それは、火星に向け宇宙を駆け出して直ぐの、ナデシコの格納庫で交わされた会話だった。
アリスと整備員達がジャバウォックを整備している。
「定期チェック項目、チェック終了。…問題無し。」
アリスがコクピットでシステム・チェックを行っていた。
「よ〜し、嬢ちゃん。もう上がって良いぜ?」
ウリバタケが、ジャバウォックの開け放たれたハッチの側でチェック・ボードを弄りながら、アリスに話しかける。
「…ウリバタケ?…改造の注文、出してよい?」
座席から後ろへ振り返りながら、アリスが問いかける。
「改造」の言葉に体を反応させたウリバタケが、チェック・ボードを傍らに置き、アリスの話を聞く体勢になった。
「おおよ!いくらでも来い!!改造とあれば、このウリバタケ!逃げも隠れもしねぇぜ!!」
普段、自己主張と言うものをしないアリスの発言に、大風呂敷を広げながらウリバタケが胸を張った。
ああ、漢の心意気!こののち、ウリバタケは「安請け合いしちまったかなぁ。」と軽く凹む事になる。
「じゃあね…前提条件として、ボクがエステバリスを使わない理由って知ってる?」
アリスが、ソワソワしながら話し出す。
「ああ、嬢ちゃんの戦闘スタイルと合わないんだよな。確か、嬢ちゃん用のエステ・カスタムを作るって話も出てたとか。」
「うん。でも、当時はエステが全然足りなかったから、その計画は中止になっちゃった。」
「って事は、エステの嬢ちゃんカスタムを作って欲しいって事か?」
「広義の意味においては、その通り。」
「広義…だと?」
ウリバタケの問い掛けに、目線をそらせ、僅かにモジモジするアリス。貴重な光景だ。ウリバタケはその光景を脳内に永久記録しようとアリスを凝視していた。その結果、アリスの言葉を聞き逃してしまった。
「うん。…あのね、ウリバタケ。ボク、ゲキガンガー3が欲しい。」
「…へ?」
「ゲキガンガー3の様に、三機合体する人型機動兵器が欲しい。ジャバウォックを核にした奴で。」
「……何ィィィィィィ?!」
「…無理?…出来ない?」
ウリバタケの叫びに、アリスが小動物のかもし出す、切ない瞳を向ける。まぁ、6歳なんだから小動物で正しくもあるんだが。
その瞳が直撃したウリバタケが動揺する。
「…うっ…いや、無理って訳じゃ…ただ、ソイツは改造の枠を超えてっからな。仕様書やら資材やら資金やら色々なモンがネェのに、流石に安請け合いは出来ネェよ。」
「じゃあ、有れば作れるんだね!!」
アリスの顔が一気に明るくなる。瞳がキラキラと恋する乙女な感じになった。どうやら、ゲキガンガー3はアリスの精神に良くも悪くもガッシリと食い込んでしまったらしい。…もう、戻れない…
すぐさま、格納庫を駆け出すアリス。
彼女が格納庫に戻ってきたのは僅か一時間後の事であった。
「はい!ウリバタケ!!仕様書と必要資材と資金、その他の許可!!!」
アリスが皆に初めて見せた元気の良い顔で、ウリバタケに書類と情報メモリーを差し出す。
色んな意味で面食らっていたウリバタケだったが、仕様書を読み出す内に表情が真剣になっていった。
仕様書を読んでいるウリバタケを脇に、アリスへ整備員が語りかける。
「よく、こんな短期間に必要なもの纏めて来たなぁ。」
「うん。まず、主任に相談したんだ。そうしたら、『面白い。やってみたまえ。予算その他はこちらで用意しよう。』って言って色々出してくれたの。後はWILLとオモイカネと相談しながら、仕様書とかナデシコに有る必要な資材のリストアップとかしてたんだよ。」
自慢げに話すアリスに「ほ〜、あの旦那がね〜。」と頷く整備員達。気が付けば、格納庫中の人間が集まっていた。
「こ…これは……そうか、そういう手であの問題を…なにっ?こんなに使って良いのか!?…イケる!!これはイケるぞ!!!おお、長年の夢が!!!!変形合体巨大ロボへの道が!!!!よ〜〜〜し!やってやるぞぉぉぉおおお!!!!!」
