ナデナロク

第1話<回り始める時>

 

―――1―――

裏路地から悲鳴が聞こえる。

それを聞いた途端、私の相棒、アキトは走り出す。

世の中には二つのタイプの人間が居る。

それは、事件に巻き込まれるタイプと、自ら事件に巻き込んでいくタイプだ。

勿論、この男は後者に当たるのは明白だ。

やれやれ・・・困った奴を相棒として選んでしまったようだ。

 

裏路地に入ると、下劣な顔をしたゴロツキ傭兵が5人ほど、ナイフを持って小さい少女を脅している。

少女一人を5人がかりで脅すなどと・・・なんて情けない奴らだ。

「なんだよ、お前。邪魔をするなら殺すぞ?」

リーダー格のプロテクターを纏った男が、月並みなセリフを吐く。

この男の馬鹿面に良く似合っている。

「馬鹿に名乗る名前等ない。」

相棒もどうやら同じ見解だったらしく、呆れた顔をして一瞬こちらを見る。

 

「なん・・・っ!」

言葉が終わらないうちに、黒い影が目の前の、リーダー格のゴロツキの間を疾風の如く駆け抜ける。

一瞬の事態が飲み込めない男は、自分の右手がない事に気付き声を上げる前に、

首への手刀により気絶する。

突然の事態に、他の男達は困惑するが誰も逃げ出そうとはしない。

傭兵としてのプライドが傷つけられたのであろう、勇敢・・・

いや、無謀にもアキトにナイフを向け斬りかかっていく。

 

「抜いたからには、命を賭けろよ。」

ニヤリと男達が一歩後ずさるような笑いをするが、構わず突っ込んでいく。

男達がナイフを振り上げた瞬間、黒い風が男の胴へと斬りかかる。

そしてその返す刃を、後ろも見ずに男の首筋へと引き込まれるように吸い付く。

そして激しい勢いで体内から血が逃げていき、二人同時に倒れる。

他の二人は、敵わぬ相手を見たか、慌てて逃げ出す。

一人は左へもう一人は右へだ。

馬鹿にしては賢い判断だ。

しかし、アキトには常識は通用しない。

「俺は逃がすほど、お人好しじゃないぜ。」

男の全速力も、アキトの疾風の早さには全く敵わない。

追いつくと同時に剣を男の腰に突き刺す。

腹から出てきた金属に似た物質に若干戸惑い力なく倒れる。

残る一人には腰から銃を引き抜き、頭をポイントする。

私のセンサーから距離を見ると、どうやら500m。

普通の腕ではまず当てる事すら困難であろう。

けたたましい音と共に、その男の頭は爆砕し、辺りに脳漿と血をぶちまける。

銃声は何と不快な音だ・・・それにしても全く常識な腕だ。

後ろを見ると、さっきの少女は居なくなっている。

お礼も言わないとは・・・。

 

「ふう、良い事して良い汗かいた。」

「お前のは、八つ当たりだろうが。」

アキトは、大して気にしていないように爽やかに言った。

よっぽどうっぷんが溜まっていたのだろう・・・。

私は、些か呆れて言うと、アキトはむっとした顔をしいる。

 

アキトは子供の虐待については、必要以上に攻撃を加える。

それが判っている私は、後一言を言って、沈黙しよう。

「早く逃げないと、お前殺人罪で捕まるぞ。」

銃声に引かれて、警察の声が聞こえてくると、流石に引き攣った笑いをして、一目散に駆け出す。

流石、逃げる足も疾風怒涛だ。

おっと、自己紹介をしておこう。

私の名は、サレナ。

アキトの相棒であり、腰に差してある剣だ。

 

―――2―――

ここは、コーブと言う小さい街で、水の都市ヴェネツィアに近い。

コーブには都市ヴェネツィアと、ユーの街とを往復する中間街として賑わっている。

また、この街の名物はオークだ。オーク饅頭、オーク煎餅、オークヘルム等が特産品である。

それは、オークの砦が近くにあるからで、辺りには傭兵が多い。

 

何故、こんな所にいるかと言うと、

アキトはヴェネツィアに銃の整備をして貰うために訪れたのだが、銃と言うものはオーダーメイドであり、非常に高価だ。

もちろん、整備も製作者が行わなくては危険で、その製作者がその都市の1,2位を争う程の腕前とあれば、整備費も馬鹿にならない。

ちょっと整備費が足りないので、依頼を受け入れると言う事で、銃の整備を了承してもらった。

 

