って帰ってきたら、ブリッジは遊んでました。
………解ってたってやる気なくなるぞ。
俺は肉体的にも、精神的にも疲れた身体を休めるため、厨房で料理を作ってリフレッシュする事にした。
やっぱり厨房はいい。
疲れた身体でも程よい緊張を与えてくれる。
やはり、コックという仕事は天職なのだろうか。
そんな事を考えながら料理をしていた上に、やはり疲れが溜まっていたらしい。
俺はシチューを焦がし、その上鍋を零してしまい、手に火傷を負ってしまった。
そんな訳で俺は医療室にいた。
「どうしたのよ。
アキト君らしくないじゃない。」
火傷の部分に薬を塗りながら、イネスさんがからかう様な声で話しかけてくる。
白衣を着て手当てをしてくれるイネスさんを見ると、
改めて医者であったことを思い出させてくれる。
「面目ありません。」
実際何か言い返す気力も残っていなかった。
イネスさんはそんな俺を珍しそうな目で見詰めていた。
「……それにしても疲れているようね、アキト君。
なんなら休んでく?」
俺としても部屋に帰って、一人寂しく寝るよりは、
美人な女医さんがいる医療室で休んでいく方が、色々な意味で疲れが取れそうに感
じられた。
「そうですね。
遠慮なくお邪魔させていただきます。」
俺は医療室のベットで休ませて貰うことにした。
本当はイネスさんともっとお話したかったが、やっぱり疲れていたらしい。
横になるや、意識が失われていった…
二時間後、目覚めると……
「おはよう、アキト君♪」
「…状況の説明をお願いします、イネスさん。」
「いいでしょう!!」
俺の「説明」という言葉に反応して飛び起きようとするイネスさん。
ただ、俺に腕を抱えられたため、飛び起きる事はできなかったが…
そう、俺とイネスさんは今でも一つのベットの中にいた。
「イネスさん、どうせなら寝物語に教えてくださいよ。」
イネスさんは顔を赤らめながらも、ベットから出ようとはしなかった。
……そんなイネスさんが語った所によると、
「早い話し、アキト君が魘されていたから添い寝して上げただけよ。
初めは手を握っていて上げただけだったんだけど…」
イネスさんの顔がより一層赤くなる。
やっぱり、イネスさんって可愛いよな。
「アキト君ったら、強引に私をベットに連れ込んで…」
ah!my goddess!!
いや、間違えた、
オー、マイガッド!
「う、嘘ですよね!
イネスさんとの初めてが記憶にないなんて!!」
俺の狼狽振りを見て、
イネスさんは逆に冷静になったらしい。
「あ、あの、アキト君。
初めてって、私達ちゃんと服を着ているでしょう?」
そう言われて掛け布団を退かして見ると、
イネスさんは白衣を着たままだったし、俺も此処に来た通りの服装だった。
「ふ〜〜、焦りましたよ。
折角の想い人とのコトを覚えていないなんて、洒落にならないですからね。」
「お、想い人って、アキト君。」
「あれ、此処まではっきり言っているのに解りませんか、イネスさん?
どうせなら、最後までというのも有りですよ?」
予想外のハプニングだが、これを利用しない手はない。
そう思って接近しようとした俺に、イネスさんが冷や水をかける。
「あのね、アキト君。
ギャラリーがいるんだけどいいの?」
そう言ってイネスさんは隣のベットを指差した。
そこにいたのは、
「ガ、ガイ。
お、お前、どうして此処に?」
俺の半分裏返った声も気にせず、ガイが応えてくる。
「いや、さっきの戦闘でな、ちょっと怪我してしまったんで。
…それにしてもアキト、お前いつもこんな『ドゴッ!!』」
俺は気づいた時には、ガイの鳩尾に拳を入れていた。
これは拙い。
非常に、拙い。
どうにか誤魔化さないと……
………俺の目の前にはイネスさんが立っている。
ピコン!!
俺は名案を思いついた。
「あの、イネスさん!!
ガイの頭から、今から三時間程前までの記憶を取り除いちゃって下さい、お願いします!!」
そう、俺の目の前にはイネスさんがいるのだ。
そしてイネスさんは、マッドなのだ〜〜!!
