紫電〜異なる時の流れにて
第2話 シドウ ユウ
ナデシコに帰艦した俺達を、整備班の人達の歓声が待っていた。
・・・もっとも、その歓声の全てはユウさんに対してのものみたいだが。
「本物の紫電なのか!?」
「偽者でもかまわん!!あんな美人がいるだけで万事オッケーだ!!」
「「「「その通り!!」」」」
「・・・心配しなくても本物よ。」
苦笑しながらそう答え、ユウさんはアサルトピットから飛び降りた。
その肩には紫のコートを羽織っている。
『前』よりも遥かに良く見えるようになった俺の目は、
そのコートが俺が『闇の王子』だった時に着ていたマントと同じ材質だということを見抜いていた。
・・・防刃防弾仕様の『物騒』なコートだということを。
「これからよろしくお願いするわね。」
「「「「よろしくお願いされました!!!」」」」
整備班のこのノリも相変わらずだな。本当にここ、俺達のいた世界とは別世界なのか?
・・・それとも、整備班がこういうノリだってのは、世界を超えた不変の法則なのか?
そんなことを考えてると向こうからプロスさんがやって来た。
「シドウさん、テンカワさん、ご苦労様です。
いやはや、お二人のおかげでこのナデシコを失うという大損害を免れることが出来ました。」
「私の場合はそれが仕事だからね。感謝の気持ちは給料払う際にまとめて表してくれればそれで良いわ。」
「それは言わずもがなです。
わが社は常日頃から従業員の皆様に感謝の意をたっぷりとこめて給料をお支払い致しております。」
「・・・そう来るわけね。
まあ初めから期待はしてないけどね。給料払うのが貴方なんだから。」
「おや、何を期待していたのですか? ・・・それはともかくテンカワさん、エステバリスの無断使用の件なのですが・・・」
「すみません。勝手に使ってしまいまして。」
「確かに兵器の無断使用は本来なら重罪ですが、ここは軍ではありませんし、
なにより、あの状況でテンカワさんに出撃していただかなければナデシコそのものが危険だったわけですので。
それに、艦長もテンカワさんの出撃を承認していたわけですし、今回のことはお咎めなしという事になりました。」
「あ、そうですか。どうもすみません。」
「ところでテンカワさん、もう1つお話があるのですが・・・」
そう言いながらプロスさんは懐から契約書を取り出した。
・・・多分、懐だ。手元がまるで見えなかったから確信は持てんが。
さっきの戦闘で動体視力は『あの頃』のままだということは確認したから、間違いなくプロスさんの手が速いのだろう。
この人の凄さも相変わらずか。
「現在このナデシコにおいて満足に働けるパイロットはシドウさんお1人です。
ですがまた今回のように突発的な事態が起こり、シドウさんお1人では対処しきれない場合が御座います。
そういうわけでして、テンカワさんにパイロットに転向するおつもりはありませんか?
先ほどの腕前でしたら充分やっていけると思いますが。」
やはり来たな。しかも今回はコックとの掛け持ちではなく転向。つまり正式なパイロットにならないかという話か。
・・・やはりユウさんの言った通り目を着けられたようだ。
さて、どうする?