アキトは、元傭兵で、SS級も夢じゃないと言うところで、突如傭兵ギルドを脱退した。

SSの座を蹴った傭兵として、アキトは有名であった。

ちなみに、傭兵ギルドとは、E級〜SS級まであり、SSは世界に10人程しかいない。

かつて剣聖とうたわれた人もが、傭兵ギルドではS級と言う事から、SSはかなり凄い報酬と名誉が付き纏っている。

故に、腕は確かだ。

依頼の内容は、ユーの街から万年杉を抜いてくると言う事で、

その木は軽くて丈夫で、しなやかと3拍子揃っていて、銃の素材には不可欠なのだ。

一日歩いて、夕日が暮れて来たので宿を探している。

アキトは東の空を見て、目をとめた。

「赤い・・・日の出か?」

「何を馬鹿な事を言っている。

今は夕方で、西に太陽があるだろ。」

アキトは駆け出していく。

またか・・・。でも、こいつの性格は嫌いじゃない。

 

一軒の家が燃えていて、周りには下級の魔物、オークが大量に発生していた。

「なんでこんな所に大量発生しているんだ。

傭兵はどうした。傭兵は!」

辺りには、下級のオークやラヴァリザードマンだけではなく、中級のサラマンダーの姿があった。

中級の魔物を相手にするにはB級の実力が必要だ。

地面の傭兵の姿をした死体の数がそれを物語っている。

やはりオークの駆逐で生計を立てている傭兵達には荷が重かったのであろう。

アキトは、サラマンダーと呼ばれる、炎の馬のような魔物の群れに突っ込んでいく。

黒き疾風の後には無数のオークの死体だけが横たわって行く。

「俺はサラマンダーを殺る。

他の奴らはオークを狙え!」

辺りには20のサラマンダーと、オーク50体が残っている。

アキトが20のサラマンダーを倒せるかどうかは、アキトの実力を知らぬ者から見れば

圧倒的に無理だと言うだろう。

しかし、アキトは数々の上級の眷属。

A級レベルでさえ、勝てるか判らないような相手と対等に渡り合ってきた。

中級など、物の数ではない。

 

黒き疾風は、馬の炎を揺らしつつ、首筋へ的確に斬撃を放つ。と、同時に飛び退く。

斬撃は、骨をも簡単に断ち切り首が落ち、そこから血ではなく炎が飛び散る。

数百度の炎なので、食らえば火傷以上の災難が待っているだろう。

炎が荒れくれる中を、縦横無尽に走り抜ける。

敵の攻撃は、いくら膂力があろうとも、当たらなければ意味がないのだ。

それに、スピードは物理的ダメージを膂力の二乗倍にする!

サラマンダーの前足をかいくぐり、一閃すると、サラマンダーは胴体ごと、真っ二つになり倒れる。

着地し、態勢が崩れた所へサラマンダーの後足が目の前に突き刺さる!

鈍い音と焼ける音と共に、家の壁をも壊す一撃は、信じられない事にサラマンダーの足を受け止め、

右隅でバランスを崩している傭兵が相手にしているオークに向かって投げつける。

目の前で潰れるオークと、首の骨が折れて絶命するサラマンダーを見ている傭兵をみて。

「危なかったな。油断していると死ぬぞ。」と不適な笑みを送る。

返事も待たずに、再びサラマンダーの群れへと突き進む。

10分程の戦闘で辺りは炎の音を残して静けさを取り戻す。

 

―――3―――

消防隊が駆けつけ、消化にあたる。

「しっかし、なんでこんな所にサラマンダーがいるんだ?」

「私は知らないぞ。」

やっぱり口をへの字に曲げて、剣に向かってガンを飛ばす。

「それより、おかしいと思わないのか?」

「何がだよ。」

「あそこの一角だけ、全然火が消えていないじゃないか。」

アキトが目をそちらへ向けると、確かに全く消える様子がない。

そして、次の瞬間、消防隊員の首が吹き飛ぶ。

アキトは私を手に取り、駆けつける。

首からは焼け焦げて傷口が塞がる程の高熱だ。

「普通の・・・火事じゃないよな?」

「当たり前だ。普通の火事で首が飛ぶのか?

