第六話 対決(?)





 アキトとアリサ達は、新たに創設された遊撃軍に配備される事になった。
 部隊名は「Moon Night]
 部隊の性格上、全欧州をその活躍の舞台とすることとなった。

 部隊の創設の謂れは、アキトがいた基地の司令が他の基地司令にアキト達を自慢した事が発端だったらしい。
 しかし暫くの間は、最前線の激戦区だった事もあり議題には上らなかったらしい。
 そこに、今回の基地司令の非常識な命令と、安定してきた戦場。
 この二点を考慮した結果、遊撃軍の創設と司令の更迭と相成った訳である。

 勿論、アキトには命令できないが、アリサ達に命令が下され、
 尚且つその命令によってアリサ達が危険に晒される可能性が高いとなれば、アキトがついていくあろう事は、
 誰もが予想できた事であり、軍上層部が願っていた事でもある。



 これにより、アキトは今迄の基地を拠点としつつも、欧州を所狭しと暴れまわる事となったのである。


 その結果、西欧での戦死者数が格段に減り、変わりに戦果が飛躍的に伸びた。
 東洋でしか知られていなかったアキトが本格的に西欧デビューした瞬間であった。

 アキトは、軍の意向に逆らってまで民間人を助ける謎のパイロットとしてTVに取り上げられ、
 その容姿容貌が流れてからは『漆黒の戦神』と呼ばれるようになる。


 …また、その活躍により欧州中の女性の心を掴むことにもなったのである………










「これでチューリップも最後の一機。
 ふ〜〜〜、次はアリサちゃん達を手伝って、バッタどもを片付けるか。」



 今日もまたアキトは出撃し、見事に周りの期待に応えていた。
 遊撃部隊になってからだけで、既に何十回もの出撃を繰り返している。



「アリサちゃん、大丈夫?」



「うん、私は。
 みんなを助けてあげて。」



 確かにアリサは余裕があるらしい。
 流石に『白銀の戦乙女』である。
 それにこの頃はアキトの戦い方を間近で見ているせいか、
 その動きが一段と良くなっているようだ。



「ん、解った。
 アリサちゃん、無理しないでね。
 何かあったら直ぐに呼んでね、文字通り飛んでくるから。」



 アキトは笑いながら他の連中を助ける為にエステバリスを下降させていった。



「今日は久しぶりに基地に帰れるね。」



 戦いが終わって、一休みしてからアキトは徐にアリサに笑いかける。
 それに対してアリサも笑いながら応える。



「ええ、久しぶりにゆっくり出来そうね。
 やっぱり、各地を移動しながら戦うっていうのは疲れるから。
 ゆっくり体を休めたいな。」



 アリサも戦いに勝った喜びだけでなく、
 休息を取ることが出来ることに対しての嬉しさが、自然と出てしまう。



「ふ〜〜、そうだね。
 帰れる場所があるって事と、待っててくれてる人がいるって事は、嬉しいし励みになるよね。」



 アキトがナデシコの事を久しぶりに思い出したのか、少ししんみりした声で言う。
 しかし、アリサはサラ達の事を指していると考えたらしい。



「そうですね、姉さん達と会うのも一週間ぶり。
 一週間位じゃ何も変わらないと思うけど、会えるのは楽しみですね。」



 アリサの発言に、しんみりしていたアキトは気持ちを取り直して、頷いた。



「そうだね、サラちゃん達も首を長くして待っていてくれてるだろうから、
 なるべく早く帰らないとね。
 こんな所で戦闘後の一服なんてしている場合じゃないね。
 さ、帰ろ、アリサちゃん。」



 アキトはアリサにそう言うと、シュン達の所へ休憩時間を終わりにするよう頼みに行った。
 そんなアキトの背中をアリサは頼もしそうに、また少し寂しそうに見ていた。



「思い立ったら一直線なんだから。
 私に優しい言葉をもっとかけてくれてもいいのに……」



 アリサはそんな言葉を呟いてから、アキトの背中を追いかけて行った。
 そんな心の動きまでもがアキトによって誘導させられているとも気付かずに





◇     ◇






「よぉぉ〜〜、アキト。
 今回も大活躍だったらしいじゃないか。」



 俺が基地に着くと、ナオさんが一番最初に声をかけてきた。
 …俺としてはムサイ男に声をかけられる事に喜びなんて感じないから、勘弁して欲しいのだが。
 俺の予定としては、サラちゃんかレイナちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。
 そんな予定を立てていたのに、全てぶち壊しじゃないか、ナオさん。



