第四話  踏み出した一歩






「そうだ、ルリちゃん。
 ユキナちゃんのところに行って、もう一度誘ってきてよ。
 もしも九十九君がいなかったら、どうやってでも連れてきてね。」



 アキトがルリにそう頼んでいる。
 ユキナがあの家で独りっきりで食事を取るかもしれないという事が許せないらしい。

 アキト自身が独りの食事の寂しさをよく知っているからな。
 それをユキナにまでさせたくないのだろう。

 そしてそれはルリだって同じである。



「はい、四人分作って待っていて下さい、アキトさん。
 絶対にユキナさんを連れてきますから。」



 ルリが力強い言葉と共に、お隣の家へと向かって行く。



「さてと、それじゃあユキナちゃんも来るとなると、皆で摘めるものの方が良いのかな?
 だとすると、やっぱり中華料理が一番かな。」



 アキトはルリを送り出すと早速今晩の夕食の献立を決めていた。



「生椎茸やしめじ舞茸青梗菜…これで一品目。
 次は、牛肉や茄子サヤエンドウを使って…………」



 アキトが手早く夕食を作っている間に、ルリはユキナを説得してきたようだ。
 ドアが開く音がすると同時に、元気な声が聞こえてくる。



「こんばんは〜。
 お呼ばれしたんで来ちゃいました〜〜。」



 ユキナをどう説き伏せたのかは分からないが、兎に角ルリは連れてくる事に成功したようだ。
 それは同時に九十九が今日も帰らないという事の証明でもあるのだが…。



「いらっしゃ〜い、ユキナちゃん。
 さ、そんな所に何時までもいないで上がって上がって。
 あっ、今まだ火をかけているんだ。
 もう少しで出来るから、そっちでルリちゃんやラピスと待っててよ。」



 アキトはそれだけ言うとまた直ぐに台所に戻っていった。
 忙しい事である。

 ユキナはそれよりもアキトが料理を作っている事に驚かされたようだ。
 木連では基本的に女性が台所に立つものと考えられているからだろう。
 ルリにコソコソと聞いている。



「あのさ、ルリさん。
 若しかしてアキトさんがいつも料理を作っているとか?」



「ええ、もちろん。
 アキトさんの作るお料理はとても美味しいんですよ。」



 ルリはそんな慣習をまるで知らないからユキナが何を驚いているのかさえ解らない。
 ユキナはルリがあっさりと認めてしまった事が信じられない。

 二人の間に奇妙な沈黙が下りそうになったがアキトがそこに料理を持ってきた。



「はい、ルリちゃんもラピスもそれにユキナちゃんもお待ちどうさま。
 できあがったから、料理の器を取って来てね。
 ユキナちゃんもうちではお客様扱いしないから、自分で器とか取って来てね。」



 アキトの言葉にラピスが一番に反応して、ご飯茶碗を取りに走る。
 続いてルリもユキナの手をとって器を取りに向かう。

 ご飯やお味噌汁を自分達でテーブルに用意し終わると、
 次に待っているのが、全員が揃うのを待つことだ。

 今回は既に全員集まっているので、直ぐに揃う。
 全員が正座したところで、アキトの声がかかる。



「はい、みんなきちんと座ってるね〜。
 では、戴きます。」



「「「戴きます。」」」



 ユキナの適応能力とは凄いもので、いざご飯を食べ始めるという時には既にそこに何年も前からいるのが当然、
 そんな雰囲気まで醸しだすまでになっていた。

 しかし今日初めて会った人間達と違和感なく一緒にご飯を食べれるとは、たいしたものである。















「こんばんは〜〜。」



 いつものようにユキナがアキトの家のドアを開けて入ってくる。
 既に勝手知ったる家、チャイムも押さなければドアの所で立ち止まる事すらしない。
 ガチャッとドアを引けば、この時間は鍵がかかっていないことは分かりきっているのだから、といわんばかり。
 まるで自分の家のような振る舞いである。

