蒼穹を貫く、15の飛行機雲。
四つの飛行機雲で一組の綺麗な密集隊形が三組。その先頭を三つの飛行機雲が鏃型隊形で駆ける。
それぞれの機体にはそれぞれ、トランプの絵柄が描かれている。
ドーバー海峡で孤軍奮闘する味方への増援として、101機動兵器中隊が急行している最中である。
もちろん、動けるすべての連合軍の部隊が動いている。
「…見つけた。」
クンッ!
先頭のジャバウォックUが一気に右下へ機体を捻り込ませ、直角に近い角度で急降下を開始する。
当然、左右に控えていたマーチ・ヘアー、グリフォンもジャバウォックUの後を追う。
「おいおい、アリス!いきなりどうしたってんだ!?」
マックがアリスの急な行動に疑問の声を上げた。
「ナデシコが、そこに居る!ヤンマの大群に狙われてる!!」
アリスが珍しく焦った声で必要な事だけを答える。
「この状況下なら…チェ〜ンジ、ゲキガ〜ン、Tッ!!」
漆黒の竜が唸りを上げ、大空にダイブする。
「…アリスの後を追うぞ。各機、盾の電圧を上げておけ、最大出力で使う事になるはずだ。」
クリシュナが言うが早いかアリスの後を追う。
「おいおい、マジかよ!?」
「へっ、いきなりピンチかっ!腕が鳴るぜ!」
「簡単にくたばるなよ〜。」
「そりゃ、こっちの台詞。」
「中隊長の作ったこの盾がどれだけ頑丈かにかかってるよな。」
「ダメだったら、中隊長を怨んで出てやる!」
それぞれが適当な事を口走りながら、直角降下を始める。
言い訳じみた声も聞こえるが、誰も、逃げようとしない。皆、一斉に死地に飛び込んだ。
そう、正に死地。
101中隊はオニヤンマやヤンマが作り出したグラビティー・ブラストの集中砲火の中に、自ら突き進んだのだ。
機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE
機械仕掛けの妖精
第十三話 「踏み躙られた後夜祭」欧州解放作戦 後編
最初に思った事は、もうダメだという諦め。続いて、最後に会いたい人達の事が脳裏に浮かびました。
…顔も覚えていない父と母。私をナデシコに連れて来たプロスペクターさんとゴートさんの凸凹コンビ。何かと私を気に掛けてくれるミナトさんと、ホウメイさん。そして、いつも優しく微笑んでくれるアキトさん。
なにより、私の親友であるオモイカネとアリスも。
「ああ、約束が果たせ無くなってしまいましたね…。」
落胆と共にため息が言葉になって零れた時、ふと気が付きました。
『私はまだ、生きている。』
「?…おかしいですね。グラビティー・ブラストの直撃を受けたはずなんですが…。」
恐る恐る、瞳を見開くと、正面のモニターには透明な光の奔流を自らの身一つで切り開く大きな影が映っていました。
あれは…
「…トライデント。」
トライデント・ジャバウォックは、その右手に仕込まれた歯車を回転させグラビティー・ブラストの束を穿つ。
そして、ナデシコの盾になっているのはトライデントだけでは無い。
トライデントを中心に4機、8機と二重の円状に布陣したエステが、その左腕に掲げた巨大な盾を正面に突き出している。
盾から発生する重力波レンズが、グラビティー・ブラストの重力波に干渉し、トライデントが穿った流れを更に捻じ曲げているのだ。
だが
要であるトライデントには…
〔アリス。後、30秒デ・右腕ガ・崩壊スル・ヨ。〕
力場の中心点と化した、ジャバウォック形態の右腕『マグナム・ファング』。
過負荷は自壊という形で顕在化しようとしていた。
「ふん、ボク達はまだ、本気じゃない。…そうだろう?WILL。」
〔YES・アリス。全・リミッター・解放。左腕・マグナム・ファング、展開開始。〕
ジャバウォックの左腕が変形を始めると同時に、ジャバウォックは空中で足場を固め、左腕を腰溜めに構えた。
「ブッチ抜けぇ〜っ!!マグナム・ファング・MAXIMUMッ!!!」
アリスの掛け声と共に、壊れかけの右腕と入れ替わりに突き出される左腕。
左腕の歯車は既に高速回転を始めており、さらには紫電を纏い、周囲に閃光を撒き散らす。
安全装置が解除され、メカニズムの限界まで酷使された核融合炉が、左腕の回転式ディストーション・フィールド発生装置が、唸りを上げる。
余剰電圧で紫電を纏ったフィールドがグラビティ・ブラストの渦を掻き分ける。
しかし、いかにリミッターを解除した5基の核融合炉を有していても、相転移炉の出力には敵わない…
ここが地球上でなければ。…相転移炉は稼動に真空を必要とする。地球上では濃密な大気が邪魔である。故に地球上では、格の劣る核融合炉に僅かながらも軍配が上がったのであった。
満足なエネルギーを与えられず強引に切り裂かれたグラビティ・ブラストが、不満の明滅を交えながら先細ってゆく。
オニヤンマを含む、木星蜥蜴からの集中砲撃が終了したのはその直ぐ後だった。
「アリス!…アリスですね!!」
珍しい、ルリの叫び声。
彼女の無線通信に答えるように、黒い巨竜は後方のナデシコに振り向いた。
「…ひさしぶりだね、ナデシコの諸君。」
ナデシコのブリッジに大きなウィンドウを展開させて、アリスが答えた。
「う〜ん、2ヶ月経ってないから、久し振りってのは微妙だねぇ。…ともかく、ありがとう!アリスちゃん♪」
