暗い部屋、一人の男の前にウィンドウが灯っている。相手の人物はかなり高位の相手で、その男は直立不動で当人が苦手な「です・あります」調で話している。
と、会話が終了したらしく、なんらかの忠告を述べたのちウィンドウは閉じた。
「ふん、判ってるわよ。成功すれば、栄光。失敗すれば、破滅。なんて当たり前の事は。…下らないわ。こんな任務。こんなのアホのする事よ。でも、成功すれば統合作戦本部幕僚と太いパイプが出来るか…エリートコースから落ちこぼれた中佐にしては願っても無いチャンスなのよね。その分、分が悪すぎだけれども。はぁ、問題はどの時点で決起するか、それが全てね…。」
暗闇の中、迷う事無く椅子に座り、机に置いてあったウイスキーを手探りでコップに注ぎ、一気に飲み干す男。
「はぁ…飲まなきゃやってられないわ。…行動の障害になりうるのは、エステバリス・パイロット、ブリッジクルー、保安班、後は整備員達かしら。ああ、ギリギリになって乗り込んできた中尉とあの娘っ子も確保って命令だったわ。…問題は中尉ね。あの娘っ子が恐ろしいのは戦闘機に乗ってからだわね。となると、ブリッジに全員が集まっている時がチャンス。そこを一網打尽にして…」
酒で理性を鈍らせつつ、直接、口頭で通達を受けた命令を煮詰めてゆく。
なお、直接、口頭で作戦が伝えられるのは実戦の只中にいる兵士達ぐらいなものだ。通常業務中の将兵達にとって、書類で与えられた命令こそが命令である。
それ以外は、ものすごく乱暴に言って＜お願い＞のような物である。あくまで非常時でなければ、だが。
普通、非常時の場合は後日、命令書が渡される。
さて、基本的に命令、作戦と言う物は、さまざまな関係部署を迷路のように巡り回って、様々なサインもしくは印鑑を押されて初めて実際にソレを実行する者に与えられる物なのだ。
会社で働く方達には、業務書に係長、課長、部長、総務、社長等の印鑑が押されている様を思い出していただきたい。
軍隊も人の作り出した組織である以上、このような書類の呪縛からは逃れられないのだ。
否、暴力を、理不尽を公然と行なう組織である以上、書類の呪縛は一般企業などとは比べ物にならないのだ。
そんなはずの軍隊で命令書無しの命令。これは、非合法中の非合法、いざとなれば関係者は銃殺刑という宣告に等しい。
なにせ、いわゆる非合法任務でも命令書は存在するのだ。ものすごく内容をはぐらかして全然違う内容になってしまっていたり、関係ない作戦で予算や行動が決められていても。
つまり、命令書無しの命令は「軍を私物化した」と責められても言い逃れできない。
もちろん彼は事が発覚した後の事、最悪の事態に陥った後の事も計算している。
もっとも、後になって、この時の予測は考えすぎであると同時に楽観的であったと落ち込む羽目になるのだった。
機動戦艦 ナデシコ ＯＵＴ・ＳＩＤＥ
機械仕掛けの妖精
第二話 「戦場の事」はまかせとけ
見渡す限り、何も無い海のど真ん中。ナデシコは静々と目的地に向け移動中である。静々といっても、巨大な視野の上でこそ大人しく移動中に見えるだけ。実際、側に近づいて見れば、轟音を撒き散らし、空に浮いてるにも関わらず波を蹴立て、とんでもない速度で飛び去ってゆく事が実感出来るだろう。
そんなナデシコの船内の様子は…
慌ただしかった出航時に比べ、巡航時には手が空き乗組員は程度の差があるにせよ、だらけてしまうのは船の宿命という奴なのかもしれない。優秀なＡＩが船を統括していれば、なおさらに。
そんなブリッジにおいて、いや、手が空いた絶好のチャンスであるからこそ、今まで伸ばし伸ばしになっていた一人の少女のお披露目が行なわれていた。
「…ボクはアリス…ＡＤＦ－０１Ｂ、ジャバウォックのパイロット…」
…シンプルである。
そんな自己紹介を聞いたブリッジの面々は様々な反応をする。
「やぁーん、可愛～い♪…あ、私はハルカ・ミナトよ♪」
「凄～い！ボクっ娘、初めて見た。…私はメグミ・レイナード。」
「ふ～ん、私、ユリカ！よろしくね♪アリス！」
「僕はアオイ・ジュン。通信じゃ、幼い声だと思ってたけどこんなに小さい子だなんて…なんで、こんな子がパイロットに？」
「ワシはフクベ・ジン。提督をさせて貰っておる。副官にムネタケという男がおるんじゃが、今は席を外しておっての。」
「ゴート・ホーリーだ。先の戦闘は助かった。」
「プロスペクターと申します。いやはや、無事に合流出来て何よりです。」
〔ボクはオモイカネ～♪よろしくね。〕
「俺はダイゴウジ・ガイ！先の戦いじゃ、足を引っ張るだけだったが次は活躍してみせるぜぇ！！」
自己紹介をしていないのは、もはや船内においてただ一人、同年代に見える少女、ホシノ・ルリだけである。彼女は相手が自分と同じ存在、マシン・チャイルドである事に驚きを隠せないでいた。
次第にブリッジの目が少女、ホシノ・ルリに収束する。全員に見つめられている事にようやく気づけたルリはやっとの事で挨拶する。
「私、ホシノ・ルリです。…ナデシコのメイン・オペレータしてます。」
そんな彼女にアリスはわずかに頷いて答えた。さて、こんな自己紹介じゃ満足出来ないのがナデシコクルーである。
「ねぇねぇ、アリスちゃん、幾つなの？」
トップバッタはミナト。どこか子供慣れした貫禄がある。
「…６歳…」
まるで身を乗り出して襲い掛かってきそうなクルーの様相に軽く驚きながら簡潔に答える。
「え！６歳！？にしてはおっきぃのねぇ～。」
「６歳！？６歳を戦闘機に乗せてるの？」
「なんだって、そんな無茶を…」
「幼稚園児に戦争させるなんて、ヒーローの所業じゃねーぜ！」
「むぅ…」
「あ痛たたた…まさか、こんなに正直なお嬢さんだとは…」
「グルーバーさん！！説明をお願いします！！」
騒ぎを収束したのは、ユリカ。そして、ブリッジの視線はテオドール・グルーバー中尉に集まる。
「ふむ…詳細は軍事機密である以上語れないが…それを踏まえた上でよければ…簡潔に言えば、アリスは作られた存在だ。６歳にも関わらず、１２歳ほどの体格をし、戦闘機のパイロットを勤められるのは彼女がそう出来るように作られたからだ。誤解を恐れず、言ってしまえば、アリスは戦闘用マシン・チャイルドなのだ。」
平静にとんでもない事を語りだすグルーバーに、憤りが篭もった視線が集中する。
やはり、ミナトが先行して問いかける。
「あなた、こんな小さな女の子に何て事してるのよ！こんな娘を事もあろうか、戦闘用ですって？正気じゃないわ！！」
訂正しよう。険も露わに問い詰めていた。切っ掛けがあれば、飛び出してド突き倒しそうな勢いだ。
「正気ではない…か。ふむ、否定出来ないな。確かに私は狂っているのかもしれん。不幸な事に自分では認識できないモノでな。せざるを得ない理由は数点あるのだが、それは言い訳と言うものだろう。」
「…なによ、言い訳って…」
グルーバーのどれだけ侮辱されても眉一つ動かさない表情に不気味な物を感じつつ、気になる言葉を促すミナト。
「…聞きたいのかね？…簡単な事だ。木星蜥蜴の襲来だ。連中のお蔭で殆んどの長期プロジェクトはご破算になった。私のプロジェクトも計画を大きく変貌させられたのだよ。本来なら、一生を通しての常人レベルのナノマシンの臨床試験で終わる筈の我が計画は、木星蜥蜴を打破しうる存在の創造というモノに摩り替わってしまったのだ。地球連合市民の生命財産を守るという大義の為に。」
ついにミナトの猛攻も止む。それも仕方ないだろう。なにせ、貴方を守るためにこの子は化け物になりました。と言ってるのに等しいのだ。
それでも、言い様の無い嫌悪感はグルーバーを睨み付ける事を辞めさせない。むしろ強まったかもしれない。
その視線を正面から受け止めたグルーバーはさらに言葉を続ける。
「それでも、アリスが気に掛かるというのであれば、ぜひとも構ってやって欲しい。如何せん情操教育が不足しがちな物でね。」
どこか無責任なグルーバーの言葉にミナトが切れた！いきなり席を立ち、大股でグルーバーの目の前まで移動し、彼の左頬を力の限り引っ叩いた。
「ひゃっ！」
「痛ぁ～。」
