機動戦艦 ナデシコ

〜二人の王子様〜

第四話『迷う「思い・想い」』

スモモの氷菓子

 

 

〜1〜

 

 朝食時間が過ぎ、後片付けと昼時の下準備を終えて一息付ける時間が出来た俺は、すぐさま病室に向かう。昨日、何とかビッグ・バリアを突破した『ナデシコ』は今、火星に向かってる最中だ。昨日のビッグ・バリアを突破した時に起こった宇宙軍との戦闘でナデシコは、ディストーション・フィールドとグラビティ・ブラストを使うのに必要不可欠なディストーション・ブレードが完全に壊されて戦闘不能の状態になった。で昨日一晩中、ずっと整備の人達がブレードの修理をしてたんだけど、補修材料が足りなくて応急修理するのが精一杯だったと、朝食の時にウリバタケさんが疲れた顔で話してたよな。取り敢えず航行には支障ないから今日、寄港する『サツキミドリ2号』コロニーでナデシコ直すとユリカは言ってたけど、結構時間が掛かりそうな気がする。
 それもこれも全て、俺が向かってる病室に居るリョウスケが原因だ。ナデシコの邪魔をしたアイツは‥俺が重傷を負わせて生死の境を彷徨った昨日は昏睡したまま一晩を過ごし、そして今朝は

 

 『死んでしまったジョウとゲキガンガー3に替わり、新しく地球を守る竜崎テツヤとゲキガンガーV。しかし、ケンの心にはわだかまりがあった。その為、キョアク星人に思わぬ苦戦を強いられるゲキガンカーV。果たしてケン、アキラ、テツヤ達3人はこの危機を乗り越え、再びゲキガンフレアを放つ事が出来るのか?次回、「甦れ、絆よ!」にゲキガイン!!』
 「相も変わらず、良い話だぜ」 「ガイ、元気そうだな」
 「おう、アキト。ゲキガニュウム合金に守られた、このガイ様があの程度でくたばる訳無いだろうが」

 

 ビッグ・バリアを突破した時のどさくさで、ナデシコを脱走した軍人に撃たれて倒れたガイが怪我人らしくない元気な声で俺に応える。コミュニケで俺と話してた時に撃たれたガイは、リョウスケの手術中に運び込まれてリョウスケと平行して手術を受けて。そして、二人とも命を取り留めたんだ。
 後で先生から話を聞くと、ガイに奇跡が起きてたと言う事だった。心臓を貫く筈だった弾丸は、ガイが身に付けてたゲキガンガーの超合金ロボで弾道を逸らされて心臓の脇を通り抜け、さらに動脈も傷付ける事無くホントに奇跡的と言える所に止まってたそうだ。更にリョウスケの手術も山場を越えた時にガイが運び込まれたから、先生もガイに集中してリョウスケに比べて楽に手術出来たと言ってた。その言葉通り、昨日の内に麻酔から目が覚めたガイは何事もなかった様な口調と体調で起き上がり、そのまま病室を出ようとして慌てて俺と先生が「やめろ」って止めたんだ。心配する俺と先生の言葉と、忙しいウリバタケさんに病室でゲキガンガーを見える様に設定して貰ったガイは、渋々昨日一晩は病室で過ごして今朝も昨日と変わらず元気なまま病室で過ごしてる。だた、ガイの身代わりになった超合金ゲキガンガーの胴体に弾丸の穴が開いて、それを見たガイは物凄く悔しがってると共に落ち込んでたりもして。そんなガイを俺は慰めてた。

 

 「お前の身代わりにゲキガンガーがなってくれたんだから落ち込むなって。これからもこのゲキガンガー大切にすればいいじゃんか、ガイ」
 「くぅ〜うるせぇー、お前に言われなくても身代わりになってくれたコイツを大切にするが…俺のゲキガンガーがこんな姿になっちまった。もう、直そうにも直して貰える場所はねえし、コイツと同じく俺の心にも風穴が開いちまったぜ。ああぁ、チクショウ〜!!」
 「…全く、これが撃たれた患者とは手術した俺も思えなくなってきたな。ほらヤマダ」
 「俺の名はガイだ!先生」
 「サッサと胸開け、検診だ」

 

 俺とガイの会話の最中に来て、ガイの言葉に少し呆れてた先生はガイの定番とも言える文句を無視して検診をし始めた。で、3・4分で検診を終えた先生は何故かため息をつき、その事に不安を感じた俺が口を挟む前に、先生は診断結果をガイに告げた。

 

 「退院してもいいぞ、ヤマダ」 「ガイ!」
 「今日は風呂に入るなよ。大丈夫だと思うが傷口を極力刺激させたくないからな。それと一週間、パイロットするな」
 「!?ぬぁにぃぃぃ〜!こんなヘタレ傷なんぞに、この俺様が」
 「喧しい、良く聞け。部屋で安静が絶対条件での退院だからな。治療用のナノ・マシーンで人体に備わっている本来の治癒能力を活性化させて日常生活に支障がない状態まで回復させたが、無茶をすれば傷口が開く。Gの変動があり、体力を消耗させるパイロットなど論外だ。もし、そんな事してみろ。今度は拘束具で身体を縛り付けて強制入院させるからな、ヤマダ」

 

 先生の診断結果と自分の名前に文句を付けるガイの姿を、俺は安心して見る。‥だったら、あのため息は何だったんだろ?そんな疑問を頭に浮かべつつ俺はこの病室にいるもう一人の患者、リョウスケの容態を先生に尋ねる。

 

 「オギか。手術自体は成功したんだが‥経過が思ったよりな」
 「悪いんですか、先生」
 「悪くはないが、思ったよりも良くないと言った処だ。治療用のナノ・マシーンの働きが鈍い。ヤマダが」
 「ガイ!」
 「ピンピンしているから、ナノ・マシーン自体には問題無い‥だとすれば、此奴は体質に左右される物でも無いからな‥。原因は不明だが変な心配するなテンカワ。オギは死ぬ事は全く無いと断言出来る程の回復はしている。後は目覚めるのを待つだけだ」

 

 太鼓判を押した先生の言葉を聞いて、俺はカーテンの敷居をめくって未だ眠ってるリョウスケの姿を見る。結構喧しかった俺達の会話にも関わらずリョウスケは微動だせず、ただ眠り続けてた。けどその顔色は、俺が思ってた以上に結構良く見える。それで安心した俺は、先生にリョウスケが目覚めたら知らせて欲しいとお願いしてからガイの退院の手伝いをした。と言っても荷物はゲキガンガーのディスクとデッキだけだったから、部屋までガイと一緒に歩いただけだったけど。そして俺達の部屋に帰り着いてから、デッキをセットして二人一緒にゲキガンガー1話分を見て語らった後。ユリカもリョウスケのヤツを心配してた事を思いだした俺は、ユリカにコミュニケを繋げる。

 

 『アキト!私の声が聞きたくなったんだ。私もちょうどアキトの声を聞きたかったから、やっぱり二人は赤い愛の糸で繋がってるんだね♪』
 「こら!いきなり俺の話を無視すんな!?」

 

 俺の顔を見るなり、コミュケの画面大写りで俺に嬉しそうな顔を見せたユリカは、いつもの通り俺を巻き込んで自分の妄想を喋り出す。まったく、コイツは…。俺がこのままめげてるとずっと妄想暴走状態のままになるユリカの耳に、俺はガイが無事に退院した事とリョウスケの状態を、時々コイツと話してると気疲れしてしまう事があるから、そうならない様に素っ気なく伝える。

 

 『じゃあヤマダさん、元気になったけどパイロットは暫くダメなんだ』
 「ガイだ!ガイ!あんなヤブ医者の言葉より、俺にはやらなきゃいけない事がある。それは怪我を押してエステに乗りナデシコの危機を救う、ヒーローの仕事だ!!」
 『それなら大丈夫です、ヤマダさん。午後には三人のパイロットの方がサツキミドリ2号から応援に来ますので、ゆっくり身体を休めれます』

 

 ユリカの台詞にガイは凹んだ後、「なら、怪我が治ったら俺がエースだと認めさせてやるぜ」と素早く気を取り直した。当然そんなガイを気にも留めないユリカは俺に昼ご飯食べてからリョウスケの見舞いに行くと返事を返して、ちょっと名残惜しそうな顔してコミュニケを切る。俺はユリカの言葉で、そろそろ昼時の仕事に入らないといけない事に気付きガイに一声掛けて食堂に向かうけど、その途中でふと頭に疑問が浮かんだ。

 ‥どうしてリョウスケのヤツに、そんな事起きてんだ??

 

 

〜2〜

 

……………
………
!?

 

 目覚めると、10年前と同じ光景が目に張り付いていた。久々に起きた現象に、パニック状態になった僕は思わず身体を起こそうとするが腹部に鈍痛を感じると共に身体に力が入らなくて起きあがれない。一体どうなっている!?
 思う通りに身体が動かない事と目を何度も閉じ開いても相も変わらず視野一面に光の粒子が乱舞している状況に苛立つが、10年前の事を思い出した僕は目を閉じ右手のIFS(烙印)に意識を集中させる。そのまま暫くIFS(烙印)に集中している内に身体の感触を取り戻した僕は、右脇腹と右太股に違和感を感じ始めると共に瞼を瞬いて涙で目に張り付いている光の粒子、ナノ・マシーンを洗い落とす。そしてまともに見える様になった目を開いて、一体何処に居るのかを確認した。

 

 「…全く、藪医者め

 

 目に入ってきた病室が、かつて火星で厭になる程見慣れた風景と重なり、当時の事を思い出した僕は、ウンザリすると共に自分の身に何が起きたかを思い出す。

 ‥ユリカを止めようとして、アキト君に返り討ちにあったと。そして脇腹と太股に怪我、治療用のナノ・マシーンを使う位の重傷状態になった訳か。

 こうして自分の状態と状況を確認した僕は、目覚めた事で医者に話し掛けられるのが億劫だから再び目を閉じて、暇潰しと今後の行動を決める為にも現状を推測する事にした。

 返り討ちにあってから、どれ程時間が経っているか判らないがあの状況とこの怪我の状態で助かったと言う事は、ナデシコに回収されている可能性が高い、若しくはナデシコで手術を受けてから他の場所に移転しているかのどちらかだ。で、僕を回収する余裕があったと言う事は、ナデシコはビッグ・バリアの突破に成功したのだろう。自分が決めた事には諦めが悪い、頑固だからなユリカは。その場合、今後の事は‥まあナデシコの副艦長として今まで通りにすれば良いだけか。任務失敗については地球に帰還してから考えればいい事だ、余計な事を考えても仕方が無い。
 しかし10年以上も経って尚かつ成長期も過ぎ身体が安定しているのに‥病状に変化無しか。厄介だな、完治していると思っていたのに10年前より多少マシ程度では困る。まあ藪医者がナノ・マシーンを必要以上に投与したせいかもしれないが…。

 そんな事を目を瞑りながら考えている内、僕は知らない間にまた眠っていたらしい。そして

 

 「…リョウスケ

 

 僕を呼ぶ聞き慣れた声に、僕はうっすらと目を開け「なんだ」と半眠状態のままで答える。思った通りユリカの姿が寝ぼけ眼に見えたが、もう少し眠っていたかった僕は、また眠りの中に向かおうとした。しかし彼女は僕の身体を軽く揺さぶり続け、僕を起こそうとする。

 

 「起きてよ、リョウスケ」 「‥目覚めのキスをしてくれたら起きるよ、ユリカ」
……

 

 そんなユリカが煩わしくて少し茶目っ気を利かした言葉で彼女に応えた僕は、そのまま目を閉じ続ける。やれやれ、もう一度寝直す?!!