「充分やっていける?とんでもない!!才能と度胸は認めるけど、一人前には程遠いわね!!」
横にいたユウさんが口を挟んできた。・・・そういえば『才能』ということにしてくれると言っていたな。
「しかしシドウさん。現在パイロットが不足しているのも事実でして・・・」
「それは認めるわ。だから『パイロット見習い』ということなら私も異存ないわ。」
「『パイロット見習い』ですか?」
「そう!この私の特別訓練メニューをこなして初めて正式なパイロットになる。これなら文句は言わないわ。」
「ふむ、成る程。それではテンカワさん。パイロット見習いになるという話は引き受けて下さいませんか?」
「・・・コックとの兼業でよければ。」
自然とその言葉が出た。それに対し、プロスさんとユウさんは揃って顔を顰めた。
「コックとパイロット、体力勝負の仕事を同時に2つもやりたいだなんて正気?・・・まあ、貴方の勝手だけど。」
「テンカワさんがそれで良いと仰るのでしたらこちらとしては構いません。
それでは契約書を作り直しますので暫く待っていてください。」
そう言ってプロスさんは格納庫を出て行った。
「今日は色々ありがとう御座いました。」
暫くしてから俺はユウさんに話しかけた。勿論周りには聞かれないように小声でだ。
「別に良いわよ、私の趣味でやったようなもんだし。それに下心も有るしね。」
ユウさんも小声で返してきた。・・・下心が無いとは思っていなかったが、それを自分から言うとはな。
「ところで1つ質問なんですが、何故パイロット見習いなんです?」 「高い戦闘力を『ただのコック』が持ってるのは変だけど、『私にしごかれたコック』が持ってるのは自然でしょ?」 確かに彼女程の腕前の持ち主にしごかれたのなら、こちらもかなりの腕前になりそうだ。
「・・・私も1つ訊きたいんだけど、何故コックとの兼業にしたの?」
何故か。さっきは自然に兼業にしたいという言葉が出た。それはやはり・・・
「・・・好きだから、なんでしょうね。」
「・・・『失った夢よもう一度』ってところかしら?」
「!?」
「図星のようね。・・・さっきも言ったけど貴方は『ただのコック』が持つにしては不自然な戦闘力を持ってる。
つまり、貴方にはコックではなかった過去がある。
そこから、『足を洗って』からコックを目指したか、コックを目指していたけどこの世界に『足を踏み入れた』か、
そのどっちかということになるんだけど・・・今貴方が見せた顔が『昔を懐かしむ』顔だったから。」
この人、洞察力もかなりの物だ。・・・伊達に傭兵集団のトップはやってないということか。
流石に俺が『異邦人』だということはばれないだろうが、少し注意する必要はあるか?
「でも、コックが好きならなんでパイロット見習いを引き受けたの?そっちを断るって選択肢もあったのに。」
「ユウさん1人じゃきついでしょう?それに・・・守りたいものがあるんです。」
「守りたいもの?」
「それが何かは言えません。ですが、それはこのナデシコにあるものです。だから俺はこの艦を守りたい。」
正確には『俺達のいた世界』でのナデシコだが。
だが、この艦にいる『あの人達』を思い起こさせる人達を守りたいとも思っている。
・・・代償行為という奴なのかも知れないが。
「そう。個人的には残念ね。」
「・・・残念?」
「金のためだとか、戦うのが好きだって言うなら本気でスカウトしようかなと思ってたんだけどね。
貴方の事気に入ってたのに。ほんと残念。
・・・とは言え、私がナデシコに乗ってる間は貴方は私の部下なのよね?
何年ブランクあったか知らないけど、そのいかにも非力そうな体、たっっっぷりと鍛えてあげなきゃね。ふふふ・・・」
非力な体・・・確かに『黒の王子』だったころとは比べ物にならないほど今の俺の体は非力だ。
ユウさんに言われるまでもなく、早急にこの体を鍛え直さなければと思っていたところだ。
だから、この時のユウさんの提案は『渡りに舟』といったところなのだろうが・・・
その獲物を見つけた肉食獣のような目は何なんですか?すっごく怖いんですけど。
「・・・お手柔らかにお願いします。」
「お手柔らかに、ね。ええ分かったわ。お手柔らかにしてあげるわ。ふふふふふ・・・」
目が益々危なくなってる・・・大丈夫かな?俺。
「お待たせしました。テンカワさん、こちらが契約書です。」
そう言いながらプロスさんが帰ってきた。・・・瞬間、これ幸いという考えが頭に浮かんだ
そして俺は契約書にサインをすると、
「じゃあ、俺はこれから食堂のほうに挨拶に行きますんで!!」
そう言って俺は格納庫を出て行った。・・・勿論駆け足でだ。
「コックとしての勤務スケジュールが決まったら連絡しなさい!!訓練のスケジュール立てるから!!」
という、ユウさんの言葉を聞きながら。
どうやら向こうの用事は済んだようだな。なら、
「おーい、ユウさん!!ちょいと来てくれねえか!?」
「分かったわ。すぐ行く!!」
そう言ってユウさんはプロスさんと何か話した後、こっちにやってきた。
「お待たせ。ウリバタケ整備班長。」
「そんな堅苦しい呼び方しないでくれ。呼び捨てでいいぜ。」
「じゃあ、セイヤ。何が訊きたいのかしら?」
・・・いきなり下の名前かよ。
「どうかした?」
どうかしたって・・・確かに呼び捨てでも良いって言ったがよ。・・・まあ、良いか。
「いや、なんでもねえ。それよりも、この機体・・・」
「紫龍(しりゅう)よ。紫の龍と書いて紫龍。ネルガルから前金代わりに貰ったエステを基にした試作機よ。」
「紫龍って言うのかこいつ。・・・でな、まずはこの紫龍の動力機関について訊きてえんだ。
重力波エネルギー供給システムの範囲外から飛んで来たってことは別にあるんだろ?」
「そもそも重力波エネルギー供給システム自体無いわ。紫龍の主動力源は小型相転移エンジンよ。」
「ぬ、ぬぁあにぃぃいい!?」
相転移エンジン自体、地球側ではこのナデシコが初めて搭載したものだ。
それを機動兵器サイズにまで小型化しているだと!?
