それを、奇跡と呼んで良かったのでしょうか。

次元震を引き起こすはずだった防衛プログラムを自己崩壊させたのは、一人の少女の涙で……。

……涙は永劫の闇を晴らし、彼の者を光の元へと導いた。

心持たないモノの心はどこへ消えて行ったのでしょう。

少女の心に傷跡を残し、それでも朝はやって来る……。

……この夜明けは呪いか、福音か。

長き旅路の果て、一人の旅人は別れを決意します。

悲しみを、もう二度と繰り返さないようにと……。

……ま、ソイツの決意は見当外れだったんだけどよ。

ちょ、フラットちゃん!?

そうだよ、フラット!
台本通りにしないとっ!

ええい、イイじゃねぇか。
アドリブだっつーの!

ともかく、魔法少女 アブサード◇フラットA’s 最終回。

始めるぜっ!







 

 

魔法少女リリカル☆なのは 二次創作

魔法少女!Σ(゚Д゚) アブサード◇フラット A’s

第7話 「夜天に主はいまし、世は全て事も無し?」

 

 

 

 

 ◇ すずか ◇

 

 「「メリーッ、クリスマーーースッッ!!!!」」

私とアリサちゃんの声が月村邸パーティホールに響くと同時にクラッカーが音を立てます。

でも、クラッカーを鳴らしたのは私、アリサちゃん、そして家の使用人のノエルとファリンだけ。
四人とも手に持てるだけのクラッカーを持って、一度にパンパン鳴らしています。

「あ〜、沢山用意しちゃったから、消費するのも大変だわぁ〜〜」

どこかトゲのある言葉でそう言うのは、
使ったクラッカーを足元に用意したごみ箱に捨て、新しいのを鷲掴みにするアリサちゃん。

「……あ、
クラッカー鳴らすの大変だったら、私達も手伝いたい……の」

オズオズとアリサちゃんに言うのは、なのはちゃん。
物凄く、クラッカー鳴らすのをやりたそうにしています。

「あら?
なのは、やりたいの?」

「う、
うんっ!!」

「そう……。
でも、駄目ーーっ」

「え、ええっ!?
そんなぁ〜、酷いよアリサちゃん……」

「酷いのはアンタ達よっ!
なによっ!
私達に今まで、魔法の事黙っててっ!!
秘密にしとけって言うなら、喜んで黙ってたわ!!
実際に協力出来なくても話を聴くぐらい、一緒に悩むくらい、
いくらだって……出来たのにっ!!
私達の友情がその程度だったって事実が信じられないわっ!」

怒りがぶり返したアリサちゃんが怒涛の勢いで、なのはちゃんを責めます。



そう、
結局、安否確認とパーティ参加のメールが届いただけで、
昨日のクリスマス・イブも姿を見せず、今日の学校が終わった後、
このパーティ会場に直接現れた、
なのはちゃんとフェイトちゃん、付き添いのクロノさん。

なのはちゃんの肩にはユーノ君。
フェイトちゃんの足元にはアルフちゃん。

さらに、はやてちゃん、ヴィータちゃん、リインフォースさん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラ君の八神家一同。

最初は、今まで姿を見せなかった、なのはちゃん達を心配した私とアリサちゃんだったのだけれど……。

フェイトちゃんを見た時に私達の心配はどこかに飛んでしまいました。

なぜなら、

フェイトちゃんが、

ドンヨリした目付きの3歳児ほどの女の子を抱き抱えていたからです。
フリルと毛皮の付いたサンタルックな服がラブリー。

私達の第一声は「「きゃ〜〜っ、可愛い〜〜〜っ!!」」。

フェイトちゃんの腕に抱かれた子を、
アリサちゃんは頬をプニプニ、ナデナデ。
私は頭をナデナデ、手をモ二モ二。

「で、どうしたのこの子?
フェイトちゃん達の妹?
アメリカに行ってた理由ってこの子なの?」

とアリサちゃんが言うと、なのはちゃんとフェイトちゃんの表情は戸惑い気味になって、
フェイトちゃんが抱き抱えている子は眉間に皺を寄せてそっぽ向きました。

その瞬間、私の脳裏に今この場に居ない一人の女の子の姿が浮かびました。

この子と同じ、銀髪赤目で釣り目の女の子。

「……ひょっとして、
この子、フラットちゃん?」

そんな事がある訳有りません。
フラットちゃんは私達と同じ年齢なのだから、常識で考えるならこの子は妹か親戚かという所でしょう。

でも、私の直感は「この子こそがフラットちゃん」だとハッキリ示していました。

そして、月村の人間にとって、己の直感は何よりも確実なモノなのです。

「……何言ってるのよ、すずか。
そんな訳ないじゃない。
あの人相悪いフラットが縮んでもこんなに可愛く……あら?
アンタも人相悪いのね」

フラットちゃんの頬を突付いて言うアリサちゃん。

「そ、そそそ、ソウダヨ?
コノ子ハふらっとジャナイヨ?
別ノ子ダヨ?」

フラットちゃんを抱き、挙動不審そのままな反応をするフェイトちゃん。
なのはちゃんは、半笑いで「あはは〜〜」と成り行き任せな雰囲気。

以前、一度だけ会ったクロノさんは額に手を当てて疲れた様子。
ユーノ君とアルフちゃんは、人の言葉が判るのか挙動不審な素振りを見せています。

私はじっとフェイトちゃんを見つめました。

「……、
……、
……、
……ちっ!
こっち見んにょにゃーっ!!
そーだにょっ!
俺がフラットだにょっ!
縮んで悪かったにゃっ!ド畜生みぇっ!!」

「「……にゃ?」」

私とアリサちゃんが真っ先に反応したのはフラットちゃんの話す語尾。

「にゅ……、
舌が回らんのら……」

ほっぺたをプクーと膨らまして機嫌を悪くするフラットちゃん。
ちなみにフェイトちゃんはこちらに来た時からずっと満面の笑みです。

うん、気持ちは良く分かるよフェイトちゃん。
だから、後で私にも抱っこさせてね♪

「……かっ、可愛い……っ。
じゃなかった。
それってどういう事よ!
人が縮むって、魔法でもなきゃありえないわよっ!!」

現実の懐が想像以上に深い事に気付き始めたアリサちゃんが、マユを吊り上げながら常識を叫びます。
と、クロノさんが「魔法でも普通ありえないさ……」と一人溜息。

「なに?
本気で魔法なんてあるって思ってるの?」

クロノさんの呟きにアリサちゃんが噛みつきました。
なのはちゃん達も驚いた表情でクロノさんを見つめます。

「……いいの?
クロノ君?」

「もはや、秘密にしきれないだろう。
と言うかフラットを連れて行く時点で秘密には出来なくなると想定しなよ。
それに、
君が管理局に入ると言うのなら、家族と親友には事実を伝えておくべきだ。
原則的に、管理外世界において魔法は秘匿されるべきものだが、
管理外世界の人間が管理局に入る事なんか管理局法は想定してないからな……そういう局員、結構多いけど」

いきなりクロノさんとなのはちゃんが相談を始めました。
……管理局?

「ちょっと、無視しないでよ!」

「あ、ゴメン」

アリサちゃんの声に謝るなのはちゃん。
なのはちゃんは姿勢を正して、何かを打ち明ける様子。
自然と私達も話を聞く為に背筋が伸びました。

「……あの……実はね、
私達、魔法使いなんだ……」

「「はぁぁっっ!?」」



……結局、あの後、
「証拠見せてよ」と迫るアリサちゃんの為に幾つかの魔法が実演されて、
私達はこの世に魔法が存在するのだと言う真理を得た訳です。

「……ねぇねぇ、はやて。
アタシもアレ、やりたい!」

「ん〜?
でもな、ヴィータ。
私等、飛び入り参加のお客さんやからなぁ、
なのはちゃん達が出来へんのに、私等がやったら感じ悪いやん」

「ううっ、そーなのか……。
楽しそうなのに……残念……」

話し声に引かれてそちらへ向くと、ヴィータちゃんとはやてちゃんがクラッカーを指差して話をしていました。

別に、このクラッカー禁止令はアリサちゃんだけが言ってる事だから、私的には関係有りません。
そういう訳でクラッカーを両手に抱えて、はやてちゃん達の下へ向おうしたら……。

「はいっ、クラッカーよ!」

一足先にアリサちゃんが、ヴィータちゃんへクラッカーを渡していました。

「い、いいのかっ?」

「当然よぉ♪
飛び入りのお客さんなら盛大に歓迎しないといけないものねっ!」

「あっ、
ありがと〜〜っ!!
アリサ、イイ奴!!」

ニッコリ笑ったヴィータちゃんがクラッカーを鳴らして更に大きな笑みを見せます。

「ごめんなぁ、アリサちゃん。
私等も魔法の事、黙ってた口やのに……」

「あら?
でも、はやては私達が心配して「悩み事があるなら相談に乗る」って言っても無視するほど薄情じゃないものね?」

「え?
……う〜〜ん、
そもそも私、アリサちゃんと付き合い無いしな。
すずかちゃんと最後に話した時は魔法の事、殆んど知らんかったし興味無かったし……」

カラリとした表情のアリサちゃんに何か申し訳なさそうな、はやてちゃん。

「まぁ、いいんじゃないかな?
もう秘密は無いんだしね」

進展しなさそうな二人の話に私が割り込みました。

「あ、クラッカーのお替りどーぞ♪
そちらの皆さんも♪」

ついでに両手に抱き抱えた沢山のクラッカーを八神家一同へ配ります。

「やった!
すずかもイイ奴!!」

と、持てるだけクラッカーを持つヴィータちゃん。

「む、では一つ」

とシグナムさん。

「あらあら、有難うございます♪」

とシャマルさん。

「お、俺もなのか?
……いや、判った。では一つ」

とザフィーラさん。
ザフィーラさんは魔法の実演で人型になって以来、人のままです。
ちなみにアルフさんとユーノ君も人型になって、ユーノ君限定で小さい騒ぎが起こったり……。

