とある研究員の手記 〜その2〜
唐突だが自己紹介をさせて下さい。
僕の名はセガール・ホワイト。双子の兄弟にアンソニーというのがいます。
断じて、米国映画俳優の合気道な御仁ではありません。僕は線の細い文学青年ですから暴力なんて…。
え?…「土星の名を持ったゲーム機のCMに出てたか。」って?…ノーコメントです。僕はあんなに毛深くありません。
ともかく、とある特殊な少女の言語教育を担当していた僕なのですが、少女が研究室を出て、軍の教導隊と一緒に行動するようになる頃には僕はお役御免になっていました。
与えられた仕事をなんとか完遂し肩の荷が下りたと安堵すると同時に、今まで色々と関わっていた少女と別れることになるのが寂しくもあり…。
只一つ、喜ばしい事は教導隊の整備兵達によって、彼女の名前が強引に決まった事。
アリス。
ALS・027という個体識別ナンバーからの強引な当て字なのが軍隊らしいけど。
ともかく僕の所属する連合軍技術研究本部第四課、先進技術実証部門生体工学班はアリスちゃんという成功作をもって解散する事になった。研究所付きの助手に過ぎない僕は新しい研究部署に配属されるのだろうな…と、辞令を待っていたのですが。
「おおぃ!研究員さんよ。ちょ〜っと手伝ってくれぃ!!」
「あ〜、はいはい。何でしょうか、軍曹さん?」
「おう!すまねぇな。実はな、ココの制御システムが不具合を起こしやがってな。専門家の意見が聞きたかったんだよ。」
「あはは、僕も専門家ではないんですがね。唯のしがない研究助手ですから。」
「な〜に、俺達と比べたらよほど専門家さぁ。俺達は結局、システムを真に理解してる訳じゃねぇからな。ま、整備するのに基礎理論はいらねーんだがよ。」
そう、僕の新しい配属先は第603実験小隊。
グルーバー主任とアリスちゃんの配属先でもあります。
なのに赴任後、数ヶ月でグルーバー主任はアリスちゃんとネルガルに召集されて研究所出身者は僕だけという肩身の狭さ。
雑用係として僕を選んだんだろうな。とは思っていたのですが放置プレイはあんまりです、グルーバー主任。
しょうがないので、この基地の601から603の実験小隊の皆さんの雑用をこなして日々を過ごすしか無かった訳でして…。
しかし、そんな肩身の狭い日々も今日で、さようなら。
遂にグルーバー主任がアリスちゃんとWILLと共に遠路遥々火星から帰還して、この実験小隊に帰ってくるそうなのです。
余談ですが、僕はWILLの人格形成作業にも関わっています。いやぁ、中々一筋縄ではいかないAIでしたね。彼もアリスちゃんと仲良くしていたらいいんですが。
と、それはともかく、ようやくアリスちゃんが帰ってくる。
それだけで僕の胸は不覚にも高鳴ってしまう訳です。もう半年以上会ってないですし…。
──、轟音と共に漆黒の戦闘機が大地に降り立って、可憐な少女がその機体から飛び降りる。
少女はすぐ側で待っていた僕の前に立って、その表情に乏しい顔に精一杯の笑顔を浮かばせて僕にこう囁くんだ。
「ただいま…。」って。
あ〜〜っ、もうっ!堪んないなぁっ!!可愛い妹を持った兄貴の気持ちってこんな感じかなぁ!?
「お〜〜い、研究員さんよぅ!滑走路でクネクネ悶えてると、危ねぇぞ〜〜〜!!」
へ!?
ふと妄想から立ち直ると、轟音を撒き散らして滑走路の先端から三機の戦闘機が次々に着陸して来たのが見えた。
見る見るうちにこっちに迫ってくる。
あわわっ!
大慌てで滑走路から逃げるのと戦闘機が僕の立っていた所を駆け抜けるのは同時でした。
三機の戦闘機は滑走路をゆっくり移動して格納庫の前に移動していたので僕も格納庫に駆ける事にします。
ふと、鳴り響く轟音に背後を振り返ると連合軍の汎用輸送機がゆっくりと着陸しようとしているのが見えました。
幸いにして、戦闘機からアリスちゃんが降りるのと、僕が戦闘機の側に来るのは同時でした。
息を切らせながらアリスちゃんに近づくとアリスちゃんは…
「…ん?…ああ、セガール。久し振り〜♪」
そう、気持ちいい笑顔で挨拶すると両手に荷物を抱えて凄い勢いで宿舎の方に駆けて行ってしまった。
あれ?これだけ??
呆然としつつも彼女が乗ってきた機体に興味が湧いて三機の戦闘機を繁々と観察していると、背筋をぴんと伸ばしたくなるような声が背後から響きました。
「ふむ、ホワイト君。少し手伝って欲しい物が有るのだが、良いかね?」
「はっ、はい!」
振り返った僕に渡された資料と設計図の束。
この半年間、実験小隊で試験を繰り返していたエステバリス空戦・改の武装の資料でした。
結局、2ヶ月ほど軟禁一歩手前状態で設計開発を行なうハメになって、アリスちゃんとマトモに会話する事も出来なかった。
主任…この量は「少し」の範疇を越えています(泣
…でも、アリスちゃんが僕の名前を覚えていてくれた。それだけは…良かった。
機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE
機械仕掛けの妖精
第十九話 「真実」の価値
佐世保港のネルガル重工所有のドック。
そこで生まれた船が、またもやその身に大きな風穴を空けて戻ってきたのは、2週間と少し前の事だった。
現在、白亜の船は以前の威容を再び取り戻し、そのドックで身を横たえている。
とはいっても、まだ、内装の方は修復が完了しておらず、右舷下部のマイクロ・ブラックホール弾に貫かれた付近からは賑やかな作業音が鳴り響いている。
そんなナデシコをドックの外壁を走る通路の手すりにもたれ掛って、茫洋と眺める一人の青年。
「あら?テンカワ君、こんな所で何をしているの?」
偶々、その通路を通りかかった女性に声を掛かられ、視線をトロトロとそちらへ向ける。
その女性が誰か判った瞬間、弾かれた様に手すりから離れ、背筋をピンと伸ばして受け答えるアキト。
「あ…ハイ!皆でやった自主トレーニングを終了して、今は休憩中でした!」
そんなアキトの様を見て、目を白黒とさせつつ話しかける女性。
「…そんなに怖がらなくても、休んでるくらいで小言をいったりしないわ。」
ナデシコの全クルーに、小言オネーさんと認識されてしまっている事を自覚していない事も無いエリナなのであった。
そんなエリナの言葉に体の力を抜いて答えるアキト。
「あ、いや、スミマセン、つい。気が抜けたモンで。」
「ふ〜ん。ま、いいわ。…所で、今は一人なの?」
「?ええ、そうッスけど。」
「そ、ちょうどいいわね。ね、貴方。テニシアン島で聞いた事、覚えてるかしら?」
「…テニシアン島。…!?ま、まさか、『火星からどのようにして地球にたどり着いたか、知りたくないか?』ですか!?」
「そう、よく覚えてるわね。貴方のご両親の研究でもあるわ。聞いておいて損は無いと思うわよ?」
そう零すエリナの言葉にアキトは動揺し、エリナに詰め寄った。
「なっ!?あ、アンタ、まさか親父達の殺された理由を知っているのか!?」
「落ち着きなさい。私が知っているのは貴方のご両親の業績よ。亡くなられた原因については知らないわ。」
「…そうか、そうだよな。」
アキトが初めてと思われる過去への糸口に興奮し、エリナの言葉に冷静になって凹む。
「でも、貴方のご両親の業績について知れば、『殺された』と言う理由も自ずと絞り込めるモノよ。…もし、知りたいのなら、私について来なさい。代償に少し働いてもらうけど、代わりに私が知りえる事は何でも教えてあげるわ。」
完全に自分の話に食いついたアキトの様子を見て、内心ほくそえむエリナ。
かくして、将来、A級ボソン・ジャンパーと呼ばれる青年はエリナに連れられ、ボソン・ジャンプの研究所に赴くのであった。
大空を舞う人型。
ネルガルが完全人型機動兵器・エステバリスを発表して以来、当たり前の光景だが、見る人が見れば、その表情は驚愕に歪んだだろう。
その人型は大気圏内で空を飛ぶ自由を与えられたエステバリス・空戦フレームよりも一回り大きい。
そう、随所に改造が加えられているが、今、空を飛んでいるのは重機動フレーム。
空を飛ぶ自由の代わりに大地を疾駆する体力と巨大な砲を振るう力を与えられたはずの機体であった。
「イィッ、ヤッホッ〜〜ゥ!!」
重機動・改が大きくループして、大空に飛行機雲の円を描く。
「ハッ!最高だぜ!!空戦・改もいい機体だったが、この推力はそれ以上だ!やっぱ、双発機だよな〜。気に入ったっ!!」
重機動・改に乗るパイロット、マックが嬉しそうに無線機に喋った。
説明しよう!