当人でなく、周りのブリッジクルーがその快音に反応した。当事者の片割れミナトはグルーバーを「フンッ」と軽く睨み付けた後、アリスの側に移動する。
膝をつき、目線をアリスと合わせながらミナトは優しく語りかけた。
「もう大丈夫よ。これからは私が守ってあげる。」
そんなミナトにアリスはどこかピントのずれた言葉を返す。
「…？…守る？…戦うのはボク…なら、守るのはボク。」
呆気にとられたミナトを尻目に、話が一段落したのは好機とプロスペクターが大きな咳払いをして注目を自身へ強引に集める。同時にルリに頼んで船内のコミュニケと通信機器を全て立ち上げて貰う。
「え～、さて、妨害者対策の為に秘匿されておりましたが、当ナデシコの最終目的地をお教えしましょう！」
プロスペクターに引き続いて、フクベが一歩前に出る。
「ナデシコの目的地は火星だ！」
船内がどよめきに包まれる。当然である。火星は一年前に木星蜥蜴の圧倒的物量と技術格差の前に陥落したし、宣言した老人はその戦場をかろうじて生き残り、火星から逃げ去った最高指揮官だったのだ。
否、そんな人物が宣言したからこそ、火星へ行くという目的は迫真の説得力を持ち、元軍人の彼が宣言したからこそ、この計画は軍の承認を得た物であるという安心感もあった。
だが、ブリッジで一人の青年ジュンが反論する。
「そんな！いまさら、火星だって！？一年も経ってる！僕も心苦しいけど、もう火星は手遅れだ！！それより、地球上の木星蜥蜴を駆逐して足場を固めるべきだ！地球だって崖っぷちなんだ！」
いくつかの事情を知らない者からすれば、それは実に堅実で、説得力のある言葉だった。
だが、事情を知るプロスペクターが反論を封じ込めようとする。
「確かに、仰られている事は誠に、理に適っています。ですが、我々は連合軍ではありません。ネルガル重工が機動戦艦ナデシコを建造したのはスキャパレリ・プロジェクト。つまり、火星救出作戦の為なのです。地球は軍の方々にお願いします。」
「だけど…」
「副長！何悩んでんだ！火星の生き残りを助ける！まさにヒーローの有り様じゃねーか！燃えるぜ！！」
「もう手遅れ、みんな死んでる。」
「ルリちゃん！…でも、火星の避難民救出の為だけじゃないですよね？たしか、ネルガルは火星にいくつかの研究施設を持ってましたよね。戦火を生き残った資料や資材の回収がしたいって事ですか？」
「あははは、鋭いですなぁ、船長。仰る通り、資料、資材の回収も計画の一部です。ネルガルは名前の由来通り、元々火星系の企業でして。火星の施設は当社の重要拠点なのですよ。なにより我々は営利企業でして、その為に予算も組まれているのですから、社員の皆様もどうかよろしくお願いしますね？」
「ふ～ん、確かに人命救助って丸め込まれるよりも納得出来るわね。」
「どちらにしろ、戦争するよりマシです。」
「ではっ！機動戦艦ナデシコ！！火星に向かって…」
「行かないわよ。ナデシコの航海はここでいったん終了。貴方達はお役御免って訳よ。」
話が一応、纏まってユリカが音頭をとろうとした時、ブリッジのドアが開き、銃を手にしたムネタケ・サダアキと幾人かの軍人がブリッジに入り込む。
「当船は我々、連合軍が頂くわ。これだけの戦闘力の艦を一民間企業に任せる訳にはいかないの。」
「くっ、おまえら木星蜥蜴の手先か！？この、キョアック星人め！」
帯銃した連合軍兵士に吼えた自称・ダイゴウジは、即座に向けられた銃口に口を閉じる。
そんな状況を物ともせず、ゆうゆうとブリッジ中央に移動するムネタケ。雛壇状のブリッジ座席群を正面から望める位置に着いた時、フクベがイラつきと共に口を開いた。
「血迷ったか！？ムネタケ！」
「はい提督。いいえ、これは統合参謀本部の意向でもあるわ。それに動いているのは私達だけじゃないわ。」
ムネタケが、慣れない「はい、いいえ」式答礼をこなし返答する。
軍隊において、上官の言葉は神託に等しい。何階級も上の人間になら尚更である。例えフクベが退役軍人でも。
ゆえに上官の命令に反論する時にはまず肯定し、そののち意見を通すという作業が必要なのだ。
もっとも、これはかなり昔の概念で結構アバウトな今の軍ではぶっちゃけ不要なのだが、軍の一部では嗜みとして、しっかり生き残っていたらしい。
そして、ムネタケの言葉と同時にまるで予め計画していたような正確さで、ムネタケの背後、メインスクリーンに海から浮上する戦艦の姿が現れた。
すでにナデシコを正面に捕らえている。
お供に駆逐艦を二隻従えていた、その戦艦＜トビウメ＞から通信が文字通り飛び込んできた。
「ユ～～リ～カ～～～～！！！」
ヒィィィン！とハウリングを許さない現代科学の粋を集めた音響システムに真っ向からケンカを売った連合宇宙軍提督ミスマル・コウイチロウの超弩級の声がブリッジにいた者たちの鼓膜を貫いた！
ブリッジに居た者たちの悲劇は…もう一人、超弩級声量の持ち主ミスマル・ユリカが居た事だった。
「お父～～様！！！」
世紀の二大声獣が決戦とばかりに大声の応酬を始めた。内容が一般ご家庭の父娘間のちょっとした談話というのが脱力物ではある…
唐突だが、訓練されたバーテンダーはシェイカーで氷の塊をあっと言う間にミゾレ状に変えてしまうそうだ。
ブリッジに居た者たちを襲ったのは…まさにそれだった。右からコウイチロウ、左からユリカの声がシェイカーを振るうバーテンダーが如く脳みそをシェイクする。
特に…ブリッジ中央に居たムネタケ・サダアキの周辺は凄かった。もう少し、かの二人の応酬が続けば、彼の脳は液状化し耳から垂れていたかもしれない。
ここでホシノ・ルリ嬢のツッコミ。
「…馬鹿ば～っか。ああ、やっと言えた。」
「さて、ユリカ。積もる話はあるが、パパは今仕事中なのだ。すまないが、先に仕事の用件を済ませてもらうぞ？」
「はい！お父様！私も業務中です。公私の別は弁えてるつもりです！」
…ほんまか？おのれら、散々私事しとったやんけ…ブリッジクルーはなぜか１２０％関西弁で、一言一句同じ言葉を内心で呟いたという。
「おお、ユリカ！立派になったなぁ（喜）パパは嬉しいぞ♪…コホン、ともかくだ、ナデシコ船長。地球連合軍はナデシコの戦闘力に関心を示している。ついては、ナデシコの航宙計画は無期限延期。ナデシコの指揮権を一時的に私に委譲してもらう。」
と、交渉のチャンスは見逃さないプロスベクターがチャンスとばかりに話をねじ込む。
「こまりますなぁ、ナデシコの航宙計画は既に関係各省の承認を得てあるのですよ？いくら戦時中とはいえ、法を破るおつもりですかな？」
「我ながら苦しい言い訳だと思うが、ここは地球。ナデシコはまだ宇宙に飛び立った訳では無い。ゆえに航宙計画は＜延期＞なのだそうだよ。連合軍へのお勤めが終わってから思う存分、火星に行って欲しいとの事だ。」
法律上グレーと言うより真っ黒な無茶をさせられているミスマル・コウイチロウ提督が自分の台詞の胡散臭さに頬をピクピクさせながら、話す。
軍への不信感の表れか、声がドスの効いたものになり迫力が増している。キリリとしていると通称＜サリーちゃんのパパ＞と呼称される髭が渋く見えるから不思議だ。
「わかりました！交渉ですね！！ええ、キッチリと白黒決めようじゃありませんか！」
プロスペクターが「ここが我が戦場なりや！」とばかりに勢い込む。
「む、承知した。ナデシコ側からは船長とネルガル代表としてプロスペクター氏に本艦に乗艦して戴く。よろしいな？なお、不測の事態にそなえ、マスターキーは抜いて来てもらおう。」
マスターキーを抜け。この指示に先の佐世保ドックでの騒動を思い出した面々は反論する。
「いかん、船長！マスターキーだけは抜いてはいかん！」
「いや、このまま連合軍に合流するべきだ。ユリカ！やっぱり、火星に行くなんて無理だ！ここはミスマル提督に従うべきだ！！」
「何言ってんだ！副長！！ヒーローならここは軍を押し切ってでも、火星に行くべきだ！！今は行動の時だぜ？」
三者三様の主張が飛ぶ。特にジュンとダイゴウジの間には熱い火花が飛び散っていた。当のユリカはトビウメに目をやり、ブリッジの兵士達に目をやり、自分の部下達に目をやり。しばらく、考え込んだ後…
「え～いっ！抜いちゃいましたっ！！」
コウイチロウに従う事にした様だった。
