彼は王子様だった・・・

彼女にとって、彼は、幼いころから王子様だった。





 なぜそう思っていたのか・・・それは分からなかったが、それでもそれは彼女にとって、疑う余地の無い真実だった。



幼いころ、遊んでいて危うく大怪我しかけた時、彼は自分を救ってくれた。

偉大な父の子供としか見られないことを嫌い、自分らしく生きられる場所を求めてそれまでとは全く違う道に進んだ自分が危機に陥った時も、彼は自分を救ってくれた。

そして、苦難の道の果てに、自分をお姫様として迎え入れてくれた。



それが、彼にとっても真実であったかどうかは別だが、少なくとも彼女にとっては紛れも無い真実だった。





・・・その彼が、死んだ。

父にその事を告げられた時、彼女には意味が分からなかった・・・『ハイ、そうですか。』と簡単に受け入れられるようなことではなかった。





彼女の父も、あまり詳しく語ろうとはしなかった。

・・・だが、父の纏う痛々しい雰囲気が、それを容易に嘘だと決めつけるのを妨げていた。





そんな父との時間を過ごす間に・・・彼女は、心のどこかで彼の死を認めていた。





それでも、彼の死を拒絶する心はしつこく残っていたのだ・・・義妹が肯定するまでは・・・。





義妹が事の顛末を詳しく語ってくれた時・・・彼女は、自分でも不思議なほど自然に彼の死を受け入れた。





   ―――『王子様とお姫様は頑張ったけど幸せにはなれなかったんだ。』―――





ただそう感じて、テンカワ ユリカは、“王子様”の死を受け入れた。

 










<機動戦艦ナデシコ 〜あの戦場にもう一度〜> 
第1章『再起』


第4話『告白と思い出と愛情と』






















「夢を見てたんだ・・・」





一週間ぶりに病室を訪ねてきたルリに、ユリカはそう切り出した。





「細かいとこまでは思い出せないけど、夢の中でアキトと色んなとこに行った気がする。

オシャレして二人っきりでデートに行ったり、新しい家探しに行ったり・・・すごく楽しかった。」

楽しかった想い出を語っているわりに、その声にはどこか悲しみの色が含まれていた。





「ワタシもアキトも、ずっと笑ってた・・・いつまでもこんな日が続けばいいと・・・そう思ってた。」

それは、ひょっとしたら現実になっていたかもしれない・・・いや、おそらくは実現しただろう日々だ。

彼女とアキトならば、喜びに満ち溢れた日々を、日常としただろう・・・実際二年前まではそうだったのだから。





「・・・最初は、こっちが悪夢だと思った。」

それも仕方ない事だ・・・自分が目にしている世界が現実か夢か判る者など、この世界に一人としていない。





「寝て起きたらあっちに戻れる・・・毎日そう思いながら寝た。」

けれど、そんなことに意味は無いのかもしれない。





「寝た後の世界でアキトに逢ったよ・・・、そんな悪夢みたいな世界にはならない、一緒に幸せになろうって言って、前よりも沢山デートに連れてってくれた。

努力したらもっと幸せになれるんだって・・・現実はいくらでも良くなるんだって、その時そう思った。」

結局のところ、その世界を受け入れれば、その世界の住民として、その世界の“何か”を変えていく事ができる・・・他の誰かであれ、自分自身であれ・・・。





「・・・でも、今でもワタシはここにいる。」

そして、その世界を拒絶すれば、現実に帰る事を待つ事しかできない。





「・・・なら、今のワタシにとってはこっちが現実だよね。」

・・・彼女はとっくに“こちら”の住民になっていた。









「正直、ショックだったよ・・・自分が寝てる間に、そんなことになってたなんて。」



ユリカさんは、無事乗り越えたみたい・・・どこか吹っ切れた顔をしてる。



「ワタシがのんきに夢見てる間、アキトは、ずっと苦しんでたんだよね・・・ワタシは奥さん失格だよ。」



・・・コレで良い・・・コレでユリカさんは前に進める。



「でも、だからって、このまま塞ぎこんでても何にもならない・・・アキトも、きっと、そんなこと望んでない。」



・・・でも・・・



「夢の中でアキトは言ったんだ・・・『昔みたいに笑ってほしい。自分は幸せだった。』って。」



・・・っでも!!



「だから受け入れられたよ・・・」



・・・だめ!! お願いだからその続きは言わないでっ!!







「王子様は死んじゃったんだって。」




パァァァンンン!!






―――デモ、ソレジャア、アノ人ハドウナルノ―――









「・・・え?」



頬が熱い。



「・・・え?」



・・・それに、さっきの音。



「・・・なんで?」



目に涙を浮かべたルリちゃんが、ワタシの方を睨んでる・・・。



「・・・どうして?」



・・・ルリちゃんに・・・ぶたれた??



「・・・The prince of darkness・・・アノ人は今はそう呼ばれてます。」



なにを言ってるの?



「この前来た時、話しましたよね・・・ワタシ達が火星の後継者の存在に気づき始めたのは、ターミナルコロニーが襲撃され始めたからだって。」



いったい、何をそんなに怒ってるの?



「あんなに戦うのを嫌ってたのに・・・それでもアノ人は戦う事を選んだんです・・・他人を犠牲にしてまで。」



どうしてそんなに、ワタシの事を憎んでいるの?



「ユリカさん・・・アキトさんは今でも苦しんでるんですよ。」









「・・・っ馬鹿な事、言わないで!!