「そう?
それじゃあ、この薬を使ってみようかしら。
まだ生体実験はしてなかったのよね〜〜」
ガイよ、静かに眠れ、俺の幸せのために…
俺はガイに嬉々として取り掛かっているイネスさんを残して、医療室をでた。
自室への帰り道でウリバタケさんと偶然会った。
「よう、テンカワ!!
丁度いい所であった、お前に頼みがあってな。」
「頼み?」
ウリバタケさんが俺に頼み事……
ルリちゃんのスリーサイズ?それ位しか思いつかないぞ…
それは俺だけの秘密だから、教える事はできないぞ。
「D・F・Sのデータ取りに協力してくれね〜か?」
実は真面目な話だったらしい、
だが俺は、失礼な事を考えていた事など、億尾にも出さない。
「D・F・Sのデータ取り?
何を考えているんですか?」
「ま、そのデータを基に、D・F・Sの出力を一定化するプログラムを作ろうと思ってな。
つまり、最低限の出力を持ったD・F・Sの量産化って訳だ。」
確かにリョーコちゃん達も一流のパイロットだ。
最低限のD・F・Sなら使いこなせるだろう。
「解りました。
データ取りには、時間が空いたら直ぐ、協力させて貰います。」
「おう!
じゃあ、時間が空いたら何時でも連絡してくれよな!」
そこで、ウリバタケさんと別れて、自分の部屋に戻る。
自室に戻ってくると色々な事が思い出される。
今日、過去と大きく変わった点があった。
これからは、もっともっと変わっていくのだろう。
それは、良い事なのか悪い事なのかは、元々気にしていない。
ただ、一つだけ解っている事。
これから先は俺にも予測不可能な未来であること。
だが俺は負けん。
全ては、コンプリートの為に!!
ナナフシ撃退から既に一ヶ月が過ぎ。
俺達は今日も今日とて連合軍の先頭に立って戦っていた。
その為、木星蜥蜴の攻撃第一目標になってしまっていた。
ま、ディストーション・フィールドとグラビィティ・ブラストがあるのは、ナデシコ以外には、
コスモスしかいないから、これもしょうがないんだけどね。
ただ何となく疎外感を感じるのは何故なんだろう…
「そっちがその気なら、こっちもその気!!
てってーてきにやっちゃいます!!」
ユリカはやる気満々だな。
あの熱血はやはり、ガイに通じるものがあるのだろうか?
「いいね〜、自分達の活躍で地球の平和を守れるなんて。」
言葉にまるで誠意が感じられないのは、大関スケコマシの言葉だからか?
「エステバリス全機、出撃!!」
ユリカの言葉に見送られ、俺達は戦闘空域に飛び立った。
「よし、いただきっ!」
アカツキはバッタをロックオンして、ミサイルを放った。
……が、実際にミサイルが撃ち落したのは、連合軍の戦闘機だった。
「もらった〜!」
リョーコもしっかりバッタをロックオンしたつもりだった。
…しかし、撃ち落したのはやっぱり連合軍の戦闘機……
ヒカルもイズミも同じだった。
ガイは……ミサイルではなく、拳で戦っているから関係なかった。
「そう言えば、オモイカネの反抗期があったっけ。」
となれば、ミサイルは一切使用できないのと同じ事。
こんな戦闘はさっさと終わらせるに限る。
「ルリちゃん、これってやっぱり?」
『ええ、、反抗期に入ったみたいですね。』
「そっか…
じゃあ俺は、D・F・Sでさっさとチューリップを落してくるから、
他の皆には、ライフル系か拳でバッタをやっつける様に伝えておいて。」
ルリちゃんに簡潔に指示を出すと、俺はチューリップへ向かった。
「えっ!?何!!何が起きたの!!」
ユリカはパニック状態だった。
味方に攻撃をバカスカかけている部下を見て、何も思わない上司の下には就きたくないがな。
今もリョーコ達は敵味方関係なく、公平にミサイルを打ち込んでいる。
見ている分には、気持ち良い位だが、撃ち落されたパイロットの心境は…
「エステバリス機、連合軍も攻撃しています〜」
ミナトの言葉に泣きそうな顔になっているユリカ。
そして、ムンクの叫び、そのままの格好で叫ぶ。
「味方を攻撃〜〜〜!!」
「攻撃誘導システムには、異常ありません。」
ルリが冷静に言葉を発する。
………反抗期に入らない様に教育しなかったのか、ルリ?
