第六話 工作
「八雲さん、これで元一朗さんは仲間になってくれますかね?」
帰っていく元一郎の背中を見送ってきたアキトは不安そうに八雲に尋ねている。
それに対して八雲は先程と同様正座したままお茶を飲みながらいとも簡単に答えた。
「ああ、それは無理でしょう。」
「そうですよね……元一朗さんだって解ってくれ…………?
……あの…………八雲さん………今、無理って言いませんでしたか?」
そのまま聞き流してしまいそうになったアキトだったが、八雲が実は重要な事を話したのに気付いた。
「当然じゃないか、アキト君。
あんな簡単な説得の仕方では、誰も納得してくれはしないよ。」
しどろもどろになっているアキトに対して八雲はあっけらかんとしている。
「大体説得の仕方で一番良い方法は、相手に自ら自分の考えは間違っていたと気付かせ考えを改めさせる事だ。
正論を前面に押し出して理詰めで相手を追い詰めていくのは愚の骨頂。
正論には反論し辛いし、その一方で感情面に鬱屈したものを溜め込ませてしまうからね。」
「なるほど……あれ?ちょっと待って下さい。
俺は理詰め・正論で説得されたような気がしますが?」
アキトを説得した方法は正論を前面に押し出していたものである事は間違いない。
八雲が言っている事と矛盾している。
それに気付いたアキトはその理由について八雲に尋ねた。
「ああ、あれね。
あれはアキト君だったからあんな風にしてみたのであって、違う人だったらもっと別の方法を用いていたよ。」
「あの、『俺だから』ってどんな意味でしょう?」
全然褒められた気がしないアキトは不安そうである。
「う〜〜ん、アキト君は自分でも本当は気付いている事なのに無理して見ないようにしていると感じたからね。
そう、頭では理解出来ている筈なのに感情が追いついていない状態っていうのかな。
だから無理やりにでもそれに気付かせてあげれば後は自分の中で決着をつけることが出来る筈だってね。」
確かにアキトはこの世界と向うの世界が違うものであるということを理解できていた。
それに今の時代ではまだ何も起こっていないということも………
それでも北辰を憎んでいたのは感情が理性に追い着いていなかったからだろう。
そんな状態のアキトには頭をガツンと殴るようにして理性を取り戻させるのが一番効果的だと考えたのだろう。
実際アキトはそれで北辰との共闘も受け容れる気になったのだから八雲の見立て通りだったのだろう。
「……はあ、俺の事は何となく納得できました。
じゃあ、元一朗さんにはどうして正論をぶつけたんですか?」
「元一朗君か、彼は頭が良いし私の事を信頼してくれているからね。
私が何故あんな事を言ったのか一生懸命考えてくれるだろう。
それに元一朗君には正論だけじゃなくこれから色々と説得工作をするつもりだから。」
八雲はアキトの質問をはぐらかすように直接的には答えることはしなかった。
アキトも質問を逸らされた事は解っていたが八雲が言った説得工作の方が気になっていた。
「色々な説得工作…ですか。」
「そっ、説得工作。
さっき理詰めだけでは駄目だと言ったけど、それは人は感情的な生き物であるからなんだ。
感情に大きく左右されるのが人であるならば、その感情を揺さ振る事ができれば説得する事も出来るという訳。
今の元一朗君は理性では私が言った事にも一理あると思いながらも、
感情は今迄教えられ身についてきた『地球許すまじ』という思いから抜け出る事は出来ないで、
相反する二つの思いに混乱しきっているだろう。
そこで、今度はその感情を説得してしまおうと言う訳だ。
ただ、感情を説得って本当は凄く難しいけどね。」