アリスの微妙に古典アニメが入ったギャグを、さらりと無視し、あっけらかんと答えるユリカ。
「…どういたしまして、船長。…やぁ、ルリ。元気?」
「ええ、私の方は平穏でした。アリスこそ元気でしたか?…また、無茶をして…。」
アリスの言葉にルリが答える。
「う〜ん、まぁ、ボクの方は元気一杯だったといえるかな?」
そのまま、会話を始める二人。
ここが戦場である事、つい先ほどまで窮地に立たされていた事など、どこかに消し飛んでしまったかのような雰囲気である。
「…アリス。お喋りは後にしろ。蜥蜴共が無視されて腹を立てているぞ。」
見かねたクリシュナが口を出す。木星蜥蜴は怒りこそしないが、突如現れた乱入者に対応する為に陣形を整えつつあった。
アリスは軽い謝罪と共に、再びトライデントを正面に向かせる。
その頃には、101中隊は円陣から、横一列に陣形を変えていた。
「ブレイク!…チェーンジ・ゲキガン・Vィィッ!!!」
そして、トライデントが銀の大鷲に姿を変え、スペースの空けられていた横列の中央に陣取る。
「各機、全力射撃。目標は目の前の総てっ!撃ち尽くせっ!!」
クリシュナの号令に、12機のエステバリスが右肩の巨大な大砲、全長10mのコイル・カノンを腰ダメに構え、発砲する。
電磁加速オンリーのコイル式なので、砲火も砲煙も出ない。
十分に運動エネルギーを与えられた安定翼付き装弾筒式鉄鋼弾は木星蜥蜴達のディストーション・フィールドを貫く。
アリスのトライデントからは機体各所から飛び出している超高速ロケット弾が全弾発射され、身軽になると同時に両腕をグラビティー・ブラスト発射形態に移行させる。
「高密度・グラビティー・レーザー!!」
さらに、トライデント・グリフォンの胸部から必殺の光線が放たれる。
グラビティー・ブラストをディストーション・フィールドの擬似砲身で収束させ、位相を整えた無色の重力線レーザーが総てを焼き切る。
小さい範囲しか攻撃出来ないが、その威力はオニヤンマのフィールドですら貫いた。
怒涛の攻撃に呆気にとられるナデシコ・クルー。
「……はっ!?ルリちゃん、即時発射出来る兵装は有る?」
呆然としていたユリカが正気に返った。
「…対艦ミサイルです。グラビティー・ブラストはあと1分掛かります。」
「じゃ、正面の皆さんに当てないように、発射っ!」
ルリの答えに即座に命令するユリカ。
返答は、ディストーション・ブレードから発射されるミサイル群。
延々と続けられるかと思われた鉄火の雨は、あっと言う間に終了する。
エステの大砲、コイル・カノン用に携帯してきた弾は1機分30発コッキリなのだ。
弾の切れた大砲。
熱で砲身がゆがみ、邪魔になってしまった鉄クズを次々にパージするエステ達。
眼前には今だその勢力を衰えさせない木星蜥蜴達の大群。
「さて、援軍が来るまでは私達だけでやらねばならん。覚悟は出来ているな?」
クリシュナが部下達に確認を取る。今更、怖気づくのは無しだ。というニュアンスが込められていた。
返事は12通りの肯定。
そこには「なにをいまさら。」という頼もしい意思が感じられた。
と、マックがアリスに話を振った。
「嬢ちゃん!いっちょ景気良く発破、掛けてくれや。やっぱ、突撃は麗しいお姫様の掛け声で無いとなっ!!」
唐突な言葉に目を白黒させながらも、ニッコリと微笑んだアリス。
「う〜ん…いいの?クリシュナ?」
「ふっ、構わない。マックの言い分も尤もだ。気の利いた台詞を期待する。」
とクリシュナ。
「んじゃ、全騎、抜刀!」
アリスの号令に合わせ、12機のエステバリスが左腕に装備した盾から剣を引き抜く。
ジャキッ!
そして、各々の眼前に剣を掲げる。
横一列に剣と盾を構え、整列するエステバリス。装甲で覆われた機体が騎士の鎧に見えてくる。
それは、あたかも中世の会戦を描いた絵画の様でもあった。
一際大きい、白銀の大鷲…にしては人型を残しているグリフォンが空中を一歩前進する。
「『我に倍する敵、恐るるに足らず!』…行くよ!正々堂々、真正面からっ!!ボク達なら、それが出来るっ!…101中隊、突撃!!」
アリスが吼えるが早いか、雲霞の如く群がる敵に突っ込む。
「アリスに続けっ!」
クリシュナが声を上げ、アリスの後を追う。
1機の魔獣と12機の騎士達。
盾を掲げ、剣を携え、全速で疾駆する。
「やれやれ、2倍どころか、100倍はありそうだ…。」
「そういうなよ。」
「そうだぜ?お嬢ちゃんの信頼にはカッキリ答えてやろうじゃないか!」
「おおよっ!」
「勿論だ!!」
どんな時でも雑談を忘れない彼ら。
ある意味この場に居る者達の中で、もっとも胆力があるのは彼等なのかもしれない。
「わっ、突撃しちゃったよ!?」
「お、オレ達だってぇっ!!」
「待ったリョーコ。私達の仕事はナデシコの護衛だよ。」
101中隊の突撃を至近距離で眺める事になったナデシコ三人娘のヒカル、リョーコ、イズミである。
「何を言ってるんだ!あの人達だけじゃ、返り討ちじゃないか!!」
イズミの冷酷ともいえる言葉に反応するアキト。
「そうだとも!こんなカッコイイ場面をアイツ等だけに任せられるかっ!…くぅ〜、いいなぁ、ゲキガンソードだぜぇ、アレ!」
アキトに続いてガイも吼える。…別の意味でも吼えてるが。