「そんな事ないですよ、偶々ですって。
 今回の敵は全体的に数も少なかったですし、現地の基地の人達も強かったですから。」



 謙遜するつもりはないが、戦果については自分でああだこうだ言わないように気をつけてるからな。
 それに現地の基地の人が強かったのも本当だし。



「まったく、謙遜することはないと思うぞ。
 実際お前がいないとチューリップ一基だって打ち落とせないんだから。」



 ナオさんが声を不自然に大きくして、そんな言葉を言う。
 何かを牽制するような気配だが、此処には俺達と基地の整備士達位しかいないぞ。
 一体誰を牽制したんだ?



「ま、いいや。
 早速なんだが、食堂に行こう。」



 ナオさんは帰ってきたばかりの俺に料理を作らせるつもりらしい。
 別に疲れていないからどうってことはないが、まだサラちゃん達にも帰還の挨拶すらしてないというのに。









「いや〜〜、やっぱりアキトの料理は美味いよな〜。
 本当に嫁にしたいぐらいだ。」



 結局俺はナオさんに無理やり食堂に連れ込まれ、料理を作らさせられてしまった。
 俺としても久しぶりにきちんとした食材と設備を使った料理なので楽しくはあったが。

 それにしても久しぶりにゆっくりしようと帰ってくる前までは思っていたのに。
 初っ端からこれじゃあ、今回の休みも料理を作って終わりになってしまうのかな?
 今度こそ遠くで俺を待っている女性の所へ行こうと思ってたのになぁ…。



「そうですか?
 褒めてくれてももう何も出ませんよ。」



 ナオさんは俺のその言葉に少し不満そうな顔をしたが、気を取り戻したのかニヤリと俺に笑いかける。



「う〜ん残念だ、ゴマすってみたのに。
 しょうがないから取って置きの情報をアキトに教えてやろうか。
 どうだ、知りたいか?」



 何がしょうがないのかよく解らないが、何やらいい情報を持っているらしい。
 ただここでその情報を欲しがるような素振りを見せたら、ナオさんがまた何か注文をつけるに違いない。
 ここは気の無い素振りをするのが一番だろう。



「別にいいですよ。
 どうせ大した事ない情報なんでしょ?」



 俺が食い付いてこなかったのを見て、意外に思ったのかどうか知らないが、
 ナオさんは異常なほど慌てている。



「そんなこと言うなって、アキト。
 折角の情報なんだぞ。」



 俺としても知って損する訳ではないので、適当に応えておいた。



「はいはい、解りました。
 是非知りたいです。」



「そうこなくっちゃな、アキト。」



 俺が投げやりに知りたいと言っただけで俄然元気になるナオさん。
 一体どんな情報なのやら。



「ふふ〜ん、聞いて驚けアキト!
 俺は明日ミリアとデートなのだ!」



 ………
 何をいきなり言い出すのやら。
 ミリアさんがそんな簡単にデートにOK出す筈がない。
 と言うよりも、おじさんとメティちゃんがそれを許す筈がないのだが…。



「言葉がない様だな、アキト。
 で、メティちゃんもついてくるって言うんだけど、アキト、お前明日暇か?
 暇だったら、メティちゃんの相手をしてくれると嬉しいんだけど。」



 俺は何となく話の筋書きが読めた。
 大体の流れはこうだろう。
 ナオさんは俺が帰還することを知ってミリアさんの所へ電話をかけた。
 そこでメティちゃんと俺を会わせるという名目でミリアさんを呼び出す。
 で、メティちゃんと俺の二人にしてあげようとか言って、ミリアさんと消える。