一息入れると更に続ける。
「例えば人は自分が傷つけられた際には相手を許す事も出来る。
相手から殴られたり若しかしたら刺された時でも。
でも、自分の親しい人―――親兄弟子供、恋人親友知人―――
こういった人を奪われた時には理性で判断するのではなく、感情で相手を許さないだろう。
たとえ理性や他人が許せと言っていても納得できない。
もしも納得出来るとするならば、ある程度仇をとったりした時に限られるだろう。」
八雲の言う事はアキトにも非常に解り易かった。
アキト自身も大事な人を奪われたからこそ復讐に立ち上がったのだし、
この時代の北辰を許そうと思えるのだって、譬え別の北辰だと解っていても向うの時代で討ち取っているからだろう。
ある程度でも仇を取っているからこそ論理的に思考を働かせられているのだろう。
「しかし、時が経つにつれ、その記憶等はどうしても薄れていってしまう。
それも人がものを忘れる事が出来るという幸せな構造をしているからだが………
兎に角、時代が過ぎ、世代が移り変わる毎に普通は段々と怨みも薄まる。
時々怨みが凝縮された様な人―――南雲さんとかね―――も生れ落ちるけど大体忘れ去られていく。
記憶も恨みも薄れていった時になら感情というものは結構簡単に説得できるものだ。
昔の出来事に縛られて相手を憎み続けるよりも、明るい未来を選択した方が良いのではないかってね。
元一朗君には約百年前……三・四世代ほど前の出来事と現状とを考えさせ、
後は地球人も捨てたもんじゃないと思わせられれば完了かな。」
「成る程、良く解りました。
で、地球人も捨てたもんじゃないと思わせる方法はどんな方法なんですか?」
「ん? 方法なんて決まってい『は〜〜い』」
八雲の台詞にラピスの髪で遊んでいる舞歌が口を挿んできた。
「私がルリちゃんやラピスちゃんを連れて元一朗君の家まで毎日遊びに行ってあげる。
私がいれば元一朗君も追い返すことなんて出来ないしルリちゃん達を見てれば地球人に対する見方も変化してくるでしょ♪」
舞歌に言おうとしていた言葉を奪われた八雲だったが、咳を一つして体勢を立て直そうとする。
「コホンッ……ああ、まあ、そ『あっそうだっ』」
「あのね、アキト君にお願いがあるんだけど良いかな?
元一朗君の所へ出かける際には、アキト君が作ったお弁当を持って行きたいんだけど。
出来れば地球ならではの物で、木連の人が知らないものの方が良いかな。
お願いね、ア・キ・ト・君♪」
二度立て続けに八雲の台詞を止めてしまう舞歌。
しかしそれについては悪い事だとは全然考えていないようだ。
ニッコリ笑いかけるとこの話題には興味を失ったらしく、舞歌は次の獲物ルリの髪に取り掛かった。
この時点でラピスの髪はポニーテールを更に丸く纏められてしまっていた。
所謂シニョンスタイル等と呼ばれていた髪型である。
ルリも取り合えずツインテールを解かれ櫛で髪を整えられている。
一体どんな髪型になるのやら。
「あ、はあ、解りました……」
既に舞歌は聞いていないが返事を返してしまうアキト。
そんなアキトに八雲が真剣な顔で話しかけてくる。
「まあ、元一朗君の事は舞歌の言う通りで良いと思う。
実際私も同じ様な事を考えていたし、舞歌に任せておけば大丈夫だろう。
そんな訳で、私達は次の段階について話し合おう。」
「次の段階、と言いますと?」
アキトは話題が何になるのか解らなかった。
「決まっているじゃないか、政治関係の話だよ。
軍隊については元一朗君が落ちてくれるまで動きようがないからね、暫くは現状維持になるだろう。
だがその間時間を浪費しておく必要はない。