「おお！ユリカ！流石は私の娘！パパは嬉しいぞ♪たっぷり歓迎してやるからなっ。早く着なさい。」
コウイチロウの言葉に従い移動しようとしたユリカとプロスペクター。そこにムネタケの制止の声が入る。
「まちなさい。そこの娘っ子と中尉も一緒よ。」
脳内シェイクの余韻を僅かに残しながらムネタケは拳銃をアリスに突き付けつつ語る。
「統合参謀本部のお達しよ。アンタ達をネルガルに預けるのは勿体無いんですって。さ、アンタ達もトビウメに…」
そこまで口にした時、ムネタケは奇妙な音を耳にした。
カリッ…コリコリ、ムグムグ…カキッ…キシキシ、ハムハム…
妙に金属的な咀嚼音が右手付近から聞こえる、と右手に視線をやるとそこには、拳銃を銃口から少しづづ食べていくアリスの姿があった！
「…あ、アンタ、ガ○チャンかって～の！？なんで、拳銃が食えるのよ～！！」
「ケプッ…おいしかった。」
これ以上食われてなるものか！とアリスから距離を取るムネタケ。アリスはゲップと共に食後の感想を言った。
「…アンタ、とんでもない化けモンね…一体どんな事されてたのかしら…」
ムネタケの疑問にグルーバーが答える。
「アリスのナノマシン含有量は常人を大きく凌駕しているからな。偶にナノマシンを構成する金属分が必要になる。…所で、中佐殿。どうせ、ナデシコごと連合軍預かりになるのでしたら、わざわざ、トビウメに移動する意味は無いのではないですかな？アリスとジャバウォックは一緒に管理した方が楽ですぞ？」
ムネタケが齧られて、銃の先端が短くなって中身が見えてる銃を眺めたのち、腰のホルスターに仕舞い、ちょっと青ざめつつ、グルーバーの言葉に頷く。
「そうね…判ったわ、あんた達は他のクルーと一緒に食堂に行きなさい。…ああ、船長、プロスペクター、悪かったわね。こちらの用事は済んだわ。心おきなく、トビウメに行って頂戴。」
アリスの所業に呆気に取られていた、ユリカとプロスペクターが同時に気がつく。と、慌ただしく格納庫に駆けて行った。
ナデシコの憩いの場、食堂。福利厚生が過剰なナデシコ船内は、全クルーが食堂に集まっていてもザワザワと熱気があるなぁ。で済むほど広い。
これはとんでもなく凄い事だ！戦闘艦において一番に割りを食うのは福利厚生施設なのだ。それが長期航宙を宿命付けられた船であっても！
現に２０世紀、２１世紀においても艦船の食堂は機能性最重視、ケツを乗せる長椅子が新鮮野菜を入れる物置だったりする（実話）。Ｕボートは長期任務に着く時、便所の中にまで食料品を詰め込んだという…（やっぱり、実話）
限度ギリギリの広さ、飯時は廊下に人の列が出来て当たり前。船の大きさが小さくなればなるほど悲惨だという。
でも、帝国日本製、超弩級戦艦・大和はめちゃくちゃ居心地良くて大和ホテルという愛称があったらしい。現米国空母の食堂も結構な広さを誇ってる。でも、全クルーが入れる食堂を保有しているかどうかまでは…残念ながら、知らない。
結局、船のサイズと乗組員の人数がモノを言うと言う事か。
その点で言えば、ナデシコの人口密度はかなり低い！戦艦として考えたら、過疎地級に低い。オートメーション化を限界まで推し進めた結果だろう。また、火星の避難民を救出した時の事を考えて予め、最大搭乗員数を２、３割多めに設計したのかもしれない。
食料、水、酸素等の事情を考慮しなければ、２、３割と言わず６割以上乗せられるのではないだろうか。
基本的に船とは狭いモノなのだ。考えれば当然であるが、居住性向上の為に通路や部屋を広くすれば、それだけ船を構成する鋼材が増える。つまり、重くなる。重くなれば燃料が沢山要る。燃料を積んだらさらに重くなる。の悪循環。
船は徹底的に軽量化してあるのが普通だ。当然、民間船でもソレが豪華客船でもない限り、通路は限界ギリギリ。一人が普通に通れるか、良くて二人がすれ違えるかと言う所。
それを真っ向から無視しているナデシコ。無限のエネルギーを汲み出す相転移炉がこの贅沢な環境を実現しているのだろう。もしくは、戦闘艦としては異常なほど少ない武装が影響しているのかもしれない。
そんな訳でナデシコは乗組員にとって、とっても素晴らしい船である。世の船乗りが羨むほどに。
もちろん、食堂の入り口に歩哨として立っている連合軍兵士も、この恵まれた船に目を丸くして精一杯羨ましがっていた。
閑話休題
さて、そんな食堂の一角、捕らわれの身であるに関わらず元気に食事に励む一人の少女がいた。
「むぐむぐ…うまうま…ゴキュゴキュ…モキュモキュ…パクパク…もむもむ…」
「へい！親子丼お待ちどうさん。」
カウンターで二人前をペロリと平らげたアリスに、この食堂の主、ホウメイが注文の品を届ける。
「しっかし、そのちっこい体に良く入るねぇ。アタシゃびっくりだよ。」
「はふはふ……主任が言ってた…マシンチャイルドは普通よりナノマシンが多いから…燃料がいっぱい要るって。」
「ふ～ん…まぁ、アタシとしちゃ、美味しく食べてくれりゃ満足だがね。」
「…？…美味しく？…美味しくって何？」
「はぁ？…ん～、お嬢ちゃんみたいにパクパク食べられるって事さね。」
「…パクパク…確かにこの料理は食べやすい…いくらでも入りそう。」
「ははっ！嬉しいことを言ってくれるね♪まだ、欲しい物があったら作ってやるよ。」
「…いい。流石にもう限界。…ケップ。」
親子丼を食べ終わったアリスが言った。そこでホウメイが、情操教育を開始した。
「食べ終わったら、ご馳走様っていうんだよ。」
「…ごちそうさま…じゃあ、食べるときは？」
「その時は、頂きます、さ。」
「…いただきます…なんで言わなきゃいけないの？」
「ん～？そうだねぇ、有難うって感謝を相手に聞かせる為さ。自分の気持ちは声に出さなきゃ、絶対に相手に届かないからね。ミナトはどう思う？」
「ほえ？…ああ、まぁ言わなきゃ思いは伝わらないわねぇ。ちょっとした思いを口にするだけで、色んな事が変わったりするものねぇ。」
ブリッジでの言葉を実行すべく、アリスの側にやって来た瞬間ホウメイから話を振られ、びっくりのミナト。だが、その台詞は酸いも甘いも噛み分けた大人の貫禄があふれていた。
「…感謝…テンカワが、感謝はあくしゅだ。って言ってた。」
アリスが二人の大人の言葉を飲み込みつつ疑問を提示する。
「ほう！テンカワがねぇ…いいかい、アリス？感謝の示し方ってのは、いっぱいあるのさ。握手する事もあれば、有難うって口にする事もある。お礼に何かしてあげる事もあったりするのさ。」
アキトが既に、この無垢な少女に大切な事を教えていた事実に、嬉しくなったホウメイは饒舌に語った。
「…感謝のやり方はいっぱい…不思議…」
ホウメイの言葉を理解しようと頭を傾げていたアリスに、一人の少女が近寄った。少女がどうアリスに声をかけようかと悩んだ時、アリスの方が気が付いた。
「…君はホシノ…ボクに用？」
「ルリです。ルリと呼んで下さい。」
「わかった、ルリ。」
「あの、私とあなた、どこかで会った事ありますか？特に三歳以前に…。」
「…？…」
ルリの言葉に記憶を巡らすアリスだったが、直ぐに首を振る。
「少なくとも、記憶には無い。…ボクは殆んど一人だった。…主任の研究所に引っ越してからも。…ボクは主任の実験が成功するまで、体が弱かったから動けなかったし。」
「…そうですか…。」
ルリは僅かに肩を落とす。それに気付いたミナトが声をかける。
「どうしたの？ルリルリ。何か知りたい事があったの？」
「いえ、もう良いです。…ルリルリ？」
ミナトの言葉に変な単語が出たのをルリが問い返す。
「そ、ルリだからルリルリ。可愛いでしょ？…あ、じゃあ、アリスはどうなるのかな…アリアリ？なんか変な力を持ったイタリアのギャングが出てきそう…」
「…どちらでも良いです。」
表情、態度、共にどうでもよさそうなのに、何故か呆れた雰囲気で答えるルリ。
そんなルリの目前にアリスの右手がヌッと出る。
「これは、なんですか？」
「あくしゅ…ルリとボクは似た者同士。だから、あくしゅ。…仲良くしよう。」
アリスの言葉に唖然とし、俯き、しばらく考え込んだ後、ルリはアリスの手を握った。
大きく振られる握手。
