機動戦艦ナデシコ

「瞳に映る闘いの果て」 

第六話 「永久不変」







 

 ユーチャリス、ブリッジ。

 そこには、瑠璃色の髪を持つ女の子がいた。



 ピーピー


  

 通信が入った音がユーチャリスのブリッジに、こだまする。

 《テンカワ君、例の“アレ”完成したよ》 

 通信してきた人物は、アカツキ・ナガレ。

 「アキトさんは今、健康診断に出てますが・・・・・・」

 《ああ、そうか・・・・。じゃあ、〔“アレ”が完成した〕、と伝えておいてくれないかい?》

 「“アレ”ってなんですか?」 

 《うん?聞いてないのかい?》

 「・・・・・はい」

 《う〜ん。説明は本来、性分じゃないんだが・・・・・・

 まあ、いいや。“アレ”は、ネルガルが新船艦として考えている戦艦さ》

 性分じゃないと言いつつも、どこか楽しげなアカツキ。

 《ドッグ艦コスモスを、巨大化させた戦艦さ。

 ナデシコCの能力に、コスモスの強さ。更には自給自足まで可能。

 ユーチャリスを格納することも可能さ。

 その名も、コロニー戦艦スターチス!

 将来的には、太陽圏外への遠征などに使われる予定。

 で、スターチスはその実験艦。分かった?》

 「はぁ・・・・で、アキトさんに、その戦艦のテストをしろと?」 

 《いやいや、テンカワ君の母艦となるのさ》

 「は?」

 一瞬、間抜けた返事を返してしまうルリ。

 《スターチスは、どんな敵が来ても、彼や君達の身を守る鎧となるのさ》 

 「・・・・ネルガルにメリットは?」

 《はっきり言って、戦艦1隻を与えて、おつりが来るほどのメリットは無いよ。

 あるとしたら、スターチスの実験データかな・・・・。

 ま。いままで利用してきた罪滅ぼしだと思って貰ってくれたまえ。じゃ!》 

 そう言って、一方的に通信を切るアカツキ。

 「・・・・・・・スターチス・・・」

 ポツリと呟いたルリの言葉は、誰にも聞かれること無く霧散した。
















 

 同時刻。

 月ドッグ、イネスの秘密ラボ。

 「・・・・大丈夫のようね。後遺症も出てないし」

 「そうか」

 イネスと、アキト。

 普通の診療室のような風貌をしているイネスの診療室。 ホワイトボードさえ、無ければ・・・。

 カルテに目を通し、再びアキトへと向き直る。

 「ラピスのリンクは・・・・・」

 「切らないでおいてくれ。ラピスの意思でもある」

 「分かったわ」

 「じゃあ、ドクター。俺はもう行く」

 「・・・・・・そう」

 何処か、名残惜しそうなイネスの様子にも気がつかないアキトは、ゆっくりとした歩調でラボを後にした。
















 

 同時刻、ネルガル月ドッグ。

 エリナの私室。

 両手を組み、眉間にしわをよせている女性がいた。

 「はあぁぁ〜〜」 

 エリナは、ため息を吐きながら思いにふけっていた。

 (もうネルガルも、どうでも良くなってきたな〜。

 アキト君と、過ごした日々に戻れるなら・・・・・私は、なんでもするのに。

 もう一度、最初から出会って、やり直したい・・・・・)

 「ふっ」

 エリナは、自分の考えに失笑した。

 (私らしくない。何を馬鹿なことを考えて・・・・・・・)

 【馬鹿なこと?】

 その時、唐突に響く、男の声。 

 「えっ?」

 辺りを見回したが、誰もいない。

 【不可能でもないさ】

 「だっ、誰よ!?」

 声が直接、心に入り込んでくる。

 【もう一度、やり直そう】

 「誰?誰なのよ!?」

 半狂乱になって、叫ぶエリナ。

 だが、そんなことは、お構いなしに語り続ける男。

 【アキトと、やり直したいのだろう。なら、望み通りにさせてやろう】

 「誰か?誰かいないの!?」

 周囲に助けを求めるエリナ。

 しかし、何故か人一人すら、来ない。

 【ユリカとも結婚することなく、ルリと暮らすことなく、ラピスと出会うことも無い。

 アキトと共に生きる道を指し示してやろう】

 「いらないわよ!私は、自分が手にしたいものは、自分で手に入れるわ!!」

 【どうやって?アキトの心には、ユリカやルリ、ラピスで満たされている。

 もう、どんなことをしても、アキトはお前には振り向かないぞ】

 「そんな・・・・そんなこと、私は望んでいない!」

 【どうかな?あの三年間、何も知らなかった者達が愛されて、

 あの三年間を支え続けたお前が、良いように扱われている・・・・・・悔しくないのか?】

 「そ・・・・それは・・・・」

 【全てが無かったことにしてやろう】

 フツフツと湧き出てくる、全てのものに対する負の感情。 

 (何故、こんなにイラつくの?)