 それに対して、この家の住人達も全然気にしていない。



「あれ〜〜、
 今日はいつもよりも早いんじゃない?」



「そうですね。
 ユキナさんがいつも家に来られているのは、あと一時間は後のことだったと思います。」



 ユキナが家に来る事は、既に前提条件になってしまっているかのような会話である。
 ラピスまでもが頷いているし…

 どうやらこの一ヶ月余りで、すっかり馴染んでしまったらしい。
 ユキナのように相手を自分のペースに巻き込んで連れまわすタイプは今迄ラピスの周りには一人もいなかったからな。
 その勢いにラピスは巻き込まれて、良い意味で影響を受けているのだろう。
 アキトもそれをユキナに期待しているのだろうし。



「へへ〜〜ん、
 今日は大ニュースを持ってきたんだから!!
 それを一番に聞かせたくて、いつもよりも早く来ちゃった!!」



 ユキナがいつも以上に大きな態度で、胸を張っている。
 無理して大人ぶっているのが見え見えなのが微笑ましい。



「……大ニュース。
 ルリちゃん、どう思う?」



「はい、確か一昨日も大ニュースを持ってきたような………」



「そうだよね。
 それも、内容はユキナちゃんがアイスで当たりくじが当たったってことだった気が……
 しかもその三日前にも……」



「ええ、その時には九十九さんが女の子と話をされていたとか……」



「と言うことは」



「はい、今回もおそらくは」



 ヒソヒソ声で話しているため、ユキナの所までは聞こえていない。
 しかし、ユキナも何か自分にとって良くないことを言われているという事は分かったらしい。
 少し不機嫌そうな声でいつも以上に大きく声を張り上げる。



「何か言った〜〜、
 ルリさんにアキトさ〜〜ん。」




 アキト達はユキナが臍を曲げると長いという事を知っている為、すぐさま下手に出てユキナを持ち上げる。
 ユキナは単純なので直ぐにそれにのってしまう。

 …人はこうして大人の階段を上ってゆくんだな。



「何か気に入らないけど、まあ良いでしょう。
 今日はユキナは機嫌が良いんだから!感謝してよね〜〜。」



 普通人の家に入り込んでいきなり見得を切る人間に対して、何故にその家の住人が感謝しなければならないのか?
 それは誰にも、神様にだって分からないだろう。
 ただ一人ユキナを除いて。



「では、発表しま〜〜す。
 ムッ、ちょっと、ルリさんにアキトさん、こっちに来て正座して聞いて下さい!」



 こうなったユキナは誰にも止められない。
 その事をよ〜く知っているアキトとルリは静かに正座する。
 人間にできる事は、大人しくユキナ台風が通り過ぎてくれるのを黙って待つ事ぐらいのものである。

 ラピスもアキト達の真似をして、同じ様に正座して聞く姿勢をとっている。



「宜しい!!
 コホンッ!
 では、改めまして、発表します!!」



 いつもと違っていやにもったいぶっているユキナ。
 しかしアキトはユキナの言っている事を真面目な表情で聞いている振りをしながらも、頭の中は今夜の夕食で一杯だった。



(そろそろ木連の料理も覚えたいんだよな〜。
 どっかの料理学校にでも通おっかな〜、でも味が分からないし……
 そっか、レシピだけを取り出してもらえば良いんだ。
 後でルリちゃんかラピスに頼んでおこ。)



 一方でルリもユキナの言う事など右から左に突き抜けて、頭の中にはこれからの戦略が渦巻いていた。



(この頃は軍のセキュリティーも厳しくなってきましたね。
 まあ、私の手にかかればあんなものは何時でも簡単に破れますけど…
 今度わざと見付かって、誰かを犯人に仕立て上げましょうか、アキトさん許してくれるかな〜。)