盛り上がったウリバタケがシャウトする。
「じゃあ!やってくれるんだね!!ウリバタケ♪」
ウリバタケに確かめるアリス。
「ああ、やるとも。これでヤらねー奴は、ただのフカシだ!!…ただ、今のジャバウォックを使うって案はやめとけ。あの機体はアレで一杯一杯だし、専用の機体を新しく作った方が色々使える。同じデザイン、装備になってもな。」
「…うん、じゃあ、それでお願いするよ。」
こうして、この時代、この戦争において最強の名を欲しいままにし「奇跡の突然変異機」「現代の奇想天外兵器」「現実を侵食した空想」などという伝説と生む、三機の可変合体戦闘機が誕生する事になったのだった。
機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE
機械仕掛けの妖精
第五話 少女の「航海日誌」
火星航路に乗ったナデシコは途端に仕事が無くなってしまいました。もちろん、機器の整備、日々の食事の用意、清掃などの諸業務は常にありますが…。
なんでも、長距離航路を取る宇宙船の最大の敵は退屈なんだそうです。一度、航路に乗せてしまえば、後は慣性航行。進路が狂ってたり、何かトラブルが起きない限り、乗組員は減速を開始する目的地近辺まで暇を持て余すそうです。
しょうがないから、天体観測をやらせたり、デスクワークを増やしたりと色々な苦肉の策がとられていますが、正直、無駄な気がします。だって、やらない人はトコトンしませんから。
そんな人がブリッジに一人います。…現在進行形で…
「あ゛あ゛あ゛あ゛……退屈ぅぅうぅ〜〜〜。」
私が乗る船、ナデシコの船長であるミスマル・ユリカ。二十歳としては異常に子供っぽい人ですが、状況把握能力や頭の回転が驚異的な、何かが足りない天才。天才と言う人種には多いタイプだそうです。
…あ、自己紹介が遅れました。私の名前はホシノ・ルリ。ナデシコのメイン・システム・オペレーターであり、IFS強化体質、すなわちマシン・チャイルドでもあり、この船にいる二人の少女の一人です。
さて、今、このブリッジには私と船長の二人しかいません。
ワッチ、当直とも呼ばれる、緊急時即応体勢が取られているから…。言い変えたら、いざって時の人身御供。もちろん、ほんとに捧げられる訳じゃないんですが。
他のブリッジ要員の皆さんは、それぞれのんびり寛いでいたり、仕事をしているみたいです。…ちょっと、覗いてみましょう。
〔ルリ?良いの??プライバシーの侵害って言うのに引っかかるんじゃないかな?〕
「大丈夫です。船内監視は通常業務の一つです。」
〔曲解の様な…〕
私に話しかけてきたのは、オモイカネ。この船、ナデシコに搭載された超AIでこの船を一括管理する凄い子です。そして、私のはじめてのお友達。
さて、オモイカネの了解も得られた所で、皆さんの様子を見てみましょう。
私は、ウィンドウを自分の正面に展開し、船内カメラの映像を出力させました。
画面が切り替わると、そこは会議室でした。
「…と言う訳で、ネルガルとしては、オリュンポス研究所と北極冠地区研究所は外せないという訳です。火星での行動はこの二点を中心にお願いします。」
統合モニターの前で色々な情報を示しつつ、話しているオジサン。この人の名前はプロスペクター。鉱山や石油を探す試掘者って意味の言葉です。実際にはペンネームみたいなものだそうですが。
意訳するなら、人材発掘人といった自称なのでしょうね。実際、クルーの殆んどは、このプロスさんの手によって集められたそうです。かく言う私もその一人。ナデシコでは、船の主計…所謂、経理などの一切を取り仕切っているそうです。
頭も冴えている切れ者といった人ですが、本人も自覚している通り、貧乏性な所が玉に瑕。ほんとだったら、ネルガル本社の重役の椅子が待ってそうな人なんですが、なんでこんな所にいるんでしょう。左遷されたのかな?