 大筋で間違ってない筈だ。
 帰ってきた俺に誰も話しかける前に身柄を確保したことと、
 先程俺にその情報を無理やりにでも教えようとした事。

 この二つのナオさんの行動と、
 メティちゃんやおじさんが反対していないであろう状況を考えればこれしか答えはでない。

 つまりナオさんは俺をだしにして、まんまとミリアさんを引き摺りだすことに成功したって訳だ。


 俺としては潰してしまいたい様な計画だが、
 ミリアさんと出逢う機会が殆んどないのもまた事実。
 ここはナオさんに付き合っておいて、ナオさんを出し抜けばいいか。
 そう考えて俺は、承諾する事に決めた。



「解りました、いいですよ。
 俺もメティちゃんと逢うのも久しぶりですし、楽しみですね。」



 俺が承諾するとナオさんはホッとしたように肩から力を抜いて笑った。



「いや〜、良かった。
 折角の二人のデートなのにメティちゃんがいると楽しさ半減してたからな〜」



 フッ、今のうちに喜んでおくがいい、ナオさん。
 どうせ明日笑うのはこの俺だ。










 だが、俺は笑う事が出来なかった…
 ナオさんは何重にも俺の行動を邪魔する準備をしていたのだ。


 俺とナオさんは駅前でミリアちゃん達と待ち合わせをしていたんだが、
 ミリアちゃん達が待ち合わせ場所に来て、じゃあこれからという時に俺はいきなり声をかけられたのである。



「あら、アキト君。
 ちょうど良かった、買出しに来てたんだけど、
 一人じゃちょっとつまらなくなっちゃたのよね。
 ご一緒させていただける?」



 レイナちゃんが街に出てきているとは知らなかったが、
 こんな事もまあ、ある事だろうと思って、俺は気にしなかった。
 それに久しぶりに逢ったレイナちゃんとデートするのも楽しいだろうとも思えたし。

 メティちゃんが顔を膨らませていたがここは勘弁してもらうしかない。





 …しかしレイナちゃんだけではなかったのである。



「あ、アキトさん!
 アキトさんも買い物ですか?
 私も買い物をする事が出来なかったので、久しぶりにって思って街に出てきたんです。
 そうだ、私に似合いそうな服とか探していただけます?」



 アリサちゃんの台詞は尤もらしいものだったが、
 昨日帰還して直ぐに買い物に出かけるような事は今まで一度もなかった。
 アリサちゃんは帰還した次の日は、昼頃まで食堂に姿を現さないのが普通だったのだから。
 それが今日だけ特別に、なんてちょっとおかしい。

 俺は少し変だとは思ったが、メティちゃんが相変わらずじゃれつくのと、
 ミリアさんとナオさんのことを牽制する事に神経を取られていた為、余り深く考えなかった。

 そこに…



「あ、アキト?
 なんて嬉しい偶然なの!
 お爺様にネクタイか何かを送ろうと思ったんだけど、
 私には男性のものってよく解らないのよね。
 アキト手伝って。」



 サラちゃん、別に誕生日でも何かの記念日でもないのに何故突然そんな考えが浮かんだんだい?
 それも今日になって……昨日のうちには何も言ってなかったじゃないか。

 俺は三人が次々と現れたのを見てさすがに少し呆然としてしまったらしい。
 ナオさんを睨めつけてやろうと振り向くと…


 ナオさんとミリアさんは何時の間にか消えていた……

 そしてヒラヒラと舞う一枚の紙切れ


『午後七時にここで』


 唯それだけが書かれていた。

 くっ、今回は完敗です、ナオさん。
 しかし、近いうちに思い知らせてやるからな!!





 一対四の集団デート(?)も大変面白かった。
 みんな俺に惚れている為、無茶な事はしないし言わないし。
 時々メティちゃんがぐずったりもしたが、まだメティちゃんは落としていないのだから仕方あるまい。

 早いうちに唾を付けておかないといけないかな?
 メティちゃんもミリアさんに似てるから、将来有望なのは間違いないし。

 誰かに取られてしまう事なんてないとは思うけど…
 早めに手をつけておくほうが安心と言えば、安心かな?