 唯一ラピスだけが真面目にユキナの言う事を聞いていた。
 これもアキトが、人の言う事は真面目に聞きなさい、と教育している成果だろう。

 そんな事を考えている彼らの胸の内など露知らないユキナ。
 散々もったいぶった挙句、やっと言う事にしたらしい。



「私、白鳥・ユキナは、
 この度、
婦女子心身協力隊の準構成員になりました〜〜〜!!!」



 ………………………


 部屋の中は静まり返っている。

 ユキナとしては、感嘆の眼差しと驚愕の声を期待していたのにも拘らず、アキト達の反応は冷たかった。



「……アキト、婦女子心身協力隊って何?」



「いや、ラピス。
 俺も知らないよ。」



「それよりも凄いことなんですか?」



「さあ、さっぱり判らないよ、ルリちゃん。」



「じゃあ、ちょっと検索してみましょう。」



「おっ、いいね〜〜。
 いいかい、ラピス。
 わからない事があったら、今のルリちゃんのようにその場で直ぐに調べてみる事だよ。
 そうやっているうちに、知識を習得していく事が出来るからね。」



 ユキナをそこにポツンと残してコンピューターの方へと移動していくアキト達。
 それを呆然と眺めていたユキナは、突然起動し直した。



「なに、あんたたち、まさか婦女子心身協力隊を知らないとか!?
 信じられない!!」




 半ば絶叫するかのような大声でアキト達に問うユキナ。
 そのユキナの絶叫に耳をキーンとさせられながらも、取り合えず頷いておくアキト達。




「いいわ、私が教えてあげる!
 婦女子心身協力隊っていうのはね、つい最近出来たばかりなんだけど、女性だけで構成される一種の
 軍の中には優華部隊っていう女性版優人部隊も試験的に導入され始めてるってんだけど、
 一般の女性はそんなエリート部隊になんて入れないでしょ?
 だけど、私達木連の女だって男にばかり戦わせっぱなしという訳にもいかないじゃない…」



「そこで考え出されたのが婦女子心身協力隊。
 勿論私達が最前線に戦いに行くわけじゃないんだけどね。
 強制じゃないし若くて健康、それに優秀な女性しか入れないからそんなに人数いないんだけどさ。
 でも、あの千秋さんが隊長を務めるってことで結構話題にはなったと思うんだけどな〜。」



「千秋?」



 新たに出てきた名前に戸惑ってしまうアキト。
 そんな人物はチェックした覚えはなかった……
 と言うよりも、木連で女性が主要な地位に就くことは余りないから意識的に外してしまっていたのかもしれない。



「え〜〜〜、千秋さんを知らないの〜〜!!!
 あの、草薙中将の御息女で、木連女性の鑑。
 木連の結婚したい女性ナンバーワン、草薙・千秋さんを!!!」




 草薙に娘がいることも知らなければ、その人がそんなに人気があったことも知らなかったアキト。
 取り合えず戦略線上に浮上さえしなければ、全て無視してしまっても構わないと考えていたし、芸能方面は切捨てていたからな。



「ご免、ずっと生活するのに精一杯で、芸能方面は全然知らないんだ。」



「む〜〜、しょうがない、教えてあげる。
 麗夏さんは現在二十二歳、小さい頃からその才能を発揮なされて学校には通われず、家庭教師に習っていたとか。
 今は草壁中将の秘書的な仕事をなされてるって。
 黒曜石のような瞳、腰まである長い黒髪、見るものを虜にするその微笑、料理も裁縫もこなすという完璧さ。
 生粋のお嬢様なのにそれをかざることなく、、誰にでも優しい性格。
 世の男性だけでなく、女性陣からも圧倒的な人気を誇る女性。
 それが、草壁・千秋さんよ!!