重機動・改は、木星蜥蜴の繰り出す新型戦艦、新型機動兵器に対抗するべく開発された101中隊専用、特殊カスタム機である。
その姿は装甲を外した重機動フレームといった雰囲気。
胸部の特徴的な装甲すら外され、エステバリスの汎用胸部装甲に変えられている。もっとも、その細部は様々な改造が施され、もはや原型を留めていない。
更に右手だけ、鉤爪から通常のマニピュレーターに換装。専用装備であるグラビティ・ランチャーなどの多彩な装備品を使いこなせるようになっている。
そして最大の特徴は、両足。
大型ローラーダッシュ機構が備えられていた両足は、その全てが取り払われ、代わりに空戦・改でも使われている熱核ロケットを埋め込まれた。
足回りの外装こそそのままだが、膝の巨大なパーツは大型重力波推進器に変更。膝から鋭い剣が飛び出している様なデザインだ。
重力波推進器の直ぐ下、脛より少し上の部位には吸気口が大きく開き、踵から排気口が斜め後方に飛び出している。
着陸時には踵が展開して排気口を保護するようになっている。
その為、大地を駆ける事は不得意だ。
もっとも、地表スレスレを飛べばローラーダッシュよりも早く疾走可能だから、問題無い。
長所は、熱核ロケットが二基になった為、出力と最高速度が大きく上昇した事。骨格が大きく頑丈になった事により、より大型の兵装を扱える事。推進器を両足に埋め込んだので、想像以上に小回りが効く事。
短所は、軽量化したとはいえ機体重量がかなり有る為、加速に支障をきたし、独特の挙動をする事。燃料タンクが背中に増設された為、防御力の点で不安が否めない事。
「あ〜、いいなぁ。…俺達の分はまだなんですか?中隊長。」
ナデシコの現在居る佐世保地下ドックから遠く離れた、連合軍・横須賀基地の飛行場の一角。そこに陣取った移動式管制車の側で佇んでいるケンが管制車の隅に座っている中隊長、グルーバーに語りかける。
「ふむ、今飛んでいる機体が量産一号機だ。後5機持ってきたが、まだ調整が済んでいない。今回の飛行試験で出たデータを元に再調整する予定だ。今しばらく待て。」
そう、101中隊はナデシコと共に日本にやって来たのだった。
更に最近は101中隊の統括はクリシュナに丸投げして、重機動・改の開発に付きっ切りだったグルーバーも、漸く完成した6機を引き連れ来日である。
その理由はネルガル重工。
自分達の開発したエステバリスの各種フレーム。
満を期して開発したそれらを無価値であるかの様に「大改造するから協力しろ」と言われた彼等は溜まったものではない。「協力してやるから運用試験はウチの庭でしろ」と彼等の面子にかけて一大交渉が繰り広げられたのだ。
改造の為の重機動フレームを含む材料の支援、代償に今までの空戦・改の運用データと各種装備の資料。
下手をすれば軍事機密の横領として、グルーバーが逮捕されてもおかしくない行為だが、そこは連合軍司令長官直轄部隊の強み。
司令長官に話を通した所「戦力が増強出来るのなら構わん。ついでにネルガルの連中に軍人が好む兵器の有り様を叩き込んで来い」とハッパをかけられる始末。
実際、エステの各種フレームは出来物だった。
素人にも簡単に操縦出来るし、慣れれば素晴らしい粘り強さを発揮する。
IFS装備が前提という制約が痛いが、IFSで有るが故に、複雑な完全人型兵器を縦横無尽に操作できる。
特にマニピュレーターにその影響が顕著だ。
もし、IFSでダイレクトに操作できなければ、五本の指を持った機械の手など高価で無駄が多すぎると非難対象だったろう。
そう…IFSで操作されるマニピュレーターは、弾切れのラピット・ライフルを棍棒代わりに振るう事を可能とし、付近に転がる残骸や岩を投擲武器に変えさせるのみではなく、機械の手で繊細な精密作業すら容易くこなす。
設計陣が絶対に予想しなかった事、無補給下での活動において、エステバリスはその真価を惜しみなく発揮したのだった。
ちなみにバッテリーの電力は生きてる家庭用電流からちょろまかしたりして…。地球のエステバリス装備部隊では、ACコンバーターが高値で取引されていたりする。補給部隊と合流出来るなら問題ないが、はぐれたり全滅して一人生き残ったりした日には、エステを駆動させる電力こそが死活問題となるからだ。
そんな訳で、意外な人気のエステバリスではあるが、エース級の人間にとっては物足りない機体であるのも事実。
初心者に優しく扱いやすいと言う事は、反応が鈍く出力が低いと言う事でも有る。
普通は、戦力の足並みを整える為に「我慢しろ」と命令されるか、現地改造で凌ぐ所である。だが、木星蜥蜴の猛威はそんな軍の常識を一掃してしまった。
一機でも、一隻でも多くの木星蜥蜴を倒せるのなら!
エース専用のハイスペック機でもって、その能力を遺憾なく発揮してもらう事になったのだ。
多種多様の企業、特に発売元のネルガル。そして軍の技術研究本部から様々なカスタム機が納品された訳で、何気にネルガル会長の愛機、アカツキ・カスタムも同系機が納品されている。フレーム換装機構が使えないものの、基本的に各部隊で使うエステはフレームの換装をしない。アカツキ・カスタムは宇宙をメインに活躍しているとか。
101中隊の存在意義の一つがそんなエース用カスタム機とそれを駆るエース達の集中運用による戦力評価である。
現在のところ好評価ではあるが、如何せん有能なパイロットは現場が手放さない。結局、101中隊に続くエース部隊は余り編成されていないという話だ。
「はぁ、アレがモノになるのはまだ先か。」
溜息を付くケン。
「まぁまぁ、多分俺達ダイヤ分隊にはあの機体、配備されないから関係ないぜ。」
とケンの肩を叩きながら苦笑するウォーレン。
「戦力の多様化って奴か。って事はクリシュナのスペード分隊とマックのクラブ分隊用っつう訳だな。…俺も一度でいいからパワフルな双発機に乗ってみたいぜ。」
小粋な細巻き葉巻を指に挟み、溜息交じりの紫煙を吐き出すグエン。
「まぁ、俺達の使う空戦・改も熱核ロケットを新型に換装するそうだ。重機動・改に置き去りにされる心配は無いだろ。」
新型機を羨ましがる部下たちに、ついさっき知った事を広めるシン。
「いいな〜皆。ね〜主任!ボクは?ボクのトライデントは改良しないの〜?」
頬をプクーッと膨らませてグルーバーに詰め寄るアリス。
「む?…トライデントの改良計画は既に有る。パーツが届けば直ぐに組むがな、入手困難ゆえに暫く待っていろ。」
下準備だけは済ませてあるとグルーバー。グルーバー来日の理由の一つがトライデント用の部品を手に入れるためのネルガルとの交渉であった。トライデントの運用データを代償に提供する事になったが、このデータ、一般向け製品には、あんまり役に立たなかったりする。
ちなみに、トライデント。先のクルスク戦で消費したグリフォンの右腕であるが、やはりグルーバーが持ってきた予備で換装済みである。「ナデシコの被害が酷くなければ、俺の出番だったのに」とはウリバタケの言葉。
「ほんと?…やった〜〜!!」
ばんざーい、とグルーバーの言葉に両手を上げて喜ぶアリス。まるでプレゼントを貰った子供のような素敵な笑顔を見せる。
『こちらマック。試験過程しゅーりょーだ、帰還する。いやぁ、良い機体だぜ!気に入った。あとは大砲のご機嫌次第だよなー。』
管制車の無線機からマックのご機嫌な声が届く。
空を見上げると、空を飛ぶには無骨すぎる大きなシルエットが見る見る大きくなってきたのであった。
佐世保から遠く離れた川崎市の郊外、ネルガル系列の研究所。
表の看板には『アトモ社・情報通信技術研究所』と書かれてあったが───その実体はボソン・ジャンプ研究所。
ボソン技術の一環にボソン通信機などが有るし、ボソン・ジャンプ自体、一種の通信技術なのであながち間違ってはいない。
その研究所の廊下を我が物顔で歩く一人の女性とその後に続く一人の青年。
女性、すなわちエリナは元気だが、青年、アキトの方には疲れが見える。まぁ、九州から関東平野まで拉致寸前の有様で連れてこられたのだ。無理も無い。ちなみに所要時間、約1時間。190年後の未来としては速い方なのか遅いのか。
「…そんな事があって、火星に存在した遺物でテンカワ博士夫婦は画期的移動手段である『ボソン・ジャンプ』理論を構築したのよ。」
「……はぁ。」
「気の無い返事ねぇ。」
「え…いや、まぁ、オレ、学が無い物で。」
青年、アキトの言葉に、先を行くエリナの足が止まる。
クルリと振り返り、アキトの額に人差し指を突きつけ、人も殺せそうな形相で詰め寄る。
「いい、テンカワ?学問など所詮は知識に過ぎないわ。勿論、単語が判らなければ理解するのも難しいでしょう。でもね、今、私が、口にした言葉の内、専門用語は、『ボソン・ジャンプ』だけだわ。」
そこで初めて、自分がアキトに詰め寄っている事に気付き、一歩離れて意識的に声を和らげる。
「だからね、テンカワ君。貴方のソレはただ、興味が無いだけよ。…ま、それが悪い事だとは言わないわ、勿体無いけど。」
肩をすくめて再び歩き出す、エリナ。
「…勿体無い…ですか?」