「残りは私が預かろう。
……主はやて。
どうぞ、お一つ」

とは、リインフォースさん。
なんでも夜天の書という魔法使いの相棒らしくて、
ご主人様であるはやてちゃんへ甲斐甲斐しくお世話をしています。

「ありがと、リイン。
……んー、
でも、なのはちゃん達が楽しめへんのに、私等だけってのも……な」

と、リインフォースさんからクラッカーを受け取ったはやてちゃんが難色を示します。
そんな反応に過敏に反応するアリサちゃんは……。

「ええいっ!
もうっ!!
判ったわよっ!!
なのは達もクラッカー持ちなさいよ!
もう一回、
パーティ開始の掛け声するんだからっ!!」

アリサちゃんの言葉に皆が笑顔になって、準備します。
一人、膨れっ面のままなフラットちゃんもいるけれど、フラットちゃんもクラッカーを手にしました。

「……、
まぁ、色々あったけど、もう水に流すわ。
だから今からは純粋にパーティ楽しむのよっ!!
……それじゃ、せーーーのっ!」

アリサちゃんの音頭に合わせて、パーティ会場にいる皆が手に持つクラッカーを掲げて、

「「「「「「「「メリーッ、クリスマーーーースッ!!!!」」」」」」」」

そうしてクラッカーが盛大過ぎるほどに鳴り響き、
ようやく、クリスマスパーティーが始まったのでした。

 

 

 ◇ リインフォース ◇

 

 耳の中でキーーンとクラッカーの破裂音が響いている。

「リ……リインっ?
今の大爆発は一体何なんっ!?」

隣に居た主はやては両手で耳を押さえて困惑の表情を浮かべている。

「はっ……、
クラッカーは一斉に鳴らすのが宜しい様なので、
私が預かっていたクラッカーを一度に全て鳴らしてみました」

クラッカーの後部から飛び出している紐を一本に纏めて、花束状になったクラッカーを無理矢理持って鳴らした訳である。
このやり方を考え付いた時は「流石は魔導の蒐集者、夜天の書たる私だ」と自画自賛したのだが……。

「……。
ああっ、もうっ!
なんでこの子は、肝心な所でボケボケさんになるんやぁ〜っ!」

ボケ……。
ぼける事。
何か他の状態が長く続いた後、しばらくの間元の通りには頭が働き出さない事。

……はて?
先の私の行動は「ぼけ」の範疇に入るのだろうか。

主の言動に首を傾げると、
私の真似をしようとクラッカーを集めてシャマルに止められているヴィータが視界に入った。

「……では、主はやて。
ヴィータも『ボケ』の範疇に入るのでしょうか?」

「へ?
……あ〜〜、アレは評価が難しいなぁ。
う〜〜ん、ヴィータの場合はなんて言うべきやろ……」

口元に手を当て考え出す主はやてへ、背後から回答がもたらされた。

「ありゃ『ガキ』っつうんら」

舌足らずな発音の為、どうにも語尾が微笑ましい事になっているフラットだった。

手足の長さが短くなり、気を抜くと転ぶ為、
真剣な様子でゆっくりヨタヨタと歩いて来た。

手にはチョコスティックの箱を持ち、口に一本咥えて悪ぶったつもりの笑みを浮かべている。
本人は悪党のつもりなのかもしれないが、どうにも愛らしい印象しか周りに与えられていないようだ。

……しかし、どうやらフェイトの永久抱っこから逃れる事には成功したらしい。

と、悪口は見逃さないヴィータがフラットを睨み付けた。

「テメッ……。
……ふ、ふ〜〜んだっ!
三歳児になっちまった奴にガキ呼ばわりされても悔しくないモンな〜っ♪」

始めは真っ直ぐ怒鳴り込むかと思ったが、フラットの現状を見直して冷やかす事に変更したようだ。

「だみゃれ、永年八歳児」

「なっ、なにおーーーーっ!?」

だがフラットの方が一枚上手らしく、アッサリと反撃を食らってしまった。

「こっ、このヤロー、
マトモに舌回らない癖にぃぃっ!」

「お前もにゃ」

「アタシはちゃんと喋れてるぞっ!!」

「……にゃのは」

「は?
……なんだそりゃ?」

「にゃのはらよ、にゃのは。
高町にゃのは。
『名前をちゃんと呼んで貰えなかった』って言ってたのら」

「あ……ああ、なにょはか」

「にゃのは」

「なぬは」

「にゃのは」

「なにゅは」

「にゃのは」

「にゃのは」

「なのは」

「にゃのは」

「にゃのは?」

「にゃのは!」

いきなり始まった、発音練習会。
始まったのがいきなりなら、終わるのもいきなりだった。

「……ちょっと!?
なんで、いきなり私の名前連呼するのっ!?
しかも発音変なまま固定だし、フラットちゃんはコッソリちゃんとした発音したよねっ!?」

半分涙目の高町なのは登場である。

「ぷっ、
くくくくっ……。
あははははっ!!
あかんわぁっ!
ヴィータもフラットちゃんも芸人ビックリの面白さやでぇっ!」

主はやては「なのはちゃんのツッコミも完璧」と、楽しそうにおなかを抱えて大笑いしている。

なるほど、主はこういうのがお好みか。
……良いぞ、
ヴィータ、フラット、なのは。
もっとやれ。

「たまたまら。
深い意味は無い……じょ?」

ヴィータに「そうだろ?」と同意を促すフラット。

「お?
おお、偶々だぜ??」

ヴィータはコクコクと良く分からずに頷く。

なのはは「むぅぅっ、はぐらかされたの」と不満顔になった。

「……、
そうだ。
それじゃあ、
皆の名前を呼んで、滑舌のテストなの!」

何が「それじゃあ」なのか判らんが、唐突ななのはの提案。
どうやら、自分の名前をちゃんと呼んで貰えない事がどうにも不満の様だ。

「……誰から?」

と、妙な諦めを見せたフラットが、なのはに聞く。

「えっと、それじゃあ、はやてちゃん一家から!」

と、なのはが左手で、主はやてを示した。

「……はやて」

「はやてっ!」

フラットとヴィータが答える。
主はやては笑顔満面である。

続いて、なのはが私を示す。

「リインフォース」

「リインフォース」

……こ、これはちょっと嬉しいかもしれない。

私が不思議な感触に震えている間も続けて、他の者達を次々に指し示すなのは。

「シグナム」

「シグナム」

「シャマル」

「シャマル」

「ザフィーラ」

「ザフィーラ」

「クロノ」

「クロノ」

「ユーノ」

「ユーノ」

「アルフ」

「アルフ」

「フェイト……ってうぉわっ!?」

「……フェイト」

はやてちゃん一家が終了して執務官達からフェイトに順番が進むと、
名前を呼ばれたフェイトが感極まって再びフラットを抱き締めた。

少女が幼女を抱き、頬擦りする様はこの場にいる皆の心を暖かくした。

フラットは「誰かタスケテ」といった目で周囲を見渡すが、
皆の目尻と頬を緩める効果しかもたらさない。

「……じゃ、このまま続けよっか」

と、なのはがアリサへ手を向ける。

「えっ……ちょっ!?
…………、
……アリサ……」

「アリサッ!」

「まずは俺を助けろよ!」という表情をしたフラットが、現実を受け入れてアリサの名前を呼び、
先ほどアリサに良くして貰ったヴィータは元気良く彼女の名を叫んだ。

「……すずか」

「すずかっ!」

ヴィータ的に好印象だったすずかも同じ。

「ノエル」

「え?
あの人、ノエルっていうのか?」

「ファリン」

「……ファリン?」

そして、使用人の二人の名前まではヴィータの知るところではなかったので、ヴィータだけは疑問声になった。
使用人の二人は「その呼び名で正しい」と言う風に微笑んでヴィータにお辞儀をする。