!!!

アキト、気をつけろ。この魔気は今までのより、かなり強い。

赤眼の・・・」

「はっ?何て言っ!」

鋭き気配にその場を飛び退く。

この辺の感覚は野生の獣・・・いやそれ以上だ。

先程居た場所を、熱量数千度の熱風が吹きすさむ。

近くにいるだけで、肌が焼け焦げ、紙が燃え出すほどの熱風だ。

 

後ろの建物から、分厚いコートにマントをなびかせた男が現れる。

「いかがかね?私の炎の味は。」

近くに居た傭兵達は、恐怖の余り無謀にも剣や槍を持って立ち向かう。

「止めろ!」アキトは叫んだが、狂気に襲われて耳に届かない。

その男のコートと、男の肉を切り裂く剣、コートを突き刺し、後ろ側から抜ける槍。

それを見た傭兵達に、笑みが浮かぶ。

と、同時に一瞬にして灰になる。

コートの男は、体を突き刺されながら何事も無かったかのように立っている。

槍が勝手に引き抜けると、そこからは肉がうねるように盛り上がり、再生する。

「アキト、この再生スピードと魔気の強さ。

上級の魔物だ・・・しかも齢500年を超えた。」

上級の魔物は時を隔てるごとに、力と知恵を増す。

数千年生きるヴァンパイアは不死身であり、消滅させるにはラグナロクのような過去の武器が必要となる。

「ほう。その喋る剣とはラグナロクだな。

我が同胞の恨みは重いぞ。

我が名はヘルマスター。地獄の業火に焼かれて消えろ。」

ヘルマスターは右手をかざすと、そこから数千度の炎が飛び出てくる。

アキトはそれを一閃すると、炎が掻き消える。

数千度の炎を剣の風圧だけで叩ききったのだ!

「なんと、非常識な。」驚愕の声を上げるヘルマスター。

「ヘナチョコマスターだか、ヘンタイマスターだか知らないが、

名乗る必要なんてないんだぞ。どうせ、お前は死ぬからな。」

そう宣言すると、アキトはトップスピードに乗る。

今までオーク等をあしらってきた以上のスピードだ。

一瞬のうちに後ろに回りこむと、首筋めがけて剣撃を放つ。

上級の魔物と言えども、首へのダメージは楽観し出来ない。

ヘルマスターはそれを左の鉤爪で受け止める。

受け止められると、アキトは神速の3段斬りを心臓、胴、腰へと放つ。

胴から血が溢れ、よろめきながら、ヘルマスターは勝利を確信して右手をアキトの目の前へ置く。

その瞬間、アキトは剣を握った反対の方の手で腰のホルスターから銃を引き抜きヘルマスターの右手目掛けて発砲する。

ヘルマスターの右手が爆破し、アキトの顔が少し抉れるが、数千度の炎を食らわないだけマシな方だ。

右手の再生は直ぐ行われたが、やはりラグナロクによって傷つけられた

胴の修復は時間が掛かるようで、血が滴っている。

「おのれ・・・」

「それはもう聞き飽きた。お前も3流役者だな。」

挑発のように嘲笑するアキト。

それに応えるが如く接近してくるヘルマスター。

「だから3流って言われるんだよ。」

神速の突きはヘルマスターの顔面、喉、心臓を捕らえた。

「グアッ!」咆哮と共に灰になり燃え尽きる。

それがヘルマスター、赤眼の魔王の腹心の最後だった。

 

―――4―――

「アキト・・・私はお前に魔族との因縁の対立にお前を巻き込む事になりそうだ。

それも今までの下級や中級とは違う、上級による対立だ・・・。」

「気にするな。お前は俺の相棒であり、お前が必要だ。

ただ、それだけの事だろ?」

笑って、剣を小突いてくるアキトの顔には照れ笑いが浮かんでいる。

「やっぱり私はお前を相棒に選んで好かったよ。」少し小さな声で答える。

「ん?何か言ったか?」

「いや、なんでもない。

それより、早く依頼をこなして銃を直して貰うんだろ。」

「今日も野宿か・・・」

一人愚痴り街から出て行くアキト。

 

〜あとがき〜

はい。アキト君性格が全く違います。

まぁ、これは育てられた人の影響と言う事で・・・。

人間環境次第で変わるから・・・?