「いや〜、アキト。
 何時の間にかはぐれちゃったな。
 色々探したんだけどな〜、全然出会えなかったな。」



 ナオさんがにこやかに姿を現す。
 ノウノウトそんな事をのたまう軽い台詞。
 一切探さなかった事はナオさんの顔を見なくても解る。

 そんなに嬉しそうな顔で俺に向かってくるなよ、ナオさん。
 つい、ボコリたくなってしまうだろう。

 一体どんなデートをしたんだ?
 ま、どうせナオさんが一方的にモーションをかけるが、ミリアさんは全然気付かない。
 そんなもんだったに決まっているが。





◆     ◆






 ガタガタガタッ!

 キッ!!キーーー!!



「ちっ!何だってこんな所でパンクなんか起こすんだよ!
 めんどくせ〜な〜〜。」



 ミリアがいないからか、下品な言葉遣いで車を罵りながら、
 ナオが車の運転席から降りてきた。

 中にいる人間は皆疲れ切ってしまい、眠っているようだったが、
 幸いな事にこのパンクでも目は覚めなかったらしい。



「あ〜あ〜、見事に破けてるよ。
 は〜〜、中の人間を起こさない様にさっさと終わらせるか。」



 ナオがパンクした箇所を確認してから、修理道具を取り出そうとしていると、
 暗闇の中からいきなり声がかかる。



「久しぶりだな、ナオ。
 元気そうでなによりだ、ハハハハハ。」



 ナオは暗闇から急に声をかけられたことよりも、その声に驚いている。



「その声は…テツヤ?
 テツヤなのか!
 クリムゾン諜報部の、あのテツヤか!!」



 どうやらナオの昔の同僚らしい。
 その割りに関係があまり良くなさそうだが…



「そうだよ、俺だよ。
 まさかこんな所でお前に会うことになるとはな。」



 ニヤニヤとイヤラシイ笑いを浮かべながらテツヤが暗闇から出てくる。



「フンッ!
 それはこっちの台詞だぜっ!
 一体何しに此処に来た!!
 俺と旧交を温めるために挨拶に、なんて言わないだろうな。」



 周りを非常に警戒しながらも、目はテツヤから一瞬も離さない。
 それでいながら、何時暗闇から敵が出現しても大丈夫なように気配を探っている。



「ハハハハハ、まあ、似た様なもんだ。
 ちょっと挨拶がしたくてな。
 で、テンカワはどうした?
 まさかこの状態で寝てるなんて言わないだろうな。」



 テツヤは車を睨みつけてから、なおも言葉を続ける。



「それとも、英雄は車の修理ごときなんかできないってか?
 フンッ!だから嫌なんだ、英雄とか呼ばれてている奴等は!
 大体ムカつくんだよな〜〜、煽てられてお高くとまりやがってよ!!」



 段々テツヤの言葉はエスカレートしていく。
 それを『またか』そんな表情で見詰めるナオ。

 時々、『お〜〜い、テツヤ〜?』『聞こえてるか〜〜』『もしも〜〜し』
 そんな合いの手(?)をいれるが、こちらの言葉が耳に入っていないのを確認したナオは、
 テツヤに声をかけられた事によって中断させられた、パンクの修理の為の道具探しをトランクをあけて再開した。

 そして、ナオがジャッキーや替えののタイヤ等を持ってパンクしたタイヤの横に来た時、
 やっとテツヤがこっちの世界に戻ってきたようだ。



「はあ、はあ、はあ。
 フーーー、スッキリした……って、おい、ナオ?
 何処に行きやがった、ナオのヤツ!!」



 テツヤにとってはほんの一瞬の間しか経っていないつもりでも、
 実際には五分以上過ぎていた。
 ナオもテツヤの声を聞いて、漸く終わったかと、
 パンクの修理を途中で止め、もう一度テツヤの前に立つ。