ともかく、
これで当人達以外の、この場にいる者達の名前は呼び終わった訳だ。
皆、ニコニコ顔である。

そして、なのはがオズオズと期待を込めた面持ちで自分を指差して質問した。

「じゃ……、私の名前は?」

……なるほど。
皆の名前はちゃんと呼べるんだから、自分の名前もちゃんと呼べるよね?
と言う事か。

だが、相手が悪かったようだ。
ニヤリと笑ったフラットが口を開く。

「にゃのは」

「にゃのは」

フラットのみならず、
ヴィータにまで正しく発音されなかった、なのはがガクリと膝を付く。

「はうぅ……、私の名前ってそんなに呼びづらいの?」とすっかり落ち込んでしまっている。

主はやてと言えば、口元に手を当てて必死に愉快な時に出る身体反応を押さえようとしている。

……ふむ。
これが芸の基本「二度ネタ」という奴か。

誰が一番最初に吹き出すのか、不思議な緊張感が漂うパーティ会場に涼やかな声が響いた。

「……フラット。
駄目だよ、ちゃんと呼んであげて?」

「みゅ……。
フェイトに言われたらしょーがにゃいな……、
落ちちゅけ、なのは。
な行が発音しづらいだけで、お前の名前は問題にゃいからよ……」

フェイトにさとされたフラットが渋々と口を開くと、なのはの表情が劇的に変化した。

落ち込んでいた顔から膨れっ面へ……と。

「むーーっ、
じゃあ、なんでちゃんと呼んでくれなかったの?
……ヴィータちゃんも」

「う……、
それは……フラットに釣られて……かな?
で、でも、
ちゃんと名前呼べるんだぞ、なのはっ!」

ヴィータの台詞になのはの表情がようやく良くなった。

「……くっくっくっ、
今まで色々と邪魔されてきた意趣返し……という意識が無かったとは言わせないにぇ〜〜」

フラットが幼女らしからぬ邪悪な笑いを浮かべる。
……が、どうにも可愛さが先に立ってしまう。

「なっ!?
アタシはそんなに狭量じゃないっ!!」

しかし、ヴィータはフラットの言葉に本気で怒っていた。

「じゃ、
純粋に苛めたかったのかにゃ〜〜」

「うっ……、
そ、そりゃ……ちょっと、なのはの困った顔が見たかったけど……。
ってーか、お前の台詞の語尾がムカつく!」

「おやおや、三歳児に無理難題おっしゃりますにゃぁ」

フェイトに合図して抱っこから下ろして貰ったフラットが、ヤレヤレと肩を竦めて言う。

「くっ、
そんだけ難しい言葉が発音出来るのにっ!
テメー、絶対アタシを馬鹿にしてるだろっ!
もう許せねぇ、グラーフアイゼン!!」

胸元のペンダントを手に取り、グラーフアイゼンをデバイス形態に変形させるヴィータ。

「OK、やるなら相手になってやるにぇ!
こちとら、いきなり幼児にさせられてストレス溜まってたんにゃっ!
アーーールギュロスッ!!」

フラットも胸元のペンダントを手にし、アルギュロスをデバイス形態に変形させた。

が、

その直後、ゴトリと重い音がパーティ会場に響き、
会場の空気が止まった。

フラットの足元にはアルギュロスが転がっていた。
彼女の手が小さすぎて、アルギュロスを握れなかったらしい。

「プッ、
あ〜〜〜〜っはっはっ!!
おててが小さくて、デバイス握れませんってかっ!!
あっはっはっ!!」

「ぷぷぷっ、
笑ったらあかんって、ヴィータ。
さっきのフラットちゃんの呆気に取られた顔とか面白すぎやけどなーーっ。
くっふふふっ……あっはははっ!」

大笑いするヴィータと主はやて。

二人に釣られて皆が笑い出した。

そして顔を真っ赤にしてマユを吊り上げるフラット。

「……。
……デ、
デバイスが使えなくても……、
魔法は使えるんにゃーーーっ!!
フォトンランサーっ!!!」

両手を突き出したフラットの前面に魔法陣が展開し、銀の魔弾が飛び出した。

っ!?
イカンッ!
主にも当たるっ!?

咄嗟に主はやてとヴィータの前に飛び出した私。

その私に迫る銀の魔弾。
衝撃に備えて身構える。

……そして、青い障壁が魔弾を弾いた。

「……遊びの範疇を逸脱しているぞ」

ザフィーラが障壁を展開してくれたのだ。
当人は私へ恩を着せるような事も無く、フラットへ忠告を述べていた。

「……うるへ〜〜。
テメーはいっっつも、俺の攻撃を邪魔しやがって。
次は、テメーの障壁をぶち抜いてやるからにゃ……盾の守護獣」

膨れっ面のフラット。
しかし、ザフィーラを犬呼ばわりしない分、当人なりに反省はしているのかもしれない。

「助かったザフィーラ」

「いや、どうと言う事は無い。
……なんにせよ、己の責務を果たせるのは喜ばしい事だ」

私がザフィーラへ礼を言うと、彼は僅かに肩を竦めてそう答えた。

……確かに彼の言う通りだ。

ウムウムと頷いていると、背後から主の声が聞こえたので振り返る。

「リインフォースもありがとな♪」

「?」

「リインも身を挺して私を守ろうとしたやん。
ザフィーラも『ありがとう』やけど、リインも『ありがとう』や」

主はやてのお言葉に頬が熱を持つのを自覚する。

背後でフラットとついでにヴィータが、フェイトとなのはとクロノ、シャマルに怒られている様を感じながら、
私は今朝の出来事を思い出していた。





「……、
結局、修復は叶わないのか?」

ヴォルケンリッターのリーダー格、炎の将シグナムが失望を押し殺した声で聞く。

「ああ。
夜天の書の基礎構造の損壊は致命的だ。
……遠からず、自己修復機能が『あの』暴走する防衛プログラムを再構築してしまうだろう」

私がそう言うと、湖の騎士シャマルが自分でもその可能性を信じてない声色で質問をする。

「管制プログラムたる貴女でも……無理なんですか?」

「ああ、無理だ。
損壊前のプログラムデータが存在すれば話は違ったのだが、
それ自体が私から失われて久しい」

「……元の姿が判らなければ、直しようも無いと言う事か」

盾の守護獣ザフィーラの静かな言葉に「その通りだ」と私は答えた。

「……主はやては大丈夫なのだろうか?」

と、シグナムが主はやてを見つめながら呟いた。

「それは大丈夫だ。
私からの侵食は止まっているし、リンカーコアは正常。
現在、歩けないのは長期間足が使えない状況に置かれて筋肉が萎縮してしまっているだけだ。
時間をかけてリハビリすれば、再び歩けるようになるだろう」

私の言葉にヴォルケンリッターの四人がホッと息を吐いた。

今、私達は管理局の次元航行艦の一室に集まっている。
ベッドで寝ている主はやてを囲むように私達は話をしている訳だ。

「そう……、
それなら、まぁ、良しとしましょうか……」

「ああ、心残りは無いな……」

「防衛プログラムが無い今、夜天の書を破壊する事は簡単だ。
『ギャラルホルン』も有る……。
そもそも破壊しちゃえば、暴走する事は無いんだし……。
一緒に私達も消滅するけど……」

シャマル、シグナム、ヴィータが次々に口を開く。

シャマルとシグナムには死を受け入れた気楽さが、ヴィータには諦め切れない口惜しさがあった。

「……いや。
お前達は消滅しない」

私がそう言うと四人が驚きの表情で私を見つめた。

「あの騒動の中で忘れたのかもしれないが、お前達は今、夜天の書から離れた独立稼動状態だ。
今ここで私が消滅しようと、お前達にはなんの影響も及ぼさない。
だから、
逝くのは……私だけだ」

そう告げる私を四人が見つめる。
喜ばしいはずなのに、何故か四人の目付きは悲しみに満ちていた。

「……そっか。
でも、結局はやてを悲しませる事になるのはかわらねーんだよな……」

悔しそうなヴィータの言葉。

彼女の言葉を否定する事が出来ない。
だが、このまま私が存在すると再び先の騒動が起きる事は避けられない。
今回は辛うじて消滅させられた。
しかし、次も上手くいくとは限らないのだ。
主はやてへの負担も大きいし、そもそも、主はやては防衛プログラムすら「家族」と言い切るお人だ。
二度も三度も「家族殺し」をさせたくない。
……やはり、この問題は禍根から断つべきなのだ。

「……独りで逝くつもりなのか?」

ザフィーラの疑問。

「いや、
介錯人……という訳ではないが、管理局に一人付き添いを出して貰う事を願い出ている」

ザフィーラの言葉に答える私。

「クロノ執務官ですか?」

シャマルの質問に私は首を振って答えた。

「いいや、フラット・テスタロッサだ」

私がその名前を口にした時、シャマルとヴィータの表情が大きく変わった。

「ちっ、よりによってアイツかよ」

「あ……彼女ですか……」

「?
何か、フラット・テスタロッサに含むところがあるのか?」

私がそう聞き返すと、二人はそれぞれ違う表情で答えた。

「当然だっ!
あんなイヤミな奴、顔も見たくない!!」

「ある意味、私が一度殺しちゃったみたいなものでして……。
謝って済む問題じゃないと思うんですけど、アレ以来まだ話もしていないので」

「謝る必要もねぇ!」とプリプリ怒るヴィータと、更にショボーンと沈むシャマル。

「ふふん、
あの者ならば存外、自分が殺されかけた事も気にしていないかもしれんな」

「……確かに。
アレには一応、戦士の気骨があった……判りづらかったが」

彼女等に対して、かすかに微笑むシグナムと複雑な表情のザフィーラ。

「……戦士……ですか?」

「うむ。
フラットならば、剣を手に戦った以上、
敗北した事を悔しがりこそすれ、殺されかけた事を逆恨みするような真似はするまい。
その程度の覚悟は出来ているだろう……おそらくな」