「…良しっ、行くぞっ!アキト、ガイ!!」
リョーコが飛び出しながら、二人を誘う。
「あっ!?…馬鹿!」
「バカはオメェだ!戦況を見てみろ!敵の注意はナデシコから逸れている。今の内に戦況を引っ掻き回して混乱させるんだ!第二艦隊を立て直す時間を作らねぇと!!」
イズミの叱責に反論するリョーコ。言葉遣いこそ何時も通りだが、その言葉は普段と違って…
「わっ!?…リョーコが戦術を語ってる。何時も猪突猛進な、あのリョーコが。脳みそ筋肉のリョーコが。…熱有る?」
と、ヒカルが発言した様に知性が輝いていた。
「…ヒカル…オレの事、そんな風に見てたのかよ。」
リョーコが肩をガックリ落としながら呟いた。心なしか彼女のエステも煤けて見える。
「あ、ゴメンね!悪気は無いんだよ!?」
「なおさらタチが悪ぃじゃねぇか…。」
ガックシと凹むリョーコ。しかし、機体は木星蜥蜴の群れ目掛けて駆け続けている。
「ええいっ、ちくしょ〜!」
何かを振り切った様にリョーコのエステが加速する。
「おい!待てよ!!」
アキトとガイのエステもリョーコを追って加速。あっと言う間に3機は戦いの混乱の中に消えた。
「大丈夫かな?私達も行った方がいいんじゃ?」
「ダメよ。これ以上、ナデシコの防衛網を薄くするわけには行かない。」
ヒカルの言葉にイズミが鋭く返答する。
「…でも、今…暇だよ?」
ヒカルの言う通り、木星蜥蜴の無人兵器は単一目標…特に攻撃してくる集団へ重点的に襲い掛かるようプログラミングされている。
今のターゲットは101中隊。ナデシコは敵の注意から外れてしまったのだ。
「今は。…この後どうなるか解らない。」
緊急事態に備えた予備兵力は必要だとイズミ。
「う〜ん。久し振りに回ってきた出番なのになぁ〜。これで御仕舞いかぁ。」
「メタ発言は禁止よ。」
「え〜、今のはそんなに露骨じゃないよ〜?」
二機のエステはそのままナデシコの側で警戒態勢を取りつつ、雑談に耽るのであった。
木星蜥蜴の艦隊は大混乱に陥っていた。
さしずめ、大型のバッファローの群れに飛び込んだ10数匹の蜂が次々にバッファローを殺戮し、群れの秩序が崩壊してしまったかのよう。
蜂の凶悪な一撃から避けるべく緊急機動を行なった結果、味方に激突してしまった者も多い。
優秀な指揮官がこの群れを率いていたら結末は変わっていただろう。
しかし、彼等にとって不幸な事に木星蜥蜴には全体を掌握する指揮系統こそあるものの、それを駆使する頭脳、すなわち前もって打ち込まれた作戦指示書は実にズサンで単純な物だった。
歴戦の蜂、エステを駆るパイロット達は混乱するを幸いに突撃を繰り返す。
とは言え、始めの内は4機編成、もしくは2機編成で組織的に戦っていた彼等だったが、気が付けば一機一機がバラバラに分かれてしまっている。
「はぁはぁ、コナクソッ!敵が多すぎ…るっと!」
背後から迫るバッタを宙返りで避け、その勢いで剣を振り、バッタを切り裂く。
左から突っ込んで来るカトンボに盾を掲げて突撃。
フィールドを突破して体当り。装甲を歪ませた場所を右手の剣で滅多切りにする。
火の手が上がった事を確認するやいなや、脱出。
一息つく間も無く襲い掛かるバッタの群れを突っ切り、手当たり次第に真っ二つにする。
そんな彼の目前に艦首をこちらに向けようとする木星蜥蜴がワラワラと迫ってきていた。
「ちっ、グレッグ!どこいっちまったんだ!?このままじゃジリ貧だぜ!」
せめて相棒が居れば、とバクシーが無線に呼びかける。
「バクシーか!?…すまんがこっちは今、手一杯だ!寧ろオレの方こそ援護が欲しい!!」
文字通り八方塞りな状況で、バクシーはせめて合流しようと機体をグレッグの方に近づけつつ戦う。
「あ…やべぇ。」
射線に入らないよう細心の注意を払っていたが、遂にバクシーは数隻のヤンマのグラビティー・ブラストの砲軸線上に乗ってしまった。
刹那に放たれる準備万端の閃光。
それは、付近の木星蜥蜴すら巻き込んで彼に迫る。
「くそ、持ってくれよ!」
再び、盾の出力全開で無色の閃光を逸らす。
しかし、今回は単機。
重力レンズでも逸らしきれない閃光がジリジリと盾を焦がしてゆく。
そして、盾が爆発した。
「ぐおっ!?」
辛うじて盾はグラビティ・ブラストの奔流を捻じ曲げきったが、その余波までは消しきれなかった。
左腕は肘から先が崩壊し、全身の装甲は焼け爛れている。
そしてコクピットのモニターも半数がダウン。
さらに何らかの過負荷で爆発したモニターの破片がバクシーの顔に降りかかった。
「おい!?…バクシー!!無事か!」
バクシーのうめき声に思わず声を荒げるグレッグ。
グレッグとバクシーは連合軍入隊以来の相棒であり親友なのだった。
「…つっ…。なんとか、生きてるよ。」
バクシーの返事にホッと息をつくグレッグ。…ちなみに、そんな会話をしている最中もグレッグは戦いの手を休めては居ない。
だが、バクシーの続ける言葉にグレッグは青ざめた。
「とはいっても、両目をやられちまった。…もう、無理だな。あばよ…グレッグ。」
「な!?…なに言ってやがる!!簡単に諦めるんじゃねぇ!!…ちょっと待ってろ!すぐ、助けてやる!!」
焦ったグレッグが無理やりな強行突破を始めるが、総ては遅かった。
