月夜の銀世界。大地に降り積もった雪が、空から零れ落ちる月明かりをキラキラと反射する。
音すらも出した途端に凍りつきそうな寒さの中、無数の戦闘機や攻撃機、爆撃機に機動兵器、懐に30機以上の航空機を飲み込む超特大ブーメランのような姿の空中空母、空に浮かぶ要塞である航宙戦艦の群れが一直線に目的地へと進軍していた。
その目的地はクルスク工業地帯。
連合でも最大級の工業地帯の一つを占拠し続けている木星蜥蜴を追い出す事は、少しでも多くの武器を望む連合にとって急務だった。
しかし、地上部隊主体の第一次攻略部隊は膨大な数の敵に阻まれ壊滅。
ならば直上からと、宇宙軍強襲降下部隊である陸戦隊で編成された第二次攻略部隊が軌道降下作戦を展開したが見事に迎撃され、またもや壊滅。
上と下は塞がれた。だったら低空を高速で駆け抜ければ良いと、空軍と宇宙軍の混成部隊が編成された。
その第三次攻略部隊の中に101機動兵器中隊の姿もあった。
〔アブナイ・ヨ。アリス。〕
無数の航空機や機動兵器の中でも一際異彩を放つ大型の人型兵器、トライデント。
首元にあるコクピット・ハッチを解放し、そこから身を乗り出して真正面から吹きすさぶ突風に長い髪を躍らせているのは、小柄な少女。
トライデントのパイロット、アリスである。
「大丈夫。落ちない様に気をつけてる。」
アリスは高速で飛ぶ事によって生まれる強烈な合成風を気にもせず、空を見上げた。
「綺麗だね、WILL。雲ひとつ無いから、空がこんなに広いよ。」
アリスが言うように雲ひとつ無い空には全天に星が散りばめられていた。月の光だけでは総ての星を駆逐する事は出来ない。
〔大気ノ・透明度ハ・最高レベル。地表・二・光ヲ発スル・構造物モ無イカラ・絶好ノ天体観測日和デハ・アルケレド…。寒ク・無イノ?〕
「…寒くはあるけど、我慢出来るくらいだよ。…それより、今はこのままで居させて。下手にコクピットに戻ると…。」
WILLの疑問に答えつつ、自分の右手を確かめる。
右手はかすかに震えていた。寒さとも取れるし、怯えているとも取れる。
戦闘前の空き時間。移動も含めて、どうしても手が空く瞬間が出来る。
アリスはまだ、その時間を上手く潰す事が出来ずにいた。
気を抜けば、直ぐに恐怖がやって来る。戦闘が始まれば意識せずにすむソレが、空白のようなこの時間に牙を向いてくるのだ。
恐怖を制御する事も出来ず、彼女に出来るのは別の事に意識を逸らして、時間が過ぎ去るのを耐えるだけ。
アリスは右手を握り締めた後、再び空を見上げて呟いた。
「ああ、今夜も月が綺麗だね…。」
「やれやれ、呑気な奴も居たもんだ。」
周囲を確認した時、偶々目に入った光景『機動兵器のコクピットから身を乗り出して、空を見上げる女性パイロット』。
そんな光景を目にした戦闘爆撃機のパイロットである彼。思わず、羨ましさ半分に呟いてしまっても仕方ないだろう。
オート・パイロットに切り替えれば、彼にも出来ない事は無い。
ただ、風防の開閉方向の問題で飛行中に開けば風防が空の彼方にもぎ取られてしまうし、身を乗り出せば凍るほどに寒くなるのは容易に想像できた。
自分に出来ない事をサラリとするその小柄な人影を妬ましく思っても不思議は無い。
「…ランサー06、機体がふら付いているぞ。何をしている。」
と、自分の編隊長から叱責が飛んできた。
「う、すいません。つい、月に見とれてしまって。」
彼は咄嗟に嘘を吐いて誤魔化した。なぜ、誤魔化してしまったかは彼にも解らない。
ただ、誤魔化しついでに見上げた月は本当に綺麗だった。月はすこし欠けた円を空に浮かべている。
「おいおい、これからクルスクに居座る蜥蜴野郎をぶっ潰しに行くんだぜ?何を呑気な事を言ってやがるんだ!?」
列機のランサー03からの突っ込み。
「まぁ、待て03。戦闘直前でも呑気な事を言えるのは強みでもある。…だが、戦闘に入ったら気合をいれろよ?06。月に見とれる暇は無いぞ。」
「了解、ランサー・リーダー。」
編隊長からの仲裁に感謝しつつ、彼は答えた。
多目的情報モニターに表示される地図で現在位置を確認。
クスルク工業地帯は…まだ遠い。
月明かりの中、暗闇から浮き上がる工場の群れ。
明かり一つ無い。
木星蜥蜴も夜は休むのか?
いや、機械である彼等にとって、外部照明など必要無い。赤外線映像で確認すれば、フル稼働中の工場群の姿が浮かび上がるだろう。
そして、蠢く多数の無人兵器。工業地帯の中心には巨大な大砲を付けたカタツムリ…「ナナフシ」が陣取っている。
「作戦参加将兵、全員に告げる!これより作戦を開始するっ!!『ナナフシ』の戦闘力は未知数だが、我々の総力を持ってすれば撃破可能だと確信している!!総員、戦闘開始!!!」
第三次攻撃部隊司令官からの指示が飛ぶと同時に空中空母から多数の戦闘機やエステバリスが離陸する。
空中空母に乗れなかった機も空中給油機からの燃料補給で腹を満たしている。
戦艦達も進撃を開始。
空中空母と幾つかの部隊を護衛に補給艦隊は空中で停止する。クルスクを中心とする木星蜥蜴の索敵半径の直ぐ外であるココが前線基地になるのだ。
無数の戦闘機、攻撃機、爆撃機やエステバリス、戦艦に巡洋艦、駆逐艦が隊伍を組んで進撃する。
まだ目的地は視認出来ないが、ココから先は敵の勢力圏のど真ん中と考えておかしく無い。
…その割には木星蜥蜴の迎撃部隊が空に上がってこないのは何故だろう。
木星蜥蜴も既に彼等、攻撃部隊の存在はレーダーで認識しているはずなのだが。
「…変だな。そろそろバッタの群れがやって来てもおかしく無い距離だが…。」
その事に気付いたシンが呟いた。索敵半径内に入って10分経っている。
「ああ、今までのパターンだと、もうそろそろバッタちゃんのお出迎えがあってもおかしく無いな。嬢ちゃん、自慢のレーダーに何か映ってないか?」
シンに賛同したマックが、アリスに情報を求める。
「…ん、現時点で敵影無し。ただ、クルスクの工場は全部、動いてるみたい。放たれてる赤外線の量が凄い。ナナフシは…変な重力波形を示してるけど…よく解んない。」
アリスがトライデント・マーチヘアーの全観測機器をフル稼働させた結果を伝える。彼女の兎の耳は最新鋭の空中警戒管制機に匹敵する。
今だ遠くのクルスクの様子をうかがい知る事が出来るのはアリスの情報管制能力が高いからでもある。
「ふむ、ナナフシは得体が知れないが、所詮は砲台に過ぎん。それより、一体何を生産しているのだろうな。もし、バッタの生産ラインがクルスクに構築されているのだとしたら…クルスクの価値が上がるな。」
クリシュナが顎に左手をやりつつ思案にふける。
「?…なんでバッタのラインが重要なんだ?バッタの解析はもう行なわれた事じゃなかったのか?」
マックが疑問符だらけでクリシュナに質問する。
「ああ、バッタの弱点を探る意味合いではもう価値は無いがな。…ロハでバッタの生産ラインを分捕れたら、我々の戦力は一気に拡大できるぞ。」
「…そうか。目には目を、バッタにはバッタをって事か。」
クリシュナの回答にシンが頷く。
実際にはバッタ等の無人機は木星の先史文明遺跡『都市』のみで生産されている訳で、クルスクでは生産されていなかったのだが。
「!…クルスク方面から多数の機影が接近中。バッタ…新型みたいだね、動きが速いよ。」
「よし、先頭に出るぞ!味方の進撃路を切り開けっ!!」
アリスの警告に頷いたクリシュナが、剣を抜き放って猛烈な勢いで飛び出した。いつもの大砲はナナフシ対策に温存する腹だ。もとよりバッタ相手に最大三十発の砲弾を射耗するのは勿体無い。
クルスクは今だ視界に入らない。
だが、満天の空と月明かりを照らし返す大地の狭間から黄色い群れが迫ってきた。
バッタである。
連合軍の群れも陣形を変える。
戦闘機部隊は上昇し高度という位置エネルギーを確保、一撃離脱戦に備える。
エステバリス達、機動兵器部隊は得意の高機動格闘戦を行なうべく真っ直ぐ突撃。その先頭には空戦改装備の101中隊。
戦艦達は各々、自身の対空装備を最大限活かせる配置に付く。
爆撃機、攻撃機達は大人しく後方に待機。彼等の攻撃目標はクルスクに居座るナナフシだ。
部隊の先頭を突っ切る101中隊の更に先頭を駆けるのはアリスの乗機、トライデント・マーチヘアー。
全身に装備された五基の熱核ロケット・エンジンから長大な炎を吐き出し、鋼鉄の狂える兎は流星と化す。
「滅ッ殺ーーッ!!E.M.P.トルネードッ!!!」
左腕の槍、その先端のドリルから光が溢れ出す。
光は機体を包み、夜を侵食していく。
文字通りの流れ星となったトライデントが木星蜥蜴の群れのど真ん中に突っ込む。
バッタを容赦無く電磁波の嵐に叩き込み、駆け抜けた。
夜空に咲く無数の爆発。
「よ〜しっ!アリスに続け!!」
「「「「「「「おおっ!!!」」」」」」」
クリシュナの号令に101中隊の騎士達が雄たけびを挙げる。
必殺の槍を、剣を掲げた鋼鉄の騎士が空を駆け、次々にバッタ達を穿ち、切り裂いてゆく。
同時に高度を稼いだ戦闘機部隊が一気に急降下。
バッタ達の群れの中心に向かって、腹に抱えた大型ミサイルを一斉発射。
大型ミサイルはその図体に似合わぬ速度で群れの中心に飛び込むと大爆発。
次々と飛び込む大型ミサイルがバッタ達に大量の鉄片と爆風を叩き込む。かつて、佐世保にてアリスが使った試作散弾ミサイル。
その量産型がようやく生産されたのだ。
木星蜥蜴の象徴ともいえる圧倒的物量での殲滅戦。連合軍は広域破壊兵器で真正面から対峙する。
バッタが一気にその数を減らす…と思いきや、爆風の中から現れたのはホボ無傷のバッタ達。
強化型ディストーション・フィールド搭載バッタの配備が始まったのだ。実は、第四次月攻略戦の頃には生産が開始されていたのだが、草壁中将の指示で月方面には配備されていなかった。今回が初の集団運用である。
流石のディストーション・フィールドでも深刻なダメージを受け墜落した物も多々有るが、生き残った物も多かった。
ミサイルを撃ち尽くし、身軽になった戦闘機部隊は事前の作戦計画に基づき、急降下体勢を維持したまま木星蜥蜴の群れに突っ込む。
一撃離脱。
機銃でバッタを撃ち落とし、そのままの速度で駆け抜けようとする。
ちなみに、緒戦で戦闘機がバッタ達に遅れを取ったのは、圧倒的物量差からの劣勢と機動力に勝るバッタとの格闘戦を演じざるを得なかった戦況の悪化から来ている。
効果的に一撃離脱を行なう為には、敵が纏まっていなければならない。
木星蜥蜴、特にバッタ達は隊列を重視しないので今まで一撃離脱戦法が取り辛かった。
が、今回は違う。
101中隊を筆頭とするエステ達がバッタ達を羊飼いが如く、囲い込んでいたのだ。
だが、それが不幸の始まりだった。
「おいおい!バッタがやたら生き残ってるじゃね〜か!!あんな所に突撃したら集中砲火を浴びちまうぞっ!!」
101中隊のグレッグが驚きの声を上げる。
「だめだ。連中、散弾ミサイルの爆風が邪魔でバッタ共の現状が把握出来て無い!」
同じく101中隊のバクシー。
「戦闘機部隊全機に告ぐ!!突撃中止!突撃中止!!敵への効果的なダメージを認められず!…バッタが大量に生き残ってるぞ!避けろ!!」
さらに101中隊のマックが普段の口調から一転した言葉遣いで無線機に吼える。
と、マックの警告を聞いた戦闘機達が三々五々、退避行動を取る。
ベテランらしい潔い、思い切りの良い軌道。プロは予想外の事態に遭遇すると、まず撤退して己の安全を図るものなのだ。敵の撃破はその後。イニシアティブを絶対に敵に渡さない。
だが、警告を無視してそのまま、バッタへ突っ込む機体も少なくない。
彼等はまだ戦場の原則を学び切っていない新兵達だった。
「ココまで来てっ、逃げられるかっ!!!」
勇敢だが浅慮なパイロットに操られた機体がバッタの待ち構える空間に突入してゆく。
唐突に周囲から放たれる無数のミサイル。
新型バッタ、唯一の搭載兵器である。機銃は強化型ディストーション・フィールド・ジェネレーターと出力向上させたエンジンの為に外された。積載重量がオーバーしてしまったのだ。
当然、連合空軍の戦闘機にもディストーション・フィールドは搭載されており、バッタのミサイルを易々防ぐ。
…だが、バッタの武器はそれだけでは無い。
「ハッ!ベテラン様が聞いて呆れるぜ!!こんな雑魚共にビビりやがってよおっ!!」
一機のバッタを機銃で撃墜した新人パイロットが吼える。
彼の後方から一機のバッタが接近する。
Piーーー!!