シャマルの呟きに、ウムウムと頷くシグナム。

その光景を見た私は、
ヴォルケンリッターの四人にこれだけ違う印象を与えるフラットという人物と最後に話が出来る事に楽しみを見出していた。



……の、だが。

どうしたものだろう。
肝心かなめのフラットがまだ、ヴィータと一緒に怒られている。

「あ〜あ、
せっかくフラットとヴィータちゃんで魔法戦が見られると思ったのに〜」

「ちょっと、
アリサちゃん不謹慎だよ。
……確かに私も見たかったけど……」

「あは、
あは……ははは……」

残念そうに話すアリサ、すずか。
その二人の言葉に、乾いた笑い声を出す主はやて。

フラットとヴィータがその気になれば、いくら非殺傷設定でもここいらが吹き飛ぶのは間違いあるまい。

案外、主はやての脳裏には先日の戦いの情景が映っているのかもしれない。

……しかし、どうしよう。
前もって管理局にフラット・テスタロッサを見届け人とするよう依頼したのだから、
彼女の了解を得ないと消え去る事も出来ない。

今、話しかけられないから……と手をこまねいていたら、明日になっても話が出来ないかもしれない。

出来るだけ早く消滅しないと、防衛プログラムが私を乗っ取ってしまう。
今日明日で急変はするまいが……。

なにより主はやてに、この事を知られたくない。
今朝、主はやての枕元で散々ネタばらししてたけど、それとこれは別……だろう。
……そういう事にしておこう。

「……あら?
この転がってるペンダントってフラットの落とした銃の元のヤツ?」

アリサが宝石と貴金属で出来た銃弾状のペンダントを拾う。

【お初にお目に掛かるッス。
自分、ご主人のデバイス、アルギュロスッス】

アルギュロスが弾頭の宝石部分をチカチカと光らしながら自己紹介。

「あら、主人に似合わず礼儀正しいのね。
私はアリサ・バニングスよ」

「私は月村 すずかだよ」

「私は八神 はやてや〜」

【ドモドモ〜ッス。
それじゃ、そちらの姐さんは?】

「む、私か?
私はリインフォースだ」

アルギュロスが私にまで声をかけたので思わず応対。

【う〜ん。
リインの姐さんは体があって良いッスねぇ。
自分は生まれたばっかなのに、ご主人に置き去りにされてばっかりで凹みそうッスよ〜】

「……それは中々に難しい問題だな。
ふむ、では自立稼動用の浮遊術式でも組んで見るか?」

「……ねぇ、
魔法の事良くわかんないけれど、言葉面を捉えて想像するに、
ソレってアルギュロスが独りでに空を浮いて移動するって事?」

「アリサの洞察力は素晴らしいな。
その通りだ。
置き去りにされて困るのなら、自力で追い付けば良い」

うむ、我ながらナイスアイディアと言えよう。

あまりの見事な解決っぷりに主はやてとアリサ、すずかが目を円くしている。
ふふ、
賞賛の言葉ならいくらでも受け付けるぞ?

胸を張ってその言葉を待ち構えていると、

「……それ、アウト」

と、呆れた様子のアリサが口を開いた。

否定された驚きに一瞬、体が強張る。

な、何故だ?
これ以上の解決策は無いぞ??

私の表情を見て、更に呆れた様子のアリサが説明を始めた。

「あのね……。
想像してみて、誰も手にしていない銃がフワフワと宙に浮いて移動するのよ?
……怖くない?」


アリサは何を言っているのだ?

「いや、それが普通ではないのか?
私は体が魔導書の時も、自発的に浮かんで行動していたのだが……」

自分が出来るから、別に普通だと思うのだが。

と、主はやてがオズオズと手を上げた。

「……ゴメン、リインフォース。
独りでに動いてた時、ナチュラルに恐かったで……」

ガーーーンッ!?

そ、そんなっ!
私は主を怯えさせる駄目な魔導書だったのか……。

略して駄書。
もしくは、駄目なデバイスで駄バイス。

駄書、駄バイス……。

おお、なんという駄目な響き。

駄目な私に相応しい……。

と、膝を付いた私に主の暖かい恩寵が聞こえた。

「あっ、でもアレやでリインフォース。
今はお姉さんな人の形しとんねんから、
歩きまわったり、浮いたり、飛んだりしても恐く無いで?
むしろ可愛いくらいやっ!!」

「……いいのです、主はやて。
所詮、私は駄書。
それに、今の私も可愛いという形容詞が似合わない顔つきと言う事くらいは判ります。
そもそも表情筋があんまり動かないし……。
どうせ、お化け屋敷で幽霊のアルバイトをするのが関の山です……」

「……う〜〜ん、
リインがお化け屋敷におったら、一人身のお客さんが増えそうやなぁ。
『惚れました幽霊さん!結婚してください』って花束持って言われそうやね」

「「ああぁ、確かに」」

主はやての言葉にアリサとすずかが頷く。

……正直、人間の男性に求婚された所で、その思いには応えられないのだが……。

なんとか精神を建て直そうとしていると、
ヴィータの声が聞こえてきた。

「……ウメーッ!
コレ、ウメェッ!!
……とは言っても、はやての料理にはかなわねぇけどなっ♪」

「ふっ、
その生意気なしぇりふも、このシュークリームを口にした時に撤回する事になるのら」

「言ったなっ!
はやての料理はギガうまなんだぞ!?
ソレを越えるなんて、ありえねーぜっ!!
……はむっ、
モキュモキュ………、
…………ゴックン。
……そ、そんなっ!?
はやてを越える奴がいるなんて……」

「くっくっくっ、
世界は広いのら。
そもそも小学生が最強主婦にして無敵のパティシエ、桃子さんに敵う訳が無いのら」

「……桃子……恐ろしいヤツっ!!」

「二人とも……私のお母さんをグラップラーか何かに勘違いしてない?」

「戦う以前に、あの微笑みで対戦相手を圧倒してしまいそうだけど……ね」

「ああ、それは確かに」

「はぁ、どういう人なのかさっぱり判らなくなっちゃいました……」

自慢気に話すフラット、驚愕に撃ち震えるヴィータ。
誤解されていることに困惑のなのは、苦笑ぎみのフェイトの台詞に頷くクロノ、呆れるシャマル。

……話を聞いてると、自分の悩みが物凄くどうでも良く思えてきた。

結局、その日は夜遅くまで大騒ぎになった。
具体的には、フラットとヴィータが疲れて眠るまで……いや、眠ってからが本番だったかもしれない。

眠っても弄られ続けるフラットとヴィータが哀れに思えてしまったほどに。

そして、
フラットに話をする事が出来なかった私はアルギュロスに言伝を頼む事にして、辛うじて目的を果たす事に成功した。

 

 

 ◇ フラット ◇

 

 【御主〜〜人、朝ッスよ〜〜っ!!
新しい朝ッスよ〜〜。
希望の朝ッスよ〜〜、起きてラジオ体操ッス〜〜っ!!】

晴れ渡る空、爽やかな朝。

俺の目覚めを促したのはスズメの鳴き声でなく、体育系デバイスの掛け声。

……風情が無い……。

不愉快になった俺は寝返りをうって二度寝する事にした。
どうせ、今日もリアル着せ替え人形扱いを受けるのだ。
なら、少しでも惰眠を貪って精神を休めるべきだ。

うん、ソレが良い。
寝る子は育つと言うし、少しでも寝てれば体も元に近づいてくれるかもしれん。
ちらりと見た自分の手は昨日よりも大きくなっていたが、まだ5、6歳レベルだ。

【ちょっ!?
駄目ッスよ、御主人!!
今朝は予約が入ってるんスからっ!!】

「……ああん?
予約ぅ〜〜?
知らねぇな……キャンセルしとけぇ……」

俺は寝るのだ。

【ああっ、
勘弁して下さいッスよ!
リインフォースの姐御の頼みなんスから、無下に出来ねぇッスっ!!】

「……あぁ?
あの魔導書が俺になんの用だ?」

【……ええっと、
詳しい事は聞いて無いんスけど、二人っきりで話がしたいそうッスよ?】

……。

怪しいな。
はやて最優先のアイツが俺限定で話がしたいだと?

しかも、アルギュロスにわざわざ言伝を頼むくらいだ。
よほど誰にも知られたくないと見た。

……、
野郎、俺を人知れず始末する気か?

面白い、やって見せて貰おうじゃねぇか。

「くくくっ、
返り討ちにしてやらぁ」

【お、やっと起きたッス。
……でも……返り討ち?】

ベッドから起き上がる。

周囲を見渡すと、俺の部屋じゃなかった。

……無駄に金の掛かった、しかしシックな内装。

アリサかすずかの家?
そういや、昨日はパーティの最後に不覚にも眠っちまったんだったな。
じゃ、すずかの家に厄介になったのか。

まぁいいや。

と、ベッドから降りようとすると、服が引っ張られた。

「……うにゅ……フラット……」

振り返ると……袖を掴んだまま眠るフェイトが隣で寝ていた。

袖を振り払おうと思ったが、万力の様に握り込んでいる。
強引に引き抜くと、起きてしまいそうだ。

「……じゃ、そのまま握っとけ」

俺のモットーは即断即決。
いつのまにか着せられていたパジャマの上着を脱いで、フェイトの拘束から離脱する。

フェイトは抜け殻のパジャマを抱き締めて「むにゅむにゅ」と御満悦の表情を浮かべていた。

俺が抜け出たお蔭で乱れた布団を整え直すと「へくちっ」とクシャミが出た。

「む、
そういや上半身裸じゃねぇか」

なだらか過ぎる胸から腹、そこから下はパジャマのズボン。

やっぱり、贔屓目に見て6歳相当の体格だ。

はぁ……、
これから無茶な魔力行使は控える事にしよう。
下手に魔力を使い果たしたら、又こんな悲劇が起こりかねん。

ベッド脇のテーブルに置いてあったアルギュロスを掴んで命令する。

「バリアジャケットを展開しろ」

【普通の服は着ないんスか?】

「昨日の服はサイズが合わん」

【了解ッス】

【舌足らずな御主人も可愛かったんスけどねぇ】と呟くアルギュロスが今の体型に合わせたバリアジャケットを展開する。

アルギュロス自身はペンダントのままだ。

アルギュロスをコートのポケットに突っ込み、コートのボタンを留める。

【おや、珍しいッスね。
コートのボタンを留めるのは】

「ふん、
こうしておけば、変な目でみられなくて済むだろ?
……それに外は寒いしな」

バリアジャケットは耐熱耐寒耐真空etc……なフィールドを発生させる万能防具だからボタンを留める必要は無い。
だが、知らない人から見ればクソ寒いのにコート全開な変態一歩手前野郎に見られてしまうだろう。