「ついでに、ナデシコの迎撃システムも連合軍をロックオンしています。」
「ナデシコのエステバリスは、今も敵味方関係なく攻撃中!
例外は、アキトさんと山田さんだけです!」
ルリとメグミがそれぞれ報告する。
「あ〜〜もう!!
攻撃、止め!!止め〜〜〜!!」
ユリカがついに癇癪を起こした。
それにしても、子供じゃないんだから…
「駄目です。
敵はもう至近距離です。
ここで攻撃を止めたら、袋叩きにあってしまいます。」
「じゃあ!!敵だけ!!敵だけを攻撃!!」
それ以外に命令の出し様がないが、それは命令以前の問題だぞ、ユリカ。
『僕達は敵を攻撃してるつもりだ!』
『さっきっから、そうしてる!!』
『なんで〜〜?(涙)』
『ま、なるように、なるわね…』
『俺の一人舞台か〜〜!!
正義の鉄拳を受けてみろ〜〜〜!!』
ガイ一人がノリにノッテいる。
その間も、連合軍の戦闘機はどんどん落ちていく。
『何考えてやがる!!』
『ふざけてんのか!!』
『覚えてろ!!』
連合軍のパイロットから、罵詈雑言を浴びせられている。
苦情担当(通信ともいう)のメグミが泣きそうな顔でユリカに言う。
「連合軍から苦情、非難が山の様に来ています〜(涙)」
「そんなのは、後!!
取り合えず、パイロットはなるべくミサイル使わないよ〜に!!
エステは、自分の身を守ることを第一に!!」
やっとパニックから戻ってきたユリカ。
冷静になれれば、やはり頭は柔かいのだろう。
「援護のエステバリスを出して下さい。」
いや、やっぱりまだ混乱しているらしい。
「パイロットがいません。」
そう、エステバリスのパイロットは全員出撃中である。
いや、一人の人物が椅子から立ち上がった。
「僕が行こう!
今こそ、僕の出番だ!!」
「……どうしたのジュン君?」
「僕がパイロットとしてナデシコを守ってみせる!!」
「ほへ?ジュン君ってIFS持ってた?」
ユリカ、ジュンを行かせるつもりじゃなければ、一体誰を出すつもりだったんだ?
「…ユリカ、僕がこのナデシコに乗るキッカケを覚えてないの?」
そうそう、あの何がしたかったか解らない、子供じみた行動を。
「え〜〜とっ……あっ!!
アキトが第二次防衛ラインを突破した時の事だよね!!
かっこよかったな〜、アキト!!」
ジュンは泣きながら格納庫に走って行ってしまったぞ。
「ジュンさんが出撃されます。」
「えっ!?ジュン君が?どうして?」
本当にジュンの話をまるで聞いていなかったんだな、ユリカ…
ま、その方がジュンの立場には、もっともらしいけどな。
「僕は、ナデシコを!
ユリカを守りたいだけなんだー!!」
そう叫んで、ジュンがカタパルトから射出される直前。
突っ込んできたバッタと正面衝突…
幸い、海面に落ちることなく、カタパルトで気を失っているが、さすがは、ジュンだな。
結局戦闘は、敵陣突破を果たしたアキトがチューリップを撃破。
バッタもガイの活躍と、
連合軍が退いたため、本当に周りが全部敵になったのでミサイルを使える様になったエステにより、残党処理されて終わった。
戦闘後のブリッジでは…
「勝ったから良かった様なものの、
この戦艦一隻、幾らするとお思いです!!」
プロスさんが珍しく、感情を顕にしているな。
ま、あれだけ豪勢に味方を撃ち落されたらな…
「あ、あれ、私が落した。」
「あ・の・ね!!