「そうですね、アリス。仲良くしましょう。」
うっすらと微笑んだルリとアリスの周りに、二枚のウィンドウが展開される。
〔ぼくたちも仲良くなったよ～♪〕
「ＹＥＳ！ＴＨＡＴ'Ｓ ＲＩＧＨＴ♪］
二枚のウインドウには、ディフォルメされた銅鐸がデザインされている物と、ディフォルメされたドラゴンがデザインされていた。
前者がオモイカネ。後者がＷＩＬＬ。前者はオモイカネの名前から、後者はジャバウォックをイメージした様だ。
「…ＷＩＬＬ？コミュニケ持ったの？」
〔整備班・ガ付ケテクレタヨ・アリス。コレカラ・ハ・ドコデモ・一緒ダヨ♪〕
アリスの周りをクルクル回るＷＩＬＬ。
「…ありがとうは言った？…ＷＩＬＬ。」
アリスの周りを回るのをやめ、ＷＩＬＬはアリスに返事を返した。
〔勿論ダヨ！彼ラ・ハ・善意デ・戦闘・二・付与シナイ・機器ヲ・付ケテクレタ。コレハ・感謝・二・値スルヨ♪〕
〔戦闘中も、アリスちゃんの顔が見たいからだ～って言ってたね。皆。〕
ＷＩＬＬの言葉に続くオモイカネ。
と、そこで暑苦しい声が盛大に響いた！
「ど～した、ど～～した～！！皆、時化たツラしやがってぇ！よ～し、ここは俺様秘蔵のムービーを流してやろ～じゃね～か！」
ダイゴウジである。
食堂の大画面のコンソールで懐から出した情報メモリーを端末に差し込もうとするが、どうも規格が違うらしく上手く行かない。
そこに、機械に関するトラブルを黙って置けない男が現れる。
「おお！？随分、年季の入ったメモリーじゃねーか。こりゃ、今の規格じゃ観れねーぜ。だが！このウリバタケ様にかかれば、不可能は無い！！」
言うが早いか端末をバラシ、どこからか取り出したパーツを組み合わせ、メモリーの規格に合わせてゆく。
改造屋として腕を鳴らしていたウリバタケ。図面も引かず、尺度も測らず、そこにそれが収まっていたように組み上げてゆく。それはまさに、神業であった。
公開改造ショーと化した一角を背に、一人の男がカウンター席にやって来た。
「アリス。白兵戦、準備。行けるか？」
グルーバーである。
「Ｔｅｓ．主任。全力戦闘可能…作戦を提示してください。」
座席から滑り降りたアリスが胃の辺りをさすりながら答えた。
「よろしい。現在、船を占拠中の連合軍兵士を無力化する。殺傷は緊急時を除いて認めない。アリスは格納庫を制圧し、ジャバウォックを臨戦態勢に維持せよ。」
「Ｔｅｓ．主任。…緊急時とは具体的にどんな状況ですか？」
「自身が殺傷されると判断した時。ナデシコクルーが殺傷されると判断した時。ジャバウォックが破壊されると判断した時。ナデシコに重大な損害が与えられると判断した時。以上四点だ。」
「Ｔｅｓ．主任。作戦を認識しました。今すぐ、行動しますか？」
「いや、まだだ。もうす…」
グルーバーがそこまで話した時、一人の青年が異論を挟んだ。
「待った！中尉。いかにパイロットとはいえ、そんな小さな女の子を矢面に出して良心が悩まないんですか？！」
声を上げつつ、その場に乱入したのはテンカワ…ではなく、アオイ・ジュン。ナデシコ副長だった。
ジュンは本当なら、ユリカと一緒に行きたかったのだが、彼女が船を離れる丁度その時、ダイゴウジと口論の最中だった。
そして、ジュンの士官学校で鍛えた軍人としての理性が「副長は船を一つに纏めなければならない。艦長が船を離れる時、副長が指揮を預からねばならない。」と囁き、現在に至る。
もちろん、士官学校出たてのぺーぺーの少尉であるジュンに、船を纏め上げるスキルは無い。本来ならば今頃、配属先で補佐役の古参軍曹達の技を一生懸命学んでいる最中だろうが、彼は不幸な事に既に実務…いや、実戦に立たされている。
そんな彼が食堂で、どうしたら副長の職務をまっとう出来るのか？と悩んでいた時、彼の耳元に流れてきた話がグルーバーとアリスの会話だった。
「ふむ、副長？君の銃の腕はどのくらいかね？格闘戦の腕前でもいい。」
「どちらも並です。なんでそんな事聞くんです？…って、そんな事よりさっきの質問に答えて下さい！」
「ふむ？私に良心などと言う物を期待しないほうがよい。次の質問だが、戦うべき場所は格納庫以外に、もう一箇所ある。私と君とホーリー君でブリッジを制圧し、占拠部隊を捕縛する。」
「「「なっ！？」」」
ジュンと一緒になってグルーバーの話を聞いていたミナト、ホウメイ、ルリがジュンと一緒に驚愕する。ルリは目を見開いただけだが。
「なんで、今更な訳？それにアリスちゃんを戦いに引っ張り出すのは認められないわ！」
ミナトが代表して問い詰める。
「なぜ？…簡単な話だ。ブリッジに乱入して来た時に戦っていれば、それに呼応して、他の場所を制圧していた部隊がクルーを殺害する危険性があったからだ。ブリッジで連中とやりあった際、貴方に流れ弾が当たっていたかもしれんしな。」
「う…なるほど。でも、アリスちゃんの事はどうなの？」
「それも単純な話だ。アリスは階級こそ与えられてないが軍に所属している。それが答えだ。それとも、なにかね？訓練を受けてもいない非武装の民間人を、武装した兵士と戦わせろと？出来んよ。出来る訳無かろう？例え、当人達が乗り気であってもだ。これでも私は軍人なのだ。」
単純であるが故に反論が噛み付けるスキもなく、ミナトは臍を噛んで押し黙る。
と、冷静になったジュンがグルーバーに問う。
「中尉が軍人である以上、中尉の身の安全は保障されているはずです。何故、動く必要があるんです？」
「ふむ、身の安全はこの船のクルー全員にも保障されている。彼らも軍人であるからな。私が動かねばならん理由は、ムネタケ中佐に命令を下した者達の正体が不透明だからだ。」
「不透明？何故です。中佐は統合参謀本部の命令であると、はっきり言っていましたよ？」
「だからこそだ。参謀の職務は、作戦立案に纏わる事が全てだ。直接、軍事行動に口出し出来る権限はそもそも無い。つまり、今回の件は一部幕僚の暴走といえる。統合参謀本部の名をダシに軍を私物化しようとしている。ぐらいには想定して置くべきだ。本当に統合参謀本部全体の意思なのかもしれんが。どちらにしろ、そんな法的根拠の無い命令を受け入れ、統合参謀本部、もしくはその黒幕に降ってしまえば、近い将来、邪魔な物として処分されるだろうよ。私とアリスを手に入れたところで持て余すだけだろうからな。もちろんナデシコも似たような物だ。折角、軍機扱いとはいえ連合軍の公式認可を受けたプロジェクトを非合法の使い捨てになど、されてたまるか。」
「し、しかし…」
「しかし、なんだね？…良いかね。アオイ副長。兵士として、上からの指示に盲目的に従うのは賞賛されるべき事だ。しかし、実際の行動に責任を持たねばならない将校は、けして盲目的になっては、ならない。下された命令が真実の物であるか疑うぐらいで丁度良い。」
「そ、それでも…」
「ふむ、受け入れがたいかね。それでも構わない。だが、覚えて置く事だ。でないと、軍を食いモノにする上官に、部下ごと使い潰されてしまう時が来るぞ？」
ジュンの純真であるが故の愚直さと、グルーバーの懐疑主義が対峙する。が、形勢は明らかにグルーバーが有利だ。
と…食堂、大画面に映像が映る。同時に音楽が鳴り響いた。
「あ、これ、ゲキガンガーじゃないか。…懐かしいな。」
カウンターの内側から手をタオルで拭きつつ、出てきたアキトが声を上げると、ダイゴウジが我が意を得たりと叫ぶ！
「おお！！我が魂を理解するとは見上げた奴！この間の戦闘で勝手に俺のゲキガンガーを使った事は許してやるぜ！！名前はなんて言うんだ？」
「アキト。テンカワ・アキト。」
「よろしくな！アキト。俺はダイゴウジ・ガイだ！」
「よろしく、ガイ。」
ゲキガンガーのオープニングをバックに二人が握手を交わす。
と、その時、グルーバーが動いた。
「アリス、アオイ副長。わたしが合図したら、こっちに来るように。可能ならホーリー君も連れてくるようにな。」
二人に話しかけてから、食堂の出入り口に向かって悠然と歩き出す。
出入り口にいた二人の歩哨が、グルーバーに気付いたのはグルーバーが彼らの目の前に立った時だった。
「何の用ですか？中尉。食堂からの出入りは認められておりません。」
片方の歩哨がグルーバーに警告する。
