機動戦艦 ナデシコ

〜二人の王子様〜

第三話『前に進む代価は、何を払う?』

スモモの氷菓子

 

〜1〜

 『ナデシコ』がチューリップを撃破して、宇宙軍の指揮下に入る事を拒絶してから一週間後。
 ミスマル・コウイチロウ提督と共に、僕は連合軍総会に出席していた。総会の会議内容は勿論、木星蜥蜴との戦争においての基本戦略の方針の決定、及び各地域軍の戦力配分の決定等をする物だが、実際は…。


 「ナデシコの横暴を許す訳にはいかない!」


 壇上で連合軍総司令官が断言している様に、殆どナデシコ弾劾会議になっている。
 まあ、僕も軍人の端くれだから総司令官を始めとする軍人達の怒りは判らないでも無い。最近の世間一般常識では、

【連合軍:蜥蜴共に連戦連敗したあげく、火星・月の防衛すら放棄して地球も充分に防衛出来無い、無能集団の最たる物。】

 と認識されている。税金(生活費)を払って貰っている一般人達の目前と映像の中で、散々蜥蜴達に蹴散らされているだけの存在には、この程度の評価がついても当然の事だろう。そして殆どの軍人は、この評価を覆したいと思っているのは当然の事。そんな屈辱的な状況の中、多数の木星蜥蜴を単機で撃破し続けた機動兵器『エステバリス』、そして雲霞の様な木星蜥蜴を瞬時に殲滅させた上、更には難攻不落のチューリップすら一撃で撃破した戦艦『ナデシコ』。連合軍が喉から手が出る程欲しい戦闘能力と実績を民間企業が、それも素人の民間人達が運用して上げた。戦闘のプロと言うべき軍人達が嫉妬と羨望に狂うのは当然の事で。

 (素人共でさえ、あれ程の成果を上げた。我々が運用すれば…素人共め、図に乗りよって)
 (『ナデシコ』を我が手に出来れば、総司令の地位へと大きな一歩になり、さらには…)

 等々、此処に居る軍人達の心理を子供でも分かり易く説明すると、こんな感じになる。…はぁ、馬鹿らし。ネルガルに足元見られ交渉の度、門前払いで追い返された鬱憤も溜まっているから、八つ当たり気味の暴走状態とも言えなくは無い。しかしそれ以上に僕が不可解に感じ、おそらく会議に参加している周りの軍人達も感じている事は、軍の拙い行動に対するネルガルの対応だろう。幾らでも付け入る余裕、現在の切羽詰まった軍の状況は『ナデシコ強奪未遂』と言う形でネルガルにも明確に判った筈だ。だから強奪未遂の件に付け込んで、ネルガルは軍との交渉を圧倒的に有利に進められるのは確実、『エステバリス』や『ナデシコ級戦艦』を言い値で売り込み軍兵器のシェアを独占出来る絶好のチャンスなのに、それを表裏の交渉事ですら提示していない。現在ネルガルが、軍や他の軍需企業に対して圧倒的アドバンテージを持っているとは言え、『明日香インダストリー』・『クリムゾン』・『マーベリック』等の各社が半壊している蜥蜴の残骸から『相転移エンジン』を開発し、『ディストーション・フィールド』・『グラビティー・ブラスト』がネルガルの専売特許では無くなる可能性とて充分にあるのに、ネルガルはそれらを無視・考慮すらしていない余裕、若しくは傲慢と言うべき、その態度が余りにも不気味すぎる。ネルガルを強制接収する事すら軍の一部で討議されているのに、ネルガル経営陣は、何考えているんだ。
 まあ、それは兎も角(ともかく)、置いてと。この一週間、僕はただ状況の推移を見ていた訳では無い。一日一回は「ユリカ〜、パパは心配しているんだぞ」と喚くコウイチロウおじさんを宥めつつ(知らない間に、僕が宥める役割になっていた)、おじさんとその幕僚達、そして同期で士官学校首席のアオイ・ジュンと一緒に『ナデシコ』の扱いを検討し尽くし、それの各部署への根回しもして総会に臨んでいる。ユリカにも一昨日、昨日の晩と2回メールで提案内容の詳細を送っているから、それなりの(儀礼的な)交渉で軍・ネルガル・ナデシコ(ユリカ)の、三者の面子を立てる事が出来る…筈なんだが、ユリカの奴が少し心配なんだよな。時々、呆気に取られる行動を平然とする奴だから、此方の歩調に巧く合わしてくれるかどうか‥。
 そんな事を考え、思いつつ、僕は隣に座っているジュンの奴と小声で話し合っていた。


 

 「此処まで付き合わせて悪い、ジュン」
 「別に良いよ、リョウスケ君。僕も状況を知っておきたかったし、それにね」
 「“IFS”を参加させるなら“首席”も参加させるべきか。‥やれやれ士官の面子と言うのも大変なもんだ、この総会と同じく無意味だけどな」


 

 プライド、面子か。無ければ「情けない」と罵倒され、やたら主張すれば今回の様な事態を招き続ける。利権も絡んでいるから、こんなに厄介なんだろうが一歩引いた立場の僕にとっては、罵声を浴びつつ必死に蜥蜴と戦っている兵士達をなおざりにしている当事者達に失望し怒りを感じてしまう。ただ、罵倒しても仕方が無いと言う分別ぐらいはあるから、こんな手間をかけて此処まで来たんだが。


 

 「確かに無意味だよね。でも交渉事と言う物はこんな物だよ、リョウスケ君。その中にある真意を探し出し、言葉で譲歩を引き出したりしたりして物事を進める。僕も君もそしてユリカも、これからそんな世界に慣れなきゃいけないし」
 「流石、未来の叢雲家(むらくもけ)当主、覚悟は出来てるか。それならホノカちゃんも心配無いな。後でホノカちゃんにも謝らなきゃな、「愛しのジュン様と夜遊びして御免なさい」てね」
 「‥悶えながら、からかわないでよ」


 

 誰も悶えていないんだが‥僕はホノカちゃんの物真似をしただけだ。
 叢雲(むらくも)ホノカ。一言で言えば今のジュンの恋人(同棲間近の仲だと思う)であり、もう少し詳しく言えばユリカと僕の高校時代の同級生で、ジュンが士官学校に在学中の時から付き合い始めてる可愛い女性だ。性格は「これぞ箱入り娘」と思わせる程、のほほんとした素直な性格でユリカの一番の友達。僕とユリカが遊び半分どころか大半で、集団デートなんて恥ずかしい事をしながら二人の仲を取り持った事もあり‥まあ、それなりに色々な事件を経て、今では双方の両親公認の仲になった。
 ジュンがこの場(総会)に居るのは先程の面子云々に加え、叢雲家の影響力も有る訳で。当主候補に箔を付けたい意向もあるんじゃないだろうかと僕は考えているが、それに対する嫉妬より僕としては、これから大変だろうなと言う心配が先に立つ。『身の程を知る』。そんな忠告しなくても、ジュンの奴が日々努力しているのは判ってはいるのだが…ある意味、僕の二の舞になるなよ、ジュン。
 で、「悶えている訳じゃない」と僕がジュンに反論しようとした時。壇上に居る総司令官に秘書らしき人が近付いて何やら耳打ちした直後、正面のメインスクリーンに艶やかに着飾った着物姿のユリカがアップで映る。会場に居る軍人達が騒然とする中、僕は内心、蹌踉(よろ)めきつつも賞賛していた。‥何かぶっ飛んだ事するかもしれないと思っていたんだが、こう来たかユリカ。似合っているし、自分のペースで交渉する切っ掛けには充分になる。なかなか、考えたじゃないか。
 そうユリカを褒めると共に、人を食った挨拶を終えたスクリーンの彼女は本題を切り出す。それを聞いた途端、僕はユリカの底を此奴(こいつ)がどれだけ呆気に取られる女かを見間違ったか思い知らされる。


 

 『We'd like to boo-sted to escape velocity from the earth in 3 hours. Buuut, if you don't put the BIG-BARRIER down for a moment, NADESIKO and Barrier-Satellites well be damaged.Would you mind putting the barrier down.PLEEEEEEASE?』
(訳:当艦は3時間後に地球引力圏を脱出する予定なの。でもぉ、そのためには第一防衛ラインであるところの、ビッグバリアを瞬間的に解放してもらわないと、ナデシコとバリア衛星双方に被害が出てしまうの。すいませんけど、バリア解放して?)


 

………
……
…おい、こら。
 喧嘩売ってどうする、この馬鹿ユリカ!
 唖然としている間に、総司令官を始めとする総会参加者の殆どを敵に回した交渉、いや宣言を終えて通信を切ろうとした彼女に、僕は慌てて席から立ち上がり口を挟んだ。


 

 「こら、ユリカ!」 『‥あっ!?リョウスケ、居たんだ。綺麗でしょ』


 

 そう言ってクルッと一回転した彼女に、僕は引き続き話し掛ける。隣で必死にジュンが、僕の袖を引っ張って「落ち着いて、リョウスケ君」と言いたそうにしているのも、発言を取られた総司令官が僕に不機嫌な視線を送っているのも、そして周りの軍人達に注目されているのも判っているが、あえて無視して返事をする。


 

 「うん、綺麗だし似合ってるよユリカ。でも、どこからそんな物仕入れてきたんだ、お前?」
 『ヘヘェン、プロスさんが用意してくれたんだよ。私だけじゃなくて、みんなも着てるんだから』


 

 そう言ったユリカの声に反応して、スクリーンの端に映っていた3人にピントが合う。メグミさんに遥さん、それにほっしーがそれぞれ軽く化粧して着飾ってるが、勿論その表情は硬い。それもそうだ、脳天気なユリカに振り回されて悪意に満ちた視線を集中させられたら、営業スマイルも堅くなるのは当然の事で。彼女ら3人に僕は同情して一言。


 

 「…ご苦労様、みんな」
 『はぁ。有難う御座います、オギさん』 『『…』』


 

 ほっしーが溜息付きつつ軽く会釈し、後の二人は堅い笑顔で、僕を見る目は「助けて下さい(よねえ)」と懇願している様に見えるけど、僕に答えてくれた。
 そして、そんな状況下でも無事平穏な、『台風の目』とも言える人物は引き続き僕と喋り続ける。


 

 『で、リョウスケ。プロスさんが「オギさんならナデシコに帰ってきます」て言ってたからユリカ、この一週間ずっと待ってたんだぞ。なのに帰ってこないでそんな所に居るし。リョウスケはナデシコの副艦長さんなんだから、職場放棄しちゃダメじゃない(プンプン)』
 「…一昨日と昨日の晩に『御免なさい』とメールで送っていたんだけど、届いていなかったか?ユリカ」
 『……………あはははっは』 「見るの忘れてたのかな?」
 『忙しくて、メール開設するの忘れてた。ゴメンね、リョウスケ』
 「……‥(ニッコリ)」 『‥許してくれる??』
 「この、ドッアホォ〜〜!!!」 「むぎぁ」


 

 思わず怒鳴った僕に、ユリカは耳を塞ぎつつ必死に謝っているが、その程度で許すつもりは毛頭無い。この一週間、ナデシコの副艦長と言う事で白眼視されつつ、この状況を僕なりに必死にひたすら頑張って来て漸く(ようやく)それなりの体裁を整えてこの場に臨んだのに、この馬鹿ユリカのせいで全て水の泡に消えた…。その程度で済むと思うか、この脳天気女!!


