ANOTHER DARKNESS
〜第2話 「始動」〜
数日後、噂のナデシコが入港する日がやってきた。ドックには朝から見物客が押しかけており、ギュウ詰状態である。
まぁ、さほど大きくもないこのコロニーに最新型の戦艦、しかも『電子の妖精』が乗っているとなれば一目見たくなるのは当然だが・・・・・・・どうやら中には後者だけが目当ての連中もいるようだ。
話によると、一部の連中はなどはわざわざ休暇届を出して昨日の、スゴイ奴は一昨日の晩から少佐が良く見えるスペースを確保しようとシートを広げて野宿していたらしい・・・・・・・。
そういうわけでドックの連絡通路がある側は少佐見たさの群集に占領され、俺はやむなく反対側のデッキで同じく見物に来ている部下たちと入港の時間を待っている。
俺が見たいのはナデシコ自体の方なので別にどうでも良いことだが。少佐とは後でいくらでも会う機会があることだしな。
しばらくその場で仲間とだべっていると、管制室の方がなにやらあわただしくなってきた。
「軍曹、どうやら来るみたいですね」
「ああ、ネルガルの新型、どんな船なんだろうな」
大きな音を立てながらゲートが開き、それから少ししてついにナデシコがその姿をあらわした。
見物人達から感嘆の声が湧く。
青と白のツートンカラーにシャープなラインのボディ。どことなく爽涼な美しさを醸し出すフォルムだ・・・・・・・だが。
「変な形だ」
第1印象はそれだった。
「そうですよねぇ、いくらディストーションフィールドがあるといっても空気抵抗ってモンを考えなさ過ぎですよね、あれじゃ」
部下も同じ意見らしい。
配属は違ったが、この男も先の戦争では前線で戦っていた。
そういうところにいるとデザインがどうでも良いわけではないが、使うものにはやはり実用性を求めるようになる。
少しでも生き残る確率が増えるように使えるものとそうでないものではっきり区別するようになるのだ。
そういった価値観の持ち主にはこの船の形状はいささか理解しがたいものがあった。
良く見ると左舷機関部に少しだが損傷が見られる。どうやらあれが『奴』にやられたところのようだ。
確かに良いところにくらってはいるが、あれならパーツごと取り替えて多少の調整だけで済みそうだ。他には目立った外傷もないことだし3日か4日ほどで済むだろう。
そしてそれは相手の機体性能の高さと腕の良さも意味している・・・・・・・・。
確かに戦艦の後方部はフィールドが弱いとはいえ、たったの一機で艦砲射撃をくぐりぬけさらに一撃で正確に機関部のみを撃ち抜くことなど並大抵のメカとパイロットではできる芸当ではない。
その光景を想像し、『奴』の姿を思い浮かべると同時にあのときのことも思い出される・・・・・・・
ほんの少しだが俺は口をかみ締めていた。
少しすると、今度は向いのデッキがなにやら騒ぎだした。どうやらお目当ての人物が出てきたらしい。
「妖精のお出ましか・・・・・」
「良いなぁ、俺も見たいなぁ」
「なんだ?お前、あっち派の人間か?」
「別にあそこまでいれこんじゃぁいませんけどね、やっぱりどんな娘か気になるじゃないっすか。ずいぶん可愛いらしいし。隊長は興味ないんですか?」
「確かに興味はあるが、俺はそういう問題以前に子供が軍人になるってのが気に食わんな」
「お硬いこといいますね、やっぱりプライドって奴ですか?」
「道徳心といってもらいたいね」
確かに大人としてのプライドもある。
だが、それ以上にたかだか16才の少女に汚れた面も多いこの世界を味わってなどもらいたくはない。たとえそれが桁外れの能力を持つマシンチャイルドだとしてもだ。俺達が見た本当の地獄は子供は知らなくて良いことだ。そんなものは大人の仕事である、と少なくとも俺はそう思っている。
さっきまでの喧騒も落ち着き、多くいた見物人もそれぞれの部署に戻ってからしばらくして司令官室に呼び出された。
少佐が俺の乗艦を承諾したという事だ。
ホシノ少佐への少なからぬ好奇心と倒すべき敵への憤怒を感じながら司令官室へと向かう。
3分後、俺は司令官室のドアをノックしていた。
見なれたドアのはずなのに何故か今日は心なしか重く大きく見える。
「大佐,タケザキです」
「うむ、入りたまえ」
『電子の妖精』ホシノルリ・・・・・さて、どんな人物なのか。
いつもより少し重く感じるノブを回し、部屋の中にはいる。
そして初めて彼女たちを見た時俺は
一瞬自分の目を疑った・・・・・・
ホシノルリのことは前から聞いていたから良いとして,気になるのは彼女の両隣にいる二人の男性。
片方は派手な頭をした若い男。もう一人は・・・・・・男性と呼ぶべきかどうかも疑わしい。一言で言うとお子様だ。
なんでこんなのがココにいるんだろう?