 頭部に鈍い音が響く程、思いっ切り頭を殴られた僕は痛みで眠気が吹き飛び、目を開けてユリカを怒鳴るが、逆に「バカ!」と怒鳴り返された。その顔は怒っている様に見えるが、僕を見る目は怒り以外の感情も揺れて何時も判るユリカの気持ちが見えない。そして僕が口を挟む前に彼女は堰を切ったかの様に、僕に感情を叩き付ける。

 

 「バカ、バカ、バカ、バカ、おバカ!!血が沢山出て、もう少しで死んでたんだよ!ずっと眠ったままでいたリョウスケの事、どれだけ私が心配したか。それなのに‥ノー天気な事言って、リョウスケの鈍感・おバカ!」

 

 溢れ出す感情を言葉にして、次から次へと浴びせ続けている今のユリカに僕の声は届かないだろうから、僕は体を起こして態度で思いを示そうとした。しかし、脇腹の鈍い痛みに起きあがるタイミングが掴めない。するとそれに気付いた彼女は、僕の身体を支えて起き上がるのを手助けしてくれた。僕は手助けてくれた彼女の身体をそのまま優しく抱き締め左手で頭を撫でて感謝と謝罪の気持ちを示しつつ、僕の行為を受け入れて落ち着いた彼女に目を合わせながら声を掛ける。

 

 「心配掛けてゴメン、ユリカ。でもお前だってメールも読んでいない間抜けな事して宇宙軍に喧嘩を売って、みんなに迷惑掛けて僕を心配させたんだぞ、このバカユリカ」
 「う〜、バカでも間抜けでもないのに。リョウスケの方こそ、無茶苦茶な事してみんなに心配掛けてるんだから、反省しなさい
 「バカでも間抜けでも無いのなら、たれケーキだな」

 

 そう言った途端。ユリカは頬を脹らませて怒り、僕の顔を餅の様に引っ張りつつ言い返す。

 

 「私、胸たれてないし見栄えだけのバカでもないんだから!エイ、エイ、エイ!!」

 

 人の両頬摘んで上下左右に引っ張り上げるユリカに僕は言葉にならない反論をするが、その度に「艦長さんは、ポーカーフェイスで頑張なきゃいけないんだぞ」とか「ミナトさんも心配して見舞い来てたのにゼンゼン反省してないから、お仕置きだよね」等、何故か人の反論に答えている台詞を彼女は言い返す。読唇術でもマスターしているのか、それとも直感で僕の心を読んでいるのか判らないが、そう言いながら僕の頬を弄んでいたユリカは漸く頬から指を放す。で、彼女から解放された僕は両頬が熱くなっている顔で、やっとまともな文句を口に出す。

 

 「こら、人を怪我人だと全く思っていないだろ、ユリカ」
 「だってリョウスケがウソついて、私をイジメるのが悪いんだよ」
 「ほう‥イン〇ン扱いして人を笑い者にした上に、コウイチロウおじさんを悶絶させたのは誰かな?」
 「あれは、インケンと言いたかっただけだもん。「ケ」と「キ」を1文字間違っただけじゃない、同じカ行なんだし気にしない、気にしない」

 

 …あのな。

 開き直った、本人にとっては正当な文句だと思っている言葉に、呆れ・嘆息を含んだ溜息を出した僕は「そう言う事を古今東西、何と言うのか知っているかい、ユリカ?」と、脳天気に笑っているユリカに尋ねる。その僕の言葉に彼女は「知らないけど、何?」と応えつつ、10年近くの付き合いから来る経験で僕の表情から何かを読みとって僕から離れようとしたが‥甘い。

 

 「屁理屈って言うんだ、ヘ・リ・ク・ツ。そんな事を言うのは、この口かな?ユリカこそ、素直に謝って人に迷惑を掛けた事、反省する様に」
 「フグ、フガガ、ホゴエンザアヒヘエ(痛い、伸ばさないで、ゴメンなさいリョウスケ)」

 

 本家本元の『こめかみグリグリ&頬伸ばし』(通常版お仕置き)で僕は、ユリカにお仕置きをし始める。彼女の頬は昔から指触りが良く弾力性もあって良く伸びるから面白くて小学生の頃、ついつい泣かしてしまい機嫌を取るのに苦労した事もあった。勿論、彼女を異性として認識し始めてからはお仕置きに躊躇した時期もあったが、やっぱりその行動についツッコミを入れてしまって今に至っている。僕の手で表情がコロコロ変わる彼女の顔を、もう暫く楽しみたい処だが‥今日は、この辺にしておこう。

 

 「怪我人にお仕置きをさせるんじゃないよ、ユリカ。結構疲れるから」
 「…頬が赤くなったじゃない、リョウスケ。女性の肌はデリケートなんだから疲れない為にも優しくして、お仕置きはもうしない事」
 「しかし、そうでもしないとユリカは反省しないからね」
 「そんな事しなくても、悪いと思ったら素直に謝るもん」

 

 だから、なかなか『悪い』と思わないからお仕置きで知らしているのだが。それを伝えると、ユリカは頬を膨らませて「リョウスケが、気にしすぎるんだよ」と言い返した。僕としては、他人の行動・感情に無頓着すぎる彼女に注意を促しているつもりなのだが、まあ彼女にツッコミを入れるのも好きなのだから、その通りだろうな。
 こうして自分の体調と立場を確かめた僕は、副艦長の仕事を再開する為にナデシコの現状を彼女から聞き出し始めた。

 

 

〜3〜

 

 お昼ご飯を食べ終わった私は、容態が安定したリョウスケのお見舞いに行って、ノー天気に寝てたリョウスケを起こしてナデシコの現状を彼に伝えてた。ビッグ・バリアを無理矢理突破したのは良いけど、リョウスケのせいで左舷のディストーション・ブレードが完全に壊れて18:00頃に寄港する『サツキミドリ2号』コロニーでブレードの本格修理をしないといけない事。アキトが心配して目覚めたらすぐに知らして欲しいと言ってた事。ムネタケ副提督達が逃げ出した時にヤマダさんが怪我した事、などなど。

 私の説明にリョウスケは時々、口を挟みながら現状を把握していく。その表情は普段どおりで顔色も良く見えた。昨日、昏睡してた姿を見た時は顔色も青ざめてやつれてる様に見えてたから凄く心配になってなかなか病室から出る事が出来なかったけど、こんなに元気になったから本当に良かったよ。うんうん。

 そして、お昼を食べ終わった私と入れ替わりにお昼ご飯を食べに行ってた先生が帰って来た。先生は目覚めたリョウスケを診察して傷の治りが少し遅いからもう2・3日病室に居る様にと診断結果を言ったけど、何故かリョウスケは先生の診断に反発して今日退院すると言い出した。

 

 「先生。無理しない程度に身体を動かせば、程良い刺激になって身体も治り易くなると思いますので、退院したいのですが」
 「あのな、オギ。此処に居る艦長から話し聞いていると思うが、失血でお前、死にかけたんだぞ。そんな重傷患者を翌日に放り出す程、俺は非常識ではない」
 「病室に居ると気が滅入るんです、先生。それにナデシコを一週間も離れていましたから仕事も溜まっていますので、どうかお願いします」
 「リョウスケの仕事はプロスさんがやってくれてたから、大丈夫。それより今は、早く怪我を治す事がリョウスケの仕事だよ」

 

 そう反論する私に、リョウスケはみんなに迷惑掛けてる私が気になって治る怪我も治らないと言い返す。むむっ、そんな事無いのに。リョウスケの言いがかりに私は文句付けて言い返すけど、リョウスケは一歩も引かず先生と私の説得を拒絶し続ける。そして、先生が遂に折れた。

 

 「くっ、ヤマダにしろお前にしろ、どうして此処の連中は非常識・無鉄砲の集まりなんだ。いいだろう、オギ。麻酔が切れているから動かす度に痛みが走ると思うが、俺は知らん、勝手にしろ」
 「すいません、先生。有難う御座います」

 

 リョウスケはそう言って先生に頭を下げると、早速ベットから降りて立ち上り、傷付いた左足を踏み出して少し歩く。左足に体重が掛かる度に体勢が少し不安定になり顔をしかめてる様に見えるから、やっぱり退院はまだ無理だよ。リョウスケもそれを多少なりとも自覚したらしく、松葉杖を先生から借りようとしたけど、先生は無いと言い張る。それもそうだよね、先生はリョウスケをまだ入院させておきたいんだから。そしたらリョウスケは「そうですか」と一言言って、無理矢理病室から出て行った。‥もう、リョウスケの意地っ張り!
 慌てて追い掛けようとする私に、リョウスケの行動に唖然とした先生が慌てて松葉杖を渡してくれた。受け取った私はすぐ病室から出てリョウスケの姿を探そうとして、すぐ近くで壁に身体を預けてコミュニケで誰かと話してる姿を見付ける。