「ああ、大した事ではないのだがな。そこの…」
グルーバーの話に二人の意識が集中した瞬間、グルーバーから見て左手の男にグルーバーの拳が飛ぶ！！
ジャブ気味に放たれた拳は、左の男の顎にクリティカル・ヒット！
一撃で意識を刈り取り、グルーバーはもう一人の男に正対する。
もう一人の歩哨が、ライフルを撃つには近すぎると判断して、そのまま、ライフルで殴りかかってくる。
ブォォン！
横薙ぎに振り回されたライフルを、両拳を顎の側に控えさせたボクシングスタイルのまま、大きくしゃがんでかわし、その姿勢のまま前進し跳ね上がる！白衣がマントのようにたなびいた！
キュッ！キュキュッ！！
革靴が床と擦れた音を出し、グルーバーは渾身のアッパーを繰り出した！！
ゴッキッッ！
またもや顎を直撃した拳はすべての力を出し尽せ、と振り上げられる。
ぐらっ…ドサッ。
二人目の歩哨も意識を手放し、しばらくの眠りに付いた。
「「「「「「おおっ！！！」」」」」」
入り口付近に座っていた、ナデシコクルーが驚嘆の声を上げた。その声に気付いた食堂の全員がグルーバーに目を向ける。
「む？…ふむ、まあよい。アリス。アオイ副長。それに、ホーリー君と保安班班員。ここに集合したまえ。」
図らずとも、全員の注目を得たグルーバーは手早く支持を出す。同時に歩哨二人を武装解除し、後ろ手に親指を交差した状態で結束コードで固定してしまう。
手早く歩哨を無力化したグルーバーの側に先ほど呼ばれた者たちが集まる。
アリス、ジュン、ゴート。そして、保安班の面々２０人。
「さて、これよりナデシコを奪還する。オモイカネ？占拠者である連合軍兵士のそれぞれの現在位置を示してくれたまえ。」
〔お～け～♪まず、食堂入り口内側、二人。これはさっきグルーバー中尉が倒しちゃったね。そして、食堂入り口外側にやはり二人。まだ元気だよ。続いて、格納庫に三人。ブリッジに四人。内一人はムネタケ中佐だよ。今、感知出来る人間はそれだけ。〕
「と、言うことだ。そこで、三手に別れる。まず、保安班の内、１０人はここの警備に当たってもらう。アリスと保安班の内、６人で格納庫の制圧。アオイ副長、ホーリー君と私。それに残った保安班４人でブリッジを取り戻す。」
「それぞれ、ここにある銃器、後で入手する銃器で武装してもらうが、基本的に発砲は無しで行動してほしい。主に格闘戦、もしくはノン・リーサル・ウェポンで戦ってくれたまえ。諸君らは一応民間人だからな。もちろん、緊急時や状況に応じてはその限りでは無い。そのさじ加減は諸君らの流儀に一任する。なにか質問は？」
グルーバーの民間人発言の時点で失笑が漏れた。保安班の人間はネルガルＳＳからの出向社員であり、下手な小国以上の富と権力を持つ大企業の嗜みとして、彼らの大半は人を殺した事のある実戦経験者で構成されている。もちろん、業務中に殺した事も多々ある。ここにいる面々はそんなネルガルＳＳの腕っ扱きである。
下手な気遣いは無用だった。もちろん、グルーバーのソレはただの建前であり、建前を前提にした皮肉である。
保安班の内の幾人かが歩哨の持っていた銃を手にする。それ以外の者は、腰に付けたホルダーから伸縮式スタン・ロッドを取り出す。
「ふむ、質問は無いようだな。では始めるとしよう。ホーリー君、私と君で入り口の兵を無力化する。オモイカネ、カウントダウン・カウントスリー。カウント・ゼロで入り口を開いてくれたまえ。」
〔りょ～かい♪３…２…１…０！〕
プシュ！
ドアが開くと同時に、グルーバーとゴートが見事な身のこなしで飛び出す！
シュッ！！
グルーバーが、ドアが開いた事に気付き、振り返ったばかりの兵の顎を右ストレートで強く擦る！彼の頭は大きく振られ、脳震盪を起し倒れた。
ゴートは、同じく振り返った兵の背に取り付き一気に首を極めた！頸静脈を締められた彼はスッと意識を強制的に閉じられてしまった。
直ちに先ほどと同じように無力化し、食堂の一角に転がす。
あまりもの早業に声も出ない食堂の一同。
「よし、では行動開始だ。なにか問題が起きたらコミュニケで連絡すること。」
言うが早いか、グルーバーは廊下へと飛び出してゆく。遅れまいと他の者達も慌ただしく飛び出した。
「くぅぅっ！これぞ、ヒーローの見せ場っ！…なのに俺はここで見ている事だけ。ううっ！骨折なんかしなければっ！！」
ダイゴウジが暑苦しく後悔する。それを尻目にカウンターの内側、己の職場に戻るアキト。彼の顔は怒りと憤りと悩みとで絶妙にミックスされていた。
「ど～したんだい、テンカワ！なんか悩みがあるなら聞くよ？言ってみな。」
アキトの顔色に気付いたホウメイがアキトに問いかける。
「！？…いえ、なんでもないっす。」
「はぁ、そんなツラしてなんでも無い訳がないだろ？…いいかい、テンカワ。仮にもプロになろうってんなら、手前の心ぐらい手綱を握っときな。肝心な時、凹んで仕事が手につきません。じゃ、プロ失格だよ！」
ホウメイの一喝が飛ぶ。
「でもね、そう簡単に手綱が取れないのが人の心だ。だから、悩みや憤りは、とっとと吐き出しちまって心を身軽にしとくんだよ。…さ、話してみな？」
しかし、即座にフォローの言葉を入れるのがホウメイがホウメイである所以。
「……その、上手く話せないんですが、暴力で事を解決しようって考え方が気に食わなくて…火星を見捨てた軍人の癖に、水を得た魚みたいに生き生きとしてやがったし…でも、そんな事を考えてる自分に何が出来るんだって考えてると自分が情けないし、で…」
アキトがつっかえつっかえ、思いを口にする。
「ん～、なるほどねぇ。まぁ、確かに暴力はイケナイものとされてるけどね。場合によりけりさ。暴力を嫌うあまり、大切な人を失いました。じゃ、あまりにも情けないだろう？人の世なんてのはね、結構、薄汚れてて汚い面があるんだよ。それから身を守りたければ、時には暴力で主張しなけりゃならないのさ。」
「でも！」
「ああ、テンカワがそのように感じるのを否定する事は誰にも出来ない。だから、場合によりけりって言ってるだろう？それに、この事について一番判ってるのはテンカワ。アンタ自身だよ。自分で判ってるから、自分を情けなく感じるんだよ。そして、それは恥ずべき事じゃない。」
「…実感、湧かないです。」
「まぁ、自分を理解出来なきゃ、その手の事は判らないよ。自分の言葉で自分を語れるようになってみるこった。…気分は入れ替われたかい？さ、テンカワの今すべき事はクルーの飯を作ることだよ。テンカワとしては中尉達と一緒に船を取り戻したいのかもしれないけどね。」
「なっ…お、俺はそんな…でも…」
「ほらほら、今は悩みは置いといて仕事だよ。まぁ、蒸し返したアタシも悪いんだけどね。」
ホウメイはアキトの尻を叩きつつ、いつでも注文に答えられるよう料理の下ごしらえに入った。
テッテッテッテッテッテッ
廊下を軽快に疾走するアリス。グルーバー達とは先ほど別れたばかりである。
そして、アリスの後方を全力で追いかける保安班の面々。
「早いな。」
「ああ、並じゃないって噂だったが…」
「戦闘映像を見たが、あの機の戦闘機動、ありゃ普通の体だったら潰れてるぞ。あんな小さな体だったら特に。」
アリスの話題に盛り上がる彼ら。全力疾走しつつ、話をして息を荒げない辺り彼らの受けている訓練の厳しさが判ろうというものだ。
と、格納庫入り口に着いた。
「…ＷＩＬＬ。状況報告。」
アリスが格納庫内に居るＷＩＬＬにコミュニケで話しかける。
〔目標・三名。入リ口正面・左寄リ・ノ・整備道具置キ場デ・クツロイデル。格納庫・二・着テ以来・ズット・ソウ。トラップ・ノ・類ハ・仕掛ケラレテ・ナイヨ。〕
ＷＩＬＬが、その場に居るが故に出来る報告を、映像を交えてする。
「…じゃぁ、ボク突っ込むから、皆で援護して？」
アリスが、保安班の男達に問いかける。
「行けるのか？」
男達の一人が問う。
「大丈夫。…それに、ボクが一番小さい。被弾率は最小。」
「そらまぁ、そうだけどな。」
「じゃ、ライフル持ってる俺と、拳銃持ってるお前で牽制するか。お嬢ちゃんは弾幕の下、潜って、連中にキツイ一発お見舞いしてやってくれ。」