アキトが人殺しなんかする筈無い!!」



・・・ゴメンナサイ・・・



「本当の事です・・・N・S・Sに助けられたアキトさんは、かろうじて生きてたんですよ・・・五感を失ってはいましたけど。」



・・・分かってたんです、あなたがそういう答えを出すって事は・・・そうワタシが仕向けたんだから。



「アキトさんは、救出された後、N・S・Sで訓練を受けて一流の工作員になったんです。」



・・・“偽りの真実”を一度わざと隠すことで、そちらに興味を惹きつけて、“本当の真実”に辿りつく路を隠した・・・昔のアナタになら通じなかったでしょうけど。



「そして、アキトさんはアカツキさん達以外の人間との接触は一切絶って、裏の世界で生きてきたんです。」



・・・アナタは“強い”・・・どんな時でも希望を失わない。



「ワタシにさえ生きてる事を隠して、ですよ。」



・・・でも、アナタは“弱い”・・・本当にどうにもならない事に直面したとき、アナタは“真実”を自分にとって都合の良いように捻じ曲げてしまう。



「あんなにウレシソウに料理してたのに・・・この二年の間で厨房に立たったのは、ただ一度だけだったってエリナさんは言ってました。」



・・・アナタの“王子様”も、そうして生まれたんでしょう?・・・自分自身で周囲を変えることができなかった幼いころ、いつか自分は救われると思い込む為に・・・



「ワタシが再会した時のアキトさんは、ターミナルコロニーの連続襲撃犯でした。」



・・・死んだ人に囚われ続けることに意味は無い・・・それは正しい。



「ターミナルコロニーには、火星の後継者とは無関係な人々も大勢いたのに・・・」



・・・でも、アナタが受け入れたのはダレの死なんですか?



「そこを襲撃すれば、証拠隠滅のために、ヤツラは必ずコロニーを自爆させるって知ってたのに・・・」



・・・分かってたんです、分かってて“嘘”をついたんです。



「それでも、アキトさんはコロニーを襲い続けたんです。」



・・・っそれでも、どうしても許せないんです!・・・アノ人が愛したアナタが、“アノ人の死”を認めないのはっ!!



「そうまでして、アノ人は求めたんですよ・・・」



アノ人の人生は、アナタの人生を飾る“小物”じゃないっ!!



「復讐と、アナタを。」



アノ人の、怒りも、苦しみも、悲しみも、そんなに軽いものじゃないっ!!



「ユリカさん・・・アナタはダレを見てるんですか?」







「アナタが愛しているのは、あなたにとって都合のいい理想の“王子様”でしかないんですか?」



・・・おねがい・・・



「・・・アノ人は、“アキトさん”ですよ?」



・・・“アノ人”を見てあげて・・・









 呆然とするユリカをよそに、ルリは部屋を出て行こうとした・・・が、扉の前で足を止め、背中越しにユリカに静かに語りかけた。





「一つだけ、憶えておいてください・・・ワタシにとってアナタ達と三人で暮らした一年間は、かけがえのない宝物です。

・・・あの一年があったからこそ、アナタ達を愛するようになった・・・そう思ってます。

・・・ユリカさん、アナタはどうですか?

あのときアナタが共に生きたのは、間違いなく“アキトさん”ですよ。」

それは、ルリにとっては、義妹としての最後の“愛情”だった。





「ワタシは、アノ人を追いかけます・・・何年でも。」

彼女はもう、“義妹”ではなく一人の“女”でしかないだから。







「だって、アノ人は大切な人だから。」











 無音の世界の中、ユリカは、ただ顔を伏せていた。

何日も何日も、声一つ出すことなく・・・ただ、顔を伏せていた。







やがて、コウイチロウが数日ぶりに病室を訪れたとき、そこには顔を上げたユリカがいた・・・







・・・その黒い瞳には、かつてと同じく、強い意志の輝きが宿っていた。













〜あとがきっぽいもの〜



・・・黄昏のあーもんどです。



 いや、今回は疲れました。

・・・どうしてって?


『ッウ!・・・ぶったね!・・・御父様にもぶたれたことナイのにっ!!』

『ええ、ぶちましたよ・・・アナタ程の強さがあれば、アキトさんの死を受け入れられると思っていたんですけどね、ユリカさん!!』


・・・コレです、コレがいけない(逝かない?)んです。

その部分を書く前も、書いた後も、始終アタマに響いてるんですよ。

・・・参りましたよ、本当に。

おかげで、筆も一向に進まず・・・

あやうく、電波に憑き殺されるところでした。

インスピレーションの源だからといって、人体に有用なだけではないんですね・・・電波って。(笑)

このままだと、D(ダーク)型Ben波には罹りそうに無いけど、G(ギャグ)型にはヤラレそうです・・・シリアス路線、いつまでモツかなぁ?



・・・まぁ、それは置いといて。

やっとこさ、心理描写が増えましたね。

と言っても、分かり難い書き方ですよね・・・。

大分考えたんですけど、ここでは、こういった書き方が適当かなぁと思いまして。

ハッキリ登場人物の心理を“解説”しても良かったんですが・・・どうも面白みに欠けたんです。

好みが分かれるところだとは思いますが・・・あーもんどはこの手の描写の仕方も好きです。

一応、ルリ視点ではあっても、ユリカの心理も強調されるように書いたつもりですが・・・やっぱり、ルリ・メイン?



なんか、私的裏設定が入ってないときは、えらくサイズが小さい・・・マズイですね、これは。



追伸:ついに第二次αが発売されました・・・ハマってます。(笑)

   でも、第一章完結までは今までどうりのペースで投稿しますので。

 

 

管理人の感想

黄昏のあーもんどさんからの投稿です。

おお、ユリカに活を入れてますね、ルリが(苦笑)

この後はミスマル提督の予想を覆し、アキトを追いかけるんでしょうか?

・・・四方八方に迷惑をかけまくって(笑)

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・インフルエンザみたいだな、D型G型って(汗)