 

 「アキト君、君にも心配掛けた様だね。怪我はしたけど、僕は自分の行動に後悔はしていない。君もそうなんだろう。だから僕は、別に今回の事は気にしていないよ」
 「こら、リョウスケ。アキトからも何か言ってよ。リョウスケたら、先生の反対押し切って無理矢理退院したんだよ」

 

 二人のコミュニケ会話に私のコミュニケを繋ぎ3人通信にして、私はアキトとリョウスケの会話に割り込むと共にリョウスケの前に立って、先生から預かった松葉杖を突き出しつつ、ちょっと怒ってリョウスケの顔を覗き込む。そんな私に、リョウスケは笑みを浮かべながら「有難う」なんて言って当然の様に松葉杖を受け取るから、ますます腹が立った私は思わずリョウスケに詰め寄り、また頬をつねって反省を促す。自分の身体の事なのに無頓着な行動で、人を心配させるんだからアキトの前で百面相にしてやるもん。この、この、この!
 そんな私にアキトは、「リョウスケの顔で遊ぶな」なんてトンチンカンな事を言って私を止めようとする。私もこのままじゃ、なんの進展もおきないて判ってるからアキトの言葉通り、顔が赤くなったリョウスケから手を放し、その目に私がまだ怒ってる事を見せつけるだけにした。

 

 『おい、それじゃあ強引に出てきたのかよ、リョウスケ』
 「先生の了解は貰ったから強引じゃないよ、アキト君。まあ、ヤマダ君と同じで暫く安静しなくてはならないし、2・3日間は栄養剤と補助飲料水だけで腸に負担が掛かる固形物は摂取出来ないだけだからね。それだけの事だよ」

 

 そして仕事の邪魔をして悪かったって、アキトに言ってからコミュニケを切ったリョウスケは素直に私に頭を下げて謝る。

 

 「ゴメンな、ユリカ。僕も言い過ぎたと思ったけど、退院するこじつけがどうしても欲しかったからあんな言い方になってしまったんだ。医者やら病院は苦手、嫌いだから形振り構わず一刻も早く出て行きたかったからね」
 「もう子供みたいな事言って。そんなんじゃあ治る怪我も治らなくなるんだよ、リョウスケ」

 

 リョウスケの駄々っ子みたいな言葉に、そう私は諭してから自分の部屋に向かう彼に付き添うけど、心の中では久々に見せたワガママにちょっと嬉しくなってた。副艦長さんだから、もしかしてその責務に押されて無理してるんじゃないかなと考えてたけど、心配しなくても良かったよ。でも、ホントに病院が嫌いなんだ。

 高校の時、インフルエンザで疲労困憊になってた時も、一緒にお見舞いに行ってたホノカちゃんと二人で説得したけど病院に行かなかなくて、結局ホノカちゃんにうつして治ったんだよね。

 それを思い出して話してる内に、私達はリョウスケの部屋に着いた。部屋に入るとリョウスケは私にゆっくりしていてくれと言って、髪を洗うのと体を軽く拭く為に浴槽に向かった。その間、私は言われた通り部屋でゆっくり過ごす。

 ナデシコはネルガルの思想に基づいて建造された船だから、居住性は普通の軍艦とは比べ物にならないぐらい充実してる。私の部屋、艦長室とかは一流ホテル並みの内装で、持ってきた服とか荷物とか入れてもまだ余裕があったから、もう少し色々持ってきても良かったかなと考えてしまった程。‥けどリョウスケの部屋を見たら、自分の部屋が殺風景に思えてきちゃった。

 

 「人形かぬいぐるみでも、飾った方が良かったかな?」

 

 部屋自体は私の所より狭いけど、壁には波をモチーフにした風景画、ベットの近くにはアール・ヌードルかヌーヴォー風の照明スタンド。そして棚には電子本が適度に整頓されてて、シンプルだけど居心地良さそうな部屋だ。全部リョウスケの私物でどれ程の価値があるか私には判らないけど、少なくてもセンスあるこの部屋を見てリョウスケの事、成金だと言う人はいないと思う。そんな部屋で私は備え付けの音響設備からクラシック音楽を聴きながら唯一の紙の本『モンテ・クリフト伯』を取り出して軽くページをめくっていく。年季が入ってる紙の古さ、年代物らしいカナ使いと印刷文字の特徴、初版の発行年度を見るとリョウスケのおじいさんから伝わってると思う古い本。話の内容は電子本で読んで判ってるけど、ページの厚い三部作となると貫禄あるよね。デュマの作品なら、私は『三銃士』の方が好きなんだけどリョウスケはこの復讐本が好きみたい。しかしリョウスケって、コミックは立ち読みで済ましてるからマンガ本が無いのが欠点なんだよね。それに音楽もクラシック系が好きな堅物さんなんだから……

 

 「‥起きろ〜ユリカ。起きないと、油性ペンで太眉毛にするよ」
 「ヤダ」 「おはよう、準備はもう出来たから。待たせてゴメン」

 

 知らない間に私はウトウトしてたらしい。気が付くと副艦長の服を着たリョウスケが私の前に立ってた。右手にちゃっかり油性ペン持ってたから、私はそれを取り上げて『ムムッ』と軽く怒ったフリして彼の顔を睨み付ける。その私の態度にリョウスケはちょっと笑って片手をあげて降参すると、私と一緒にブリッジに向かい始めた。
 う、お昼休み過ぎちゃってる。‥リョウスケの世話してたってプロスさんに言っておこ。迷惑掛けてたら、リョウスケのせいだもんね。

 

 

〜4〜

 

 右手の松葉杖と左足を交互に繰り出しながら右足に負担を掛けない様にして、僕はユリカの付き添いを受けながらブリッジへと向かっている。確かに右足には負担は掛かっていないが慣れない歩き方をしている為、松葉杖を挟み込んでいる右脇に加重が掛かる変な歩き方になっているから右脇腹の傷が僅かに疼く。本当は、折角の宇宙空間だからナデシコの重力制御を解除し無重力移動で負担を減らしたい処だが、「個別箇所ごとの細かな制御まで無理です」とほっしーに言われてしまい、今の歩き方になっている。まあ意識がある間は怪我の治りも早くなるからその内、気にする事も無くなる。
 そしてブリッジに着いた僕をブリッジ・クルー達がそれぞれの言葉で迎えくれる中。まず僕は、遥さん達に足を向け頭を下げた。

 

 「遥さん、ほっしー、メグミさん。迷惑を掛けて御免なさい」
 「仕事ですから仕方ないです、オギさん」
 「リョウ君、熱血男の子だったからちょっと応援してたんだけどねぇ。ケガ大丈夫?」
 「オギさん、無理したら治る物も治らなくなるんですよ。先生の言葉をちゃんと聞いて下さい」
 「‥メグミさん」 「ハイ、なんですか?」
 「怖い思いをさせて、本当に御免なさい」

 

 デルフィリュウムでナデシコを捉えた時に見えたメグミさんの、目を見開いて硬直していた表情を憶えていた僕は彼女に二度謝る。僕のその言葉に不可解な表情で答えるメグミさんとほっしー、そして何故か遥さんが拗ねている様な言葉で答えたのを見た僕は彼女達への用事を終えたから、本題のブリッジ上部に居る人物へと向かう。

 

 「フクベ提督、プロスペクターさん、ゴートさん。職務放棄をしていまして申し訳御座いませんでした。荻リョウスケ、副艦長の任務に復帰しても宜しいでしょうか」
 「うむ、結果がどうであれ君がナデシコの事を思って行動したのは判っているオギ君。副艦長の任務に復帰したまえ」
 「しかしオギ副長。どう言う形であれ、君が契約違反をした事には変わり無い。経緯からして軽い物になるが、罰則を受けて貰う事になる」
 「お断りします、ゴートさん。何故なら今のナデシコが火星に向かう事は無謀だと言う意見を変えるつもりは、全く無いからです。プロスペクターさん、ネルガルの目的は何ですか?」

 

 フクベ提督の着任再許可及びゴートさんへの反論を言い終えた僕は、プロスペクターさんを問い詰める。

 何故ネルガルは強硬手段を採ってまで、民間戦艦と言う扱いを押し通し秘密裏に独自運用の扱いを認めさせる事までして、単独で火星に向かう行動を選択したのか。自社製品のPRと言う事なら、激戦区である月周辺で運用すれば良いだけの事。ナデシコの圧倒的な火力と機動性を用いた戦術で木星蜥蜴達の撃破は充分に可能だと証明出来た以上、宇宙軍との共同作戦で連合軍に好印象を与えれば軍の兵器シェアを一時的に独占する夢物語も現実化してくる。しかし稚拙とも言える行動を採ったからには、それ以上の利益が見込める物が火星にあると考えてもおかしくない‥のだが、そう考えると今度はこの艦の人選と火星にある利益とは一体何なのかと言う疑問が出てくる。
 『能力一流、性格二の次』の方針で人選を決定した事はナデシコの性能をPRするには最適であり、フクベ提督やユリカをこの艦に乗せたのは当人達の能力も当然だが、軍への影響力やコネも考えて二人を採用したのに違いないとも考えていた。しかし、単艦での火星偵察・奪取となれば話が違ってくる。分が悪すぎる博打で成果を上げるつもりなら、素人よりプロ集団を採用すべきだろう。その程度の採算も掛ける必要は無いとネルガルが考えているのなら、ネルガル首脳陣は単なるアホ集団だ。他人の命をやり取りする前にさっさと死んでくれ。
 また軍との関係悪化を覚悟してネルガルのみでの火星奪還に向かっている事は、今以上の利益になる物が火星に残されていると考えても良いだろう。一企業が慈善活動のみで、こんな事をする訳が無い。だとすれば、それは一体何なのか?相転移エンジンを始めとする木星蜥蜴達の技術はもう修得しており、また戦争前からの研究資料・材料類だと思われるからこの戦争に直接関わる物ではないだろう。しかしこの戦争での莫大な利益を放棄しかねない程の事をしてまで、得たい物とは一体何なのか。そして、全てに対して中途半端な現状をどう改善するつもりかを知りたい。