 今回はナオも結構リラックスしてテツヤの前に立っている。
 ま、テツヤがあっちの世界に行っている間に、周囲が囲まれていないかの確認はしてたからな。



「で、用件は?
 俺と挨拶がしたかったんだったら、もう帰ってくれて構わないぞ。」



 そんな事がある筈ないのを知っていながら、強気な台詞を吐くナオ。
 そんなナオの様子を鼻で笑いながらテツヤがやり返す。



「そんなにあせんなよ、ナオ。
 こうやってやっと久しぶりに会えたんだぜ、俺達は。」



 最初と同じ様にニヤニヤ笑いを開始するテツヤ。



「それに、今回のお前はただのオマケだ。
 お前の方こそ消えてくれても構わないんだぜ。」



 ハハハハハと下品な笑いを上げてから顔を元に戻す。



「それにな、俺はここでは何かするつもりはないぜ。
 ここでは、な。」



 テツヤの言葉にナオの顔色がサッと変わる。



「ここでは?
 まさか、人質を!!」




「フンッ、相変わらず頭の回転は速いな、ナオ。
 そろそろお前の携帯がなる頃だぞ。」



 ナオの咽喉がゴクリと鳴ったその時、


 リィィィンンン――――!!  リィィィンンン―――――!!!


 携帯が鳴り出した。

 ……テツヤの携帯が。



「…………な、中々渋い着信音だな、テツヤ(汗)」



 シーーンとなってしまう二人に対して、携帯はしつこく鳴り響く。



「まったく、折角かっこ良くキメル所なのに台無しにしやがって…
 誰だ一体こんな時に!!
 俺だ!!」



『お前がテツヤか?』



 電話の向うから聞こえてきたのは不機嫌そうな男の声。



「だ、誰だ、貴様!!
 いや、それよりも、どうやってこの番号を!!!」




『簡単に教えてくれたぞ?
 コイツ等が。』



「な!!
 貴様、テンカワか!!」



『今頃気付いたのか?』



 確かに電話からの声はアキトのものに間違いはない。
 ただ、ゾッとするほど冷たいが…



「そんな……
 車に乗る所まで監視していたのに…」



 テツヤが呆然とした面持ちで呟く。
 それをナオが耳聡く捉えた。



「車に乗る?
 ああ、アキトは一旦車に乗ったんだが、暫くしてもう一度メティちゃん達の所に戻ったんだよな。」



 ナオのそんな台詞でさえも、今のテツヤの耳には入っていない様だった。
 ただ、別の人間には届いたようだが。



『?そこにナオもいるのか?』



「ああ、テツヤと対峙してる最中だ。」



『そうか。
 サラちゃん達は無事か?』



「ああ、未だ夢の国で遊んでるよ。」



「勝手に世間話をするな!!
 貴様、周りの奴等をどうした!!」



 テツヤがこっちの世界に復帰してきて、アキト達に怒鳴る。



『今も俺の隣で仲良くお寝んねしてるぜ。』



 その言葉にまたもや言葉が出なくなるテツヤ。
 そんな様子のテツヤにナオが疑問を投げかける。



「しかし、監視してたくせに、何で降りた事に気付かなかったんだ、テツヤ?」



 尤もな質問にテツヤは頭が働かないまま答えてしまう。



「………三十分前までしか監視してなかったからな(汗)」



 あまりの杜撰な準備計画を聞き、アキト達は言葉が出ない。
 それでも、ナオがどうにか声を出す。



「…………確か、テツヤは、研究所等への押し入りというか、武力行使というか、
 つまり、大掛かりな荒事専門じゃなかったか?」



「一応全ての訓練は受けていて、トップクラスの成績だったぞ。
 ……確かに、これまで手掛けてきた仕事は施設に対しての爆破、殲滅しかしたことがないな。
 特に人質を確保しなければならない仕事は一度もないな。」