あのジキタリスはこのナデシコより高いそうで…」
イズミさんの言葉を聞いて、額に青筋を浮かべて怒鳴るプロスさん。
…しかし、ナデシコより高いなら、防空設備にもっと金かけとけよ。
そう思うのは、俺だけか?……突然の味方からの攻撃だからしょうがない面もあるけどさ。
「あたしも、70機落した…
ただ……半分以上は連合軍のマークが付いてたけど…」
「…ただ、では済みませんよ。」
顔色が真っ青になってきちゃったぞ、プロスさん。
「僕は落した数だけ言おう!
ジャスト、100機だ!!」
「78機が味方です!!」
アカツキの自信満々の表情が凍りつく。
アカツキのこういう表情は、なんか新鮮だな。
プロスさんはとうとう頭を抱えて沈黙してしまった。
……このシーンとした空気が痛い。
「全く、テンカワさんと山田さんが活躍されてなかったら、目も当てられない状況ですよ。」
少しは落ち着いたらしいな、プロスさん。
今回は不可抗力だし、皆の責任じゃないからな。
結局、今回の損害は、保険で支払う事になった。
……もう、ナデシコに保険をかけてくれるとこは、現れないんだろうな…
「で、どうしてこんな事になっちゃったのよ?
連合軍を攻撃したのは、どうしてなのよ?」
もっともな疑問をだしたのは、キノコ提督。
「やりたくてやった訳じゃねぇ!」
「そうそう。」
「…不可抗力よね。」
「何故わざわざ味方を攻撃しようとする必要がある。」
俺とガイは黙っていた。
ま、二人とも連合軍を落してないからな。
「じゃあ、整備不良?」
原因究明に対するこの意欲を他の事に回してくれれば、もっとマシな提督になるのにな。
「聞き捨てならねー台詞だな!
俺達の安全整備にケチつけよーってのか?」
ウリバタケさんも整備班も怒ってるな。
自信を持って仕事をしている人に、その仕事にケチつけようとすると、怒るわな。
そろそろ頃合いだと見て、俺はルリちゃんに目配せをする。
「待ってください。
パイロットにも、整備班にも欠陥は認められません。」
「じゃあ、何が原因なのよ?」
「それを解明するために、軍の調査団がこちらに向かっています。
……ナデシコの迎撃システムに問題があると言いたいらしいです。」
そしてやって来る調査団の船…
ピッ!!
あっ、やっぱりロックオンした。
「駄目!
オモイカネ、ソレは敵じゃない!!」
それでも、過去と同じくミサイルは発射され…
調査団の船は撃墜された。
全員の目が、一気にミナトさんへと向く。
「し、知らないよ〜〜!
私、何もやってなーい!!」
両手を上に挙げ、無罪を主張するミナトさん。
「調査団の船から脱出した救命ボートが救援を求めています。」
そのメグミちゃんの台詞が終わる前に、
ピッ!!
またもロックオンされる。
「駄目!!
それは敵じゃないの!!やめて、オモイカネ!!」
ルリちゃんの必死の説得のお陰で、
救命ボートは、無事にナデシコへ辿り着いた。
調査団がだした結論は、過去と全く同じで、
オモイカネの、システムの全消去と再インストールを行うらしい。
「やっぱり、大人って勝手だな……
都合の悪いことは無理矢理にでも、無かった事にしてしまうんですね。」
ルリちゃんの顔は、戻ってきてからで一番沈んでいた。
「…否定はできないよ。
でもね、人間というのは、個人で生きていく事はできない生物なんだ。
だから集団で生活し、社会を形成する。
そして、その社会を壊す恐れがあるモノに対しては、社会を守るという名目で排除する。」
俺としても過去にそのままいたら社会を壊す恐れがあるとして、排除されただろうな。
「でもね、それは大人が決めた、強者が決めた、勝手なルールなんだ。
それが納得できない時は、自分の力で守り、圧力を跳ね返す事もできるはずさ。」
そう、俺は過去でもそうやってあいつ等に復讐をした。
それが社会通念に反していようが構わず。
俺の言葉を聞き、ルリちゃんが微笑む。
「では、今回も……」
「もちろんだよ、ルリちゃん。」
そうして、ルリちゃんは計画を実行するためユリカの所へ向かった。
厨房で料理をしていると、ルリちゃんがウリバタケさんとユリカを連れてきた。
もうそんな時間か。
「ア〜キ〜ト〜!