警戒レーダーからの警報に振り返った彼の顔が恐怖で歪む。
バッタは完全な交差軌道に乗っていた。…つまり、特攻である。
一気にパニックに陥った彼は機体を回避させる事も出来ず、脱出装置を作動させる事も出来ずにバッタの突撃を驚愕と共に見守るしかなかった。
バッタは彼の機体のコクピットに正確に体当りした。
「…糞…。無駄死にしやがって。」
次々にバッタの特攻を受け、墜落してゆく戦闘機を眺めながらマックが力無く呟いた。
「マック。俺たちのする事は、ここで連中が落ちて行くのを見守る事じゃない。」
シンが静かな闘志を燃え上がらせながら言う。
「その通りだ、シン。…101全機、突撃!!味方を救え!!!」
クリシュナが率先して、今もバッタの特攻で落ちていく戦闘機達を救うべく突撃を開始する。
「へっ、言ってくれるぜ!一番槍は戴きだっ!!」
マックの乗機がアフターバーナーを焚いて部隊の先頭に踊り出る。
「…ところで、嬢ちゃんは何処にいっちまったんだ?」
普段の態度を取り戻したマックがようやく気付いた事を言う。
「…レーダーの反応によるとクルスク方面にそのまま突撃したらしい。今はバッタの第二波を一人で叩き落してるみたいだが。」
101中隊の同僚、ジェンセンがレーダー・システムを弄りながら答えた。
「…嬢ちゃんらしいな。」
「まったくだ。」
「もう少し、味方の行動の事も考えて貰いたいものだが。」
グエン、マクファーソン。そしてライリーが苦笑交じりに呟いた。
「よ〜し、不死身のバクシー様の御通りだぁっ!道を空けろぉバッタ共っ!!…付いて来な、グレッグ!」
「やれやれ、調子に乗りすぎるんじゃねぇぞ?バクシー。」
101中隊の空戦改は雑談を交えながらもバッタ達を切り裂き、突き刺し、ピンチの戦闘機部隊の居る空域まで到達する。
これから、助けようとしたその矢先。
「クラックスより作戦全機に告ぐ!!クルスク方面より異常な重力場を探知、敵の新型兵器と推察する!退避せよ!!…繰り返す!クルスクから重力波兵器が飛んでくるぞ!!逃げろっ!!!」
戦闘部隊に混じって周囲の警戒をしていたAWACS<クラックス>から緊急通信が攻略作戦参加の機体総てに送信される。
だが、その警告は致命的に遅かった。
クラックスが緊急通信をした直後、第三次攻略部隊の中心部をバッタを巻き添えにナナフシから発射されたソレで貫かれたのだ。
その攻撃は攻撃部隊を飲み込んだだけではなく、後方の補給艦隊にも甚大な被害を与え、空の彼方へ飛び去っていった。
幸か不幸か、その攻撃をギリギリで避けたトライデント。
しかし、強力な重力波と電磁波の影響で機体の制御システムが一時的にフリーズしてしまい、衝撃波に吹き飛ばされてしまった。
第三次攻略部隊も壊滅。
生き残った者達は集まり、辛うじて集団を形成し撤退する。
脱出する集団の中に101中隊の隊列も有る。今まで戦死者を許さなかった彼等の隊列にも幾つかの欠落が見受けられた。
機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE
機械仕掛けの妖精
第十七話 絶体絶命な「お約束」
「新しい任務よ!」
地球連合軍に所属していながら地球連合軍の管轄外な一隻の船。民間船籍でありながら地球連合軍最強の戦闘軍用艦という矛盾。
大企業ネルガルが誇るナデシコ・シリーズの一号船。
その船の派遣将校にして提督、実態は連合軍の命令伝達係なムネタケ・サダアキ大佐がナデシコのブリッジで声を張り上げる。
「目的地はクルスク!任務はクルスクに居座った木星蜥蜴の新兵器、コードネーム・ナナフシの排除よ!!」
「…クルスク。かつて陸戦兵器の生産拠点として大いに賑わった土地だな。」
ムネタケの言葉にゴートが口を開く。
「そうよ!今でもアソコの生産能力は侮れないんだから、とっとと解放して連合軍に貢献しなきゃいけないのよっ!」
「え〜っと、今回は私達だけなんですか?」
明るく元気良く、挙手しながら質問をする船長、ミスマル・ユリカ。
「そう、私達だけよ。…連合軍は陸も空も宇宙も散々な失敗をして余剰兵力が使えない状況、海は距離が遠くて手が出しづらい上に各軍が三連続で攻略に失敗したのでビビってるわ。」
ムネタケが溜息混じりに答える。
「でも、この任務を達成出来れば連合軍での地位の向上は約束されたような物ね。失敗は許されないわよ!」
辛い現実に凹んだムネタケが自分の言葉で復活。
「じゃあ、グラビティー・ブラストの長距離砲撃で決まりですね♪」
ユリカが自信を持って断言する。
「どうやら、今までの失敗は不用意な接近にあったらしい。現に一定の射程に入った途端、目標の重力波兵器で一掃されてしまっている。」
ユリカの発言を補足するゴート。メインモニターには過去三回の攻略作戦の顛末がコミカルなCGで表示されていた。
「なるほど、相手の射程外からの一方的な砲撃ですか、相手の戦法を逆手に取った良い手ですな。経済的にも有り難い。」
電卓片手にウムウムと頷くプロス。上手く行けば無傷…船の維持費のみで任務終了なのだ。彼が喜ぶのも無理は無い。
「さてさて、そんなに上手く行くかね〜。」
そんな彼等を尻目に一人溜息をつくアカツキ。当然のように隣のエリナが反応する。
「なによ?貴方、失敗して欲しい訳?」
「そんな訳無いけどね。木星の連中相手に油断は禁物って事だよ。」
「…それは…そうね。」
下段の椅子に座るネルガル会長&秘書コンビが独特の雰囲気を作る中、中段の三人は…
「どうしたの?ルリルリ。」
操船シートに座るミナトが隣の席のルリに問いかける。
「…いえ、なんでも…ないです。」
ほんの少し表情を曇らせたルリがそう答える。
「なんでもないって顔じゃ無いじゃない!…さ、おねーさんに話してみて?」
「……第三次攻略戦にアリスの居る101機動兵器中隊も参加していました。…そして…」
「そして?」
ミナトの言葉に俯きつつ口を開くルリ。さらに隣で話を聞いていたメグミが合いの手をうつ。
「アリスとトライデントが現在M.I.A.になっています。救出の目処は立っていません。…アリス、死んでいませんよね?」
ルリが精一杯の悲しみを顔に表しつつミナトを見上げる。
「…そう…。だ、大丈夫!あの子は強いもの!きっと『こんな事如きでボクを殺せるだなんて思わない事だね♪』なんて言いながらヒョッコリ顔を現すわよ。」
「プッ…ミナトさん、アリスちゃんのモノマネ上手いですね。」
メグミが口元を押さえながら笑う。ふと、隣を見るとルリも表情を和らげていた。
「そうですね、アリスはいつも無茶な状況から帰ってきました。今回も…かならず。」
「よい…っしょ!」
荒地に墜落した巨大な人型の背中から、少女の可憐な掛け声とキュリキュリ、トンテンカン、ギリギリとなにやら機械を弄っている音がする。
「ふ〜、WILL、調子はどう?こんなもんで良い?」
〔ウ〜ン・取リ敢エズ・自己診断システム・ハ・元通リ・二・ナッタ事ヲ報告シテル。デモ・実際・二・動カシテ・ミナイト・ナントモ言エナイ・ヨ、アリス。ソフト側カラ・ダケ・デハ・ハードノ・調子ヲ・整エラレナイカラ・ネ。〕
「ふ〜ん、整備の皆もテキトーに仕事してる訳じゃないんだね。」
WILLの分析に頷きつつ、メンテナンス・ハッチを閉じるアリス。
彼女の愛機、トライデントはうつ伏せに大地に横たわっている。
幸いにして目立ったダメージはアリスのタンコブだけで墜落出来たのだが、いざ再始動という時に核融合炉が一基、緊急停止した。
別に一基動かなくとも動き回れるのだが、万が一と言う事も有る。万全の体制で行動すべくアリスが慣れない手つきで整備していたのだった。
22世紀も世紀末なご時世だが、それでも結局、人間を越える整備機械は誕生していなかった。
「う〜ん、今度、整備の皆に機械弄りのイロハを教えてもらっとこう。」
斜めに傾いだトライデントのコクピットに収まり、再始動の準備をしながら一人頷くアリス。
〔ソレハ・良インダケド・進路ハ・ドウスル?私トシテハ・撤退ヲ・推奨スルヨ。〕
進むか退くか。根本的な方策が決まってない、とWILL。アリスは…
「そんなの決まってるじゃないか。GO・AHEAD!地獄に向かって一直線だよ♪…ボク達を叩き落した報いを受けさせないと腹の虫が治まらないものね?」
ニヤリと笑いながら当然のように言う。
〔ソレハ…生存確率ガ・著シク・減少スル・選択ダケド…イイノ?〕
WILLが恐る恐る問いかける。
対するアリスはチッチッチッと指を振りながらパイロット・シートでふんぞり返る。
「前提が違うよ、WILL。ボク達が生還する為には陸軍主体の第一次攻略隊を全滅させた蜥蜴の大部隊と一戦交えないといけない。進むにしろ、退くにしろ、ね。…そして、その大部隊を撃破出来たとしてもクルスクに居座る大砲がボク達を狙う。」
だから、とアリスが身を乗り出す。
「ボク達の最優先する目標はクルスクの大砲、ナナフシだ。コレを倒さないとボク達は安心して撤退出来ないし、味方を呼ぶ事も出来ないよ。」
〔………O.K.アリス。死中・二・活ヲ・求メヨウ。〕
トライデントの主機が再起動する。
目指すは第三次攻略隊、本来の攻撃目標、クルスク。そこに居座るナナフシを撃破せんと、たった一人と一個と三機の小さな軍隊が進撃を開始した。
「糞ッ、何時まで俺達はこんな所で足踏みしてねーとならねーんだっ!」
101中隊のグレッグがイライラと足元の小石を蹴飛ばす。
「落ち着けグレッグ。今、クリシュナが中隊長の元へ交渉に行っている。今焦っても…仕方無い。」
同じく101中隊のシンがグレッグの肩に手を置いて諭す。
しかし、シンの手を振り払ってグレッグは更に激昂する。
「焦る?違うっ!俺は冷静だっ!!…だがな、こんな所でダラダラ時間を潰している今も、バクシーの野郎は一人で生き残ろうと奮闘してるかもしれねぇんだ!!」