 

 「あのメールには、今日の総会で僕やコウイチロウおじさんが、お前やナデシコの事は何とかするから、お前はその話に合わして巧く交渉する様にと書いていたんだ!それをお前は‥アキト君とイチャイチャして、艦長として最低限の事すらしていなかったのか!!」
 『イチャイチャじゃないもん!蜥蜴さんが凄く怖くてもユリカの為に頑張ってくれたアキトを、私は慰めたり励ましたりしてたんだから』
 「そう言って、アキト君にへばり付いていただけだろうが」
 『はい、その通りです。艦長、しょっちゅう休憩だと言って食堂に入り浸ってました』
 『あ〜、ルリちゃんヒドイ』 『オギさんを無視した艦長の方が酷いです』


 

 この状況下で冷静にツッコミを入れるほっしーの後ろで、メグミさんも遥さんも大きく頷いてそのツッコミに同意しているのが目に入る。そして、そのツッコミで多少冷静さを取り戻した僕は少し考える。‥はぁ。どうやって話を巧く終わらせようか?


 

 「‥ユリカ、軍の要請を無視してビッグバリアを突破しようとした事を、きちんと謝ってくれたら後は僕達が何とかするから、謝ってくれないかな」
 『リョウスケが私に謝らないと、ヤダ』 「どうして僕が謝らないといけないんだい?」
 『だって私が休憩取ったりメール読めなかったりしたのは、私がリョウスケの仕事もしなきゃいけなかったから余計に疲れたせいなんだよ。それにナデシコはネルガルが独自で運用するって決定したんだから』


 

 ユリカの最後の台詞に、暫く鳴りを潜めていた軍人達が突如騒然となる。総司令官はユリカに食って掛かり、他の軍人達もユリカ、いやネルガルに対しての緊急討議を始めるべきだと騒ぐ。それもそうだろう、ネルガル独自運用と言うのは軍のごく一部とネルガルが結んだ極秘契約と言うべき事項であって、この現状で(おおやけ)にされれば契約者同士、只では済まない状況になる。僕達はそれを巧く突いて有利に交渉を進めようとしたのに、ユリカはそれを暴発させた。…開いた口が塞がらないとは良く言ったものだ、こうなったらなる様になれ!


 

 「考えも無しにそれを言うんじゃない、この『ケーキ頭』!!」


 

 この僕の台詞に総司令官の言葉を聞き流していたユリカは、疑問符を付けて僕の顔を見る。当然、僕はそれの意味を説明してやる。


 

 「『ケーキ頭』と言うのは、綺麗な顔の中身はクリームとスポンジしか詰まっていない。つまり、見栄えだけが良いアホ馬鹿と言う意味だ。判ったか、このケーキ女!!」
 『!?う〜、私がケーキなら、リョウスケは『深海男』だもん!』
 「なんだそれ?」
 『自分も周りも暗くする究極の根暗さんて言う意味だよ、このイン〇ン!!』


 

 !?誰がイ〇キンだ!誰が!!
 その台詞が放たれた途端、騒然としていた周辺が一瞬にして静かになり、そして後ろで誰かが倒れる音がしたと共にその周辺が慌ただしくなる。ちらっと後ろを見るとミスマル提督、コウイチロウおじさんがぶっ倒れていた。「母さん、ユリカがユリカが‥」と(うめ)いている声が微かに聞こえる。親馬鹿なおじさんにとって、愛娘がこんな言葉を使った事は相当ショックだったらしい。

 「僕はイ〇キンじゃない!この寄せ上げ補正の」
 頭に来た僕はそう言いながら、両手を胸部近くに持っていき言葉通りのジェスチャーをして
 「たれ乳、スラング娘が!」
 とスクリーンのユリカに向かって指を差し、言い放つ。
 今度はユリカが絶句する番だった。体を震わせて口をパクパクさせた後、猛然と僕に食って掛かる。


 

 『ユリカ、たれてないし、臭くもないもん!みんなの前でそんな嘘言うなんて許さないだから、リョウスケ!!』
 「‥ふん、それを言うなら『スカンク』だ、たれケーキ」
 『!‥また、また言ったー!!ぜったい、ぜった〜いに許さないんだから!!
 「それはこっちの台詞だ!ナデシコ叩き落として、アキト君の前でお仕置きフルコースしてやるから覚悟していろ!!」

 

 親指立てて首をかっ切りそのまま下に向けて叩き落とすジェスチャーと共に、そう言い切った僕の言葉に

 

 『アキトが守ってくれるんだから、ぜったい返り討ちにしてやるもん。ベーだっ!』


 

 ユリカは怯む事無く、僕に舌を出して通信をたった切った。良い度胸じゃないか、どうやって叩きのめしてやろうか。……えーと。
 周りの静寂さにふと僕は頭を巡らす。目に入ったのは、総会内の軍人達が総司令官も含めジッと僕を注目している光景だった。隣に居るジュンは、頭を抱えたまま僕の方を見ていない。集中する視線に押されて思わず座り掛かった僕は、思い直して再び立ち上がる。
 『毒も食わらば皿まで』。この場合、テーブルまで食わなきゃいけないようだが、いいさ。ユリカがそう決断したなら、僕は僕なりの選択をさせて貰おう。
 そう覚悟を決めた僕は、総司令官の方に視線を向けて切り出す。

 「聞いての通りです、総司令官閣下。小官にはナデシコ撃破の試案がありますので、提案しても宜しいでしょうか」

 


 

〜2〜

 うぅ、リョウスケのおバカ、イン〇ン深海男!お父様やみんなの前で、バカとか胸がたれてるとか嘘言って、私をイジメルなんてヒドイ!おかげでお父様は口からアワ吹いて倒れてしまったし、ルリちゃん達にも勘違いされちゃったじゃない。


 

 「私、バカじゃないし、勿論胸もたれてないのに、リョウスケたら嘘言ってヒドイよね(プンプン)」
 「それは‥誰でもイン〇ンなんて言われたら怒りますよ、艦長」
 「メグちゃん、何でリョウスケの味方をするの。あんな人の揚げ足取ってイジメル根暗さんの味方をするなんてヒドイよ」
 「艦長、リョウスケさんの態度はインキンじゃなくて『陰険』と言い直した方がいいと思います」
 「へ?」
 「インキン。正式名称、陰金田虫。男性や(中略)病変の俗称。だそうです。なお、陰険の意味は「暗い感じで意地悪そうな様子。」です」
 「………」


 

 あぅ。言い間違えちゃった。‥リョウスケ怒って当然だね。でもでも、あんなヒドイ事言う事も無いのに。ちょっと落ち込んでしまった私に対して、助け船を出すかの様にフクベ提督が声を掛けてくれた。


 

 「艦長、そろそろ服を着替えたらどうかね」
 「はい、そうですね提督。服を着替えると共にリョウスケのメールも見ますから、暫くブリッジ空けますけど良いですか」
 「ワタシ達も着替えて良いわよねえ」


 

 ミナトさん達も私と一緒にブリッジから出て、4人で歩いて進む。服装のせいか静々(しずしず)と歩きつつ、私はミナトさん達と喋って気を晴らす事にした。


 

 「たまには、着物で『ピッシィと大和撫子』て言うのも良いよね、みんな」
 「あら艦長は、時々着てるの?」
 「私は高校卒業した時が最後なんですけど、お友達のホノカちゃんは、ほぼ毎日綺麗に着こなしてるんです」


 

 ホノカちゃん、元気かな?ジュン君とラブラブの相思相愛なんだから心配しなくても良いと思うけど、あの2人も‥て、ジュン君優しいし、ほのぼのしてるホノカちゃんじゃ喧嘩なんて起きないよね。リョウスケもあの2人に見習って、優しくしてくれたら良いのに。今回は私が悪いって判ってるけど、あそこまでイジワルな事言わなくても良いじゃない。


 

 「それって結構凄いですね。私は七五三の時以来、着た事無かったんで今日、着慣れないから疲れました」
 「ワタシは、バイトでモデルして着た時以来かな。ルリルリは初めてだったよねえ、どうだった?」
 「制服とは違った感じで、そこそこ楽しめました」
 「うんうん、服を着こなすのもいい女になる条件だからそれって良い事よ。後で、おねーさんが着こなし方教えてあげるからね、ルリルリ」


 

 そんな事をみんなと喋って気を取り直した私は、艦長室に帰る直前にある事を思い出して急いでそれを行う事にした。‥えーと、こっちだね。


 

 「ア〜キト、どう?綺麗でしょ」


 

 エステバリスのシミュレーターでヤマダさんと訓練していて丁度休憩を取ってたアキトに、私は自分の着物姿を見せびらかす。そしたらアキトは、素っ気無く「ああ、綺麗だな」て言って再びシミュレーション訓練に向かおうとした。
 …アキトが私の姿に照れて言葉少ないのは判ってるけど、もう少し色々言って欲しいな。


 

 「それだけ?‥他に何か言う事あるよね。例えば、「こんな髪型も似合ってるんだ」とか「着物姿もステキだ」なんて…‥着物の方が似合ってるなんて言われたらユリカ大変だけど、毎日毎日アキトの為に着こなしてみせるから♪」
 「はぁ、お前な。‥おい、泣きそうになるなって」
 「だって、だって、イヤそうな顔してるんだもん」
 「してないって。…えーとだ‥‥お前、元々綺麗で何着ても似合うから、上手い言葉が見付からないんだ」
 「‥ホント?」 「ホント」
 「ホントにホント?」
 「ホントにホントだって!恥ずかしいから、これ以上言わせるな」
 「うん♪」


 