 言葉を選びながら、以上の事を言い切った僕はプロスペクターさんの顔を見続ける。喋り続けていた間もずっと彼の目や表情を見ていたが、流石にユリカほど開けっ広げな感情の揺らぎを感じられなく思っている事をすんなり読み取れない。今の表情からは困惑も含んだ何かを知り得ただけだ。

 

 「いやはや、辛辣ですなオギさん。ネルガルとしましてもここまで連合軍との関係が悪化するとは思っていませんでしたので、現在この状況を改善する為、試行錯誤している最中だと思います、ハイ」
 「質問に答えて下さい、プロスペクターさん」
 「ですから、当社の目的は現在の火星」 「模範解答は結構です」
 「「…」」

 

 模範解答を一言で拒絶した僕は、更にプロスペクターさんを問い詰める。目に映る彼の表情は更に困惑の色を深めているが、頭の中ではどう僕の追求を逃れようかと考えているに違いない。シラを切るにしろ何にしろ、ネルガルの真の目的の手懸かりを得るまで僕は諦めるつもりはない。
 しかし僕の追求に、予想もしていなかった人物がプロスペクターさんの代わりに口を開く。

 

 「イネス・フレサンジュの救出が目的の1つだ、オギ副長」
 「‥どう言う事ですか、ゴートさん?」
 「どうもこうもない、そのままの意味だ。ネルガルの研究員である彼女と彼女の研究データを確保し、また研究材料である品物も確保する事が目的だ」
 「信じられません、ゴートさん。たかだか一個人の救出を前提とした目的だけで戦艦を建造し、その上こんな事態を引き起こすまでの事を一企業がする訳無いでしょう」

 

 嘘を付くなら、もっと真実味がある事を言ってくれ。
 そう思いつつ、僕はゴートさんに目線を移して更に問い掛けるが、彼の表情は微動出せず僕の問い掛けに答えていく。…プロスペクターさん以上に厄介な人だな、考えている事が読めない。

 

 「つまり。オリンポス山の研究施設に居ると思われるフレサンジュ女史を救出し、ネルガルの研究データを確保する事が目的ですか。研究内容は火星で確認するとして、本当にナデシコ一隻だけで木星蜥蜴に占拠されている火星に乗り込み、全てが上手く行くと考えているんですか」
 「それに関しては艦長とオギさん、あなた方二人の手腕に掛かってくる事ですな」
 「そうだよ、リョウスケ。最初から諦めてたらダメなんだよ。フクベ提督やアキト、他のみんなも頑張ってるんだから絶対に上手く行くよ」

 

 ユリカの余りにも楽観的な反論に対して僕は当然言い返そうとしたが、その反論と共にメグミさんが『サツキミドリ2号』からの補充パイロットとエステバリスが到着したと報告をして、僕は口を開くチャンスを失った。そしてユリカとゴートさん、プロスペクターさんの3人が到着したパイロット達を出迎えにブリッジから出た後。僕は副艦長席に座り、憮然とした面持で溜息を吐く。

 はぁ。問い詰められなかったし、クルー全員がユリカ並みに楽観・希望的な考え方だとすれば‥洒落にならないな。

 そんな僕に、遥さんが彼女らしい口調で話し掛けてきた声が聞こえる。

 

 「リョウ君、生真面目すぎるのも良くないとワタシ思うけど。もう少し肩の力ぬいたらぁ。自分も人も追い詰めると、みんな辛くなるだけよ」

 

 

〜5〜

 

 「はらへったー、メシメシ」
 「お昼過ぎちゃったから、スキスキだよね」
 「リョーコの腹の虫はオー!ヒルと鳴く〜」
 「るっせー、イズミ」

 

 『サツキミドリ2号』から来た補充パイロットは俺と同年代の3人の女性で、メガネを掛けて可愛く見えるヒカルちゃんとショートカットの髪で姉御肌のリョーコちゃん、そして綺麗な顔でダジャレが好きなイズミちゃんの3人だ。3人がナデシコに降りた時、ウリバタケさんを始めとする整備の人達が異常な盛り上がりで迎えて、それに合わせて3人共テンション上げて自己紹介してたから‥イズミちゃんのダジャレはみんな凍り付いてたみたいだけど。それなりに時間が掛かって、今3人とも遅い昼の食事に来たところだ。それぞれの注文の品を俺が持って行くとヒカルちゃんが礼を言ってくれたけど、俺はユリカの王子様じゃないって。まったく

『アキトは私の王子様で、スッゴク頼りになるの』

 なんて紹介しやがって、アイツ。その一言で、殺意に満ちた男性陣の視線が俺を貫きまくったんだぞ。ちょっとは周りの状況を考えて言いやがれ、ユリカ。‥って言ったところで、アイツがまともに俺の言う事聞く訳ないし。リョウスケの言う事ならまともに返事すんのに、何で俺には妄想って言うかのろけの押し付けみたいな対応になるんだろアイツ。

 そんな事思いつつ、夕食の下ごしらえとコック修行も兼ねてキャベツの千切りにいそしんでる俺に、お昼を終えた3人がこっちに話し掛けてきた。

 

 「ご馳走さま、なかなか美味しかったよ王子さま」
 「だから俺は王子さまじゃなくて、アキトだって」
 「でも呼び捨てにして美人の艦長さんとライバルになりたくないし。仕方ない、アキト君と呼んであげよう。でアキト君、何でヤマダ君って自分の事『ダイゴウジ・ガイ』なんて呼ばせてんの?」

 

 ヒカルちゃんの質問に俺が答えると、ヒカルちゃんはゲキガンガーを知っていて結構詳しい事言ってきたから、嬉しくなった俺はしばらくゲキガンガーネタでヒカルちゃんと一緒に盛り上がる。

 

 「え〜ヤマダ君、ゲキガンガー全話持ってんの!?私最近知ったばっかだから、グッズ関連しか持ってないんだよねー。今度、ヤマダ君とアキト君で一緒に上演会しようよ」
 「ガイも今怪我で安静するしかないから喜ぶと思うよ、ヒカルちゃん」
 「ったく、オタネタでよく盛り上がれるな、オメーら。で気になってんだけど、テンカワ。何でお前、パイロットのくせにコックの真似事してんだよ」

 

 俺とヒカルちゃんの隣で、イズミちゃんと一緒にホウメイガールのみんなと話してたリョーコちゃんが不意に口を挟んで、俺の姿に疑問を投げ掛ける。俺は、ユリカとリョウスケの二人に偶然出会ってナデシコに乗った経緯とエステに乗ってる理由を告げた。
 するとヒカルちゃんは、パイロットより今のコック姿の方が俺にあってるとあっさり言って、イズミちゃんはダジャレで「オヤジの隣で倒れる→息当たりバッタリ→行き当たりバッタリ」と答えて、リョーコちゃんは。

 

 「俺もヒカルじゃないけど、お前、コックに専念した方がいい」
 「そりゃ、俺だってコックで頑張りたいけど、パイロットとしても頑張りたいんだ。俺にもっとパイロットの実力があったなら、ナデシコもこんなにならなかったかもしれないし、リョウスケのヤツもあんなケガさせずに済んだと思うから」
 「でもアキト君て、パイロットの顔してないし雰囲気もパイロットとは全然違うし」
 「それに、コックもパイロットも中途半端にこなしてるヤツを信じる事、出来ねぇんだよ」

 

 リョーコちゃんのその言葉にショックを受け硬直してしまった俺は、ショックから立ち直ると更に自分の思いを口に出す。
 火星で蜥蜴に怯えながら、それでも一生懸命に生き残ってる人達を助ける為にパイロットの力が必要だし、それに地球の料理を、火星の土壌で育てた物とはまったく違うホントに美味しい料理を作って食べて貰って、俺はみんなを元気づけたいんだ。だから俺は、精一杯努力して自分の出来る事に頑張っていきたいんだ。
 そんな俺に、リョーコちゃんは何も言わなかったけど俺の言葉をあんまり信じてない様な態度で、冷ややかに見える目で俺を見てから、そのまま3人一緒に食堂を出て行った。そんな俺にホウメイさんが声を掛け、勇気付けてくれる。

 

 「テンカワ。信じて貰う為には自分の言葉通り、精一杯頑張っていく事だね。さて、キャベツが終わったら今度は生地を練って貰うよ。ビシビシ鍛えていくからね、覚悟しな」
 「ハイ!ホウメイさん。お願いします」
 「テンカワさん。私達も応援してますから、何かお手伝い出来る事があったら遠慮無く言って下さいね」
 「でも艦長が居るからそんなに心配しなくても良いと思うけど、ジュンコ」
 「だから、俺とユリカはそんな仲じゃないって」

 

 エリちゃんの言葉にジュンコちゃんを始めとする他のホウメイガール達が4つの頭で頷き同意するのを見て、俺はいつもの通り勘違いだって言ったけど、誰も信じてない事は俺を見る表情ですんなり判る。確かにユリカに押されっ放しで反論出来ない俺も悪いんだけど、いつも俺にへばり付いてくるアイツがもっと悪い。まあ、リョウスケのヤツが帰って来たから、俺にへばり付くのは少なくなるだろうけど。リョウスケが居なくてちょっと寂しかったから、俺にへばり付く回数が増えてた訳だし、元通りになるさ。希望としてはもう少しまともつうか、ましな付き合いしたいんだけど‥たぶん無理だろうな。

 

 

〜6〜

 

 資源採掘が終了した跡を利用し建造された隕石コロニー『サツキミドリ2号』が、予定通りの行程で見えて来た時。僕はユリカとプロスペクターさんを交えた話を終えた処だった。

 ナデシコがコロニー内で修理を受けるこの3日間の間に、火星突入に必要な偵察衛星10基程度及び生存者が存在した時に必要な予備の水、食料、衣類類などをナデシコに運び込むスケジュールを立て、責任者を決める話をしたのだが。全く、火星住民の救出と言う文言が建前そのものの杜撰な対応、状態で事に及んでいるのには失笑するしかなかった。現地に着いて臨機応変、行き当たりバッタリ、その程度の行動計画しか無くて、どうやって目的が達成出来る。これで益々、火星に向かう事が無謀だと判断した僕は再び反対意見を口にしたが、どうしても火星に向かう事を決意したユリカを納得させる事が出来なかった為、仕方なく気持ちを切り替えて現時点で考えられる最善案を3人で検討した。とは言え、予測不可能な事態が十二分に起こる事を考えれば、この話し合いも五十歩百歩の域に過ぎないのだが。

