彼には、いくつもの顔があった・・・





娘の父としての顔、義息の義父としての顔、義娘の義父としての顔・・・そして、娘と義娘の上官としての顔。





 彼は、それらの顔を、ただ一つとして捨てることなく持ち続けた。

・・・それは、決して容易な事ではなかった・・・それぞれの顔にとっての“最善”が、一致するとは限らないのだから。

それでも、彼は捨てなかった・・・それらすべてにとって最善たる選択を、決して見逃さないために。





無論、彼は全能ではなかった・・・だから、判断に苦しむ事はあった・・・そしてあとで後悔する事も。





それでも彼は、それらの顔を捨てることなく、その重みに耐え続けた・・・“希望”を自らの手で消さないために。





彼・・・ミスマル コウイチロウは、そういう男だった。




















<機動戦艦ナデシコ 〜あの戦場にもう一度〜> 
第1章『再起』


第5話『父として、養父として。』






















 連合宇宙軍総司令執務室・・・そこで二人の人物が静かに向かい合っていた。





「・・・困った事をしてくれたな、ホシノ少佐。」

カイゼル髭の大男・・・ミスマル コウイチロウは、そう切り出した。





「申し訳ありません。」

対するルリは、その言葉どうり、すまなそうに答えた。





そのルリに、コウイチロウは厳しい表情で・・・といっても、元々そういう顔なのだが・・・告げた。

「現在の状況では、貴重なA級ジャンパーであるユリカを失うわけにはいかない。

あの子が、今の“彼”を受け入れることは難しい・・・下手をすれば、精神崩壊しかねない。

よしんば、受け入れられても、それはそれで問題だ・・・彼を追いかねんからな。

だからこそ軍は、ユリカに、受け入れやすい『真実』を与える事にした・・・それは、わかっているな?」

「・・・ハイ。」

「・・・何故、とは聞かん。だが、ユリカに“事実”を明かしたのは、宇宙軍仕官としての判断かね?」

「イイエ、違います・・・完全に私的な理由からです。」

「・・・そうか。」

その答えを聞いたコウイチロウの顔に、怒りの色は無かった・・・ただ、苦渋の色が色濃く浮かんでいた。





「ホシノ少佐・・・君に新しい任務を与える。・・・コレだ。」

そう言ってコウイチロウが差し出した書類に、ルリは素早く目を通し・・・訝しげに尋ねた。

「艦長候補生の訓練航海・・・コレだけですか?」

「ウム・・・ハッキリ言えば、左遷だがな。不服か?」

「しかし、コレだけでは、司令の立場が・・・。」

宇宙軍の中の非ミスマル派閥や、火星の後継者の一件で宇宙軍に恥を掻かされた統合軍・・・コウイチロウの失脚を望むものにとっては、自分に対する甘い処分は格好の攻撃材料になる・・・