 やっぱりアキトって、ユリカの事本当に大好きなんだね♪♪イジワルなリョウスケとは大違い。うんうん、これでリョウスケ返り討ちにしてナデシコは火星に行ける事、間違いなし。
 別れ際に「有難うアキト、頑張って」とアキトを応援して、私は艦長室に帰り着物を整え、汗かいてたから軽くシャワーを浴び艦長服に着替えてブリッジに向かう。リョウスケからのメールはメール開設した直後にナデシコがミサイル攻撃を受け始めたので、ブリッジで見る事にした。そして私がブリッジに入り、艦長の位置に着くと共にルリちゃんが報告してきた。


 

 「追加報告です、艦長。第3・第2防衛ラインはオギ中尉の指揮下に入る様にと言う、連合軍総司令官の命令を傍受しました」


 

 あれ?リョウスケ、ユリカと同じ少尉さんの階級だったのに??…あー!?私の悪口言っただけで中尉さんになるなんてヒドイ!ぜったい返り討ちにしてまた少尉さんに降格させてやるんだから、陰険深海男のリョウスケ。
 その為には、まず状況確認をしっかりしなきゃね。


 

 「第7・6の航空機防衛ラインはすでに突破して、今は第5・4防衛ラインを突破してる最中だよね。ルリちゃん、第5防衛ラインの宇宙軍艦船での迎撃はどうなってるの?」
 「はい、宇宙軍が久々にまともな軍事行動を起こしたのに対して、木星蜥蜴が活発に行動し始めた為。現在、迎撃艦隊は蜥蜴と交戦中です」
 「うんうん、ナデシコ追い掛けないで本来のお仕事に専念してくれれば、文句ないよ。じゃあ」


 

 そう喋ってる途中で、また迎撃ミサイルがディストーション・フィールドと接触し、弾かれた衝撃でナデシコが少し揺れる。もう、そんなにしてもナデシコの足止めにもならないのに。税金の無駄遣いだよ、ホントにもう。地球に帰ってきたら、納税者として文句言わなきゃ。


 

 「この第4防衛ラインも足止めにもならないから、第3から第1までの防衛ライン突破に専念すれば良い訳だね」
 「でも、揺れ続けるのはイヤだな。さっさと宇宙に出らればいいのに」
 「そうねえー。ワタシもそう思うけど、地球引力圏脱出速度の秒速11.2kmを発生させるには相転移エンジンが臨界まで達しないと無理だぁし」
 「臨界高度は二万qですが、それは第3、第2防衛ラインを突破しなければ到達出来ません。‥あのシャトルは例外ですが」


 

 そう言ってルリちゃんが示したのは、上昇してくる1機のシャトル。シャトル単体では低軌道高度にしか上がれないから、そのシャトルは自分の大きさ以上の物物しいロケット・ブースターを幾つも接続して急上昇し、ブースターを切り離しつつ更に速度を上げ、アッと言う間にナデシコを抜き去って上昇して行く。


 

 「あのシャトル、オギさんが乗ってます。どうやら、第3・第2防衛ラインの指揮を直接行うつもりです‥やる気満々です、オギさん」
 「あーんなに加速付いてたら、重力制御も追い付かないわよ。気合い入ってるわねえ、リョウ君。…結構大変になりそうねえ、地球脱出」
 「大丈夫です。いくらリョウスケがやる気マンマンでも、第1防衛ラインのビッグバリアはナデシコの相転移エンジンの敵では無いですし、第2防衛ラインの武装衛星での迎撃は今の第4防衛ラインと同じくミサイルが主体なので、相転移エンジンの出力が上がったナデシコに対して更に無力です。そして、第3防衛ラインのデルフィニュウムによる迎撃は、特訓してきたアキトの敵ではありません!」


 

 そう言って『ピッシィ』と決めポーズした私に合わせて、正面のメインスクリーンが今のアキトの姿を映し出す。アキトはゲキガンガーとか言うお気に入りのアニメをバックに、何故かヤマダさんと抱き合って泣いてた。


 

 『俺のジョーが……それにゲキガンガーが…死んじまった〜〜ガァイィィ〜〜』
 『アキト〜〜お前ならわかってくれると思ってたぜ、友よ〜〜』
 『ガイ!』 『アキト!』(ガシィ)

『『ウオォォォォ〜〜〜』』

 「「………」」


 

 うう〜、ヤマダさんよりユリカの方がずっとずぅ〜〜と抱き心地良いのに。私だったら、あんなに力任せに抱き合わないで優しく心地良く抱いてあげるし、アキトとなら、その‥キスでもOKなのに。
 そんな事思ってたら、それが口に出てたらしく、ミナトさんから「ちょっち、ピントずれてる反論だと思うな〜艦長」と苦笑した表情で返答されてしまった。で、ルリちゃんは何か一言呟いたまま沈黙して、メグちゃんは真剣な顔でプロスさんと転職願いがどうのこうのとお話しした後、ため息付いて黙ってしまった。そして、相も変わらずアキトとヤマダさんは涙を流しながらゲキガンガー見て感動してる。
 私はその面白くも何とも無い光景をメインスクリーンから除けて、第3防衛ラインに到達するまでリョウスケが送ってくれたメールを暇潰しも兼ねて、プロスさんやゴートさん、そしてフクベ提督も読みたいと言ったからみんなで一緒に見る事にした。
 リョウスケのメールの内容は、私の心配から始まって、お父様やジュン君の近況を知らせてくれたり、交渉状況を簡略に報告してた。そして最終的な結論として、ナデシコを現状のまま、勿論人員配置もそのままで連合軍総司令直属の新設部隊に配備させ、(派閥問題等から逃れるにはこれが一番適切だとリョウスケは書いてた)月方面で最低でも半年間運用して様々な不具合を直しクルー達の実力を高めた後で、連合軍のお墨付きを貰ってから火星に行けば良いと言う話だった。
 メールを読み終わって、ゴートさんは感心してリョウスケを褒めてるし、フクベ提督も一言「うむ」と言って納得してるけど、私には少し納得出来ない内容だった。だってナデシコは独自運用する事で決定してるし、リョウスケの書いてる通り軍に編入されれば、どんなにしたって軍の思惑に左右されて利用されるだけだと思うし、それに火星のみんなを救出出来る可能性は、日が経つにつれドンドン低くなってしまう。リョウスケだって、アキトが火星のみんなを助けられなくて苦しんでる事判ってるのに、どうしてこんな提案を書いたんだろ。
 私の不満げな顔に気付いたプロスさんも、同じ様な浮かぬ顔をして私に喋り掛ける。


 

 「オギさんの書いている事は正論なんですが、‥当社には当社の事情と言うものがありますからな」
 「リョウスケだって、アキトが辛い思いしてるの判ってるのに。それに軍の思惑で利用されてたら、いつまで経っても火星に行けないと思いませんか、プロスさん?」
 「…仕方が無かった事とは言え、オギさんと一緒にナデシコに帰っていれば、この現状も、もう少し良くなっていたかも知れませんな」


 

 その会話の後、私は防衛ライン突破の戦術を頭の中でシミュレーションする。
 (リョウスケなら恐らく…)なんて事を想定し考えてたら、第3防衛ラインに差し掛かったとルリちゃんの声がした。私は意識を第3防衛ラインの要であるデルフィニュウム基地ステーションに向ける。取り敢えずアキトとヤマダさん、ウリバタケさんにメグちゃんからエステの発進準備を整える様に連絡して、もしもの事態に備えた後。ゴートさんやプロスさん達が少し緊張してるのが私にも伝わってきたけど、‥間違い無くリョウスケは私の考えてる手段を採ってる筈だ。
 そして、その予測通りになった。


 

 「デルフィニュウム、発進しません。第3防衛ライン突破します」


 

 ルリちゃんの報告にブリッジのみんなは、安堵や疑問の思いを口にするけど、私には答えが判ってる。だからみんなの声が止んでから私は、みんなに答えるべく口を開けた。


 

 「リョウスケはナデシコの実力を良く知ってますから、武装衛星とデルフィニュウムをナデシコへ同時に叩き付けてきます。まず、デルフィニュウム部隊でエステバリスとナデシコを分断し、エステバリスを各個撃破、若しくは拘束します。そして武装衛星からのミサイル波状攻撃で宇宙軍が此処に到着するまで、ナデシコを足止めする作戦を仕掛けて来るでしょう。だから、それに対抗してエステバリスとナデシコが共同支援し合う事で、逆に各個撃破を仕掛けてリョウスケの作戦を粉砕します」
 「艦長の読み通りです。前方にデルフィニュウム部隊を発見しました。予想推定接触時間は、7分後です。」

 

 予測通りの事態に、私もみんなも余裕を持って迎撃準備に入る。ゴートさんは待機してたアキトとヤマダさんに状況と作戦案を伝え、私は緊張してるアキトをリラックスさせる。ルリちゃんは周辺と進行方向の詳細な探索とジャミングを始めて、メグちゃんは各部署に戦闘開始と私の指示を伝えてる。そしてフクベ提督は、悠然としてる態度でみんなを落ち着かせてくれてるし、プロスさんとミナトさんは、リラックスして戦闘に備えてる。
 …絶対負けないし、負けたくない。私が初めて、私の意志だけで決めた事だから、周りのみんなや状況の束縛を振り払って決めた事だから、例えリョウスケが邪魔しようとも絶対に私は火星に行く!

