カッ、カッ、カッ
気温はともかく、冷たい見た目の広い廊下。
そこに二人分の足音が反響する。
「…言い訳は聞いたわ。それで、あなたの目的は何なの?」
先頭を行くシンプルだが高価なスーツを着こなす女性が、後ろについて来る男へ高慢に問いかける。
その振る舞いが普段通りであるような、自然な問い掛けだった。
「言い訳?…我はただ、あの『機械仕掛けの妖精』と引き分けたと言う遺伝子細工の実力を知りたいだけだ。」
対する男は冷徹である事が普段通りのような声色に、「なぜ解りきった事を問いかける?」といった疑問を滲ませながら答えた。
「はぁ…だから、実力を知ってどうしようっていうのよ、北辰?」
「ふ…。もし『使える』のであれば、我が業の伝授も吝かでは無い。お主としても悪い話では無かろう…シャロン・ウィードリン。」
北辰の言葉に一瞬、足取りが止まるシャロン。
「…随分高く買ってるのね。あの使い捨ての実験体に。」
「どの様に生まれたか、など唯の事実に過ぎん。肝要なのは如何なる能力を発揮できるか。あの者の能力は底が知れぬ、その力が与えられた物に過ぎなくともな…。」
「アレの行く末が楽しみだ。」と、北辰は口を微笑の形に変形させる。
それは獲物を前にした蛇の舌なめずりに似ていた。
と、足音が止まる。
二人の正面には大きな鋼鉄の扉。
「ここに私の切り札の二人が居るわ。…ちょうどトレーニングの時間だから、あの二人の腕前を知るには良いかもね。」
扉の脇にある個人認証式インターフェイスに右手を翳す。
機械は即座に彼女の指紋、右手の骨格、肉付きから血圧、体温に至るまで測定した上で扉のロックを外す。
何度も繰り返しているが、IFSを代表するナノマシン技術は一般に好まれない。
故に、企業は他の技術でナノマシンの恩恵を越えなければいけない。
特に老舗と呼ばれる企業ではその傾向が強かった。ネルガルは例外的存在である。
もっとも、その研究者達と技術者達の血が滲むような研鑽の果てに、ステルン・クーゲルの簡易操作システムなどの革新的システムを生み出す事になるのだが。
ゴシュッ
巨大な錠が開く音が聞こえ、扉は壁にスライドして消える。
中はそれなりに広い。並みの体育館くらいはある。
そこに、様々なトレーニング器具と射撃場。中央の広場で格闘を続ける二つの小柄な影があった。
ピンク…と言うより桃色という言葉が似合う長い髪を振り回しながら果敢に攻撃する少女。
シルバーと言うより白銀という言葉が似合う短い髪を持つ少年は、その攻撃をいなし、避ける。
動きは少女の方が上だが、攻撃に対する読みは少年の方が上らしい。
残像を伴うほどの速さで二人は素手の戦いを続ける。
「ハリ、いい加減に当たっテ。」
「ゴメンだよラピス。怪我が治って以来、初めての模擬戦じゃないか。そもそもラピスの一撃は重いんだよ。」
「…ワタシは重くナイ。」
少女と少年はそれぞれ身体のラインがはっきり判ってしまうピッチリしたボディースーツをトレーニング・ウェア代わりに着込んでいた。
少女はスレンダーで、少女自身の言葉を頷かせるような胸とお尻。
少年は痩せ型だが、必要なだけの筋肉は浮き出ていた。
少女、ラピスはハリの口にしたNGワードに怒りを燃やしながら更に苛烈な攻撃をする。
「わっ!…ちょっ!?…体重じゃないって!!……あ。」