となれば、次は政界をどうするかって事になるだろう。」
確かに時間の余裕は余りない。
一刻も早く木連の中枢に入り込むか、トップに立つべきである。
最初から二年の時間しか与えられていなかったのだから。
「そうですね………でも政治家で頭の切れるいい人って余りいないんですよね。」
以前ルリにチェックしてもらったときの事を思い出すアキト。
その時にはマシなのは桃井・彬と斉藤・真の二人ぐらいしかいないと報告を受けたんだよな。
総理大臣の明智・光春も飾り物だと言われてたし。
「そうなんだよね………
実際火星から逃げてきた百年前の時に功績があった人達の子孫が牛耳っているんだよね。
殆んどの議員が世襲議員だから気心が知れている者同士ナアナアで済ませてしまう事も多いし。」
八雲も昨今の政界の腐敗ぶりには頭を痛めていたらしい。
勿論公式・非公式問わずそんな事を言った事はなかったが。
「あの、立候補するっていうのはどうでしょう?」
「確かにもう直ぐ総選挙があるけどね、
政治家に立候補してもよっぽどの伝手か特別な何かを持っていないと落選するだけだよ。」
木連の議会は一院制。
しかも定数は50人に過ぎない。
それに加えて世襲議員が幅を利かせている。
生半可なことでは立候補するだけ無駄なのである。
しかしアキトには伝手はないが特別な何かとしては妖精がいる。
アキトの言う事を必ず聞いてくれる電子の妖精が二人も。
「う〜〜ん、当選するだけなら手はない事もないんですが、その後の事を考えると……」
当選は可能だと簡単に言うアキトに驚かされながらもその手段を聞いてみる八雲。
「一体どうやって当選してみせると言うんだい?
軍関係者は表立って後押しは出来ないから私達は何も出来ないよ。」
「え〜っと、ルリちゃんとラピス、それにダッシュがいれば色んな情報を集める事が可能ですから。
その情報から俺と同じ選挙区から立候補している人のスキャンダルを拾い集めて暴露すれば自然と当選かな〜って。」
確かに相手候補のスキャンダルを暴露し続ければ選挙には勝てるだろう。
お金も有り余るほど稼ぎ出しているし。
しかし大勢の中の一人になって埋没してしまっては意味がない。
政府が世襲議員が無視できないほどの力を持たなくては一政治家で終わってしまう。
「ふむ、若しもそれが本当に出来るというのなら確かに当選は可能だね。
しかしただ当選しても意味はない、そういう事だねアキト君。」
八雲も普通に当選しただけでは意味がないことを理解している。
それを防ぐ為の手段を何か講じなければいけない事も。
アキトも八雲もどうするかで頭を抱えてしまった時に助けの手が現れた。
「あら、千秋さんを前面に押し出せばいいじゃない」
舞歌が何を悩んでいるのかと言わんばかりにさらりと言う。
その舞歌の言葉に成る程と納得する八雲。
しかしアキトは誰の事なのか理解できていない様子である。
「千秋さん?…………どこかで聞いた覚えはあるんですけど……」
「ほらアキトさん、草壁中将の娘で木連でお嫁さんにしたい人ナンバーワンの人ですよ。
ユキナさんが入ったっていう婦女子心身協力隊を創設したって言う。」
そんなアキトに助け舟を出すルリ。
ちなみにルリの現在の髪型は完璧に結い上げられてしまっていたりする。
簪まで挿され、扇を持たさせられているのだから舞歌の芸は細かい。
アキトはそれを聞いてやっと誰の事か思い出す事が出来たらしい。
ただし思い出しただけで、納得のいく人選ではなかったが。
「ああ、草壁・千秋か…………ん?
ちょ、ちょっと待って下さい。
草壁・千秋ってあの草壁の娘でしょう?
そんな人に反戦の主張なんて出来るんですか?