 

 

〜3〜

 俺はエステのコクピットで時々深呼吸しながら、ジリジリと時間を過ごしてた。エステの発進準備はもう既に整ってて、何時でも出撃出来る。しかし何時まで待機させてんだよ、おかげで少し疲れてきた。でも待つ事に慣れてきたせいか緊張も解れてきたから、まあいいか。
 そしてついに、ゴートさんから通信があって作戦指示を聞かされた後。続いてユリカからの通信が入る。


 

 『アキト。今こそ、特訓の成果をリョウスケに見せ付けて返り討ちにしてね』
 「なんだよ、それ。何でリョウスケさんが立ち塞がってんだよ」
 『ユリカの邪魔をしたいからだよ。…アキト、一緒に火星に行こうね』


 

 邪魔をしたいって‥今度はどんな事、仕出(しで)かしたんだユリカの奴。巻き込まれるこっちの身も考えろよな、アイツ。でもユリカに言われなくても、俺は火星に行かなきゃいけないんだ。もう逃げるのはイヤだ。
 リョウスケさんがリョウスケさんの事情で邪魔するなら、俺にも俺の事情て言う物があるんだ。ユリカに振り回される形になっても、俺は火星に行くんだ。
 そう決心してる俺にウリバタケさんの声が聞こえてきた。


 

 『いいか、テンカワ、ヤマダ。この空戦フレームは大気圏内での運用で使うモンだから宇宙空間じゃ、一寸キツイ。まず、加速なんぞはデルフィニュウムと充分にタメはれるだろうが、旋回性などの機動性はデルフィニュウムに劣るかもしれねえ。だから一撃離脱に徹しろ。次に、特にヤマダ、注意して聞け!この空戦フレームはエステの中じゃ特に脆い、だから前回みたいな接近戦なんぞするんじゃないぞ。ディストーション・フィールドを過信して下手くそがデルフィニュウムに突撃すりゃ‥腕の一本あっさりともげかねねえからな、注意しろ!』
 『♪キョアック星人共、覚悟しろ〜〜このダイゴウジ・ガイが一撃で粉砕してやるぜ〜〜』
 『聞いてんのか、ヤマダ!!!』
 『俺の名前はガイ! ダイゴウジ・ガイだ、博士。任せろ、俺はプロだぜ。そんな事、心配する必要はねえ!!』
 『‥バカに付ける薬はねえか。おいテンカワ、このバカに付き合って暴走すんなよ、お前』
 「判りましたウリバタケさん、気を付けます」


 

 浮かれてるガイに見切りを付けたウリバタケさんが、俺に忠告して通信を切る。しかし良く浮かれる事出来んよな、ガイの奴。俺も前向きで行かなきゃな。
 ガイに付き合ってこの一週間、ずっとシミュレーターで訓練してきたんだ。最初はシミュレーションだと知ってても、蜥蜴にビビッてた処もあったけど、ガイのおかげで徐々に蜥蜴が怖くなくなって。今じゃ自分でも判る位、落ち着いて蜥蜴と戦える様になった。だから蜥蜴より弱い宇宙軍なんかに、俺達を見捨てた宇宙軍なんかにナデシコの邪魔はさせない。そう覚悟を決めた俺はメグミちゃんの励ましを背にして、ガイに続いて出撃した。
 初めて間近で見る宇宙に感動する暇も無く、俺はガイの後ろに付いてデルフィニュウムを迎撃すべく前方へ突き進んで行く。ガイの奴がライフル持たないで丸腰で出たとウリバタケさんが怒鳴っているのを聞いた俺は、心配してガイに通信を繋げる。


 

 「おい、ガイ。大丈夫かよ、お前」
 『だいじょ〜ぶ!ロボットの戦闘は格闘すんのが基本中の基本なんだよ。俺が今から手本見せてやっから、よ〜く見とけアキト』
 『テンカワ!このバカの言う事信じんな』
 『テンカワさん、ヤマダさん。ナデシコから離れすぎです。作戦通り相互支援出来る体制にして下さい』
 『うっせー、そんな卑怯なマネ出来るかよ。正々堂々と勝負して粉砕してやるぜ!それと俺の名前はガイだと言ってんだろうが、お嬢ちゃん』
 『ヤマダさん!アキト!』
 「ガイの奴、放って置けねえだろ、ユリカ!」


 

 メグミちゃんやユリカの制止を振り払って、俺とガイは6機編成のデルフィニュウム部隊に突っ込む。デルフィニュウムは先頭のガイを迎撃すべくミサイルを躊躇無く(ちゅうちょなく)撃ってきたけど、ガイは冷静にミサイル群を引き付けてから、背中に装備されてるランチャーのミサイルを中心部へ撃ち込む。迎撃されたデルフィニュウムのミサイルが誘爆する中、ディストーション・フィールドで強行突破したガイの機体は、1機のデルフィニュウムに目標を定め

 『行くぜ!ひっさぁつッ、ガァイ!スゥーパァー・ナッパァァァァァー!!』

 気合いが籠もった決め台詞と共に、拳を突き出す。デルフィニュウムは意外と機敏な動きで避けようとするけど、ガイの勢いが勝って右腕を吹き飛ばされバランスを崩す。俺はその機体にライフルを向け撃とうとしたが、警告音に一瞬、気を取られる。俺にもミサイルが接近してる。けど俺は構わずデルフィニュウムに向け撃つ。気を取られたせいで照準が甘くなった弾は、体勢を直し射程から逃げようとしたデルフィニュウムのノズルに命中し、あらぬ方向へと機体を暴走させた。‥まず、1機撃破。その間にも向こうのミサイルが俺を追い掛けてくる。俺は何とか振り切ろうと必死に機体を振り回すけど、シミュレーターみたいに機敏に機体が動いてくれない。


 

 「くそっ、しつこいんだよ!」


 

 焦れた俺はライフルでミサイルを撃ち落とす。しかし全弾撃ち落とした直後にいきなり警告が鳴って、デルフィニュウムが突撃してくるのが見えた。俺は反射的に機体を横転させたけど機体に衝撃が走る。くそ、左足が損傷した。接近戦じゃ、ディストーション・フィールドはあまり役に立たないか。なら、こっちから仕掛け続けるしかない!そう決断した俺は、ライフルを撃ちながら突撃する。
 ナデシコも迎撃用のミサイルを撃って、武装衛星からのミサイル攻撃に対抗してるのが、モニターの隅に入る。それを見た俺は、何とかナデシコに近付いて援護しようとするけど、向こうが数に物言わせて、そうはさせてくれない。ガイの奴は時々重力波ビームの範囲から飛び出して戦闘してる。俺はナデシコもガイも手助け出来なくて焦ってくる。そして


 

 「弾切れ!?」


 

 使い続けたライフルの弾が切れた。それを確認したかの様に2機のデルフィニュウムがミサイルを放ちつつ、突撃して来る。なめんな!こっちにもミサイルがあるんだよ。ガイみたいに俺もランチャーのミサイルを撃ち込んで、向かって来るミサイルを強行突破する。爆発をフィールドで弾きつつ突破した俺は、見えたデルフィニュウムにそのまま突っ込む。けど、いきなり警告音がして見失ったもう一機が側面から突撃して来た。


 

 「!?‥いけー!!」


 

 避けきれない!そう判断した俺は反射的に、迫って来るデルフィニュウムを蹴り飛ばす。機体の衝撃と異音で蹴り飛ばす事に成功したのを確認しつつ、俺はエステの姿勢を立て直そうとするけど、今度は目標にしてたデルフィニュウムが接近して来る。


 

 「捕まえた!喰らえー!!」


 バランスが崩れて無茶苦茶な体勢のまま何とか、ホントに何とか、振り下ろされた腕を受け止めた俺は、逆にデルフィニュウムの頭を殴り返し胴体を蹴り飛ばす。頭が拉げ(ひしゃげ)胴体に蹴り跡を付けたデルフィニュウムの機体が飛ばされて行くのを見つつ、もう1機も離れた所で漸く(ようやく)姿勢を整えてるのを確認した俺は、苦戦してるナデシコを手助けすべく機体を向ける。でも


 

 「ユリカ!?」

 

 次の瞬間、ナデシコの前方部から閃光と共に船体の1部が吹き飛ぶのが見えた!!

 

 

〜4〜

 「ヤマダさん!アキト!」
 『ガイの奴、放って置けねえだろ、ユリカ!』


 そう言ってデルフィニュウム部隊に突進していくアキト達を私は見つつ、作戦の一部訂正を素早く考え纏める(まとめる)。それと同時にルリちゃんが報告してきた。


 

 「デルフィニュウム部隊後方にミサイル反応多数。着弾時間は約一分後です、艦長」
 「‥基本に忠実だね、リョウスケ。迎撃ミサイルで応戦します」
 「あぁ、不経済ですな」


 

 宇宙そろばんを弾いてプロスさんがタメ息吐く(つく)けど、ナデシコ足止めするのに対抗するには今の処、この手段が一番良いから仕方無いもん。ディストーション・フィールドを撃ち破るには、多数のミサイルによる飽和攻撃か、一点集中攻撃しかないからリョウスケの戦術は「質より量」と言う戦略の王道にも沿った、正当方法そのもの。
 ディストーション・フィールドを過負荷状態にさせる程度のミサイルを次から次に撃ち込み、ナデシコの抗戦継続力を少しずつ削いでみんなの疲労を高めると共に宇宙軍が来るまでの足止めとしては、この戦術が一番正しいと私は考えたし、リョウスケも同じ考えで仕掛けて来た。もう一つの選択、一点集中攻撃は、デルフィニュウムで此方を攪乱しつつ、ナデシコの重要区画、相転移エンジン等に接近してミサイルを集中させる事でナデシコを損傷させて無理矢理停止させる戦術。これを行うには、デルフィニュウムでは無理だと私は判断した。だってナデシコにはデルフィニュウムより高性能なエステバリスがあるし、そもそもナデシコを満足に迎撃出来る体制を採る事自体、不可能だからね。もし上でナデシコ待ち構えていても、ナデシコは相転移エンジンの力であっさり進路変更し続けて、デルフィニュウムの推進剤を使い切らす事が簡単に出来るし、下から追撃しても同じく推進剤不足で追撃不可能。そして上からの突撃は、相対速度がありすぎて一撃するのが精々だから、ディストーション・フィールドに守られてるナデシコには傷1つも付かないから無意味だもん。
 だから、エステバリスとナデシコが相互支援し合う方法にすれば、デルフィニュウムを振り切ってミサイルも余裕で撃破し続けて、あっさり地球脱出出来たのに‥ヤマダさんの暴走で出来無くなっちゃった(プンプン)。今の処、リョウスケのご要望通り、エステバリスが戦闘に拘束されてナデシコも足止めされてるから、何とかしないとね。
 で、アキトとヤマダさんが2対5の不利な状況でも、デルフィニュウム部隊とほぼ互角の戦いをしてるのを横目で確認しつつ、私はミサイル迎撃に対応してた。リョウスケは、デコイが混じってるミサイルを撃ってきたり、こっちの迎撃ミサイルを打ち落とす対迎撃ミサイルも混ぜて撃ってきたりしてるから、それに対抗して私も迎撃ミサイルの数や種類を調整したり、敢えてディストーション・フィールドで受けてみたりする。


 