必死にラピスの攻撃を避けるハリだったが、バランスを崩した瞬間ラピスの捻り込むようなアッパーを腹に喰らって、吹っ飛んだ。
短距離ながらも放物線を描いて落下するハリ。
地面に墜落する瞬間、ハリが猫のような身軽さでクルリと体勢を整え、両手両足で地面に着地する。
「いてて、酷いな。ラピス。」
「…フン。ハリはもっと打たれ強くなった方がイイ。」
腹を押さえながら、立ち上がるハリにラピスが腹立ち紛れに答える。
「どうかしら、貴方の興味は引けて?」
二人の模擬戦が一段落ついた所でシャロンが北辰に問いかけた。
「この段階では、まだな。…しかし、素養は…良い。」
北辰の左目がギラリと光った。
シャロンをその場に置いて、北辰は二人が立つ場所に無造作に足を進める。
と、ハリがその背にラピスを隠して、立ちふさがった。
「…何者だ。俺達になんの用だ。」
精一杯の殺気を北辰に叩き付けるように睨むハリ。
「くふふ……、我は闇。我は影。我は外道也。…汝等が、我が業を授けるに相応しいか見極めに参った。」
ハリの殺気を、こそばゆい物であるかのように冷たく苦笑した北辰が答える。
「わざ?…そんなの要らない。帰っテ。」
ハリの影から半歩出たラピスが無表情に答える。
「汝等は『機械仕掛けの妖精』アリスを倒したいのだろう?ならば、我が木連式柔は必ず汝等の力となる。」
北辰がアリスの事を口にした時、ラピスとハリはピクリと反応した。
「それを身に付けたら、あの怪物に勝てるノ?」
ラピスが代表して問う。
「汝等が我が業に相応しい力を持っているのならば、汝等は最強に成る。…それも、我に汝等の実力を見せ付けてからだ。かかって来い、遺伝子細工の妖精達よ。」
北辰が構えを取り、ハリとラピスは北辰に飛び掛った。
何故、唐突に北辰は二人に木連式柔を伝授する気になったのか?
シャロンは頭の隅でその事を考えつつ、目の前の戦いに注目するのであった。
機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE
機械仕掛けの妖精
第十四話 すぐ側に在る「冷たい方程式」
カタカタカタ…
明るいが何も無い、清潔だが寒々しい部屋でキーボードを叩き続ける音が響く。
「…ふむ、なるほどな。」
入力したデータを元に展開される情報がモニターに映し出されると部屋の主、テオドール・グルーバー大尉は一人、頷いた。
モニターには、アリスの現在の身体データが映し出されていた。
「予想よりもナノマシンが増殖している。度重なる危機に対して、抵抗力を保有する為か?…ふむ、どうやらナノマシン自体も進化しているようだな。反応速度が向上しているし、投与していないナノマシンすら存在するようだ。」
グルーバーの言う通り、アリスのナノマシン総量は拡大の一途にあった。
結果、体重の増加と言う変化を引き起こしてしまう訳で、アリスはいい顔をしなかったが…、まぁ身長も伸びているので、そう気に病む事でもない。
何故、ナノマシンが増殖したり進化するのか?
そもそも、アリスの名前の語源、A.L.S.「次世代永久兵士計画」とはナノマシンによる強化兵士の製造計画である。
アリスはその27番目の個体。
ラピスがアリスの事をALS−027と呼んだ事を覚えているだろうか?