 まるで自分を自慢するかのような鼻息の荒さ。
 それを見るだけでも千秋の人気の高さが窺い知ることが出来る。



「ふ〜ん、草薙・千秋さんね……
 あっ、その婦女子心身協力隊にユキナちゃんが入ったんだよね。
 おめでとう、ユキナちゃん。」



 取って付けたようなお祝いの言葉だったが、ユキナは一応それで満足したらしい。
 そのまま次の話題へと移ってゆく。








「あ、そう言えば、アキトさんって何されているんですか?」



「えっ、俺?
 俺は小さな証券会社を運営してるけど。」



 ユキナの質問に少し焦りながらもアキトが答える。
 小さいかどうかは別にして、扱う額はかなりの額を動かす会社である。



「へ〜〜、青年実業家ってやつなんだ〜。
 凄いですね〜。」



「ううん、そんな大したものじゃないんだ。
 こうやってコンピューターの前に座って、情報を集めてそれで売ったり買ったりしてるだけだから。」



 確かに仕事はそれだけだな。
 しかもそれらは全てルリとラピスが行っているし。

 しかし、実際のところは結構注目を集める企業である。
 何と言っても、損を殆んど出さないでいつも勝ち続けている証券会社など普通ありえないからな。

 勿論、時々は手痛い負けを強いられているが、
 実はそれすらも余りにも勝ち過ぎるのはおかしいだろうと故意に負けているのであった。
 それかアキトが間違えてキーを押してしまった時か、その二つの時しか負けていないのであった。

 それというのも、全てルリとラピスのお陰である。
 ルリとラピスの手によって、ありとあらゆる種類の企業の秘密がアキトの手元に集まってくる。
 つまり、新薬を開発しただとか、A社とB社が合弁することになっただとか、本当は損失額は発表よりも桁が大きいだとか……
 そういった情報を持っているので、どこよりも早く大きな利益をあげる事が出来た。

 まあ、完璧なインサイダー取引に当たるがそんな事は気にしないアキト達。
 簡単な例にすると、ポーカーで相手の札を見ながら、しかも自分が勝負するかどうかの選択権を持っているといった状態だろうか。

 しかもそれだけでなく、ルリとラピスの手にかかればあり得ないはずの情報まで尤もらしく世界に配信されてしまう。
 まさにやりたい放題なのである。



「え〜、凄いですよ。
 お兄ちゃんもそれくらい甲斐性があったら良かったのに。」



「おいおい、ユキナちゃん。
 九十九さんは軍のエリートなんでしょ?
 それ以上望むのは九十九さんにとって、酷なんじゃない?」



「む〜〜、それもそっか。
 まあ、アレ位で妥協しておくか。」



 軍のエリートが一番木連ではステータスが高いはずなのに…
 ユキナの手にかかればそれすらも大した事ないものになってしまうらしい。

 お金を一番手に入れられるのは企業のトップであるのは間違いないが…



「そっか、実業家さんか。
 じゃあ木連の中を飛び回ったりしてるの?
 この頃軍の施設ばかりが何者かに狙われてるってニュースでずっと言ってるけど巻き込まれたりしないでね。」



 巻き込まれるどころか、それを行っているのが目の前にいる人間なのだが…



「ありがと、ユキナちゃん。
 でも、今の所軍関係しか攻撃されてないみたいじゃない、一般人の俺は大丈夫でしょ。」



 抜け抜けとこんな言葉を言う事が出来るようにならないと企業活動はできないのか?
 流石にルリも返す言葉を思いつかないらしい。



「それにしても、その犯人って何考えてるんだろうね。
 何か九十九さんから聞いてない?」



「う〜ん、お兄ちゃんも全然分からないみたい。
 軍全体もまだ姿も捉えられないって言ってたし。」



「恐いね〜、早く掴まってくれると良いんだけどね。」



 情報提供までも受けてしまっているし。
 これじゃあ、掴まる事はまずないんだろうな。













「アキトさん。
 どうやって東・八雲とコンタクトを取るつもりですか?」



 ユキナもいなくなって、静まり返った家の中でルリがアキトに尋ねている。



「そうだね。
 この一月ほど監視してもらって分かったのは東・八雲が信頼できる人間だってことだね。
 そして絶対に味方になってもらわなくてはいけない事も確認できた。
 そんな人間を味方につける方法は、ただ一つだけだ。
 何だと思う、ルリちゃん。」