「ええ、勿体無いわ。貴方には理解力が有る。それは優れた資質よ。その力は何者にも成れる力…学者にも、企業家にも、軍人にも…正しく力を育てる事が出来ればね。」
「あ、有難う御座います。でも、オレは…。」
「ま、コックにも理解力は必要ね。ゆくゆくはホウメイさんを超えるような美味しい料理を作って?…でないと諦め切れないから。」
「は!?…はぁ。」
「…気の無い返事ねぇ。ま、いいわ。今は身体で払って貰うから。」
「え゛!?」
「なに驚いてるの。少し働いてもらうって言ったでしょう?私は報酬を前払いしたんだから、もう、逃がさないわよ。」
エリナはその言葉と同時に、壁面のスロットにカードキーを通し、正面の扉を開錠。
両開きの扉を全開にして、アキトと共に極秘研究区画に堂々と踏み込む。
「なっ!?…これは!!」
扉の先はドーム上の広場が広がっており、中央には小型ではあるがチューリップが垂直に鎮座していた。
顔色を変えたアキトがエリナに振り向く。
「なんでこんな所にチューリップが!?…まさか、アンタ、敵と通じてるのかっ!!」
「…そんな訳ないでしょう?コレは鹵獲したチューリップよ。」
険しい表情のアキトの額にデコピンかまして、呆れた表情をするエリナ。
「いてっ…鹵獲!?…どーやって??」
「壊れかけのを回収したの。いやはや、凄まじいものよね。復旧不能なくらい壊れてたのに、必要な材料を与えると凄い勢いで直っていったんだから。ま、サイズは小さく縮んじゃったけど。流石はCHULIP、Cellular・Hangover・from・Unknown・Labyrinthine・Intelligence・of・Prehistorical・ageと言う事かしら。」
「必要な材料?」
疑問を口にするアキトに「いい質問ね」と懐に手を入れたエリナが答える。ちなみにアキト、CHULIP云々に関しては、よく判らなかったのでスルー。
「これが、必要な材料よ。」
「あ、親父たちの形見…。」
「そう、やっぱりね。ねぇ、コレ、火星から地球に『飛んだ』時に無くしたんじゃない?」
エリナが確信を持って聞くと、驚愕の表情で答えるアキト。
「なんで判るんだ!?…そうだよ、ペンダントにしっかり取り付けられてたのに、いつの間にか消えてしまったんだ。青い光と共に…。」
「ついに見つけた」と小さく呟いた後、エリナは右手に持った物の説明を始めた。
「これはね、CC…チューリップ・クリスタル。あの巨大なチューリップの中身、特殊なナノマシンの塊…そして、時空を越える鍵。」
手渡されたCCの煌きに目を奪われつつ「時空を越える鍵…」と呟くアキト。
いきなりジャンプされたら如何しよう!?と、うっかりアキトにCCを手渡してしまい、内心焦ってしまったエリナだったが幸いそんな心配も無く、再びCCはエリナの手に戻る。
「今日の働き具合によっては、あげてもいいわよ?コレ。」
右手のCCを手の上で転がしながらエリナが呟く。
「で、俺は一体、何を手伝ったらいいんですか?」
どうやらその気になったらしいアキト。エリナは小さくガッツポーズを取りながら説明を始める。
「さきほど話した『ボソン・ジャンプ』の実験よ。どうやら、このCCは作動するのに人を選ぶらしいのよ。貴方はその貴重な適合者の可能性がとても高い。貴方が私達の実験に協力してくれたら、誰もが超長距離を一瞬で越える新時代の開拓者になれるわ。」
手招きするエリナに付いて行った先はチューリップの置いてある広場の端。
そこにはエステバリス・耐圧試験フレームが膝を付いて乗り手を待っていた。
「チューリップの口を開かせる方法は判ったのだけれど、移動先のコントロールはまだ判らないの。貴方の仕事はチューリップ経由で、今居るこの実験区画に短距離ボソン・ジャンプを行なう事。火星から地球に届いたのなら簡単なはずよ。」
気軽に言うエリナであるが二つの点で間違いがある。チューリップを介してのボソン・ジャンプの場合、出口もチューリップに限定される事。ボソン・ジャンプに距離など文字通り関係無く、難易度は変わらないという事。
まぁ、ナデシコもボソン・ジャンプ無しで火星から帰還してしまった以上、ボソン・ジャンプに関する資料が足りないのは仕方ない。
「はぁ…ま、やってみますが、具体的に如何したら良いか、よく判んないんですが。」
エステバリスに向かいつつ、疑問顔のアキトにエリナが口を開こうとしたその時。
ドーム内に警報が鳴り響いた。
「な、どういう事よ!?」
偶々その場に居た研究員に詰め寄るエリナ。首元をグイッと締め上げる。
「えっ!?そんな事言われてもっ!!判るのはチューリップ稼動時の警報って事くらいです!!」
「チューリップですって!?」
研究員をそのままにチューリップへ振り返るエリナ。
黄色の回転灯が周囲を照らす中、チューリップはゆっくりと花開いた。
中から姿を現す巨大な影。
それは30mを越す大きな人型だった。
床に轟音を立てながら着陸すると、その人型は巨大な腕を振り回して周囲の施設を破壊し始めた。
「…ゲキガンガー。なんでこんなものが…なんで俺たちに牙を向くんだ。」
呆然と鋼の巨人を見上げるアキト。
すると、その鋼の巨人、テツジンはアキトの方に注意を向け、おもむろに口の部分にあるカバーを展開、砲撃態勢に入る。
「危ないっ!!」
エリナがアキトを引き倒して、難を逃れるのと、口部大口径レーザー砲がエステバリス・耐圧試験フレームに直撃して粉々になるのとは同時だった。
「すっ、すみません。」
アキトがエリナに謝るが、エリナは
「そんなの後よっ!」
と、アキトの手を掴んで施設の奥へ駆け出した。
夢がっ明日を呼んでいる〜♪
エンドレスでゲキガンガーの曲が鳴り続けるコクピットの中、一人の男が義憤に燃え上がっていた。
「悪の地球人め!!我等の跳躍技術を盗もうなど、言語道断っ!正義の鉄槌を喰らうがいいっ!」
テツジンの操縦士、白鳥 九十九である。木連で人気の有る、肩袖を破り取った妙にボロボロな改造軟式宇宙服に身を固めている。
操縦桿を引き、押し出すとテツジンの右手が凄まじい突きを放つ。
哀れアトモ社の実験施設はテツジンの剛拳に耐え切れず、あっと言う間に瓦礫に変貌してゆくのであった。
頑丈な床を踏みしめ、腕を振るうテツジン。
余談ではあるがジン・シリーズが二足歩行出来るようになったのは、僅か数年前の事である。それまでジンは宇宙空間専用機だった。二足歩行技術の蓄積が無かった上に大質量の巨体。歩けと言う方が無理である。更に、戦闘機でしかないオロチに敗れた事から装甲の徹底化が図られるなど大改造が行なわれている。この改造も二足歩行の障害となった。歩行時のバランスを再設計する事になるだけでなく、関節部の強度から全て再計算する事になったのだから。
プロトタイプ・ジン、スサノオ開発者の一言「所詮、足など飾りです!お偉方にはそれが判らんのですよ!!」…少なくともスサノオの足は本当に飾りだったとか。
ともかく、10数年の年月と無数の実験機の屍を踏み越えて、ようやくジン・シリーズは手足の付いた小型艦から人型兵器へと進化出来たのであった。
と、正義の破壊活動を行なうテツジンの背後、チューリップが再び稼動する。
中から飛び出したのは、紺色の巨人。
「ふ、マジンも無事、跳躍出来たようだな。」
唇の端を上に歪ませながら、白鳥は暴れ続ける。そこに件のマジンから通信が入る。
「九十九、貴様一人で任務を片付ける気ではないだろうな?」
マジンの操縦士、月臣 元一朗。指揮官の着用する白い詰襟に身を包んでいる。
当然のように、マジンの操縦席でもゲキガンガーは流れているのだが…
守りたい、この自由と輝きを〜♪
「くっ、九十九ぉっ!!貴様、何故もう2番なんだっ!!」
「やかましい!元一朗っ!貴様が跳躍に手間取ったのが悪いっ!!」
「ちっ、減らず口をっ!って、ああっ!テンポのずれたステレオほど、気持ち悪い物は無いっ!」
「俺の所為にするのは看過できんが…くっ、気持ち悪いのは同意するっ!!」
「かくなる上は。」
「ああっ!」
「「レッツ・ゲキガ、イン!!」」
操作盤の隅に設置されているオーディオ機器の再生スイッチを二人同時に押す。
すると流れていた曲が、もう一度最初から流れ出す。
夢がっ明日を呼んでいる〜♪
「ふ、こうでなくてはな、元一朗。」
「その通りだ、九十九。この曲は我等の魂そのものだからなっ。」
破壊行為も一端中止して、お互い視線を合わせ、頷き合うテツジンとマジン。鉤爪な手を器用に動かしてサムズアップすらしている。
アトモ社、金庫室。
「あれ、あのゲキガンガー、暴れるの止めたのかな?」
幾つも並ぶロッカー型金庫の内、一つのロックを解除中のエリナをぼんやりと眺めながら、アキトが呟いた。
「まったく、アンタって肝が太いんだが、根性無しなんだか…っと、開いたっ!」
金庫の扉を開けると中に唯一入っていた小さめのアタッシュケースを二つ取り出す。
「これで用は済んだわ。脱出するわよ、テンカワ。」
アタッシュケースの内、一つをアキトに預け、非常口に駆け出すエリナ。
「わわっ!?」