『次世代の永続的に動ける兵士』。それの方向性を探るのがALS計画の目的だった。
味方のサポートを必要とせず、超人的力を発揮し、自力で負傷を直し、その場に在る武器で命令ある限り永遠に戦い続ける兵士。
軍にとっての夢の産物とも言える存在。
それを実現する為、ナノマシンに白羽の矢が立った。
しかし、ナノマシンを唯、投与するだけでは目的の能力まで構築出来なかった。
なぜなら、ナノマシンを投与すればするほど、ナノマシンを統合する補助脳が人の頭脳を圧迫してしまうからだ。
ならば人の脳をナノマシン補助脳に作り変えてしまえば良い。圧迫する物が無ければ何処までもナノマシンを投与出来る。
そんな乱暴とも言える発想を元に生まれたのがアリス。
26人の亡骸を背に唯一人、奇跡的に成功した唯一の個体。
彼女の脳は、その総てがナノマシン製であり、ナノマシンを意識、無意識にコントロールする。
彼女の身体は限りなくナノマシンが浸透しており、限りなく無機物に近い。
そして、アリスの無意識は、度重なる戦いにおいて自身の強化を求めたのだった。
それはほぼ、正解だったといえる。現に木連式柔を修める猛者、北辰を辛うじてではあるが撃退出来たのは、それのお蔭である。
しかし、そこには問題があった。
「いかんな、ナノマシンのエネルギー要求量が増大し過ぎている。このまま増強を進めれば、スタミナ不足で戦闘不能どころか、日常生活を営む事すら不可能になる。」
そう、グルーバーの言葉通り、スタミナ不足。
強大なトルクを約束する大排気量エンジンたるナノマシン群に対して、アリスの燃料タンク、すなわちスタミナや体力と言われるモノはあまりにも小さすぎた。
生まれ変わるほどの大手術を受けるには生命力溢れる子供である必要があった。また、当時存在したマシン・チャイルドは皆、子供だったという理由がある。
結果、子供であるが故に、ナノマシンのスタミナ消費に追いつかないのだ。暴食ともいえる日々の食事でようやく…である。
スタミナが足りないだけで何を?と疑問に思われる方がいるかもしれない。
しかし、暴力的に体力を奪うナノマシンを保有する者にとってスタミナが足りないと言う事は、容易く飢餓状態に陥るという事。下手をすれば、そのまま餓死と言う事もありえるのだ。
先の北辰との戦いの最後で膝を突いてしまったのも、身動き出来なくなるほどスタミナが尽きてしまったからである。
ひょっとすると、行き着くとこまで行ってしまえば再び、無意識下においてナノマシン群がスタミナを確保する様に新たなる進化を及ぼすかもしれない。
「…しかし、無意識という偶然に頼りすぎるのも危険だ。意識的改革を持ってして自身の強化に努めるのが最良か。…意識的にナノマシンの進化の方向を操れる様になれば完璧なのだが…。」
再び、キーボードをカタカタ打ちながら、グルーバーが呟く。
「だが、進化など想定外の現象だ。そも、人類の開発したナノマシンにしてはエラーの発生率が低すぎる…アリスのナノマシンは確か、上層部から流れてきたものだったはず。…一体、何者が作ったのか…。」
グルーバーが疑問と共に後ろを振り返った。
後ろに据え付けられたベットには、大量の栄養剤と輸血の点滴を付けたアリスが寝ていたのであった。
「馬鹿者ッ!!!」
魂をも揺さぶる殺気交じりの怒声に居並ぶ将校がビクリと肩を震わせる。
壁に掛けられた『激我』と書かれた大きな掛け軸を背にする一番偉い人。
草壁春樹中将である。
ここは、木連・軍用コロニー船「れいげつ」の会議室である。
草壁は最近では久し振りに、怒り狂っていた。
「我が木連の兵器が尽く、地球の薄汚い連中の武器に負けただと?…貴様等、恥を知れっ!!」
「あまつさえ、我等が占領した欧州地域を奪取されただと?…一体、何をしていたのだ!寝惚けるのも大概にせよ!!!」
机に拳を打ち付け、怒りに震える草壁。
「ふーっ。…まぁ、過ぎた事は仕方あるまい…。」
と、おもむろに左手を額に押し付け、冷静さを取り戻そうとする。
「…さて、欧州方面艦隊指揮官は誰だったかね?」
あえて、解りきった事を問いかける草壁。部下の配置くらい、すでに暗記している。
それでも聞くのは場を動かす為でもあり、叱責の意味も込められている。
しばらく、会議室に静寂が広がるが、誰かの唾を飲み込む音と共に、一人の男が立ち上がった。
「はっ!越前今羽大佐であります。欧州方面艦隊をお預かりしておりましたっ!」
越前大佐は顔色を酷く青ざめさせながらも踵を合わせ、起立した。
「越前君。君は工場から出たばかりの最新鋭無人艦であるオニヤンマ級すら失ってしまったな。」
先ほどの剣幕が嘘のように静かに問いかける草壁。
「…はっ!お預かりした艦は総て消失しました。」
「さらに跳躍門すら失った。」
「…その通りであります。」
草壁の追及に冷や汗を流す越前大佐。
「ふむ…。現状は認識しているな?」
「……はい。」
越前大佐の流す汗が増える。
「諸君!これは恥辱であるっ!!木連男児として、これは断固として雪がねばならん!!」
「「「「「「「はっ!!!我等、木連男児は恥辱を良しとしません!!!!」」」」」」」
草壁の言葉に、居並ぶ将校が一斉に姿勢を正して答える。
「なれば、解るね。…越前君。」
一見穏やかに言葉を続ける草壁。しかし、見るものが見れば、草壁は今だ怒りに震えている事が解るだろう。
「………はっ、閣下。…ね、願わくば、ジン型を一機、自分にお与え下さい。次の…戦場にて…せ、先陣を切る事で…汚名を返上させて戴きたく…存じます。」
再び唾を飲み込み、冷や汗を垂らしながら越前は辛うじて言い切った。
「…宜しい、越前君。それは正に木連男児の有るべき姿だ!…私は彼に激我魂の真髄を見た!!…では越前君。君の望みを叶えようではないか。…総員起立!!…越前大佐に敬礼せよ!」
ザッ!…バ、バッ!!