そう心配し問いかけたルリに、コウイチロウは僅かに微笑み答えた。

「心配要らん!ワシはユリカの親だ、文句は言わせんさ。

・・・それに、あの馬鹿共とて、そうそう君を切るつもりはないだろうしな。」

その言葉にルリは表情をいつものポーカーフェイス・・・親しい者にしか分からないほど僅かに微笑が混じっていたが・・・に戻し、

「了解しました。」

と、短く答えた。





「さて、ルリ君・・・」

コウイチロウの纏う雰囲気が、軍人としてのそれから、私人としてのそれに変わった。

「・・・アレで、良かったと思うかね?」





そう尋ねるコウイチロウに、ルリは答えた。

「・・・分かりません、ただ、どうしてもユリカさんが許せなかったんです。

・・・勝手ですよね、ユリカさんを騙してしまえばアノ人を自分のモノにできるって、心のどこかで喜んでおいて、

いざ、ユリカさんがアノ人を認めてくれなかったら、その事に腹を立てる。

・・・自分のことがイヤになります。」





「・・・考えに考え抜いても、どの選択肢を選ぶのが“最良”か判断がつかない。

・・・よくある事だ・・・ワシも、これまでの人生で何度もそういった事を経験してきた。

そして、そんな時どうすべきなのか・・・これは、未だに分からん。」

静かにそう告げるコウイチロウに、ルリは若干の驚きを覚えた。

「おじ様にも、ですか?」





その言葉に、コウイチロウは苦笑しながら答えた。

「もちろんだ・・・正直に言えば、今回の事もそうだ。

真実を教えなければ、ユリカは立ち直り、新しく平穏・・・とは言えんかもしれんが、それでもそれなりに幸せな人生を歩む事ができただろう。

・・・だが、それはユリカにとって、アキト君を永遠に失ってまで得る価値があるモノなのかどうか・・・。

あの子のことは、それなりに理解しているつもりだ・・・親だからな・・・だが、それでも全てを理解しているワケでは無い。

実際、あの子は、宇宙軍仕官の道を捨ててナデシコに乗ったし、ワシと争ってまでアキト君と結婚した。

自分自身でさえ己の全てを理解しているわけではない・・・

親の立場としては、子供にはリスクの高い道を歩いて欲しくない、だが、自らの意思でそれ程の決断ができるほど立派に育ったのはうれしい・・・あの時も、そう思っていた。

・・・それなのにどうしてワシは反対したんだと思う?」





「・・・どうしてですか?」

ルリは少し考えて、問い返した。

「君と同じだよ、ルリ君。」

予想外だったのだろう、ルリは目をわずかに見開いた。

「ワタシと、同じ?」

「そう、君と同じだ。

どうすべきか答えが出ないのに、答えを出す事を求められて・・・結局、追い詰められた最後の最後に、その時の自分の感情が命じるままに行動する。

ナデシコ搭乗の日の朝も、アキト君との結婚を言い出したときも、『ユリカが自分の下を去っていく』・・・ただその事が、どうしようもなく怖くなった。

気づいたら、ユリカに反対していたよ・・・子は何時か親の元から巣立っていくと、分かっていたのにな。

・・・だがね、ルリ君、ワシはそれが悪い事だったとは思っとらんのだ。

ひょっとしたら、そんな時に取るべき方法が何かあるのかも知れん・・・

だが、迷いに迷った後に、最後に何を選択するかを自分の感情で選んだとしても、出来得る限り考えたという“過去”の価値は決して変わらんし、

結局その時には何かを選択しなければいかんのだからな・・・“何も選ばない”という事も含めて。

それなら、最後は自分の感情に従って選択しても、別にイイじゃないか。

まぁ、それを理由に、考える事を放棄するのはマズイが。

・・・君は、ずっと皆の事を考えて・・・自分のことだけでなく、ユリカやアキト君のことも考えて、迷い続けていただろう?

それなら、少なくとも、己を恥じる事はない・・・誇れとまでは言わんがね・・・。」

そう語るコウイチロウからは、深い愛情が感じられた。





「憎くはないのですか、ワタシのことが?

ワタシは結局、自分の為に、ユリカさんを“捨てた”んですよ?」

そう問うルリに、コウイチロウは苦笑しながら答えた。

「正直、ユリカの父として君の事を憎む気持ちもあるにはある・・・

だが、言えた義理ではないのだよ、ワシは。

先程も言ったがな、ワシも今回どうすべきか迷っていた・・・

迷って迷って・・・結局、自分では結論が出せずに・・・最後の選択を君に押し付けて、逃げた。

あの子に『真実』を告げる役回りを自分で引き受けていたとしたら、一体どうしたか・・・。

そういう意味では、むしろ君には謝らねばならんのだ・・・ユリカの義妹である君に辛い選択を押し付けた事を。

・・・本当にすまなかった・・・。

・・・それにな・・・」





コウイチロウの顔に、それまでとは違って純粋な喜びの色が浮かんだ。

「ワシは、君がそこまで立派に成長した事が嬉しいのだ・・・義父として。

なに、ちょっと特殊な事情があるだけで、君とユリカに関して言えば、本質的には、娘達が姉妹で同じ男を取り合ってるだけだからな。

・・・どのみち彼に娘の一人は持っていかれるというのは、やっぱりツライが。

まぁ、これから色々と大変だとは思うが、頑張りなさい!

親としては、君とユリカ・・・どちらか一方だけに肩入れはできんがね。」





そう言うコウイチロウに、ルリは透き通った微笑を浮かべ、

「・・・ありがとうございます、御義父様。」

と答えた。













・・・その三十分後、ルリの去った執務室で一人ニヤついているコウイチロウを発見し、ある不幸な中佐がショックのあまり臨死体験をすることになったのだが・・・まぁ、余談である。













〜あとがきっぽいもの〜



 毎度!・・・今回は、ちょっとハイテンションな、黄昏のあーもんどです。



 相変わらず、『説明』抜きだと短めですね。(笑)

ま、今回はある意味仕方ないんです。



 このエピソード・・・当初は設定があるだけで、書かない予定だったんです。

本当は“第5話”というより“第4.5話”とでもすべき物なんですよ・・・今後の時代設定に微妙に関わったんで、第5話にしましたが。

(・・・なので、今回のタイトルは次回以降に引っ張ってません。)

それでは、何故書いたか?・・・単純に“カッコいいコウイチロウ”が書きたかったんです!!


『鈴木 源三郎』・・・この名を御存知の方は、どれくらい居らっしゃるでしょうか?


セガサターンとPCで発売された名作『EVE burst error』に登場する男です。

彼は、一言で言えば“ザ・ダンディ”です。(爆)

彼のおかげで、私は、すっかりダンディズムに侵されました。

アレ以降ですね・・・若者のカッコよさに全く憧れなくなり、『ダンディなおじさんになりたい!!』と強く思うようになったのは。

・・・別に彼だけじゃないですよ、私が憧れる“ダンディ・メン”は・・・今一番好きな役者も『ショーン・コネリー』ですし。

とにかく、ああいう重みのある男臭さが堪らないんです!!

そんな訳で、コウイチロウも、どうしても活躍させたかったんです・・・親馬鹿ぶりばっかりが目に付きますが、劇場版見てイイ男だと思いましたよ、私は。

・・・今回も、一見すると、大したコトはやってませんがね。

まぁ、今回の話でコウイチロウのカッコよさが表現できたかは、正直自信がないです・・・もともと私の偏った好みに基づいてますし。



 皆さん、電波の命じるままに動くって、ホントにイイですね。(笑)

でも、次回はちゃんと本筋に戻ります。





追伸:『EVE burst error』は、今度PS2に移植されるみたいです。

興味のある方は、是非どうぞ。

 

管理人の感想

黄昏のあーもんどさんからの投稿です。

渋いなぁ、ミスマル提督。

TV版での醜態が、嘘のようだ(苦笑)

まあ、あれだけ手のかかる娘に義理の息子に、孫までいればねぇ(爆)

次の出番はムネタケ参謀ですかね?