Sechs Farben
の技術力は軍の上を行くって話は良く聞くが、まさかここまでとはな。
「バッタに使われてる相転移エンジンを拾って、うちの技術部が解析、改良したのよ。
・・・高性能でサンプルには不自由しない、理想的な研究対象だって技術部には『好評』だったわね。」
そう言いながらユウさんはまるで嫌な事を思い出したかのように顔を顰めた。
まあ、確かに何かに熱中してる人間ってのは傍から見ると引いちまうもんだからな。
そこに漢のロマンがあるって言っても部外者には通じねえし。
「・・・しかしあの加速度はどう考えてもバッタの比じゃねえぞ。一体どんな改良を加えたんだ?」
「ああ、それはFDFCSの力が大きいわね。」
「FDFCS?」
「Flexible Distortion Field Control System
(自由自在歪曲場制御機構)、略してFDFCSよ。
その名の通りパイロットの意思によってディストーションフィールドの収束、拡散等を自由に制御できるシステムよ。
ただし、パイロットがイメージしないとディストーションフィールドの展開すらされないという欠点があるけど。
こいつの働きで収束されたディストーションフィールドによる反発力を推進力に変えるというわけ。
これ以上細かく説明すると長くなるからそれは後で良いかしら?」
ディストーションフィールドにそんな使い方があったとはな。
是非とももっと詳しい話を訊いてみてえが、こっちも他にも訊きたい事があるしな。
「わかった、そいつは後の楽しみにするぜ。で、次にこのフレームだがよ、ベースは陸戦だよな?」
「ええそうよ。陸戦フレームをベースに重力下、無重力下兼用のバーニアを取り付けたの。
結果、陸戦フレーム並の装甲、空戦フレーム以上の機動性、宇宙空間での可動性を併せ持たせる事に成功したわ。
その分燃費は悪いしバランスもかなり偏っちゃったんだけど、動力源の組み込みとFDFCSで解決してるわ。
あと他にも、両腕に最高100万ボルトの可変電圧源を内蔵、通信策敵能力の強化等々、色々と改造してあるわね。」
動力源の組み込み、地上戦、宇宙戦どちらにも対応、両腕に追加武装、つまりは・・・
「接近戦主体の単独戦闘も可能な全天候型か。・・・なんかエステの特徴の反対いってる改造だな。」
「設備の整っていない状況での使用を前提にしているから。」
「この艦を降りた後も使えるように、ってことか。・・・じゃあ最後に武装についてだがよ。」
「この銃は『龍牙(りゅうが)』、FDFCSによってフィールドを銃口内に収束して発射する銃よ。
この銃自体にもFDFCSが組み込まれているから普通のエステバリスでも使えるけど、
紫龍のように機体の方にもFDFCSがないと威力は大分落ちちゃうわね。
刀のほうは『龍爪(りゅうそう)』、こちらは見ての通り日本刀を参考にしているの。
私が日本刀を使うってのもあるんだけど、純粋に切れ味を求めた結果この形に落ち着いたわ。
後は、さっきも言ったけど両腕に電圧源が仕込んであるわ。」
「数こそ少ねえが他では見られない物ばかりだな。
特にこの銃、あれで威力が落ちてるだと?ラピッドライフルよりよっぽど強力だったぜ。
しかも弾丸はディストーションフィールドそのもの!!つまりは弾切れなしってわけか。凄えなこりゃ。」
「折角褒めてくれたところ悪いんだけど、これ正直言って欠陥品なのよ。」
「欠陥品!?あれでか!?」
「貫通力はあるんだけど、撃ってる間はフィールドが薄くなって防御力が低下するのよ。」
「まあ、鎧を削って弾にするようなもんだからな・・・ん!?待てよ!!テンカワの奴こいつを連射してたよな?」
「・・・一応言ってはおいたけどね。まあ回避はやたら上手そうだったし。」