「…グレッグ、バクシーは残念だが、もう…。」
図らずとも、バクシーの至近距離に居たマックが辛そうにグレックに真実を告げる。
そう、バクシーはナナフシの砲撃の直撃を受け、塵一つ残さず、消滅したのだった。その時の影響でマックの機体も半壊。少し、飛んでる位置が違えばマックも消滅していただろう。
「黙れ!黙れぇ、マック!!…アイツは、アイツは不死身のバクシーだ!アイツには死神も諦める悪運が有るんだ!!…絶対に、俺だけは、諦めんぞっ!こんなにあっさり、何も成す事無く逝っちまうなんて認めねぇ!!」
半狂乱で吼え続けるグレッグ。彼等、101中隊が居るこの場所はロシア方面軍の前線基地。
クルスクに一番近い空軍基地。
辛うじて生き残った第三次攻略部隊、残存兵達が辛うじてたどり着いた先である。
101中隊で消息不明なのはバクシー、ジェンセン、マクファーソン、そしてアリス。
グエンもナナフシの砲撃に巻き込まれたが、辛うじて機外脱出に成功。脱出途中の味方機に拾って貰い、九死に一生を得た。
荒れるグレッグ、押し黙る同僚達。
そこに現れたのは彼等を直接指揮する101中隊第一小隊長、クリシュナ・バシュタール中尉。クリシュナに気付いたグレッグが噛み付かんばかりに吼える。
「遅いぞ、クリシュナっ!何時出るんだ?早く答えろっ!!」
「…連合軍には、大規模な攻略作戦を行なう余力が残されて無いそうだ。立て続けに戦力を消費したからな、図らずとも戦力の逐次投入。さらに投入戦力を各個撃破されてしまえば流石の連合軍も身動き出来まいよ。」
至近距離で迫る髭ダルマに渋い顔をしながらクリシュナが答える。
「なっ!?…それでお前、スゴスゴ引っ込んできたのか?この腰抜け野郎!!上層部も中隊長も皆、糞野郎だっ!!」
「おちつけ、軍を動かす事は出来ないが我々は、まだ、戦える。」
クリシュナの言葉で更に切れるグレッグを強引に引っ張り、後ろを振り返らせる。
グレッグの振り返った先には101中隊の生き残り達。彼等の目はまだ、死んでいない。
更に彼等の背後では彼等の乗機の整備に奔走する整備兵達。彼等の無言の協力があってこそ、パイロットはその力を縦横無尽に振るえるのだ。
マックやグエン達、機体が使用不能な者達の為に予備機が引っ張り出されている。万が一に備えて、この基地に何機か輸送しておいたのだった。
「…おめぇら…。」
呆気に取られるグレッグにシンが代表して答える。
「俺もバクシー達が死んでしまったなんて認めたく無い。特にあのアリスまでなんて、悪い冗談みたいだ。…だから、確かめに行くぞ?グレック。」
「へっ…死んじまったんなら仕様がねぇがよ。生きてるんなら、拾いに行ってやらねぇとなぁ。それになにより、やられっ放しでケツまいて逃げるなんざ、グエン様の流儀じゃねぇや。」
「その通りだぜ!生きている可能性が有る限り、諦めない。生き汚いのは俺達の専売特許だろう?」
「先の戦闘では暴れたり無かったからよっ!ブチかましてやるぜ、ナナフシ野郎になっ!」
「…確認してやろうじゃねぇか、バクシー達の悪運具合を…よ。」
シンの後にグエン、影が薄いキャンベルやケン、そして、まだ本調子では無いマックが口を開いた。
「よろしい!これより、101中隊は独自行動に移る!これは中隊長から正式に認可された軍事行動だ。第一作戦目標はナナフシの撃破!第二作戦目標は味方残存兵の発見と救出!状況如何によってはナナフシ撃破を諦める事もありえる!各々の戦術判断が我々の命運を分ける戦闘になるはずだ、気を引き締めていけっ!!」
クリシュナの言葉に101中隊のパイロット達は敬礼し、直ちに自身の乗機に向かってダッシュ。出撃体勢を整えていく。
約20分後、敗戦を経験したばかりの暗い雰囲気の空軍基地から、9機の空戦改が力強い轟音を撒き散らして飛び出していった。
「ナデシコ、砲撃位置まであと5分です。」
「じゃ、そろそろ主砲の発射準備に移ってね〜♪」
「了解です、船長。グラビティー・ブラスト一番砲、重力子充填開始。ディストーション・バレル展開、仮想砲身・収束率98%…ミナトさん、砲撃諸元値を送ります。」
「はいな〜♪ちょちょいと待っててねぇ。」
相変わらずの呑気な同僚達と共に、平静な声で業務を遂行する少女、ルリ。
しかし、心はナナフシを早く倒してアリスの捜索に専念したくてたまらない。
その焦りがナナフシの重力波反応を見逃してしまったのは皮肉なのだろうか。
ルリが気が付いた時にはナナフシは既に発砲準備を整えてしまっていた。
「ふむふむ、順調に進む作戦とは気持ち良い物なのですなぁ〜。懐も痛まないとくれば、もう、言う事なしですとも。」
いつも無理難題な作戦の、地味でありながら恐ろしく重大な経理問題を一人で解決し続けてきたプロスペクターが晴れ晴れとした顔で言う。
地味だがナデシコの運営に必要不可欠、有る意味ナデシコの命運を握っている男。もちろん主計課の存在あってこそだが。
彼がココまで爽やかな顔で微笑んでいるのは初めてではなかろうか。
ちなみにジュンは軍関係の書類仕事を一手に引き受けている。彼も有る意味でナデシコの命運を握っていたりする。
ちょっと親父好きな女の子なら思わず振り返ってしまいそうなナイス笑顔のプロス。しかし、彼の笑顔はルリの一言で儚く凍った。
「ナナフシ、発砲…当たります。」
ルリの言葉が早いか、凄まじい爆音と共にナデシコが大きく揺れた。
大きく振動するブリッジで辛うじてコンソールに掴まったユリカが叫ぶ!
「ひゃ〜っ…被害状況、報告〜ぅ!!」
「…右舷ディストーション・ブレード基部から右舷エンジン・ブロックまでの11ブロック反応途絶。」
「整備班応急修理隊、現場に到着しましたが被害が大きすぎて手が出せません!消火活動に尽力すると言っています!!」
「くっ、出力バランスが…船長!高度、ギリギリまで落とすわよ!!」
「相転移炉、攻撃時の過負荷により緊急停止。…出力、落ちます。」
『ディストーション・フィールドを容易く突き破る、この破壊力…おそらく、ナナフシの正体は重力波レールガンよ。あの巨大な砲身で重力子を超圧縮して時空を歪め…』
「ああんっ!舵が効かないっ!!…墜落するぅう!!」
「姿勢補助スラスター起動、出力全開。」
「助かったわルリルリ!これでせめて軟着陸をっ!」
推進力を失い、自由落下するのみだったナデシコの舵が復活する。が、元々宇宙空間用の装備。大気圏内で使用するのは無理がある。しかし、ミナトは持ち前の操船能力で鈍重な船体を動かし、辛うじて姿勢だけは立て直しつつあった。
『…ちょっと、皆?私の説明を聞いてるの??』
「聞いてる暇、ないんですってば〜〜!!」
次々に上がる報告と対応。イネスの言葉に辛うじてユリカが答えた時、ナデシコはその巨体を大きく揺らしながら大地に突っ込んだ。
補助スラスターが大地を焼き焦がし、プラズマの奔流が土砂を溶解させつつナデシコの勢いを緩めようとする。
しかし、巨体に与えられた凄まじいまでの勢いは殺しきる事が出来ず、猛烈な振動と共に地面を掘り進み、傾いたまま止まった。
『…要約してしまえばナナフシはマイクロ・ブラックホールを打ち出す砲台って訳ね。威力は凄まじいの一言に尽きるけれど、その分マイクロ・ブラックホールの形成に時間が掛かるわ。つまり暫く安全って事よ。』
イネスの解説が終わると、ナデシコのブリッジは静寂に包まれた。
一瞬だったが怒涛の展開に皆疲れ果ててしまったのだ。
と、一人の男がフラリと立ち上がる。
「は…ははっ、ナデシコが…また、大破……。予算が、資材が、人件費が…ドック使用料がっ……今度こそ、今度こそ無傷だったはずなのにッ!!」
口からブクブクと泡を拭き、真っ青に青ざめながらプロスペクターは倒れた。
「ミッ、ミスター!!」
ゴートが直ちにプロスを介抱する。
「だ、大丈夫ですかぁ?」
ゴートの後ろからユリカがプロスの顔色を窺う。
「…むぅ、どうやら気絶しているだけのようだ。…よっぽどショックだったのだな。」
ユリカの問いにゴートが簡易診断をしつつ答えた。
「…ま〜、あれだけお金が浮くって喜んでたのに、コレだものねぇ。」
疲れた表情のまま、ミナトがウンウンと頷く。
「あ、メグミちゃん。怪我人の報告入ってきてる?」
「はい!大丈夫です!!…あ、いえ。重傷者の報告、入ってきていません。軽症の人が数名だけです。船の被害は整備班の人達が今、確認中です。」
ジュンがふらつきながらもメグミの側まで降りて状況報告の確認を取ると…先ほどの騒動もなんのその、愛する人の求めならばっ!元気な声で返事をするメグミであった。
「それは…凄い。船体に大穴打ち抜かれて死者ゼロか。ふふ、ナデシコには妙な悪運が有るらしいよ、ユリカ。」
ジュンが安堵の表情と皮肉気味な笑みを浮かべつつ、船長であるユリカに報告する。
「ぶ〜、悪運じゃないよジュン君。こんなの幸運の内にも入らない。ツキはこれからなんだからね♪」
「?…これから??」
「そっ、メグミちゃん!船内放送でパイロットの皆とウリバタケさんとイネスさんを呼んでっ!作戦会議を始めるよっっ!!」
ユリカの何処かから無限に湧き出す自信に圧倒されるジュン。
そんなジュンを尻目にユリカは起死回生の一発勝負に出ようとしていた。
大地のギリギリ上を超低空で駆け抜ける巨大な影。
真っ白なその機体は両足と背中の四基のエンジンからプラズマを吐き出し、敵の本陣クルスクへと一直線に驀進していた。
「…静かだね、WILL。」
〔パッシブ・レーダー半径・二・敵影無シ…音楽デモ・流ソウカ?〕
「なにかオススメがあるの?」
〔趣味カラハ・外レルケド・イイ曲ガ有ルヨ♪〕
WILLの言葉と同時にコクピットのスピーカーから特徴的なイントロが流れ出す。
所謂、クラシック音楽。ワーグナー作曲「ニーベルングの指輪」の一曲。
もっとも戦闘的と評価される交響曲「ワルキューレの騎行」であった。