 そんな事を話し終えた僕達は今、一息吐いてコロニーへの入港準備を見ている。規定通りの作業だけなので、口出ししなくても特に支障無い。入港し終わった後の雑務はユリカ達に任せて、僕は部屋で安静させて貰おう。

 

 「リョウスケ、それだけでお腹空かない?」
 「勿論、空くだろうね。でも消化第一、味覚その次の病院食を好き好んで食べたいとは思わないから、別に良いよ。大学の料理より不味い物食べたいかい、ユリカ」

 

 一息吐いたついでに栄養ドリンク、補助食品を淡々と口に入れている僕にユリカが尋ねてきたから、僕は視線を彼女に向けて素直な感想を口に出した。色を見ただけで味覚や食感よりも栄養と消化重視だと判る直方体の固形物と僕の問い掛けに、彼女は顔をしかめて首を勢い良く左右に振る。
 育ちの良さから来るユリカの味覚の鋭さはなかなかのものだから、彼女が美味しいと認めた料理は本当に美味しいと僕も思う。しかし彼女が作る料理はどうして奇天烈な味の物しか出来ないのか、よく分からない。これ程の味覚を持ちながら、おそらく発想が飛躍しすぎて腕が追い付かない事が原因だと思うのだが、良くあんな物が作れるものだと逆に感心してしまう。…アキト君がナデシコでの第1被害者?になるだろうから、彼が“あれ”を口にした時の顔を是非とも見てみたい物だ。
 そして、正面の『サツキミドリ2号』から閃光が放たれる。

 …何?

 目前でコロニーが爆発した信じられない光景を見て思考が停止した僕の耳にユリカが的確な、でも切羽詰まった声で自失したメグミさんを落ち着かせようしているのが聞こえてきた。その声に意識を取り戻した僕は状況を判断すべく、彼女に声を掛ける。

 

 「ユリカ」
 「ルリちゃん、周辺にトカゲさんが居るかどうか探して!‥どうしよう、リョウスケ。今、ここで攻撃を受けたら」

 

 今の状況に焦りを感じているユリカを見て、逆に冷静になった僕は天野さんと昴さんに真木さん、そしてアキト君のパイロット4人とウリバタケさんに簡略に状況を説明してエステバリスを展開させる準備を整える。僕の行動に直ぐさま落ち着きを取り戻した彼女もナデシコをコロニーへ急行させつつ、コロニーの生存者を救出すべく関係部署に連絡を入れる。

 

 「『サツキミドリ2号』周辺に、蜥蜴の反応は全くないです」
 「となれば、内部工作の可能性が高いか。ゴートさん、救援のシャトルに乗せる保安員の増員をお願い出来ますか」

 

 ほっしーの報告を受けてゴートさんへ頼んだ僕の言葉に、必死にコロニーの生存者へと呼び掛けているメグミさんを見ていたユリカが振り向き、目を細めて僕の顔を見る。

 これ程呼び掛けてもコロニーから反応が無い事は、偶発的な事故では無いとほぼ断定出来る。通常なら、主電源が使えなくなっても非常用電源が作動、若しくは予備の通信設備から返答があって当然の事だ。また閃光を放った映像と衝撃波からして、核融合炉が爆発した可能性が非常に高い。幾重にも安全装置を掛けている融合炉が暴発する事はまず考えられない。外部からの原因が関知出来ないとすれば‥。

 ユリカもその可能性を考えていたらしく、もう一度悲痛な目でメグミさんを見てから再び僕に視線を向けて、静かな声で僕に同意すると共に対処方法を告げる。

 

 「うん、そうだね‥。けど、生存者は必ず居るから何としてでも助けなきゃ。万が一の事考えて、リョーコちゃんとイズミちゃん、ヒカルちゃんの3人をコロニー内に先行させてからシャトルを出す事にします」

 

 そのユリカの指令通り、3人のエステバリスがコロニーへと向かい始め、アキト君がナデシコの護衛をする事になったのだが。そのアキト君のエステバリスは発進した途端、ナデシコの前で手足をバタバタさせ漂流し始めた。

 

 「何をやっている!アキト君」
 『バランス取れないんだよ!うわっと!』

 

 …そうだった。アキト君が宇宙遊泳、無重力体験が全く無い素人だった事をうっかり忘れていた。焦りを感じているとはいえ、エステバリスの実機操縦も100時間満たない素人に何、過大な行動を取らせているのだか。‥しかし、こんな素人に半殺しにされたのか僕は。
 悪戦苦闘しているアキト君のエステバリスを見て、思わず自分自身に苦笑してしまった僕の目に今度はパイロット・スーツを着た山田君の姿が入る。

 

 「ヤマダさん、絶対安静ってお医者様から言われているんじゃないですか?」
 『ダイジョ〜ブ!ヤブ医者が大げさに言ってるだけだからよ。アキト〜、今行くぜ!!』

 

 その声と共に、ユリカとウリバタケさんの反対を押し切って出撃した山田君のエステバリスは‥宇宙空間に出た途端、アキト君と同じ様な状況になり彼のエステバリスとぶつかってコロニーの方へと漂流し始める。コクピット内の二人があたふたする映像を正面にして唖然とした僕は、プロスペクターさんに憮然とした視線を向ける。その視線にプロスペクターさんは、言い訳らしき事を口にして僕の視線をはね除けようとした。

 

 「えー、ヤマダさんは見ての通り、宇宙での訓練を受けておりませんので」
 「『腕は一流、性格二の次』、企業としては安い人件費の方が良いですからね」
 「流石、オギさん。判っていらっしゃる」
 「『安物買いの銭失い』と言う格言も知っていますよ、プロスペクターさん」

 

 プロスペクターさんにとって痛烈な皮肉に聞こえるだろう台詞を言い放った僕は、その成果を確認する事無く自分の現状に頭を抱える。

 全く喜劇に似合う役じゃないと言うのに、こんな無謀無能集団を引き連れて火星に向かう片割れを演じる羽目になるとは思わなかった。第3者から見れば、ユリカはドン・キホーテ、僕は従者のサンチョと言った処だろうな。

 そんな現状に対する苛立ち、怒り、失望。次から次へと湧いてくる負の感情を余す事無く、僕は顔を上げて前方でじゃれ合っている馬鹿二人に叩き付けた。

 

 「人の生死が一分一秒で決まる時に力量も考えず、人の足を引っ張るな!そこの無能共!!」

 

 

〜7〜

 

 リョウスケに怒鳴られた俺とガイは、アイツの指示で引き返してきたイズミちゃんに力が抜けるダジャレを言われながらナデシコへと回収された。でガイは、待ち構えてた先生に文字通り拘束されてそのまま病室へ逆戻りし、俺はコロニーの生存者救出に参加する事をユリカに頼み込んで了解を貰ったから、その準備をしてる最中だ。
 第一陣はイズミちゃんの護衛を受けてコロニーから来てたシャトルでコロニー内に進入して今、ナデシコが入港する筈だったドック周辺を探索してる最中だ。俺はナデシコ備え付けの揚陸艦『ひなぎく』でコロニー内部へと本格的な救援に向かう第二陣に搭乗し、ナデシコがコロニー周辺に静止すれば出発する事になってる。そして発進指令が出て俺達は『ひなぎく』に乗り込み、コロニーに向かう。向かってる間、救出班の班長に任命されたゴートさんがもう一度俺達に救出の手筈と移動する時の注意点を告げる。
 現在、『サツキミドリ2号』は動力の核融合炉爆発に伴う衝撃で内部構造物や隔壁が破損していて、内部は非常電源も動作していない暗闇になってる。だから生存者捜索には細心の注意を払わないと、救援に向かう俺達が逆に救援をして貰わないといけない立場になる事。それにコロニーがこんなになった原因が全く判らないから、どんな事があっても一人で行動しない事を厳命された。そして俺達は無事に暗闇に包まれたコロニーのドックに辿り着き、第一陣の人達と合流して一緒に内部へと救援に向かい始める。

 真っ暗闇の中、俺達の持ってるライトだけが前方の闇を裂きコロニー内部の状況を知らしてくれてる。ライトの光で見る限りじゃあ、内部の損傷は全く無くて何で非常用電源すら使えない状況なのか全然判らない。そんな中を慎重に、でも人の命が掛かってるから迅速に行動しなくちゃいけないと思って、早足気味で移動してた俺の目にドアが見えた。俺はそのドアを叩いて中に人が居るかどうか確かめるけど、反応は全くない。でも万が一の可能性があるから、ドアの向こうが気密状態になってると考えて数人掛かりで用心しながらドアを開けるけど、やっぱりドアの中側には誰も居なかった。そんな事をドアが見付かる度に何回も繰り返しながら前に進む。所々気密状態になってて開けた途端、中の物が飛び出してきた所もあったけど、でも生存者どころか人の姿すら見付けられない。
 で、別れてる通路を見付ける度に何人かのメンバーがそっちに向かって行って、気が付くと俺はゴートさんと1人の整備班の人、3人で一緒に行動してる様になってた。周りの人は少なくなったけど、俺は心細いと思うよりコロニーの生存者を一刻も早く助けたい事で心がいっぱいだったし、それにコミュニケで俺達が移動してるのをトレースしてコロニー内のマップを作ってるから、帰り道に迷う心配もしないでドンドン前に進む。コロニーの中心部へと進むにつれ、だんだん爆発の衝撃で吹き飛ばされた物の残骸が俺達の行く手に現れ始めて‥そして、その向こうに1人の人が漂ってるのを見付けた。
 見付けた瞬間、俺は慌てて駆け寄りその身体を捕まえたけど、その眠ってるような顔からは生きてる証が全くない。爆発の衝撃で身体を壁か何かに叩き付けられたせいで首の骨を折り、何も知らないまま死んだみたいだ。その人を見付けて以降、俺達は次々とコロニー内に居た他の人達を見付けだしたけど、みんな真空状態になった内部を宇宙服を着ていないまま漂ってる状態で発見されて、一目で死んでる事が判ってしまう。違うのは、顔の表情だけだ。爆発が原因で死んでしまった人は穏やかな顔をしてるし、辛くも爆発から生き残った人達は必死に酸素を求めて死んでいった苦痛の顔で硬直してしまってる。そんな1人1人の姿を見付けるたび、俺は自分の行動が無意味になるのかとつい考えて、打ちのめされそうになる。