「・・・確かにこいつは改良の必要があるな。間違っても素人に持たせて良いもんじゃねえ!!」
俺は少しユウさんを睨みながら言った。
「あはは、まあよろしくね。」
それに対しユウさんは乾いた笑い声で返してきた。
「あいよ。・・・で、次にこの刀だけどよ・・・」
材質が特殊なことを除けば巨大なだけの日本刀と言っていいだろう。だが、この造り・・・
「・・・こいつ、もしかして『村正』か?」
「あら、当たりよ。これを参考にして造ったのよ。」
そう言いながらユウさんはコートの下から鞘に納めた刀を取り出した。
「これが紫電の愛刀か。・・・抜いてみてくれねえか?」
「良いわよ。・・・ただし覚悟はしておいてね。」
覚悟?いくら妖刀として有名な『村正』だからって、まさか本当に抜くと人を斬りたくなるってことはねえだろうに。
そう思いながら俺は目の前の刀を見ていた。
・・・ユウさんが覚悟を求めた理由を、俺は刀の鯉口が切られた瞬間に知ることになる。
「!!?」
息が止まりそうになるほどの圧迫感!!・・・ユウさんが鯉口を切った瞬間に俺を襲ったものだ。
蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が一番的を得ているだろう。
刀が完全に抜かれたときには、今にもこの刀に喰われると錯覚さえした。
良く見ると周りの連中も冷や汗を流しながらこっちを見ている。その顔は皆一様に凍りついている。
「・・・成る程、本物の妖刀ってわけか?」
なんとか俺が口に出せた言葉がそれだった。その言葉を聞くと、ユウさんはその刀を鞘にしまった。
その瞬間俺を、いや、俺達を襲っていた『恐怖』という圧迫感は消え去った。
「銘は『万魂喰(よろずたまくらい)』。
その名の通り数多の人間の魂を喰らい、なお更なる贄を求める・・・なんて『村正』にはお約束の伝承がある刀よ。
とはいえ、さっきみたく殺気は放つは、2、30人位まとめて斬っても斬れ味は落ちないは、何か憑いてるのは確かね。」
斬った事あるんかい!?
・・・そりゃ傭兵だから人殺したことはあって当然だがよ、1人が1度に何十人も生身で殺すってのはちょいと凄えぜ。
なんせ今や機動兵器に乗って戦争をする時代。ゲリラですら生身の白兵戦なんて滅多にやりゃしねえ。
それでも全く無いってわけじゃねえが、何十人も1人で殺せるほどの大規模なものとなるとまず無い。
・・・相手を殆ど1人で殺すってなら話は別だがよ。
「それにしても刀の目利きが出来るとは思わなかったわ。」
ユウさんが感心したような声を出した。まあ普通整備士が刀の目利きなんざ出来るわけねえな。
「機動兵器用の格闘戦用武装の研究ってのやったことがあってな、その時日本刀についてもちょいと勉強した。
・・・結局機動兵器で格闘戦をやること自体あまりねえってんでやめちまったがな。」
「あらそう?うちの第1小隊の連中には刃物好きがざらなんだけど。隊長からしてそうだし。」
そういや聞いたことがあるな。大鎌を振るう傭兵の話を。
「あのころは Sechs Farben
もそんなに有名じゃなかったからな。
・・・ところでよ、結局こいつの整備はどういう具合にすりゃ良いんだ?」
「まあ、動力機関とソフトウェア以外は自由にやってもらってかまわないわよ。
動力とソフトに手を付けたいときは私に相談してね。
・・・あと、改良できそうな点があったら言ってくれる?これまだまだ造り込みが甘いし。」
造り込みが甘い、か。確かにざっと見ただけでも調整が完全じゃないところがいくつかある。
「じゃあ早速なんだけどよ、このバーニアの位置なんだが・・・」
「どれどれ?」
これ程の機体をこれ程の美人に任されたんだ。これでやる気が起きなけりゃ男じゃねえ!!
