彼は、黒かった・・・
二年ぶりに彼女が再会した彼は、どうしようもなく黒かった。
・・・“The prince of darkness”・・・“闇の王子様”・・・
そのときの彼女は、彼がそう呼ばれている事を知らなかった。
そして、彼女は彼を“闇”とは感じなかった・・・他の多くの人間とは違って。
“闇”は純粋だ・・・夜よりもなお暗き“宇宙”に慣れ親しんだ彼女は、“黒”と“闇”の違いをそう認識していた。
・・・“闇”は決して輝かない・・・
・・・“闇”は何者も犯さない・・・
・・・そして、“闇”はそれ以上変化しない・・・
何一つ存在しない凍れる世界・・・他の如何なるものにも干渉せず、また、干渉されない世界・・・。
他のものと並び立つ事はあっても、重なり合う事は絶対に無い存在。
彼女にとって、“闇”とはそういうモノだった。
・・・だから、彼女は彼を“闇”とは感じなかった。
彼の心の底にある、苦悩と、後悔と、憎悪を感じ取っていたから。
静かにたたずむ彼の姿を見て、他の多くの人間が“壊れている”と感じたのと違って、彼女の目には、未だ足掻き続ける彼の姿が、その背後に見えていた。
かつて、“人形”だった彼女を“人間”にしてくれた“純粋な優しさ”も、己の納得できる“戦う意味”を求め続けた“正義感”も、
彼の中から決して消え去ってはいないことを、彼女は理解していた。
・・・だからこそ、彼女には、彼を塗りつぶす“黒”の濃さが解ってしまった。
何も“変わっていない”彼を、そこまで“変えて”しまったモノの“重み”を理解してしまった。
あれほどの“輝き”を塗りつぶしてしまった“黒”。
それをもたらしたものこそ分からなかったが、もたらされたモノの本質は“視えて”しまった。
・・・そんな彼を“視て”、二年前封印したはずの“想い”が彼女の中で蘇った。
『コノ人と、一緒に生きたい。』
それが、世間一般でいう“愛”・・・一人の女としての・・・なのか、思春期にありがちな身近な大人の異性への“恋”・・・恋に恋しているだけ・・・なのか、
それとも単なる“家族愛”・・・義娘あるいは義妹としての・・・なのかは彼女には分からなかったが、そんなことは彼女にとって、どうでもいいことだった。
ただ、事実として、彼女は彼と生きることを強く望んでいた。
二年前、彼女は、家族を失う事を恐れて、その“想い”から目をそむけた。
だが、彼女がこの二年で身につけた“失った事に囚われない強さ”は“失う恐怖に囚われない強さ”でもあった。
“電子の妖精”ホシノ ルリが求める“黒い”男・・・その名を“テンカワ アキト”と言った。
<機動戦艦ナデシコ 〜あの戦場にもう一度〜>
第1章『再起』
第3話『そして王子様は死んだ』
「・・・さっき言いましたよね・・・イネスさんは、ネルガルが保護したって。
・・・宇宙軍よりも早く、ネルガルは“火星の後継者”に気づいてたんです。
ネルガルは確かに落ち目でしたが、一国の諜報機関に匹敵するとまで言われたN・S・S(ネルガル・シークレット・サービス)の質まで落ちてはいませんでしたから。
宇宙軍と違って、商売敵のクリムゾンをピンポイントで調べてましたし・・・。
・・・でも、コトが大きすぎるんで表沙汰にはできなかったんです。
かなりの数の火星の後継者が、統合軍内に潜伏してましたから。
・・・それで、アカツキさんは、危険を承知で、N・S・Sによるアキトさんとユリカさんの救出作戦を実行したんだそうです。」
相変わらず顔をうつむけたまま、ルリは語り続けた。
「・・・結局、作戦は失敗だったそうです。
N・S・Sにできたのは、遺跡に組み込まれたユリカさんを確認する事と・・・死体置き場に打ち捨てられたアキトさんの遺骸を回収する事だけだったんです。」
それまで静かだったルリの声が、変わった・・・なにかを必死にこらえている様な、震える声に・・・。
「・・・死因は、ナノマシンの過剰投与による脳内神経ネットワークの損傷と、度重なる手術による肉体全般の衰弱。
・・・傷めつけられながら、ゆっくりと脳死が進むようなものだそうです。
・・・N・S・Sが見つけたときには、もう腐敗が進んでたらしくて・・・アカツキさん達は、火葬にしたんだそうです・・・ワタシたちには、ショックが強すぎるだろうからって・・・。
・・・残ってるのは、遺骨とIFS用ナノマシンだけです。」
「・・・調べたの?」
何を、とはユリカは言わなかったが、ルリにはわかっていた。
・・・もし、今の自分の話が事実だったら、当然自分も同じ事を考えただろうから・・・。
「・・・間違いなく、本物でした。
DNA照合の結果は、100%アキトさんでした。
DNAバンクのデータ自体が改竄されている可能性もありましたから、そっちも調べました・・・でも、軍の方にもネルガルの方にも、その痕跡は全くありませんでした。
・・・IFSについても、同じでした。」