会議室の人間が一斉に立ち上がり、越前大佐に敬礼した。勿論、草壁も、である。
彼等に答礼する越前大佐。
「生き残ってくれたまえよ。我が木連は勇敢な将校を必要としているのだ。」
草壁の言葉に敬礼で答える越前大佐。
しかし、その言葉が実現不可能であろう事はだれよりも草壁が知り尽くしていた。
そして、越前大佐の顔は今にも倒れそうなほどに真っ青になっていたのであった…。
毎度おなじみナデシコの…格納庫。
ナデシコは先の作戦終了後、再び佐世保のドックに帰ってきていた。
「は〜い!!皆さん、注〜目ぅ〜♪」
再びお役目が回ってきた、お立ち台。
そのお立ち台に立って声を張り上げるのは、ナデシコの船長ミスマル・ユリカである。
拡声器無しで格納庫の隅々までその声を届かせる彼女。
今日も元気に精一杯、である。
「欧州解放戦ご苦労様でした〜!重傷者こそ出てしまいましたが一人の死者も無く、無事にココに帰ってこれた事はワタシの誇りです!!…さて、そんなナデシコに新しいお仲間です♪張り切って歓迎しましょ〜!!」
ユリカが右手を上げて声を上げると、ノリのイイ乗組員達…特に整備班の面々は一気に盛り上がった。
ユリカが足元に手招きすると、二人の男女がお立ち台に上がってきた。
レディー・ファーストと言う事で、まず、女性の方から自己紹介を始めた。
「カザマ・イツキ小尉です。エステバリスのパイロットとして皆さんと戦って行きたいと思っています。…よろしくお願いします!」
イツキが長い髪をペコリと下げると男性陣から怒涛の拍手と歓声が沸き起こる。
「アカツキ・ナガレ。同じくエステのパイロットだ。カザマさんは連合軍から出向されたそうだけど、僕はネルガルのテストパイロットだよ。この船の皆さんは個性派ぞろいだと聞いてる。よろしくお願いするよ。」
アカツキがキラリと歯を光らせると、一部の女性陣からの拍手と男性陣から怒涛のブーイングが沸き起こった。
そこに、再びユリカの声が響く。
「は〜〜い!!皆さん仲良くしましょ〜!」
そして声を落ち着けて、業務報告に移る。
「さて、これからナデシコは前回のドック入りで行なえなかった改造を行ないます。整備班の皆さんよろしくお願いします!!…そして、一ヶ月後の連合宇宙軍の作戦に参加します。作戦内容はまだ明かせませんが宇宙での戦いだ、とだけ言って置きます。皆さん忘れ物の無い様に気を付けて下さいね〜♪」
そこでユリカが横を向き、ナデシコの重鎮、連合軍とネルガルの代表者たるムネタケ提督とエリナに視線を向ける。
二人は「特に言う事は無い」と目線で合図すると、ユリカがニッコリ笑って三度大声を張り上げた。
「はい!それでは、解散です!!随時、休暇に入ってくださ〜い♪」
ガヤガヤと三々五々、移動を開始するクルー達。
皆の顔色は明るかったが、唯二人、青ざめた表情の者達も居た。
「…ちょっと、私聞いてないわよ!?…あの人が来るなんて。」
「ハイ、私も報告を受けておりません。ひょっとすると、あの方の独断ではないでしょうか?」
「独断!?…何考えてんのよ!!」
「ちょっ、声が大きいです。エリナさん。」
「…御免なさい。ちょっと、動転しすぎたわ。ナデシコのチーフ・マネージャーである貴方に一言も報告が来ないなんて…よっぽど妨害を受けたくなかったのかしら。」
「ふふん、その通りだよ♪」
「きゃっ!?」
「わっ!?」
二人で影でコソコソと相談をするエリナとプロス。そこに唐突に現れた話題のヌシ、アカツキ。