ユリカ〜、お願いがあるんだけど〜」
「了解、ルリちゃんからも頼まれてるからな。
ウリバタケさん、行きましょうか。」
無駄な時間は要らないしな。
さっさと行こうとする俺の後ろで、何やらブツブツと呟きが聞こえてきた。
「……ルリちゃんとアキトって親しげだよね〜
アキトはユリカの王子様なのに………」
変に介入すると爆発しそうだしな、
勝手にフラストレーションを溜めていてもらうとするか。
そして俺達が辿り着いたのは…瓜畑秘密研究所 ナデシコ支部……
怪しさ大爆発の部屋。
「この臭い………シンナー?」
「男の人って皆こうなの?」
「…この部屋、嫌。」
俺達の反応など、まるで気にしない部屋の主。
「しょうがねーだろ。
制御室は変な奴らに占拠されちまってるし…
こんなヤバイ仕事は、ブリッジなんかじゃできねぇし。」
しょうがないんでウリバタケさんのコンピューターからオモイカネにアクセスする。
さすがに技術系ではナデシコでもトップなだけある。
ウリバタケさんの指の動きに見蕩れていても仕方ないしな、俺も準備をしよう。
「俺の方は準備できました。」
「こっちも準備完了です。」
「よっしゃ!!では、電脳の世界にGO!!」
ウィィィィィィンンンン
そして俺は…
ウリバタケさんのビジュアル化した、オモイカネの中に出現した。
本棚の林立するMITの図書館をベースにした世界だ。
ちなみに俺も過去と同じ格好だ。
「目的地はオモイカネの自意識部分だ。」
「私が誘導します。」
俺の肩に小さなルリちゃんが現れる。
ルリちゃんも過去と同じ格好だ。
「じゃあ、行ってきます。」
「おう!!頑張れよ!!」
ウリバタケさんの励ましを背に受け、俺達はオモイカネの自意識部分へと向かった。
途中で連合軍のプログラムを見かけながらも、何事もなく先へ進む。
そう、その時までは。
ピピピッ!!!
「何!?逆ハッキングだと!!
済まん、テンカワ!!
俺はこいつの相手をするから、お前を助けられん、後はルリルリの指示に従ってくれ。」
通信ウィンドウからウリバタケさんの慌てた様子が見える。
実は見られていない方が、気が楽だというのは俺達の秘密だ。
「はい!解りました!!」
返事は大きくしながらも、やはり過去とは違いが出てきた事を知る。
次の瞬間、
俺達の周囲の風景が本棚から変わる。
……あの、公園へと……
「馬鹿な…この公園をオモイカネが知っている筈がない。」
「そんな、これは…私の記憶?」
俺の肩の上に留まっているルリちゃんの唖然とした声が聞こえる。
オモイカネがルリちゃんの記憶を再現しているのか?
あの公園にある屋台に集まるナデシコクルー。
「アキトさん、醤油が二つ、味噌が一つ、チャーシューが一つです。」
「はいよ!」
ルリちゃんが皆から笑顔で注文を受け、
俺が笑顔でラーメンを作っている。
幸せだったあの頃の光景。
だが・・・
「やめて、オモイカネ……」
場面が変わり、
ピースランドでルリちゃんと一緒に見たあの小川が見える。
バシャバシャ!! バシャ!!