食堂での挨拶を済ませた俺は、試験として炒飯を作った。結果は、
「中華はあんたに任せるよ。」
とのホウメイさんの言葉だった。
3年以上のブランクがありながら料理を忘れていなかったとは、余程俺は料理が好きだったんだな。
その事をこんな形で確認するとは夢にも思わなかったが。
その後、勤務スケジュールを決め、その事をコミュニケでユウさんに伝えると、
「じゃあ、1時間後にトレーニングルームに来なさい。早速始めるから。」
との事だった。・・・目付きは相変わらず肉食獣のそれだった。
その後俺はブリッジへと赴き、ルリちゃんと会った。
そこで俺達はこの世界の情報を整理し、これからの事を話すことにした。
「ネットで『Sechs Farben
』、『シドウ ユウ』、『紫電』というキーワードで検索した結果かなりの数のヒットがありました。
どうやら本当に子供でも知っている存在みたいですね。」
そう言いながらルリちゃんは空中に検索結果の表示されたウィンドウを出す。
・・・『シドウ ユウ』だけで5000件近くあるな。
「かなりの有名人というわけか。だとすると、やはりある程度のことは知っていないとまずいな。」
「ええ。それで Sechs Farben
に関する基礎知識というものをまとめてみました。
まず、Sechs Farben
と言う名前、これはドイツ語で『6つの色』と言う意味ですが、
それは幹部6人がそれぞれ色の名前が入った二つ名を持つことに由来するそうです。」
その言葉と同時に、6人の人物の名前と役職名が表示される。
総帥兼総隊長 『紫電』シドウ ユウ
第一小隊隊長 『Blau Tod(
ブラオ トートゥ:青き死神
)』アンナ シュバルツ クチナワ
第二小隊隊長 『Red Dragon( 赤き龍
)』ジャック マクレガー
特務部隊隊長 『黒影』キリサキ キョウジ
財務会計部長 『黄龍』ヨウ ミレイ
技術開発部長 『White Hear( 白き髪 )』ロバート アンダーソン
小隊長が『幹部』とは『地球圏最強の傭兵集団』にしては些か小さい組織のようだな。
とはいえ、2個小隊の戦力を一民間企業が丸々雇うとはな。
・・・間違いなく軍にマークされているな。
だが、それよりも気になる点が2つある。先ず1つ目は・・・
「何で財務会計部長に二つ名があるんだ?」
「『黄龍』とは風水や陰陽道において中央を治めるとされている神です。早い話が神々の王です。
組織の中央たる財務を司り他の部門を治める、そういった意味で『黄龍』と呼ばれているそうです。
・・・実際、総帥を含めて Sechs Farben
において彼女に逆らえる人間はいない、と言われています。」
・・・財布の紐を握る人間が1番強い、というわけか。差し詰め Sechs Farben のプロスさんだな。
「それと、この特務部隊というのは?」
「責任者の名前以外はその規模、活動内容等一切非公開。間違いなく諜報、工作部隊です。
早い話がネルガルSSの Sechs Farben 版ですね
。」
と、いうことはこのキリサキという人物は差し詰め
Sechs Farben のプロスさんというわけか。
ん?・・・今何か変なことが起きた気がするぞ。何だ?・・・まあ良いか。
「Sechs Farben が設立されたのは5年前。
そのころは主に地域紛争やテロの鎮圧の際に連合軍の切り込み役を買っていたそうです。
その後、1年前の火星会戦に参加し、チューリップを墜とすなどの功績を残して一躍有名になったそうです。」
「チューリップを墜とした、か。・・・ということは・・・」
「消えた都市が2つになった、ユートピアコロニーの被害が2倍になった、何も無かった所にクレーターが出来た、
・・・どの結果になったかまでは記録に残っていませんでした。」
「そうか。」
「後、 Sechs Farben
はその高い技術力でも有名です。
しばしば軍から前金代わりに譲り受けた最新鋭機や試作機のカスタム機で作戦に参加することもあったそうですが、
その際、そのカスタム機は元の機体を遥かに凌駕する性能を見せるそうです。」
「じゃあ、今回ユウさんが乗ってきたあの機体も?」
「ええ、ネルガルから譲り受けたエステのカスタム機でしょう。