「…ああ、なるほどね。じゃあ、ボクは戦闘終了後にコクピットから出て『俺は朝のナパームの匂いが大好きだ。』っていうべきなのかな?」
〔ココガ・海辺ノ街・ジャ無クテ・残念ダッタネ〕
「サーフィンはやった事がないよ?」
〔オ約束ダヨ…!?・レーダー・二・金属反応多数・動体反応…無シ?〕
アリスと映画ネタに興じていたWILLが唐突に曲を止めて索敵レベルを強化する。
万が一にそなえ、全兵装を稼動状態にするトライデント・マーチヘアー。
左腕の槍が変形し、ドリルになる。
胴体右上に装備された機関砲が試し撃ちされる。先の墜落の影響が無い事を確認。
右腕の細い腕に付けられた凶悪なデザインな四つ指の手が開閉される。
背部のレールカノンの砲身の電圧が上がる。異常無し、常時発射可能。
右肩のレドームがより索敵しやすい位置に展開する。
「…この反応は…戦闘の残骸?」
〔肯定・80%ノ確率デ・連合軍戦車ノ・残骸群・ト・推測。第一次攻略隊ノ・成レノ果テ・ダネ。〕
WILLの言葉を認めるように視界に入ってきたのは連合軍主力ホバー戦車の亡骸であった。
「ん?…見覚えの無い戦車がある?」
アリスの視線の先には砲塔を備え無限軌道を持つ古めかしい車体。
「う〜ん、以前見た映画で出てきたような…。」
〔ソレハ・ティガーTノ・コトカナ?〕
「そう!それ!!第二次世界大戦モノで見た奴!!って、滅茶苦茶古い戦車が何でココに大量に?」
そう、ティガーTらしき戦車の残骸は連合軍のホバー戦車よりも圧倒的に多い。
〔…解析終了。アレハ・第四世代戦車ティガーVダネ。最後ノ・キャタピラ型戦車二シテ・最初ノ・レールカノン搭載戦車。木星蜥蜴・二・乗ッ取ラレタ・ミタイ。口径コソ88mmダケド・破壊力、連射速度、飛距離、総テ・今ノ・レールカノン・二ハ・及バナイ。〕
「ふ〜ん。当時の設計陣って趣味丸出しだったのかな?ところで主砲が今と比べ物にならないポンコツなら、どうして連合軍の戦車はやられてるの?」
〔正面装甲ハ・鉄壁デモ・側面・ヤ・背面ノ装甲ハ・ソンナニ・厚クナイカラ・ネ。ディストーション・フィールド・モ・圧倒的ナ数ノ実体弾・二・オーバーヒート・シタンダト・オモウヨ。〕
「数の暴力…か。木星蜥蜴は物量差について何か恨みでも有るのかな?っていうかそんな数の旧式戦車が何故ここに?」
〔解体スルニモ・オ金ガ・掛カルカラ、デッドストック・トシテ・放置サレテ・イタンジャナイカナ?或イハ・生産ライン・ガ・生キ残ッテイタカ・ダネ。〕
「生産するにしても、もっとイイのがあるだろうに。」
溜息混じりのコメントを吐くアリス。
と、質量レーダーが示す、赤外線カメラの熱分布図じみたカラフルな画像と目の前の情景を脳内で照合させていたアリスが疑問を口にした。
「ん?…なんか目に見えてるモノ以上にここら辺、人工物が埋まってる??」
アリスの疑問に応じるようにトライデントはその足を止め、ゆっくりと周囲を精密探査していく。
と、唐突に土砂を跳ね上げ、周囲の残骸を踏み潰し、無数の金属の塊が姿を現した。
戦争の為に、破壊を行使する為だけに作られた歪な人工物。
第四世代戦車・ティガーV。木星蜥蜴の乗っ取り専門虫型兵器ヤドカリが操縦する2世代前の主力戦車である。
その数は圧倒的。
アリスの、トライデントの視界をティガーVの装甲板一色に塗りつぶしてしまった。
「……ぅ……。」
膨大な数の一台にアリスの目の焦点が合うと、戦車の操縦席越しにヤドカリと視線を交してしまった。
戦車の隙間から特徴的な赤いカメラアイの光が漏れる。
「ひっ!」
唐突に火星で撃墜され無数のバッタと生身で戦い敗北した記憶が蘇り、アリスは反射的に目を閉じた。
だが、それは逆効果だった。
IFSが肉眼以上の精度で収集される360度の映像をリアルタイムでアリスに流し込む。
トライデントを取り囲む総ての戦車から赤くて冷たい殺意が零れ、アリスに突き刺さる。
電脳空間という肉体という鎧を取り去った世界でアリスは無限の機械の殺意に魂を貫かれる。
逃れる事は───出来ない。
〔アリス?〕
WILLがアリスの異変に気付きアリスを正気に戻そうとする。
だが
(ああ、あの機械の目が!!…怖い…なにも考えられなくなる…。)
(ボクは何を思い上がって…蜥蜴の一睨みで…ボクは…こんなにも無力に。)
(…思えば、火星から今まで、一人だけで無数の敵と戦った事は無かった。何時だって、心強い仲間達が背中を守っててくれた…。)
(そうだ、ボク一人の力なんて…ボクは…)
動きを止めたトライデントに全周囲から猛烈な砲撃が加えられる。
強力なディストーション・フィールドを持つトライデントに有効弾は与えられないが、圧倒的な砲撃にバランスを崩したトライデントは大地に膝を付く。
「…ひ…あ……うぁ……っ……うぐっ…。」
絶望的な状況にアリスの心が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。だが、彼女にはまだ…。
〔ア・リ・ス!!!〕
「っ!!…はえっ!?!?」
一番アリスと共に、誰よりも側で戦い続けてきた相棒、WILL。
(まだ、一人じゃ無い?)
(火星でのあの瞬間には、まだ程遠い?)
そうだ…
「ボクにはWILLとトライデントが──、居るっ!!」
WILLの喝で意識を取り戻したアリス。
トライデント・マーチヘアーはアリスとWILLの意思に答え、立ち上がる。
左腕の槍を天へ突き出す。
先端のドリルが高速で回転し、大気を巻き上げる。
「マーチヘアー相手に、格下の無人機だけで挑もうと言うのが…大間違いだよっ!E.C.M.トルネード!!!」
ドリルが発生させた竜巻から光が漏れ出す。
戦車達が攻撃を開始するが、もう遅い。
機体に備えられた五基の核融合炉から供給される電磁波がドリルから凶悪な出力で放出される。
トライデントに一番近かった戦車が過負荷に耐えられず爆発。
爆発が連鎖する。
擬似的に発生した竜巻が消滅した時、その地に立っていたモノはトライデント一機だけだった。
「他愛ない…。いくよっ!WILLっ、トライデント!!」
先ほどの失態は全力で無視して、アリスは相棒達と共にクルスクを目指す。
地面を這う様に、しかし高速で超低空を疾走する9つの人型。
「…先の失敗が嘘のようだ。古典的な低空侵入作戦だというのに…敵が現れない。」
あまりにも順調な展開にシンが思わず疑問を口にする。
「どうにも俺達は蜥蜴連中を過大評価しすぎるのかもしれないな。ちょっと突付かれただけで、直ぐに思考が硬直しちまう。敵からしたらいい的だ。」
「負け癖が抜けてないんだな。ま〜、反撃できるようになったのは最近の話だからな。」
「考えてみりゃあ、数で連中と張り合ったって仕方ないしよ〜。」
シンの言葉をきっかけに盛り上がる101のパイロット達。
「テメェらっ!!もうすぐ、第三次攻略隊の撤退ポイントだっ!お喋りする暇で生存者を探しやがれぇっ!!!」
撤退ポイントが近づくにつれ、ピリピリしていくグレッグが吼える。
血走った目で周囲を執拗に捜索していた。
「くっ、ビーコンぐらい出しやがれっ、バクシー。」
おもわず呟くグレッグの意思に答えてか、9機の空戦改が陣形を崩して大きく散開する。
低速でナナフシの一撃を受けたポイントに侵入。
目を皿のようにして周囲を見渡す。
「む…、こういう時にアリスが居てくれたならな。あの子の能力はこういう事にこそ生かされるべきだというのに。」
クリシュナが一人呟く。
「ああ、アイツ自身はテメーの事を戦争の役にしか立たないと思ってるみたいだがな。自分の可能性なんざ、自分の望み次第だってのを解っていやがらねぇ。」
「まぁ、何だ?自分の思い通りの進路に着いたとしても、その道を駆け上がれるかどうかは別問題なんだがな。」
「…なんだ?お前、挫折の経験があるのか?…はっは〜ん、そういやお前、やたらとギターが上手かったよな。」
「うっ、それはどうでもいい事だろっ!」
クリシュナの呟きにマック、ウォーレン、ケンが口を開く。
周囲にはいくつもの残骸が転がっているが、原型を留めている物は少ない。
航宙戦艦ですら、その船体を大きく歪ませ、砕かれている。
「赤外線映像でも人を示すような熱源は見受けられないな…。生き残りはバッタに狩られてしまったのか?」
シンがサブモニターを赤外線映像に切り替えながら探索を続行する。
と、
「……グレッグ。ちょっと、来てくれ。…良くない物を見つけてしまった。」
大地に足を下ろして、発見してしまった物を凝視する。
シンの言葉に全速力で駆けつけたグレッグの前に示されたのは…。
彼等の機体、空戦改を象徴する巨大な盾の残骸。
ボロボロになりつつも辛うじて生き残った表層のペイントには、スペードの3が描かれていた。
「なっ!?……バクシー、嘘だろ?嘘だよなっ!!…おい、シン!嘘だといってくれ!!」
涙をボロボロと零しながら叫ぶグレッグ。
「…俺からはなんとも言えない…。」
シンも目をそらしつつ、辛うじて答えるのが精一杯だ。
盾には左腕が繋がったまま。
つまり、盾を切り離して生き残れた可能性はゼロ。
「くそ〜〜っ!こんな終わり方って有りかよ〜っ、バクシーよぉ〜っ!!」
泣き叫ぶ、グレッグ。
周囲に同僚達が集まって、それぞれの形で哀悼の意を表する。
…結局、残骸が確認できたのはバクシーの機体だけだった。
そして、生存者を確認する事も出来なかった。
彼等はそれでも進路をクルスクに向け前進を開始する。
アクマで第一作戦目標を阻害する要素には出会っていないからだった。
沈黙が彼等を包みつつも進撃を再開した矢先。
部隊の先頭に立っていたクリシュナが不可思議な痕跡を発見した。
「…なんだ?…この穴は…。」
そこにあるのは、20m近い人型のくぼ地。
彼等の空戦改をやすやす飲み込める大きさだが、深さは無い。
出来て一日くらいなのか、穴はまだ風化を始めていない。