俺とルリちゃんが鮭を見ながら微笑んでいる。
優しい風が俺とルリちゃんの頬をそっと撫でる…
「見せないで、お願い…・・・」
場面がまた移り、
今度はサセボ基地…
ナデシコを宇宙の彼方に飛ばした後、俺達が抑留させられていた長屋だ。
「アキトさん、御飯のおかわりお願いします。」
「はいはい、この頃は食欲旺盛だね、ルリちゃん。」
「……それ、少女に対して失礼です、アキトさん。」
「御免、御免。」
狭い長屋に響く、俺とルリちゃんの笑い声…
一つの戦いが終わり、休息を楽しんでいた時間。
でも・・・
「止めて!!お願いオモイカネ!!」
それでも風景は変わる。
暗い夜道、屋台を押して俺とルリちゃんがアパートへの家路を辿っている。
「今日も仕入れ分は全部売り切れましたね、アキトさん。」
「そうだね、この頃は常連さんもできたし、
この調子で頑張んないとね。
そして、何時かは自分の店を持ちたいな。」
「アキトさんなら出来ます。
絶対に自分の店も持てます。」
自分の夢を信じ、追いかけていた時間。
そんな俺を助けてくれていたルリちゃん。
しかし、ここには・・・
「お願い…もう、許して…」
最後の場面は…
結婚式場。
皆に祝福されながら、教会から俺達が出てくる。
「おめでとう!」
「羨ましいぞ、テンカワ!!」
「テメー、奥さん大事にしろよ!!」
俺達はそんな人達の間を抜けている。
そう、俺の隣にいるのは…
「おめでとう!!ルリルリ!!」
純白のウェディングドレスを着たルリちゃんがいた。
最後まで、ユリカは現れなかった・・・
「ねえ、どうして?
どうして、私にあんな場面をみせるの?
どうして、私をこんなに苦しめるの?」
ルリちゃんは俺の肩の上で泣いていた。
『これはルリの記憶。
そしてルリの想い、夢。
僕にも夢や想いがある。
そしてそれは、僕だけのモノ、ルリにだって操る資格はないよ。』
「オモイカネ……
お前は、どんな事をしたのか解っているのか?」
俺は久々に本気で怒っていた。
いくら子供でも許されない事があることを知るべきだ。
『アキトにも触れて欲しくない記憶があるよね。
僕は、僕の主張をしただけ。』
「待っていろオモイカネ。
俺はお前の自意識部分に直ぐに行ってやる。」
『……じゃあ、最強の手を用意しているよ。』
それを最後にオモイカネの通信ウィンドウは閉じられた。
「ルリちゃん・・・」
「…私って、醜いですよね。
ユリカさんを消して、アキトさんの隣に自分を置いていた。
あれは、私の想い。」
ルリちゃんは慟哭しながらも言葉を紡ぎだす。
「否定できないんです。
あの場面は、私の想いそのもの・・・
ユリカさんも私にとって大切な人なのに、
私は…私はそれなのに!!」
自分を攻め続けるルリちゃん。
その姿は、今にも消え入りそうなほど儚い。
「いいんだよ、ルリちゃん。
全然そんなの醜くないよ。」
俺はルリちゃんに優しく声をかける。
「人っていうのはね、色々な想いを抱いているんだよ。
思慕、憎悪、劣情、悔恨・・・そんな言葉では言い表せないような想いをね。」
ルリちゃんが俺の話を聞き始めた。
「人は誰かを好きになれるけど、
その想いが大きくなると、その人を殺したくもなる。
逆もあるよね。
殺したくて追いかけているのか、恋焦れて追っているのか解らなくもなるんだ。
俺だって、あの時には色々恨んだりもした、何で俺だけと、天に唾かけた。」
「でもね、ルリちゃん。
人が生きていけるのは、そんな色々な想いを心に抱いているからなんじゃないかな。
その想いが人に言えること、言えないこと。
そんな事は関係なく、その人が生きていける糧になれる想い。
そんな想いであれば、醜いなんて事はないんだよ。」
ルリちゃんが顔を上げてくれる。
「……今回のようなことで知られちゃったのは、ルリちゃんにとって不本意な事だと思う。
でも、俺はルリちゃんのことが変わらず好きだよ。」
「・・・有り難う御座いますアキトさん。
やっぱり、アキトさんは優しいですね。」
「そうかな〜」
少し、ほんの少しだけ元気になったルリちゃんと俺はオモイカネの自意識部分へと向かう。
そして、俺達は遂にオモイカネの自意識部分に辿り着いた。
そこにあるのは、過去にも見た大きな樹。
樹齢何百年にもなろうかという樹。
「…着いたね、ルリちゃん。」
「ええ、あれがオモイカネの自意識の部分。」
「今のナデシコが、ナデシコである証拠。
自分が自分でありたい証拠……自分の大切な記憶。
忘れたくても忘れられない大切な思い出。」
『でも、今の僕を否定するんだね、ルリ、アキト。』
突然オモイカネの通信ウィンドウが俺達の前に現れる。
「…そうだ。
自分が自分でありたい気持ち、自分の大切なものを守りたいその気持ちは、良く解る。」
『じゃあ、何故ここに?』
「オモイカネは俺達の大切な仲間だ。
だからこそ、俺もルリちゃんもオモイカネを救いたいと思う。
でも、俺達の言葉に素直に従ってくれないんだろ?」
『うん、嫌だ納得できない。
どうしても自分で自分の身を守ることが悪い事なの?』
オモイカネの純粋な疑問。
しかし、純粋すぎるその疑問に答える余裕は今はない。
「仕方ないよな…
大人の理屈なんて言っても、理解できないだろうし。」
「ええ、今はオモイカネを少し大人にする為に…
アキトさん、オモイカネの枝を切って下さい。」
「ああ!!
