第七話   襲撃







 結局、俺は三日目の朝もミリアさんとメティちゃんと同じ部屋で目を覚ました。


 ミリアさん達が着いた最初の日は、基地の人間も結構騒いでいた。

 がしかし、サラちゃんとアリサちゃんは自分達も俺の部屋で寝ていた事があるからか、
 別に何とも思わなかったようだ。
 二人とも好き勝手にベットの中に入り込んでいた時期があったからな。
 まあ、流石に俺がお風呂も一緒に入っているとは思いつかなかったらしい。

 一方、レイナちゃんや他の人達は、何やら色々と考えていたらしい。
 にも拘らず、ミリアさん達が俺の部屋で過ごす事が出来たのかというと、全てメティちゃんのお陰である。
 メティちゃんが俺とミリアさんと離れるのをとても嫌がって、
 別々の部屋にしようとすると、泣かないまでも、涙を一杯溜めた目でじっと見詰めていた。
 その目で見詰められて、『ダメだ』と言える人間は基地の中には誰一人として存在しなかった。

 そのお陰で、俺は誰を憚るでもなく楽しくミリアさんとメティちゃんと過ごす事が出来た。
 俺が二人と一緒に寝たいって言っても許してくれないくせに―――まあ、俺ならばれない様に上手くやるが―――
 メティちゃんなら許される……実はメティちゃんが最強なんじゃないかと思ってしまう俺だった。

 この三日間の事を少し思い出してみると、



   まず、朝はミリアさんに優しく起こされた。
   人に優しく起こされるなんて事が、こんなに素晴らしい事だったと言う事を、俺はこの数年来忘れていたからな。

   それに、ミリアさんが食事を作ってくれたのだ!!
   何でも、この地方に伝わる郷土料理ということだったが、とても美味しかった。
   やはり料理を美味しく作れる女性は、お嫁さんの中に大勢いた方が良いよなぁ〜。

   また、メティちゃんは他に人がいない時には、俺の事を「お父さん」と呼び続けてくれていた。
   お陰で、ミリアさんも俺の事をずっと意識し続けていたらしい。
   あの、ミリアさんが、時々俺の事をじっと見詰め、頬を赤らめたりしていた!

   勿論、お風呂もベットもずっと三人で入っていた。





 そうそう、遊撃軍は、俺が出撃しない事が分かり切っているので、開店休業状態。
 ま、大規模な侵攻は今の所ないんだし、少し位はかまわないだろう。

 そんな訳で、今日も楽しい一日の始まりだ!
 それにしても、こんな生活を過ごせるだなんて、何て素晴らしい事なんだろう!


 この幸運を運んできてくれたテツヤという奴は、若しかしたら幸せを運んできてくれる天使なのか?
 そうだとしたら、感謝しないとバチが当たるかもしれない。
 うん、そうだ、感謝しておくべきだな。


テツヤ〜〜、ありがと〜〜〜う!!