20mを越える人型…つまり、
「へっ!アリスの嬢ちゃんは無事だったか。」
グエンが信じていたように声を上げる。
落着痕だけ残されていると言う事は、既に移動していると言う事。つまり、アリスは機体共々無事であるという訳だ。
「それにしては、移動中に出会わなかったな。撤退した方位が違うのか?」
「…いや、あの子の事だ。ナナフシを落とす気なんじゃないか?」
「ああ、あのやたら好戦的なアリスの事だ。ありえるなぁー、はははっ。」
重かった空気が、生存者の存在を示す証拠を目の当たりにした事で霧散する。
「って笑い話じゃねーぞ!下手したら今度こそ、死ぬっ!!」
「「「「「げ…。」」」」」
「全機、クルスクに向かって全速だっ!!」
焦り気味のクリシュナが勢い込んで言う。
せっかく、生き残った最後の一人をこんな形で失うワケにはいかない。
なにより、あの無感動な中隊長殿に頼まれてしまったのだ。
『アリスをよろしく頼む。』と。
「あ゛〜〜〜っ、何でオレが鈍重な重機動フレームなんだよ〜〜っ!!」
自機のコクピットでリョーコが愚痴を零す。
彼女のエステは砲戦用の重機動フレームに換装されていた。
「まぁまぁ、ナナフシに一発決めるのはリョーコなんだから文句言わな〜いっ!」
陸戦フレームに換装されたエステに乗るヒカルがリョーコに突っ込みを入れる。
「ぐふふふふっ、鈍重な『感想』…換装。……くは〜っはっはっ!!」
リョーコと同じく重機動フレームのイズミがいつも通り、どうしようもない駄洒落を口にして一人悦楽に耽る。
「くっ、無駄口を叩いてる暇、ありません!…兄さん…生きていて…。」
躊躇いも無くブラコンな意見を口にするイツキ。101中隊が第三次攻略隊に参加していた事を聞いて以来、居ても立ってもいられないのだった。
そんな彼女の機体は陸戦フレーム。
「なんでいつも、俺達は後手ばかりなんだ…。」
そして義憤に燃えるアキト。彼も陸戦フレームだった。
装備フレームの違いはそれぞれの腕前と今の精神状態による。
冷静とはいえない雰囲気のリョーコとイズミだが、心の底はしっかりクール。
対してイツキとアキトは元々の気質として、状況に流されやすい一面を持っている。特に身内が危険に晒されている以上、冷静な判断は望めない。
ナナフシに一撃食らわす人材としては少々不安なのだ。
ちなみにヒカルは元々サポート能力が高い。イツキとアキトの情緒が不安定なのでその諌め役も担っている。
ちなみに、残った男性陣二人といえば…
「あ゛ーー。なんで俺が後詰なんだっ!!俺も突撃してーーー!!!」
「五月蝿いよ山田君。静かにしてくれたまえ。」
ナデシコの護衛として残っていた。
問題は有るが、精神的に安定してるが故にこの二人が選ばれた。
イツキとアキトがナデシコの護衛の方が色々と安心できるが、そうすればナデシコを捨てて、命令無視で戦場に突撃しかねない。
「ああ、テンカワ君は女性陣と華やかな状況を満喫できてるだろうに…。ソレに比べて僕は。」
肩をガックリ落とすアカツキ。
と、コミニュケが反応を返す。
「あら、私達は華やかじゃないのかしら?」
ズタボロのナデシコを神業な操船技術で辛うじて軟着陸させたミナトに変わって、操船席に着いたエリナがアカツキに答えた。ナデシコは今、移動不可能なので超暇なエリナなのであった。
「イヤイヤイヤ!!とんでもないとも。ああ、君が僕の相手をしてくれるだけで、このむさい空間がばら色の空気に覆われるようだよ♪」
「…なんか、ひでぇ言い草だな。」
「ふふん、僕は男には酷薄なのさ。」
一応、ナデシコ周辺は平和なようである…。
…敵性反応、今だ検知。
…最優先撃破目標 ─相転移機関搭載艦─。
…撃墜後の動向を探知出来ず。
…虫型による捜索活動、続行。
…優先撃破目標 ─20m級可変人型兵器─。
…接触した現地兵器徴収虫型『ヤドカリ』による報告。
…今だ健在。要注意戦力。
…連合軍の大規模行動は現在の所、確認できず。
…基本戦術概要に基づく、最優先行動。
…警戒を厳にしつつ、優先撃破目標の完全破壊。
…
…重力波電磁収束砲、砲弾精製作業。緊急高速展開方式へ移行。
…優先撃破目標の座標割り出し開始。
クルスク工業地帯の空き地に大きく聳え立つ巨大な物体。
砲身に七つの節目が有ることからナナフシと呼ばれた巨大対空砲台である。
ナナフシは現在確認出来ている最大の脅威、トライデントにその全力を集中しようとしていた。
機動兵器一機への攻撃としては無駄が多すぎるが、かといって配下の機動兵器群で始末出来る訳でもない。ならば跡形も無く主砲で消滅させる。というのがナナフシの出した答えだった。
「くっ、こんな所で足止めを食うなんて〜っ!!」
四つ指、鉤爪の右手で群がるティガーVin
ヤドカリを一台掴み取り、力一杯ブン投げる。
見事な放物曲線を描いたティガーVは大地と熱い抱擁を交し、紅蓮の炎と化した。
トライデント・マーチヘアーの正面には大量の戦車、戦車、戦車。
「プチプチ潰すのも鬱陶しい。WILL?一発ブチかますよっ!!」
〔IMPRACTICABLEダヨ・アリス。残燃料・約三分ノ一。大技一発デ・FUEL・BINGO・二・ナッテシマウヨ。〕
イライラしながらもノリノリなアリスへ、WILLから否定的な意見が帰って来た。
「ちっ、かといって大技を使わなければ、ナナフシに一発決める前にガス欠じゃないか!」
〔仕方ナイヨ・アリス。トライデント・ガ・大飯喰ライ・ナノハ。〕
WILLの言う様に仕方ない。トライデントの特殊兵装の殆んどが航空機用の超小型とはいえ核融合炉、それも五基をフル回転させないとまともな戦果を発揮しないような燃費の悪さを誇っているのだ。
その分、破壊力は凄まじい。
コレはある意味でウリバタケ達、ナデシコ整備班の良心でもある。絶望的状況でもアリスが生き残れる力を、そして、燃費の悪い機体にして戦場にいつまでも居座らないように、と。
しかし、今回はその親心が裏目に出てしまったようだ。
「うぅっ、くそっ、このボクが!このボクが!!敵を前に背を見せるなんてっ!!…ええいっ!敵を残して帰れるかっ!!WILLっ!燃料計算をクルスクまでの片道で設定!余剰分を割り出してっ!!」
〔ナッ!?!?…本気ナノ?アリス。〕
「本気も本気だっ!ボクにケンカを売った奴は殺すっ!絶対に殺す!!絶対に許すものかっ!その後でどうなったってボクの知った事じゃない!!」
眼前に広がるティガーVの群れを蹴り飛ばし、踏み潰し、機銃掃射し、左腕で突き刺しながらアリスが吼える。
上手く行かない現状にキレたのか、迫り来る敵の大群に闘争本能が刺激されたのか。
ナノマシン反応光すら煌かせて頭に血を上らせたアリス。
アリスの体のナノマシンが起動した効果か、普段以上の動きで暴れまわるトライデント・マーチヘアー。
元々、長距離探査と突撃による敵陣突破を主眼に設計された白兎が血に飢えた鬼のように敵を貪り潰す。
〔アリス!残燃料カラ計算サレル・最大級大技使用回数ハ・2回。ソレ二・格闘戦デ・行クナラ・ジャバウォック形態ヲ・提案スルヨ。〕
WILLの答えに一瞬、瞳を動かしたアリスが行動で答える。
「チェ〜〜ンジッ!ゲキガ〜ンッ!Tッッ!!!」
敵のオイルと硝煙と煤に汚れた白兎が姿を消し、漆黒の邪竜が顕在する。
竜は咆哮を上げ、敵に向かって疾走する。
先のマーチヘアー以上の破壊の渦を展開しながら、トライデントは進み続ける。
明らかにスペック差がありすぎるティガーVこそ、いい面の皮だった。
トライデントに一矢報いる事すら出来無い。
が、その物量は今だ驚異的だった。
「邪魔だ〜〜!!」
アリスの叫びに答えるように、戦車の大群が一斉に発砲する。
旧式の砲弾は正面から撃たれてもディストーション・フィールドに跳ね返されるだけで、トライデントを傷付けるには至らない。
しかし、雲霞の如く放たれる実体弾はフィールド・ジェレネーターに過負荷を与え、出力低下を補う為に更なるエネルギーを要求する。
通常時なら「効かない」と笑って蹴散らしただけだろう。
しかし、今は補給の手立ても付かず、ただ燃料を消費するだけ。
図らずともナナフシの戦術目標である足止めは成功されつつあった。
「…このまま、無駄な消耗戦に巻き込まれるぐらいならっ!」
アリスが燃料の大量消費を覚悟して一発、大技をブチかまし一気に駆け抜けるつもりになった、その時。
「「ディストーション・アターック!!」」
ピンク、黄色、紺の陸戦エステ三機が見事なフォーメーションを取って、ローラーダッシュで突撃。
アリスの目の前を駆け抜ける。
頭に血が上って状況判断能力が攻撃寄りに傾いたアリスが、反射的にエステに攻撃を加えようとしたその時。
エステ達が刈り残した敵の頭上に砲弾が雨の如く降り注いだ。
重機動フレームの120mm多弾頭砲弾である。
「はっは〜っ!ざま〜みやがれっ!蜥蜴共っ!!」
リョーコが中指を立てながら威勢良く叫ぶ。
「はっはーっ♪ざまーみやがれっ★蜥蜴共っ??」
イズミがウクレレを弾きながら棒読みで叫ぶ。
「っ!!それはオレにケンカ売ってるんだなっ!?そうなんだな?…いや、そう決めたっ!今決めたっ!!」
リョーコが砲撃用アンカーを解除し、隣のイズミ機へ砲身を突きつける。
イズミが辛うじて機体の左手で120mm砲の先端を掴んで、自機から逸らす。
「はっはっはっ、お茶目なジョークよ、リョーコ。」
「いや!今のは明らかな敵意があったぜ!!オレは騙せねぇ!」
敵をそっちのけで、舌戦交じりの戦いを始める二人。
それはこのまま周囲を破壊の渦に巻き込みつつ、終わり無き戦いへとエスカレートするか…と思われた矢先。
「なにサラしてヤガルんですかっっ!!」
痛烈な一喝によって終戦を迎えた。