 「う〜、しつこいよ。でも、後もう少しだから我慢、我慢」
 「何が後もう少しなんですか、艦長?」
 「デルフィニュウム部隊、テンカワさん達を誘い込んでます。このままテンカワさん達に付いて行けばナデシコ、武装衛星の集中攻撃を受ける位置に誘い込まれます」
 「ちょっと艦長。アキト君達に合わせてこのまま移動してたら、ヤバイんじゃなぁい」
 「見事だ、オギ副長」 「どうします?艦長」
 「予定通りなんで大丈夫です。ルリちゃん、グラビティ・ブラストを拡散モードで撃つ場合の有効範囲を出して。ミナトさん、アキトを巻き込まない様に進路を微調整して武装衛星を効率良く排除出来る位置に移動してください。集中攻撃を受ける前にグラビティ・ブラストで先制します」
 「艦長!?武装衛星を」 「破壊する訳じゃ無いんです、プロスさん。使用不能にします」


 

 ヤマダさんの暴走で止めた作戦の替わりに、私が考えた次善の作戦がこれだった。リョウスケの作戦を逆手にとって、戦力を集中運用する事は逆に言えばその戦力自体を無力化するだけで良いと言う事なんだから。
 ルリちゃんがくれたデータから有効範囲を確認した私は、ミサイルを撃ってきた武装衛星の集団にグラビティ・ブラストを放つ。グラビティ・ブラストはナデシコに向かって来るミサイルを破壊し、そして


 

 「武装衛星群、見事に横転して制御姿勢を崩しつつ軌道から外れていきます」
 「なぁんだか、間抜けに転がって行くわねえ」
 「おお。宇宙軍に全く被害も出さず、尚かつ(なおかつ)経済的にも最善の手段。お見事ですな、艦長」
 「任せて下さい、ブイ♪」


 

 グラビティー・ブラストの有効範囲から僅かに外した所にある武装衛星の集団は、破壊される事無く姿勢を崩して、グルグル横転しながら漂っていく。波打ち際にある石や砂が波に攫われる(さらわれる)のと同じ事で、グラビティー・ブラストの波で衛星を攫って(さらって)(制御を崩して)使えなくしただけだから、直接宇宙軍に被害与えてないもんね。
 主要戦力の武装衛星を無力化した以上、どんなにリョウスケが悔しがっても対抗手段はもう無くなったね。アキト達と戦闘してるデルフィニュウムは推進剤やミサイル不足でもう役立たずになるし、本命の宇宙軍は本業の蜥蜴さん退治でナデシコどころじゃない。つまり、ユリカの勝ち〜♪♪後はアキトとヤマダさんを素早く回収して、ビッグバリアを突破するのみ。
 そう思ってた私の耳にルリちゃんの声がナデシコの左舷側、10時の方向からそれなりに纏まった(まとまった)ミサイルが接近してると言ってるのが聞こえてきた。私は冷静に、迎撃ミサイルを放出して対応する。リョウスケの最後の足掻きとも言えるミサイルの集団は、対迎撃ミサイルが主らしく此方のミサイルを撃ち落として数を減らしつつドンドン迫ってくる。でもオモイカネでルリちゃんが計算してくれた処、最悪の場合でもナデシコは軽微な損傷で済むと言う結果だから大丈夫……なのに、何か見落としてる様な気がする。
 …ナデシコの足止め‥飽和攻撃はもう受けないし‥デルフィニュウムもアキトが蹴散らしてるし‥!?


 

 「ルリちゃん!!ミサイル撃っちゃダメ!!!」


 

 ミサイルの発射口が開くと共に私の思考と直感が直結して、リョウスケの最後の足掻き、いやこの攻撃の真の目的がハッキリと見えた。でも、一瞬遅かった。次から次に発射されて行く迎撃ミサイルに、いきなり大量の短距離ミサイルが襲い掛かる。そして

 「「「!!!」」」

 ナデシコの左舷ブレード至近で迎撃ミサイルが次々と爆発して、それがブレード内にあるミサイルまでも暴発させ閃光を放つと共に衝撃が艦を激しく揺さぶる。立っていたプロスさんとゴートさんが薙ぎ倒され、座っていたみんなからは前の席なんかに叩き付けられた悲鳴が聞こえてきた。反射的に座り込んで衝撃に耐えた私は、素早く被害報告の指示を出す。


 

 「みんな大丈夫!?ルリちゃん、被害状況は!?‥ルリちゃん!?」
 「いったぁー。ルリルリ、だいじょうぶ?」
 「…頭をぶつけましたが、取り敢えず無事です。‥被害状況は」
 「!?」


 

 メグちゃんが息を飲んで硬直した姿を見た私達は前方に視線を向ける。ブリッジ前方がデルフィニュウムに捕まれて、ミサイル発射口が私達を目標にしてる。そしてデルフィニュウムのパイロットから通信が入り、メインスクリーンにその姿が、予想してた通りの人の姿が映し出された。


 

 『ユリカ、お前の負けだ』 「‥リョウスケ」

 

 

〜5〜

 「ユリカ、お前の負けだ」


 

 僕のその台詞に、ユリカはポツリと僕の名を言ったきり黙っている。彼女にとっては不本意な負け方、初めて僕に負けた事が少しショックの様だ。とは言え僕自身にとっても不本意且つ(かつ)紙一重とも言える勝利を喜ぶつもりは到底無い。全く、用兵家としては邪道極まりない、最低の手段で勝ってしまった。それに‥またこのIFS(烙印)を使う羽目になるとはな。
 まあ、このままお互いに黙っていても仕方が無いから、厭な事だが降伏勧告をして話を進めるか。


 

 「‥ユリカ。悪いけど、エンジン停止・武装解除、フィールド除去及び重力波ビーム停止をして降伏してくれないか」
 『………』
 「‥軍曹、伍長。左舷ブレードにミサイル放出」
 『!?』


 

 僕の指令に、僕の護衛として共に無茶をしてくれた、と言うより付き合わされた、カザマ伍長とガルゴ軍曹のデルフィニュウム2機が再びミサイルを放ちナデシコを損傷させる。


 

 『止めてよ、リョウスケ!!‥判った、判ったから!…ルリちゃん、エンジン停止、フィールド解除及び重力波ビーム停止して。メグちゃん、アキトとヤマダさんに武装解除の通信をして』


 

 泣き出しそうな顔で僕を睨んでいるユリカを僕は、ただ見詰める。そして、ユリカの指示通り武装解除されたのを確認して、僕はデルフィニュウムのミサイル発射口を閉じ、彼女に話し掛ける。


 

 「…全く不本意な事をさせるんじゃない、じゃじゃ馬ユリカ。」
 『ユリカ、じゃじゃ馬じゃないもん。‥そんな事言うのなら、どうしてリョウスケ、ユリカの邪魔をしたの』
 「お前が危なっかしかったからだ。暴走しているお前を止める事が出来るのが僕だけだったから、敢えて前に立ち塞がっただけだよ」


 

 そう言って僕は「それに地の利・時の利・人の利で勝っていたから」と前置きして、ユリカにそれを説明する。
 まず、地の利で勝っていたと言うのは。此方のデルフィニュウムと武装衛星がこの空域に最適だったのに対し、ナデシコは相転移エンジン全開状態では無く、エステバリスも大気圏内用の機体だった為、十二分の能力を発揮出来なかった事。
 次に、時の利。此方は常日頃から土星蜥蜴で戦い続けたプロであり、低性能であるが実績と信頼性に優れていた機材を使いこなしていた。それに対しユリカの方は、経験を積んでいない有能なアマチュアと新技術をふんだんに使った高性能な欠陥兵器、運用上の不具合・欠陥等も満足に洗い出していない状態のナデシコで戦った事。
 そして人の利、覚悟の違い。此方は生死を懸けて、心身を削りながら戦う気力があるのに対し


 

 「ユリカ、お前はどうだ。いや、プロスペクターさんや遥さん達も含めて。『日常生活から抜け出したい』・『たまには別の体験もしてみたいな』と言った、遊び半分で過ごそうとし」 『違う!私は私なりに一生懸命頑張って』
 「何が「一生懸命頑張って」だ、ユリカ!「アキトは私の王子様」なんて言って満足に艦長の責務を果たしていないお前に、そんな事言う資格は無い!」
 『そんな事無い!確かに私は色々失敗続けてたかもしれないし、これからもすると思う。‥でも私はナデシコの艦長さんとして、精一杯頑張っていくんだから。火星の人達を助けに行くんだから、邪魔しないでよ、リョウスケ』
 「火星が侵略されてから一年間経過しているんだよ、ユリカ。…そんな夢物語は残念だけど、まともに信じられない。現実は元住民の白骨死体が」

『!?ふざけんなー!!』


 

 いきなりアキト君の怒号がすると共に警告音が鳴り、衝撃がデルフィニュウムを襲う。補助ロケット損傷に慌ててロケットを切り離す。直後、爆発。そして


 

 『すまない、中尉!エステバリス2機が突如動いて』
 『ガルゴ軍曹!!』


 

 ヤマダのエステバリスがガルゴ軍曹の機体を撃墜して、アキト君のエステバリスが僕に襲い掛かる。慣れない機体を、IFSで何とか制御している状態で回避して、僕はアキト君と正対する。


 

 「何のつもりだ、アキト君」
 『ふざけんなって言ってんだよ!ナデシコは、俺達は火星に行かなきゃいけないんだ!みんな死んでるなんて、アンタら軍の都合良い考えや想像で勝手に決めんなよ!!ユリカ!火星に行って、みんなを助けに行くんだろ!!』
 『!?‥相転移エンジン、アイドリングから最大出力へ。ナデシコ、火星に行きます!』
 「ユリカ!?」
 『騙してゴメン、リョウスケ。‥でも今、今こそ私達は火星に行かなきゃ、いつまで経ってもこの現状が変わらない気がするの。だから…リョウスケも私達を私を手伝ってよ、お願い!』


 

 真っ直ぐ僕を見るユリカの瞳は先程の諦めから来る弱々しい物では無く、彼女らしい何事も諦めない強い瞳に戻っていた。確かにユリカの言う通り、この現状を変えるには何かの切っ掛けが必要だと僕も思っている。でも僕には僕の考えが、彼女の思いを現実に変えるには今行動しても無理だと思うから、僕は首を横に振る。


 

 「御免、駄目だ。今、お前のしたい事は、どう見ても無茶じゃなくて無理だと僕は思うから止めるよ。‥御免な、ユリカ」
 『リョウスケの分からず屋!!』
 『リョウスケさん、アンタがどう考えてんだろうがナデシコの邪魔はさせない!』
 『チキン野郎、テメーがどんな卑怯な手を使ってもこのダイゴウジ・ガイが粉砕してやるぜ!!』


 