いきなり放り投げられたアタッシュケースを辛うじて両手で受け止めて、エリナの後を追いかけるアキト。
非常階段を駆け抜けているとき、再び破壊音が鳴り響きだした。
幸いにして、研究所全体が崩壊を始める前に遠くへ逃げ去ることが出来て、ホッと一息をつく二人。
背の低い建物から二人して顔を覗かせると、二体の巨人は街中へ歩みを進めている最中だった。
ふと、空を見上げると無数の飛行機やエステバリスが巨人達目指して攻撃を始めようとしている。
「流石、極東方面軍。立ち上がりが早いわね。」
エリナが感心したように言う。
が、その表情は即座に歪む。
「ちっ、あの巨人のディストーション・フィールドは戦艦並ね。普通の兵器では抜けないんだわ。」
盛大に爆炎を撒き散らしつつも極東方面軍の攻撃は届いていない。
極東方面軍の部隊は大破壊力の兵装を、街が近すぎるという理由で搭載していなかった。
効かない攻撃を受けるだけだった巨人達が反撃を開始する。
口の辺りから光線を振り回すように放つと、逃げ遅れた戦闘機達がボトボト落ちてゆく。
エステバリス隊が効かないライフルを牽制に肉薄攻撃を敢行しようとするが、牽制をものともしない巨人の腕の一振りで叩き潰されてしまう。
「なんなんだ、これは。…そうだ!ナデシコならっ!」
自分達の船ならば、倒せる。とエリナの方に振り向いたが、エリナは首を振るのみ。
「忘れたの?ナデシコは佐世保よ。あそこからココに来るまでに、ここら一帯は瓦礫の山ね。」
「…じゃぁ、如何したら─」
と、アキトが口を開いた時、聞き慣れた大気を切り裂く音が空に響いた。
空には12の飛行機雲。9機の人型と3機の大型戦闘機。よく見ると人型の内、5機は一回り大きいシルエット。
「そうか、あの連中。横須賀で新型機の実験してたんだわ。確か連中、月で巨大な人型兵器を倒したって報告書を出してたわね。…やれるわよ、テンカワ。」
エリナが勝利を確信した笑みをアキトに見せる。
アカツキなら、迷わずプロポーズしたであろうほどの極上の笑みに、アキトはただ、顔を赤くするのが精一杯だった。
「エネミー・タリホー、厄介なのが二体いるね、クリシュナ。」
「ああ、だが、ケツまくって宿舎でガタガタ震えている訳にも行くまいよ。スペード分隊、ダイヤ分隊は三色の奴を。クラブ分隊とアリス達は紺色を頼む。」
編隊を組んで、上空を飛行。眼下に見える二体の巨人を眺めながら、アリスの言葉に同意しつつ指示を飛ばすクリシュナ。
「いいか、連中は戦艦並に硬いぞ。胸部のグラビティー・ブラストを貰わないようにな。それと今回は市街地が近い、流れ弾が飛ばないように注意しろっ!!」
「「「「「「「「「おうっ!!」」」」」」」」
クリシュナの言葉に息を合わせた返事をする101中隊のパイロット達。
「しっかし、試験も中途半端のまま、いきなり実戦か。戦闘中にエンストなんか、勘弁だぜ?」
新型の重機動・改に乗ったキャンベルが思わず愚痴を零す。
『…その可能性は低い。ベルリンで一応、稼動試験は済ませてある。問題はシステムのバグの方だ。変な挙動を示さないか注意しておけ。…大丈夫だと思うがな。』
と、その愚痴を無線で聞いてたグルーバーから返事が飛び出した。
とある実話であるが、最新鋭戦闘機の運用試験が終わって滑走路に着陸しようとした時、いきなり急角度で上昇して失速、尾翼から滑走路に追突して大惨事になった事があった。原因はフライ・バイ・ワイヤ・システムのバグ。これは操縦にコンピュータの補正が入るシステムなのだが、着陸時に操縦桿の感度が最大になって、僅かな操縦桿の傾きがシステムには最大限の入力と捉えられてしまったのだった。
と、言う訳で、グルーバーはエステが戦闘中に危険な挙動を示さないか注意を呼びかけた訳である。
いきなり、自分達の親分であるグルーバーの声をかけられたキャンベルは、驚きで鼓動を早めた心臓を落ち着けながら辛うじて「了解」と答えた。
「ははっ、お前の驚いた表情なんて初めて見たぞ。」
同僚のライリーがくつくつと笑いながら野次を飛ばす。実際、キャンベルが半開きの垂れ目を大きく見開く事など滅多に無かった。鉄腕キャンベル、乱闘の時も笑みを忘れぬ男…ではあるのだが。
「やれやれ、物騒な敵が相手でも俺たちは変わらんね。…クラブ分隊!俺達ゃ、今回慣れねぇ大砲抱えてんだから、足を止めねぇように気をつけろよ!」
マックが肩をすくめながら溜息をつき、気合を入れさせる。
重機動・改が携えているのは身の丈を越えるSF風味の大砲。
名を<グラビティー・ランチャー>。トライデント・グリフォンで培われた重力波砲のノウハウを生かした携帯式グラビティ・ブラストである。
貫通力優先で広範囲攻撃能力は無いし、グリフォンほどの攻撃力も無いがそれでも驚異的な破壊力を持つ。
問題点は重力子発生機関の小型化が出来なかったので未搭載だという事。故に再チャージは出来ない。そこで<グラビティ・ランチャー>発射後は同じ砲身を兼用するレール・カノンで攻撃する。
当然、左肩にはいつもの盾<グラビティ・べイル>が装備されている。
彼等は獲物を見つけた鷹の様に螺旋機動を描きながら、降下。
低高度で二つの部隊に分かれた。
「よーし、さっそく試射するぞ!グレッグ、発射タイミングを合わせろっ!!」
「あいよ、親分。」
二人だけのスペード分隊の重機動・改が低空を這う様に飛行しながら、グラビティー・ランチャーを構える。
「重力子、充填確認!」
「チェック!」
「砲身、ランチャー・モードへ!」
「セット!」
クリシュナの最終確認に合わせて、グレッグが確認の合いの手を入れる。コクピットのモニターの片隅には充填率100%のゲージ、<大砲>の砲身左側にある大きなスライド・バーを重機動・改の左手で引くと<大砲>の全長が伸び、<グラビティ・ランチャー形態>に移行する。
「撃てぇっ!!」
「おっしゃ〜っ!」
テツジンが接近する彼等と対峙する為に正対した途端、二機からの不可視の重力子ビームが襲い掛かる。
しかし、調整不足が祟ったのか、収束率が足りなかったのかグラビティ・ランチャーの砲撃はテツジンのディストーション・フィールドを抜くのが精一杯で霧散してしまった。
「ちっ」
クリシュナは舌打ちしつつも、巨人の至近距離をかするように飛び去り、旋廻する。グレッグも同じ軌道を取らないようにしつつ旋回。巨人から距離を離していた。
隣の紺色の巨人に目をやると、やはり攻撃は届かなかったようだ。三機の重機動・改が悔しそうに回避機動に入っていた。
大砲のスライド・バーを押し込み、レール・カノン発射態勢に。
再攻撃に移ろうとした所で、巨人からビームが発射。
即座に左肩に接続された補助アームによって支えられている巨大な盾<グラビティ・べイル>を構え、光線を重力のレンズで捻じ曲げ、上空へ弾く。
巨人──テツジンがクリシュナへの攻撃の為、動きを止めた瞬間。
テツジンの周囲で隙を窺っていたダイヤ分隊の4機が<ボルテックス・ランス>を構え、四方から突撃。
再展開されたテツジンのディストーション・フィールドが火花を散らして、シン達の空戦・改の行く手を阻む。
想定外の圧力にテツジンはフィールドの維持に全力を傾ける。
つまり、テツジンはその巨大な両足を大地にしっかりと踏みしめて、4機の空戦・改とフィールド越しに押し合いを始めた訳だが…
と、言う事は防御に専念していたクリシュナもフリーになったと言う事。
タイミングを計っていたグレッグは、クリシュナと肩を並べて急上昇。
そして、クルリと反転。
大地に向かって最大戦速。右手を<グラビティ・ランチャー>のグリップから放し、盾に装備されていた<ディストーション・ソード>を抜き放つ。
<グラビティ・ランチャー>は、これまた右肩に連結された補助アームが動作の邪魔にならない位置へ移動させる。
そして、剣を頭上に掲げた2機はテツジンのフィールド目掛けて突き刺さる。
舞い散る火花。
4機の突撃で既に限界が来ていたフィールドが、テツジンの腹部に備え付けられた歪曲場発生装置の爆発によって一瞬で掻き消える。
前後左右から回転する歯車を備えた突撃槍を構える空戦・改が。
頭上から、上下逆さの態勢のままで剣を振りかぶる重機動・改が。
それぞれの獲物をテツジンに突き刺す。
空戦・改の槍がテツジンの腰を再起不能に粉砕し、重機動・改の剣がテツジンの両肩を切り落とす。
と、クルリと姿勢を戻した2機の重機動・改がテツジンの胸と背中の位置でホバリング。
まるで鏡合わせの様に剣を片手で振りかぶり、一気に貫く。
胸部を前後から剣が串刺しにする。重力波砲の破壊が決め手になったのかテツジンの両目から光が消え、テツジンはその全力を発揮する事無く、崩れるようにして地面へ倒れたのだった。
木連が誇る人型兵器ジン・シリーズ。そして、木連士官学校の同期であり、トップ3の<三羽烏>が一人、白鳥 九十九が呆気無く倒される光景を見た月臣 元一朗は怒りに震えた。
「クソッ!九十九ともあろう男がっ!!」
九十九が油断したのか?それとも、この小さな人型兵器の操縦士達が九十九より強かったのか?