「…判った。ソレでいく。ＷＩＬＬ。スリーカウントでドアを開けて。」
簡単な作戦会議が終わり、男達がドアの両脇に待機する。アリスはドアの前で何時でも走り出せる様にスタンバイした。
〔３…２…１…ＧＯ！〕
ＷＩＬＬの合図と共に、ドアが開く。アリスが飛び出し、保安班の男達の内、銃を持っている者はドアから半身、体を晒して銃を構える。
パララッ！パララッ！
タン！タン！タタン！
ドアが開くと共に、銃声が響き、至近弾が集中！慌てふためいた連合軍兵士達は、各々手近な遮蔽物に身を隠す。
そのスキに、保安班の残り４人が格納庫に飛び込んだ。兵士達の死角を縫って、肉薄しようと試みる。
兵士の一人が、ライフルに初弾を装填し、反撃しようと身を乗り出す。
が、彼の目の前に緑の塊が降って来た！いや、塊では無い。地球連合軍第三種女性用軍装、作業着風の上着にタイトスカート、共に緑色の服である。ソレを身に着けていたのは、１２歳くらいに見える少女…アリスだった。
アリスが、地面に這うように着地し、その反動で飛び上がる！
そのまま右手を振り抜き、兵士の鳩尾に叩き込む！！
ズクッ！
いやな音と共に彼は意識を手放した。
兵士と共に着地したアリスは次の獲物に向かう。
クスッ
アリスの口から音が漏れる。彼女の口は、引き締められていたが、ほんの少し歪んでいた。微笑と言う形に。
そのまま、二人目の側に到着。三人目の兵士もそこに居た。
アリスは姿勢を低くし、二人目に肉薄する。
二人目が銃をアリスに向けようとするが、すでにアリスは構えた銃の内側だった。
ゴッ！
両手で銃を構えた、その腕の隙間から、アリスのアッパーカットが彼の顎を捉えた！
意識を失い、倒れようとする兵士の体を駆け上り、そのまま、三人目に飛び掛ろうとするアリス。
しかし、三人目にして最後の彼は既に、アリスにライフルを向けていた！
引き絞られるトリガーの音が聞こえてきそうな錯覚。それを崩したのは、保安班の一人だった。
彼のスタン・ロッドが振り上げられる！
バリバリッ！！
スタンロッドが紫電の稲妻をまとらせ、兵士の右手に襲い掛かった！即座にロッドを滑らせ、ライフルを絡め取り、アリスに当たらない様に跳ね飛ばす。
戦意を一気に喪失した兵士に止めを刺したのはアリスの回し蹴りだった。
「後、５，６年経っていれば…」
不可解な言葉を残しつつ倒れる三人目の兵士。…どうやら、回し蹴りを喰らった時、アリスのスカートの中が見えたらしい。
ちなみに、先ほど電撃を喰らった兵士が戦意を喪失したとあったが、痺れて動けない。の間違いでは無い。実際に電気に触れてみれば判るが、人体は意外と電気に強い。
電撃を喰らい続けている最中ならともかく、そうでなくなれば、麻痺は解ける。体に悪影響が出ないからこその非殺傷兵器である。
ちなみに、実際に電気の通った電線に触れた感想だが、びっくりして強制的に頭の中が真っ白になった。と言う感じ。
もちろん、アンペア数が高ければ、喰らった瞬間、焼け焦げるそうだが、殺傷目的で無い出力であるスタン・ロッドにそこまでのアンペア数は無い。
三人目の兵士にスタン・ロッドを食らわした保安班の男とアリスの視線が交差する。
びしっ！
二人は鏡合わせのようにサムズ・アップ。互いの健闘を称えあった。アリスがこういう真似を出来たのは、「こういう時はこうする物だ。」という６０３実験小隊隊員のお節介な教育のお蔭だった。
「…凄いですね…トンでもない身体能力。わたしとアリスは…別物です。」
ここは食堂。オモイカネに頼んで、ウィンドウにて現在放映中の格納庫の状況を眺めて、ルリが言った。
ビシッ！
ルリの後頭部にチョップが入った。
頭を抑えたルリにミナトが説教する。
「ダメよ。ルリルリ。人や自分を物扱いしちゃ。良くない大人になっちゃうんだからね？」
「良くない、ですか。たとえば？」
「ん～、グルーバー中尉かしら？あの男は、自分も人も物扱いしてるわね。後は…ムネタケ中佐？あの人は他人を利用してる感じだし…」
「わ～、よく判りますね！私なんか、あの二人の事、＜ヤな感じ＞としか言い表せないですもん。」
ルリとミナトの会話にメグミが乱入する。どうやら、タイミングを計っていたらしい。
「ふふん♪社長秘書としての人生経験よん♪いろんな人、見てきたからねぇ。」
ミナトが誇らしげに語る。
「あ…件の良くない人が、ブリッジに着きました。」
格納庫と一緒にブリッジの映像も出していたルリが、報告する。
通路の行き止まりは大きなドア、この先はブリッジである。
「さて、オモイカネ。ブリッジ内部の状況を見せてくれたまえ。」
〔おっけ～。連合軍兵士三人とムネタケ中佐は、思い思いの格好でくつろいでるよ～。〕
オモイカネの言葉と共にウィンドウが展開する。
「…ふむ、全員目標の配置は記憶したな？問題無ければ、突入だ。」
ブリッジ入り口に集まった男達が頷く。
〔じゃ、例によって、いくよ～。３…２…１…０！〕
プシュ
ドアが気の抜けた音と共に開く。そして、男達が開くが早いか、突入する！
「…な！？」
いきなり駆け込んできた男達に気付いた一人が反応するが、全てが遅かった。
ドスッ！バリバリッ！
スタン・ロッドが後頭部に叩き込まれ、一瞬でブラックアウト。
離れた位置にいたもう一人の前にジュンが飛び込む。
ガキ同然の男に負けるか！と兵士が拳を振るうが、当たらない。当たってもガッチリ、ガードした上にだった。
意外かもしれないが、格闘技…相手を倒す術に、筋肉は本来、要らない。的確な体重移動と正しい身体操作を行ない、正しい人体急所を突けばジュンのような線の細い男でも筋肉ムキムキの現役兵を倒せるのだ。
もちろん、普通の格闘家が筋肉ムキムキなのは、破壊力向上の為であり、筋肉を盾として使う為である。
いわゆる、真っ当な秀才型のジュンは、奇抜な天才型のユリカには太刀打ち出来ないが、事、日々の積み重ねがモノを言う世界において、ユリカの追従を許さない。そーいう世界は地味なので、目立たないが…
付け加えるなら、ジュンの体もきっちりした訓練によって引き締められている。残念ながら、筋肉の付く性質ではなかったので線の細さは変わらないが。であればこそ、本編にて現用軍用機デルフィニウムにいきなり乗って戦えたのだ。ただの、もやしっ子ならＧに振り回されて遭難していただろう。
ジュンは冷静に間合いを計り、牽制を放ち、必殺の機会を待つ。
兵士が、ジュンを簡単に倒す事が出来ず、自暴自棄になり始めた時、ジュンが動いた。
大振りな右ストレートを潜り、肝臓の辺りに生拳突き！痛みとジュンの動きに怯んだ兵士の首元に後ろ回し蹴りが綺麗に入った！！
崩れ落ちる兵士と、なんとか倒せた事にホッとするジュン。
ゴートと最後の兵士の戦いはダイナミックだが呆気無い物だった。
兵士が回し蹴りを放つも易々と避け、軸足を取り、兵士の顎を掴んで、一気に床に叩き落す！大外狩りの変形というイメージが一番近い。本来は相手の体重を利用する技だが、ゴートは有り余る筋力で相手を押さえ込んでしまった。
おそるべし、マッチョメン。
そして、ハルカ・ミナトに良くない大人と呼ばれた二人が相対する。
「あ、アンタ！こんなこッ！」
ヒュッ！
グルーバーの右ストレートがムネタケの顎にヒット！ムネタケの首がヤバい位に捩れ、倒れる。
あっけない最後だった。
「問答無用だな。」
兵士達を無力化したゴートがグルーバーの側に近寄って話しかける。
「ふん、一応、上官である以上、上官として認めてしまえば暴力行為は厳罰対象だ。ならば、クーデターを目論んだ反乱分子扱いにしてしまった方が良い。で、あるならば言葉は無力。ただ、行動で優劣を図るだけだとも。」
戦った後だというのに顔色一つ変えないグルーバーが答える。
「しかし、一体どこでそれだけの戦闘技能を？貴方は技術士官だったはずだが。」
「別に、研究者がボクシングを嗜んでもおかしくあるまい？ただ、私がそうだっただけだ。」
「むぅ…ボクシングだけでは説明が付かないような…まったく、なぜ技術士官をしているのか判らない様な人だな。貴方は。」
「ふむ、ほめ言葉として受け取っておこう。…さて、オモイカネ！ブリッジクルーをここに呼んでくれたまえ。」