「えっ、え〜と分かりません。」



 アキトはルリで遊ぶことが多くなってきたな。
 ルリとなら会話になるというのもあるんだろうが。



「それはね、こちらの手札を見せてしまうことだよ。
 ああいったタイプの人間はこの手に一番弱い、そう昔から決まってるからね。」



「昔から決まっているって……
 もしも味方になってくれず、そればかりか捕まえに来たらどうするんです!
 こちらの身分は明かさない方が良いと思いますけど。」



 ルリの反論は良く分かるものである。
 確かにいきなり手札を開いてしまうのは危険が大きすぎる。



「ルリちゃん、『至誠天に通ず』だよ。
 この場合は隠してしまうほうが悪い結果を招きかねない。
 勿論、未来から来たとか信じられそうにない点は、未だ言う必要はないと思うけど。」



「しかし!!」



「大丈夫、それを見極める為に一月も彼を監視したんじゃないか。
 彼なら絶対に味方になってくれる。」



「だからと言って!!」



「う〜〜ん、それじゃあ、一回会った時には何も言わず信用できるかだけ見てくることにしようか。
 そこで信用できそうなら二回目の時に話すって言うのでどうだい?」



「はあ、まあそこまでアキトさんが言うのなら…」



「大丈夫だって、最悪地球に帰るだけだから。」



「アキトさん、それって『逃げ』ですけど」



 アキトだって勝算のない賭けになど打って出るつもりはない。
 東・八雲という人間を冷静に判断した結果、全て話しても大丈夫であると考えたのであろう。

 最後の一言はルリの張り詰めた心を解きほぐそうとしての言葉に違いない。
 ………多分。








「さて、いこっかルリちゃん。」



 アキト達は現在東家の前に立っていた。
 アポイントメントは勿論取っていない。



「はい、アキトさん。」



 ルリもここまでくれば覚悟を決めたようだ。
 緊張しているものの、いい顔で前を見詰めている。

 ラピスはいない。
 万が一の事を考えて、ユーチャリスで待機しているからだ。
 最初はルリが待機するはずだったが、この間の一件でルリも直に会ってみたいと考えた事と、
 ラピスならば時間差なしにユーチャリスで救援に来る事ができる事を考えた結果からだ。

 ラピスを納得させるのに時間がかかったが。



 ピ〜〜ンポ〜〜〜ン

 チャイムの音が鳴り響く。
 ここからが本当の勝負の分かれ目である。
 そう思うとアキトも流石に緊張してきてしまうのだが、ルリに悟られるような事はしない。



『はい?』



「あっ、私テンカワ・アキトという者なのですが………」






「アキトさん、こんなに簡単に入れてしまって良いんですかね?」



 現在既に家の中。
 名前を言って、八雲に会いたいと言っただけでいきなり奥まった席にまで入れられてしまった。



「いや、俺もここまで簡単に入れるとは思ってもみなかったから…」



 二人ともそれなりに警戒されるだろうと思っていただけに、この扱いは予想外であった。
 特に最近は軍関係が狙われている時期なのに。

 そんな事を通された座敷でヒソヒソと話し合っている二人。
 そこに奥の方から人の気配がしてきた。
 話を止め、前を見て緊張する二人。



「こんにちは、八雲です。」



 現れた男は思いの外優しそうなどこにでもいる普通の男であった。
 但し、監視していた時には感じる事の出来なかった、
 見た目はひ弱そうでありながら、その実決して折れることなく圧力がかかってもそれを逃がし自分を曲げないでいることが出来る。
 そんな一本背筋に通している印象をアキトは感じた。