 心に染まリ始める黒い感情。

 (駄目!! 何!? これは!?)

 【我が名は、イルルヤンカシュ。

 貴様がたった一つ。我々の頼みを聞けば、過去へと戻してやろう】

 (駄目!心が何かに押しつぶされる!?)

 【それは・・・・・・・】

 「それは?」

 謎の声が呟いた言葉を、エリナは満面の笑みで返した。

 「いいわよ。それくらい」

 エリナの心は、黒い心で押しつぶされた。











 

 ラピスは、ユーチャリスへと向かっていた。

 だがその途中、ラピスは一人の女性を見つけた。 

 「・・・・エリナ?」

 向こうも、ラピスに気づいたらしく、ゆっくり近寄ってくる。

 「ラピス・・・・・」

 弱弱しい口調に、ラピスは不安を覚えた。

 普段のエリナらしくない動き、

 彼女の瞳には何も映っていないように見えた。

 「・・・・・エリナ?どうしウッ!!」

 ゆっくりと、床に紅い水が落ちていく。

 ラピスの腹部には、小さなナイフが突き立っていた。

「!!」

 ラピスは、悲鳴になっていない悲鳴を上げた。











 

 「ラピス!!」

 先にユーチャリスに戻っていたアキトは、

 リンクを伝って、ラピスの異常を感知した。

 「どうしたんです!?アキトさん!」

 ルリが声をかけた時、既にアキトは視界から消えていた。

 [ラピス!ラピス!!どうしたラピス!!]

 リンクを伝って、問い掛けるアキト。

 だが、返ってきた返事に力は無い。

 [ア・・・キ・・・ト、・・・・エリ・・・・ナが]

 [分かった!もう少しの辛抱だ!!今何処だ!!]

 [ユー・・・・・チャリ・・・・スの前]

 「分かった!」

 そして、アキトがユーチャリスを出た瞬間、

 血染めのナイフを持ったエリナが立っていた。

 

 「エ・・・エリナ?」

 「アキト君・・・・こうしなければ・・・私は貴方と・・・」

 中空を見つめた瞳。

 エリナが正気でないことに気づくアキト。

 「ゴプッ!」

 ラピスの血を吐く音で、アキトは我に帰る。

 エリナを牽制しながら、ラピスに近づいていく。

 「ラピス!」

 アキトはしゃがみこみ、ラピスを抱き起こす。

 「・・・・・エ・・リナ・・・しょ・・う・・きじゃない」

 「分かってる!喋るなラピス。しばらくの辛抱だ!」

 腹部に、持ち合わせのハンカチを押し当て、手当てをしようとする。

 その時、エリナが口を開いた。

 「アキト君、私ね。奴にこう言われたの。

 “妖精を殺したら、やり直させてくれる”って・・・・・」

 「エリナ!?正気に戻れ!!」

 腹部から滴る血を、止めようとするアキトをあざ笑うエリナ。

 「やり直しましょう・・・・私と、二人でラーメン屋をして・・・・」

 アキトはコミュニケを使って、非常事態を知らせる。

 「シークレットサービス!出て来い!!」

 《どうしました?テンカワさん》

 出てきたのは、プロスペクター。

 (ありがたい)

 自分が最も信頼している仲間が、出てきたことに安堵するアキト。

 「エリナがおかしい!ラピスも刺された!医療班を頼む!!」

 《分かりました。すぐ向かいます》

 事態を重く見たプロスペクターは、急いで連絡をとっている。

 「アキト君・・・・やり直しましょう・・・・」

 (くっ、誰だ?エリナをこんなのにした奴は・・・・)