「…もうダメだ。機体も死に体なんだわ。へっ、警報がピーヒャラやかましいぜ。」
バクシーの声の背後では、確かに警報が様々な警告音を奏でていた。
「くそっ!!…バクシーよぅ、テメェが居なくなったら俺はどうすりゃいいんだ!」
「へっ、嬉しい事を言ってくれやがる。…だが、済まねぇな。俺よりも腕のいい相棒を探してくれや…。」
バクシーの機体が加速を始める。
「腐るほど蜥蜴はいるんだ。突っ走れば、一隻くらい巻き添えに出来るだろ…じゃあな、グレッグ!…楽しかったぜ。」
「バッキャロー!!勝手に死ぬんじゃねーっ!!」
バクシーはグレッグの悲鳴じみた怒声を後にして、木星蜥蜴の群れに、目をやられ何も見えないまま突っ込んだ。
明るい艦橋。しかし、窓は無い。
上と正面、左右の壁を覆う巨大なモニターが、周囲の状況を冷徹に映し出す。
中央に据えられたオペレート席の一つで機器の操作を続ける索敵員が現状を知らせる。
「木星蜥蜴、完ッ全に攻撃目標を101中隊にシフト。混成第二艦隊への攻撃は中断されました、艦ちょー。」
「ふむ、状況の推移に注意しろ。ソナー。」
と索敵員の発言に頷く中年男性。
艦長のみに許される白い軍帽の着用。
鷹揚に頷くこの中年男性こそが、重ミサイル潜水艦・]\級U−161<スティングレイ>の艦長、トーマス・ドッジ少佐。
通称、チ○ポに刺青を持つ男…。
彼の艦は第二艦隊の崩れたエア・カバーを埋めるべく海上航行をしている。
「さて、垂直発射管の現状は?エミリー大尉。」
ドッジ艦長は側に控える副長に問いかけた。
「対空、対艦を全発射管に装填済み…一斉攻撃可能です、トム。」
彼の副官はスレンダーな女性、エミリー・レイク大尉。
「よろしい!…では、苦戦中の援軍に一発手助けをしてやろうではないか!」
エミリー大尉の言葉に笑みを深くしたドッジ艦長の声色は実に楽しそうだった。
「了解。…全VLS、発射用意!僚艦にも通達。一斉飽和攻撃準備っ!!」
ドッジ艦長の意図を完璧に掴んでいるエミリー大尉が火器担当や通信担当に指示を出す。
<スティングレイ>の艦体にズラリと並んでいる、とんでもない数のVLSがその蓋を開いてゆく。
アーセナル…火薬庫。その名に相応しく、]\級は大量のミサイルを一斉発射する為のミサイル・キャリアーとして建造された。
もちろん、ただ運搬し、発射するだけが能ではない。
その気になれば、一隻で艦隊と対抗出来る優秀な索敵装置も積んでいる。
<スティングレイ>の一斉攻撃要請に第二艦隊の各艦が同意し、各艦の攻撃準備が完了してゆく。
みな、このまま黙ってやられ続けるつもりは更々無いのだ。
「トム、攻撃準備が整いました。」
エミリー大尉がドッジ艦長に報告する。
「よーし、諸君!連中のケツをぶっ飛ばしてやれっ!!」
ドッジ艦長の言葉は通信士・ニトロの操作で第二艦隊、全艦に届いた。
周辺で一斉に爆発と白煙が立ち上る。
攻撃を受けたのではない。
VLS一斉発射の為、膨大な数のミサイルが火を噴いた結果、艦が噴射炎と白煙に隠れてしまったのだ。
煙を切り裂いて、圧倒的な数のミサイルが空へ飛んでゆく。
そして、爆発。
対ディストーション・フィールド対策を施していない唯のミサイルに木星蜥蜴の撃破は難しい。
だが、圧倒的な数はその困難を容易く踏破した。
タコ殴りに等しい爆発の渦に耐え切れず、火を噴いて落ちて行くカトンボにバッタ達。
「Ya〜Ha〜っ!…いや〜、本当に楽しい職場だっ!!」
そして、ドッジ艦長の楽しそうな声が無線回線に響いたのであった。
さて、この海域に現れた木星蜥蜴はどこから現れたのだろう。…答えは、このヨーロッパ近辺に展開していた残存部隊を纏めたモノ。つまり、現時点でヨーロッパ最後の木星蜥蜴の部隊なのである。
このまま、各個撃破されるくらいなら集中運用で玉砕してやる。ついでにあのナデシコを落とせれば火星での屈辱を晴らせるという意図が絡んでいた。
しかし、連合軍も黙ってやられているほどお人よしではない。
第二艦隊の反撃を皮切りに次々と到着した部隊が木星蜥蜴を厳重に包囲、チューリップで撤退する暇も与えない。
かくして、この日、日が沈む頃にはこの海域に集まった木星蜥蜴は総て壊滅した。
もちろんヨーロッパから完全に木星蜥蜴が消え去った訳ではない。しかし、この日を境にヨーロッパ圏で木星蜥蜴の組織的行動は許されなくなったのだった。
ドーバー海峡での激戦があったその日の夜、101中隊の仮設基地にて…
「バクシーのバカ野郎〜っ!」
酒に酔った勢いで大声を出す髭ダルマの男、グレッグ。
仮設基地の食堂で宴会の真っ最中である。大作戦終了と言う事で各地で宴が開かれていた。
グレッグは隣の男に寄りかかり、さらに愚痴を零す。
「勝手に死のうとするんじゃねぇや。とっとと諦めやがって…死んだかと思っちまったじゃね〜かよ。」
グレッグの寄りかかる男が苦笑と共に答える。
「…いや、済まん。でもよ、あの時はそうするしかねぇと思ったんだよ。」
彼の両目には包帯。
…バクシーである。彼は生き残っていたのだ。
「うるせぇ!反論は受付けねぇぜ!!」
グレックは嬉しそうに手にしたジョッキを傾けつつ吼える。
「…はぁ、ま〜、あれだよな。死を覚悟して突っ込んだら、敵の包囲網の隙間を突っ切って戦域から飛び出しちまった…ってのもスゲェ幸運だわな。」