 ヤマダの喧しい声が割り込んできて、アキト君の隣に機体を付けたと共に、僕の隣にはカザマ伍長の機体が来て直接通信を繋げる。その他のデルフィニュウムは全て退却した様だが、それは仕方が無い事だ。エステバリスと交戦していた機体は全て何かしらの損傷を受け、推進剤不足・ミサイル残数0の状態まで頑張ってくれた。これ以上、彼らに無理はさせられない。勿論、唯一残ってくれたカザマ伍長にも。だがデルフィニュウム部隊、紅一点の彼女の顔は作戦が失敗してもまだ戦意を失っていない。


 

 『オギ中尉。ガルゴ軍曹は無事回収され、他のデルフィニュウムと共に帰還しました。現在の稼働機体は見ての通り私達の2機だけです。残念ながら他の機体は』
 「判っているよ、カザマ伍長。みんな頑張ってくれたからね、僕の我が侭に付き合わせて悪かったと思っている。君も撤退した方が良い。これは命令だ。僕に付き合って、貧乏くじを引かなくてもいい。」
 『お断りします。私の直接の上官は貴方ではありませんのでその命令は無効です。それに私は、ここまで心配している中尉を平然と騙し警告を無視したナデシコに、腹を立てているんです。付き合えるまでお付き合いします、オギ中尉。』
 「デートだったら、喜んで受けたいけどね」 『中尉!?』
 「下手な冗談だけど、リラックス出来たかな。…さて始めるか。まず、キャンキャン泣くヤマダの弱犬でも駆除しようか」
 『何だと、チキン野郎!!俺の名前はガイだ!』


 

 あっさり挑発に乗るなよ、単細胞。で、もう2・3言挑発してやると、ヤマダの奴は猛牛の如くこっちに突撃して来た。素人の僕としてはカザマ伍長との連携で、僕が囮役で伍長に撃墜して貰おうとしたのだが、アキト君がカザマ伍長の機体を牽制して此方の連携が繋がらない。エステバリスの性能とアキト君の腕、デルフィニュウムとカザマ伍長の腕、互いの総能力が均衡しているから、伍長の支援無しで僕は1人でヤマダと戦う事になる。その上、エステバリスより癖があるデルフィニュウムをぶっつけ本番で操縦している僕の動きは、ヤマダに絶好の隙を与えてしまう。


 

 『テメーにはゲキガン・カッターだけで充分だぜ。貰ったー!!』


 

 余裕を持って僕を撃墜しようとするヤマダは数秒後、驚愕の声を上げつつスペース・デブリと化したエステバリスと共に、ナデシコ前方を漂っていた。何の事は無い、僕との駆け引きに負けただけの事だ。
 要するに。僕を甘く見ていたヤマダは、姿勢制御システムをわざと解除し見え見えの隙を作った僕に対して、何の疑いも掛けず突撃して来た。それを見て、システムを回復させIFSで素早く制御を取り戻した僕は空戦フレームの構造上の弱点である背中を、ラムジェットと重力波アンテナ部分をアームで粉砕し、行動不能にしただけの事だ。‥しかし「能力重視、性格その次」とは言え、性格が能力の足を引っ張る程酷いと『呆れる』を通り越して『喜劇』だな。傍目から見れば笑うしかないが、ユリカを巻き込まれた僕としては傍迷惑な話だ。
 こうしてヤマダを一蹴した僕は、カザマ伍長を援護すべく機体を彼女の方に向けたが、そちらの方も決着が付いていた。
 アキト君のエステバリスは左足が欠落しているのに対し、伍長のデルフィニュウムは第6増槽が無くなっている相打ち状態で決着していた。が


 

 「カザマ伍長、君の機体はもう無理だ。‥本当に有難う」
 『中尉、私はまだ』
 「帰還する事も君の仕事だろ。後は、僕の役目だからね。」


 

 第6増槽、デルフィニュウム本体上部に備え付けている最後の増槽を失い抗戦継続能力を無くしたカザマ伍長に対し、アキト君の方はまだ戦える。それは伍長も判っていたから、彼女は悔しい表情で僕に敬礼をしてステーションへと帰還して行く。…さて後は


 

 「アキト君。今のナデシコが、火星に行くのは単なる無駄死にだと言う事が何故判らないんだい」
 『判るもんか!リョウスケさん、邪魔しないでくれ。俺達が今行かなくて、誰が火星の人間を救えるんだよ!』
 「話し合う余地も無いか。‥なら、どけ!


 

 僕はナデシコ前方に躍り出て、破損している左舷ブレードにミサイルの照準を合わせる。勿論アキト君のエステバリスが、そうはさせまいと近接戦闘を仕掛けてきた。僕は出来るだけナデシコのブリッジ前方でアキト君の相手をし、ナデシコの進路妨害をしてみせる。時間を掛ければ掛けるだけ、宇宙軍がナデシコ阻止に成功する可能性が大きくなる。もうその程度しか手が無いが、足掻ける処まで足掻いてみせる。


 

 『何で、そこまで邪魔するんだよ!』
 「邪魔をしている訳じゃ無い。頭を冷やして、冷静に物事を見て考えろと言っているんだ」


 

 エステバリスより大きいデルフィニュウムで近接戦闘をし続けるのは、結構辛い。ミサイル撃つそぶりでアキト君を振り回して、彼の焦りを誘うなり集中力を削る事が精一杯だ。だが、それは僕にも言える事。
 幾らディストーション・フィールドが質量攻撃に弱いとは言え、エステバリスとデルフィニュウムとでは元々の性能が違いすぎる。機体のあちこちが損傷していても平然と機能しているエステバリスに、僕のデルフィニュウムは徐々に押されていく。


 

 「今の現状では無理だが半年間、月なり地球で実力を鍛え上げれば火星に行っても帰ってこられる可能性が飛躍的に高くなる。なのに何故、クルーは素人、艦は欠陥だらけの状態で、急いで火星に行くんだと言っているんだ」
 『アンタは自分の都合の良い、否定や悲観だけで見てるだけじゃないか!アンタら軍が火星を見捨てたから、素人の俺達が救出を待ってる火星の人達を助けに行くんだろ。そんなに、軍の価値観や出世にこだわりたいのかよ!』
 「そんな物に価値を求める、アホ共と一緒にするな!僕は君がどうしようが何を求めようがどうだって良い。ただ君やネルガルの愚行に、ユリカまで巻き込むんじゃない!!」
 『うるさい!!自分の都合をユリカに押し付けてるだけだろ、アンタは!』


 

 そして遂に、エステバリスの攻撃を避けられなくなる。反射的にミサイルを撃ち出そうとしたが、近距離での誘爆が頭に過ぎり誘惑をねじ伏せる。
 !?くぅ、第6増槽損傷排除。躊躇した代価は高い物に付いたが、まだ諦めるつもりは無い!しかし他に手がな‥!いや、あった。タイミングと度胸で何とかなる…かもな。分が悪くても、もうこれしか無い。そう決まったら‥行け!!
 タイミングとエステバリスの位置を確認し、僕は突撃する。アキト君も負けずに此方に突撃して激突。機体に衝撃が走り、前面のモニターがショートして映像が消える。しかし、デルフィニュウムの右手はしっかりエステバリスを掴み、メイン・ロケット出力をレッド・ゾーンに叩き込んだままナデシコの左舷ブレードへと突っ込む。エステバリスとナデシコのディストーション・フィールドがお互いを干渉し合い中和されて、僕はエステバリスをブレードに叩き付ける事に成功した。此方の損傷は右腕部使用不能、デルフィニュウム本体内にあった僅かな推進剤も完全に使い切って他のアラームも続発し抗戦不能になったが、回復したモニターにはブレードに叩き付けられ、めり込んだエステバリスが映っている。‥僕の勝ちだ。


 

 『どうして邪魔するの、リョウスケ!!ミスマル家の長女でもお父様の娘でも無い、私が私でいられる場所をやっとナデシコで見付けたのに‥。リョウスケは私のその思いを知ってるのに、どうして!?』
 「ふざけるな、ユリカ!!!そんなに自分の居場所を求めているのなら、どうして他人任せにする!自分の力で手に入れない!!ミスマルの長女と言われようが何と言われようが、本当に欲しい物なら、どんな手段を使ってでも自分で手に入れるもんだろうが!それをお前は、自分から動かないで最初から人任せにして与えられるのを待っているだけだ!欲しければ、自分の力で獲ってみろ!!!」


 

 僕は思わず、ユリカに怒鳴り返していた。
 ユリカの思いは、良く知っているし判ってもいる。だが、だったら何故、自分からもっと積極的に行動して望んでいる状況を作り出さない、ただ口でそう言っているだけで周りの状況に乗っているだけじゃないか。
 何時だって、お前はそうだ。一人で済む事でも他人と楽しく過ごしたくて必ず誰と一緒に行動してきた。また、計画を立てて実行はするけど成功が見えてくると飽きて、巻き込んだ人間に押し付けてしまう事が度々あった。でも持ち前の楽観主義からくる明るさで、そんな移り気(うつりぎ)な処を笑い飛ばしてみんなを引き付けてきた。
 そんなユリカを僕は羨ましいと思う反面、腹立たしかった。
 疎まれ、何もかも全て一人でやるしかなかった僕は、何時でも手助けして貰えて「善意」を信じられる、素直なお前を羨ましいと思うと共に、自分がどれ程恵まれているか全く気付かない無自覚なお前を腹立たしく思った事すらあった。‥いや今でも心の何処かに思っていたからこそ、僕はこんな事態を引き起こしたかもな。ユリカはユリカ、僕は僕だと言うのに、羨んでも嫉妬しても仕方が無い事なのにな。
 そんな事を思い悩んでしまった自分自身に対して苦笑する僕に、信じられない事態がモニターに映し出される。
 …!?エステバリスが動いている。幾ら頑丈でも、あの衝撃でパイロットのアキト君は気絶位した筈だ。化け物か!
 慌ててデルフィニュウムを動かそうにも、推進剤が無くて動かない。そして脱出ポットを射出しようとした次の瞬間。

 『うおぉぉぉ!!』

 アキト君の絶叫と同時にエステバリスの拳がデルフィニュウムを貫き、僕の体に衝撃と激痛が襲い掛かって意識を刈り取られる。‥それ以降の事は全く覚えていない。

 

 

〜6〜

 どうして、どうしてリョウスケは私の邪魔をするんだろ?
 世間体?リョウスケに限って他人の価値観・評価なんかに左右される事は絶対無いし、軍での出世もどうだって良い事だと言ってたし、お金でも無いと思う。リョウスケは自分の価値観に沿って生きてきたんだから、そんな事などで私の邪魔をしない男の子だ。‥だったら、どうして?
 ヤマダさんを一蹴し、私の前でアキトのエステバリスと戦い続けてるリョウスケの行動に私は悩む。今のリョウスケの行動は、リョウスケらしくない不可解な行動ばかりだ。決して無理はしないし無茶もしない様にじっくり考えて行動するのがリョウスケのスタンスなのに。どうしてIFSを使ってまで、決して私にも見せたくなくて医療用テープでずっと隠してきた程、忌み嫌ってる能力を使ってまで、私の前を立ち塞がるの?