「さて、自分からはそれぞれの研究所の設備の詳細を語らせてもらおう。まず、オリュンポス研究所からだが…」
プロスさんと入れ替わって出てきた、大きな人は、ゴート・ホーリー。機動部隊指揮官と保安班班長を務めています。鍛えた体が示すとおり、素手でも強い人です。頭も良い、文武両道な凄い人なんですが、厳つい顔と大人しい性格で損をしちゃっているようです。ゴートさんもネルガルの社員で、プロスさんと仲良くセットになっています。
しばらくゴートさんが喋った後、その場に出てきたのはお爺さん。ナデシコの提督、フクベ・ジン元連合宇宙軍少将。色々と訳ありな人ですが、いつも隅っこで大人しくしています。偶に口を開きますが、そういう時はどうやら、艦長達の背中を押すという意図があるようで…
「ワシからは、火星全域の現状を伝えておこう。一応、知り合いの情報管制官に公式に送ってもらった最新情報じゃ。ここを見て判るように、木星蜥蜴の勢力は…」
フクベさんが話し終えた後に、軍服の上に白衣を羽織っている、これまた特徴的な人が立ち上がりました。この人の名前は、テオドール・グルーバー中尉。中尉って士官としては下っ端な方なのに、どうしてかフクベさんより貫禄があります。
「ナデシコの装備の特徴から、最適な探査計画を仮定してみた。これからの計画立案の参考にしてもらいたい。まず、ナデシコの相転移炉の特徴から、火星到着後も軌道上に留まっているのがベストだろう。地表に用がある時には随時、降下する形を取るべきだ。大気圏降下と上昇を繰り返した場合と、火星地表を移動した場合の時間のロスの差はたいして変わらないという試算がでた。問題点は降下、上昇時に敵に襲われる場合だが…」
グルーバー中尉は、私の友達で広い意味での姉妹、アリスの上官で、アリスは主任と呼んでいます。アリスは尊敬すらしているみたいですが、私は正直、恐いです。己自身を含めてこの世全てを道具と見ているような冷たい目が向けられると私の存在が消し飛ぶような寒さを覚えます。
もっとも、普段は自分でそういう事が判っているのか目を合わせると言う事をしない人ですが。
専門は人体工学だという割に、色んな学問に精通し、なおかつ銃を持った兵士をパンチ一発でKOするようなトンデもない人です。この人がいると科学者の幻想が音を立てて崩れる錯覚に捕らわれます。
そういえば、今、船長がブリッジで暇にしている原因を作った人でもあります。
それは、二ヶ月前、火星航路に船を乗せて直ぐの事…
「皆さん、お疲れ様です!!当船はただいまから巡航船内配置につきます。つきましては、それぞれの部署のリーダーの言葉に従って随時、休養をとってください♪」
船長が船内通信でナデシコ中に言葉を送りました。
「やったあぁ〜〜っ!これでアキトのところへ行けるぅ〜〜♪」
船長の喜びの声を、プロスペクターさんが冷静に否定しました。
「残念です!船長。あなたにはこれから、サツキミドリ二号の殉職者達の葬儀の司祭をしてもらわなければなりません。」
「えええぇ〜〜〜!?」
船長の悲鳴がブリッジの隅々に広まりました。
「なんで?何でなんです??なんで船長が司祭なんです?」
「さすがに、船に各種宗教のお坊さんを乗せる訳にはいかないからね。こういう時は船長が代行するのさ。」
副長さんが船長の悲鳴に答えました。
そこに、今まで黙っていたグルーバー中尉が口を挟みました。
「想像するに、経費削減と言う事かね?Mr.プロスペクター。下手に遺族を招き、それぞれの宗派の司祭を呼び寄せて大々的に葬儀を行うよりも、この船で茶を濁し、葬儀は執り行ったと言う建前だけ取り繕う。そういう考えかね?」
歯に衣を着せない言葉に、プロスさんが青ざめつつ反論しました。
「ええっと、まあ、そういう意図は無くも無いです。ですが、殉職者の葬儀は一番近くの支社で行なう決まりですから…」
「やめておきたまえ。遺族の出ない葬儀ほど、虚しい物は無い。下手にそのような真似をすれば、遺族から訴訟を喰らう可能性もある。遺族を宇宙に連れてくる手間を考えたら、本社で執り行った方が良いぐらいだろう。結論として、当船で葬儀を執り行うのは時間と資材と金の無駄であると判断する。」
完璧な正論にプロスさんが轟沈しました。そこに、ゴートさんが、
「しかし、中尉。このままでは私達も含めて、手の空いたクルーが増えすぎる。今回の件は丁度良いのではないか?」
とプロスさんを援護します。でも、グルーバー中尉に即座に撃沈されてしまいました。
「手が空く。手が空くだと?正気かね?私達はこれから、たった一隻で敵の大群の待つ火星に乗り込むのだぞ?確かにクルーの中には暇を持て余す者も出るだろう。しかし、指揮者たる私達はたった2ヶ月間でどの様に戦うのか、計画を煮詰めなければならないのだ。暇なぞあるものか。」
「グルーバーさんの言う通りです!私達は火星で救出を待つ人達を、絶対に、連れて帰るんです。お葬式をしている場合じゃありません!!」
船長の言葉に、ブリッジの皆さんが盛り上がりました。たった一言で人を動かす力をカリスマというのなら、船長にはカリスマがあるんでしょうね。そういう人に見えないのが似合わないですけれど。
…とまぁ、そんな訳で、プロスさんの経費削減大作戦は失敗に終わり、即座に火星救出作戦立案大会に変貌したのでした。
あれ?船長がここにいるのに、なんで皆さん、会議してるんだろう?…船長、邪魔だから放り出された?
