暖かい涙が、彼女の瞳からこぼれ落ちていく。

 強い子だと思っていた。

 支えてくれる人が多い子。 

 俺なんかがいなくても、大丈夫だと思っていた。

 だから俺は、この子に別れを告げた。

 あの闘いが終われば、二度と姿を現すつもりはなかった。

 完全な決別に、レシピを渡した。

 そのことが、彼女を追い詰めることも分かっていた。

 だが、必ず乗り越えてくれると、そう思っていた。

 「・・・・・・・すまなかった」

 大粒の涙が、俺の服を濡らしていく。

 「ごめん。ルリちゃん・・・・・・」

 俺の服に顔を押し付けて泣くルリちゃんを、俺は抱きしめることしかできなかった。

  

機動戦艦ナデシコ

「瞳に映る闘いの果て」 

第四話 「紅涙」




 朱色に染まる顔を隠すように、アキトの胸に顔を押し当てるルリ。  

 ルリは背中を優しく叩かれることに、心地よさを覚えながら、 擬音語にすると“ポンポン”と背中を叩かれる感じ・・・

 アキトの服を握り締め、抱きつく。

 「ルリちゃん・・・・・・」

 「しばらく・・・・・こうさせてください・・・・・・」

















 ラピスと食事をとっているエリナは機嫌が悪かった。   

 理由は、アキトがルリを連れて帰ってきたことである。というか大問題のような気がする 

 別名、単なる嫉妬ともいう。

 しかも現在、ユーチャリス内で二人きり。

 そして・・・・・そうした配慮ができる自分が、少し恨めしかった。

 アキトがユリカとルリ、ラピスを特別に思っていることは、知っている。

 だが、どうにも抑えられない感情というものは存在するのだ。

 「どうして、私は彼にとって“特別な存在”になれないのかしら・・・・・」

 「“彼”って・・・・・・誰?」

 魚の骨と格闘していたラピスは、エリナの呟きを聞き取った。

 「アキト君のことよ・・・・。まったく!」

 「アキトにとって・・・・・特別な存在?」

 「・・・・そうよ。艦長やルリちゃん、そして貴方が、アキト君にとっての特別な存在」

 「・・・・・私?」

 「アキト君は、貴方を特別に思っている。

 今一番、彼の近くにいられる存在は、貴方か、ルリちゃんくらいよ」

 「ルリ・・・・・・もう一人の私・・・・・」 

 「違うわ。アキト君も言っていたでしょう。

 ラピスはラピス。ルリちゃんはルリちゃん。

 少なくとも、私やアキト君は貴方をラピス・ラズリとして見ているわ」

 「・・・・・けど」

 「なら、アキト君の言うことを疑うの?」

 無言で首を横に振るラピス。

 「このエリナ・キンジョウ・ウォンの名に誓ってもいいわ。

 貴方はラピス・ラズリ。他の誰でもないわ」

 「うん」

 ラピスは小さく、しかし確実に笑っていた。  















 ユーチャリス、アキトの部屋。

 肩の傷も、大した傷ではなかった。

 治療も即座に終わり、ルリが置かれている現在の状況、

 そして、アキトの五感についての現状。

 全てを、語り終えたアキトに待っていたのは、ルリの涙。

 悲しかった。

 寂しかった。

 不安だった。

 彼女の口から、こぼれ落ちる言葉。

 三年間の寂しさと、墓地で再会してからの一年間の不安。

 静かな嗚咽。

 困惑と歓喜を秘めながら、アキトに抱きしめられていた。

 





















 一方、ネルガル本社にある、ネルガル会長室。地球に帰るの早!!

 電話の前で、アカツキは苦戦を強いられていた。

 「いや・・・・・・だから知らないって・・・・・」 

 《嘘です!ルリちゃんは何処ですか!?》

 アカツキを問い詰めるのは、統合宇宙軍准将、ミスマル・ユリカ。

 魂の名前は、テンカワ・ユリカ。

 (まったく・・・・テンカワ君が、ルリ君を連れて帰ってから、まだ数時間だというのに・・・)

 《何処ですか!?》

 「ルリ君も子供じゃないんだから・・・・・・ボーイフレンドの家に遊びに行ったとか・・・」

 《今日は健康診断の日で、帰りに一緒に遊びに行こう、って言ってたのに!

 何処に隠してるんですか!?アカツキさん!!》

 「いや・・・・・人の話を聞いてくれよ・・・・・」

 《分かりました・・・・・あくまで拒否するんですね。

 アキトの事は教えてくれないし、ルリちゃんの事も教えてくれないし・・・・》

 「・・・・だから、“アキト”って誰だい?」

 現在、アキトの記録は全て抹消されている。

 アキトに関する全ての記録、つまりナデシコA時代の記録も全て・・・・・。

 その為、アカツキは“テンカワ・アキト”という人物については、

 “知らない”の一点張りを強いられているのだ。

 《とぼけても無駄です!!データを消しても、アキトはいるの!》

 (まったく・・・・、相変わらず融通の利かない女性だ・・・・)