それよりもその人は信用できる人なんですか?」
アキトは会った事もない人を信じて奈落の底へ行く気は全く無かった。
それに折角上手くいきかけている計画をおじゃんにしてしまう気も。
そんなアキトに対し八雲と舞歌はそんな心配は無用だと言わんばかりに話しかける。
「アキト君、大丈夫だよ。
千秋君は充分信用に足る人だから。
それに協力隊を創ったのだって、本当にどうしようもなくなってしまった時の為に創ったんであって、
彼女自身は戦争に否定的な考えを持っているから。」
「そうそう、心配要らないってアキト君。
(上手くいけばあの千秋さんを兄さんから離れさせる手段に成り得るし。
ふふ、アキト君が千秋さんを落としてくれると嬉しいな〜♪)」
草壁・千秋……現在八雲の嫁に一番近い女性。
その血筋の為舞歌でも排除しきれない人だった(笑)
ブラコン舞歌は現在の所、己の王子を探す事より、八雲のお姫様を片付けていくのにその全精力を傾けていたりする(爆)
実はルリとラピスも最初の時にその気持ちがアキトに向いていると舞歌にばれなければ、
次に東家にきた時には舞歌がチョイスした恋人候補が待っていたりしたのだが。
そんな舞歌の気持ちなど知る由もない八雲も舞歌の策に賛成したのでその方向で進むことになった。
アキトにしてもこの二人が賛成する事ならば大丈夫だろうと考えていたからさらに反対しようとは思わなかった。
もしも舞歌の心の内をアキトが……いや、ルリかラピスが知っていたならばその方向にはいかなかっただろうが(笑)
「まあ、アキト君の心配も解らないではないから今度千秋君を呼んでみよう。
私が呼べば簡単に来てくれるだろうし。」
そんな所も舞歌の気に入らない所だったりするのだが………。
平和に笑っている八雲であった。
取り合えずこの日はそんな事を話し合って散会となった。
ピンポーン
月臣家のチャイムが鳴り響いた。
一人暮らしをしているが毎朝早朝には起きて鍛錬を欠かすことがない等規則正しい生活を送っていた月臣。
その為この時間には既に汗も流し終え朝食も食べ終え、ゆっくり過ごしているはずであった。
本来は…。
しかし今日は未だ寝惚け眼。
つい先程布団から抜け出て朝一番に飲む牛乳を飲み終えたばかり。
洗顔等でさえ今日は未だ行っていない。
ピンポーン
又しても鳴り響くチャイムに苛つきながらもドアを開ける。
「朝早くから煩い!!」
怒鳴りつけてから目の前にいるのが女の子であるとやっと気付いた。
そんな月臣に関係なく目の前にいるルリが挨拶をする。
「お早うございます(ペコリ)」
「あっ、どうも………」
頭が働いていない月臣はルリの挨拶に釣られてお辞儀を返してしまう。
しかし頭を上げたルリの顔に漸く止まっていた頭が動き出す。
『んっ? あれっ? この女の子見たことあるぞ』ということから
『そうだっ、昨日八雲様の所でっ!!』という所までを顔に思いっ切り素直に出しながら。
「そうだ貴様っ!
貴様のような ち(バグゥッ!!)」
月臣がルリを指差しながら辺り一体に響きそうな大声を出そうとした時、
月臣の後頭部に何かが当たる音がすると同時に月臣は夢の世界へと飛び立とうとした。
………月臣がその時最後に見たのは嬉しそうにハリセンを持って笑っている舞歌の姿だった。
「なっ………」
バタン
そのまま月臣は倒れ伏してしまう。
「まったく、女の子に向かって指差して大声を上げようとするなんて、木連軍人の風上におけないわね。」
一撃の下月臣を倒した舞歌は倒れ伏している月臣の横からさっさと家の中へ入っていってしまう。
そのわくわくした後姿に少し引くものを感じながらもルリとラピスも続く。
「「「お邪魔します。」」」
今更な言葉を三人で言いながら家の中へと入っていく。
「まったく、本当に女っ気がないんだから。
少しはそれらしい物があるかと思って期待してたのに。」