自分の乗機であるマジンを操り、マジンより遙かに小さい人型兵器の攻撃を避け、歪曲場で受けながら思案にふける。
が、
それも、三機の戦闘機が合体するのを確認するまでだった。
「あれは報告書にあったゲキガンガーもどき!!」
もうじき地球圏に到達する木連優人部隊の先遣隊である白鳥分遣艦隊に所属する元一朗には、地球で脅威となりうる敵の報告書が与えられていた。
ナデシコとトライデント。
もちろん、他にも要注意な部隊は数多く存在するが、木連の大戦力相手に寡兵で破竹の快進撃を続けている存在は少ない。
「それに、よく見たら…こいつ等、要注意部隊の『西洋かるた』ではないか!」
元一朗はゲキガンガーもどきと共にある機動兵器達の盾に描かれたトランプを見て驚愕した。
ちなみに「トランプ」とは切り札という意味で、欧米においては「プレイング・カード」という名前が一般的だとか。「西洋かるた」は16世紀、ポルトガルから伝わったトランプを参考に作られた国産のトランプである花札や百人一首の「よみかるた」を初めとする様々なカードゲームと区別する為に付けられた名前だそうである。
その意味において、101中隊は「切り札」に等しい戦果を挙げ続けている。トランプを部隊マークに選んでいるのは伊達ではないのだ。
不幸にして元一朗に驚愕している余裕は無かった。
合体したトライデント。ジャバウォックが、正面から殴りかかってきたのだ。
咄嗟にジャバウォックの両手をマジンの両手で掴んで力比べを始める。
地球の人型兵器としては破格の大きさのトライデントだが、マジンの方が一回り以上大きい。
「力比べなら此方に分が有るっ!体格も重量も出力も───、俺の勝ちだっ!」
地球上でも相転移炉はそれなりの出力を保障する。
並の核融合炉などでは太刀打ち出来ない。
そう、『並み』のであれば。
トライデントの核融合炉はウリバタケ謹製の改造品である。偶に暴走したり、耐久性に問題があったりしても、その出力は脅威的の一言。それを5基も積んでいるのである。
トライデント・ジャバウォックが咆哮と共に足を踏み鳴らし、全力でマジンを押し返す。
「なっ!?…くっ、このぉっ!チビのくせにぃ……っ!!」
6mほどの身長差がある小兵の分際で、マジンと対等に戦おうとするトライデントに思わず激昂しそうになったが、先の九十九の末路を思い出して咄嗟に跳躍回避装置の釦を押す。
必殺のタイミングで重機動・改からレールカノン砲弾が放たれるのと、マジンが跳躍で姿を消すのは同時だった。
「くっ、卑怯者達め。一対一で正々堂々戦わんかぁ〜〜っ!!」
数百m離れた地点に姿を現すと元一朗は、背中を見せているトライデント達に口部レーザー砲を薙ぎ払うように放つ。
だが、咄嗟に振り返って両腕を交差したトライデントと左肩の盾を構えた重機動・改達は、容易くレーザーを捻じ曲げる。
「おのれ、ならばコレはどうだっ!」
ムンッと両腕で力コブのポーズを取ったマジンが胸部重力波砲を放つ。
初めはバラバラに散って攻撃を避けていたトライデント達だったが、彼等の後を追う砲撃が街にまで及びそうになった時、即座に陣形を組んで重力子の奔流を押し留めた。
そのまま砲撃が終わるまで、文字通りの街を守る盾となる。
しかし、その行動は元一朗の怒りを誘うだけだった。
「糞ッ!邪悪な地球人が正義の味方の真似事だとぉっっ!!…ふざけるなっっ!!!」
三方から降り注ぐ、重機動・改達の大砲から吐き出される砲弾を歪曲場で反らしながら、両肩の重力制御装置をフル回転させて低空を疾走して重機動・改の一機に右正拳突きを放つ。
その重機動・改は咄嗟に左腕の盾で正拳突きを受け止めるが、それは元一朗の読みの内だった。
大きい盾を右腕の鉤爪を駆使してガッチリ、握りこむ。
「くくくっ、掛かったな!ゲキガーーンッ!パイル!!」
テツジンより長い腕の中間に設けられた排気口から蒸気が盛大に噴き出すと同時に右手の穴から巨大な杭が飛び出す。
対歪曲場・射出杭
マジンの誇る超近接対艦兵装である。たとえ一撃で粉砕できなくとも、貫通するまで何度でも叩き込む。そんな凶悪兵装である。
射出杭は盾の発生させる重力場を貫いて、盾のみならず左腕を粉々にする。
慌てた重機動・改は左腕の残骸を撒き散らしながら後退し、他の機体が腕の攻撃圏内に入らないようにしながら牽制の砲撃を開始する。
「馬鹿めっ!そこもマジンの攻撃範囲だ!!」
左腕を別の重機動・改の中心部に向け、射出杭を発射する。
長い腕の分だけ前進した巨大な杭が重機動・改を貫こうとしたが、その重機動・改は盾の重力場の反発力を利用してビリヤードの球の様に自らを弾かせて、杭の攻撃を回避してしまった。
クルクルと弾かれて不規則な回転をする重機動・改だったが、直ぐに姿勢を立て直し再びチクチク効かない砲撃を再開する。
いや、効いていない訳ではない。現にマジンの歪曲場メーターは危険域寸前だ。
と、そこで元一朗は一番注意するべき存在が見当たらない事に気が付いた。
「チェンジッ!ゲキガーンッVィィッ!!」
マジンがマック達に集中している隙に一度合体を解除して、マジンの背後に気付かれないように回り込み、グリフォンへ再合体。
「そんでもってぇっ!ダブル・ぺネトレイト・エクステンション!!」
両腕の槍を全力で放つ。
必殺の間合い、敵は背中を向け無防備、飛び出すロケットパンチ。「殺った!」と確信したアリスだったが、その確信は命中寸前で崩れる。
マジンがギリギリのタイミングで再び姿を消したのだ。
虚しく何も無い空間を飛ぶグリフォンの両腕。
直ちに両腕に帰還命令を発しつつ、アリスはWILLと相談する。
「くっ、また消えた!!WILLっ、これって何!?」
〔詳細ハ・不明。シカシ、ぼそん反応ヲ・検知シタ所カラ・推測スルニ・ちゅーりっぷ・ト・同ジ・ぼそんじゃんぷ・デアル可能性・90%。〕
「ちっ、つまり瞬間移動って事?」
〔オオヨソ・ノ意味・二・置イテハ。じゃんぷ・二・たいむらぐガ・見受ケラレル為、正確・二ハ・瞬間トハ・言エナイケド。〕
「ふ〜ん、タイムラグね。付け入る隙は其処かな?」
〔ぼそん反応検知。12時方向・距離500。〕
WILLの報告通りの位置に虹色の煌きが走り、巨大な人型の形を取り出す。
「はん、もっと突飛な位置に出ると思ったよ。」
トライデント・グリフォンの武装を展開しながらアリスがニヤリと笑う。
「案外、ジャンプの制御が甘いのかもな。」
アリスとWILLの話を聞いていたマックが口を挟む。
「ふん、あれも無敵では無いと言う事か。」
「そんなもんクリシュナ達が既に証明してしまっただろーが。」
アリス、マック、ライリー、キャンベルが一斉に姿を現したマジンへ向けて砲撃を開始する。
が、再びマジンは虹色の閃光と共に消える。
攻撃はマジンの残像を貫くに留まった。
「WILL、ボソン反応を見逃しちゃ駄目だよっ!…って、クリシュナ達は?」
「こちらだ。」
アリスの疑問に答える様に通信に出るクリシュナ。
郊外の森林地帯に全周警戒態勢で布陣中。
「そこはまだ街に近い。敵を此方へ誘引しろ。万が一でも街に被害を出す訳にはいかん。」
重機動・改の鉤爪な左手で器用に手招きをしている。
〔ぼそん反応・検知。7時方向・距離100〕
と、そこにWILLの警告が入る。
即座に101中隊全機にデータ・リンク。各機のメインモニターにマジンの出現ポイントが表示される。
「よし、適度に挑発して森の中に引き込むぞ!」
クリシュナの意に従って、散発的に攻撃し、後退を繰り返す。
釣られるように動き出すマジンだったが、即座にその足が止まる。
マジンの操縦席で元一朗は怒りに震えた。
「ふんっ!この俺にっ、そんな見え見えの挑発が効くかぁっ!!ふざけるなよっ、悪の地球人め!目にモノ見せてくれるわっ!!」
元一朗は即座に愛機を反転させ、川崎市へ向かう。
そして、必殺の一撃を放つ。