・・・自立機動可能な上に、ブラックサレナの90パーセントの加速度を出せる辺り完全に別物のような気もしますが。」
「いや、それを言ったらブラックサレナ自体エステのカスタム機に追加装甲付けた物だし。」
「・・・そう言えばそうでしたね。それはともかく、これ位のことは常識として知っておいた方が良いでしょう。
次にシドウさん本人のことなんですが、彼女の経歴は殆どが不明なんです。」
「殆どが不明?」
「10年前から傭兵として活躍していたのは記録に残っているんですが、それ以前が一切不明なんです。
・・・遺伝子データにも戸籍にも5年前までシドウ ユウという名前はありませんでしたが、
Sechs Farben
設立の際に遺伝子データの登録と戸籍の作成を行っています。
とは言っても登録されているデータなんですが・・・」
画面に表示されたユウさんのデータ。それはたったの3行だった。
出身地 日本
生年月日 2164年4月1日
血液型 O型
「・・・生まれは分かるが、それからどう生きてきたかは不明、か。もっともこの生まれが本当かどうかも怪しいな。」
「はい。取り敢えずシドウさんについて分かったことはこれ位です。
後、Sechs Farben
の存在以外で私達がいた世界との大きな相違点というものは見つかりませんでした。
・・・100年前に起きた月の独立派の追放も、ネルガルがボソンジャンプの独占を狙っている事も、
そのためにアキトさんの両親が暗殺された事も、その他様々な点で私達のいた世界と同じ歴史を辿って来たようです。
・・・もっとも、だからといって予想外の事が起こらないという保証はありませんが。
現に先ほどの戦闘の最中にミサイルが降って来たましたし。」
「結局は、何が起こるかは起きてみなければ分からない、か。」
「はい。・・・あ、アキトさん!もう1つ私たちのいた世界と大きく異なっている点がありました!!」
「なんだい?」
「それは・・・」
「ああ、アキト!!私に会いにきてくれたのね?」
突如俺の背後から聞こえてきた『懐かしい』声。
忘れるはずがない、忘れられるはずがないその声。
そう、ユリカの声だ。
「待たせちゃってごめんねアキト!!
もう、ゴートさんたらひどいんだよ!ちょっと遅刻したからってあの怖い顔で睨みながら叱り付けるし!!」
「仕方ないよユリカ。僕達が遅刻したのが悪いのは間違いないんだし。」
「うー、でもー!!・・・あ、そんな事より、
ねえアキト、アキトはあれからどうしてたの?何時地球に来たの?おじ様とおば様はお元気?」
「・・・知らないのか?」
「え、何を?」
「父さんも母さんも死んだよ。お前が地球に行った日に。」
「え!?」
「お前達を見送った後、空港でテロが起きて父さんと母さんは殺された。
俺はその事についてお前が何か知ってるんじゃないかと思ってここに来た。」
『前回』ではな。騙すのは少々心苦しいが本当の事を言うわけにもいかない。言っても信じるとは思えないが。
・・・いや、案外ユリカなら信じるかもしれないな。このユリカが俺の知っているユリカならば。
「真相次第では俺はお前を・・・殺すつもりだ。」
「え!?」
「馬鹿なことは考えるな!!お前死ぬ気か!?」
「・・・へ?」
いたのかジュン!?
じゃなくて、俺は『殺す』つもりだと言ったのであって『死ぬ』つもりとは言っていない。
聞き間違い、にしては不自然だ。
「『死ぬ気か』とはどういう意味だ?」
「ユリカを殺そうとするだなんて、自殺するも同然だよ!!
お前は知らないのか?2年前の熊殺し女子高生事件を!!」
「ジュン君!!アキトは私の王子様なんだよ!!本当に私を殺すはず無いじゃない!!」
・・・熊殺し女子高生?まるで漫画の様な話だな。
「生憎2年前は火星にいたから地球の事件についてはよく知らない。その熊殺し女子高生が一体どうしたんだ?」
「・・・それがこのユリカだよ。」
「・・・はいぃぃぃぃぃ!!!???」
「こう見えてもユリカ、神威流って言う柔術の流派の免許皆伝者なんだよ。」
「ジュン君、『こう見えても』ってどういう意味?」
「あ、いや、それはユリカが、か、可愛いと言う意味であって決して・・・」
「そんなことより、アキト地球に来て2年も経ってないの?だったら色々地球の事で分からないこともあるでしょ?