 

 『アキト、ゴートさん。コロニー内の状況はどうなっていますか』

 

 そんな俺のコミュニケに、ユリカの通信が入ってきた。つらい現実に口が重くなった俺が声を上げる前に、ゴートさんが簡略に現状を伝える。その報告にユリカはしばらく目を閉じてコロニーの人達の冥福を祈った後、ドックに入ったナデシコをリョーコちゃん達やウリバタケさん達が壊れてるコロニーの動力の代わりに接続したから、コロニーの設備が回復すると言ってきた。その言葉通り、コロニーの照明が回復して周りの状況が分かり易くなると共に、いきなり俺たちがいる通路の防護壁が前後とも閉じる。当然、ユリカに文句を付けようとした俺の耳に今度は、ナデシコがハッキングを受け始めたと言うルリちゃんの声が聞こえて、その声で俺達とナデシコ自体への妨害に気付いて騒然となるブリッジを、俺は事態の変化に戸惑いつつ見てるしかなかった。

 

 『ほっしー!コロニーへの回線を切断し』
 『ダメ、リョウスケ!今、切断したらアキト達のサポートと救出が出来なくなっちゃう』
 『ハッキング元、判明。コロニーの司令室。‥オモイカネのファイアウォール、効果無し。現在アンチ・ウイルスを展開しましたが、向こうの処理速度、結構早いです』

 

 いつもより感情の起伏がない、ルリちゃんの淡々とした声が、ナデシコと俺達の状況が危ない事を知らせる。ブリッジ内で色々な手だてが立てられるけど、エステは司令室まで入ってこれない上、俺達救出班が各所で分散して閉じこめられてるからコロニーからの脱出も出来ないし、ナデシコで司令室を壊す事も出来ない。今のところ何とか、ルリちゃんがオモイカネへのウイルス侵入に対処して一進一退の状況が続いてるからナデシコは無事なんだけど、俺達の方は酸素があと一時間程度しか持たない。自分の事なのに何も出来ない状況に追い込まれた俺はジッとしてられなくて、何とか前の防護壁をこじ開けようと漂っていたパイプを掴む。

 

 『落ち着いてくれ、アキト君。パニックになって余計な酸素を使えば向こうの術中に陥るだけだ。現在、昴さん達のエステバリスでコロニー外部から君達の救出をしている最中だから、出来るだけ焦らないで居てくれないか。』
 「だったらどうするんだよ!このまま何もしない、出来ないままで居ろって言うのかよ、アンタは!それより、ちょっとの可能性でもいい、行動すべきだろ!」
 『リスクは高くなりますが、テンカワさん達に協力して貰えそうです』

 

 追い詰められていく状況に対して、何も出来なくて苛立つ俺に、リョウスケが俺達を見捨ててないと言って俺を落ち着かせようする。そしてそれに合わせて言ったルリちゃんの言葉に、口論になりかかった俺、それにユリカやリョウスケ達が注目する中、ルリちゃんは落ち着いたまま、続けて喋る。
 今、ナデシコに侵入してるウイルスを逆に送り返す事で、司令室のシステムに干渉し、防護壁を開けて俺達が直接司令室まで行って対処出来るようになったけど、でもそのためにはオモイカネの力をそっちにも割り振る様になるから、ウイルスの侵入を今まで以上に許してしまうと言って、こう続ける。

 

 『でも、現状では一番確実です。艦長の言葉を借りれば「19.32%“も”あるから成功するよ」です。‥ま、失敗したら相転移エンジン暴走して、みんな一瞬で死んでしまうだけだけど』
 『ルリちゃんが確実だって言ってるから、成功するよね。んじゃ、それで行きましょう』

 

 現状の深刻さを全く気にして無さそうに聞こえるユリカの軽い声にリョウスケも肩をすくめて賛同した事で、ルリちゃんの提案した作戦が開始された。
 こっちのウイルスが司令室のシステムに送り返されて、‥前の防護壁が開いた。直ぐさま俺達三人は、そこを突破して通路を急いで進み、次の防護壁へと向かう。しばらくして、また前の防護壁が開いたから前へと進む。

 

 『司令室のシステム掌握、思った通り困難です』

 開く防護壁を直ぐさま背にして、突っ走る。

 

 『オモイカネ、70%までウイルスに汚染されました』

 壁が開き始めると共に、隙間に身体を滑り込ませて走る。‥あと2つ!

 

 『ユリカ、万が一の対処』
 『大丈夫。アキトがぜったい、私を守ってくれるから』

 いっけぇぇー!!

 

 全ての防護壁を突破した俺は、遂に司令室の扉の前に辿り着く。そして扉に手を掛けようとしたけど、いきなりゴートさんに後ろから羽交い締めされ、そのまま身体を引きずられて扉から離される。扉にトラップを仕掛けてあるだろうから、不用心にさわるなと俺に言ったゴートさんはトラップを探したが、見付からなかったらしく一緒に付いて来てた整備班の人を手招きして、扉のロックを解除させ始めた。そして俺も手招きしたゴートさんは、近寄った俺に銃を渡して告げる。

 

 「テンカワ、覚悟は良いな。どんな状況になろうが躊躇をするな。すれば、全員死ぬぞ」

 

 そう告げたゴートさんは俺の返事を聞かず、ドアのすぐ側の壁に身体を付け銃を構えて司令室に突入出来る体勢を整えた。俺もゴートさんの反対側の壁に立って、ロックを解除してる人の邪魔にならない位置で扉が開くのを待つけど、両手に持ってる銃がズッシリと重たい存在感を感じさせ始めると共に、鈍く光るそれを持つ意味を突き付けられる。

 躊躇をするな‥か。司令室の中で何が起きてるか判らないけど、俺達の邪魔をしてるヤツが居る事は間違いないんだ。だから俺は、これの引き金を引く勇気や責任、覚悟を持たなきゃいけないんだ。‥けど、怖い。

 俺の脳裏に、昨日の傷付いたリョウスケの姿と血溜まりで俯けになってたガイの姿、そして自分の手が血塗れたように見えた、あの時の幻想がよぎる。その光景を必死に頭の中から追い出そうと躍起になった俺の前で、ついに司令室の扉が開いた。今の中途半端な気持ちを振り払って覚悟を決めようとした俺は躊躇なく、中へと駆け込んで銃を構える。

 そんな俺を迎えたのは、中に漂う何人かの死者と無数の赤い機械の目。

 虚ろな目で俺を捉える死面と、死と絶望をもたらす赤く点滅するトカゲのモノアイ。火星での悪夢、叩き付けられた現実を再び思い出させられた俺の身体は、あの時と同じように恐怖にとらわれ、腕が震えだす。

 折り重なって倒れた人達から溢れ続ける赤い血、冷たく光るガラスの目。そして、そんな悪夢の中に置き去りにしたアイちゃん。
 そのアイちゃんの顔がユリカの顔と重なって

 

 「っざけんな!!」

 

 俺は、持ってた銃の引き金を赤い目へと引き絞る。それで赤く点滅する目を粉砕した俺は、視野に見えるトカゲ共に次から次へと辺り構わず、引き金を引き続ける。そして弾が出なくなった銃を残ってるトカゲに投げつけると共に、勢いをつけて突撃して蹴りを食らわす。

 っざけんな、ふざけんなよ!!あの時の俺とは違うんだ!もう、お前らなんかに大切な物を奪われるもんか!!!

 

 

〜8〜

 

 「ねぇ、アキト」

 

 幾度と無く話し掛ける私の声に、アキトは元気ない顔を私に向ける。
 アキトの活躍でトカゲさんからナデシコを守れた私は、リョウスケ達と一緒に事後処理、コロニー内とナデシコにもうトカゲさんがいない事の確認やディストーション・ブレードの修理に取り掛かれる下準備を終えてから、ずっとアキトの部屋にいてアキトと話ししてた。
 トカゲさん退治した後、きっと生存者の人達が居ると思った私達はサツキミドリ2号コロニーの人達みんなの救出に再び取り掛かった。破壊され尽くしたコロニー内は設備の残骸で移動する事すら困難な場所が沢山あった上、もしかしてまた何か起こるかもしれない緊張感の中でアキトやみんな一生懸命救出作業に取り組んだんだけど、やっぱり見付けたみんな全員亡くなっていたのを確認した結果で終わってしまった。そもそも爆発の衝撃で遺体すら見付からない人も多かったし‥。それでアキトを始めとした救出班みんな、意気消沈してすっかり元気をなくした姿でナデシコに帰ってきた。
 特にアキトはエステで右往左往してた事を気にして、「オレがもう少し上手く出来てたら」なんて自分を責めてて。私はそんなアキトを見たくないしアキトが悪い訳じゃないから、慰めたり励ましたりしてアキトを元気にしようと頑張ってた。

 

 「アキトはぜったい悪くない。それどころか、ナデシコの危機を救ったヒーローさんなんだから」
 「…」
 「リョウスケだって、アキトの頑張り見て素直に感謝してたし。プロスさんや提督も褒めてたんだから、元気になってアキト」
 「…」

 

 う〜、なにか言ってよアキト。ずっと元気がないまま黙ってるアキトの姿に、私も元気なくなっちゃって黙ったまま、ただアキトの顔を見続ける。すると、ようやく私の想いが届いたのか、アキトは静かに口を開けてくれた。

 

 「‥コロニーが爆発する前に俺、リョーコちゃんに言われたんだ。『中途半端なヤツは信用出来ない』って。それがショックで、そんな事ないと思ってゼッタイ生きてる人救出しようと頑張ったんだけど。‥どうして火星でも今でも何にも出来ないんだろう、俺って」
 「そんな事ないよ。アキトはいつでも一生懸命頑張ってるんだから、みんなアキトのこと応援してるし。思う様にならないのは…勉強中なんだと思えばいいし」
 「なんだよ、それ」

 

 やっと私の声に答えてくれたアキトに、ホッとすると共に嬉しくなった私はアキトの悩んでる事を聞いて、自分の思った事をアキトに伝える。

 