えらく機嫌が悪そうな舞歌。
折角月臣が寝たから(気絶させたとも言う)家捜しでもしようかと家の中に入ってみればそこは見事なまでに機能重視の部屋。
調度品は殆んど無く殺風景な部屋だったのだ。
家捜しをするまでも無く一目で女性の影がないことが解り不機嫌になってしまったのだ。
そんな舞歌を呆れた様子で見ているルリとラピス。
ただラピスは初めて見る布団に興味を持ったようだ。
今迄はベットしか見たことがなかったから、床に敷かれた布団がとても印象深いのだろう。
「元一朗さんはあのままで良かったんですか?」
「ああ、いいの、いいの。
あんな重い物、か弱い私達には動かす事なんて出来ないから。」
玄関に捨てられている月臣を少しは心配してみたルリであったが、舞歌はそんな事など気にしていない。
流石にルリやラピスでは動かせないが舞歌なら簡単に動かせるのではないかとルリは思ったが、
己の身の為にもそんな台詞を吐く事はしなかった。
「…………そうですね。」
かくして月臣はこうして目覚めるまで捨て置かれる事となったのであった。
しかし家の主がいない為手持ち無沙汰になってしまう三人。
仕方がないのでテレビや世間話で時間を潰す事にしたらしい。
「そう言えば、ルリちゃんやラピスちゃんってアキト君と…………」
「うっ…………」
月臣が何故か痛む頭に悩まされながら目を覚ました。
己が何故玄関なんかで寝ていたのか訳がわからなかったが、どうにか体を起こす月臣。
頭を左右に振りながら意識をはっきりさせると誰もいないはずの家の中から聞こえてくる話し声の元へ注意深く歩いていく。
「ふ〜ん、そうなんだ〜。」
舞歌が地球の様子を知りたいと言った為、差しさわりのないところを話すルリ。
「ええ、コロニーでは感じる事の出来ない自然がありますから。
四季を彩る木々、海や川を自由に泳ぎ回る魚達、草原を埋め尽くす草花。
いきなり降って来る雨や吹き荒ぶ風、強い日差しや冷たい雪。
やっぱり母なる星と呼ばれるのに相応しい星だと思います。」
地球の自然についてよい一面だけを伝えるルリ。
実際の所地球でも自然を感じられる生活を送っている人間は一部に限られてしまっているが。
「じゃあ、ルリちゃんが覚えてる地球の自然って何?」
舞歌の何気ない質問に一瞬戸惑ってしまうルリ。
しかしその白い頬を赤く染めながら小さな声でボソボソと話す。
「あの、アキトさんと一緒に見た川を上ってくる鮭です。
あの時感じた風の匂い、聞こえてきた鮭の音、冷たかった川の水、全てが私の宝物です。」
ポーとしたまま話すルリに少し引いてしまう舞歌。
「そ、そうなんだ。
それじゃあ、」
「動くなっ!!!」
舞歌がさらに地球の様子を尋ねようとした時に、月臣が部屋に踏み込んできた。
「全員両手を挙げ………?
舞歌様?」
月臣が銃口を向けながら見た風景。
それは己の部屋で寛いでいる上官と赤い顔をして話している少女、それに上官に膝枕されて眠っている女の子であった。
しかも机の上には豪勢な御重が広げられている。
女の子が月臣の大声で寝惚けながらも目を覚まそうとしている。
その余りにも平和な光景に動きが止まってしまう月臣。
「あら、元一朗君じゃない。
どうかしたの?」
拳銃を突き付けられながらも全く動じることなくのほほんと問いかける舞歌。
己の部屋に戻ってきて『どうかしたの』も何もないものだが、拳銃を握り締めているのだからそう言われてしまっても仕方がないか。
上官に銃口を向けている事に気付き、慌てて拳銃をしまう。
その様子に吹き出しそうになりながらも舞歌がお茶を差し出す。
「はい、お茶でも一杯飲んで落ち着きなさい。」
「あっ、済みません。
戴きます。」
ズズズズズー
熱いお茶を飲んで落ち着いたところで月臣が現状について思い出した。
「違うじゃないですか!