「喰らえっ!正義のゲキガン・フレアーッ!!!」
だが、虚無の閃光は街には届かなかった。
クリシュナの指示に従って敵を誘引しようとしたが、肝心の敵が自分達への興味を失ったように進路を変える。
それだけなら、カザマ・シンジは動かなかっただろう。
作戦失敗を上告し、次なる作戦に備える。もしくは、状況に応じて臨機応変に行動する。
基本的に無口で、やる気が無いと非難されかねないくらいに冷静で、でもいざとなれば驚くほど大胆に行動する。
全ては、大切な人を奪った木星蜥蜴への復讐の賜物だった。
後先考えず復讐に狂えば、自分は戦場で簡単に散るだろう。シンという男はそれくらいには自分を知っていた。故に、冷静に確実に。せめて目の前の敵を、一機でも多く。
あるいは怒りや憎悪といった感情が強まりすぎて、心が壊れてしまったのか。
あの人が逝ってしまう前の自分はどうだったのか。もはや思い出す事も出来ない。
だが、攻撃目標である巨人。マジンの動きを見たシンは即座にマジンの意図を察知し、スロットルをアフターバーナーへ叩き込んだ。
脳裏に浮かぶのは、2年ほど前の惨事。
民間航空の長距離国際線の若きパイロットだったシンが、航空会社の本拠地である巨大海上空港・新関東国際空港への着陸コースに機体を乗せた丁度その時。
自分の帰りを空港にて待っていた恋人、ツグモ・リョウコごと、カトンボの群れによる大口径レーザーの集中砲撃で空港を消滅させられた事件。
シンは迫り来るバッタ相手に巨大な旅客機の胴体下半分を占める貨物を即座に捨て、軽くなった機体を神業じみた機動で駆けさせ、辛うじて逃げ切ったのだが…。
結論として恋人を見捨てる形になってしまった事が彼を苦しめ続ける。あの時、空港近海に着水して、生存者を救け出す事が出来たら。もしかしたらアイツも死ななくて済んだのかもしれない…、と。
余談では有るが、積荷を積んでいない旅客機は意外なほど機敏な機動性をみせるという。航空自衛隊の貨物機C−1に至っては周辺国への配慮という訳のわからない理由にしたがって航続距離が国内で精一杯。変わりに機体が軽いお蔭で戦闘機顔負けの戦闘機動が取れるとか。
今、目の前で展開されようとしている出来事はシンにとって、その日の繰り返しの様に思えたのであった。
「また、俺の目の前でそんな真似をするのかっ!」
同僚たちにも聞かせた事が無いような怒声を張り上げ、シンはマジンの正面に捻じり込む。
機体の限界を超える動きに、機体はギシギシという悲鳴じみた抗議と電子音の警報で反抗するが、シンはIFSで更なる無理を要求する。
信じられない速度でマジンの攻撃に割り込んだ空戦・改は左腕のグラビティ・ベイルに全ての出力を注ぎ込む。
警報の合唱にレーダー・ロックの警告音が参加して、さらにコクピット内が喧しくなる中、シンは只一つの事に集中する。
マジンが虚無の槍を放ち、空戦・改が虚無の盾で迎え討つ。
紫電を発する盾ごと重力波砲の砲撃に巻き込まれ、爆風に包まれる空戦・改。
「「「シン!!」」」
シンの唐突な行動に驚きつつも、これ以上仲間を減らしてなるものか。と全速力で駆けつける101中隊。
閃光が消え去り、爆風が去った後に残っていたのは…
左腕を根元から失い、背中の熱核ロケットの中心部、小型核融合炉からも限界を超えた稼動の代償として火花と煙を昇らせていた空戦・改であった。
「ちっ、戦闘不能だ。撤退する。」
シンが平静に言う。
「…ったく。フツーこういう時はもっと違う台詞って奴があってもいいんじゃねぇか?」
無駄に心配かけさせやがって。とマック。
「了解した。道中、気をつけてな。」
とはクリシュナ。
「…くーるだなぁ。」
「…くーるだねぇ。」
ウォーレンとケンがお互い顔を見合わせながら溜息。
「おいおい、俺達の分隊長が戦線離脱だってのにどーしてテメー等はいつもそうなんだ!?」
変なトコだけ真面目なグエンが同僚の行動に文句を言う。
「ではな。」と煙を吐く機体を横須賀基地へ向けて飛ばそうとしたシンだったが──、彼の機体はすでに限界だったのか数m飛んだだけで熱核ロケットが停止。その場に墜落してしまった。
「おい!大丈夫か!?」
グエンが驚いて声をかけると…。
「ああ、生きてる。」
と頭を打ったらしく、額を撫でるシンがコミュニケに出た。
「やれやれ、本当にお前さんは心臓に悪い奴だぜ。」
マックが苦笑しつつ言う。
と、
「あのさぁっっ!!ボク達今、戦闘中なんだけどぉっ!!」
攻撃が自分達に向かってこないからとすっかり、気が抜けてしまった101の面々。
結果、アリスがマジンの相手を一手に引き受けている訳で。
獲物を独り占め出来るのは嬉しいのだけれども、どこか置き去りにされてしまったような感じがして御立腹のアリス。思わず不満を大声でぶつけてしまうのであった。
「くぬっ、このモドキ野郎めっ!!我が木連が誇るマジンが貴様の化けの皮を剥いでくれるっ!!」
マジンの操縦席の中で元一朗が、正面にその姿を見せているトライデント・グリフォンに向かって、右腕を振りかざし、必殺技前のポーズを取る。
「勝利のゲキガーンッ、パイル!!」
重力制御装置で疾走しながら、大きく振り回したマジンの右腕に十分な加速力が蓄えられた所で、射出杭の引鉄が引かれる。
蒸気を噴出して飛び出す杭。
流石のトライデントも空間歪曲場を無効化するこの杭には歯が立たない…無抵抗で喰らえば、だが。
超低空を滑空し、右手を大きく振り回す紺色の巨人を見て、ニヤリと笑う少女。
「動きがっ、見え見えなんだよっ!!」
そう叫ぶが早いかアリスはトライデントに大地をしっかりと踏み締めさせ、右腕を腰溜めに構え、引き絞った弓を放つ様に、
打つ!
解き放たれた右腕は火を吐く槍と化して、小さなレールを走る。
杭と槍が激突する。
鋭い切っ先と切っ先が正確にぶつかり、大きな火花を散らせた。
空に浮いていた紺色の巨人、マジンがグラリと押し戻され、不安定な態勢で大地にその両足を降ろす。
そこにトライデントが一歩前に踏み出しつつ、右腕を引き戻し、その動作にあわせ左腕を放つ。
理想的な正拳突き。
咄嗟にボソン・ジャンプで回避しようとしたマジンだったが、重機動・改達の砲撃に邪魔されフィールドを展開出来ない。
そのまま、トライデント・グリフォンの巨大な左腕がマジンの腹に突き刺さり、マジンはその動きを遂に止め、ゆっくりと倒れた。
「「「「「よっしゃ〜〜っ!!」」」」」
101中隊の面々が勝ち鬨を挙げる。
「ふふん、口ほどにもない。…会話なんてしてないけど。」
トドメをさせたアリスも嬉しそうだ。
「しかし、変な武装の敵だったねぇ。WILL?出来る範囲で分析してみようか。」
〔O.K.アリス。〕
マジンの直ぐ側まで近寄って、センサーを全力稼動させて分析を開始するアリスとWILL。マーチ・ヘアー形態が一番情報収集に向いているが、他の形態だとしても出来ない訳ではない。
「おいおい、気をつけろよ?何が起きるか判らんのだから。」
冷静なライリーがアリスに注意を促す。
「うん。気を付けてる。そっちはもう一機の方をお願いするね♪」
コクピット内を、分析情報が表示されたウィンドウで一杯にしながらアリスが答える。
「やれやれ。」
「ま、熱心なのは良い事さ。」
「分析調査は俺達の仕事じゃねーけどな。」
と三々五々好き勝手な事を言いながら、もう一機のテツジンの方に集まる男達。なんだかんだ言ったって、アリスのお願いは出来うる限りで引き受けてしまうのだった。
仰向けに横たわった愛機の操縦席で元一朗は怒りに震えた。
「くっ!九十九のみならず、この俺までもっ!!おのれぇっ……かくなる上はっ、木連男子の誇りに懸けて貴様等を道連れにしてくれるっ!!」
元一朗が計器盤右端に据え付けられた黄色と黒色のストライプの蓋を開き、中の大きな押し釦を───、一瞬、躊躇ったものの、押した!