 「アキトはまだ色んな事、勉強してる最中なんでしょ。お料理の勉強やエステの操縦なんか。だから上手く行かなくても仕方ないし。ほら『失敗は成功のお父さん』て言うじゃない」
 「『成功の母』じゃないのかよ」
 「あれ、そうだっけ?まあ、どっちでも意味は同じだから良いの。私だって連合大学出てすぐに艦長さんになったから艦長さんの勉強中で、失敗したりしてるけど何とかやってるし。だからアキトも元気出して、いつもの様に頑張っていけばいいと思う。それに私は、お料理してるアキトの方が好きだな」
 「なっ!いきなり何言ってんだよ、バカ」

 

 照れ隠しなのは判ってるけど、バカはヒドイよアキト。でも、いつもみたいに元気な顔に戻ってきたから良しとしよう。私って優しいよね、ウンウン。

 でハッキリ言って、アキトはコックさんに専念してる方がイイと思う。エステに乗ってるのはヤマダさんだけじゃもう無いし、大体、アキトはコックさんとして採用してるんだからパイロットのお仕事する事自体おかしい。それに、トカゲさんと戦ってる時のアキトは辛い思いで戦っているのが私、判ってるから見てる私も辛い。それに比べて、料理してる時のアキトは生き生きして頑張ってるから、その姿を見て私も元気になって頑張れるし。

 そんな事を言ったら、アキトは何だか悩んでる様な顔になって、また黙ってしまったけど、もう落ち込んでる訳じゃないから私はアキトの部屋を出る事にした。もし悩んでる事が解決しなかったら明日、私もアキトと一緒に考えて二人で解決すれば良いだけの事だし、それに私もそろそろ自分の部屋に帰ってゆっくりしようと思うけど‥やっぱり気になるよね。そう思ってアキトの部屋を出た私はもう1人、気になってる人が居るブリッジへと足を進める。

 

 「リョウスケ、身体の調子どう。‥大丈夫?」
 「安静にしているから問題ないよ。アキト君は立ち直ったのかい、ユリカ」

 

 ほんのり暖かく薄暗い照明と、静かなクラシック音楽がブリッジを漂っている中。ブリッジ上部の副艦長席で点滴を受けながら楽な姿勢で横になってるリョウスケの姿を見付けた私はブリッジを上がって側の艦長席に座り、メグちゃんの代わりに当番に入ってる彼と話す。
 コロニーへ、涙を溜めながら懸命に呼び掛けていたメグちゃんは、心の中で必死に否定してたコロニーの人の亡くなった姿を見た途端、緊張の糸が切れて気を失い、そのまま病室へと運ばれて行ったんだけど…。ナデシコが助かった後に病室で意識を取り戻し今の状況を知ったメグちゃんは、涙を流して落ち込んだ状態のまま現在病室に居る。先生からそんな姿を知らされた私は今日の当番だったメグちゃんの仕事を免除して、その代直を誰にすべきかブリッジのみんなと話した結果。
 ミナトさんはメグちゃんを慰めてるし、ゴートさんとルリちゃんの二人は疲れてるから休憩中で、私と提督は最高責任者だから何かあった時に的確な判断すべく休める時には休むべきだと言う理由でムリ。そして私が一番に代直お願いしようとしたプロスさんも、明日の資材搬送の責任者だから明日に備えて休憩するべきだとリョウスケが言って。

 

 「明日は僕が居なくても別に支障無いから、今晩仕事をしておかないとね」
 「でもそんな点滴してるから、リョウスケだって」
 「これは、単なる水分補給と内出血による微熱対策の飾り」

 

 サラリと言った台詞に納得しかかって、とんでも無い事を言ってる事に気付いた私は、思わずリョウスケの額に手の平を置いて熱を見る。‥ちょっと熱い。相も変わらず自分の身体の事なのに無頓着、お医者さん嫌いを押し通す彼に腹を立て睨み付けながら文句を言おうとした私に、リョウスケは「心配掛けて御免」と謝りつつ『でも本当に大丈夫だから』と伝える優しい仕草、心配してる私の手を軽く2・3回叩く仕草と微笑みで私を見る。いつもの事だけど、そんなリョウスケの仕草に私の心は落ち着くと共に暖かくなり、ホント卑怯で‥でもやっぱり嬉しくて、怒る気がなくなってしまう。
 でリョウスケに甘えて、と言うか先生からも許可を貰って大丈夫と言ってるから気兼ねする事なく、私はアキトの事を話してみた。リョウスケも男の子だからアキトが悩んでる事を判って、私に説明してくれると助かるからね。

 

 「どうして、そんなに悩んでるのかな、アキトって。『二足の鉄ゲタ』じゃ、すごく大変なのに」
 「鉄下駄じゃなくて草鞋だよ、ユリカ」 「ワラジって何?」
 「昔のサンダルかな?お前こそ、何で鉄下駄なんて言う物知っているんだい」
 「昔、女の子がそれで走ってるのを見たから」
 「‥話を戻すよ」 「うんうん」

 

 私が素直に頷くと、リョウスケは少し考えながら自分が考えた事を喋り出す。

 

 「アキト君が悩んでいる原因は、焦っているからだと思うよ。自分がしなければいけない事、火星の人達を助ける大きな目標に対して、今の自分が余りにも非力だからね」
 「でも、それは私達みんなの目的なんだからアキトが焦る理由にはならないと思うな。時間的な問題を考えれば、それもそうかもしれないけど」
 「そうじゃ無くて。自分に自信が無いし力も無いのは判っているけど、必ず自分の手で直接解決しなければいけない事だと決めているからこそ、心理的に凄く焦っている状態だと思うよ。だから、ユリカ」
 「なに」
 「お前がアキト君に対して出来る最善の手段は、アキト君を信じて程々に手助けをして落ち着かす事だよ」

 

 私はアキトの事ずーと信じてるから、そんな事言われなくてもアキトを手助けしてるのに。するとリョウスケは「程々に」と繰り返し口に出して、静かに一言付け加える。

 

 「只、側に居る事と、相手を知り思いやる事。盲目的に信じる事と、相手を知った上で信頼する事。それは全く違う事だよ、ユリカ」

 

 ??私はアキトの事良く知ってるし、昔も今も私の王子様♪で頑張り屋さんだと知ってるし、励ましてるもんね。それなのに‥やっぱり身体の調子が悪くて良い考えが思い浮かばないのかな、リョウスケ?でもまぁ、私のやってる事に間違い無い事だけは判ったから良いよね。
 話を終えた私は、リョウスケも疲れてるからブリッジを出て部屋に帰る事にした。今日は今日、明日は明日。艦長さんが暗い顔してるとみんなも元気なくなるから、悪い事を引きずらない様に眠って元気にならないとね。そして、リョウスケにお休みの挨拶してブリッジを出ようとした私は、視野の片隅に何か光る物を見付けた。気になって視線をブリッジの前方に置いている物は向けると。一つのグラスが微かに光を反射してた。それの意味が判った私は手を合わしてから、ブリッジを出る。

 …優しいね、リョウスケ。

 

 

〜9〜

 

 展望室の床に寝っ転がって俺は、鬱積した思いを何とか片付けようとしてた。そこから見えるコロニーの壁がリョウスケが言ってた言葉と同じく、堅く高く立ち塞がってる様に見えて視線を逸らす。

 ‥アイツの言ってる事は正しいかもしれないけど、どうしても納得出来ない!

 

 「そんな“暇”があるのなら、もう少し建設的な行動をすべきだと思いますが」
 「?!なんだよそれ!亡くなった人を弔うのに、そんな言い方ないだろ!!」

 

 コロニーに入った翌日。月からの補修材料が予定通り届き、俺はエステを操縦してリョーコちゃん達と一緒にウリバタケさん整備班達の手伝いとしてディストーション・ブレードの修理に取り掛かってた。作業は順調良く進み、昼の食事が終わってから少し時間が取れた俺はブリッジへと向かった。ホウメイさんからコロニーの亡くなった人達の葬式料理を作ると聞いて、どの程度の量と内容の料理で良いか知りたかったし、始めてユリカのヤツが食堂に来なくて出前を頼んでたから、食べ終わった食器を取りに行ったんだ。ブリッジに入って当然、ユリカに付きまとわれてミナトさんに冷やかしの言葉を掛けられた後。葬儀の事を喋ってた、プロスさんとリョウスケの会話が耳に入ったんだ。
 プロスさんはネルガルと社員契約を結んだ場合、国籍や宗教の違いと本人の希望によって異なる葬儀や埋葬の自由が認められてるから、艦長であるユリカがお坊さんや神主の代わりに希望通りの葬儀を行うべきだと話してた。その話を聞いたリョウスケが葬儀の期間はどの位掛かるか質問して、2・3週間程度必要だと言ったプロスさんの答えに冷酷な事を言ったから、俺は反発したんだ。けど

 

 「では言い直そうか、アキト君。そんな余裕が何処にあるんだい。本艦の目的は、火星の住民を救助するスキャパレリ・プロジェクトを達成する事だよね」
 「そんな事、言われなくても」
 「だったら、生きている者の為に、救助を待っている人達の為に時間を使うべきだ。死者を必要以上に弔う余裕は今の僕達には無い。それは君にも判っているだろ」

 

 ブリッジのみんなにも言い聞かすリョウスケの声と俺を見る強い意志を感じさせる目に俺は、昨日の右往左往や無力さを噛み締めた事を突き付けられた様な気がしてつい黙ってしまった。そんな俺から視線を移したリョウスケは、みんなに視線を向けて更に反対理由を口から出す。何週間も葬儀をして毎日、葬式料理をみんなに食べらせて「明日は我が身」と思いこませて士気を落とすのか、ユリカや自分達はそんなに暇そうに見えるのか、それに素人が慣れない葬儀をする事は逆に死者を冒涜する事になると強い口調で言い切った。それから一息ついて「それよりも」と落ち着いた声で、引き続き喋る。

 

 「心を込めた葬儀を一度行う事が、亡くなった人達もそれに僕達にも良い事だと思います。本格的な葬儀は、葬儀屋や宗教家の専門業者が僕達よりも丁重かつ望み通りに執り行ってくれますし、見ず知らずの他人よりも身内の方や友人達が死者を悼み心から冥福を祈る事でしよう。‥僕達は生きている者達の為に、前に進むべきです」