グレックに巻き込まれて同じテーブルで酒を飲むマックが苦笑混じりに言った。
「いや、幸運で無く、悪運の類だろう。」
酒を飲んでも平静さを失っていないシンがマックに答える。
「…オメーさんは、酒に強いのな。」
その様に気付いたマック。
「いや…以前、酷く酔った勢いでとんでもない真似をしてしまったからな。気をつけてるのさ。」
「?…なにやったんだ?」
シンの苦笑に更に疑問を深めるマック。
「…恋人が木星蜥蜴の襲撃に巻き込まれて死んでしまってな。…正体不明に酔っ払って、その勢いで軍に志願届けを出したのさ。それまで、民間機のパイロットをしていた俺が…だぜ?シラフに戻った後、気が付いたら右手にIFS貼り付けて、エステバリスのパイロットになってたよ。」
ため息と苦笑混じりに答えるシン。
「…それは悪い事を聞いちまったかな…。」
「いや、それほど後悔はしてない。ただ、自分がしそうに無い行動に驚いてるだけさ。…彼女の事を忘れる事は出来ないが…。」
申し訳なさそうなマックに笑いかけるシン。
「まぁまぁ、湿っぽくなるなよ。バクシーが生きて帰ってきたんだ!明るく行こうぜ!!」
そんなグレッグにバクシーが
「さんざん愚痴に巻き込まれるだけだけどな。」
と付け足す。
「…あにおぅ?…テメェーが勝手に死のうとしたのが問題じゃねーか。黙って愚痴られてろ。」
「ところで、その目は直るのか?」
不意に気になった疑問をシンが問う。
「…あ〜、視神経はかろうじて生きてるらしい。ナノマシンでの修復が完了したら今までよりも視力がよくなるとかいう話だぜ。」
ナノマシンが嫌われる地球ではサイボーグ化技術が発達している。
もちろん、状況によって医療用ナノマシンは使用される。人命の前にはタブーなど…。たまに、裁判沙汰になるが。
今回のバクシーの目の場合、ナノマシンで修復する方が簡単だった。もとより、IFSを受け入れている。今更、ナノマシンの一つや二つ…である。
「なんか、もう治療が始まってるみたいな口ぶりだな。」
マックの言葉に頷くバクシー。
「ああ、中隊長直々に治療してくれたよ。」
「へぇ…どういう風の吹き回しかねぇ。」
「ナノマシンに関しては、ちょっとした権威らしいぜ。手馴れた対応だった。」
「ほ〜、そんな人がなんで最前線の部隊に…。」
「お嬢ちゃんの担当者だからだろ?」
「やれやれ、よくやるもんだ。研究室から実戦の真っ只中へ…か。」
「変なプライドとは無縁な雰囲気だよな、中隊長って…合理主義者な感じはあるけどよ。」
バクシーの話を切っ掛けに盛り上がるグレッグ達。
「そういや、お嬢ちゃんが居ないな?」
ふと気付いたマックが疑問を口にする。
「…?アリスなら外に出て行ったぞ。夜風に当たりたいとか言ってたっけ。」
シンが記憶を思い出しながら答える。
月光に照らされる三機の戦闘機。
露天の駐機場に一人の小柄な人影が現れた。
〔アリス?宴会・二・参加シテ・居タノ・デハ?〕
人影のコミニュケを利用して問いかけるWILL。
「まぁね。でも、外の空気を吸いたくなったんだよ。」
人影ことアリスが愛機を見上げるようにして答える。
「ボロボロになっちゃったね。…ゴメンね?今度はボク、もっと上手く操るから。」
〔心配無用・ダヨ・アリス。私達ハ・アリス・ヲ・守ル為・二・存在スル…傷ハ・勲章。〕
WILLの答えに苦笑したアリスだったが、背後に感じた人の気配に身を硬くした。
素早く振り返るが、視界には何も発見できない。
唐突に、暗闇の中から声が聞こえてきた。
「…光有る所、闇が有り。其は表裏一体にして理を成す。なれば闇と光は不可分なり。…汝の正道、しかと見せて貰った。故に今度は汝の邪道を我に魅せよ…機械仕掛けの妖精よ。」
冷徹な声が周囲の温度を下げる。
闇から浮かび上がるようにアリスの視界に現れたのはダークスーツに身を固めた鋭い眼光の男。
同じスーツを身に着けた3人の男を従えている。
「…君は誰?何処の人かな?…何の用?」
アリスが男達から感じる暴力の匂いに怯えながらも、平静に問いかける。
「我が名は北辰。…我の所属を明かす訳には行かぬ。されど、汝が我等の軍門に下ると言うのならば、いずれ知る事が出来るであろう。」
「ふーん、何処かのスカウトかな?…でも、残念。ボクは連合軍の所有物。ボクが欲しければ、連合軍と交渉する事だね。」
黒服の男、北辰の言葉に首を傾けながら答えるアリス。
「否…我は軍門に下れと言った。交渉如きを望んだ訳に在らず。汝はただ、我に全力で抗う様を魅せれば良い。汝は戦う為に作られたのだろうが。」
ピク
北辰の言葉、特に最後の言葉に反応するアリス。
「…ふ〜ん、ボクの事を知っているのか。…いいけどね。…つまり、ボクに殺されに来たんだね。」
アリスの顔が邪悪に歪む。
スッと、アリスは肩幅に足を開いて戦闘に備える。
今のアリスの格好はミニスカート・タイプの軍服。戦闘にはどうか?と思うが、意外と丈の短いスカートは戦いの邪魔にならないらしい。中のモノをおっぴろげてしまう事を無視すれば。
「くふっ…我等を殺すとは大きく出たな。…襲!!」
北辰が顔を愉悦に歪めつつ、右手を挙げ、背中の三人に合図を送った。
ザッ!