「いい加減にしなさいっ!よりにもよって、対ナナフシ用の切り札である重機動フレーム同士で仲間撃ちを始めるなんて正気ですか!?貴方達の脳がどうなってるのか、今度調べさせていただいてもよろしいでしょうかねっ!!ナニ考えてんですかっ!まったくっ。折角アリスちゃんが見つかって、兄さんが生きてる希望も湧いて来たっていうのにぃっ!!!」
一息も吐かずに凄まじい勢いで捲し立てるイツキ。
その勢いは味方のみならず、群がる敵すらも一時的に静止させる。
漫才が通用しないはずの木星蜥蜴のみならず、暴走一歩手前のアリスすらも冷静に立ち戻らせてしまったのであった。
「…うっわぁ、すっご!みーんな、止まっちゃったぁ。」
何故か一番早く我を取り戻したヒカルが驚嘆の声を上げる。
と、そこへ…
「イ〜〜ヤッホゥ〜ッ!!!騎兵隊、参上ッ!!」
「アリス!無事か!?」
101中隊の9機が綺麗な鏃隊形のまま、地面スレスレを音速超過。
ボルテックス・ランスやディストーション・ソ−ドで戦車を無慈悲に圧壊して行く。
それは、長い戦いの月日だけが生み出す神業的な技術だった。
が、
ドイツもコイツも───、場の空気を読んで無さすぎだった。
「………なんだ?この、微妙な空気は??」
代表してシンが疑問を発したが、事態解決には至らない。
「…あー、何はともあれ…無事でよかった。心配したぞ、アリス。」
「…え〜っと…そういうクリシュナも無事だったんだね。」
クリシュナとアリスが、カオスと化した沈黙を破って会話を始める。
ナニが何でも、この不可思議空間から脱却するぞ。という気迫が篭もっていた。
「兄さん!…ご無事で。」
不可思議空間形成の立役者の一人が、そ知らぬ顔で愛しい兄と再会を果たす。
「…ああ、五体満足だ。お前もココに来てしまったのか。」
シンが「また最前線に飛び込んできやがって」という表情で答える。だが、彼の口元には辛うじて判るくらいの笑みが浮かんでいた。
「おい、シン。この美人は?俺たちに隠して、こんな美人をどこから調達した!?」
ケンが質問する。
「月攻略戦の時に会わなかったのか?…俺の妹だ。…ちなみに血は繋がっているし、妙な恋愛感情は無いぞ。」
「…ちっ…カザマ・イツキと申します。連合海軍所属艦ナデシコのエステ・ライダーです。いつも兄がお世話になっているみたいですね?よろしくお願いします。」
コミニュケの同時展開で101中隊の皆に挨拶するカザマ兄妹。美人と連呼された事でイツキはかなり素敵な笑顔になっている。
そんなイツキが挙動不審な動きをしたのは…目の錯覚だと思いたい。嗚呼、障害が大きければ大きいほど燃え上がる禁断の恋。
…それはともかく、前回顔を会わせなかった者達がそれぞれ自己紹介を終了して…。
目的は皆同じ、と一路目指すはクルスク工業地帯。
101中隊の空戦改が露払いに先行。
ナデシコの陸戦フレーム組が重機動フレームの護衛として陣形を組む。
トライデントはナデシコの皆と一緒に移動している。
本来ならば先頭に立って突撃している所なのだが、燃料不足という現状がアリスの足を引っ張った。
トライデントの破壊力は目を見張るものが有る。雑魚相手に燃料切れになってもらっては困るのだ。
しかし、理屈は解っても感情は抑えられない。
不満で頬を膨らますアリスを、全力で宥めるWILLなのであった。
そんなアリスをコミニュケ越しに眺めるリョーコ。
「…どーしたの、リョーコ?」
そんなリョーコに声をかけるヒカル。
「うぉ!?な、なんでもないぞ!!むくれてる顔も可愛いなぁ、とか、抱っこしてナデナデしたいなぁとか思ってないぞ!?あははははっ!」
「自分からばらさないでよリョーコ、…でも、そっかー。確かに可愛いもんね〜。私も抱っこしてみたいな〜。」
驚きの余り、自ら胸中を告白するリョーコと溜息まじりにその意見に同意するヒカル。
男勝りではあるが、可愛いもの好きだったりするリョーコ。
自分のイメージではないので必死に隠しているが、ルリやアリスを見るたびにコッソリ「抱っこしてナデナデしたりスリスリしたりしたいなぁ」と思っていたりするのだった。もちろん百合のケは無い。純粋に可愛いのが好きなだけだ。
そんな日はクローゼットに隠している特大テディーベア人形を抱いて寝たりする。
実家の自室が少女趣味全開だというのは君と僕の秘密だっ!
「だから違うっつ〜のっ!!」
顔を見事に赤面させ、慌てて打ち消すリョーコ。
しかし既に遅い。これから先、事有るごとにヒカル達からこの件で遊ばれるのは…もはや確定事項だった。
そんなホノボノが有りつつも、重機動フレームが許す最大速力で駆け抜けるナデシコ御一行+1。
降雪混じりの荒野を駆け抜け、ようやくナナフシを肉眼で捉えられる地点まで到達した。
湖越しにナナフシを望むそこで、101中隊が地面に足を下ろして彼女等の到着を待っていた。
「なぁ、何でこんな何も無い所で俺達を待ってたんだ?」
アキトが疑問を口にすると101中隊の一機が槍をナナフシの手前に向ける。
ナナフシの手前、クルスク工業地帯の入り口には数えるのもバカらしくなるような数のバッタや戦車が待ち構えていた。
ティガーVだけではなく、独自改造したらしい三連砲装備の怪しい戦車もウジャウジャいる。
「ここからナナフシに砲撃しようにも、あそこの雑魚共が邪魔をする。かといって突入してもあれだけの数だ。ナナフシの至近距離に到達するまでに、どれだけの雑魚共を叩き潰さなければならないか。…結局、力押ししかない以上、お前等を待つしかなかったのさ。」
シンが溜息混じりに言う。
ちなみに大砲を持ってきたのはクリシュナとグレッグだけである。
この大砲、コイル・カノンはカトンボ級なら容易いがヤンマ、オニヤンマ級ともなるとフィールドを抜くだけで一苦労。という破壊力に少々難が有る兵器だ。
もっとも簡易性と威力の両立と言う意味ではソコソコ使い勝手のいい兵器では有る。
「さて、どうする?とるべき道は二つ。この地点で砲撃するか、全員一塊で突撃して至近距離からぶっ放すか。」
クリシュナがどちらもそれなりにリスクが有るというニュアンスを含めて言う。
「ここから砲撃するとしたら?」
イズミがシリアスに問いかける。
「とーぜん、俺達が身体を張ってナナフシまでの射界を確保する。」
マックが機体に、力瘤を見せるポーズを取らせながら答える。
「全員で突撃するならどーなるの?」
ヒカルが続けて問う。
「湖を迂回しつつ雑魚を一掃すんだっ!手頃な距離まで近づいたら、俺たちとアンタ等で円陣組んで遠距離攻撃組を守るって寸法だっ!」
グエンがとっとと行こうぜと言わんばかりの勢いで答える。
「確実なのは突撃コース…ですね。」
「え、あんなに敵が一杯いるんだぞっ!?」
イツキの判断にアキトが噛み付く。
「一杯いるからこそです。突撃してしまえば、彼等の圧倒的な数が彼等自身の動きを封じてしまいます。問題はナナフシの対弾性能がどのくらいなのか…と言うところですが、」
「悠長に作戦を相談してる時間は無くなったっぽいよ?…ナナフシの発する重力場が凄い事になってる。もう砲撃準備に入ってるかも…。」
イツキが自身の判断を説明しているとアリスが話を打ち切った。
ナナフシから漏れる重力子が周囲の空間を歪ませる。その歪みは普通に視認出来るほど強力な物だった。
と、ナナフシの砲身がゆっくりと彼等の居る方へ向けられた。
「げ、先に私達を狙うのっ!?」
「どうやら、私達をナデシコ以上の脅威と考えたみたいね。」
「上等だっ!!バクシー達の仇を取ってやるぜっ!!」
「アリス。猶予はどのくらいだと思う?」
「…まだ砲身に電力は回ってないみたい。少なくとも5分は大丈夫なんじゃないかな?」
「…5分…。」
ヒカルの驚きにイズミが答え、グレッグが猛り、クリシュナが冷静にアリスに分析を求める。
アリスの判断は5分。その答えに唖然とするアキト。
「はんっ!5分ありゃ上等でぇっ!!行くぞっ!オメーらっ!!!」
即断即決の女傑、リョーコが逡巡すら捨て去って重機動フレームを駆る。
「ふふふっ、いい感じに絶体絶命ね。私達が撃つのが早いか、ナナフシが発射体勢を整えるのが早いか。」
真っ直ぐ駆け出したリョーコをイズミが追う。
「おいおい、俺達を置いて先に行くんじゃね〜やっ!」
グエンが呆れつつも機体を宙に浮かせ、一気に先頭に踊り出る。
直ぐに101中隊がグエンの後に続き、編隊を整える。
「ああんっ、待ってよ〜っ!」
「まったくっ!もう少しチームワークと言うものを考えて貰いたいですねっ!!」
「え〜〜いっ、後はどーにでもなっちまえっ!!」
ヒカル、イツキ、アキトも彼等の後を追い、リョーコ、イズミの前方で隊列を組む。
「…WILL、燃料の残りはどう?」
〔大技一回半・ト・言ウ・具合ダヨ。推進剤ノ・方ハ・一戦分・ハ・確実二・有ル。ドウイウ・戦イ方ヲ・スルカ・ハ…アリス次第・ダ。〕
「ふふんっ、決まってるだろ?…先頭を──突っ走るっ!!」
トライデント・ジャバウォックが一気に飛び上がり、先頭に踊り出る。
そのまま、雑多な種類の木星蜥蜴が織り成す障壁に体当りする。
地上は戦車が、空はバッタが。縦横に群れる彼等が自らナナフシまでの射線を遮っていた。
撃てば必ず当たる。
だが、その圧倒的数を背景にした物量戦術はアリス達にとって一番欲しいもの…すなわち「時間」を易々と奪い取ってゆく。
木星蜥蜴側にしてみれば、ナナフシの砲撃さえ打ち出せれば何も問題無いのだ。
超至近距離で放たれたマイクロ・ブラックホール弾はナナフシ自身のみならずクルスク工業地帯にも深刻なダメージを与えるだろうが、そもそもこの地は戦利品でしかない。
それにティガーVや改造三連砲塔戦車が示すように、木星はクルスクを持て余していたようだ。また、アリスが彼等の予想を超えてナナフシに一直線に向かって来たというのも大きな判断基準だ。
どうせ大した使い道が無いのなら、この地を散々煮え湯を飲まされ続けて来たナデシコとトライデントの墓標にしてくれる。ついでに使い勝手の悪いナナフシも持って行け!