〔おっけ～♪ナイスパンチだったよ、中尉。〕
「む、そうかね？ありがとう。」
オモイカネの賞賛に答えるグルーバー。と、その時、海底から忘れ去られていた存在が空へと飛び立った。
フィー！フィー！フィー！
トビウメ艦内に警報が響き渡る！それは、ここ提督室応接間でも変わらなかった。
部屋の主、ミスマル・コウイチロウが、愛娘との歓談と言う至福のひと時を泣く泣く中断し、机のコンソールを操作して状況を尋ねた。
「何事かね？」
我が至福を妨げるモノ、ヌッコロス！と言わんばかりの形相でモニターの担当官にガンを飛ばした。
担当官があまりもの形相にビビりつつも、職務を果たす。
「！？…提督、チューリップです！近場に居た小型のチューリップが活動を再開しました！現在、クロッカス、パンジー交戦中！！トビウメは砲撃位置へ機動中です。」
「なにぃっ！…わかったぁ！直ちにブリッジに向かう。」
コンソールの通信を殴りつけるように終了させ、愛娘に顔を向け、
「すまんなぁ～。ユリカ。パパは仕事だ。お前はここでケーキをゆっくり楽しんでいなさい。」
と、言い放ったが、当のユリカは身支度を整え部屋を出るところだった。
「なっ！？…ユリカ！？」
「？、何です？お父様？」
可愛く小首を傾げコウイチロウに問いかけるユリカ。二十歳になるのに、なぜかハマってるのが実に不思議。
「ユ、ユリカ！どこへ行こうというのだ！お前はココに居なさい！！」
「残念ですが、お父様。ユリカはナデシコの船長です！＜艦長たるもの、艦を見捨ててはならない＞これはお父様の教えですよ？船長であろうが同じことです！」
「う…しかし…ユリカ…」
コウイチロウは突然の娘の反抗に茫然自失である。
「では！ユリカは船に戻ります♪」
ソレを良いことにユリカは捨て台詞を残して部屋を後にした。
と、ドアを潜り抜けたところで、いきなり親しい人物と遭遇した。
「おお！船長！ちょうど、良いところであいましたなぁ。」
「はい！プロスさん♪ナデシコに戻ります！」
二人は全力疾走でトビウメ格納庫に向かった。
チューリップ浮上の報告に騒がしくなったのがナデシコ格納庫。現在、ジャバウォックの発進準備が整えられている。
主役は、警報と同時に格納庫に飛び込んできた整備員達だ。
「嬢ちゃん！持ってく武装を選べ！！ここにあるモンなら何だって積み込んでやるぞ！」
ウリバタケがコミュニケでアリスに話している。
「…敵はチューリップ。なら、貫通爆弾の大きいのをありったけ。後、Ｋ．Ｅ．Ｍ．も積めるだけ。レール・カノンの搭載弾数は？」
「ＯＫ！バンカーバスターⅤだな。通常弾で良いな？戦術核なんかナデシコにゃ無いぞ。…おい！そこの！バンカーバスターⅤを三発！Ｋ．Ｅ．Ｍ．を六発だ！…レール・カノンの方だが、応急処置で十二発増やせた。もうチョイ時間が有ればもっといけるが…こんなもんだ。」
「うん、問題無い。有難う、整備班長。」
「お～よ！気にすんな。ついでに、俺の事はウリバタケって呼べ。役職だけだとくすぐったい。」
「判った、ウリバタケ。」
アリスとウリバタケが雑談混じりに準備を進める。周りの者たちは、ジャバウォックに燃料を補給し、弾倉に弾を給弾する。パイロン（ミサイル等を取り付ける出っ張り）に貫通爆弾や、超高速ロケット弾を取り付ける。ちなみにパイロンは翼下の四箇所に胴体下の一箇所。計、五箇所あり、パイロン自体を付け替える事であらゆる武器に対応している。現在は胴体下と翼下内側に貫通爆弾を一発ずつの三発、翼下外側のパイロンにＫ．Ｅ．Ｍ．を三発、一セットの合計六発。
いくつか、武器の解説をしておこう。まず、貫通爆弾・バンカーバスターⅤ。これは対地下施設用に開発された特殊爆弾で、高空から投下された運動量で地面を貫く。そして地面の奥にある地下施設の側で爆発。施設に重大な被害を及ぼす。上手くいけば穴埋めに出来る威力を持つ。状況に応じたバリエーションがあり、戦術核装備型もその一つ。Ⅴは２０世紀末に開発された初代の発展形を示す。
Ｋ．Ｅ．Ｍ．は運動エネルギー弾の略で、超高速でかっ飛ぶロケット弾だ。全体の殆んどが燃料と言う念の入れようで、その燃料によって生み出される超高速が、このロケット弾の持ち味。あらゆる目標を自身の硬質の外殻で貫いてしまう。あまりの速度に発射後の機動制御が出来ないため、ミサイルとして開発されながら、発射制御システムはロケット弾用のものを高精度にＵＰさせて使っている。
本来、対戦車兵装として、専用の戦闘車両に装備されていたが、その特殊性と裏腹に使い勝手が良いのでさまざまな兵器に搭載されている。
燃料補給と装備を整え、簡易チェックを済ませたジャバウォックから、整備員が離れる。
可動翼、ラダー、エルロンが上下にふられ、二次元可動ノズルが動く。飛行前の最終チェックだ。これを忘れると、空の上で翼が動かないとかいう悲惨な事態を巻き起こす。
全て、問題なく、ジャバウォックの重力波推進器に電力が供給される。
ちなみに、メインエンジンの熱核ロケットを使用しても、整備員が被爆する事はない。熱核ロケットのメカニズムは、核融合炉から供給される圧倒的熱量で推進剤を加熱、プラズマ化させ噴射する。核融合炉は完全に密閉されており、中性子が飛び出すことは無い。その気になれば、外気でも水でも推進剤になるが、燃焼効率が今ひとつなので合成航空燃料を使用している。
おまけで言えば、核パルスエンジンとは、核分裂反応、もしくは核融合反応を直接、推進力に使うロケットエンジンである。専門家が悶絶するほど乱暴に説明すれば、核爆弾がノズル内で継続的に爆発していると言っても良い。ものすごく傍迷惑なシステムなので、宇宙空間専用である。いや、宇宙で、でも周囲に遠慮しなければならない面倒なエンジンだ。だが、その分、シンプルでパワーがある。
ジャバウォックが格納庫エレベータに乗った。
ガコン！
エレベータのロックが外れ、エレベータがカタパルトまでジャバウォックを案内する。
ガッコン！
エレベータが到着したことによりカタパルトはまっ平らになった。出口の隔壁が開く。
と、アリスの前でウィンドウが開く。
「アリスちゃん。現在、相転移炉が使えない為、カタパルトの電圧が供給できません。自力で飛んでください。」
メグミが船の状況を話す。
「Ｔｅｓ．自力発進する。」
アリスが出口を見据え答える。もちろん、機体のカメラを通してである。コクピットの彼女は目を閉じている。別に目を開いていてもＩＦＳ接続に問題は無いが、複数の視覚を持つのは頭が混乱しやすいので安全の為でもある。
と、ジャバウォックがカタパルト内で浮き上がる。重力波推進器の恩恵だ。タイヤが機体内に格納された。
〔メイン・エンジン・ＲＥＡＤＹ〕
ＷＩＬＬの言葉と共に、熱核ロケットに火が灯る。即座に炎を吐き出したエンジン・ノズルがジャバウォックをカタパルトの外へ蹴り出す！
ゴォォォォ！
カタパルトを飛び出したジャバウォックを至近距離で眺めていた二人が居た。
「おお、アリスさんが出られましたね。これでナデシコを立て直す時間が出来たという物です。」
「ハイ！いそいであのチューリップ、壊しちゃいましょう！」
ナデシコに接近中の汎用ヘリの操縦桿を握るプロスペクターとユリカである。
さっそく、カタパルトに入り着陸態勢に移った。
ナデシコを飛び出したジャバウォック。大きな弧を描きつつ、チューリップへの直撃軌道に乗る。
「エネミー・タリホー。エンゲージ！…高加速モード。まず、バンカーバスターを使うよ。」
〔Ｉ・ＣＯＰＹ］
アリスとＷＩＬＬが手短に戦術を練る。
モード切替えがなされたジャバウォックが空中で跳ねる様に再加速！あっと言う間にトップスピードに乗った。
チューリップとの距離が縮まる。
対艦攻撃モードに設定された、攻撃システムが切り離し後の貫通爆弾の予想軌道をアリスの脳内に提示。
それにあわせ、機首を上向きにし、的確な投射位置に着いた時、切り離した音が響いた。
ガッコン！
胴体下部から切り離された、貫通爆弾がチューリップ目指して飛び込む。
ジャバウォックは、チューリップを掠めるように天、目指して上昇した。
爆発音！
チューリップの胴体中央から火が上がる。