気配も感じさせずに、いきなり背後から声を掛けられたのだ。驚くのも当然と言えるだろう。
「…ちょ…ちょっと!趣味悪いわよっ!」
ムッツリと眉を顰めながら文句を言うエリナ。
対するアカツキは、
「あっはっは、イヤイヤ、申し訳無いね。悪かったよ。でも、噂をすれば影っていうだろう?」
「文字通り、影にならなくとも宜しいでしょうに。」
アカツキの言葉に突っ込むプロス。
「でも、なんでナデシコに乗り込んできたの?…会長職を奪われても知らないんだから。」
「いや、ほら…だって。プロス君はもとからプロジェクト担当者だから仕方ないけど、エリナ君まで、ナデシコに行っちゃうんだもの。…寂しくてね。」
エリナの言葉に朗らかに返すアカツキ。
「私が居なくて清々していたのではなくて?」
エリナがムッと言い返す。
「まさか!とんでもないよ。…優秀な娘は居ても、エリナ君の様に有能さと美しさを兼ね備えた娘は居ないからね。…潤いが無いと、僕は働けないんだ。」
アカツキが、ヤレヤレ困ったものだ。と肩を竦めつつ、やり返す。
「…あ、ありがと…。って、そんな事言ってる場合じゃないでしょっ!!」
幾分、頬を染めたエリナだったが、直ぐに我に返って怒鳴る。
「…まぁまぁ、エリナさん。アカツキ氏の意思は固いようですし…。保険は掛けてあるんでしょう?」
ヒートアップするエリナの肩を叩いて、我に返らせると同時にアカツキに会長職を捨てる気は無いのだろう?と問いかける。
「当然だとも、そんな勿体無い事は出来ないよ。いくら、血と罪に塗れた薄汚い企業だとしてもね。」
苦笑しつつ答えるアカツキ。
「…で?…ただ寂しいからって理由じゃないでしょ。下手すれば殉職するかもしれないのに。」
ムスッとしたエリナが再度、問いかける。
「死ぬ時は人間、簡単に死ぬよ?…ああ、ごめんごめん。…いや、ウチの製品の使い勝手を確かめに来たんだよ。儲けたいなら現場を知らないとね。…それに、この間、大活躍した子もウチの関係者らしいじゃない。確か、アリスって子。」
質問をはぐらかしてしまった事に気付いたアカツキが謝りつつ、心境を話す。
「ははぁ、アリスさんですか。確かにこの間の一戦でも大活躍でしたなぁ。」
アカツキの言葉にポムッと手の平を打つプロス。
「ああ、火星でも活躍した連合軍の派遣パイロットね。って、ウチの関係者なの!?」
記憶に残っていた名前を思い出し、そこでアカツキの言葉に驚くエリナ。
「そうだよ。僕も面識は無いけどね。彼女はネルガル系のマシンチャイルドさ。」
「はっ…クチッ。」
ノースリーブな薄手のトレーニング・ウェアを着た少女が、唐突にクシャミをした。
「う〜、誰かがボクの噂をしてる…。」
アリスである。
ドイツはベルリンの連合軍教導隊駐屯地。101中隊の拠点でもある。
そこのトレーニング・ルームの組み手用の広場でアリスが身体を動かしていた。
「…大丈夫か?一休みしてもいいぞ。」
そうアリスに問いかけたのはクリシュナ。
クリシュナとアリスは軍隊総合格闘術の組み手の真っ最中だった。
「…ううん。イイ…まだ続ける。」
アリスは首を振って答える。
ヤレヤレと溜息をつきながら、ゆっくりとアリスに攻撃つつ、技の解説を再開するクリシュナ。
「いいか、マーシャル・アーツなんて偉そうな事を言ってみてもコレは結局、素人を促成栽培させる為の簡易格闘術に過ぎない。軍隊にはそれで十分だからな。」
アリスの攻撃に移り、アリスが先ほどから学んでいた戦い方で手足を振るう。