 

 『何で、そこまで邪魔するんだよ!』


 

 アキトの問い掛けに答えたリョウスケの返答は、私が思っている通りの返答ばかりで、私の事が心配だから立ち塞がってるとも言ってるけど‥それ以外にも何か理由がある様な気がしてたまらない。心配なだけなら、どんな事をしてでもナデシコに乗り込んで直接私に文句を言って反対すると思う。でも、お父様やみんなと交渉してリョウスケなりに私の手助けをしてくれたのは、私の行動や思いに賛成してるからに違いない。だからこんな行動を取る理由は、必ず他にもある筈。


 

 「はぁ、思ってたと〜り、なかなかすんなり行かないわねえ。意地と意地とのぶつかり合い、青春の一コマねえ」
 「艦長、後方に宇宙軍艦艇を確認しました。このままオギさんの妨害を受け続けていると‥あと23分後には追い付かれてしまいます」
 『艦長。ヤマダの回収出来たから、予備のフレームに載せ替えて5分後にはテンカワの支援に向かわせる事が出来るぞ』
 『男と男の戦いの邪魔するコト出来るか』
 「ヤマダさん、そんな事言ってる場合じゃないです!このままじゃ、ナデシコ捕まっちゃうんですよ」
 『俺はガイだ!お嬢ちゃん、アンタには男のロマンが判らないのか〜〜!それに、アキトは絶対負けねえ!何故なら、正義は必ず勝つ!!』


 

 そう言ったヤマダさんの言葉通り、アキトは遂にリョウスケを捉えてデルフィニュウムを損傷させる。でも、コミュニケの画面から見てるリョウスケの表情はまだ諦めていないと、私には判る。そして二人とも、機体を突撃させて正面からぶつかり合い‥リョウスケが勝った。大きく機体を傷付けながらアキトのエステバリスを掴んだままリョウスケは、左舷ブレードの損傷部にエステバリスを叩き込む。その衝撃が艦内に伝わると共に、気絶したアキトの姿が正面に映し出され、ルリちゃんの被害報告が耳に入る。


 

 「テンカワ機、右腕部全壊、背部のラムジェットと重力波アンテナも押し潰されて同じく全壊。それとナデシコ左舷フィールド出力、更に低下‥ビッグバリア突破出来るか非常に怪しいです」
 「ああ!『スキャパレリ・プロジュクト』が!オギさんには契約違反・器物損壊で訴えなくては」
 「そんなコト言ったって、仕方ないんじゃないプロスさぁん。身を持ってナデシコの欠点を知らせてくれたんだし、リョウ君のコト責めたくないなー、ワタシ。まぁ、再就職先探さなきゃいけないんだけどねえ」
 「テンカワさん、テンカワさん!しっかりして下さい、テンカワさん!!」


 

 フロスさんの悲鳴やミナトさんの達観した声、メグちゃんが必死にアキトに呼び掛けてる声。そんな色々な声が聞こえる中。気絶したアキトの事も心配だけど、それ以上にリョウスケがこんな行動を取った本当の理由が知りたくて、私はリョウスケの姿を正面のスクリーンに切り替えて荒々しく呼吸してる彼に口を開く。


 

 「どうして邪魔するの、リョウスケ!!ミスマル家の長女でもお父様の娘でも無い、私が私でいられる場所をやっとナデシコで見付けたのに‥。リョウスケは私のその思いを知ってるのに、どうして!?」


 

 それは、私が心の底から思ってる事。何処に行っても誰と会っても私は、『お父様の娘』として周りからずっと扱われてきた。小さい頃は、お父様が褒められる事は私も褒められてると思って気持ち良かった処もあったけど、今は違う。自立したいと考え始めてからは私は私、『ミスマル・ユリカ』じゃなくて只の『ユリカ』としてみんなに認められたいと思って私なりに一生懸命努力してきた。でもやっぱり、お父様の顔の広さや影響力の凄さに圧倒されて、今でもみんなは私の事を『お父様の娘』として見てる。でも『ナデシコ』に乗って私は『お父様の娘』では無く『艦長』として、みんなに信頼されると共にみんなの命を預かる一番尊敬される立場になった事で、ナデシコのクルーみんなに私は認められてる。
 でもアキト、そしてリョウスケは、そんな肩書きが無くても出会った時から私を『ユリカ』として認めてくれてる大切な、本当に大切な王子様とお友達。だから、リョウスケは応えてくれる。私の本音に対して真正面からリョウスケの心から出た言葉で、私に必ず応えてくれる。‥そして応えてくれた。
 普段は見せない位、感情を露わにした表情と怒鳴り声だったけど私の姿を真っ直ぐ見て応えてくれた。その言葉に私が応えようと口を開こうとして‥アキトがデルフィニュウムを貫き、リョウスケの体を破片が貫いた…。リョウスケ、リョウスケ!?


 

 「ダメ!アキト!!リョウスケが、リョウスケが死んじゃう!!!」


 

 半狂乱のアキトに向かって私は大声で叫ぶ。もう一度拳を繰り出そうとしたアキトは血走った目で私を睨んで文句を言い掛け、自分がした事に気付く。意識を失ったリョウスケの右脇腹と右の太股を大きな金属片が突き刺さりそこから大出血して、その血がコックピットを漂いながら気密が破れてる箇所から外に出てる。その光景を見たアキトは、私の呼び掛けに反応しなくなって、急いで発進したヤマダさんにリョウスケと二人、ナデシコへ回収されるまで只、自分の手を見て自失してるだけだった。そんなアキトと傷付いてしまったリョウスケを、私は交互に何度も呼び続ける。


 

 『…………ユリカ
 「リョウスケ!大丈夫だから、ナデシコでそんな怪我直ぐに治せるからもう少し頑張って」
 『…‥行け、ユリカ……………』 「リョウスケ、しっかりしてリョウスケ!!」


 

 意識を取り戻したリョウスケは身体が傷付いて痛くて苦しい筈なのに、私の呼び掛けに対して、一瞬だけ優しく微笑し小さな声で私に一言言って再び気を失う。

 (行け、ユリカ)
 …うん、判ってるよ。リョウスケに言われなくても、私は自分の信じてる道を行くよ。でもね

 アキトとリョウスケを回収してビッグバリアへと向かうナデシコの指揮を執りつつ、私は心の中で私に応えてくれたリョウスケの言葉に答えてた。

 でもね、リョウスケ。リョウスケが言ってる通り、どんな手段使っても、お父様を利用する様な事したら、また私、みんなから『お父様の娘』として扱われてしまうから、そんな事出来なかったんだよ。
 あのねユリカ、お父さんやお母さんが居なくて、お友達も少ない辛くて寂しい環境で頑張ってるリョウスケの事、不謹慎だけど羨ましいと思う事あるんだよ。だってリョウスケは、誰の気兼ねもしなくて良くて一人で何もかも出来る立場なんだから。人からどう思われても何と言われていても、そんな他人の評価、全然気にしないで自分のペースで生きてるリョウスケ。美味しいケーキすら作れるお料理の才能や、お金に困らない資産運用能力とか、身の回りの事全て1人で出来て自立してるリョウスケを私は凄いと思ってるんだよ。でもどんなに羨ましいと思っても凄いと思っても、私はリョウスケみたいに生きる事出来ない。「人任せにして与えられるのを待っているだけ」と言われても、私はみんなを巻き込んでみんなの力を借りてお父様を乗り越えたい、みんなから『ユリカ』として認められたい。そうすれば私もリョウスケみたいに自立したと思えるから、1人の人間として堂々と生きていけるから。


 

 「艦長、ビッグバリアにそろそろ接触します」


 

 ルリちゃんの声に私は自答を止めて、正面を見る。一見、何も無い空間だけど宇宙軍が技術と資金を豊富に投入して作り上げた、第1防衛ライン『ビッグバリア』が間違い無く存在する。本当は本体のバリア衛星を直接壊せば、あっさり通り抜けられるのだけど、そんな事すれば私を始めとするナデシコクルー全員が犯罪者扱いになって今以上に大変な事になるから、此処は無理矢理バリアを突き破ってナデシコの凄さとバリアの脆さをPRして火星に行く様にしなきゃ。
 そして相転移エンジン臨界、ディストーション・フィールドもそれなりに出力を上げた状態で、ナデシコは遂にビッグバリアと接触した。ナデシコの船体が今まで以上に震え、フィールドとバリアが接触してる正面はプラズマが飛び交う摩訶不思議な色が正面の空間を彩ってる(いろどってる)。‥もう少し、もう少し、もう少しだから頑張ってナデシコ。


 

 『こら、ブリッジ!患者を殺すつもりか!!』


 

 そんな時に正面のスクリーンいっぱい、手術服を着てるお医者さんが怒鳴りながら映る。その手は真っ赤に染まり、表情は凄く怒ってる。そのスクリーンの光景と言った台詞にみんなビックリして、バリア突破を止めてしまった。そんなブリッジの状況を[ギロ]と睨み付けて横たわっているリョウスケの身体に再びメスを入れながら、お医者さんは言い放つ。


 

 『一刻を争う事態なんだぞ!右脇腹、右太股、2箇所ともデルフィニュウムの破片が完全に身体を貫通しているんだ!今から、破片を慎重に取り除いて出血を最小限に押さえつつ傷口を塞がなくてはいけない処を何考えてる!振動で破片が傷を拡げ、出血がさらに酷くなった!!オギ・リョウスケを出血多量で殺すつもりか!?…何とか出血を最小限に抑えているが、これ以上無茶すれば間違い無く死ぬぞ。今から手術に入るからな、何もするな!!』
 「………5分だけ待って下さい、先生」
 『!?話を聞いているのか!艦』 「お願いです、5分だけ待って下さい」
 『‥判った。しかし、それ以上待てば…艦長が殺す事になるぞ』


 