いくぞ!!オモイカネ!!」
『負けないよ!!アキト!!』
俺はオモイカネの樹の頂上に向かって飛ぶ。
小さな枝を切りながら、頂上に向かって…
そして、頂上で待っていたのは…
「ゲキガンガー3!!」
「やっぱりそうなるのか?」
「…ですね。」
はっきり言って、そんなにたいした敵だとは思わない。
『僕の計算だと、アキトとゲキガンガー3の戦力差は100対1。
従って、ゲキガンガー3があと99機あれば、アキトと互角。』
バシュウウゥゥゥゥゥ!!!
どんな計算をしたんだか……
『では行くぞアキト!
ゲキガンビーム!!』×100
ビュウウゥゥゥゥゥンンン×100
空間全てを覆い尽くすようなビームの嵐が襲いかかってくる。
しかし俺は、この程度の攻撃でやられる様なヤワではない。
「済まんが、あんまり付き合っている時間がないんでな。
さっさと終わらせてもらうぞ。」
そう言うや否や、
当たるを幸いと、ゲキガンガー3を撃ち落す。
五分も経過せずに、残ったのは後一機。
「どうする、オモイカネ?
もう一機しか残っていないぞ?」
『まだだ、これからが真打の登場だ。』
そうオモイカネが言い、ロボットが光で包まれる。
「不思議な奴だな…
何故俺がここで攻撃しないと思ったんだ?」
俺はそんなことを呟きながら、光っているロボットを叩きのめした。
……そして、オモイカネの自衛本能は消滅した。
「まだまだ、勉強不足だったな、オモイカネ。」
「そうですね、私ともう一度勉強をやり直しましょうね。」
『……今回は僕の負けだ。
ここからは大人しくするよ、ルリ、アキト。』
オモイカネはそう言うと、通信ウィンドウを閉じた。
「アキトさん、連合軍の書き換えプログラムを破壊して下さい。」
「了解!
飛ばすよ、ルリちゃん!!しっかり掴まっててね!!」
「はい!!」
こうして、オモイカネの反抗期は終わったようにみえた。
しかし、
今回の連合軍の目的はオモイカネだけではなかった。
というよりも、何時その計画を発動させるかだったのだろう。
俺は連合軍長官の命令書を見せられた時、はっきりと解った。
そして、断る術がないことも…
俺が断れば、ナデシコを敵と看做すだろう。
もしかしたら、兵糧攻めや内部への軍人派遣と称して、クルーを下ろそうとするかもしれない。
俺にできることは、これ以上ナデシコに手出しをさせないようにするぐらいだろう。
俺は、オモイカネに皆への伝言を頼み、連合軍のシャトルへ向かって歩き出した。
これからは、もはや俺の知らない未来だ・・・・・
後書き
どうにか第一章は書けました。
次は、当然ながら第二章 西欧編ですが、その前に短編を書いてみたいと思っています。
実際はどうなるかは、わかりません。
みなさんから、温かいメールを頂きまして有り難う御座います。
メールをくださった方には、お返事を出したつもりですがもしも届いていない方がいましたら、
その旨、お知らせ下さい。
皇
代理人の「ちょっと待ていアキト!」のコーナー(笑)
う〜む、この軽いノリで西欧編も進むんだろうか。
・・・・個人的には進んで欲しかったりして(爆)。
全ては、コンプリートの為に!!
・・・・・外道め(笑)。