…疑問は解消するに限ります。
「船長?なんで、会議に参加していないんですか?当直任務中でもコミュニケを使えば、参加可能なはずですが?」
「あ゛あ゛あ゛…………え?…会議?…ああ、ジュン君がね。『いつも大変だから、当直任務の間くらい羽を伸ばしたらいい。必要な書類と会議の記録は後で持っていくよ。』って言ってくれてね。だから、こうして暇してるの♪」
「それで暇を嘆くというのは本末転倒だと思います。それなら、コミュニケで会議を聞いている方がまだマシでしょう。」
「う〜〜〜ん…うん!そうだね♪そうする事にするね。有難う!ルリちゃん♪」
船長が、コミュニケを起動させ、会議に途中参加しました。…副長に悪い事をしたような気がするのは、気のせいなのでしょうか?
…まあ、過ぎた事は忘れて、次にいきましょう。
次にウィンドウに表示された場所は、食堂でした。
混雑するほどではない客入りの中、カウンターで一人の女性がお茶を楽しんでいました。
「…そんな訳でね。ルリもようやく、我が食堂の常連になったって訳さ。」
「へ〜〜。流石ねぇ。テンカワ君、年の割に回りをちゃんと見てるのねぇ。ルリルリをどうやって食堂に連れてくるか悩んでたから、助かったわ。」
「まぁ、アリスの食い意地が影響してたんだけどね。」
食堂を一人で切り盛りしているホウメイさんが、カウンターに座っているミナトさんに話しかけていました。
話の内容は、私について。
私が、食堂を利用する事になった顛末が語られていました。
事の起こりは、連合軍に船を拘束され、食堂に押し込められていた時にさかのぼります。あの時の状況を気にもせずに美味しそうに食事をするアリスの姿が、脳裏から離れなかったんです。
騒動が落ち着いて、しばらくしてから、食堂の入り口を行ったり来たりしていると、テンカワさんに見つかってしまいました。
結局、あれやこれやと押し問答している内に、側に来ていたアリス共々カウンターに座っていたと言う訳で…
正直、美味しかったです。今までの食事に対する偏見は何だったんだろうというくらい。そういう意味ではアリスとテンカワさんに感謝しています。
ちなみにアリスは私よりも大喰らいです。実際の量は少女の秘密にさせて頂きますが、断じて、三人前をペロリと平らげて尚、人の料理に物欲しそうな視線を向けるほどのお腹は持ってません。
最近のアリスは感情の表し方が上手になったのでちょくちょく、ホウメイさんからデザートを貰ってたりします。そういう時は、私もオコボレに預かります。…良いんです。デザートは別腹ですから。
まぁ、食堂はこんなもので良いでしょう。お腹が空いてきますから…
続いて、切り替わった場面はシミュレーション・ルームでした。
部屋の壁一面を使った巨大スクリーンがシミュレーション内容を表示しています。今、シミュレーターで模擬戦の真っ最中なようです。
舞台は障害物の無い宇宙。その中を五機のエステバリスが編隊を組んで飛んでいます。赤、青の機体を先頭に、その二機の斜め後方に黄色とピンク色の機体。さらに後方の殿を、緑の機体が務めています。
上から見ると五角形の陣形を組んでいるように見えます。
と、エステ達から離れた場所で光が瞬きました。
その光は、大きな彗星のような尾を伸ばしてエステ達に迫ってきます。黄色の機体が、最初に気付いて射撃を開始。続いて他の四機も彗星に向かって発砲しました。
沢山の光のシャワーが彗星に飛び掛っていきます。
グングン接近する彗星は右に左に上に下に時にはグルリと螺旋を描いて弾を避けてしまいました。まるでダンスを踊っているかのような軽快さです。
その彗星は黒くて大きな戦闘機から吹き出ていました。その機体の名はジャバウォック。私の友達、アリスの乗機です。
ジャバウォックは、エステの描く五角形の真ん中へ全速力で飛び込みます。エステ達は大慌てで散開しようとしますが、後一歩の所でジャバウォックの放つディストーション・フィールドに接触し、それぞれ明後日の方向に弾き飛ばされてしまいました。
と、ジャバウォックが、ふらりと不安定な挙動を示しました。何が起きたんでしょう?