「なんでそんな素人を化け物にぶつけてくるかな、クリムゾンも…」



 その通りであろう。
 訓練と実戦は別物、雲泥の差がある。
 いくら訓練の成績が良くても実戦経験の一回にはかなわない。

 それにも拘らず経験のない人物をトップに置いて、
 アキトと戦おうというのは、無謀無茶を通り越して自滅願望があるとしか言えまい。



『俺のことをナメテるのか?』



 アキトも呆れ果てている。
 本気になるのも馬鹿らしく思えているに違いない。



「………………」



 テツヤもそれは充分認識していたのだろう。
 何も言い返さない………言い返せないの間違いかもしれないが。 



「と、とにかく、人質を」



 気を取り直そうとしたテツヤの言葉を一言の下に切り捨てるアキト。



『現状では、俺達の方が人質を押さえてるぞ。
 ま、お前達に人質なんてものが通じないのは分かりきっているが。』



 テツヤと向かい合っているナオが流石に気の毒そうにテツヤを見詰める。



「テツヤ、お前もアキトを狙うなんて事はもう止めといたら?
 上がその程度だと現場が苦労するからな。」



 救われたように顔を上げるテツヤ。



「そうなんだよな〜、中間管理職の辛いところで……
 上は厳しいノルマを求めてきて、下は下で文句ばっかでさ〜〜。」



 ここぞとばかりにグチを言い始めるテツヤ。
 余程鬱屈されたものがあったのだろう、嬉しそうな顔でここぞとばかりに言葉を続ける。

 ナオはやってしまったと諦めていたが、アキトはテツヤの様子が解らない。
 一生懸命声をかけ続けるも、反応がない。
 その内アキトも電話の向うで黙ってしまった。



「この前なんか、アイツ等俺になんて言ったと思う?
 おい、ナオ解るか?……ナオ?
 何で此処にナオが?
 ………
 …ハッ!!
 って、違う〜〜!!
 俺は世間話をしにきたんじゃな〜〜い!!」



 どうにか立ち直れたようなテツヤが叫ぶ。



「はあはあはあ、
 きょ、今日の所はこれくらいで勘弁してやる!!
 だが、次も今日のように上手くいくとは限らないからな!!
 覚えてろよ〜〜!!」




「……ヤラレキャラそのままだな。」



『……ああ、今時あんな台詞を言う奴がまだ生息しているとは思わなかった…。』



 五分以上経ってからナオが呟いた台詞に、
 落ちていた携帯からアキトがどうにか応えた。




◇     ◇






「ナオさんはここに残って頂けませんか?」



 俺とナオさんは現在ミリアさん達の家にいる。
 俺はナオさんと二人きりになった時にそう切り出した。



「え?
 いや、だけど……」



 ナオさんが何か言おうとするのを途中でさえぎり、俺は言葉を続ける。



「ナオさんがミリアさん達を直接守りたいと思う気持ちは、よ〜く分かります。
 だけど、ミリアさん達はこれから軍の基地内で守られることになるんですよ?
 流石にクリムゾンだって軍の基地を正面から攻撃する事は出来ないし、
 たとえ攻撃してきても、一応は臨戦態勢下の基地ならば、撃退する事ぐらい出来るでしょう。」



 一度ナオさんの方をチラリと見てから俺は言葉を続ける。
 ここからが勝負の分かれ目だ。



「しかし、この家では襲撃してきた時には、プロがいない限り無理でしょう。
 本当ならおじさんにも基地へ移って欲しいんですが、先程の様に何を言っても動いてくれる気はなさそうですし。」



 そう、おじさんはテコでも動かないという決意を固めているようだ。
 店の心配もあるだろうが、本気にしていないだけだという気もするが…。
 しかしそれは俺にとって好都合。



「従っておじさんを守るには、俺かナオさんかのどちらかが残らないといけません。
 でも、俺が残るとメティちゃんまでもが残るって言い出してしまうでしょう。」


 自分自身の頭の良さに惚れ惚れしてしまうな。
 これほど理屈の通った説得力のある言葉はあるまい。
 メティちゃんがそう言うのは間違いないんだから。



「だから俺はここには残れません。
 それに、ナオさんもここでおじさんを目の前で守っておじさんの中のナオさんに対する好感度と、
 ナオさんが命懸けでおじさんを守ったとして、ミリアさんのもポイントアップしといたらどうです?」