と、
トライデントの足元のマジンの両目が赤く光る。
同時にアリスが困惑の声を出す。
「…あれ?エンジンが生きてる??…なんで全力稼動してるの?」
〔分析結果カラ・推察。相転移炉ノ…
「説明しましょう!これは相転移炉の意図的な暴走による、周囲空間の相転移現象を狙っていると推察出来るわ。」
…相転移現象ノ・確率99%〕
WILLの言葉にかぶせるが如く、唐突にイネスの登場。…といってもコミュニケで、だが。
「簡単に詳細を省いて言えば、川崎市全域を含んだ壮絶な自爆よ。…おそらく草木どころか、土すら残らないわ。」
その場にある全ての端末に乱入してイネスの説明が続く。
「なにっ、そんな広範囲の自爆だと!?」
「ってーか、この人、どうやってリアルタイムで、その事を知ったんだ!?」
いきなりのイネスの登場に色んな事で驚く101中隊の男達。
「ふ、科学者の嗜みよ。」
イネスが後者の問い掛けに髪を撫で上げて答える。
「む〜、それってボクのトライデントをハッキングしたって事!?」
自分の愛機に侵入されたと思ったアリスが不満げに言う。何気にマシン・チャイルドの誇りが傷つけられていたりする。
「いいえ、貴方達のデータ・リンク網にアクセスして、そこの情報から推測しただけよ。トライデントには侵入してないわ。」
結局ハッキングした事に変わりは無いのだが。
「それよりもアリス。貴方、ソコの紺色にハッキングしなさい。時間はあんまり無いわよ。」
「…う〜ん、WILL?ハッキング・デバイス使える?」
〔YES。木星蜥蜴ノ・装備ヲ・参考・二・シタノガ・装備シタ・バカリ・ダヨ♪〕
ウィンドウにハッキング・デバイスの詳細を表示しつつ答えるWILL。
「んじゃ、Let's・ハッキング♪」
片膝を地面に突いて右腕を振り上げ、腕の切っ先をマジンに突き刺すトライデント。
先端に装備されたナノマシン・ハッキング・デバイスが最寄の電子機器に接触。侵入を開始する。
「…う〜〜ん、む〜〜〜。……よし、プロトコル解析っ!早速、相転移炉の制御を戴くよっ!」
ナノマシン脳の性能をフルに発揮しながら、驚異的早さでマジンのシステム解析を終わらせ、相転移炉を掌握しようとするアリス。この速さは木連兵器も地球由来のソフトウェアを使用している為だ。流石のアリスも根源から異質の存在を短時間で解析は出来ない。
だが、
「…あれ?あれれ??…制御システムが無い?…何で?…『自爆設定につき、制御機構は消去済み』だってぇ!?」
「ちっ、用意周到ね。」
舌打ちするイネス。
「…制御システムをでっち上げられるか?」
さらにグルーバーが介入。
「う〜ん、出来なくは無いけど…自爆前に出来るか判んない。物理的に破壊しちゃダメ?」
「「危険ね。暴発の切っ掛けになりかねないわ。停止信号を発するだけでいいからやって見てちょうだい。」」
イネスとグルーバーがユニゾンしながらアリスの問いに答える。
「…判った。やってみる。」
安易な破壊という退路を断たれたアリスがWILLと協力しながら、敵の相転移炉制御システムをでっち上げると言う無茶を成し遂げようとする。全力で集中する為に両目を閉じて、全身に発光現象すら現れていた。
と、進退窮まったその場に更なる介入者が現れる。
「私達なら、何とか出来るかもしれないわ!」
時間は少し遡って、マジンが倒れた頃。廃墟と化したアトモ社の付近に立つ建物の影で戦場観戦中の男と女。
「やった!流石、アリスちゃん!!」
「ふぅ、やれやれね。」
アキトとエリナが顔を見合わせて喜び合う。
と、トライデントが倒した敵の側に近づいて何かしてるのに気付いたアキト。
「あれ?何してるんだろう。」
「…さあ、敵の分析でも始めたんじゃない?」
コミニュケの通信機能を起動して、ネルガルから迎えを用意させようとしつつ、アキトの疑問に片手間で答えるエリナ。
と、いきなり二人のコミニュケが動き出す。
「説明しましょう!これは相転移炉の意図的な暴走による、周囲空間の相転移現象を狙っていると推察出来るわ。」
いきなり二人の前にイネスの映ったウィンドウが展開される。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
いきなりの事に動転する二人。イネスがマジンの周囲の情報機器へ無差別に強制受信コマンドを叩き込んだので、アキトとエリナのコミニュケも反応したのだった。
思わず罵ろうとしたが、どうやら重要な事を話してる感じなので頑張って気持ちを落ち着け、イネスの言葉に耳を傾ける。
イネスの説明だけが流れるかと思いきや、101のパイロット達やアリス。はてはグルーバーの会話まで流れてくる。
どうやら切羽詰った状況だと思ったアキト。
もはや絶望的な状況だと理解したエリナ。
二人の温度差が違うまま、エリナは手元のアタッシュケースに目をやって、一人頷いた。
「テンカワ!…貴方なら、皆を救える。」
「え!?…む、無理ッスよ!?俺は唯のコック見習いだっ!…エステも無いのに、あんなのどうにか出来るわけ…。」
「ちっがうわよっ!!そういう話じゃないわ。ええぃ、説明するのも面倒くさいっ!…見なさい!これを!!」
勝手に盛り上がって、俯くアキトに激怒するエリナ。アタッシュケースを抱え、アキトに見える様に中身を晒した。
「これは…CC!?」
アタッシュケースの中に入っていたCCの一つを手に取ったアキトが言う。
「このCCを全部使えば、チューリップの真似事が出来るはずよ!コレであの木星蜥蜴の巨人を月の裏側にでも、ボソン・ジャンプで放り出してしまいなさい!」
「そんなっ!?…出来ないッスよ!以前の時は無我夢中だったし…。」
「なら、無我夢中でやんなさいっ!!…大丈夫、出来るわ。だってアンタは既に成功してるんだもの。」
うろたえるアキトに発破をかけるエリナ。異常なほど、アキトの能力に自信を持っていた。
不安を微塵も感じさせないエリナの言葉に、やる気を引き出されるアキト。
「…うぅ…。よし!やってやる!!」
エリナの差し出すアタッシュケースを掴み、マジンへ向かって一直線に駆け出すアキト。
しかし、徒歩で駆け抜けるには少々距離がありすぎる。
駆け出して直ぐにその事に気付いたアキト。周囲を見渡すと、好都合にも単車が倒れているのが見つかった。
駆け寄って引き起こす。
乗り捨てられたのか、その単車には鍵が掛かったままで即座に運転可能だった。
「…誰か知らないけど、少し借りますっ!」
単車に跨り、持ち主には聞こえないだろう断りを入れるアキト。アタッシュケースはハンドル前の買い物籠に入れる。
鍵を始動位置まで回すと速度計左上のニュートラル・ランプが点く。速度計下のバッテリーランプはフル充電されている事を示していた。アキトは右グリップのアクセルを回し、モーターが正常に回転する事を確認した後、左側にあるシフト・ペダルを踏み込み、ギアをニュートラルから1速に入れる。
電動モーター独特の音を鳴り響かせながら、単車は軽快に走り出したのであった。
ちなみに、この単車。名をウルトラ・カブ50と言う。
その名の通り、超ベストセラー・ミニバイクのレプリカモデルである。
質実剛健なデザインはそのままに、動力をガソリン・エンジンから電動モーターへ。モーターに変えた事で立ち上がりの加速度はオリジナルを越えたと言われている。
超伝導バッテリーが供給する電力は当時のスーパー・カブの航続距離にも匹敵するという謳い文句で庶民の足として親しまれている。
車体は赤と銀のストライプ。某3分しか戦えないと言いつつ5分以上戦ってる御仁のようなカラーリングである。
アキト操るウルトラ・カブは、テツジン達が荒らした台地をしっかりと踏み締め、さらに加速させる。
既にギアは3速。
速度計は振り切れて60kmオーバーである事を示し、警告ランプが点滅しているが、アキトはソレを全力で無視した。
見る見る倒れた巨人が、アキトの視界の中で大きくなる。側に片膝付いたトライデントと一緒に。
「うわっ!?」
次第に近づく光景に目を奪われていたのが失敗だったのか。
ウルトラ・カブは斜めに傾いだ瓦礫を踏み台に天を舞った。
そのまま、マジン目掛けて放物線を描く。
「マ〜ジ〜で〜〜っっ!?!?」
混乱しつつも直感に任せて車体を引き起こし、後輪から着地。
しかし、ビギナーラックもそこまで。着地の勢いを殺しきれなかったアキトはウルトラ・カブもろともスピン、そして転倒。
「痛って〜…」
転倒時にぶつけた肩を撫でながらマジンの上で立ち上がるアキト。どうやらスピンのお蔭で運動エネルギーの大半を消費出来たらしく、目立った外傷もない。