よく見てみると、ジャバウォックの尾翼に穴が開いていました。エステの陣形に突っ込む際の映像を確認してみると、突っ込んだ直後に、背後から緑の機体の狙撃を受けてしまったようです。
状況の確認をしている内にジャバウォックは体勢を整え直して、ちりぢりになってしまったエステを一機ずつ刈り取り始めています。
容赦なく自身の最大の武器、88mmレール・カノンをエステに向け撃ち、瞬く間に緑、黄、ピンクの三機を討ち取ってしまいました。
青の機体がジャバウォックに突進を仕掛けますが、ジャバウォックはその突進をひらりと避け、青の機体の背中にレール・カノンを叩き込みました。
赤の機体も突進してきましたが、今度はジャバウォックの回避に合わせ、ジャバウォックに取り付いてしまいました。
右に左に取り付いた機体を振り放そうとするジャバウォックですが、赤の機体も武器を放してしっかり、へばり付いてしまいました。そのまま赤の機体は強引に、手の届く範囲のパーツを引き千切り始めます。
すると、業を煮やしたジャバウォックがスピンを始めました。見る見る内に回転が速くなり、ついに赤い機体が引き離されてしまいました。
…パイロットは大丈夫なんでしょうか?シミュレーションとはいえ、パイロットに掛かる負荷はリアルに作られていると聞きます。
大丈夫なようです。ジャバウォックも赤い機体もそれぞれ体勢を立て直し、お互いに向かって再び、突撃を開始しました。
衝突音が響きます。今度はどちらも回避しなかった為に正面から、ぶつかり合う事になったのです。
結果、ジャバウォックの機首に突き刺さった赤い機体のカメラアイから光が消えたトコロでこの模擬戦は終了したのでした。
「うっがぁぁあ〜〜っ!!糞ッ!5対1でこのザマかよっ!!」
赤の機体を操っていたパイロット、スバル・リョーコがシミュレーターから身を乗り出して、天に向かって吼えました。
物凄く活発なスバルさんは言葉遣いも思いっきり、活発です。今も、負けてしまった事への不満を体中であらわしています。
そこに、冷静な一言が入りました。
「ボクのジャバウォックはそもそも、一対多数の敵を一撃離脱を基本に、翻弄し、撃滅する為に設計されてるんだ。いかにエステバリスとは言え、相手が悪いよ?…スペック的にも格上だし。」
アリスです。スバルさんと同じく、シミュレーターから出てきました。アリスの顔は微笑んでいます。少々苦戦したとはいえ、勝てたのが嬉しいのでしょう。
アリスはナデシコにいるもう一人の少女。その正体は、マシン・チャイルドを超える遺伝子改造体。ナノマシン・サイボーグです。
出会った当時は無機質な印象でしたが、この数ヶ月間ですっかり元気な女の子になっていました。ヤマダさんのゲキガンガーがきっかけだという噂。私もゲキガンガーを見ればアリスの様に快活になれるのでしょうか?…こんど、試してみましょう。
独特の世界観を持った彼女ですが、真摯な良い子だと思います。ゲキガンガーの何処が好きと言う問いに「荒唐無稽なところが良い。思わず、実現したくなる。」と答えたあたり、何か致命的なモノが飛んでしまったような気もしますが…
それでも彼女は私の友達です。少なくとも、趣味を押し付けない所が好きです。
「ま〜、エステちゃんは、施設内戦闘も意識して作られてるしね〜。でも、アリスちゃんの機動は凄すぎだよ。あんな動きを、あんな機体でされたら相手になんないよ〜。」
既にシミュレーターから出ていた、アマノ・ヒカルが会話に参加しました。黄色の機体を操っていた彼女も独特な言動の持ち主です。世間一般から半歩ずれた言葉使いなのに、的確に状況を表せるといった感じでしょうか。
「アリスの状況判断と危険察知能力も侮れない。本当だったら、陣形に突撃した直後に撃墜出来ていたわ。」
緑の機体を操っていたマキ・イズミが口を開きました。この人が一番独特…ぶっちゃけ、変な人です。寒い駄洒落が好きという、どうか?と思われる趣味を持っているのに、ひたすら冷静で的確な判断を下します。
さっきの模擬戦でも、スバルさん以外で唯一ジャバウォックにダメージを与えていた様に、戦えば強い人なのですが…。
「いよぉ〜〜〜し!!特っっっ訓だぁ!!アリスに勝つまで模擬戦だっ!!!!なぁ!アキトッ!!」
いきなり大声を上げたのは、青の機体を操っていたヤマダ・ジロウ。自称、ダイゴウジ・ガイと名乗る変な人です。古いアニメが好きで、人の話を聞いても中々受け入れようとせず、突撃する癖のある危ない人でもあります。
なのに、パイロットとしてはそこそこの腕前を持っている辺り、始末が悪いです。
そして、アリスをゲキガンガーに染めた男。明るくなった事を感謝すべきか、変になった事を怨むべきか…悩みます。
そんなヤマダさんが、同意を求めるようにテンカワさんに語り掛けました。
ピンク色の機体を操縦していた、テンカワ・アキト。この人は、佐世保基地で木星蜥蜴の襲撃を受けた時、初めてエステバリスに乗った素人さんです。普段はコック、正確には食堂の主、ホウメイさんの調理助手として働いています。仕事の片手間にやっているにしてはメキメキと上達しているようで。…なにか理由があるのかな?