三つの人影が空を舞う。
助走無しの跳躍。一体どのような鍛錬がそれを可能にするのか。
北辰の部下、通称・北辰六人衆の三人がそのまま、アリスの側で着地し、大地を滑るように襲い掛かる。
正面、右、左…三方から襲い掛かる、拳と蹴り。
それらを危なげなく避けると同時に、低く這うようにして左手の男のボディーにストレートを放つ。
体重と移動速度を飲み込んだアリスのストレートは異常な速さを発揮し、彼の腹にめり込んだ。
「ぐっ!?」
辛うじて膝を付く事はなかったが、よろめく襲撃者。
再び地面を這うような低姿勢で駆け抜けるアリス。
残る二人が反撃する暇も与えず、それぞれの体に重い一撃を加えた。
ちなみにアリスの拳が重いのは尋常では無い速度を込めているから。体重が軽いアリスの苦肉の策として、全速で走る勢いをそのまま拳に乗せているのだ。
低姿勢で移動するのはトップスピードに達しやすい為。短距離走のクラウチング・スタートを思い出して欲しい。
動きを止めた三人にトドメを刺そうと最初の一人目に飛び掛るが、彼は懐に手を入れ、一気に懐の物を抜き放った。
急制動とスウェー・バックで辛うじて反撃を避けるアリス。
避け切れなかった髪が数本、ハラリとアリスの眼前に舞う。
残る二人も懐から武器を取り出す。短い刀…小太刀と呼ばれるものだった。
「ぐぬっ…貴様、人間か?」
三人の内の一人がアリスに問いかける。
「さぁ?…君達のボスが言ってたじゃないか、機械仕掛けの妖精って。つまりボクはサイボーグなのさ。」
小太刀の攻撃圏内からスルリと抜け出したアリスが自慢げに語る。
「かかっておいでよ。三対一でも、武器を持ってても、文句は言わないよ?」
チョイチョイと左手で手招きしつつアリスが誘う。
「言ったな…小娘。」
三人は怒りを冷静なプロ意識で抑えつつ、ジリジリと得意の集団戦法の陣形に移動してゆく。
当初は捕縛するつもりだったが、アリスの戦闘力は侮れない。
彼等は死体を持ち帰る事に決めた。それは元々の北辰の指示でもあった。
ギラリと雰囲気が変わる三人の気配を受けて、アリスは内心で恐怖する。
木連式柔を修め、優秀な狩人でもある北辰六人衆の三人。彼等はアリスの感じた恐怖を特殊な嗅覚で感じ取った。
勝機!
波が押して引くように、三方から連続した連携攻撃を仕掛ける三人。
本気の斬撃を紙一重で避け続けるアリス。反撃しようにも、彼等はアリスの攻撃半径には立ち入らない。射程外から攻撃を続けるのみだ。
「ちっ、我等の陣ですら避けるのかっ!」
「だが、避けるだけでは我等は倒せん!」
「然り、どちらの根気が尽きるか勝負だっ!小娘!!」
恐怖は意識、無意識に関係無く足を竦ませる。彼等の戦法はその恐怖すら利用する。故に外道。
だが、アリスにとって恐怖とは常に側にあるもの。
戦いの度に恐怖に捕らわれてきたアリスは、恐怖を克服こそ出来ないが、足を竦ませるような無様は晒さない程度に鍛えられていた。
もっとも、現状は千日手。膠着を打破するには…
アリスは三人の攻撃パターンを解析し続ける。
多彩な攻撃法に虚を掴ませる技術。
技術を解析することは出来ないが踏み込みのタイミングは掴めて来た。
アリスは上着の下の背中に背負ったホルスターに右手を滑らせる。上着の裾から手を潜りこませ、馴染んだグリップの感触を確かめる。
ちょうど右手から攻撃のタイミング。
今まで通り避けるように体を躍らせながら、最適な角度と瞬間で右手を奔らせる。
ザスッ!