「……っと、
さっさと行くか。
それで、待ち合わせ場所はドコなんだ?」

【こちらになるッス】

空間モニターとして現れた魔法陣に地図と道のりが表示される。

「……微妙に遠いな。
空間転移で行くか、歩くの面倒臭ぇし」

【……術式展開ッス】

銀色の光が視界を覆い、足元に展開した魔法陣が俺を目的地へと誘う。

目を閉じ、

目を開くと、

俺は海鳴の町を見下ろす、山の中腹に作られた公園風展望台に立っていた。

周囲は一面雪景色。

真っ白な視界の中、展望台の手すりにもたれかかる銀髪で長身の黒っぽい格好をした奴が居た。
具体的には某銀河鉄道のメー○ルみたいなコートと帽子とブーツ。

リンディとエイミィが、
なのはとフェイトが、
ファッションに気を使わない女にどういう対応をするかは実体験で良く分かっている。

はやてのヤツが一番乗り気だった辺り、侮れない。
ヤツも要注意だ。

「……う〜寒っ。
よう、
待たせたか?」

「……いいや。
そんなには待っていない」

歩み寄る俺にそっけなく返す女、リインフォース。
超然とした雰囲気と格好が似合って、不思議な気品をかもし出している。

リインフォースのヤツは振り返らずにそのまま海鳴の町を眺め続けているので、俺もその隣まで移動した。

「寒い寒い」とコートのポケットに手を突っ込む。
バリアジャケットのお蔭で我慢出来る寒さだが。

しばらく黙っていると、リインフォースが口を開いた。

「……美しい景色だ。
この景観を破壊せずに済んだ事を、誇らしく思う……」

「ふん。
どうって事は無い唯の地方都市だがな」

「ならば、世界はそれだけ美しいという事なのだろうな……」

「それで?
俺に何の用だ?」

「……お前は風情が無いな。
ここは賛同するか、お前の見解を述べるべきだろう」

「今の俺は世界の美しさよりも、
この後訪れるだろう着せ替えタイムをどう切り抜けるか、の方が重大なんだよ」

「なるほど、
同じ風景も個々人の、その時の感情によって大きく変わると言いたいのか。
中々、哲学的だな」

「……勝手に言ってろ」

「フッ……。
まぁ、
お前をわざわざ呼び出したのは、私が消滅する際の見届け人になって貰いたくてな」

「あん?
なんだそりゃ?」

俺がそう言うと、リインフォースが周囲を見渡した上で頷き、
更にもったいぶって答えた。

「お前が、今回一番迷惑をかけた一人であり、
同時に私達に一番近い存在だからだ」

「……はぁ、
そんなモンかね?
お前に迷惑かけられた覚えも無きゃ、魔導書になった覚えも無ぇが」

「?
お前にとって、リンカーコア奪取によって死の危険を味わった事は迷惑の範疇に入らないのか?」

今まで海鳴市を見つめていた目を俺に向けて、リインフォースが不思議そうな顔をした。

「あれは俺とヴォルケンの連中の戦いの結果だろうが。
次があったら連中は返り討ちにしてやるが、テメーは手ぇ出しちゃいねぇだろ」

「……、
夜天の書復活という目的の為にお前を狙ったのだがな……」

「俺にも俺の目的があったから、お前等の喧嘩を買ったんだよ。
負けたのはクソムカつくが、喧嘩の借りは喧嘩で返すのが筋だろーが。
……どうせ、もう一つの「私達に近い存在」ってのも、俺がテメー等魔法生命体に近い存在だからか?
くだらねぇな。
そりゃ、俺がそういう形なだけで、俺である事にゃ関係ねぇぜ」

「フンッ」と鼻で笑ってやると、
リインフォースのヤツはなんとも言えない微妙な顔をしやがった。

畜生、無性にタッパが足りないのがムカつく。
なんか猛烈にコイツを見下してやりてぇのに、体格的に見上げる形になるのが屈辱だ。

「……ふむ、
そうか。
凄いな、お前は。
……尚更、お前に私の最後を見届けて貰いたくなった」

「クスクス」と含み笑いをしながらいうリインフォース。

……、
はぁ、くだらねぇ。

なんでぇ、早速再戦のチャンスが回ってきたかと思ったらそんな事か。

俺はポケットの中で握り締めていたアルギュロスを手放して、ポケットから両手を出した。

「で、
なんでまた唐突に「最後」だの「消滅」だのするんだ?
はやてに嫌われたか?」

「……いや、そうではない。
私には強力な自己修復機能がある。
そして、防衛プログラムの消失は修復機能にとって直すべき事項なのだ。
直した結果が壊れている防衛プログラムの暴走再開だろうと、修復機能にとっては関係が無い。
直すべき本来のデータと差し替えられば良いのだが、そのデータは遠い過去に失われてしまったのだ」

「よって、早急に消え去らないと再びあの悲劇をもたらしてしまう」と、リインフォースが告げた。

「……ふぅん?
その自己修復機能とやらは、自分じゃ止める事は出来ねぇのか?」

「ああ。
その名の通り、本能的な全自動システムであるが故に管制プログラムである私には止められない」

「じゃ、
現在、夜天の書にとって不調な部分はあるのか?」

「??
……いや、失われた機能や新しく得た機構はあるが、不調は無い」

「現在の夜天の書にとって、自己修復機能は害悪である?」

「!?
……なっ……いや、
……ああ、確かに。
確かに害悪だと言える。
いっその事、除去してしまってもなんら問題無い。
実際に除去する手立ても無いし、除去すれば根幹システムがバグを発生させる可能性も大きいが……」

「ふぅん?
切り離せねぇのか。
じゃ、夜天の書の修復機能を稼動させてる部分の魔力供給を切っちまえばいいんじゃね?
お前、管制プログラムなんだろ?」

「なっ!?
……、
お前は、面白い事を考えるヤツだな。
どうやったら、そんな考えが思いつくのか……。
しかし、答えはNOだ。
先に言った様に、自己修復機能は夜天の書の根幹と密接に関わっている。
家のブレーカーを落とすように簡単にはいかん」

ああっ、もうっ!
面倒臭ぇヤツだなホントにもぉっ!!

そもそも、なんで俺はコイツの問題に首突っ込んでるんだ!?

「ええぃ、面倒なヤツっ!!
そんじゃあ、テメェの主電源落としちまえば、自己修復とやらも不可能だろがっ!!」

「なっ、なにぃぃっ!?!?」

家電製品扱いされたリインフォースが目を白黒させる。

「そもそも、テメーはデバイスだろーがっ!
壊れたんなら、整備屋に預けろやっ!!」


リインフォースが呆然とした顔で俺を見つめている。

「……い、いや、
しかし……私はベルカのあまりにも古いユニゾンデバイスだから……手が出せないと管理局の人間が……。
……時間も無いし……」

指をモジモジとさせて、リインフォースが呟く。

「どうして、時間を稼ぐ方向へ思考が回らんのかね、コイツは……。
時間さえ確保出来たら、手の出しようはいくらでも有るだろうに……」

溜息交じりに頭を掻く。
体は再構成された癖に、シグナムに切られた髪はそのまま持ちこしになっちまっている。
お蔭で、フェイトに殺されそうな目で睨み付けられたのが嫌な記憶。
グズるフェイトに思う様、俺の髪を弄らせてご機嫌を取る羽目になっちまった。