よく見ると宇宙軍の制服を来ているが・・・・・・・・・・・まさかなぁ・・・・
「少佐,彼がタケザキ軍曹だ。
軍曹,ホシノ少佐のことは知っているな?」
「え、あぁ,はい。お初にお目にかかります、少佐。ところでそちらの御二人は?」
大佐の言葉に呆けから立ち直った俺が尋ねると二人は自己紹介を始める。
「マキビハリ少尉、オペーレーターです。どうも初めまして」
「高杉三郎太大尉、エステバリスの戦闘指揮担当。ま、ヨロシクな」
一番聞きたくない答えだった・・・・・・・・
「まぁ指揮ッて言ってもパイロットは高杉さん一人しかいないんですけどね」
「くぉら、ハーリー!一言余計だ!」
そう言いながら俺の目の前でジャレ合う両名。
司令官室で遊ぶな!っていうかあんたら本当に軍人なのか?
こういう時は上官が諌めるべきなんだろうが、少佐は表情はあまり変えないが、どうやら面白がっているらしく止める気はさらさら無いようだ。
この3人に常識というものは無いのだろうか・・・・・・?
(俺、こんな連中と仕事するのか・・・・・・)
そう思うとなんだか急にゲンナリしてくる。
その上、両方とも自分より階級が上だと言うのだからとても複雑な気持ちになる。
あ、大佐も呆れてるよ・・・・・・。なんかこっちに同情にも似た視線を送ってくれている。
名高きナデシコのクルーである以上能力は折り紙つきなのだろうが・・・・・・俺は5年以上がんばってまだ軍曹なんだぞ?
下士官からの叩き上げの辛いところか・・・・
こんなことなら,学生のとき記念受験にと思って受けた士官学校の試験、もう少し努力するんだったかな・・・・・・・
「タケザキ軍曹」
「あ、はい!」
突然少佐に呼びかけられて少しびっくりしてしまった。
「ナデシコB艦長、ホシノルリ少佐です、どうぞヨロシク」
「は、いえ、こちらこそお目にかかれて光栄です、少佐」
すぐには思考が追いつかず気の抜けた返事をしてしまう。
「あ、そんなにかしこまらなくていいです。私のほうがずいぶん年下ですし」
そういうわけにもイカンだろうと、心の中で一人ツッコム。
「ところでタケザキさん、今回の任務に付いてはすでに説明を受けていますね?」
その言葉に俺の気は一瞬で引き締まる。どうやらあの二人もじゃれ合いをやめたようだ。
「コロニー連続襲撃犯の捕獲・・・・・・ですね」
そう、俺はそのためにナデシコに乗るのだ。もっとも、『捕獲』ではなくあわよくば『殺す』するつもりだがな・・・・・・・・。
いずれにせよ、『奴』がのうのうとのさばっている事は許しがたい。
「今までの経歴は聞かせていただきました。先の大戦や火星の後継者の鎮圧においても多くの戦果を上げているようですね」
「恐縮です」
実は、ヤジマ大佐には俺が奴と接触したことがあることは伏せてもらうよう頼んでおいた。
噂とはいえ上の連中と『奴』との関係がささやかれている以上、『奴』に私怨がある事は隠すべきだと判断したからだ。
もしもそのことがバレたら、任務不適合などと言われ乗艦拒否もありうる。それだけはなんとしても避けなくてはならない。
これは最大にして唯一のチャンスなのだから・・・・・
「ご存知のとおり、相手はかなりの戦闘力を有しています。本来ならばこちらとしても相応の戦力を持って対応すべきなのですが、とある事情により少数で行動せざるをえない状況となっています」
その『とある事情』というのがとても気になるところではあるが、深く追求すると相手に反感を抱かれるかもしれないので尋ねなかった。
それに、少数で作戦を行うのはこちらにしても都合いい。その分『奴』と対峙する機会が増えるわけだからな・・・・
「ある程度の相手の行動は予測しているとはいえ、長期の航海になるかもしれませんし戦闘ともなれば苦戦は必至ですが・・・・よろしいですね?」
そんなことは先刻承知である。俺にとってはなんの苦にもならない。それが『奴』の元へ続く道ならば・・・・・・・
「はい、かまいません。自分は少佐の指揮の元、作戦に従事する心構えはできています」
一応、『俺はあんたに従います』という意思表示をする。
別にただへいこらしているわけではない。一通り見ただけだがどうやら彼女には軍人として、そして艦長としてもそれなりの人物であると判断したからだ。
とても16とは思えない気構え。どうやら彼女への評価を少し上げるべきのようだ。
「わかりました。では改めて貴官の乗艦を承認します。こちらも少し準備しなくてはいけませんので2日後でよろしいですね」
「了解しました」
「では大佐、私達は補給作業の指揮などがありますので失礼させていただきます」
「うむ、軍曹のことを頼む」
「それでは・・・・・」
そうして3人は連れ立って部屋を後にした。大尉はおチャラけて手など振っていたが・・・・・・
少佐が出ていった後も俺は大佐と二人で部屋に残っていた。