ウルトラ・カブはマジンに突き刺さったトライデントの右腕に当たって停止。横転し、カラカラとタイヤが鳴る側にアタッシュケースも転がっていた。
急いでアタッシュケースを拾い上げたアキトの側でコミニュケが起動する。
『テンカワ!?…何でこんな所にいるの?死ぬよ?』
アリスの要点を抑えすぎた言葉がアキトに突き刺さる。
『彼にこの物騒な代物を飛ばして貰うのよ。…さあ、テンカワ君。アタッシュケースの中身を撒きなさい!』
反論しようとしたアキトを差し置いて、エリナがコミニュケ越しに説明してしまう。
とりあえず、やる事やらないと。と、気持ちを切り替えたアキト。
盛大にアタッシュケースの中身をばら撒いた。
そして、ポケットに入れておいたCCを取り出す。
CCを右手に握り、力を入れようとした所で不意に気が付いた。
「…、結局…どうやったら動くんだ?」
途方にくれたアキト。そこにWILLの状況報告。
〔目標ノ・相転移炉・臨界突破。爆発マデ・1分切ッタ・ヨ。〕
「何してるのテンカワッ!!早くやりなさい!!」
エリナも激を飛ばすが戸惑ってしまったアキトには、ノレンに腕押し。豆腐にカスガイ。糠に釘。
「躊躇ってる場合じゃないわよっ!火星の時を思い出しなさいっ!!」
必死に発破をかけるエリナ。自分の命だけではなく、自分のプロジェクトの進退も掛かっているから必死である。
そのエリナの言葉がアキトに火をつけた。
「火星…、シェルター……、木星蜥蜴………、アイちゃん!!!」
アキトの右手から放たれる蒼い光。
周囲に散らばったCCがその光に反応し、空に浮かび上がる。
それぞれのCCが光を反射し、光を放ち、キラキラと幻想的な光景を浮かび上がらせる。
その時、
『WILL、これから起こる現象を、全ての観測機器を使い最優先で記録しろ。記録データはSSS級機密に区分。発令者はテオドール・グルーバー大尉。』
〔YES・最優先事項、認識。以降、コノ記録ハ・SSS級機密・二・設定。〕
グルーバーがWILLを使って状況の記録に乗り出した。
唐突なグルーバーの行動に戸惑うアリスだったが、それも空中に穴が開くまでだった。
「!?…なに、あれ。」
咄嗟に、マジンに突き刺したままだった右腕を引き抜き、後退しようとするが…
「うっ!?…動かない!?」
空中の穴に引き寄せられるのか、トライデントは片膝立てたまま一歩も後退出来なかった。
今は辛うじて均衡状態にあるようだが、穴の吸引力は次第に強まっているようにも感じる。
と、そこでマジンの胸の上で放心したまま蒼い光に包まれ、佇むアキトの姿を見る。
即座にトライデントのコクピットハッチを開き、アキトに肉声で呼びかける。
「テンカワ!ソコは危ない!!コッチに来てっ!!」
しかし、アキトは放心状態のまま。
焦ったアリスは自分でも予想しなかった行動に出た。
下腹部にあるコクピットハッチから飛び出したアリスは、立ててある左膝を伝ってマジンの上に降り立ち、アキトに近づく。
余談だが、トライデントはその形態でコクピットの位置が変わる。基本的にアリスがジャバウォックUに乗る事を好むからでもあるが…。ジャバウォックの時は首元の前側、マーチ・ヘアーの時は首元の後ろ側、グリフォンの時は下腹部である。
アキトの側に来たアリスは、左手を引っ張って強引に連れて行こうとするが、放心状態のアキトはビクとも動かない。
業を煮やしたアリスは自身の怪力にモノを言わせてアキトを担ぎ上げる。
身長が足りない為、両足を引きずるハメになったが、グイグイと人一人担ぎ上げているとは思えない速度でコクピットに戻ってゆく。
コクピットに手が届きそうになった時、アリスは更なる異変に気が付いた。
体が空に浮き始めたのである。
ふと回りを見渡すと、トライデントもマジンも浮き上がっている。
テンカワもアリスが抱えてなければ真っ先に浮き上がっていただろう。
空を見上げると真っ黒な穴がグイグイと近づいてくる。
いや、自分たちが近づいているのだ。
一瞬呆けてしまったが、穴の先がどうなっているのか判らない以上、生身でいる事は危険すぎる。
全力で右手を伸ばして、ハッチの縁を掴む。
片手で自分とアキトをコクピットの中へ叩き込む。
「WILL!」
〔ハッチ・閉鎖。〕
穴にマジンもろとも突っ込むのと、コクピットハッチが閉まるのは同時だった。
目の前で空中に空いた穴に吸い込まれるマジンとトライデントを只、見守る事しか出来なかった101中隊の男達。
「おいおいおい!!嬢ちゃんまでトライデントごと消えちまったぞ!?」
「一体全体なんなんだ!ありゃ!!」
「訳判んねぇぜ!だれか説明出来る奴がいたら、してみやがれっ!!」
あふれ出す違和感そのままに、感情のまま叫びだした。
しかし、最後の言葉がいけなかった。「説明してみやがれ」と発言をした男、グエンは後日、後悔と共に語ったという。
『いいでしょう。説明しましょう!!』
男達の眼前に大きく開くコミニュケのウィンドウ。
ウィンドウの中でDrイネス・フレサンジュがホワイトボードを背に嬉々としてボソン・ジャンプの説明を始めた。
数時間後、アキトがいない事に気が付いたユリカが強引な言い訳で駆り出したナデシコが川崎市郊外に到着するまでイネスの説明地獄は続いたと言われている。
第19話 完。
あとがき
え〜、またまたお待たせして申し訳無いです。それでも読んで下さる方には感謝の言葉しか無いです。
読んで下さって有難う御座います。m(_ _)m
さって、今回はようやくボソン・ジャンプのお話。
何気に書き始めの頃、ボソン・ジャンプの事をすっかり忘れてまして、火星からの脱出の話を書き終えた後「げ、アキト達のボソン・ジャンプの経験値が足りなくなる?」と大いに焦ってしまいました。
って訳で、強引に話を展開してしまったという訳です。
更に、本来なら今回はナデシコのエステバリス隊が活躍する予定だったのですが、自力航行が出来ないほどに破壊されたナデシコが即座に戦線復帰というのもアンマリだと言う事で佐世保に寄港させました。2週間でほぼ復旧完了ってのも無茶な感じですが。
ま、ナデシコ本船が戦う訳で無し。と書き進めていくうちにふと気付く。「テツジン達が暴れるのって、佐世保やなくて川崎やん!」
自分の話においてはオモイカネ君の軍に対する印象は悪くないんで(ルリの友達であるアリスやWILLの影響と地球圏脱出時に軍と事を荒立てなかった為)オモイカネ反乱の話を入れる訳にも行かず、「いつの間にか直ってました」という事も出来ない訳で。
しょうがないから出張ってもらいました、101中隊。…いやぁ、使い勝手いいなぁコイツ等。
ほんとだったら、イツキ嬢に死んでもらうか、どうしようかと悩んでたんですけど。
落ち着いたシンが再び復讐に狂うってのもネタとして有りかなぁと思ってただけに、こんな展開になるとは自分もびっくり。
ま、いっか。
さて、今回のネタ。
『説明しよう!』
以前にも使いましたが、コレはガキの時に見たアニメ「キャット忍伝・てやんでぇ」から。
サンダーバードのノリやピザ屋の癖にあからさまに屋根に大砲乗っけてる様とか、大砲の展開するカラクリとか心ときめかしてました。もう、大好きでしたね。カラス忍者達の雑魚ップリが忘れられない(笑
ああ、あの無理を通せば道理も引っ込む物語。素敵だった。
『ゲキガン・パイル』
これはActionの投稿作品『なぜなにナデシコ特別編』番外編第5話から。音威神矢さん、いつも参考にさせて頂いております。
正確には他作品からの引用ではないですが、ナデシコ本編を含めて、活躍してないっぽいんで使ってみました。
なんでこんな素敵アイテム誰も使わないのかな?使い勝手の悪さが最大の要因でしょうがね(苦笑
では、次は月にてアリスが大暴れの予定です。6月中には投稿できたら良いな…と思っとります。
代理人の感想
「説明しよう!」といったら故・富山敬さんだよなー、と思いつつこんばんは。
突っ込むべきはむしろ名前を覚えてもらっていただけで天にも上る心地になっているセガール君かもしれませんが。
一番不幸なのは自分が不幸である事を認識していない事だ、とはよくいいますねー(爆)。
にしてもエリナが八面六臂の大活躍ですな。
多分本編でもこれくらい有能なはず(社長秘書になったのがアカツキの引き立てでなければ)なんですが、
どうも全般的にイメージ悪いからなぁ(苦笑)。
ただこう言うエリナさんも色々ステッキーなのでもう一回位は活躍を期待してもいいかな?