 「アキト君・・・・・・・・・だから、どいて!!」

 ナイフを正面に持ち、ラピス目掛けて突進するエリナ。

 アキトはエリナの手首を掴んで、捻る。

 「うっ!」

 エリナは所詮、訓練されていない者。

 アキトは易々とエリナの攻撃を受け止め、ナイフを叩き落とした。

 次の瞬間、アキトはエリナの首筋に手刀をきめ、気絶させた。

 「テンカワさん!!」

 プロスペクターがネルガル医療班をつれて来た。

 ラピスはすぐさま、治療室へと運ばれていく。 



 「・・・・・エリナ・・・・何故?」

 「テンカワさん・・・・一体、何が?」 

 「俺にも・・・さっぱり」 

 その時だった。

 一瞬の気配。

 常人なら、分からなかったであろう気配をアキトとプロスペクターは察知した。

 「誰だ!?」

 アキトの叫び。

 先ほど、エリナが見つめていた中空。

 そこには何もないように見えたが、アキトたちは、はっきりと気配を感じ取っていた。

 「出て来い!!」

 【せっかちだな。テンカワ・アキト】

 直接、心に響き渡る声。

 「貴様が・・・・エリナや、ラピスを!」

 プロスペクターですら、ゾクリとする殺気を放つアキト。

 「姿を見せろ!!」

 【ふっ】

 一笑する声が、心に響いた瞬間、中空に緑色の光が収束し始めた。

 そして、緑色の幽霊のような男が現れる。

 はっきりと顔は見えないが、20代くらいの、短い髪をした男だ。

 【我が名はイルルヤンカシュ。汝らが、古代火星人と呼ぶ者よ】

 「古代火星人?」 

 【エリナ・・・・あの女を殺せ、ホシノ・ルリを!】

 「させますか!」

 ドズゥゥン

 プロスペクターが拳銃を発射するが、弾はイルルヤンカシュの体を通り抜ける。

 【無駄だ・・・・・我に実体はない】

 「ならば!」

 イルルヤンカシュに掴みかかるプロスペクター。

 しかし、その手はイルルヤンカシュを通り抜け、空を切った。

 【物分りが悪いな・・・・・】

 (平常心が保てなくなってる?)

 プロスペクターは心の中で呟き、冷静に事態の把握をしていこうとする。

 (こいつのせいで、エリナさんはおかしくなった。それは間違いありませんな)

 考え込むプロスペクターの隣では、アキトが何かに気づいたような仕草をとった。

 「くっくっく、そうか・・・・・その為の」

 邪笑しながら、アキトはヘムロックを抜き、放つ。 

 ヘムロックの蒼い光が、イルルヤンカシュの腹部を弾き飛ばした。

 【ぎゃぁぁああああああ!!!!!!】

 心に直接、流れ込んでくる絶叫。

 「死ね!」

 アキト、再び引き金を絞る・・・・・が、そこには、もうイルルヤンカシュはいなかった。

 「ちっ、何処に行った!?」

 「テンカワさん。奴のことも気になりますが、今はラピスさんとエリナさんを・・・・・・・」

 ふと、プロスペクターがエリナを一瞥したとき、

 エリナの姿は無かった。


 「なっ・・・・・・・・、・・・・ルリちゃん!」

 《はい?なんですか?アキトさん》

 「ネルガル月ドッグ、全通路を緊急閉鎖!」

 《えっ・・・あ・・はい!》

 「それが終わったら、エリナを探してくれ!大至急だ!」

 《はい!》

 通信回線を繋いだ状態で、駆け出すアキト。

 通路は次々と閉鎖されていく。

 《通路閉鎖完了。エリナさんの反応は、月ドッグ内からは発見できません》

 「何?」

 《その代わり、ボース粒子を確認。ボソンジャンプしたものだと思われます》

 「何処で!?」

 《アキトさんたちがいる所で、微弱ながら》

 「・・・・エリナがジャンプを?」

 「エリナさんはジャンパー手術を受けてはおりませんが・・・・」

 《・・・・・・・ネルガル月ドッグに異常なし・・・》

 「分かった。ありがとうルリちゃん・・・・・閉鎖を解いてくれ」

 《了解しました》

 閉鎖が解かれていくネルガル月ドッグ。

 「ちっ、エリナ・・・・一体何処へ・・・」

 アキトが壁に視線を向けると、文字が書かれていた。



 “エリナ・キンジョウ・ウォンを助けたければ、遺跡に来るがいい”

 

 ラピスの紅い血で。
























 あとがき

 こんにちは、T氏です。

 さっそくですが、近況報告。 

 私が、前回“Kanon小説”を書いた、と言っていたのですが、

 なんと、あの“柊 翔華”さんの“White Wind”に載せて頂くことになりました。

 こんな作者の駄文を読みたい!という善人な方は、

 Benさんの投稿作品の中から、“柊 翔華”さんの“White Wind”へ行くことが出来ますので、そちらをお読みください。

 いきなり話は変わりますが、題名「永久不変」はスターチスの花言葉です。

 それでは最後になりましたが、柊 翔華さん。ご感想ありがとうございました。

 頑張って執筆させて頂きますね。

 では、皆様。未熟者の作品を読んで頂きありがとうございました。またお会いしましょう。

尊敬している方 「T氏さんもダークだと思いますよ」 (一部省略)

・・・・・・・・・・・マジですか? (実話である)

 

 

代理人の感想

コロニー戦艦って……工業生産力も保有してるんでしょうか?

スターチスごと過去に戻るとしたらとんでもないことになりそうですね。