 俺は心の底からの感謝の言葉を口にした。





◆     ◆






 家の中と言えども、早朝に吐く息が白くなりつつあるこの時期に、一人の男が寝ずの番をしている。



「フ〜〜、四日連続だと流石に疲れが溜まってくるなぁ〜〜。
 やっぱ、もう年なのかな〜。」



 四六時中緊張の糸を張り詰めていないといけないのは、やはり疲れるらしい。
 ナオの顔にも、疲労の色が見え始めている。

 それでも、おじさんに好印象を与える為、と頑張っているナオ。
 見た目を裏切り、健気である。



「あ、おじさん。
 おはようございます。」



 早朝にも拘らず、毎日きちんと起きられるのは日々の生活習慣がしっかりしているからか?
 おじさんは今日もまた、まだ日も昇らないうちに起きてくる。



「ああ、おはよう。
 もう四日目か、朝一に見る顔が君の顔なのも………。
 これが義息ならば、嬉しくも感じるものを…。」



 ……どうやらナオの意図とは反対に、おじさんに対して不快な感情しか与えていないらしい。
 不憫な奴である。

 しかし、今迄ミリアと最初に挨拶を交わしていたにも拘らず、
 それがムサイ男に代わってしまっては、文句の一つでも言いたくなるのが人情だろう。

 ナオに対するおじさんの好感度が高まる日がくる事はあるのだろうか。
 現在のおじさんの頭の中では、ただの居候のような扱いであるからな。



「大体本当に襲ってきたりするのかなぁ?
 まあ、義息子の言う事だから半分ぐらいは信じるが、
 この男が役に立つかも……ちょっと『ピンポ〜〜ン』



 二人が顔を見合わせる。


 ピンポ〜〜ン



「……………」



「今日、こんなに朝早くに誰か客が来る予定は?」



「いや、ないが…。
 多分近所の誰かだろう。」



 何の警戒も示さず、簡単にドアを開けようとしてしまうのを、ナオが慌てて止める。



「ちょ、ちょっと待ってください。
 モニターで誰かを確認してからでも遅くはないでしょう。」



 二人してモニターを確認しに行く。



 そこには運送屋の格好をしたテツヤが…





 ピンポ〜〜〜ン



「アキトに連絡を入れてもらえませんか。」



「あ、ああ。」



 おじさんが電話に飛びつく。
 やっと狙われている事を実感する事が出来たのだろう。

 おじさんが電話している間に、ナオは周囲を確認する為二階の窓から様子を窺っている。



「もしもし、アキト君か?」



『あら、お父さん?
 こんなに朝早くにどうしたの?』



「あれ?ミリアかい?
 電話番号間違えたかな?
 アキト君の部屋に掛けたつもりなんだが。」



『ええ、番号ならあってますけど。』



 ミリアは平然と答えているようだ。
 アキトの部屋の電話を何故、こんなに朝早くにミリアが取ったのかは分からない。
 分からないが、おじさんにとってそんな事はどうでもいいことらしい。



「そうか、あってるんだったら構わないんだ。
 で、アキト君に変わって貰えるかな?」



 娘がこんなに朝早く男の部屋で電話を取っていても動じないおじさん。
 ……ナオが電話掛けないで、本当に良かったな。



『未だアキトさんはメティと一緒に寝てますけど。』



「そうか、じゃあアキト君を起こして伝えて欲しい。
 恐れていた事態になったと。」



 電話をし終えたおじさんの所にナオがやって来る。
 電話の内容は聞かれなったらしい。

 周りの様子をおじさんに簡単に説明している。
 それ程慌ててはいないようだ。



「多分俺一人でも大丈夫だとは思いますが…
 時間を稼ぐのが一番良い方法です。
 俺が返答する答えを書きますから、おじさんが喋ってくれますか。」





ピンポン  ピンポ〜〜〜ン!!


 ガチャ



「はい、なんですかこんなに朝早く。」



 おじさんはナオが書いた文字をそのまま読み上げている。



『あ、お早うございます。
 テアさんのお家ですよね?』



 もうばれているとは、全然考えていないらしいテツヤ。
 一生懸命運送屋の真似をしている。
 いつものニヤニヤ笑いも減らず口も叩かず、敬語を使って喋っている。



「ええ、そうですが。」



『えっと、この時間指定で荷物を届けてくれるよう頼まれているのですが』



「どちらの運送会社さんですって?」



『あ、失礼しました。
 私トランスヨーロッパのものです。』



 確かにテツヤの格好は街を所狭しと走り回っているあのトランスヨーロッパのものである。
 特徴のある赤い帽子をかぶった猫をトレードマークにしているあの会社である。

 流石にそれ位の変装はしてくるらしい。
 ただ、テツヤが死ぬほど似合っていないのはご愛嬌といった所なのか。
 いくらなんでも運送会社の人の格好さえすれば良いというものでもなかろうに。
 せめて似合いそうな奴を寄越せば良いと思うのだが。

 それに加えて、朝日も出ていない時間を指定する人も、若しかしたらいるとは思うが、普通ではないな。
 その設定で警戒されずにドアを開けてくれると考えたクリムゾンの諜報部の実力を疑われても仕方がないと思うぞ。