 俺はナオさんのウィークポイントを的確に突く。
 ナオさんはおじさんに好かれていないからな〜〜、って俺のせいなんだけど♪



「そうだな!
 いい方法かもしれん、有り難うアキト!!
 恩に着るぞ!!」



 いえいえ、全然気にしないで結構ですよ、ナオさん。
 俺は帰ってからさっさとミリアさんを落としておきますから。









「さあメティちゃん、着いたよ。」



 俺はメティちゃんとミリアさんを連れて基地に帰ってきた。
 時間が遅かったのでメティちゃんが物凄く眠そうに見える。



「う〜〜〜ん…。」



「あらあら、メティったら。
 折角アキトさんの部屋に入れるのに。」



「もう遅いからしょうがないよね。
 じゃ、お風呂に入って寝ちゃおっか、メティちゃん?」



「う〜〜ん、オフロ…
 アキトお兄ちゃんも一緒に入るぅ〜〜。」



 寝惚けているのか、中々凄い事を言ってくるなメティちゃん。
 ただ、本当は嬉しいお誘いなのだが、メティちゃんがお風呂に入っている時位しかミリアさんを口説けないからな。
 残念ながら今回はお断りする事にしよう。



「メティちゃん、流石にそれはまずいでしょう。」



 笑いながら、軽く流す事にする。
 この方法も結構有効な手なんだが…

 メティちゃんが物凄く恨みがましい目で俺を見詰める。

 俺は助けを求めようと、メティちゃんの隣にいるミリアさんの方へ目を向けた。
 そこで見たミリアさんは…

 メティちゃんに負けず劣らず、キツイ目をしているミリアさんだった。
 まるで、何で断るんだと怒鳴られているかのように感じてしまった。



「アキトお兄ちゃん、ダメなの?」



 一転して今度は、今にも泣き出しそうなメティちゃん。
 それに連れてミリアさんの目も益々キツクなる。

 ああ、俺にはとても断る事は出来そうにない。

 しかし!俺には大いなる目的が!!
 せめて、ミリアさんを落とすきっかけぐらいは掴まないと!!


 う〜ん…

 そうだ!!



「そうだね〜〜。
 じゃあ、どうせだから、ミリアさんも含めて三人一緒に入っちゃおっか?」



「あ〜〜、それいい!
 お姉ちゃんも一緒に入ろ〜〜。」



 ふふふ、メティちゃん。
 君は俺の予想通りの行動を起こすな。

 これでメティちゃんの矛先はミリアさんに向かったな。
 もしも一緒に入れれば言う事なし、入れなくてもミリアさんと二人になれそうだな。
 メティちゃんは先程俺にウンと言わせそうになった目でミリアさんをじっと見ている。









 カポ―――ン


 バシャ〜〜ン

 今俺はメティちゃんとミリアさんとでお風呂に入っている。



「アキトお兄ちゃん。
 背中流してあげる〜〜。」



「ありがとう、メティちゃん。
 それじゃあ、俺はミリアさんの背中を流してあげますよ。」



「え?そんな、悪いですし…」



「まあまあ、そんな事言わないで、ミリアさん。」



「そうですか?それじゃあ……」





「じゃあ次はメティちゃんの背中を流してあげるね。」



「ありがと、アキトお兄ちゃん!」



 メティちゃんの背中を流していると、ラピスの事を思い出すな〜〜。
 可愛く育ってくれているかな〜。

 ハーリー君、変なこと教えてないよな!!








「フフフッ、アキトお兄ちゃんとお姉ちゃん。
 そうやって並んでお風呂に入ってると、お父さんとお母さんみたい。」



 おお、メティちゃんいい事と言うな〜〜。
 流石のミリアさんも照れているらしい。



「そう?メティちゃん。
 じゃあお父さんの言う事聞いて肩まで浸かろうね〜。」



「ふふ、は〜〜〜いお父さ〜〜ん。」



 メティちゃんもノリがいいからな。
 考えてみるとあのおじさんの娘だもんな〜〜。



「ねえ、お母さんからも何か言ってあげてよ。」



 俺はミリアさんにもこの遊びにノッて貰おうと水を向けた。
 ここで冗談にでも夫婦の真似事をして一層仲良くなれるきっかけとなるだろう。
 ……一緒のお風呂に入っておいて仲良くも何もない気もするが………