「……む、
面目無い……」

リインフォースはすっかり縮こまっている。

「それに、ベルカの事なら専門家がいるらしいぞ。
たしか、聖王……教会……とかいう連中」

「なに?
聖王の?
……それは事実か!?」

いきなり顔つきが変わったリインフォースが俺をガクガクと揺さぶった。

「お、おおお!?
近代、ベルカ式……とか言うの……使ってるってっ、よ゛っ!!」

揺さぶられたまま喋ったら舌を噛んだ。

超痛ぇ。

とっさにリインフォースを押しのけて口を押さえる。

リインフォースを睨み付けると自然と涙が滲み出た。

「この野郎、仕返ししてやる」と思った次の瞬間、

「お前ぇーっ!!
フラットに何するーーっ!!!」


いきなり少し離れた茂みから、フル装備のフェイトが飛び出した。

リインフォース目掛けて、バルディッシュ・ザンバーの光刃が金色の稲妻を纏わせて振り下ろされる。

慌てて飛び退いたリインフォースのもたれていた手すりが真っ二つに斬られ、そのまま真っ直ぐ地面まで断つ刃。

「大丈夫?
痛くない??
お口開けて。
スグに治してあげるからね!!」

地面に突き刺さった状態のバルディッシュをそのままに、
フェイトが俺に飛び掛って、強引に口を開いて、治療魔法で噛んだ舌を治療した。

「ふえっ?
ふぇひろ??」

「……もう大丈夫。
お姉ちゃんがちゃんと守ってあげるからねっ!!」

フェイトが普段じゃ考えられないような力で俺を抱き締め、そのまま片手でバルディッシュを引き抜いた。

「……、
リインフォース。
貴女は、私のフラットを二度も傷つけた。
三度目は……有りません!」

バルディッシュの剣先をリインフォースへ向けるフェイト。

「……え?
あ、いや……御免なさい」

唐突な事態に付いて行けず、思わず謝るリインフォース。
それでいいのか、夜天の書。

リインフォースの謝罪を受け、
バルディッシュを待機状態に戻したフェイトが俺を両手で抱き締め、満面の笑みで口を開いた。

「もう大丈夫だからね、フラット。
お姉ちゃんがず〜〜っと側に居るからね〜〜♪
お姉ちゃんに黙って飛び出すなんて、この〜〜っ悪い子♪」

……、
なんだか、フェイトの開いてはいけない扉を全力で開放してしまったような……。

フェイトにツンツン突っつかれながら呆然としていると、
周りに人の気配が複数現れた。

周囲を見渡すと、
藪の中から、なのは、ユーノ、アルフ、クロノ、ヴォルケンリッターの四人が次々に現れた。

そして、最後にはやても出てきた。

「……おいおい、全員で盗み聞きとは趣味が悪いな」

思わずそう呟くと、フェイトが膨れっ面で言葉を返した。

「勝手に居なくなるフラットが悪いんだもの。
お姉ちゃん、朝からフラットを探し回ったんだからねっ!」

「にゃはは……。
まぁ、そう言う事。
フェイトちゃんが、月村邸を上から下まで探し始めて、
アリサちゃんが『私達も協力するわよ!』って盛り上がり始めた所で、クロノ君がフラットちゃん達の居場所を教えてくれて、
そしたら『フラットが心配だ!』ってフェイトちゃんが言い出して、
色々あった末に皆でココに行く事になって、
『これは魔法が関わる話だから』ってクロノ君が私達だけ連れて、ここに来たの」

と、苦笑しながら話すなのは。

テメェが原因か、とクロノを睨むと、

「……勘弁してくれ。
フェイトの泣きそうな表情に、なんとかしてやれって皆の無言の圧力が加わったら話すしかないじゃないか。
状況を説明すれば、納得すると思ったんだが……」

微妙に反省の色を見せるクロノ。

疲れた感じのクロノに思わず、文句をいう勢いが薄れる。

と、はやてが車椅子をリインフォースの前まで移動させて彼女をじっと見つめた。

「……えっと、御免なさい?」

「……なんで、疑問形で謝っとるん。
自分、悪い事したって思ってるのん?」

「え……、
あ、
……はい」

はやての言葉に戸惑いながら頷くリインフォース。

次の瞬間、はやては静かに泣き出した。

はやてを前にオロオロと取り乱すリインフォース。
ヴォルケンリッターの四人はそんな二人へ声をかける事も出来ない。

場の空気が静まり返った後、はやてがゆっくりと口を開いた。

「……あのな、
私、置いてかれるの……もう嫌やねん。
私に忠誠を誓ったヴォルケンリッターの四人も「迷惑掛かるから」って私に黙って犯罪に手を染めるし、
どこまでも一緒やって言ったリインフォースも勝手に消えようとするし……」

はやての言葉にビクンと身体を振るわせる夜天の書一同。

「私ってそんなに頼りないんか?
そりゃ、私はただの小学生やけど……。
やからって、大事な事するんやったら、家族に一言相談があっても良えと思うんや。
なのに、皆勝手に自分等で決断して、
勝手に動いて、勝手に怪我して……」

再び涙を溢れさせて言う、はやての言葉に、なのはが「うっ」と胸を押さえる。
どうやら、なのは自身にも思い当たる節があるらしい。

……ってぇか、それで昨日アリサ達に怒られてたっけか。

フッ、と思わず笑うとフェイトに「コラッ」と頭を殴られた。

「フラットも……同じなんだからっ」

ポタポタと俺の顔に涙を落としながらいうフェイト。

あ〜、
こりゃ、勝てねぇや。

なんでだろうな、俺の方が年上なはずなのに……。

……きっと身長差からフェイトを仰ぎ見る形になってるのが駄目なんだろうな……。
と思ったりしてると、はやてが涙を拭ってリインフォースを睨み付けた。

「なんも出来んくても、せめて心配くらいさせてぇな。
さよならくらいさせてぇな。
私は皆のご主人様なんやろ?
……一緒に歩く事が出来なくても、
一緒の思いを抱く事くらいさせて貰ってもええやん!
お願いやから、
私を一人にしないでっっ!!」

ついに号泣しだしたはやてにリインフォースがすがり付くようにして抱きついた。

そのまま二人で泣き出す。
ヴィータもそんな二人に抱きついて一緒に泣いている。

シグナムは悔し泣き、シャマルは貰い泣き、ザフィーラは……泣いてないけど落ち込んでる。

俺達側に目をやると、なのは、アルフが貰い泣き。
ユーノ、クロノはいたたまれない感じ。

そして、フェイトは泣きっぱなし。

「まぁ、今回はマヌケな理由で舌を噛んだだけだから気にすんな」と、
抱かれたままフェイトの背中を叩くと、「ちがうもん」という涙交じりの返事。

はぁ、
どうしたらいいのやら。

そもそも、俺だって前世の記憶やら今の現状やらで慟哭するほど泣いたって良いと思うんだけどな。

夜天の書に取り込まれた時の記憶で、逆に何かが諦めついた感じがしてちょっと嫌な気分だ。

具体的には「女である自分」を受け入れてしまいそうな……。

それは有り得ねぇ。
断固として認めねぇ。

……でも、生理が来たらどうなるか……。

まだガキの体だから、無視出来ている部分がある事は自覚している。

だが、
逆にこれから、この身体は女として成長していく訳だ。

真っ当にこの身体が成長するのであれば。

ああ、考えたくもねぇ。
俺が男に抱かれる瞬間なんてっ!

……そう言う風に考えられるなら、まだ大丈夫かな。

と、
俺が気を取り直した時には、皆一段落ついていた。

盛大に泣いた事で、わだかまりがどっかに飛んで行ったようだ。

「……、
で、リインは消えんでも大丈夫なんやな?」

目をごしごしと手で拭うはやて。

そんなはやての手を押さえて、ハンカチではやての顔を拭うリインフォースが頷いた。

「はい。
断言は出来ませんが、
古のベルカ最高統治者『聖王』を仰ぐ組織ならば、私を生かす手段があるかもしれません」

そう言って微笑むリインフォース。

「……あ〜、
こういう展開は想定していなかったのだが、
君達が望むのならば、アースラに来ている客人をコチラに連れてきて貰う事が出来る」

二人の話に唐突に割り込んだのはクロノ。

「客人?」

はやての疑問。

「ああ、
聖王教会の騎士だ。
夜天の書対策に協力して貰ったんだが、その成果の確認の為にアースラまで足を伸ばしてくれてな。
当人も「願わくば、夜天の主にお目通し願いたい」と言っていた」

「どうだろうか?」とクロノが尋ねる。

「えっ?
今か?
今はちょっと……涙でボロボロやし……服もアレやし……」

と、はやてが慌てて身だしなみを整えようとすると、俺達の側に転移魔法陣が展開した。

「ふふふっ、
そういう心配は結構ですよ、夜天の主殿」

魔法陣から姿を現したのは金髪の女性。

鮮やかな金髪を腰まで垂らし、カチューシャの変わりにリボンを巻いている。
変形したカトリックシスターの服、もしくはミッション系女子校の制服……と言えなくも無い感じだ。

歳はまだ若い。
俺達とそう変わらないくらいじゃなかろうか。

「初めまして、
私、聖王教会修道士、騎士見習いのカリム・グラシアと申します。
この度は伝説にも謳われた夜天の書、
その主たる八神 はやて殿に御拝謁賜りたく、不躾ながらも罷りこして候」

時代がかった物言いの後、優雅に深いお辞儀をし、
そのままの体勢で、はやての言葉を待つカリム。

ほけ〜、っと呆気にとられたはやてが意識を取り戻し、
慌てて応対する。

「あっ、
いや、頭上げて下さい!!
私、唯の小学生なんでっ!!
魔法の才能見込まれて、リインフォースに選ばれただけやしっ!!」

あわあわ、と両手を振り回して混乱するはやて。

対するカリムはクスクスと笑って、お辞儀を止めた。

「かつての資料によると、夜天の書に選ばれるというのは大変な名誉だったそうですよ。
その栄光も、ベルカが潰え、夜天の書が闇の書呼ばわりされる様になってからは変わってしまいましたが……」

「はぁ」と頷くはやてと、どこか悔しそうな夜天の書一同。

「我々聖王教会も独自にロストロギアの保守管理を行なっている関係上、管理局とはそれなりのお付き合いがあったのですが……、
よもや『闇の書』が我等ベルカの秘宝『夜天の書』だったとは。
この事実を見つけ出してくれたスクライアの方には感謝してもしたりません」