アリスが取り出した獲物、30cmの幅広のナイフが一人の男の右腕を切り裂いた。
肘から先を切り飛ばすつもりで振り抜いたのだが、彼の腕は今だ繋がっている。
予想外の攻撃に連携包囲陣を広げアリスとの距離を取る三人。
切られた彼の腕からは血が滴り落ちている。骨に達するかどうかというかなり深い傷だ。
「クッ…攻撃の拍子を捉まれたのか。この服が対弾対刃の特別製でなければ、腕を落とされていたか…。」
応急処置を自ら施す彼を置いて、残る二人が鏡合わせのように同時に襲い掛かる。
左右からの同時攻撃。
アリスは右手からの攻撃はナイフで受け止め、左手からの攻撃はギリギリで避けて小太刀を握る手首を掴んだ。
ハラリと服の袖が切れ落ちる音を聞きながら、アリスは背後に何か危険なものが迫ったのを感じた。
「なかなかの腕前。しかし、技が無い。切り札を隠し持ち、反撃して見せたのは見事だが、業無くして我等を打倒する事は適わぬ。…期待はずれだな。機械仕掛けの妖精。」
北辰はいつの間にかアリスの背後に立っていた。
左右の男達を振り切って北辰に対応しようとするが、男達はアリスの両腕をガッチリと掴んで身動き出来ないようにしてしまった。
トスッ
北辰は懐から無造作に小太刀を抜き放ち、そのまま、アリスの背中から胸を貫いた。
そのまま90度エグリ、引き抜く。
ゴボッ
胸に空いた穴から血が零れ出す。
血の流れはあっと言う間に勢いを増し、アリスは膝をついた。
北辰達はアリスを遠巻きに取り囲み、アリスが死ぬのを待つ。
そう、北辰の一撃は明らかに致命傷だった。
普通ならば…
アリスは左手を胸の傷に押し当て、傷口をギュッと握り締めた。
「クッ…ゴホッ……ゲフッ…。」
血の塊を吐き出しながら悶えるアリス。
何を無駄な事を…と呆れた北辰達だが、次の瞬間、彼等は己の目を疑った。
アリスの全身にナノマシン発光パターンが浮かび上がったのだ。
一番強く輝くのは胸の穴を中心にした部分。
ズッ…グチュ…
と肉が蠢く音が聞こえてくる。
アリスの体を構成するナノマシン群の一つ「修復屋」が起動したのだった。アリスの傷を信じられない速度で修復している。
「なんと…それが汝に与えられた狂気か。」
北辰が珍しく驚きを表に表したまま問う。
「ケホッ……狂気?…ああ、こんなのその一部に過ぎないよ。」
話している内にも見る見る傷は治り、立ち上がる。
モゴモゴ…ペッ
立ち上がったアリスは口の中に溜まった血を吐き出す。
地面に落ちた血、それは虹色に光り輝いていた。ナノマシンの活動光である。
確実な死を与えた。という確信を根本から覆された北辰達。
想像を絶する事態に戸惑っていると北辰の腕時計から短いアラームが二回鳴った。
「…乗り込めたか。…御主等は退路を確保せよ。我はこの娘を捕獲する。」
北辰の命令に従い姿を消す三人。
「予定変更だ。汝は面白い…ぜひとも汝を確保して、我等の業をその身に叩き込んでやりたいものだ。くくくっ…汝はどういう修羅になるだろうなぁ。」
愉悦に顔を歪めながら北辰はアリスに飛び掛った。
対するアリスはその場でナイフを構え、迎撃する。
空中に一瞬、花開く火花。
一つ、二つ、三つ。
お互いの刃物で鍔迫り合い、逸らし、打ち落とす。
月の光だけを照明に、二つの影は接近し離れ、再び激突する。
小太刀とナイフが接触する度に発する火花が北辰の顔とアリスの顔を一瞬、照らす。
照らされる二つの顔は…笑っていた。
「くくくっ…どこまで我の予想を裏切ってくれるのだ?業も無しに我と張り合うとは!」
大量の血を失い、蒼白になった顔でアリスが吼える。
「ワザ?…そんなの必要無い、関係無い!!」
グンッと大きく踏み出したアリス。北辰に向け突進する。
「では魅せてやろう。これが、業と言うモノだ!」
アリスの渾身の一撃が、北辰の両手持ちに構えた小太刀で受けられる。
瞬間、複数の事が同時に起こった。
『木連式柔 −柔虎投襲−』
北辰の刀から力が抜けたと思った瞬間、アリスのナイフが逸らされ、絡め取られ、弾き飛ばされたのだ。
あれ?柔って事は、柔術の技じゃん。って突っ込みは正しい。
そもそもコレは、相手の勢いを利用して投げ飛ばす柔術の一つである。
が、優れた使い手は道具を選ばない。つまり、刀で柔術を再現したのである。
恐るべきは、そこまで術を習得した北辰である。一体どれだけの鍛錬がそれを可能にしたと言うのか。
つまりは、これこそが『業』と言う事だろうか。
一瞬の離れ業に目を見開くアリス。身体はたたらを踏んで無防備な様を晒している。
風切り音を残してナイフは近くの地面に突き刺さった。
スチャッ
眼前に突きつけられた刃。
それに歯軋りをするアリス。
「王手。…汝の機体も我が手中に在り。いざ、我が軍門に下るが良い。」
北辰の言葉に答えるように、三機の戦闘機のエンジンが唸りを上げた。
そう、彼の部下の半分はアリスの機体トライデントの奪取に奔走していたのだった。
その時、アリスの膝が崩れ、アリスは地面にぺたりと座り込んでしまった。
唐突だが、皆さんはアリスの保有するナノマシンの一つ、「組み立て工」の事を覚えていらっしゃるだろうか?