「それじゃあ、後二十数えてから出ましょうね。」



「は〜〜い、お母さん。」



「「「い〜〜ち〜、に〜〜〜い、さ〜〜〜ん、………」」」



 メティちゃんが二十数えて脱衣所にいってしまった。

 …ミリアさんとお風呂で二人っきり。






「あ、ミリアさん。
 おじさんの事は気にしないで大丈夫ですよ。
 何てったってナオさんが警戒していますから。」



「本当ですか!?
 本当に大丈夫なんですか!!」



 やはりずっとおじさんの事が気になっていたんだろう。
 涙混じりに問い詰めてくる。



「はい、おじさんを守っているのは、あのナオさんなんですから。」



 俺は不自然なほど『あの』と言う部分を大きな声で言う。



「あの、ナオさん、ですか?
 あのって、ナオさんは何かされている方なんですか?」



 ミリアさんも興味を持ったらしい。
 俺の予想通りの展開だ。



「あれ?未だ聞いてないんですか?
 おっかしいなぁ〜〜、
 ナオさんってプロの方なんですよ。」



「プロと言いますと?」



「ええっと、ナオさんは現在軍のガード部門にいますが、
 それ以前はある企業のシークレットサービスに所属されていたらしいですよ。
 そのためか、ナオさんの名前って、裏の社会では凄く有名な人なんだそうですよ。
 だからナオさんの手にかかれば、おじさんを守ることなんて今までの仕事と比べれば、簡単過ぎる位の仕事なんですって。」



 全て伝聞形式で伝える事が大事なんだよな。
 この様な場合には、断定的な喋り方は最も良くない。



「で、プロのナオさんとしたら、自分達の身を安全にする為ならば、相手を無力化する事も辞さないようですからね。
 今日俺達を襲ってきた奴等も、俺は気絶させることしか出来なかったけど、ナオさんなら何の躊躇いもなく無力化していたでしょう。」



 ミリアさんは沈黙している。

 少し言い過ぎたかな?
 余り言い過ぎると、逆にナオさんに興味を持ってしまう可能性もあるからな。

 今回はこれ位が潮時かな。



「じゃ、もうそろそろ出ませんか?
 メティちゃんも待ちくたびれてるでしょうし。
 ……俺としてはもう少し二人っきりっていうのも嬉しいんですけどね。」



 最後に冗談めかしてミリアさんを笑わせてから、俺はお風呂を出た。









「ねぇ〜〜、お父〜さ〜〜ん。
 今日は、お父さんとお母さんの間で寝たいなぁ〜〜。」



 メティちゃんが俺にそんな事をねだってくる。
 本当にいい事ばかりを言うな、メティちゃん。
 お礼に絶対にお嫁さんの一人にしてあげるからね!

 そうして俺達は親子三人で川の字で寝る事にした。




 テツヤよ、今日は襲撃してくれて、本当に有り難う!!

 それと、おじさんの家への襲撃は遅ければ遅いほど俺は嬉しいぞ!!







後書きという言い訳
 私の中ではメティは一番幼い子として認識されていました。
 その為、十歳という年齢を確認してからもイメージがそこから離れず、結果こんなに幼くなってしまいました。
 十歳で一緒にお風呂に入ったのは、その為です。



 

 

代理人の「待てやコラアキト」のコーナー(笑)

 

 

 フッ、今のうちに喜んでおくがいい、ナオさん。
 どうせ明日笑うのはこの俺だ。

 いえいえ、全然気にしないで結構ですよ、ナオさん。
 俺は帰ってからさっさとミリアさんを落としておきますから。

 

 

・・・・アキトの背中に「外道」を通り越して「邪悪」の二文字が見えるのは気のせいだろうか(爆笑)。

 

 本当にいい事ばかりを言うな、メティちゃん。
 お礼に絶対にお嫁さんの一人にしてあげるからね!

 

黙れ鬼畜(笑)。

 

 テツヤよ、今日は襲撃してくれて、本当に有り難う!!

 それと、おじさんの家への襲撃は遅ければ遅いほど俺は嬉しいぞ!!

 

だから黙ってろ(笑)!

 

 

それはそれとして・・・・

 

テツヤ。

テツヤですよテツヤ!

いや〜、ギャグが板についてる事ついてる事(笑)。

絶対宇宙空間を漂流して酸素欠乏症にかかったにちがいありません(爆笑)!