「こんな時間にですか?
 一体誰が?」



 一瞬、素のままで返答してしまうおじさん。



『え〜〜と、送り主は〜〜〜』



 それすらも考えていなかったらしい。



「あ〜〜、思い出した!
 息子からだろう、何か送るっていってたっけ。」



 シドロモドロになってしまったテツヤを絶妙のタイミングで救うおじさんの一言。
 救われた格好のテツヤは、強く断言する。



『あ、そうです!
 息子さんです!』




 何も考えずに、口から言葉が出てしまったようだ。

 それに対して、おじさんが笑いながら決定的な言葉を言おうとする。
 それを慌ててナオが止めようとするが、興に乗ってしまったおじさんを誰が止められるだろうか。
 何と言っても、あのメティのお父さんなのだから。
 あの娘にしてこの父あり、誰も止められやしない。



「あれ?
 でも息子はいないんだけど……」




 ナオが顔を覆ってしまっている。
 これ以上引き伸ばすのは不可能になってしまったからだろう。



『………』



 モニター越しでも、テツヤが顔を青くしている事がハッキリと判る。
 汗も絶え間なく流れている。



『え〜〜〜、何と申しましょうか、』



「判った、義理の息子の事を指しているんだろ?
 アキト君は、もう息子も同然だからな〜〜。」



『……』



 迂闊な事を言わないようにと警戒してるのか、相槌すらしないテツヤ。
 もはや手遅れだと思うが…

 おじさんが止めの一言を発する。



「で、何でそんな事を知ってるの?」







 ナオも覚悟を決めたらしい。
 からかう事が出来て上機嫌のおじさんから、受話器を取ってテツヤに話しかける。



「もしもし、テツヤ久しぶり。
 前回の挨拶だけじゃあ足りなかったのか?」



 いきなり聞こえてきたナオの声に驚いているが、どうにか声は出せたらしい。



『………ナオか?
 ……お前がそこにいるって事は
 …実は最初っから、バレバレだったとか?』



 そのテツヤの問いに、情け容赦なくナオが答える。



「ああ、思いっきり。」



『………若しかしてテンカワさんもいたりします?』



 もう運送屋の真似をしなくていいのに、何故か敬語を使ってしまっていたりするテツヤ。



「確認してみるか?」



 ナオが意地悪く問い返す。



『えっ〜と〜〜、
 お届け物の住所を間違えてしまっていたようで……また出直してこよ〜かな〜〜なんて、
 アハハハハハハ。』



 乾いた笑い声を上げつつ、少しずつ玄関から遠ざかっているテツヤ。
 流石に、ナオとアキトの二人を相手にできると思っていないらしい
 近くの生け垣等から数人が何事かとテツヤの周囲に集まっていく。

 周囲を固めて少しは安心したらしい。
 またもやテツヤが捨て台詞を吐いていった。



『いいか、今日の所は!って前回も言ったか…
 よし!よく聞け〜〜!!
 マグレが続くのも二回までだ〜〜!!
 次こそ!覚えてろよ〜〜!!
 お前の母ちゃんデベソ〜〜!!
 ついでに、お尻ペンペン!!ここまでおいで〜〜〜!!』




 その声は、朝焼けの空に響き渡ったと言う。





◇       ◇






 俺がその情報を知ったのは、ミリアさんに起こされてからだった。
 俺はそれを聞くやいなや、エステバリスでテア家に向かって飛び出した。
 勿論、ミリアさんを安心させる為(ポイントアップの為)に、



「大丈夫、おじさんは俺が絶対に守ってみせるから。」



 そう言って、ニッコリと笑いかける事を忘れる事はなかったが。


 俺がエステバリスの中で少し落ち着いてから考えた事は、「折角祈ってやったのに」であった。

 大体天使だったらもっと遅くにやってくるべきだと思うぞ。
 時期的には、クリスマスにも近付いているんだし。
 慌ててやって来る必要性なんて、丸っきりなかったのに…

 その頃に来てくれたなら七面鳥ぐらい用意してやったのに。
 俺の素晴らしき日々を台無しにするなんて、やっぱりテツヤはただの敵だったんだな。
 俺の期待を裏切りやがって。