「あっ、こんにちは、テンカワ・アキトです。
 今回は突然家まで押しかけてしまいましたのに、お会いして下さいまして有り難うございます。
 これは義妹のルリです。」



「テンカワ・ルリです。
 宜しくお願いします。」



 ルリも目の前の人間が只者ではないことに気付いたらしい。
 アキトのほうをチラリと見やった後は、静かにしている事に決めたようだ。



「それで、私に何かご用がおありだとか。」



 八雲の方も目の前の同年代の人間が只者ではないことは直ぐに判ったようだ。
 泰然自若とした態度ながらも、少し驚きの響きが入った声をだした。



「ええ、ちょっとした事でしたが。」



 独りアキトは予想通りだったことに満足しつつ、落ち着いた声をだしている。



「ほう、それでその用件は?」



「いえ、もう済みましたから。」



 まるで禅問答のような訳の分からない言葉の応酬である。
 ルリは二人の会話を聞いていても、何が何だか分からないらしい、目を白黒させている。

 しかし、アキトがその言葉をニヤリと笑いながら吐いた時、八雲も少し笑ったようだ。



「そうですか、それは良かった。」



 にこやかに笑いながら八雲も満足していた。
 久しぶりに面白い人間に会えたのが嬉しいのだ。



「ええ、それでもう一度会って頂きたいのですがお暇な時ってありますか?」



「暇ですか?
 最近はあまりないんですが、貴方とお会いする為になら作りましょう。
 時間さえ指定してくだされば、出来るだけその時間にお会いできるようにしますよ。」



「その時には少々お時間を取らせてしまいますが?
 あっ、それと御独りでお会いして頂けますか?」



「ほう、独りでですか…」



 注文が多いことに少し驚いているらしい。
 それにこの時期に単独行動は出来るだけ避けた方が良いという通達もでているからな。
 少し考える素振りを見せた。



「ええ、お会いして頂くのに色々条件をお付けしてしまい、申し訳ないと思っています。
 しかし、もしも私達を信用してくださるならば、御独りで来て下さい。」



 無茶を承知で頼み込むアキト。
 八雲は信用できそうだが、八雲に信用される為にはそれなりの準備が必要という事なのだろう。



「まあ、そこまで言うのなら…」



 その後もアキトと八雲は少し会話をし続けたが、両者にとって既に用件は終わっているといってよいだろう。
 目的を果たした後直ぐに帰る訳にもいかず雑談をしていたが、暫く経つと会談の終わりとなった。



「では、またその時にでも。
 あっ、先程の件ですが後ろで聞いている人は連れてきても良いですよ。
 心配でしょうから。」




 アキトは最後に笑いながらそう一言言い残して東家を出た。






「そこにいるんでだろ。
 隠れてないで出てきなさい。」



 誰もいなくなったはずの座敷で動かない八雲は唐突に誰かに向かって話しかけた。



「あれ、気付いてたの?
 お兄ちゃん、木連式柔の腕が上がったとか。」



 そんな言葉と共に妙齢の女性が姿を現した。
 八雲を兄と呼んでいる事から妹の舞歌であろう。

 舞歌は話を盗み聞きしていた事に対しての反省する様子をまるで見せず、
 自分が隠れていた事を、何故八雲が知りえたのか疑問に思い、そんな事は有り得ないと思いつつも、一応問いかけてみる。

 そんな舞歌の様子に八雲は少し呆れながらも一応答える。



「そんな訳無いのは知っているだろうが。
 舞歌に気付くなんてこと私にはできないよ。
 さっきの…テンカワ君が教えてくれたんだ。」



「ふ〜〜ん、テンカワ君ね〜。
 で、お兄ちゃんは今度あの人達に独りで会いに行くの?」



 その答えに少し驚きながらも先程の会話を思い出して尋ねる舞歌。
 対して八雲はその質問に笑いながら逆に質問する。



「ハハハ、
 舞歌は若しも私が独りで行くと言ったら、行かせてくれるのかい?」



「そんな訳ないじゃない。
 お兄ちゃん一人にこんなに面白そうな事独り占めにさせないわよ。」



 八雲が何故笑うのかは分からなかったが、取り敢えず言うべき事は言っておく。
 そんな舞歌の態度に更に笑いながら八雲が一言付け加えた。



「大丈夫だよ。
 テンカワ君が舞歌を連れて行っても良いって言ってくれたから。」









「ようこそ、いらっしゃいました。
 東・八雲さん、舞歌さん。」



「今日はお招き下さいまして。」



 そんな当たり前の挨拶から始まり、少しの間当たり障りのない話題で時間を潰してから徐にアキトが口火を切る。



「さて、そろそろ本題に入りたいと思います。
 今日来てもらったのは…………」



 一度そこで言葉を区切り、八雲・舞歌に確認を取る。



「その前に確認しますが、これから話すことはここ以外でしないで下さいね。
 それに、若しもこの話を聞かれてその上で、私達の計画に加われないという時はこのことは忘れて下さい。
 勿論ここからは何事もなく返っていただきますが、もし私の前に敵として現れましたら、容赦なく戦わせて頂きます。」