ここは私の家です、何故舞歌様がいらっしゃるんですか、それも地球人を連れて!」
「あ〜、五月蝿いわよ元一朗君。
折角ラピスちゃんが寝ていたのに起きちゃったじゃない。」
「も、申し訳ありません。」
何故か月臣が頭を下げてしまっている。
明らかに月臣の言い分の方が正当性があるのに………。
これが長年かけて作られた舞歌と月臣の関係である。
殆んど条件反射の域にまで達してしまっているのだろう。
身に染み込んでしまった慣習からは抜け出す事は難しいものなのだ。
月臣自身も己が頭を下げてしまった理由が解らない様である。
目を白黒させている。
但し舞歌は当然といった顔で月臣の謝罪を受け容れたが。
「宜しい。
やっぱり悪い事したら直ぐに謝らないとね♪
じゃあ元一朗君も一緒に食べない?美味しいわよ。」
自分のした事を微塵も悪い事だと思っていない舞歌は勿論謝る事は無く、
月臣を殴り倒した事も勝手に部屋に上がったこともいつもの如く何とはなしに流されてしまった。
「ほらもっと食べなさいよ。
アキト君が元一朗君の為にって腕を揮ってくれたんだから。」
月臣の向かい側に座っている舞歌がそう勧める。
しかし三人にじっと見られながら食事をする事は月臣にとって大変苦痛であった。
その為いつもの半分以下の量でもはやお腹が膨れたように感じられてきた。
「あの、もうお腹一杯ですから……」
そう言って食事を終えようとする月臣。
月臣の目の前には未だ手付かずのままの御重が残されている。
「あらもういいの?
こんなに残っているのに………折角アキト君が早起きして作ってくれたのに、ねえラピスちゃん。」
隣に座っているラピスの顔を見る舞歌。
それを合図としたかのように、ラピスの瞳が潤みだす。
今にも目から零れ落ちそうになった涙を見て月臣が慌てだす。
「あ、もう少し入りそうなんで、折角ですから戴きます。」
月臣が食べ始めるとラピスの涙も引っ込み始めた。
それにほっとしながら三人の視線に耐えながら食べ続ける月臣。
そんな月臣にばれない様にしながらも、舞歌とルリは目で作戦の成功を祝っていた。
そう、実は昨日のうちにラピスは舞歌の特訓を受けていたのである。
いつでも合図があったら瞳を潤ますことが出来るようにと。
最初『瞳を潤ます』という意味さえ知らなかったラピスに流石の舞歌も手を焼いていた。
匙を投げようかとさえ思い始めた時にルリが一言口を挿んだのである。
「ラピス、アキトさんと離れ離れになってしまうことを考えなさい」
この一言を聞いただけで、それまで負の方向への感情の揺らぎを全く見せなかったラピスが涙をボロボロ流し泣き始めたのである。
「私はアキトの目、アキトの鼻、アキトの口、アキトの…………」
今度は合図をする度に『私はアキトの…』と口にしながら泣き出すのを止めるのに苦労する羽目に。
それでもどうにか台詞を出さずに瞳を潤ますことに成功させる事が出来るようになったのである。
その苦労が報われ、二人とも満足そうである。
こうして元一朗の平和な日々は奪われていったのである。
そう、少なくても一ヶ月以上は毎日現れるようになるのだから。
後書き
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。
さて、ご挨拶はこれくらいで、
結局十二月中は私事が忙しくて少しも書けませんでした…
前々から解っていたのですがね(汗)
しかも未だ終わっていない(爆)
結局二月の上旬ぐらいまで掛かりそうな勢い(核爆)
一月もこれだけで終わってしまいそうです。
つくづく見通しの甘さを思い知りました。
さて、六話ですが五話の説得の続きです。
本当は直ぐに投稿するつもりだったのに間が空いてしまいましたね(汗)
その間に全然別の文を書いていたりしていたので繋がりが…
身を任せも書かなきゃいけないのに
……取り合えず第二章の終わり方は決まっているのですが如何せん時間が無くて
申し訳ありません。
代理人の感想
舞歌さん炸裂(笑)。
やはり長年培われた力関係というのはなかなか覆しがたいもののようで(笑)。
しかし、このまま話が進むとルリとラピスも色々と舞歌さんから学んだりするんでしょうか?
いや、二人の成長が実に楽しみです(爆)。