「あれがホシノ少佐か・・・・・単なるお嬢様だと思っていたが、そうでもなさそうだな」
「ほう、珍しいな。お前が一目見ただけの相手を誉めるなんて」
「階級ばかり振り回してエラぶってるボンボン士官よりよっぽど上に立つ資質がありますよ。まぁ、お子様であることにかわりはありませんけどね」
俺はソファに、大佐はイスに腰掛け少し離れて会話をしていた。
大佐は机の引出しから一枚の写真を取り出し、それを眺めながら椅子を回転させた。
あの少しボロボロになった写真に誰が写っているのか俺は知っている。
戦時中、大佐がまだ中佐で現役のエステバリスパイロットだったときに仲間で集まって撮った写真だ。
戦後、その写真に写っている中で生き残っていたのは俺と大佐を含めたったの6名だった。
その後、俺たちは木連軍の統合に伴う部隊の再編成で大佐は功績を認められ昇進してこのコロニーの基地指令となり、残った5名はそのまま同じ部隊に編入されヒサゴプランの中枢であるコロニーの一つ、『シラヒメ』に配属されることとなった・・・・・・・
なぜ、統合軍の管轄であるシラヒメに俺たちが配置されたかというと、『全人類共同の財産であるヒサゴプランを統合軍だけで警護していては後々彼らにシステムを独占されるのではないか』という上層部の懸念から、僅かながら宇宙軍から部隊が派遣されることとなったからだ。
まぁ、当然といえば当然である
そして、『奴』によるコロニー襲撃・・・・・・・・・
結局生き残ったのは俺一人だけだった・・・・
昔の思い出にふけっていた俺に背を向けながら大佐は尋ねた。
「・・・・奴と出会ったらどうするつもりなんだ?」
少し返答に詰まった。
『殺す』の一言がすぐには出てこなかった。
「この手で奴を殺したいのは山々ですが・・・・・・・とにかく今は奴を追うだけです。どうするかはそのとき決めます・・・・・・」
「・・・・・そうか」
大佐はただ復讐を成就するためだけに俺をこの任務に推薦してくれたわけではない。それぐらいは俺も分かっている。
だが、奴が憎いことに変わりはないし許せるはずもない。
けれども、奴を殺したところで何が取り戻せるわけでもない。昔は鼻で笑ったキレイ事が、奴に近づきつつある今になって急にその意味が重く感じる。
ただ、奴ともう1度戦いそして倒すことでなにか踏ん切りがつくような気がする・・・・・いまはそれだけだ。
「それじゃぁ、俺も準備とかしなくちゃならないんで」
しばらく沈黙が続いたので、もう話も終わりだろう。
そう思って部屋を立ち去ろうとしたとき、大佐に呼び止められた。
「タケザキ」
「はい」
イスに腰掛けたまま大佐は振り向かない。
そしてただ一言・・・・・・
「・・・・・・・がんばれよ」
「・・・・はい」
そして2日後、ナデシコ乗艦の日となった。
僅かな手荷物を持ち、俺はドックに立っている。
胸ポケットから一枚の古い写真をだす。大佐が持っていたものと同じ物だ。
それを見ながら改めて決意を固める。
目的はただ一つ、『奴』を倒すこと・・・・・
そして写真に向い静かに呟く
「行ってくるよ・・・・・・・・・・・・・・アイナ」
写真の中で俺の隣に立っている黒髪の女性、アイナ=タケザキ
俺の妻であった女だ・・・・・
〜第2話 終〜
後書き
久方ぶりです、タケノコでございます。
第1話の後書きでネタが出る出るといいましたが、今回第2話を書くにあったってネタが思い浮かぶのとそれを文章にするのとではまったく別物であるという事を思い知りました。
この回を考えたのは二週間ほど前でしたが、実際にまとめてみたら暇もないこともあって結局今までかかってしまった次第です。
本当はこの回でアキトと遭遇する一歩前まで書こうと思ったのですが、時間はかかるは文章はまとまらないはテストはあるはで出航一歩手前になってしまいました。
受験勉強でてんてこ舞いになる前に、できれば冬休み中にもう1話ぐらい書きたいつもりはありますが少し難しいかもしれません。
定期的に投稿していらっしゃる大物作家さんたちの偉大さを改めて思い知った今日この頃です。
ちなみに、戦艦の後方はフィールドが弱いってのは俺が勝手に考えた設定です。
だってバーニアの部分も同じようにフィールド張ってたら、推進力が相殺されて前に進めないですよね?まぁ、もし違っててもあんまりいじめないで下さい。
早く受験終わらんかなぁ、 ッてなことを思いつつ、ではまた。
代理人の感想
ま〜、ナデシコという作品自体色々と設定は穴だらけなので、
一度慣れると多少のムチャは気にならなくなります(爆)。
「グラビティブラストは防ぐのに重力波ビーム(エステのエネルギー供給ライン)は素通り」など、
ディストーションフィールドもあれで結構御都合主義の固まりですし(笑)。
まぁ、タケノコさんのSSに出てくる戦艦は後ろが弱いと言うことでひとつ。