と言うのが木星の最終結論であった。
形こそ砲撃ではあるが、これはもはや周囲を巻き込んだ壮大な自爆。止める手段は…ナナフシを破壊するしか無い。
〔…アト・4分。〕
恐るべき勢いで立ち塞がる木星蜥蜴を粉砕してゆくトライデントと101中隊、そしてナデシコ・パイロット達。
しかし、文字通り氷山の一角に過ぎない。
一機落とせば10機、集まり、10機落とせば100機が塊になって襲い掛かって来た。
トライデントが数機まとめて殴り潰し、踏み飛ばし、尻尾で貫き、レール・カノンを撃ちまくる。
101中隊の空戦改が右手のボルテックス・ランスで空間ごと捻じり潰し、左手の盾グラビティ・べイルで押し潰す。
大砲を持っている二機は右手にディストーション・ソード。左手にグラビティ・べイルで奮戦する。
ナデシコ所属の陸戦装備の三人はラピット・ライフル片手にイミディエット・ナイフを振るい、ワイヤード・フィストを縦横に飛ばし、吸着地雷を投げる。
重機動装備の二人は、ここぞとばかり密集地帯に今まで温存したミサイルを惜しみなくばら撒く。
正に獅子奮迅の戦い振り。圧倒的な数を前に怯む事無く前進し、瞬く間にスクラップの山を築き上げる。
が、
ソレを上回る量が彼等の周囲を十重二十重に取り囲む。
〔アト・3分。〕
「…バクシー、ジェンセン、マクファーソン…。おまえら、くやしかったろうなぁ、やるせねぇよなぁ…う〜い。へっ!もう、前衛も後衛もねぇや!お前等の分まで…ヒック…落としまくってやらぁっ!うぉー!グレッグ様のお通りだっ!!道をあけろいっ!!」
「おいおい、酒飲んでやがんのか!?…って、糞ッ!なんなんだ!!この蜥蜴の多さはっ!!」
「畜生っ!!蜥蜴野郎、建設車両まで持ち出してきやがったっ!!ばっきゃろーっ、バックホーで俺が止められるかーっ!!」
「チッ!バッタ共が邪魔で射界が取れねぇっ!!…ええぃっ、クソっ!!このまま撃っちまうぞっ!」
「…くっ、バッテリーがレッド・ゾーンに…ディストーション・アタックが──使えない。」
「がぁぁっ!雑魚共がウゼェっ!!コイツ等、あと何体居るんだッ!」
「アト・2分。…以降、秒表記・二・変更。119秒……………118秒……。〕
「チッ、このボクが、踏み台役を選ばなきゃイケナイなんてっ!チェ〜ンジ!ゲキガンッ!!Vィィィ!!!」
もはや打つ手も無い事態で遂にアリスが決心し、トライデントが砲撃形態・グリフォンへ再合体する。
「WILLっ!全エネルギー主砲に注ぎこめぇぇっ!!」
〔YES・FULL・POWER!!〕
「消し飛べっ、雑魚共ぉぉっ!!チャージ・オン・レギオン!!!」
トライデント・グリフォンの胸部、グラビティ・ブラスト発射口から小粒の重力弾が猛烈な勢いでばら撒かれる。
いかに新型ディストーション・フィールドを装備した改良バッタとはいえ、重力弾の一撃には耐えられない。
更に駄目出しの40mm徹甲砲弾が胸部両脇の三砲身回転機関砲から放たれる。
正にファランクス!
その進路上に有る全ての物を押し潰し、ひき潰す。
瞬く間にアリス達とナナフシを結ぶラインを塞いでいたバッタが一掃された。
が、同時に重力弾と砲弾の豪雨が止み、トライデントがその場に片膝を突く。
遂にトライデントの燃料が尽きたのだ。
まだ、かろうじて補助バッテリーによって電源は生きている。が、今までのような戦闘行動はもう取れない。
〔……アト・76秒………。〕
「やったぜっ!アリスっ!!」
リョーコが叫ぶが早いか自機の120mm砲を接近した事で更に大きく見えるナナフシに向け、ロック。怒涛の連続砲撃を開始する。
「こうなったら、威力の大小はかまわんっ!思いつくありとあらゆる攻撃をナナフシに叩き込めぇぇっっ!!!」
クリシュナが自身の大砲を構えつつ叫ぶ。回りの者達も各々の武器を構え始める。
銃器やミサイル・ポッドを持っている者はそれを構え、効くかどうかは二の次で撃ちまくる。
接近戦に特化している101中隊の槍装備の者達は各々、槍を逆手に持って投擲体勢に入った。
そして順次、助走し、全力で投げ飛ばすっ!!
小柄な6m級機動兵器とはいえ、放たれた槍は十分な運動エネルギーを与えられ、空気を引き裂きナナフシに突き刺さる。
〔…アト・52秒……………51秒…………50秒…………。〕
「ええっ!?攻撃は届いてるのに、ナナフシの動きが止まらないっ!?!?」
ヒカルが驚愕の声を上げる。
止め処無い弾雨に包まれつつも、ナナフシの砲身が紫電を纏う。砲の向く先は──トライデント。
〔……43秒…………42秒………。〕
正面モニターに、真っ直ぐ自分へと砲を向けるナナフシを望み、アリスの顔が歪む。
そして、少女の喉から不可思議な音が零れた。
「…クククッ…フハハハッ!アハハハハッッ!!我慢出来ないってのか?どうしてもボクの一撃を喰らいたいのかっ??ハハハッ!いいだろう!ボクが引導を渡してやるよっ!!」
笑い声であった。可憐な外見通りの鈴の鳴るような声。しかし、その声には聞く者の心に怯えを抱かせるような禍々しさが漂っていた。
「…WILL、推進剤はまだ残ってたね?…燃料は?」
先ほどの狂騒が掻き消えてしまったような普段の冷静さでWILLに問うアリス。
〔YES・推進剤・ハ・マダ・余裕ガ・アルヨ。燃料・ハ・各タンク・二・僅カ・ナガラ。〕
燃料切れという状態でも諦めない。アリスの瞳は爛々と恐怖以外の何かを溢れさせていた。
「じゃあ、直ちに残った推進剤と燃料を両腕のタンクへっ!!」
〔?ナニヲ!?〕
「質問する時間が惜しいっ!早くっ!!」
トライデント・グリフォンの両腕、巨大な二本の槍。
それをゆっくりと、だが確実にナナフシへ向ける。
改めて説明するが、トライデントは熱核ロケット・エンジンを搭載している。
これは密閉型核融合炉にて発生した熱を触媒を通じてロケットノズルへと送り、そこで推進剤に接触、燃焼させる事で推進力としている。
利点は核融合に伴う中性子線等の危険な放射線を最大限排除出来る事。
欠点はアリスの今の現状のように、二種類の燃料を必要とする為片方の燃料が尽きただけで、行動不能になりかねないということ。
ちなみに、ディストーション・フィールドと重力波関連の技術を用いて、核融合炉炉心は今までのものより遙かな軽量化と小型化、そして高出力化を実現していたりする。
コレは最初の乗機、ジャバウォックの炉をベースにウリバタケが改良した物。トライデントの異常な戦闘力の大本である。
〔…アト・21秒…………20秒…………19秒…。〕
「くっ、早く…。」
〔…18秒……残燃料ト・推進剤ノ・兼ネ合イ・カラ・右腕ノミ・燃料・及ビ・推進剤・注入完了。発射準備・完了ダヨ。〕
「堕ちろっ、ナナフシ野朗ッ!!ぺネトレイト・エクステンション!!!」
右腕のレールから火花を上げて巨大な槍が飛翔する。
しかし、燃料不足から、ぺネトレイト・エクステンションの売りであるディストーション・フィールドは張られていない。
つまり、炸薬の無いミサイルだ。しかし、代わりに抜群の可燃性物質である推進剤を満載している。
〔アト・10秒。〕
今まで全力で砲撃していたリョーコとイズミの重機動フレームの120mm砲。クリシュナ、グレッグのコイル・カノンが遂に弾切れになる。
〔アト・9秒。〕
グリフォンの右腕がナナフシの砲身の中に飛び込む。
〔アト・8秒。〕
ナナフシの発する紫電が強さを増す。
〔アト・7秒。〕
ゴクッ。
誰かが息を飲んだ。
〔アト・6秒。〕
ナナフシの砲身内で爆発!
砲身内部に飛び込んだグリフォンの右腕に積まれた推進剤が引火したのだ。
〔アト・5秒。〕
しかし、カウントダウンは止まらない。
ナナフシは今だ健在だった。
〔アト・4秒。〕
「くそっ、どこまで頑丈に出来てるんだ!?」
既に打つ手を失っているアキトがコンソールを殴りつつ叫ぶ。
〔アト・3秒。〕
「…もう、オシマイね。…ふふっ、ようやく、あの人達の元へ…。」
イズミが頭上を眺めながら呟いた。
〔アト・2秒。…………アト…。〕
WILLの秒読みも最後になろうとしたその時。
不意にナナフシの砲身から紫電が消え去る。
胴体に無数に空いた砲撃痕から煙が立ち昇る。
そして、そこから火を噴いたと思った瞬間、大爆発を起こした!