私が色々教えてあげるね!!」
「・・・で、可愛いのに強いところがまた・・・ってユリカ!?」
そのまま俺はユリカに引きずられていった。
その力強いことといったら、俺が踏ん張ろうとしてもちっとも踏ん張れないくらいだ。
伊達に熊を殺しちゃいないな。って熊なんか俺ですら殺したことないぞ!!
まあ、単に機会がなかっただけで、あの頃の俺ならやって出来なくはなかったと思うが。
・・・少なくとも今の俺には無理だ。今の俺はこのユリカよりも弱いということか。
守りたいものよりも非力だとは、流石に泣けてくるな。
そのまま俺はユリカに部屋に連れ込まれ、えんえんと話を聞かされた。
ユリカが地球に来た時の話に始まり、その後の中、高、大学生活の思い出、護身術として柔術を始めた事、
それが何時の間にか免許皆伝の腕前になっていたこと、etc,etc
途中退出は物理的に(つまり腕力の関係で)不可、結局俺はユリカの話を最後まで聞くこととなった。
結局俺が解放されたのは・・・3時間たってるだと!!??
・・・やばい、遅刻だ!!それも2時間の!!
「こりゃ急いで・・・」
「急いで言い訳を考える?それとも逃げる?まさか2時間も遅刻しておきながら『急いで来る』なんて言わないわよね?」
こ、この殺気混じりの声は、ユウさん!?
「初回から遅刻とはいい度胸よね?私度胸のある奴は嫌いじゃないわよ。・・・たっぷり『可愛がって』あげるわ!!」
この場合の『可愛がる』というのはどう考えても・・・
どうする!?この場合選択肢は・・・
1、逃げる。・・・今の俺の脚力で逃げ切れるわけないだろ!!
2、戦う。・・・敗北は必至だな。
3、言い訳。・・・一番現実的だな。
「い、いえ実はユリカに捕まっちゃいまして。」
「ユリカ?ああ、ミスマル艦長ね。ふーん、艦長に捕まってたのね。・・・で?」
「で、って・・・」
「・・・じゃ、逝くわよ。」
「逝くわよ、ってちょ、ちょっと待っ!!」
「心配しなくても、後遺症はそんなにないわよ。」
「こ、後遺症って何なんですかぁぁ!!??」
その俺の叫びに対し、ユウさんはあの『狂喜』の笑みで返してきた。
・・・ルリちゃん。もしもの時は・・・ラピスを頼む。
後書き
TAK.:長らくお待たせして申し訳ありませんでした。『紫電』第2話です。
ユウ:本当に長いこと空いたわよね。一体どういうこと?
TAK.:いや、話の構成に手間取っちゃいまして。
本来ならこの第2話で『時ナデ』第2話の分まで話を進めるつもりだったんですが。
ユウ:ふーん。それじゃあ『衝撃』の事は関係ないと?
TAK.:ギク!!
ユウ:・・・顔に出易いわね貴方。
TAK.:・・・よく言われます。
ユウ:まあその話は置いといて、今回の話ってぶっちゃけて言うと説明?
TAK.:はい。色々と大雑把な説明は全部まとめてしておこうと。
ユウ:で、話自体は大して進んでない、と。
TAK.:まあ、そうです。その代わり第3話は一気に行きますんで。
ユウ:成る程。で、その第3話を書き上げるのは何年後?
TAK.:何年後って・・・3ヵ月後には書き上げるつもりですよ。
ユウ:・・・それ、十二分に遅いわよ?
TAK.:そ、その構えは!!ちょ、待っ(ズシン!!)・・・・・・・・
ユウ:それでは意識不明の作者に成り代わりまして、この小説を読んでくださった皆様、どうもありがとう御座いました。
代理人の感想
いや、それを言ったら技術開発部長に二つ名があるのはおかしいとは思わないのかアキトくん(笑)。
余程のマッドならまだしも。
>十二分に遅い
あっはっはっはっはっはっはっはっは(涙)。