 

 静かに、それでいて力強く聞こえた台詞で話を締めくくったリョウスケの言葉に、誰も何も言わず黙ってた。そんな中、ユリカが「前を進むって、具体的にはどんな事考えてるの、リョウスケ」と尋ねた。その問い掛けにリョウスケは、エステの運用手段やナデシコとの共同運用での戦術調査、効率的な火星探索手段などを考える時間に充てる事と答え、その答えにみんな納得してリョウスケの意見に賛成した。そして今晩、ナデシコのみんなで亡くなった人達全員の葬儀をおこなって冥福を祈ったんだ。もちろん俺も、ホウメイさん達と一緒に葬式料理を作り亡くなった人達の冥福を祈ったんだけど、リョウスケの言葉が頭の中に残って何かしっくり来なかった。
 アイツの言ってる事は正しいと説得させられたのは確かだけど、葬儀を暇だと言い切った事は間違ってる筈なんだ。その事を謝る言葉は遂に言わなかったし、胃腸の具合を考えてとか言って今晩の料理は口を付けずに終わらせてるから、余計にその事が気になると言うか何と言うか、やっぱりアイツが正しいとは納得できない。たぶん、問い詰めれば素直に謝ると思うけど、無理矢理謝らせてるみたいでイヤな感じは残ってしまうし、どうしたらいいんだよ。

 

 「あっ、テンカワさん。どうしたんですか」
 「メグミちゃんこそ、どうしてここに」

 

 悩んでる俺に展望室へ入ってきたメグミちゃんが、少しビックリした顔で声をかけた。俺もちょっとビックリしたから問いかけに問いかけで答える。そしたらメグミちゃんは「ただ、ここに来たかっただけです」と答えて、俺の隣に座って外の壁に視線を移す。そしてお互い黙ったまま、メグミちゃんはずっと壁を見て、俺はそんなメグミちゃんの横顔が何だか気になって見続けた。しばらくそうしていると、メグミちゃんが口を開いてポツリと喋る。

 

 「…人がたくさん亡くなったのに、みんな平気なんですね。葬儀が終わった後、すぐみんな何事もなかったかの様に普段通りになって」

 

 呟く様なその言葉を聞いた俺は、寝っ転がってた身体を起こしてメグミちゃんの斜め前に座り直す。その言葉は俺の中でも存在してる物だから、同じ思いを感じてるメグミちゃんの声を俺は聞きたくなった。そんな俺にメグミちゃんは、壁から俺の顔に視線を移して話し始める。

 

 「昨日、私、眠れませんでした。ミナトさんがずっと慰めてくれたから落ち着いたんですけど、1人になると思い出してしまって…。先生に睡眠薬を貰って眠ったんですけど、夢でうなされて目が覚めてまた眠ってうなされて、気が付くと10時ごろになっていたんです」
 「俺、メグミちゃんの気持ちわかるよ。俺もユリカに慰められたけど、悔しくて腹が立ってあまり眠れなかったんだ」
 「テンカワさんだったら、そう言ってくれると思っていました。‥本当は私、テンカワさんと話をしたくてオモイカネに教えて貰って此処に来たんです」
 「どうして俺と?」

 

 そう言った直後、俺はメグミちゃんの気持ちが判った。そうだよな、メグミちゃんも俺と同じ様に、今のみんなが間違ってると思ってるけど上手く言葉に出来なくて自分が間違ってるんだろうかと悩んでる。だから、同じ事考えてる俺と話して自分が間違ってない事を確かめたいんだ。

 

 「テンカワさんはただ1人、オギさんに反対だって、言ってくれたじゃないですか」
 「でも俺だって、アイツに言いくるめられて何も言えなくなったし。アイツの言葉を聞いて俺、何も出来てないんだなと思って」

 

 そして俺は、メグミちゃんに自分の悩みを打ち明けた。リョーコちゃんに中途半端だって言われ、ユリカにも料理してる方が好きだって言われたけど、やっぱりエステのパイロットとしてみんなの役に立ちたい。そして、俺の作った料理を食べてみんなに喜んで貰いたい。でも

 

 「何やっても上手く行かなくて。ユリカは勉強中なんだから焦らなくてもいいし、俺は悪くないって言ってるけど、もう何も出来ないままでいるのはイヤなんだ。だからリョウスケに、今のままじゃ何も出来ないと突き付けられて黙るしかなかった。でも、アイツの言ってる事は正しくない。人の思いや善意を切り捨ててまで、俺は強くなりたくない」

 

 ずっとその事を悩んでたんだ。何かを成し遂げる為に何かを捨てる。しかし、捨てちゃいけない物だってあるんだ。成し遂げた後で後悔するなら意味ないじゃないか。けど、また昨日みたいな思いをするはイヤだ。
 メグミちゃんに打ち明けながら俺はまた、正しくないけど正しく聞こえるリョウスケの言葉に反論する言葉を考えるけど、思い浮かばない。

 

 「テンカワさん。私もオギさんが間違っている言葉を考えられませんけど、私、テンカワさんはこのままで良いと思います」
 「えっ?」
 「パイロットもコックの仕事も頑張っていけば良いじゃないですか。出来る為に捨てるんじゃなくて、出来ない時には人に頼ったっていい。その替わり、人が困っている時に手助けして恩返しすれば良いじゃないですか。それでこつこつ頑張って、パイロットもコックも一人前になってオギさんを見返してやればいいと思います」

 

 メグミちゃんが考え答えてくれた言葉を聞いて、俺は目の前が開けた様な気がした。そうだよな、出来ない出来ないて思ってたら本当に何も出来なくなる。リョウスケを言い負かす理屈を考えるより、行動でアイツとは別の考え方や選択があるんだって示せば良いだけじゃないか。確かに今は何もかも中途半端だけど、諦めなきゃ火星のみんなをこの手で救って喜んで貰えるんだ。
 吹っ切れた俺は、メグミちゃんに感謝の言葉を伝える。そんな俺の声や表情を見てメグミちゃんは自分の事の様に嬉しそうな顔で喜んでくれて、返事を返してくれる。

 

 「私もテンカワさんみたいに、前向きになって頑張ります。‥テンカワさんって本当に王子様なんですね」
 「いきなり何を言い出すんだよ、メグミちゃん」
 「テンカワさんが元気になると私も元気になれますし、気分も良くなりますから。本当に艦長て羨ましいですね」

 

 だから、俺とユリカはそんな仲じゃないって。アイツが只、そう言いまくってるだけだ。
 俺は誤解してるメグミちゃんに、しっかりと俺とユリカはそんなんじゃないって言い切る。大体、小さかった時の幼馴染みと言っても何でか知らないけどユリカが俺の後ろをつけ回し、無視すると泣き出して俺を困らせてただけの仲だった事。子供心に何で俺がアイツの王子様だったのか判らなかったし、側に居てうっとうしいと度々感じた事。

 

 「そりゃあ、ユリカと居て楽しい事もあったし、10年以上会ってなくても俺の事、覚えてくれてたのは嬉しいさ。今でも王子様て呼ばれるとは思ってなかったけど。とにかく、俺とユリカはメグミちゃんやみんなが思ってる、その‥カップルとかの関係じゃなくて只の幼馴染みなんだ。ユリカのせいで、誰も信じちゃいないけどさ」
 「……その言葉、本気にして良いですか」 「何、メグミちゃん?」
 「只の幼馴染みと言う言葉、本気にして良いですか、テンカワさん!」

 

 いきなり、切羽詰まった声で真剣な顔して俺を見るメグミちゃんの勢いに、俺はちょっとたじろいで言葉が詰まる。また信じて貰えないと諦め半分位にしか思ってなかったから、予想もしてないメグミちゃんの行動に戸惑う。そんなメグミちゃんの表情が諦めみたいな悲しい顔に見え始めたから、俺は慌てて答える。

 

 「だから、そうだって!」
 「‥‥じゃあ、私が‥私がテンカワさんの………恋人になっていいですか」

 

 そう言って赤くなった顔を伏せたメグミちゃんの突然の告白に、俺は何とか口を開けようとするけど言葉にならなくて、メグミちゃんと同じく顔が真っ赤になる。
 メグミちゃんは可愛いし、優しいから彼女になってくれるのは嬉しいよな。ユリカみたいに厚かましくないし、俺の話をいつも聞いてくれる。だったら…返事しろよ、俺の口。何で声が出ないんだよ。

 

 「…………うん」
 「!?有難う御座います、テンカワさん!!」

 

 緊張して上手く言葉にならない口からようやく出た、無愛想な一言にメグミちゃんは伏せていた顔を上げ、声を弾ませて俺に抱き付く。そのメグミちゃんの髪から良い匂いがして、つい俺は顔を髪に近づける。女の子ってこんな匂いしてるんだ。

 

 「‥テンカワさん」
 「いや、女の子に抱き付かれたの初めてだから。…良い匂いしてるなって思って。その、ゴメン」
 「謝らないで下さい、恥ずかしくなってきますから。でも‥凄く嬉しい」

 

 そんなメグミちゃんから続けて「アキトさんって呼んで良いですか」と聞かれた俺は素直に「いいよ」と答えて、メグミちゃんの顔を真っ直ぐ見る。
 俺の言葉に照れてると共に喜んでるメグミちゃんの表情は可愛くて、俺がこんな顔をさせてるんだと思うと嬉しいし、メグミちゃんの力になれてると思うと何だか自信が出てきて頑張ろうと言う気になったんだ。

 

<続く>

 

 

 

 

 

 ※作者より

 

 ……辛かった。3行書いて2行削除なんて言う事が度々あった上、読み返す度に脱字は出てくるし。
 結構大変だった、スモモの氷菓子です。またまだ拙い内容でもう少し上手く書きたいと思いますが、上手い文章が思い浮かびませんでした、申し訳御座いません。次回はもう少し短い期間で書き上げる様に努力します。それでは。

 

 

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代理人の感想

んー、ちょっと冗長かなぁ。

文章の誤字脱字(「憮然な視線」とか)は今後の努力に期待するとして、

山場もオチもない文章がダラダラ続くのを改善してもらえると嬉しいかなと。