・・・痛いほどの沈黙。
その中でルリとユリカの視線が交わる事は無かった。
義姉は、受け入れたくない“真実”の体現者たる義妹から目をそらし・・・、義妹は、義姉に“偽り”を語った事への罪悪感から顔を伏せたままだった。
「・・・ごめん、ルリちゃん。・・・一人にしてくれる?」
「・・・ハイ・・・。」
・・・ルリの去った病室・・・けれど、その雰囲気に変化は無かった。
・・・ユリカは、泣いてはいなかった。
・・・長い時間が経って、
「ゴメン、アキト。」
悲しげに、ただ、そう一言呟いた。
〜あとがきっぽいもの〜
ハイ、黄昏のあーもんどです。
・・・やばいです、短いです。
前回、あんなところで引っ張ったせいで、えらく今回は短くなってしまいました。
それでも、今回はここで切るしかないんです・・・性懲りもなく欲望に負けたんじゃないですよ、たぶん。(笑)
ところで、前回・今回のタイトルを見て、『タイトルと、話の内容が一話分ずれてるんじゃないか』と思われてる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは、そういうわけじゃないです。
タイトルになってるのは、確かにその回で起こっている事なんです・・・目立ってくるのが、次の回以降になってるだけで。
こんなやり方をしてるのは、実は、“ジョジョの奇妙な冒険”に影響されてるからなんです。
・・・一ヶ月ぐらい前の大した事なさそうな行動が、実は、計算ずくの布石になってる・・・
ジョセフさんの「またまたヤラセてもらいました〜」ってヤツとかです(あのころは、ほとんどその週の内にネタばらしてましたけど)。
あれが、無性に格好よく感じるんです。
さすがに、あーもんどには、そこまでの布石は打てないんで、“その回で最も重要な出来事”をタイトルでだけ匂わせて、“次の回以降でわかりやすく触れる”ことにしたんです。
・・・でも、こんな凝ったやり方、いつまで続けられるやら・・・。
それと、作中に『脳死が進む』という表現がありますが、厳密に言えばコレはおかしな表現です・・・脳死ってのは純粋な状態名ですから。
ただ、『脳障害が徐々に悪化し、生命維持に支障が出ていくこと。』のイメージにぴったり合う表現が思いつかなかったんで、そういう書き方をしました。
・・・あと、こんな細かな事気にする人はいないかもしれませんが、『DNAバンク』と言うのは『DNA情報のデータバンク』の意味で使ってます。
私は今までに『DNAバンク』なるものの存在を聞いた事は無いんですが、今でも『精子バンク』とか『卵子バンク』というのは実在します。
ただ、それらが保有しているのは精子や卵子そのものであって、その情報ではないんですよね。
(誰のか、とか社会的な情報は登録されてるはずですが、自然科学的な情報は登録していないはずです。)
したがって、『DNAバンク』という表現は、本当は、DNAそのものの保有機関にこそ適当な名前でしょう。
プロスさんが、TV版第一話でDNA照会をしてましたから、ナデシコの世界には、DNA情報そのものが登録されているデータバンクが在るはずです。
作中で言っているのはそういったデータバンクのことなんで、おかしい気もしますが・・・これまた良い表現が思いつかなかったんで、ああ書きました。(笑)
でもね・・・ちょっと専門的な話をすると、22世紀に、DNA情報を電子化しているかどうかは分からないんですよ・・・
現代でも、DNAコンピューターなるものが真面目に研究されてますから、分野によっては記録媒体がDNA化しててもおかしくはないんです。
ひょっとしたら、DNA情報は採取したDNAの形のままで登録するようになっているかもしれません。
ま、小難しい話をしましたが、興味の無い方は聞き流してください。
・・・まず居ないでしょうが、興味のある人は、生物学系・工学系の科学誌とかに詳しい話が載ってますから、そっちを見てください。
(質問されても、私は専門ではないんで、詳しくは説明できません。)
さて、今まではルリの描写ばかりで、ユリカの様子はほとんど書いてこなかったんですが、次回からはその内面が少しずつ描かれていきます。
ユリカは、ルリに語られた偽りの真実に何を思い、どんな答えを出すのか?
次回は、そのことが話の中心になります。
・・・やっぱり、単に引っ張ってるだけか?
追伸:管理人様に言われて初めて気がつきましたが・・・そうです、私はイネスさんの同類です。(爆)
というか、アレ(説明好き)は“科学屋の性(さが)”ですね。
フッ・・・道理で彼女に親近感を覚えるわけだ。
管理人の感想
黄昏のあーもんどさんからの投稿です。
何気に・・・本文と後書きの量が同じのような(苦笑)
本当にイネスさんの同類だと、ご自分で証明されてますねぇ(笑)
今回は短いですので、特に感想を言える場所がないですねぇ
次のお話に期待します〜