 俺がテア家の辺りにに辿り着いた時には、既にテツヤはいなくなって暫く立ってからのようだった。
 俺がテア家に近付いても、テア家周辺の家々からも、物音一つしなかった。

 いくら早朝だろうが、鳥の囀りが一切聞こえず、犬の鳴き声もしない。
 朝の散歩をする人を見かけなければ、新聞配達をしている筈のエンジン音すらしない。
 草木も眠る丑三つ時ではないが、木々からでさえ生気が感じられない。

 死んだ街……そんな思いが胸に湧き上がってくるのを止められない。
 ナオさんがいるのだから滅多な事はないと信じているが、流石に心配になってきた。

 少し焦りながら住宅街のど真ん中、道の中央にエステバリスを停める。
 普段ならこんな事をしたら住民から怒鳴られてしまうが、今は何処の家からも人が出て来ない。

 周辺に敵の気配はないものの、念の為注意しながらテア家に近付く。



 何事もなくテア家に辿り着いたので、そのままチャイムを鳴らしてみる。



 ピンポ〜〜〜ン!



「お早うございま〜す。
 アキトですけど〜〜。」



 返事が何時まで経ってもない。
 もしかして、そんな思いが胸に沸き上がってきたので、持っている鍵を使って入る事にする。

 鍵は、おじさんに最初に会ったときに既に貰っていたんだよな。
 …夜這い用に必要だろうとか言われて。


 いきなり敵が出てきても大丈夫なように、慎重に歩を進める。



「おじさ〜〜ん、ナオさ〜ん。
 いませんか〜〜。」



 俺は家のリビングに入った瞬間、衝撃的なリビングの様子を目の当たりにした。
 おじさんとナオさんが、受話器の前で倒れていたのだ。

 慌てておじさんに近寄って、怪我の有無等を確認しようとするも、近付いて一見したところ怪我をしているようには見えない。
 着衣に乱れもないし、玄関のドアもしっかり閉まっていた、それに変なガスの臭いもしない。

 一体どんな手を使ったのか分からないが、唯の気絶のようだ。
 俺は少し安心して、おじさんに声をかけると共に体を揺すって起こしにかかる。
 ……ナオさんも倒れているが、あっちは確認する必要はないだろう。



「おじさん!おじさん!」



「うっ、う〜〜」



「おじさん!!」



「う〜〜ん…
 ハッ!!
 アキト君じゃないか!
 一体何時の間にここに?」



 おじさんは少し混乱しているらしい。
 普段話しをしていても脱線の多い人だから、今は強引にでもこちらの意思を通して事情を知る事が先だな。



「大丈夫ですか?
 体には怪我等はなさそうですが、記憶の方はしっかりされてますか?」



 俺の問いに、少しは頭がハッキリしてきたらしいおじさんは、周りを確認しながら声を出す。



「あ、ああ。
 少し頭が重いような気もするが、きちんと働いているよ。」



「そうですか、良かったです。」



 一先ずは安心できる状態のようだ。
 俺はフッと息を吐くと同時に、家の周辺の異常な様子を思い出していた。



「そうだっ!!
 ここで一体何があったんですか?
 テツヤが襲ってきたとミリアさんから聞かされて、すっ飛んできたんですが。」



 俺がおじさんに今迄に何が起こったのかを問いかけると、
 まるで此処に悪魔が現れたかのように、おじさんは震えだした。



「アキト君!!
 アイツは普通じゃない!!」




 おじさんはその時の怖れを振り払うかのように大声で叫んだ。

 俺はおじさんを少し唖然とした思いで見詰めていた。
 直接会った事はないが、ナオさんから聞いた話や声を交わした感じからはそんな恐怖を与えられるようには思わなかったのにな?
 確かに普通じゃないのは直ぐに判ったが……