 その捨て台詞に私はショックを受けて動揺するけど、それを必死に心の中に押し止めて顔に出さず、ブリッジのみんなに目を向ける。
 ルリちゃんは冷静なまま、今のフィールド出力ではどうやってもビッグバリアを突破出来無いと報告して、フクベ提督は目を瞑ったまま何も喋らず座ってる。プロスさんはバリア衛星を破壊して突破した場合の被害損額とクルーの扱いを私に喋り、ゴートさんとメグちゃんはリョウスケの事で、ゴートさんはリョウスケに批判的でメグちゃんはそれに反発して言い合いになってる。そしてミナトさんはメグちゃんの味方についてゴートさんと言い合いつつ、私を見てたけど、ついに私に問い掛ける。


 

 「艦長、もう良いんじゃない。リョウ君の言う通りにすれば、まだチャンス有る訳だぁし」
 「今更、オギ副長の言った事通りに状況が推移するとは思えない」
 「それじゃあ、リョウ君殺してバリアに対抗つもり!!どうせ、バリア突破出来無いし」
 「‥ビッグバリアに接触直後、グラビティ・ブラスト発射してバリアを突き破ります」
 「「「!?」」」
 「…成功率30%しかありません。最悪の場合、グラビティ・ブラストを制御しきれなくてナデシコが自壊する恐れがあります」
 「30%“も”あるんだよ、ルリちゃん。だから絶対成功するよ、みんな」


 

 ニッコリ笑って堂々と宣言した私にみんなが黙る中、ミナトさんだけは操縦席から立ち上がり怒りを露わにして私をなじる。


 

 「艦長!!リョウ君が貴女の事心配して命懸けの行動で生死を彷徨ってるのに、それってどう言う事!?」
 「だからです、ミナトさん」 「何が、だからよ」
 「私は火星に行くと決心したアキトの思いも、私を心配してるリョウスケの思いも、みんな叶えなきゃいけないんです。だから、何もしないで諦める事だけは絶対にしてはいけないんです。‥二人が、そしてナデシコのみんなが懸命に頑張ってくれた物を、結果として出すのは艦長たる私の役目です」


 

 (欲しければ自分の力で獲ってみろ)
 私の力は決断する事。みんなが笑っていられる良い結果を考え示し、それを決断して叶える事。それが『艦長』の責務で、私しか出来無い事。私のその台詞とキッパリとした態度に、怒ってたミナトさんは「失敗しても成功しても、これで終わるんだから」と不承不承納得して操縦席に再び座る。そしてグラビティ・ブラストのチャージを確認して、ナデシコは再びビッグバリアに立ち向かう。ミナトさんの言う通り、成功しても失敗してもこれが最後。もう宇宙軍はあと10分以内にナデシコに追い付くし、リョウスケにも余裕が無い。でも、私は落ち着いていられた。だって絶対成功するって確信持ってるから。そして、正面の摩訶不思議な色にグラビティ・ブラストの漆黒が覆い被さり


 

 「ビッグバリア消滅しました。ナデシコ、第1防衛ライン突破します」
 「目出度い事なんですが‥はぁ」


 

 ルリちゃんの成功報告と共に、プロスさんがため息を吐く(つく)。バリア衛星の核融合炉が過負荷状態に耐えきれなくなって爆発し地球周辺がブラックアウトしたのは別に良いんだけど、宇宙軍の追撃もこれで断念するしかないからね。でも、オモイカネが『もうダメ』・『早く直せ』とウインドを周辺に飛ばしてる通り、バリア突破の衝撃で左舷ブレードのフィールド発生装置が完全に壊れてしまって、その修理金額や時間のやり繰りにプロスさんが頭を抱えてる処だ。私はウリバタケさんに直接、ブレードの応急修理をお願いして先生にもリョウスケの手術をお願いしてから、プロスさんとブレード修理の詳細を打ち合わせる。


 

 「プロスさん、ブレードの本格的な修理出来る場所てネルガルの月基地以外にも在るんですか」
 「これから行くサツキミドリ2号のドックは規模が大きいですから修理自体は出来ますが…はぁ、早々とこれ程の被害を受けるのは予想外でしたなあ」
 「今のナデシコは何も出来ませんから、サツキミドリで受け取るエステバリスとパイロットの皆さんをシャトルで送って貰って、早くナデシコに合流させましよう。今はそれしか手段が無いです」


 

 そんな事話して、一息ついた私はアキトとリョウスケの事を考える。  リョウスケは大丈夫だと信じてるから、何故かそれは確信出来るから良いけど、リョウスケを傷付けて自失してたアキトの方が遙かに心配だ。コミュニケで覗いて見ると、手術室の前で顔を俯けてじっと座ってるアキトの姿が見えた。アキト…ゴメンね、今ここから離れる事出来無いから、アキトが辛い思いしてるのに慰められなくて本当にゴメンね。

 
 

 

〜7〜

 ……………

 音一つしない静寂が手術室の周りを支配してる中、座った俺はずっと自分の手を見てる。あの時俺は、デルフィニュウムを貫いて脱出ポットを‥握り潰そうとしてたんだ。ユリカが止めてくれなかったら俺は…。自分がしようとした事にショックを受け、そして瀕死の状態で運び込まれたリョウスケの姿に自分がした事を突き付けられ、俺は落ち込んでた。俺はみんなを守りたい、火星のみんなを救いたいだけなのに、何でこんな事になったんだよ!?
 ひたすら自問しても俺の頭の中に答えが出てこない。ただ、血まみれた自分の手が目に映りそうになり、その度、頭を振りその幻影を否定し続ける。そんな俺の耳に足音が聞こえてきて、俺はその方向に顔を向ける。歩いてきたのはミナトさんだった。ミナトさんは、まだ手術中の状態に顔をしかめた後、俺と目を合わせて口を開く。


 

 「アキト君、艦長凄く心配してるからブリッジに行った方が良いわよ。落ち込んでる姿見て艦長、君を慰めたくてブリッジ飛び出しかけてるし」
 「でも俺、リョウスケの無事な姿を見てアイツに謝りたいと言うか、何で此処までして俺達を止めたかったかを聞きたいと言うか」
 「リョウスケねぇ‥まあいいけど。とにかく落ち着いて自分を追い詰めない為にも、艦長の所に行って言いたい事言えば良いと思うわよ。一人で色々悩んだって仕方ないし、さっさと行く事。後はワタシが替わりに居るから」


 

 そう言ってミナトさんは俺の背中を押して、俺を立たせる。立たされた俺はミナトさんの言う通り、艦橋のユリカに会いに行く。でも、俺はユリカに何と言えば、何を喋れば良いのか全く判らない。「ありがとう」、「ゴメン」、…言葉が見付からない。


 

 『おう、アキト。まともに戻った様だな、お前』
 「ガイ‥、心配掛けてゴメン。でもリョウスケはまだ」
 『だぁ〜〜!あのチキン野郎は、そう簡単に死にはしねえよ。あんなタイプはな、図太く生き残るのが定番なんだ。心配するだけ、無駄ムダ』
 「でも俺は、アイツを殺そうとしたんだ!」


 

 何事もない様にあっけらかんとした態度と言葉で、俺の悩みを無視してる様なガイが映ってるコミュニケに俺は食って掛かる。
 あの時。思いっ切りナデシコに叩き付けられて気絶して、必死にメグミちゃんが呼び掛ける声が何となく聞こえてきて、それが気になって目を開けるとデルフィニュウムが目の前に立ち塞がってるのと共に、口を少し歪ませてるリョウスケの顔が見えたんだ。それが俺の力の無さを哄笑してる様に感じた俺は、何も考えられなくなって…。今、冷静になるとあの表情は笑ってたと言うより、呆れてた様な辛さに耐えてた作り笑いの様にも見え始めて俺、訳が判らなくなって…
 そんな口から出る取り留めも無い台詞を俺はガイにぶつけて喋り続けた。そして何も言う事が無くなって一区切り付いた俺に、ガイはガイらしく豪快にこう言った。


 

 『そんなにゴチャゴチャ悩まなくても良いんだよ、アキト!あのチキン野郎は結構手強かったが、お前は屈せず叩きのめして正義を貫いた。ただ、それだけの事じゃねえか。それはあのチキン野郎にも判ってる筈だ。それで何か文句言ってきたら、俺が言い返してやるからよ。まあ、ゲキガンガー見てゆっくりしてろや』


 

 正義か。俺は火星に行きたい、例えリョウスケが言ってた通りみんなが全滅してたとしても、行ってこの目で確かめるまで真実じゃない、人の命を数字や確率で決め付けるなと思ったから俺は戦ったんだ。それは間違ってない、ただ人を傷付けてまで叶えようとした事で、俺も自分の考えを勝手に押し付けてただけじゃないかと悩んでたんだ。
 でもそれは、俺の力が弱かったからなんだ。エステバリスの操縦も料理の腕も何もかも中途半端だったから、リョウスケの奴を説得出来ず傷付けてしまったんだ。だからもっと努力して力を付けて、リョウスケを納得させみんなを守って、そしてきっと生きてる火星のみんなを助け出すんだ。それが俺の出来る事なんだ。


 

 「ガイ、俺もっと強くなりたいから暫くしたら、また訓練付き合ってくれ」
 『おう任せとけ、バシバシ鍛えてやっからよ。まあ、今から研究所の修理を手伝わなきゃいけないんだけどな。飯食ってから付き合ってやるぜ』
 「わりい、その代わり気合い入れて飯作ってやるから…で、その右手に持ってるやつ、まさか」
 『そう、ゲキガンシ〜〜ル。撃墜マークとして貼ろうと思ってな。勿論、お前のコックピットにも貼ってやるからよ。あれ?…あんた達』

パン

 

 何か弾ける乾いた音がコミュニケから聞こえると共に、ガイは低い音たたて映ってる俯せ(うつぶせ)に倒れる。笑みを浮かべたまま目を閉じてるガイの姿に必死に俺は呼び掛けるけど、ガイは答えないままずっと黙ってる。そして倒れてる床から赤い液体が


 

「おい、ガイ!しっかりしろよ!?ガァイィィ〜〜!!」


 

<続く>

 

 

 
 

 ※作者より

 本当にお久しぶりです、みなさん。スモモの氷菓子です。この話書き上げるのに、此処まで悪戦苦闘するとは予想外でした。出来の程は読者の皆さんに評価して貰うしかないですが

「ユリカの副官って、不幸」

 それだけの事なんですよね、本当は(爆)。その他に、ガイの扱いも悩んでしまいましたが、アキト君に熱血を引き継いで貰う為にもTV版で行く事にしました。
 では、今回はこの辺で。スモモの氷菓子でした。

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

一句。

「オリキャラが 有能すぎて つまらない」

どーせならガイの代りにリョウスケ殺したほうが良かったんじゃないかと。(爆)