そうカリムが言うと、ユーノが嬉しそうに頭を掻いた。

「そういう訳なので、
我々聖王教会は、総力を挙げて夜天の書の復旧作業に当たらせて頂く事になると思います。
正直な話、ベルカの技術や伝承は途絶えて久しいので、
文字通りの生き字引であるリインフォースさんには何としても生存して貰わないと困りますっ!!」

グワッシと両手でガッツポーズを取るカリム。
背中に炎を背負った幻影が見えてきそうだ。

「……ええっと、
それで、リインを預けるのは……今すぐや無いとアカンのかな……」

「出来ればもっと一緒に暮らしたいな」といった雰囲気のはやて。

そんなはやてに答えたのはリインフォース。

「残念ですが、早ければ早い方が良いのは変わりません」

はやての手に自分の手を重ねて、きっぱりと断言した。

「そっか……、
たった二日しかお話出来へんかったのは残念やけど……、
で、でも、治ったらまた私ん所に帰って来るよねっ!」

「はい、必ず。
私は貴女のデバイスなのですから」

心配そうなはやてに頷くリインフォース。

そんな二人に微笑むカリム。

「あら、
大丈夫ですよ。
八神殿の自宅と教会本部に直通回線を用意すれば済む話ですから。
リインフォースさん次第ですが、その気になれば毎日会話する事だって出来るはずです」

「……ふむ、
主はやての元に転生した時から意識だけはあったから、夜天の書自体の機能は極限まで停止させても、
主と会話する位は出来なくない……かもしれんな」

カリムの言葉にウムウムと頷くリインフォース。

「も〜〜、
なんやぁ〜〜、そういう事なら早く言うてくれたら良えのに〜。
私、今生の別れかと、すっごい寂しかったんやからなっ!!」

ぷくーと頬を膨らますはやて。

そんなこんなで、
はやての管理者権限で、リインフォースをメンテナンス・モードへと移行させ、
夜天の書の形に戻ったリインフォースはカリムに預けられた。

カリムに手渡す際に、
「リインに何かあったら、ヴォルケンリッターの皆引き連れて殴りこみかけますから」
と座った目で釘を刺した辺りが、はやてらしいと言うべきか。

【それでは、向こうに着いたら連絡しますね】

と、カリムに胸に抱かれた状態で、はやてに話すリインフォースIN夜天の書。

「それでは皆様方、
この度のご尽力、聖王教会を代表して深く感謝いたします」

と、俺達にもお辞儀をしたカリム。

「色々手続きする事が増えたから、僕も一度アースラに帰るよ」

と、少し疲れた表情のクロノ。
……っつう事は今回の聖王教会の行動って、思いっきり管理局への横槍なのかね。

そんな3人を飲み込んで転移魔法陣が光を放った。

光が開けると、残ったのは俺達だけ。

「……さて、とりあえずは月村邸に帰るとしますかね……って……」

背のびをしてそう言った俺だったが、
とある一点を見て、表情が固まってしまった。

「あれ?
どうしたの、フラット」

ポンポン痛いの?
と問いかけるフェイト。

「……腹痛な訳なかろうが。
アレを見やがれ」

俺が指差した先には、バッサリと切れ込みが入った地面と手すり。

よほどの高出力だったのか、断面が融けたように滑らかだ。

「……あ、あは、
あはは、は……どうしよう」

自分の仕出かした事に今更ながら、衝撃を受けるフェイト。

「ったく。
しょうがねぇ姉だな。
ほれっ、
月村邸に戻ったらアリサかすずかの家のコネで修理出来る業者探して貰うぞっ!!」

右手をフェイトへ差し出すと、

「う……、
うんっ!!」

嬉しそうな顔してフェイトが俺の手を掴んだ。

手を繋いだまま歩き出す。

ま、偶にはそんな日があってもいいかね。

空はアホみたいに鮮やかに晴れていた。

だから……だろうか。

俺はその後襲い来る悲劇、皆でフラット着せ替え大会の生贄になる事を全力で忘れていた……。

……なんで、6歳児用メイド服とかあるんだよぅ……。

 

 

 ◇ なのは ◇

 

「……ちなみに、
業者に払う費用は全額フェイト持ちな」

「え゛っ……」

「当たり前だろうが。
運がよければ2、30万前後で済むだろうがな」

「……そうなんだ……」

「場所的に足場を組まなきゃならんだろうし、
手すり斬ったから全とっかえになるだろうしなー……って、
ああっ、そんなこの世の終わりみてぇな顔をするんじゃねぇっ!
多少なら援助してやるよっ!!」

「あ、有難うフラット!!」

「利息はトイチな」

「え゛え゛!?」

「嘘だよ。
金返せなんて言わねぇっつうの」

「……ほっ、
フラットの事だから、凄い取立てをするのかと思っちゃったよ」

「はいはい、
俺がどんな風に思われてるのか良く分かりましたー」

「ああっ、怒らないで、フラット!」

……、
私達から遠ざかりつつも繰り広げられる不思議なコント。

「……これも、仲の良い姉妹の会話って言えるのかな?」

「えっ?
う〜〜〜ん??
どうなんだろうね?
仲は良さそうだけれど……」

私の疑問に難しい顔をして答えるユーノ君。

「まぁいっか。
私達もすずかちゃんの家に行こっか。
はやてちゃん達も!」

「ほえっ!?
……ああ、うん、そやなっ!!」

ほけーっと転送魔法陣があった場所を見つめていたはやてちゃんが我に帰って頷きました。

「大丈夫、
すぐ会えるよ。
こっちから会いに行ったって構わないんだしね♪」

はやてちゃんを力づけれますように、と私の言葉。

「……ふふふっ、そやな。
ほんなら、次にリインに会うまでに、
魔法の腕前上げとこっかなっ!!」

「ほんでリインを驚かすんや〜」と拳を振り上げるはやてちゃん。

ヴィータちゃんが「おー!!」と一緒に両手を上げています。

「ほんなら、早くすずかちゃん家へ戻らななっ!
行くで皆!
時は金なり、や〜〜っ!!」

飛び出すように発進するはやてちゃんの車椅子。

「あわわっ!?
危ないですよぅ!!」

と駆け出すシャマルさん。

「よっしゃ、競争だぜっ!」

と走り出すヴィータちゃん。

「やれやれ、
泣いた烏がもう笑った……か。
だが、その方が私達の主に相応しい」

ではな、と私達に挨拶してシグナムさんが走り出しました。

「ふむ、
急ぐのなら、転移魔法を使うほうが早くはあるのだが……」

まぁ良いか、と狼形態に変身して皆の後を追いかけるザフィーラさん。

あっと言う間に、
この展望台に居るのが私とユーノ君だけになってしまいました。

「……そういや、
これからユーノ君どうするの?
しばらく、こっちに居られるの?」

あまり顔を合わせる機会がなかったのでお話し足りないのです。

「ん?
……うん、まぁしばらくはコッチで今回の騒動の後始末の手伝いかな。
実は、管理局の無限書庫から司書にならないかってオファーがあってね。
そしたら本局勤めになると思うよ」

「へぇ〜〜、
凄いな、流石ユーノ君!
あ、でも遺跡発掘の方はどうするの?」

「うん、
そっちも続けてかまわないって話なんだ。
……なのはの方はどうするの?
今回も大金星上げてるんだし、リンディ提督辺りから管理局に誘われてそうだけど」

「うん、
だから、私も管理局に入る事になるの。
今回の事で、私の力の使い道が見えて来た気がするんだ。
はじめはフェイトちゃんやフラットちゃんと同じ嘱託かな」

私にも出来る事がある。
……それは、とてもとても大きな魅力でした。

見上げると青く澄んだ空。

清々しいけれど、どこか寂しい感じがあるのは、
はやてちゃんの涙を飲んで消えて行った防衛プログラムさんの事が心のどこかに引っかかって居るからでしょうか。

『世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ』

かつてクロノ君がそう言ったそうです。

確かにそうなのかもしれません。

でも、私が頑張る事で少しだけでも世界が優しくなったら……。

それはとても素敵な事だと思うのです。


「さ、
僕達も行こうよ、なのは!」

ユーノ君が私に手を差し出します。

「うんっ!!」

ユーノ君の手を取って私達は皆を追いかけて走り始めました。


今、私の周りの世界は優しいです。

 

 

 ◇ グレアム ◇

 

 先の騒動を戦い抜いた少女達は、こっそりと監視していた空間モニターの感知圏外へと走り去っていった。

「……ふむ。
正直、盗み見は良い趣味とは言えないな、リンディ提督」

「否定はしませんわ。
でも、貴方も全てが終わるまで黙って一緒に見て居たのは事実ですわよ?」

「……やれやれ。
で、
私に罪を再認識させてどうしようと言うのかね?」

アースラの医務室のベッドの上で私は肩を竦めた。

「今後の身の振り方の確認……ですかしらね」

リンディ提督も疲れた笑みを浮かべて備え付けのイスに腰かけた。

「確認も何も、
私の行動が表沙汰になると困るのは管理局だ。
聖王教会には夜天の書を持って行かれたし、
運が良ければ、私は依頼退職という形で全ての特権を奪われ、懐かしき祖国で隠居する事になるのだろうな」

運が悪ければ、私は『不幸な事故』で死ぬだろう。

リンディ提督は私の台詞に渋々頷いて、言葉を続けた。

「……でしょうね。
本件も『闇の書』と『夜天の書』は別物であり、
幸運にも『夜天の書』所持者の協力と、若き管理局エース達の尽力を持って全次元世界悲願の『闇の書』消滅を成し遂げた。
という筋書きになるのでしょうか……」