 しかし街から生気を奪ったのは間違いなくテツヤなのだろう。
 恐るべき新兵器でも持っているのかも知れない。
 勝手な推測で敵を過小評価するのは一番危険な事だしな。

 興奮してしまっているおじさんからは、テツヤがどんな手段を用いたのか聞きだせそうにない。
 それにそんなに恐ろしい思いをしたことを無理に思い出してもらう訳にもいかないだろう。
 その辺は今も気絶しているナオさんにでも後で聞く事にしよう。
 取り敢えずどうやって、その恐るべき敵を撃退したのかだけ聞きだすことにした。



「おじさん、落ち着いてください!!
 今は俺がいます、守ってみせますから落ち着いて下さい。」



 おじさんをどうにか落ち着かせてから徐に質問をする。



「あの、少し疑問なんですが、どうやってテツヤを退けたんですか?」



「ああ、え〜〜と…
 最後は……そうだ、アキト君の名前を出したら勝手に逃げていったよ。」



「……名前だけでですか?」



 いくらなんでも名前だけで逃げるほど落魄れてはなさそうだったけどな?
 仮にもプロを名乗っているんだし……



「ああ、アキト君がこの家に居るかのように匂わせたらさっさと帰っていったよ。
 だから君の名前で私は助かったようなものだ。」



 そう言って、愉快そうに笑うおじさん。
 俺は今一状況が解らなかったが、少なくとも俺にとって不利ではないとは解ったので、良しとすることに決めた。
 解らない事があったらナオさんに聞けば済むことだし。

 そう思ってナオさんを起こそうと近付いている俺の背中からおじさんが声をかけてきた。



「そう言えば、アキト君が薦めてくれた護衛のナオ君って、本当に一流なのかい?
 そこで寝ている姿からはとてもそうは思えないけど。」



 だらしなく気絶している現状では、何を言ってもフォローできやしない。
 話題を変えて、誤魔化すしか手はないだろう。



「そうだ、おじさん。
 ミリアさんが多分心配してますから、連絡してあげて下さい。」



 我ながら上手く話を逸らせたと自賛しながらナオさんの隣までやってきた。
 そんな時、おじさんの声が聞こえてきたので、ナオさんを起こす前に少しその話を聞いてみる事にした。



「もしもし、ミリアか?」



「ああ、大丈夫。
 アキト君が来てくれたお陰で怪我一つないよ。」



「護衛の人?
 ………
 ああ、ナオ君だっけ。
 嫌、全然駄目だね、今も気絶してしまっているよ。
 ………
 あれは使いものにならない。」



 聞こえてくるおじさんの声は、事実と違っていそうな気が思いっ切りしていたが、
 悪く言われているのはナオさんだけで、俺の事は良い扱いのようなので文句を言う必要もないか。
 そう思えたので、ナオさんを起こす事にした。





◆     ◆






 アキトはエステバリスで基地に先に戻り、ミリアとメティを車に乗せもう一度テア家に着いた所だった。



「あ、ナオさん。
 周辺の人達は皆気付きましたか?」



 アキトの問いは、一見可笑しそうでありながら深刻な実情が含まれている。
 結局、テツヤの捨て台詞を聞いたはずのない人達でさえ、何故か目を覚まさなかったのである。
 それは、テア家を中心に半径二、三百メートルを超える範囲の人達全員であった。

 声をかければ目を覚ますものの、自力での覚醒が殆んどない(時間がかかる)という恐るべき力。

 その力は、人間超音波―――ユリカ。
 時を止める美女―――イズミ。
 この両者すらも超えるほどの破壊力を持った人間凶器であると言える。

 この二人にテツヤを加えた三人の能力を解明できたとしたならば、最も廉価な兵器の出来上がりとなってしまうだろう。
 幸いな事は、この三人を研究しようとしても、研究者もコンピューターも記憶しておく事ができないという事だろう。