それを避け、いなし、受け止めながらクリシュナが語る。
「そう、いい感じだ。…突き詰めれば格闘技とは、効率的に相手を殺傷する為の身体操縦法だ。故に、歴史在る格闘技は洗練されてるモンだ。気合の入った門派は歩き方から学ぶそうだよ。」
ま、今も生き残ってる格闘技で殺しを主眼に置いてるのなんて、滅多に無いけどな。と、言葉を続けるクリシュナ。
「とはいえ…なんちゃって格闘技なマーシャル・アーツだが、逆説的に言えば、人を殺すのはそれだけで十分って事だ。」
いきなり、アリスの突き出した右腕を取り、捻じり、体勢を崩させて、身動きを取れなくしてしまう。
片膝と左手を付いて、辛うじて動く首でクリシュナを見るアリス。
「…このように右腕を極めてしまえば、この右腕を脱臼させてもいいし、折ってもいいし、ナイフで首を刺してもいいし、蹴り殺すという手も有りだ。」
クリシュナが極めた後の行動をモーション付きで説明する。
「う〜ん、なんとなく解ったけど…これであの男と戦える?」
関節技から解放されたアリスが疑問を発する。
「む?…ううむ。…お嬢ちゃんの言う北辰と言う男がどれ程の腕前なのかよく判らないが、彼が殺しを追求した格闘技の使い手ならば…難しいだろうな。」
クリシュナの言葉に表情を暗くするアリス。
そんなアリスの様を見て、慌てて言葉を繋げるクリシュナ。
「まぁ、一流の格闘家って奴の必殺技は案外、単純なモノが多い。右ストレートとか、踵落としとか。つまり、どれだけ自分の特徴を引き出せるか、自分の有利な戦い方を出来るか…って事が大切になるな。」
そんなクリシュナの言葉にキョトンとするアリス。
「?…自分の有利な戦い方?」
「そう、自分に有利な環境や状況で戦うんだ。その北辰という男だって、そういうモノを持ってるはずだ。もし、格闘戦で打倒出来ないなら、別の手で圧倒すりゃいいのさ。…連中が撤退したのはアリスが最適の瞬間で警報を鳴らしたからだろう?」
クリシュナの言葉にコクコクと頷くアリス。
「しょせん技なんて物も、数多ある道具の一つに過ぎない。…大切なのは自分に適した武器と戦い方で最大限の効率を発揮する事。…そこら辺は言われなくとも解っているだろう?」
アリスの頭を撫でつつ話をシメるクリシュナ。
「…ありがと。」
アリスの少し照れが入った言葉。
「なぁに、ウチの部隊でお嬢ちゃんの頼みを聞き遂げない奴はいないよ。私で良ければ何時でも頼ってくれ。」
クリシュナは最後にそう言って、トレーニング・ルームを後にした。
一人残ったアリスは、しばらく思案した後、一人イメージ・トレーニングに没頭しだした。
「クリシュナの言ってる事は判る。つまり、戦技でなく戦術、戦略で勝てって事。でも、格闘戦で張り合えないのは面白くない…。って事は、やっぱり『ガンカタ』だよね♪」
と、解る者にしか解らない言葉をボソリと呟いて…
もっとも、病み上がりで体力の落ちていたアリスがダウンしたのも、その直ぐ後だった。
アリスとグルーバーと言うイレギュラーが引き起こした変貌の八ヶ月はこうして終わりを告げ、舞台は変革を告げながらも然るべき勢いのまま、転がり続ける。
しかし、もはや元の流れに立ち戻る事は無いだろう。
時代という怒涛の奔流は幾つかの鍵を飲み込んでただ、ただ、荒れ狂うのみである。
その鍵の一つ。時代のキー・マンの一人となりつつある少女は、戦場を渡り歩き続ける。
戦いこそが、自分の生きる価値だと信じて。
第十四話 完
あとがき