〔貫通爆弾、チューリップ表層・デ・爆発。表層・ヲ・崩ス・モ・効果・ナシ〕
「…じゃぁ、もっと加速して叩き込む。」
アリスの言葉に従って、緩やかに上昇していたジャバウォックは垂直に空を駆け上る。
後方視界に佇むチューリップが豆粒以下に見えるほどの高度で、くるりと反転。
今度は、チューリップ目掛け垂直降下を開始した。
ギシギシ、カタカタ
長大な噴射炎を撒き散らすジャバウォックは、あたかも宇宙へ向かう打ち上げロケットの様相を呈して来た。唯一の違いは海に向かって一直線な事ぐらいだ。
豆粒だったチューリップが即座に大きくなってゆく。
「貫通爆弾、Ｋ．Ｅ．Ｍ．一斉射出、オート。」
〔ＲＥＡＤＹ！〕
アリスの指示に答え、まず、Ｋ．Ｅ．Ｍ．が六発一斉に飛び出す！そのＫ．Ｅ．Ｍ．を追いかける様に貫通爆弾の残り二発が切り離される。
Ｋ．Ｅ．Ｍ．が一気にチューリップに突き刺さる！与えられた運動量がチューリップを削る！そこに貫通爆弾が到来し、盛大な炎を巻き上げた。
攻撃の結果を確認する事も無く、翼を動かし、チューリップへの直撃軌道を避けたジャバウォックだが、みずから生み出した慣性モーメントは海面へと機体を叩きつけようとする。
先ほどまで、全力で集中していたチューリップの事は棚上げし、機体の操作に全てを賭ける。
「高機動モードにシフト。推力最大。」
〔ＡＬＬ・Ｏ．Ｋ！グラビティ・スラスター・ＭＡＸＩＭＵＭ！！〕
軋む機体を無視して、アリスが命令を下す。ＷＩＬＬが忠実にそれに答える。
落下速度は未だに変わらないが、機体の姿勢を強引に引き上げたジャバウォックが海面と水平に滑り出した。
海面が近づく。それは全てを飲み込む魔物の顎のようでもあった。
ブルッ
アリスの体が震える。それは、決死の状況下で体が感じた恐怖だったが、アリスには未だ理解出来ない感情だった。
「…？……ディストーション・フィールド、ＭＡＸ！」
〔ＹＥＳ！ディストーション・フィールド、ＭＡＸＩＭＵＭ！〕
風除け程度に展開していたディストーション・フィールドが全力展開される。すぐに海面と接触し、大きな水柱を作り出した！
ジャバウォックを敵だと認識したチューリップが触手を伸ばし、水柱に幾つも突き刺してゆく。
ドドドドド
水柱の反対側から飛び出す触手に混じって、ジャバウォックが姿を現した！
傷一つ無いその機体は、軽やかに触手の群れを紙一重で避ける。
「フ…フフ…不思議。何故か、ジャバウォックと…今までに無い一体感が感じる。…今なら何でも出来そう。」
ひらり、ひらりと触手を避けていたジャバウォックが機首をチューリップに向け、再度、突撃する。
一本の触手の上をなぞる様に飛ぶ。
展開しっぱなしのディストーション・フィールドが本体より軟弱な触手を崩壊させてしまった。
ガコン
ジャバウォックのレール・カノンが展開し、沢山ある触手の付け根に砲弾を叩き込む！
ドドドドド！
アリスの的確な射撃がチューリップを丸坊主にしてゆく。
三度、チューリップとすれ違った時、ようやく、ナデシコが戦線に参加した！
「目標、チューリップ！アリスちゃんがつけた傷跡に向けてグラビティ・ブラスト、収束モードで斉射！！」
「了解、照準固定。グラビティ・ブラスト、収束モード。発射。」
ゴッッ！！
ナデシコの砲身から必殺の一撃が奔る！
狙い通り命中したグラビティ・ブラストがチューリップを貫いた！！
チューリップは命中した箇所から粉々になり、真っ二つになって海底に落ちていった。
「ナデシコはアリスちゃんを回収したのちに、赤道から宇宙を目指します！」
ユリカの言葉が出るが早いか、ジャバウォックがカタパルトに舞い降りる。
「…格納庫より連絡。アリス機、格納庫に固定完了。」
メグミがユリカに答える。
「じゃ、ナデシコ！全速前進～！！」
「は～い、機関全速、よ～そろ～♪」
ユリカの言葉にミナトが答える。本来なら厳格で引き締まるシチュエーションのはずだが、なぜ、この二人の手にかかるとこうも御気楽なムードが流れるのか？
ともかく、ナデシコはその波乱に満ち満ちた旅路へ舳先を向けたのだった。
「…俺は、一体…このままで、いいのか！？…糞、どうすりゃ一番いいんだ！！…」
青年は一人、苦悩する。
ここはトビウメのブリッジ。提督、ミスマル・コウイチロウの副官が口を開いた。
「…行ってしまいましたな。よろしいので？提督。」
「口惜しくはあるがな。しかたあるまい、子は親の手の平から飛び出してゆくものだ。どれだけ、危なっかしくてもな。…しかし…ユリカ～！カム・バ～ック！！」
コウイチロウの叫びが全艦に轟き、艦は運行を一時的に停止した。これによって、完全にトビウメはナデシコを追跡出来なくなってしまったのだった。
二話、完。
あとがき
この話を読んでいただいた奇特な皆様方。この場を持ちまして、感謝させて頂きます！貴方が読んでくださるから当作品は続きます。
出来れば、感想など戴けたら、嬉しいな～と思ってるＴＡＮＫです。
ちなみに今回の投稿が一週間かかったのは、感想が皆無な所為ではありません。
まぁ、ちょっと活力は枯渇気味でしたが。
ともかく、仕事に追われて、家に帰ってから一日数行しか書き込めなかったのが痛かったです。せめて、１０時間ほど纏まった時間がほしぃ～！
周４で現場に出るってかなりヘビー。しかも、この猛暑の中…体力が根こそぎ持ってかれます。
あ、ちなみに仕事は地質関係がメインの環境調査会社です。
こうやって書くと、インテリジェンスな感じだけど、自分の担当は力仕事メインの雑用係。アルバイトですから。
いままで、見向きもしなかった世界だけど、飛び込んでみると色々面白い物があります♪どこの商売でも同じ事が言えるんですけどね。
ともかく、今回の話は＜ナデシコって子供を導く大人が少ないんじゃないかな＞ってトコからきてます。根本はアリスをとっとと成長させたいが為。
おかげで説教に次ぐ説教。
いやはや、なるべく当たり前の事をキャラたちに喋らせてますが、違和感がなければいいな～。
まぁ、人生訓の類なんて当たり前の事ばかり、なんスけどね。
あ、あと、ジュンの活躍。地味な仕事を頑張るってキャラは好きなんで、ちょっと作者補正を掛けてみました。
補正っつったら、全員掛かってるかもしんないけど。
でも、ジュンは本気で目立たないですなぁ。頑張っても頑張っても作者に忘れられる。食堂での会話やナデシコ奪還作戦の時なんか危うく出番を忘れるところだったですもん。
この、ステルスキャラめ！
ラストでの苦悩の台詞は彼を含めた目立てない男達の血の叫びでもあります（笑）
もう一つの目立てた？男達、保安班の彼ら。設定として作った以上、彼らには頑張ってもらいました。いくら民間船でも大きい船なんだから、いてもおかしくないし。
保安班最大の敵は、整備班。勢いで暴れまわり、気を抜いたら保安班のお株を奪う悪魔の様な存在であります。
今の所、細かい点こそ変えていってるつもりですが、大筋は本編通り。っつうか、ナデシコは放映中に飛び飛びで見ただけだから、結構うろ覚えなんスよね～。大丈夫か？
ともかく、この布石がこの話を大化けさせてくれたらな～って感じです。
では、また一週間後を目指して頑張ります。
P.S. ＴＯＰの言葉、８/２４日編の『凄く格好いい投稿作家達が命がけのネタをかまして、すごくカッコよくここに眠る』って言葉。自分の心の琴線を捉えました。
でも、この言葉って管理人様、Ｂｅｎさんにこそ相応しい様な…
あ、いえ！「凄く格好いい」ってトコがデスヨ？
ＴＡＮＫ
代理人の感想
男のネタは常に命がけ。
だからこそ他人の心を動かすネタとなる。
・・・・・カッコいいのかなんなのかちょっと悩むなぁｗ
それはさておき感想。
今回はちょっとありきたりになっちゃったかも。
マシンチャイルドが人間らしさをとりもどすのはおろか、ルリが素手でバッタを殴り倒すのも意外にたくさんありますからね、この世界（爆）。
やっぱ攻めるなら軍人らしさというキャラから攻めたほうが独自色が出て良いでしょうか。
そう、例えばリリカルなのはみたいに違和感のある物を二つ上手く結び付けられればいいと思うんですよ。
あれは熱血少年誌路線でこっちは軍事路線ってのが違いますが。