付け根から折れた砲身が大地に突き刺さり、胴体が横倒しになる。
「よっしゃ〜ッ!!信じてたぜっ、嬢ちゃんよぅ!!」
マックが感激のあまり叫ぶ。
「ふふん、当然だよっ♪」
『このボクが狙いを外すものか』と実に慎ましい胸を反り返らせてアリスが威張る。
「へっ、いっつも美味しい所は嬢ちゃんが掻っ攫っていくな。…だが、ま、今回は認めてやるぜ。」
グエンが愉快そうに言う。
「アハハッ、そうだよね〜っ!やっぱり、こ〜こなくっちゃ♪」
ヒカルが明るく笑う。
「ケッ、ヒヤヒヤさせてんじゃねーよ。」
リョーコが言葉と裏腹な笑みを浮かべつつ喜ぶ。
「…また、逝けなかったわ。『まだ来るな』って事なのかしら…。」
イズミが虚ろな表情のまま呟いた。
「見てるか、バクシー達。これでオメー等の黄泉路が少しでも明るくなる事を祈るぜ。」
グレッグがポケット・ウイスキーを片手に祈る。
と、クリシュナが大砲の支持アームを切り離し、フリーになった右手に剣を握る。
「…一仕事終わった所、悪いがな。まだ、敵はウジャウジャいるぞ。一息つくのはもう少し先だっ!気合入れろっ!!」
そう、ナナフシを守っていた戦車やバッタは未だに彼等を取り囲んでいた。
生き残る為には、この無人機達を殲滅しなくてはならない。
祝杯にはまだ、早すぎる。
「…ふふん、WILL?まだ、戦える?」
ナナフシにカリを返して、至極満足していたアリスがトライデントを立ち上がらせる。
〔YES・残存電力ノ・関係上・40mm三砲身回転機関砲・ノミ・使用可能ダヨ。〕
「それだけ使えれば十分だよ。」
WILLの言葉に笑みを強くしたアリスがIFSパネルに手を添え直す。
「やれやれ、仕方ありませんね。」
軽く溜息をつきながら、自身のエステにイミディエット・ナイフを装備させるイツキ。
「イツキ?バッテリーの方は大丈夫?」
ヒカルが同じようにナイフを装備しつつ聞いてくる。
「ええ、無理をしなければ何とかこの戦いの分は。…テンカワさんの方は?」
「俺も無理をしなければ…ね。早めに終わらせよう。」
「ヘッ!じゃあ、前面に出るのはオレとイズミだなっ!」
リョーコが弾切れの120mm砲を捨て、重機動フレームの鉤爪をガシガシ動かす。
どうやらこのフレームの不得意な格闘戦で戦うつもりらしい。バッテリーだけには余裕があったのだ。
「良し、行くぞっ!パンツァー・フォー!!!」
クリシュナが号令と共に駆け出した。
刀折れ、矢尽きようとも今だ戦意を衰えさせない皆が後に続く。
無人機の特攻攻撃にさえ気をつければ、ボロボロの彼等でも対等以上に戦える。なにせ、腕前だけは超一流がそろっているのだ。
かくして──クルスク工業地帯、本日最後の戦闘が幕を上げた。
「重力場異常が沈静化してから6時間……。砲撃予測時間を過ぎている以上、ナナフシはアキトさん達が倒したのでしょうが…無事なのでしょうか。身動き出来ないのが悔しいです。」
ナデシコのブリッジ、中段中央の座席に座るルリが祈るような声で呟く。
クルスク方面にて重力場の異常が観測され「もはやここまでか」と皆が覚悟した時、唐突に異常が消え去って早6時間。最初は宴会顔負けに盛り上がっていたクルー達も今はナデシコの復旧にてんてこ舞いである。
ルリの背後、上段の船長席付近ではユリカとウリバタケのコミニュケを通した、悲鳴や怒声交じりの打ち合わせが続いている。
『だーかーらーっ!!相転移炉はその特性上、安易に分解出来ないんだってーのっ!火星で散々説明しただろ〜がッ!!』
「別に完全修理しろ、なんて言ってないです!船が動けるようになるだけでいいんです。」
『それが大変なんだって!相転移炉を稼動状態に持っていくには後5、6日掛かるぜ。補助エンジンで移動するか、牽引船を派遣してもらって、牽引してもらうかしないと打つ手がね〜んだよっ!』
「補助エンジンじゃ空中に浮かせるだけで精一杯ですっ!それじゃ、意味無いです。相転移炉は二基ありますから、一基ぐらいなんとかなりません?」
『あ〜っもうっ!だから、無理だっつーのっ!!被弾時のオーバーロードで端子が焼けちまってるんだって!二基共にダウンだ。どっちも同じぐらい手間が掛かるんだよっ!!火星の時とは段違いにヘビーなダメージだっ!!判ったら俺に作業をさせろっ〜!!!』
「あ〜んっ!早くアキトを迎えに行きたいのに〜っ!!」
『それが本音か〜っ!!』
「…船長の言い分も無視できませんが。」
と、二人の怒鳴りあいになろうとしていた打ち合わせの場にルリが水を差す。
『…どういう意味だ、ルリちゃんよ。』
先ほどまでとは一転して、冷静な表情で問いかけるウリバタケ。
「アキトさん達のエステには辛うじて往復出来るであろうぐらいの予備バッテリーしかありません。よって、不測の事態に遭遇し、予定以上にバッテリーを消耗した場合、電力切れで擱座せざるを得ない訳です。たとえ、ナナフシを倒してても。」
『そんなの始めから承知の上で計画したんじゃねーか。なにを今更…。』
「ですから、擱座した所をバッタとかに襲われたら、ひとたまりも無い訳で…。」
『!?』
「ナナフシの撃破から6時間…未だに帰ってこれないというのは…。」
自分で最悪の事態を口にしながら青ざめていくルリ。
しかし、福音は身近な所からやって来た。
〔ルリ!ナナフシ攻撃に出たエステ、五機のIFFを検知したよ!!〕
オモイカネの言葉に自らも情報を検索し、その詳細に顔を大きく安堵させる。
「ルリちゃんっ!!詳細を教えてっ!!」
上段からユリカの必死な声が聞こえてくる。最愛の人の安否が彼女を焦らせる。無事を確認したからこそ…。
と、気を利かせたメグミが船内放送の準備を整える。
ルリの可憐な声がナデシコの全体に響く。
「…ナナフシ攻撃に出たエステバリス、テンカワ機、カザマ機、スバル機、アマノ機、マキ機の識別信号を受信。と、同じく味方の識別信号を確認。…これは…101機動兵器中隊です!攻撃組の皆さんと行動を共にしているようです。それに、トライデント!アリスも居ますっ!!」
珍しく驚嘆した表情のルリの言葉と共にナデシコの望遠カメラが彼等の機影を捉えた。
正面モニター、そして、船内各所に浮かぶコミュニケに映像が映る。
低空を巡航速度で飛ぶ9機の空戦改。
内、5機はそれぞれ、ナデシコ所属のエステを抱え、内3機はトライデントを両脇と背後から支えていた。
彼等の機体は泥と煤とオイルに塗れた酷い有様だったが、大きなダメージは受けていない。
ナデシコ組とトライデントが抱えられているのはバッテリー切れと燃料切れの為だ。
空戦改もそろそろ燃料が尽きようとしていたがナデシコまでなら十分に持つようだった。
データリンク可能距離に入った為、各機の詳細が流れてくる。
パイロット達には傷一つ無い。
その情報を見た皆が、大きく安堵する。
と、
トライデントから通信が入ってきた。
「アリス!!無事でしたか!?」
ルリが、いつもと打って変わった勢いでコミニュケを繋げる。
「や、ルリ。見ての通りピンピンしてるよ。」
エッヘン、と力瘤を見せるポーズをしながらアリスが答える。
「…良かった。連合軍の情報網にアリスがM.I.A.になったという情報が流れた時は心臓が止まるかと思いました。…無事で本当に良かったです。」
「ふふん…こんな事如きでボクを殺せるだなんて思わない事だね♪」
ルリの涙交じりの言葉に、胸を反り返らせてアリスが答える。
アリスの答えをキョトンとした表情で聞いたルリが、両脇の座席に座っているミナトとメグミと視線を合わせる。
そして、三人一緒に唐突に笑い出した。
「…?…今の、そんなに面白い言葉だったっけ?」
疑問符だらけのアリスにルリが、笑いすぎて零れた涙を指で拭いながら、
「い…いえ。プッ…アリスの答えがあまりにもそのまんまだったので…あ、無理…クククッ、アハハハッ。」
普段なら有り得ないほど大きな声で笑うルリと、何が可笑しいのか首を捻るアリス。
二人の対称的なやり取りを最後にクルスクを巡る騒動は、ひとまずの決着を迎えるのであった。
第十七話 完
あとがき 〜座談会風〜
TANK 「と言う訳で、二ヶ月間を挟んでしまったにも関わらず、拙作を読んでいただいた皆様!有難う御座いますっ!!」
アリス 「有難う御座いま〜す♪」
ア 「ところで、なんでまた座談会風あとがきな訳?」
T 「うむっ!人間、常に新しい事に挑戦していないと堕ちてゆくモノだからなっ。色々と試す事にしてみたのだよっ!」
ア 「あ〜、つまり貴重な読者さんを二ヶ月待たせちゃったから、せめてものリップサービスって事かぁ。」
T 「ぐっ、身も蓋も無い。…しかし、お前さんも言うようになったなぁ。お父さんは悲しいぞ?」
ア 「っていうか、ノリと即興であれよあれよとボクを改造したのはキミじゃないか。」
T 「改造って卑猥な響きだなぁ。」
ア 「どこをどう取ればエッチな言葉になるの?この変態っ。」
T 「ともかく…せっかくの座談会形式なのだし、もっと内容の有る話にしないか?」
ア 「変態である事は否定しないんだね。」
T 「想像で済ませている限り、どんな悪徳も許されると信じてる。」
ア 「実行した途端、両手にお縄だけどね。」
T 「しないよ。俺は臆病だから。」
ア 「…作者のどうでもいい話は置いといて、今後の展開とかは?」
T 「ん〜、調子に乗って話しすぎたらネタバレになっちゃうから大雑把にいうと、戦争になります。」
ア 「大雑把すぎ。っていうか、戦争は既にしてるよ?今回もド派手にドンパチしたじゃないか。」
T 「ふむ、相手が本当に言葉も通じない異星人だったら戦争してるって言えるんだけどね。」
ア 「ああ、木連の人間が戦場に出たのはあの一発キャラ、越前大佐のみだったね。」
T 「そ、木連側が地球連合と同じ土俵に立たないと戦争にならないんだよ。なにより、戦いの醍醐味の一つは双方の譲れない思いを互いにぶつけ合う所に有ると思うからね。」
ア 「今までのは唯の戦闘って事か。って事は木連が大きく出てくるのも、もう直ぐって事?」
T 「少なくとも後2、3話後を予定してるよ。っていうかタイム・スケジュール的に次の話はヨコスカ攻防戦だしね。ようやく、戦争になりそうだ。」
ア 「タイム・スケジュールって原作の事じゃないか。なんの捻りも無い。」
T 「上手い言い回しだと思ったんだけどなぁ。」
ア 「そう言えば、もう一人の一発キャラ『とある研究員』の方はどうするの?」
T 「うん、チャンスがあれば再登場する予定。冒頭の小話として出すか、本編に関わらせるかは未定だけども。」
ア 「予想外に好評でびっくりしてたよね。」
T 「いやぁ、テキトーに作ったキャラが好まれるというのも、ある意味、作者冥利に尽きるねぇ。」
ア 「今回の冒頭も『研究員』で書いてたのに、ネタが暴走して話の整合性が取れなくなったから泣く泣く没にしてた癖に。」
T 「いや〜、アリスの教育ネタで行ってみたら、初期設定と食い違っちゃってねぇ。」
ア 「ふ〜ん、で、なんでまた二ヶ月も投稿しなかったの?『早くお届けする』って言ってた癖に。」
T 「ゴフッ!?…痛い所を。…正直、家のゴタゴタやら、バイトの忙しさやらもあったんですが…一番大きな原因は、新しい話のネタに盛り上がっちゃって。」
ア 「新しい話のネタ?…この話はようやく中盤に入るくらいなのに?」
T 「テヘッ。」
ア 「可愛くないよ。…で?どんな話?」
T 「『ガンダム・種〜オリキャラ乱入物〜』、『Fate〜キャラ改変物+α〜』、『マヴラブ・オルタ〜Z.O.E.ディンゴ乱入編〜』、『アリス異世界乱入物』って所。」
ア 「なんかまた、微妙なラインナップだね。」
T 「種は比較的この話と同じスタンス『真面目に戦争したらどうなる?』ってノリ。無人兵器を出してみたり、オリキャラ主人公を技術者にしてみようかと思ってる。Fateは『衛宮士郎が無口っ子だったら?』ってネタ。ついでに『真桐慎二がもうちょっと気合入った人間だったら?』とか考えてたり。マヴラブはZ.O.E.アヌビスのディンゴがジェフティーごとオルタ世界に投入されちゃうって話。ネタ自体がここの雰囲気と違うから、もし書く機会があれば他所のサイトに投稿すると思う。」
ア 「う〜ん、ボクが異世界乱入するって話は?」
T 「…唯の趣味。気に入った世界に君を投入してシッチャカメッチャカ話を引っかき回すだけ。文章化しないと思う。」
ア 「それも今の話を完結させないと如何しようも無いんだけどね。…ちゃんと完結出来るの?」
T 「ぐぬっ、痛い所ばかり突きやがる。ともかく、完結はさせますとも。最後の展開こそ未定だけど、大体の流れは既に想定済み。ああ、早く艦隊決戦が書きたいなぁ。」
ア 「え〜っと、それでは次回をお楽しみに〜♪」
代理人の感想
いやー、アリスだなぁ(笑)。
ベタながらつい落ちはにやにやしてしまいましたよ。
・・・・・で、やっぱバクシーはこうなるのね(爆)。
義足さえも残らないとは・・・ナムナム。