性格は、朗らかで気配りの利くお人よし。でも、偶に「お人よし」な様が鼻につきますが。…そんな割に、熱血漢な性分も持ち合わせているらしく、今もヤマダさんの言葉に惹かれて、再戦に意識を傾けているようです。
「無駄だよ。ガイ。ただ、無闇に突撃を繰り返しても、ボクは負けないよ。少なくとも、状況を判断できる冷静さが無いとね…。」
そんな二人に、アリスが突っ込みをいれます。
「なっにぃぃ?冷静なんてポイだ!俺は、己が身を燃やす、熱血の命じるままに戦うのみよ!!」
「…じゃあ、ガイはゲキガンガーにもなれないね。だって、彼らがいつも苦戦しながらもキョアック星人を倒せるのは、相手の弱点を探し出す冷静さを持っているから。…そう、熱血と冷静さは否定しあう存在じゃない。心は熱く、頭は冷静に。…イクサゴトで良く言われている事だよ?少なくとも、熱血を単純である事、と考えている内は…ダメだね。」
フッと鼻で笑いながら、肩をすくめるアリス。…いつの間にそんな仕草を覚えたんでしょうか?……侮れません。
ヤマダさんは、「なっっにぃぃぃ!?」と大きく驚愕して、顔を青ざめさせてしまいました。失神していまいそうな顔色を浮かべつつ滝のような汗を流している辺り、アリスの言葉はヤマダさんの心に強く突き刺さってしまったようです。
テンカワさんは、「心は熱く、頭は冷静に。か…」とアリスの言葉を意識しているようです。ただ、言葉を知ったくらいで強くなれるほど、世の中甘く無いですが…まぁ、向上心があるだけ、きっとマシなのでしょう。
…そんな三人を囲んで、会話は進んで行きます。…まぁ、ここはこんなもので良いでしょう。アリスの貴重な仕草もみられましたし。
次なる場面は、通称「展望室」。広い空間に芝生と木を植え、壁や天井一面に張られた全周囲モニターが外の空間や思い思いの情景を映し出す娯楽室です。
何故、ガラス張りじゃないのか。ですか?…答えは、ナデシコの設計にあります。ガラス張りの部屋を作る為には、装甲に隙間を作らなければなりません。つまり、船で一番脆弱な場所となるのです。そんな事が許される訳ありません。
また、ナデシコの乗組員の生活空間は安全性を考慮して、ナデシコの中心部にまとまっています。当然、利便性の面からも生活区域から離れていない方が好ましい訳で…。
実際、モニター越しとはいえ実に、壮大な光景を味わう事が出来ます。
そんな展望室にて、一人の女性が芝生の上で膝を抱えて、俯いていました。メグミ・レイナード。ナデシコの通信士です。声優という職業をしていたと言う点以外は、上から下まで普通な人です。変な人ばかりのナデシコにおいては珍しいともいえる人です。…何処にもいないなぁと思っていたら、こんな所にいたんですね。
「…はぁぁ………どうして、みんな平気なんだろう。目の前で沢山の人が死んだのに………。」
どうやら、サツキミドリ二号の件を未だに引きずっているようです。なぜ、そんな無駄な事をするんでしょう?死んでしまったら、お仕舞い。もう変わり様が無い事に時間と労力を傾けるのは無意味だと思います。
でも、少なくともメグミさんにとっては、無意味ではないようです…
「みんな、他人の事なんてどうでもいいのかな……。」
プシュッ
と、その時、展望室の扉が開きました。
「…ふぅ……上手く、行かないもんだなぁ………。」
展望室に入ってくるなり、ため息と共に愚痴を零したのは、ナデシコ副長のアオイ・ジュン。秀才肌で華奢な体つきな大人しい人柄なものの、連合軍士官として必要な軍事教練にしっかり耐えてきた若きエリート…のはずなんですが…濃いナデシコクルーの中では影が薄いです。
まぁ、副長という仕事が艦内の統括や艦長の補佐、緊急時の代役といった目立たない仕事、というのもありますが。
どうやら、会議は終了したようです。…愚痴の原因は…私の口からはいえません。
とぼとぼと、副長が展望室中央に移動すると、そこにいた先客に気付きました。
「おや?…メグミちゃんかい?…隣、いいかな?」
副長の言葉に、かろうじて頷く事で返答するメグミさん。副長は言葉通りに、メグミさんの隣に座りました。
…しばらくの無言の時が流れて…
「……ねぇ、アオイさん。…質問してもいいですか?」
「質問?…ああ、いいよ。」
「サツキミドリが粉々になって、しばらく経ちましたけど…どうして皆、悲しまないんですか?目の前で、沢山の人が死んだのに。新しく来たパイロットの三人は、一緒にいた人達が死んじゃったのに全然意識してないように笑いあっていますし…皆、冷たいです。死んじゃった人達が浮かばれません。」
「…どうして、悲しまないか?…ね。一言で答えるなら、皆、大人なんだよ。」