「ああ、大分時間が経っていたからな。
 流石に大勢の人が目を覚ましていたよ。」



 ナオはテツヤを知っていた事が、却ってダメージを大きくしたらしい。
 流石のナオもテツヤがあんな人間だとは思わなかったらしい。
 頭が先程の人物がテツヤであると認めるのに、時間が必要だったという事らしい。



「あ、ミリア久しぶり。」



 ナオはミリアとあの日以来始めて会う。
 楽しかったデート(ナオの主観)の後だけに、会話も弾むと思って声をかけたのだが、ミリアの返事は硬かった。



「お久しぶりです、ヤガミさん。
 この度は、どうも有り難うございます。」



 何やら義務感で返事をしているように感じられる。
 ナオも戸惑っているようだが、ミリアにしてみればこれでも大幅な譲歩なのである。

 自分の父親の危機の時に傍で何もしないで気絶していたと父親に告げられたら、その人間に対して好意を抱くのは無理だろう。
 しかもそれが本来は父親を警護してくれる筈の人間が、そんな期待外れだとしたら。
 例え百年の恋をしていたとしても、一辺に冷めてしまう事確実である。

 それに、その話の中で現在気になっている人間の株が急騰しているとなれば……

 ああ、可哀想なナオ。
 おじさんのちょっと現実から乖離した話の所為で恋の相手を失ってしまうだなんて。







 アキト達はテア一家を乗せて基地へと向かっている。
 おじさんもやっと基地内に避難する事を承諾したからである。

 その事にミリアとメティは喜び、ナオはホッとし、アキトは涙したという。



「ナオさん、こうなったら今度はこっちが攻める番ですよ。
 あっちはこちらの動きを知らないんですから、今がチャンスですよ!
 テツヤ達のアジトに心当たりはないんですか?」



 アキトがいきなりやる気満々になっている。
 もうミリア達と同室になれないからさっさと終わらせる気になったのに違いない。



「おい、アキト。
 そう言えば何で向うはこっちの事を知らなかったんだ?
 衛星を使えばアキトが基地に居た事なんて直ぐに解っただろうに?」



 ナオが今更ながら、重大な事に気付く。



「さあ?
 何か故障でもしたんじゃないでしょうか?」



 アキトは知らぬ存ぜぬで押し通したが、実際はアキトの所為である。

 アキトは衛星を使って監視を受けていたと知った瞬間にラピスに連絡して衛星を制御不能に陥れたのだった。
 本当は壊してしまうつもりでいたが、GPSやら何やらで市民生活にも密着している事がわかったので、
 地上からの制御機能だけを取り上げる事で我慢したのであった。

 ついでに付け加えると、アキトはそれをラピスがやってくれていると思っていたが、実際のところは違っていた。
 ラピスとハーリーとの間で、きちんとした役割分担が出来ていたのである。


 アキトとの連絡役兼褒められ役――――ラピス
 実務兼失敗した時の責任を被る役――――ハーリー


 二人の絶妙なコンビネーションの上に、アキトの戦略は成り立っていたのである。









後書き
 少し遅くなってしまいました。
 もう少し早く書き終わる予定だったのですが……

 ま、そんな話はどうでも宜しいでしょう。(爆)
 そろそろ第二章の終わりが見えてきました。
 本当はこの話で、ミリアとメティのおじさん(名前が判らなかったんです)は死ぬ予定だったのに、何故か生き残ってしまった。

 多分テツヤの所為なのだろうが…

 色々ありますがこれからも頑張りたいと思っています。





 

 

代理人の「待てやコラテツヤ」のコーナー(爆)

 

・・・・ひょっとしてテツヤ達って、邪魔になったからロバートに厄介払いされたんだろうか?

ああ言う連中を。

漆黒の戦鬼にぶつけると言うのは。

「もう帰ってこなくていい」というメッセージでは無いのでしょーかっ(爆笑)!?

 

テツヤ的にはこのままアキトを相手にするよりもさっさと逃げ出して、

どこかヨーロッパの片隅で畑でも耕して

ひっそりと暮らした方がナンボか幸せだと思うのですが(笑)。