 真剣なアキトの表情に真面目に応える八雲達。



「それでは、話させて頂きます。
 長々喋ったら時間がいくらあっても足りないので端的に言います、私達は地球人です。
 一月ほど前に木連にやって来ました。
 その目的は、地球と木連との間で近いうちに起こるであろう戦争を止めること。
 その為に仲間を必要としています。
 そこで木連軍の中で唯一と言ってよい和平派の八雲さん、貴方に白羽の矢を立てたのです。
 仲間になって頂けますか?」



 アキトの言葉を聞いても驚きをみせない八雲。
 舞歌は目一杯体全体を使って驚きを表現している。

 対照的な二人の兄妹である。

 そして暫く頭の中でアキトの言葉を吟味していたのであろう、八雲がゆっくり話し出す。



「仲間になるならないの前に、
 まず第一にあなた方が地球人である証拠を見せていただくこと。
 どうやってここまでやって来たのか……これはまあいいか。
 次に何故戦争が起こると断言できるのか。
 そして最後に仲間になった時には何をして欲しいのかを示すこと。
 以上のことを速やかに見せて欲しいな。」



 八雲の要求に対してアキトが応える。



「一つ目は、後でその目で確認して頂けると思います。
 二つ目は地球の現状、政府が一般人に木連の事を直隠しに隠している事と、木連での好戦気分の盛り上がり。
 この二つを知っている人間から見ると、絶対に衝突せざるを得ないと考えます。
 三つ目は流動的ですが、先ず仲間を増やす手伝いをして欲しいです。
 地球と木連の和平を達成すると言ったって、この人数ではどうやっても無理です。
 そこでお二人には優人・優華部隊を和平派に引き釣り込んで貰いたいと思ってます。
 その後は木連全体を和平の方向へ持って行くのを手伝って頂けたらと。」



 アキトも八雲も真正面から相手の目を見て逸らさない。
 二人の視線が交じり合う場所から火花が飛び散るのではないかと思えるほど時間が経ってから八雲がゆっくりと視線をずらした。



「私はいいでしょう。
 テンカワ君は信頼してよい人のようだし、言っている事に嘘はなさそうだ。
 私も現在の木連の方向性は危ういと思っていたしちょうど良いかもしれない。
 兎に角最後の証拠を見せてもらい、それが信用できたならアキト君と一緒に戦おう。
 ただ、舞歌は……」



 そこで舞歌の方をチラリと見た八雲は頭を抱えてしまった。
 そこに目をキラキラさせている舞歌の姿を見てしまったからだ。



「勿論参加させて貰うわよ。
 私がこんなに面白そうな事を見逃す訳がないじゃない。」



 八雲は舞歌との付き合いが長い為、もはや何を言っても聞かないというのが分かってしまった。



「まあ、そう言う訳で舞歌もやる気満々みたいだし、これから宜しく、テンカワ君。」



「ふふ、宜しくね、テンカワ君。」



「こちらこそ、八雲さん、舞歌さん。
 あっ、俺の事はアキトで良いですよ。」






後書き
 初めて舞歌を出してみたのですが……何やら他の方のような女性にならなかったです(汗)
 まあ、若いし、お兄さんもいるし、言い訳しても許される設定かな?

 アキトを何と呼ぶかを改めて考えてみた所、「アキト君」と呼べるのはイネスと八雲位。
 舞歌も同い年か、一つ違いだと「君」付けするかどうか微妙だと思ったのですが、
 みんな「アキトさん」だと嫌だったので「君」にしてみました(笑)


 説得をしなかったのは、良い台詞を思い付かなかったからです(爆)



 

代理人の感想

ま〜、年上だし「君」でいいでしょう(笑)。

でも、確かエリナも「くん」付けだったような?