 アカツキは、ひらひらと手を振った。

 「とにかく、ネルガルは何も知らないよ・・・・ってもう切ってるよ・・」

 苦笑しながら、アカツキはコミュニケで、プロスペクターを呼び出した。

 「プロス君、“あれ”の建造状態はどうだい?」

 《はい、八割は完成といったとこでしょうか・・・・。

 しかし、会長。利益も無いのに、“あれ”を建造するとは・・・・・いやはや、会長も人が良いですな》

 再び苦笑しながら、アカツキは通信を切った。

 (人が良い・・・・・か・・・・。親父には、縁の無い言葉だったな) 





















 

 ミスマル・ユリカ。

 統合宇宙軍、准将。

 元、ナデシコA艦長。

 蜥蜴戦争終結後、軍に復帰。

 旅行中、火星の後継者に誘拐。

 人間翻訳機として、火星の遺跡と融合させられる。

 その後、ナデシコCの活躍により、救出。

 人体実験を施された様子も無く、無事、軍に復帰。

 その優秀な成績、ナデシコAによる功績などから、准将に抜擢される。

 現在、ナデシコC提督として、活躍中。



  

 これが、ミスマル・ユリカの経歴。

 この中に“テンカワ・アキト”の文字は無かった。

 結婚も、新婚旅行のことも、何も書かれていなかった。

 幻。

 テンカワ・アキトという人物は“幻”になっていた。





















 ユーチャリス、ブリッジ。

 アキトとルリ、ラピスにエリナ、そしてアカツキによって会談が開かれていた。

 お題は“ホシノ・ルリの今後について”。

 「で・・・・・・これから、どうします?」 

 《いや、それはこっちの台詞なんだけど・・・・・・・・・》    

 ルリの問いに、呆れ顔で答えたのはアカツキ・ナガレ。

 ちなみに、アカツキは地球から、コミュニケによる通信である。

 「う〜ん・・・・・難しいわね」 

 「ルリちゃんを帰したら・・・・どうなると思う?アカツキ・・・・」

 《また、同じ事態が起こるだろうね。今度は助けられるとは限らないよ》

 上から、エリナ、アキト、アカツキ。

 皆、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、うなっていた。

 「・・・・とはいえ、帰らなかったら、帰らなかったで問題はあるんですけど・・・」

 ルリの意見に一同、再び、うなる。

 「・・・・・・ルリの記録の抹消、できないこともないよ」

 「それは、無理ね。彼女は有名すぎるわ。アキト君と同じことはできないわ」

 ラピスの意見は、エリナによって簡単に却下される。

 《人の記憶は、簡単には消せないからね・・・・。そこが、記憶と記録の違いなんだけど・・・》

 「消せないから、記憶なんです」

 アカツキの呟きに答えるルリ。

 「・・・・じゃあ、このまま帰すの?」 “ラピス”

 「それしか、無いわね・・・・・」 “エリナ”

 《でも、生命の保証はできないよ・・・・》 “アカツキ”

 「ルリちゃんが危険にさらされるのは、反対だ」 “アキト”

 《ここは、やっぱりルリ君に決めてもらおうか・・・・・・》 “アカツキ”

 「それが、ベストね」 “エリナ”

 「・・・・・ルリが・・・決めたらいい・・・・私もそう思う・・・」 “ラピス”

 「・・・・・ルリちゃん。君は、どうする?」 “アキト”

 「・・・・・・私は・・・・」 “ルリ”

 ルリの一言が放たれた瞬間。

 運命の歯車は、ゆっくりと回り始めた。

 誰にも、分からないほど、ゆっくりと、回り始めた。

 「私は・・・・・・・・・・幻となります」 













 

 あとがき 

 どうも、代理人日記と管理人日記を、間違えていたT氏です。 おまけにBenさんに指摘されるまで気がつかなかった・・・。

 なんだか、状況や場所が飛びすぎて、読みづらくなっているような気がします。

 分かりにくかった方々には、陳謝させていただきます。

 そして、前回の第三話でも分かりづらい部分があったようです。

 代理人様や読者の方々。崎守が北辰の弟子ではなく、神代が北辰の弟子です。

 書き方が不十分であったこと、まことに申し訳ございません。

 この場を借り、お詫び申し上げます。

 話はいきなり変わりますが、

 ルリがアキトについていくのは、前回のあとがきで、ばらしてしまったことに今更、気がつきました。(汗)

 ・・・・・・・・まあ、いっか。(ヲイ)

 とりあえず、身辺整理というか、話の方向性をまとめ上げました。 

 ここから、物語が走り始めます。(前回もそんなことを言ったような・・・・)

 それでは最後になりましたが、Sakanaさん。ご感想ありがとうございました。

 諸事情によって、更新ペースが落ちましたが、

 これから、更新ペースを元に戻し、頑張って執筆させて頂きます。

 では、皆様。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 また、お会いいたしましょう。

 諸事情=桃色の破壊神さまの攻撃

 

 

 

代理人の感想

更新ペース・・・難しい所ですよね。

こだわり過ぎると質を落とすし、余り気にしないと果てしなく筆が遅くなるし。←それは私

と、言うわけで程々に頑張って下さいね(笑)。