「それが妥当な所だろう。
最高評議会好みの演劇じみた展開だ。
聖王教会への言い訳も立つし、プロパガンダとしても申し分無い」

結局、生きられたとしても私は不必要な端役として、闇に葬られる訳だ。

時間と人員が得られたならば、私とて……いや、今更何を言っても遅すぎる。

むしろ、私が邪魔をしたと言うのに無事にこの騒動に決着が付いた事を感謝したいくらいだ。

ふと、何かに気付いたようにリンディ提督が口を開いた。

「……最高評議会ですか。
好きになれませんね、
特に最近は、何かに追われている様に次元世界の開拓を求めるばかりですし」

「ああ、
私が管理局に入った頃から拡大傾向は強かったがな。
最近は、度を越している。
地上本部の方も、予算と人員を吸われて組織運営もままならないと悲鳴を上げていたよ」

「『陸』がですか?
地上本部といえば、ミッド守りの要として優先的に予算配分がなされていたはずでは……」

驚いたようなリンディ提督の言葉。

「うむ、
最近は我々『海』を維持させる事を最優先にしているらしい」

「……その割りには、
その恩恵にあずかっている実感はありませんわね」

「それだけ無理な拡張政策を取っているという訳だ。
……そうでなければ……どこか他所へ資金を投入しているのだな……」

「まさか!
管理局にだって監査部はあるんですよ!?」

「とはいえ、最高評議会は不可侵領域だ。
実際に何をやっているのか、知れたものではない……。
それに、噂もあるしな」

「噂……ですか」

「ああ、
最高評議会は、長きに渡って探している物があるのだというのだ。
それがなんなのかは判らないのだが……リンディ提督の不満と一致しないかね?」

「……次元世界の開拓……ですか。
その探し物が何にせよ、
『陸』を食い潰してまで成し遂げなければならないとは到底思えないのですが……」

「私も同感だ。
最高評議会の焦りの理由が分かれば、話は違うのだがな。
……ま、それも最高評議会に接触出来なければ、絵に描いた餅にすぎんが」

「……気には止めて置きましょう。
私ごときでは、一生追い詰められないかもしれませんが……」

「おいおい、
飛ぶ鳥を落とす勢いのリンディ・ハラオウン提督とは思えんな。
クラウドを仕留めた時のガッツはどうしたね」

私がそういうと、疲れた表情だったリンディ提督の顔が一気に赤くなって慌てだした。

「えっ、
あっ、だって、あの時は……。
……あの人、とんでもない鈍感だったし……」

「……くっくっくっ、
ゲホッゲホ……。
……そんな表情が出来るなら、君はまだ若いよ」

「なっ!?
……、
人が悪いですわね、ギル小父様」

頬を赤く染めたまま剥れるリンディ提督。
懐かしい呼び名に思わず笑いが深くなってしまった。

「はっはっはっ、
スマンな。
いや、ようやく元気になってくれたか」

「……はぁ、
かないませんね、グレアム提督には」

溜息を付く、リンディ提督。
しかし、もう疲れた気配はどこかへ消えていた。

「流石に今回はきつかったかね?」

「……ええ、
危うく惑星規模な殺戮をする所でしたし、子供達に辛い事を全部押し付けてしまって……」

「だが、
我々指揮官のする事は部下達が十分に働ける環境を整える事が全てだ。
そこから先、実際の作戦は君の言う子供達に預けるしかない。
……とはいえ、今回の作戦における平均年齢の低さはミッドの基準でも問題があったが……」

「判ってはいるんですけど……ね。
……ああ、そうだ。
その子供達の事で、お願いがあるのですけれど?」

「?
何かね?」

「グレアム提督は今後、この地球で隠居なさるのですよね?」

「う、うむ。
これでも管理局での知名度は有るし、そうなる確率は高い……と思う」

「じゃあ、偶にでいいですから、あの子達を鍛えてやってくださいませんか?」

なんとも形容しがたく、断り難い笑顔で私にお願いしてくるリンディ提督。

「う……む。
だが……、あの子達がそれを望むかどうかは……判らんぞ?」

ただでさえ許されざる行為を私はしたのだから……。

「大丈夫ですわ。
あの子達は強くて真っ直ぐですから。
ですから、
ギル・グレアムという男が今まで築き上げた戦闘経験と指揮官として培った知恵を、
これから管理局で苦労するだろうあの子達に分け与えて欲しいのです。
リーゼ姉妹も参加してくれたら言う事はありませんわ♪」

その言葉に、私が寝ているベッドの上で円くなっていた二匹の猫達が顔を見合わせて頷いた。

どうやら私の可愛い娘達はやる気になったらしい。

「……ふむ。
まぁ、管理局から抜けた後も、局員と個人的な付き合いを続けてもなんら問題無い……か。
ついでにクロノ君も付き合ってもらおうかね。
私の娘達のお気に入りだからな、彼は」

私がそう言うと、娘達は「ニャッ」と掛け声を上げて前足を打ち合わせた。

やれやれ、
どうやら私が楽になるにはまだまだ時間が掛かるようだ。

管理局の意向で殺されるのも、罪の償いになるかと思ったが……。

だが、なぜか生き抜く気になってしまっているのだから、人とは不思議なものである。

これから審問に託けたアレコレを切り抜けて生き残れたら、
盛大に、幼くも勇敢な少女達に怒られなければなるまい。

鉄槌の少女は殊更、私の事を憎んでいたようだから、ひょっとしたら命に関わるかもしれんなぁ……。

































 魔法少女 アブサード◇フラットA’s

         完
























 あとがき


 へい、大変お待たせしました。

散々引っ張った上でこんな終わりになりました。

ふっふっふっ、よもやグレアムのオッサンが最後に出るとは誰も想定しなかったに違いない。

かく言う自分も想定外でした。

恐るべしプロット無し小説っ!

とりあえず、一つの区切りだから出来るだけ皆、オチをつけたいナ〜と思った最終回でした。

とはいえ、今回も状況に流されまくったフラット君はつけるオチも無く、前回と同じ感じで。

はやてとリインフォースは、ある意味これから全てが始まる訳で、

なのはとユーノは、まぁ原作っぽく?

特になのはは、ヒロインっぽい締め方が出来たんじゃないかと思ってます。でも、優しい世界の作り方は砲撃魔法撃ちまくり。

フェイトは今回の件で成長するかと思いきや、フラットへの依存が増してしまった感じ。

クロノはいつも通りでお疲れさんって感じですね。

すずかとアリサは拙作では出番がギリギリまで削られてるので最後ぐらいは……ね。

最後のグレアムとリンディの会話は、まぁ、StS編への布石と、最後ぐらい出番があってもいいかな〜と。

ついでだから、これから管理局に飛び込む若人達に英才教育を一つさせてやろうかとグレアム教官出現フラグ。

でも、管理局内のドロドロ陰謀世界から生還出来たらの話。

管理局の闇に飲まれてそのまま帰らぬ人になるかも〜〜とかも考えましたが、一応一時代を築いた提督だし……まぁいっかと生存予定。


そして、リインフォースの生存はA’s編の初めから決定していました。

A’s最終回を見た時の第一声、「ヘイ!お前デバイスだろっ!!主電源落としたら修復プログラムも動かないじゃん!!」

ってえか、オリジナルデータが紛失しただけで諦めるのとか早すぎ。

そりゃ、失えば一つ一つのプログラムを洗い直す、悪夢も生易しい地獄の復旧作業が待っている訳なのでしょうが……。

まぁ自分はパソコンのOSやプログラムの事は詳しくないので偉そうな事は言えんです(爆

でも、現状で一応問題が無く、自動修復機能さえ殺してしまえば話はオシマイなのに、なんで死ぬのかと。

故障箇所はハッキリしてるし、適切な処置をする時間さえ稼げればあっさり復活しそうじゃん?と。

だから今回のフラット君の台詞は自分の意見を投影してみました。

リインフォースのノリの良さは、そんな彼女が視野狭窄気味だという自分の勝手な解釈が入ってる訳ですね。

そんで、はやて嬢の嘆きにはそんな夜天の書一同への不満が篭もってる訳でした。


さて、

今後はA’s編とStS編の中間の話の小ネタを幾つか上げて行きます。

StS編と同時進行でもいいんですけど、まだStS編はどういう展開にするか決まってないんですよね。

フラットの立ち位置は決めたんですが、それが話にどう絡むか、からして未定です。

まずは原作のStSを最後まで見ろという感じですねー(爆









 







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代理人の感想
まぁ古代の超技術を用いたユニゾンデバイスともなると、高度すぎてそう簡単にどうこうする訳にはいかないというのはありそうですね。
つーかそうでも考えないとあの成り行きが納得できない。w
クロノやユーノなら聖王教会の事は知っていたはずですしね。

それはともかく、祝・リイン生存!

その一方で色々黒い伏線とかも張られてますが・・・大丈夫かね、StS編は。
序盤数話で投げたんで、実の所余りよく知らないのですが。

とゆーかStS編って、関俊彦の声で高笑いするなのはさんとか、「ジェットマグナムッ!」と吠えつつ鉄拳制裁するシグナムさんとか、ファイナルフュージョンするスバルとか、子安武人の声でブラックホールクラスター撃つなのはさんとか、そんなイメージばかりやたらと(爆)。


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