ラピスとの一戦でアリスが使ったナイフを生み出した力。…何気にさっき、弾き飛ばされたナイフはその時のナイフである。
さて、アリスのナノマシンは総て、アリスの体力を喰らって活動する。
目に見えるほどの活動、ナノマシン発光現象を引き起こすのは稀だが、身体を動かす時、戦う時、常にアリスは体力を普通の人間以上に消耗している。
そして、ナノマシン発光現象を引き起こすほどの活動は当然の様にアリスからゴッソリと体力を奪うのだ。
アリスが並を越えた大食いなのは、それが原因である。普段から度を越えた食事を必要とするほどにアリスのナノマシンは燃費が悪いのだ。
先の「修復屋」も又、アリスの大怪我を直す為に、大量のエネルギーを消費した。
しかも、その後、北辰との全力戦闘である。
アリスの体力はスッカラカン。もはや、まともに立つ事すら出来ないのだった。
その時、三機それぞれの主脚のライトが点灯し、北辰と座り込んで俯いたアリスを照らす。
と、俯いたままのアリスから笑い声が聞こえた。
「ふふふっ…ボクのトライデントを手に入れただって?…無理無理。だって、トライデントにはWILLが居るもの。」
「ぬ!?」
絶対絶命の窮地に関わらず、余裕のアリスに眉をひそめる北辰。
と、北辰に向かって、ジャバウォックUの30mm機関砲が火を噴いた。
「…くっ!何をするか!!」
咄嗟に砲撃を飛び避け、腕時計型無線機に怒鳴る北辰。
帰ってきた答えは要領の得ない物だった。
『も、申し訳ありません隊長!…しかし、この機体、勝手に…勝手に動いています!?」
困惑の色を隠せない北辰達。
「うぬ…汝、何をした。」
北辰の問い掛けを無視して、アリスは相棒に指示を出す。
「WILLっ!無遠慮な侵入者には帰って貰ってっ!!」
〔YES・アリス!〕
WILLの返事と共に三機の戦闘機のコクピットハッチが勝手に開く。
緊急脱出装置が起動して、それぞれの機体に乗り込んでいた北辰六人衆の三人が座席ごと空に放り出される。
さらにアリスが仮設基地の警報装置にアクセス、侵入者警報を大音量で鳴らす。
「くっ…これまでか。…見事だ、機械仕掛けの妖精よ、今は退こう。だが汝は必ず、我が物とする。…心せよ。」
あらゆる明かりが点灯され、一気に明るくなった基地だが、それでも存在する暗がりに身を潜めながら北辰は捨て台詞を残したのであった。
「…それって、愛の告白?」
服を自身の血で染めて、血が足りない所為で青ざめフラフラなアリスだったが、彼女の台詞を聞く限り、まだ大丈夫なのかもしれない。
かくして、欧州解放作戦は一応の成功を見せ、連合軍は木星蜥蜴への反撃の切っ掛けを掴んだのであった。
暗くて冷たい何処かの室内。
3人の男達が大きな机を取り囲んでいる。
机はモニターになっていて、ドーバー海峡で起こった、とある戦闘風景を延々流していた。
「…見たか?断っておくが、コレは真実だ。」
「断られるまでも無い。見れば解る。」
「これが、ナデシコを生き残らせた力、そして欧州解放戦を勝利に導いた力か。」
「そうだ。本技研の夢想家が生み出したALS計画、唯一の成功作。」
「機体の能力も無視できんが?」
「確かに。だが、パイロットあってこそ。あんな無茶な機体を操れるパイロットが存在する事が恐ろしい。」
「ああ、あまりにも強大な力を持ちすぎている。寄せ集めの機体でコレだ。」
「今は良い。だが、いつまでも戦争は続かん。」
「そう、戦争が終結した後。コレは何を思うだろうな。」
「大人しく犬でいるなら構わん。しかし、権力を求めるようなら…。」
「パットンの阿呆は気に入ってるようだな。」
「ふん、彼は何時も自分の理想を体現する者には甘い。」
「まあよい。今は監視の手を緩めぬ事だ。木星の連中もこの娘には関心を寄せているそうだしな。」
「ふむ。しかし、これ以上の力を持つようなら…一軍に匹敵するような力を持ってしまったなら…。」
「決まっておる。そのような存在は看過出来ぬ。当然…。」
「だな…。」
暗闇の中で話を続ける男達。彼等は連合軍の軍服に身を包み、五つ星の階級章を付けていたのであった。
第十三話 完
あとがき
はい、なんとか欧州解放作戦編を完了?させたTANKです。
ちゃんとシメれてると良いんですけど…。101初の戦死者を出すつもりが生き残らせてしまったし。
やべぇなぁ。ご都合主義作品になっちゃわないか心配です。
さて、今回の小ネタ元ネタ〜。
>『我に倍する敵、恐るるに足らず』
第二次世界大戦初期の零戦パイロットの台詞。誰の言葉かは忘れてしまいましたが…。
>U−161<スティングレイ>艦長トーマス・ドッジ少佐。
映画、イン・ザ・ネイビー(洋題・Down Periscope)から。
この映画、好きなんです。B級映画タッチなコメディ作品なのに全力の潜水艦バトル…演習だけど。
CGも全力使用で米海軍提供の映像も使用。ちょっと軍の映像は画質が荒いけど。
そんな訳で機会があれば、ぜひ。一見の価値はあると思います。
さて、次回はどういう展開にしようかな?
>戦場描写〜
なるほど、一兵士の視点で戦場を語るってのは燃えますからね〜。少なくとも動きが感じられるよう、気をつけていきますね。
P.S.
パソコンの調子が悪くて、メールの受信が滞ってます。近いうちに何とかしたいです。…申し訳無いですが、とりあえず、ご意見ご感想は掲示板にお願いいたします。
更に追伸
ご指摘のあった、アリス対北辰戦。ちょこっと手直ししてみました。書き足しただけですが、こうしてみると、言葉が足りなさ過ぎたかなっと反省です。
代理人の感想
まぁ、これはこれでOK。オチが妙にバクシーっぽくてまぬけだし(爆)。
しかし本気でモンスターなのな、アリス(汗)。
本当にデビルガンダム細胞か何かに匹敵するんじゃないかしらん・・・。
>イン・ザ・ネイビー
あー、見たかったんだけど見てないんだよねぇ。
我が魂の燃えの一つ「眼下の敵」(ロバート・ミッチャム最高)と並べて評していたサイトがあったので
ちょっと興味をそそられてたんですが・・・何故か縁がないようで。