って事で、短めですが、14話終わってしまいました。TANKです。明けましておめでとう御座います。
大晦日に元旦とパソコンにへばりついて、カタカタ創作に打ち込んでおりました。
え?それ以外してないのか?って?…えっへん!年越しはケーブルのアニマックスで年越しガンダム祭でしたとも。
ああっ!寂しい奴なんて言わないでっ。…現実が身に染みるから(涙
ともかく、季節感あるアトガキは後から読む人にとって鬱陶しいだけかもしれませんね。
そういえば、つい最近に冲方 丁の「マルドゥック・スクランブル」を読みました。…似た設定でココまで格が違うのかと愕然です。
まぁ、片や遊び半分の二次創作SS書き。片や、本業作家。格の違いなど天と地の差ほど有りますが。
ともかく、この作品で拙作への認識も少し変化しました。ぶっちゃけ、アリスの心理面も、もっと前面に押し出そうという事ですが。
少女がヒロインでドンパチ有りの面白いSFでしたので拙作のような話に興味が有る方には、オススメです。…え、もう読んでる?それは失礼。
さてさて、インターミッションの話は短くなる宿命?なようです。
自分の構築力の無さが原因ですか?…はい、そうです(鬱
さて、今回の<ネタ>はっ?!
まず、カザマ・イツキ嬢から。
彼女って、どっちが名前なんでしょうね?イツキ・カザマとありますが、こっちの方がチョイネタに使えそうなんで本作ではこうしてみました。
越前今羽氏
名前に深い意味は無いです。名前付き木連将校が欲しくなっただけです。元ネタはゲーム「デスクリムゾン」から越前コンバット氏。でも名前を借りてきただけです。プレイした事もないし(爆
え〜っと、「ガンカタ」?
これはSF映画「リベリオン」の中で主人公達が使っていた拳銃格闘技の名前です。要は、拳銃握ってチャンバラのド突き合いするようなもの。
動きは…中華拳法な雰囲気だったかなぁ。後、合気道系の動きも、ちらほら?…結構いい加減にしか覚えてないですね。これも名前だけ。内容はTANKオリジナルで行く予定です。
所で、本編14話では『「熱血アニメ」でいこう』だった訳でして、拙作でも何か、そんなお遊び企画を催してみたいなぁと思っておりますです。
が、アイディアが纏まりません。アリス達を使って…使わなくてもいいですが。…何かネタがありましたら、願わくば掲示板にお願いします。
>本当にデビルガンダム細胞か何かに匹敵するんじゃないかしらん・・・。
DG細胞に在って、アリスに無い物。…それは無限の体力。
だって、アレって一粒残したら、すぐさま完全復活ですもんねぇ(言い過ぎ)。どっからエネルギー持ってきてるんだろ。…野暮な事は言いっコ無しですが。
逆を言えば、体力さえ続けばアリスはDG細胞の真似事が出来ます。
しかし借金の取り立ては激しい訳です。体力を容赦無くこそぎ取ります。ただでさえ、ちっちゃな女の子ですし、今のアリスにはナノマシンが使いこなせません。
13話の対北辰戦の方でも追加した文にちょこっとそこら辺を記載してみました。
>「眼下の敵」
うぉ〜、渋いっ!!あれってシーマン・シップが光る大人の映画ですよね。論評を見たことしかありませんが(核爆
代理人の感想
おおっ。
北辰の弟子になるラピハリなんてほかじゃお目にかかれませんな(笑)。
アリスも色々やってるようですけど、結構負けず嫌いっぽいからまた正面から行くような気もするなぁ。
どしたもんだろw
>越前大佐
貰ったジンは絶対照準がずれているに違いないw