「そんな!!歳を取ってるからなんて!…そんな答え、認められません!認めたくありません…。」
「あー、言葉が足りなかったか。…メグミちゃんは17歳だったっけ?」
「ええ、そうです。でも、それとコレがどういう関係が?」
「関係あるんだよ。まぁ、僕も偉そうな事をいえるほど生きていないんだけどね。…つまり、皆、仕事と私事を使い分けてるんだよ。きっと、自分の部屋や誰もいない所で皆、嘆いたり悲しんだりしてる。でも、仕事があるから、その間はすべてを忘れて仕事にのめり込む。やらなきゃいけない事があるから。もしくは、悲しみから逃れたいからあえて、仕事に集中して普段通り笑いあってるのかもしれない。」
「…やらなきゃいけない…事ですか?」
「そう。火星の生存者を救出するという大仕事が、僕たちを待っている。だから、悲しみや後悔は胸に秘めて皆、仕事に邁進してる。皆が皆、冷血漢じゃ無いんだよ。…実際にその人の心の内を覗き込む事なんか出来ないんだから、仕草だけでその人の思いを否定しちゃいけないと思うな。」
「…そう……そうですね!!私もいつまでも落ち込んでいられません!!通信士に出来る事なんか、無いかもしれませんが、だからといって職場放棄も出来ませんし!」
「ああ、その意気だよ!メグミちゃん。…それに、火星で助けを求める声を拾う事が出来るのは君だけだ。やるべき事はしっかりあるよ。」
「有難うございます!!ジュンさん♪……ところで、ジュンさんも落ち込んでいたようですが、なにかあったんですか?」
「…うっ…いや、人に話せる様な話じゃないんだ。」
「ううっ、私の話は根掘り葉掘り聞いたのに…」
「いや、その…ユリカとの仲を進展させようと小細工してみたんだけど…上手く行かなくて……。」
…やっぱり、そうでしたか。でも、あんな手で進展するほど船長は多感じゃないですよ、副長。そう考えたら、あの時の結果的に邪魔する事になったのは正解でしたね。
なにかに刺激されたメグミさんが、副長に必死に語りかけて慰めています。
もう、見るものは無いですね。次に行きましょう。
次の光景は、金属を叩く音、切る音、削る音。色んな五月蝿い音が響いている。そんな場所でした。
どうやら、格納庫で整備班の皆さんは大忙しなようです。…あれ?ウィンドウの表示には第二格納庫と書かれています。
あそこは、色んな予備部品を置いてる倉庫代わりになっていたはずですが、今はすっかり整理されて、三機の戦闘機が整備…いえ、製造されています。
と、整備班の班長さんが大きな声を上げました。
「よ〜〜し!てめーら、あと少しで完成だ!!気合入れてくぞっ!!!」
整備班班長、ウリバタケ・セイヤ。この人は、所謂マッド・エンジニアと言う言葉が相応しい人です。この人もアニメとか好きですが、よく居る子供な大人ではなく、子供の頃の夢が忘れられない大人といった感じです。
ナデシコでは珍しい、妻帯者で子供さんもいるそうです。偶に、顔を合わすとアリス共々可愛がってくれます。子ども扱いが少々癪に障りますが…。そう、私は少女ですから。
そういえば、以前、アリスが「新しい機体を作ってもらえる」と珍しく浮かれていましたが、その「新しい機体」がこれかもしれませんね。
興味が出ました。良く、見てみましょう。
…三機の機体は、いずれもジャバウォックをベースにしています。
一機目は、黒色。アリスの今の乗機そっくりですが、二基あるエンジンの上に、それぞれ付けられた円筒形のパーツが今までと違います。あからさまに後付けって感じで、大きな円筒形のパーツが空を飛ぶ邪魔をしそうですが、なにか秘密があるんでしょうか?
二機目は、白色。全体的なフォルムはジャバウォックをスリムにした感じ。それもそのはず、エンジンが一基に変わっています。翼も後退翼…普通の飛行機の翼…に変わって、スマートな感じ。
コクピットの両脇から楕円形の複合アンテナが一基ずつ生えています。ウサギの耳みたいな印象です。しかし、一番目立つのは胴体上に付けられたレドーム…電子偵察機が背中に付けてる円盤…が付いている事でしょう。
高速偵察機として使うんでしょうか。
三機目は、銀色。ジャバウォックを横に二機繋げた様な双胴の機体です。むしろ、二本の巨大な太いヤリを翼で繋げた感じと言うべきですか。
胴体中央、双胴の間にコクピットらしき膨らみと、その下部に大きな穴が開いています。どうやら、大型砲が据え付けられているようです。その大型砲の両脇に多砲身機関砲が付けられているあたりが物騒です。
エンジンも大型のモノに変えられたらしく、その威容を誇示しています。見るからに強襲攻撃機という雰囲気です。
う〜ん、それぞれ印象的な機体ですが、押しが足りないという気もします。それぞれを使い分けるのでしょうか?
疑問が連なり、もっと詳しく調べようとした、その矢先。
フィーーッ!フィーーッ!フィーーッ!
敵接近の警報です!私の意識は、ブリッジに戻るのでした。
〔緊急!緊急!!木星蜥蜴の艦隊、接近中!!木星蜥蜴の艦隊、接近中!!〕
オモイカネの警報がナデシコの船内全域に響き渡る。
今まで、それぞれの時を過ごしていたクルーは先を争うように己の配置へひた走る!
即座に戦闘態勢を整えたブリッジで、ルリの声が軽やかに響く。
「木星蜥蜴の艦隊。陣容、判明しました。…新型双胴艦1隻、カトンボ級無人艦12隻、バッタ600機。以上です。」
「う〜〜ん、グラビティ・ブラストを敵艦隊中央に広域発射の後に、艦載機、全機発進!ナデシコの直掩とします。その後、ナデシコは新型の撃破を最優先します!!もちろん、状況に応じてはその限りではありません。」
ユリカが一瞬、首を傾げて悩んだ後、即座に手堅い作戦を提示する。
クルーは一丸となって、船長の言葉を実行する。
「こちら、格納庫。艦載機、全機出撃準備完了ぉう!!」
「グラビティー・ブラスト、重力子充填100%。広域発射、いつでもいけます。」
「船体軸線、敵艦隊中央を捉えたわよぅ〜。」
各部署からの威勢の良い言葉を受け、船長たるユリカは号令を発する!
こうしてここに、休息の日々は終わり、輝かしくも愚かしい戦争の日々が幕を開けたのだった。
第五話 完
次回予告
破竹の快進撃を続けるナデシコ。
しかし、木星蜥蜴は圧倒的物量とナデシコに対抗しうる戦艦で包囲する。
絶望的状況の中、アリスは相棒と共に空を翔るが…
全てを失い、恐怖の実体を知るアリス。
恐れ慄く彼女に、新しい体を手に入れた相棒が語りかける。
戦争はこれからだ…と。
あとがき
ども。幸運にも三連休を堪能中のTANKです。
その休日をこうやって、SS書いて潰すのはどうかなぁと思わなくもないですが、今、SS書くの面白いからノープロブレムって感じです。
さて、実は今回の話は、前半、ルリ嬢。後半、アリスの二部構成にするつもりでした。が、ルリ嬢の思わぬ活躍ぶり?に予定変更。結局、やりたい事は全部、ルリ嬢の手で終わらせてしまいました。
ま、シンプルになって結果オーライなんですが(苦笑
そして、アリス。
よもや、ここまで明るく変わるとは自分でも思ってなかったです。うーん、元気溌剌っ娘が、戦場でニタリと地獄の笑み……燃え?それとも、萌え?…はたまた、萎え。ですか?
自分は、燃え!です。これもまた結果オーライ。もしくは電波の思し召し?
さて、次回。
いよいよ、本格的な戦いが始まります。って〜か、六話は戦いづくしになりそうです。
上手く筆?が進めば、月曜日中に投稿出来るかも。
>折角「何か」が下りてきてくれたんですから有効に使ってしまいましょう。
って事で、「何か」の片鱗を出してみました。予想通りですか?それとも、期待外れですか?…ともかく、本格的に活躍するのは七話から。六話は顔出し程度の予定です。
>それが神であれ悪魔であれ、リャナンシーであれ星辰の彼方より来たものであれ。(ぉ
リャナンシーって、キレーな妖精さんな姿でやってくるんスよね〜。いいなぁ。来て欲しいくらいッス。創作能力もアップで二倍美味しい!?でも、早死にするんスよね。…悩むなぁ。
TANK
代理人の感想
良し一本っ!(何)。
あれですね、某国の守護者の漆原少尉最終バージョンを見ているかのような清清しさがw
漆原君は残念ながら雪原に散ってしまいましたが、アリスがこれからまたどのように成長を遂げるのか実に楽しみです、ええ。
・・・・・・・・・・・・・ベツニ何カウシログライ意図ガアッテノ事デハアリマセンヨ?
>リャナンシー
私は寿命半減で構わないから来て欲しいんですが、でも美男のところにしか来てくれないとかなんとか(爆)。